崩壊前夜。Ep.04



「あれ、深夜様は?」

翌日、いつものように朝食の時間にやってきたメンバーたちは、
集まった顔ぶれの中に深夜がいないことに首を傾げた。
いつもならば、彼は誰よりも一番に(下手をすると従者の2人よりも!!)ダイニングの席にいて、
紅茶を飲みながら相変わらずの馴れ馴れしい態度でグレンをからかってたりもするのだが
今日はその姿が見えない。
彼らの疑問を代表するように問いかけてくる五士に、
グレンはいささか固い表情で、しかし普段通りを装って口を開いた。

「風邪を引いたらしい。今部屋で寝てる」
「え!?」

素っ頓狂な声を上げたのは美十である。
それもそうだろう。昨日だって至って普通そうに見えたし、そもそも名家の出身の人間は
そう簡単に病気になるような鍛え方はしていない。だから彼らが驚くのも道理だ。

「なんでまた」
「知るかよ。大方、腹でも出して寝てたんだろ」

澄ました顔で切って捨てるが、無論、グレンは知っている。
そもそも深夜が寝込んでいるのは、この自分の部屋の1室である。しかも原因は明らかだ。
昨晩、例によって深夜はグレンの部屋に入り浸り、あまつさえ風呂に侵入するわ、その裸のままでべたべたするわ、朝方まで表立って人には言えないコトをやっていたのだ。
最中はそれなりに興奮しているから、ある程度は寒さに晒されていても平気なのだが
今回は特に風呂上がりのまま、ロクに身体も拭かず行為に及んでいたため、
所謂湯冷めしてしまったのだろう。
とはいえ、風邪というよりは、ここ連日の行為のせいもあって体力を消耗している感が否めないが。

「・・・じゃあ、今日俺たちのほうから動いてみる、って話は・・・」
「無理だろうな。万一狙い撃ちにされたら、俺とお前らだけではリスクがありすぎる」

とは言ってみたものの、グレンにはやはり悠長にしていられる時間はない。
1日1日が過ぎて行く度に、父親の寿命は縮むのだ。
何かしら理由を作って、自分1人でも外の様子を見に行く必要があるだろう、と
朝食の焼き魚を口に運びながら考える。
と、思考を巡らせていると、知らないうちに美十が何やら時雨に深皿を用意させていて、
朝食の野菜やおかずやらを盛り付けていた。視線に気づいて、何やら慌てながら美十は頬を赤らめて、

「なにか、栄養のつくものを深夜様に持っていこうかと・・・」
「あ〜・・・」

思わず顔を顰めてしまったグレンだった。
深夜の状況を詳しく語るには、正直非常に難しいものがあった。
特に美十には。いつかはバレることとはいえ、彼女が自分たちの関係を知れば、
もう大変な騒ぎになるだろうことは目に見えている。不潔だの汚らわしいだのなんだの、
正直耳元でぎゃーぎゃー騒がれては敵わない。
だが、この状況では、彼らの認識では、深夜は自分の(あくまで彼自身の)部屋で寝込んでいる、ということになっているのだ。
このまま美十や五士が見舞いにいけば、彼がいないとバレるのも時間の問題で。
視線を泳がせた先に、いつもより3割増しで冷たい瞳の時雨と、
若干頬を染めて横を向く小百合がいる。
こればかりは、彼らにフォローを求めても助けてはくれないだろう。
自業自得とはいえ、やはり納得のいかないグレンであった。

「・・・なんですか?何か文句でも・・・」
「あ〜〜〜なんだ。
 深夜はついさっき、一足先に顔出して、体調悪いから休ませろ、って言って来たんだよ。
 朝食もその時採っていったし、あとはむしろ邪魔しないほうがいいと思うが」

かなり苦し紛れの台詞だったが、素直な美十は納得したらしい。
ほう、と胸を撫で下ろすグレンに、今度は五士が口を開いた。

「でもさ〜グレン。本当に深夜様が風邪で寝込んたとしたら、やばくね?
 万一百夜教や吸血鬼なんかが襲ってきたら、深夜様の部屋はこのフロアの一番エレベータ側だろ?
 一番先に狙われるぜ?」
「まぁ・・・そうなるなぁ」

とはいえ、たとえ病気や怪我で多少寝込んでいたとしても、さすがに厳しい訓練の受けた彼のことだ、
寝首をかかれる前に抵抗すると思うのだが・・・

「だからさ、俺、思ったんだけど」
「なんだ」
「今日は俺たち、深夜様の部屋で生活しねぇ?そうすりゃ深夜様を危険に晒すこともなくなるし、
 一人で寝てるよりは、深夜様も寂しくないだろ?」
「珍しくいい提案をしますね、五士」

いや、まったくいい提案ではないのだが・・・。
美十が意味の分からない賞賛をしている中、グレンは口の端をへの字に歪める。
五士は本気で深夜の心配をしているのか、風邪を引いて深夜が寝込んでる、という状況を
純粋に楽しんでいるのかもわからない。だがとにかく困ったことになった。
そもそも深夜は彼の自室にはいないわけで、どうやってそれを伝えるべきか。
グレンは頭を抱えてしまった。
・・・何も思い浮かばない。

「あ、あの、グレン様」
「なんだ?」

五士と美十が意気投合しているのを後目に、自分に声をかけてきた従者2人にグレンは顔をあげた。
その表情はいささか硬い。いや、それどころか責められている雰囲気すらある。
確かに後ろめたい部分がないことはないのだが、

「柊深夜は、本当に風邪で寝込んでいるのですか?」
「まぁ、嘘ではないな」

とはいえ、寝込んだまま起きられないほどのひどい風邪になっているわけではなく、
朝方まで続いた情事のせいで起きられない、という理由が大半だろう。
昼過ぎには復活するだろうが、それでも問題はそこではない。

「で、では、五士さんの言う通り、今日は柊深夜が使っている部屋で過ごすおつもりですか?」
「まさか。どうせ大した風邪でもないんだ、俺たちが守ってやる必要もないさ。
 だが問題は、この馬鹿2人だ」

そう、深夜の部屋に見舞いに押しかけようと計画を練っているこの2人である。

「よーし、決まりね。じゃ、グレン、とりあえず深夜様にメール・・・」
「断る」
「なんでだよ!お前だって突然見舞いに来られたら嫌だろ!」
「じゃあお前がしろよ。お前だってメルアドくらい交換してんだろーが」
「いや〜、でもグレンからしたほうが深夜様も喜ぶでしょ」
「はぁ?」

目を細める。
従者の視線もひしひしと感じる。
生真面目で色事には初心な美十だけは、ついていけない様子だったが
つい、グレンは五士を睨み付けてしまう。

「どういう意味だよ」
「いや、深い意味はねーけどさ」

確かに深夜の自分に対する絡み具合は親しい友人の枠をいささか超えている気もするから
傍から見れば勘ぐられてもおかしくないのかもしれない。
特に五士はこの手の話には頭を突っ込みたがるから、あまり餌を捲くわけにもいかない。
ますます、深夜の居場所を口に出せなくなり唸っていると、

ピンポーン

「!?」
「あ」

突然の呼び鈴の音に、グレンはハッと顔を向けた。
リビングに立てかけていた『ノ夜』の存在を確かめて、小声で名を呼ぶ。手元に引き寄せる。
だが、突然の何者かの登場に緊張したのは、残念ながらグレンだけだった。

「ちょ、何してるんですか、貴方!!」
「深夜様だろ?何慌ててんだよ」
「っなわけ・・・」

押し黙る。
彼らには悪いが、深夜がこの部屋にいるのは確実なのだ。
だから、呼び鈴を鳴らすとしたら、明らかにこのチーム以外の人間だ。だが、そう簡単に他人が呼び鈴を押せるはずもない。
特に、吸血鬼や百夜教の兵士ならば、わざわざ正面から突入する必要もなかった。
では誰なのか。
まさか真昼か?それとも―――

「俺が出る」
「ちょ、ちょっと、グレ・・・」

左腰に刀を構え、そうして玄関へ向かう。
オートロックの解除ボタンを押し、扉が開くのを待つ。すかさず入ってきた人間が危険人物でも対応できるように、
扉の横に陣取り、抜刀しようとして―――

「っ暮人!?」
「「暮人様!??」」

部屋の奥からは、五士と美十の悲鳴じみた驚愕の声音、そして自分の従者2人が身構えたのがわかる。
逆にグレンは刀を収めた。暮人は帯刀してはいなかった。背後に従者を連れている気配もない。となれば、
万一こちらに危害を加える意思があったとしても遅れを取るのは暮人のほうだろう。
そんな無謀なことをするほど、彼は馬鹿ではない。

「ふん、朝食の途中か。遅いな」
「お前の指令がないから暇なんだよ。真昼の調査はどうした?」
「ああ、悪いな。だから今日は差し入れを持ってきてやった」

と、暮人が手提げ袋を差し出した。
中身は、最近TVや雑誌などで話題の、行列に並ばなければ手に入らない洋菓子店の菓子折り。
だが、ここには(約1名はわからないが)菓子などに釣られるような人間はいないから、
これは単純に、暇を持て余している自分たちへの皮肉だろう。
本当に重要なのは入っていたもう1つのほう、鬼呪の研究資料と、そうして指令書。
ついに来たか―――とグレンが喉を鳴らしたところで、

「1人足らないようだが」

暮人が部屋を見渡して言った。
グレンは舌打ちした。どうでもいい事に目がいく奴だと思う。
そんなことより、わざわざ来たのだから任務の話を進めろ、と思うのだが。

「深夜は風邪で寝込んでるんだよ」
「風邪?」

暮人は一笑に付した。
グレンもまた顔を歪めた。あの2人ならともかく、彼にこんな馬鹿げた嘘を突き通せるはずもない。
かといって真実を晒されるわけにはいかなかった。
思考がぐるぐると回る。こんなくだらない事で頭を使うのも呆れた話だと思う。
というか、どうしてこう、タイミングの悪い時に来るのか。

「風邪だろうがなんだろうが、任務を遅らせるつもりはない。叩き起こしてやる」
「く、暮人様。深夜様は、このフロアの別の部屋に―――」
「・・・〜〜〜っ」

深夜に携帯で連絡を取ろうとした暮人に、
五士が余計な口を挟んでしまっていて、グレンは思わず五士を睨み付けていた。
居場所さえ言わなければ、深夜がここにきておらず、元の家で休んでいるのだろうと思いこませることも出来たのに、
何を今更素直に教えてしまっているのか!こいつは馬鹿なのか。
ましてや、その情報は完全に嘘で。

「他の部屋?―――グレン」
「なんだよ」
「残念ながら、俺は疑り深いんでな。
 この3フロアの全ての部屋に人間の気配がないか、ここに来る前にちゃんと確認してるんだよ」
「・・・だから?」

暮人の不穏な気配に、五士も美十も冷や汗をかいたままもはや固まってしまっている。
だが自分も、顔だけは平常を装っていたが、正直泣きたい気分だった。
こんなどうでもいい所で、自分が暮人に対して反抗的だと疑われるのは非常に頂けない。
態度はもう取り繕うだけ無駄なので素のままだが、
これでも彼の命令には従っているし、文字通り屈服している姿勢を見せているつもりなのだ。
だからもう、グレンは深夜を庇い立てするのも面倒臭くなってしまっていた。
この状況で彼を売り渡してしまっても、罰は当たらないだろう。

「あ〜・・・わかったよ。今すぐ起こして・・・って、おい!勝手にあがんな!」

グレンの必死の制止も、もちろん暮人に通るはずもない。
暮人は固唾を飲んで見守る他のメンバーを一瞥した後、迷わず一番奥の部屋、つまりグレンの部屋に足を向けた。
乱暴にドアを開け放つ。

「フン・・・馬鹿が」
「・・・・・・(おいおいまじかよ)」
「・・・深夜様・・・!」

室内はまだカーテンが開いておらず、薄暗かった。
そして1人が使うには広めのベッドには、布団にくるまったまま惰眠をむさぼっているらしい銀髪。
グレンはもう開き直るしかない。とりあえず、すべて深夜のせいにしようと心に決める。
暮人はつかつかとベッドに歩み寄ると、
まったく苦しげな様子ではなく、緩み切った平和そうな顔をして寝ている深夜のシャツの襟首を掴んで気持ち持ち上げた。

「・・・おい」
「・・・・・・Zzz」
「おい、起きろ深夜。惰眠をむさぼってる暇はやらんぞ」
「・・・ん〜グレン〜〜もう朝ぁ〜?」
「!?」

その場にいた全員が耳を疑った。
更に次の瞬間、何を寝ぼけているのか、暮人の首に両腕を回し、顔を近づけようとして―――

「あ」
「・・・!!」
「――――――ひぃ・・・!」
「・・・・・・(殺す・・・)」

思いっきり暮人の唇に己のそれを重ね、目の前の男をむさぼろうとする深夜に、
暮人はすうっと目を細めた。
そして冷静に、だが思いっきり深夜の鳩尾に拳をたたき込んだ。

「ぐ、ぁ」

息が詰まるような、呻き声。
きっと自分でもよくわからないままに、深夜は再び気絶させられていた。
暮人は掌で己の唇を拭った。そして心底蔑んだ顔で深夜を見下ろす。その空気は冷え切っていて、
部屋の温度が−5℃くらい下がったかのようだ。
この状況で、口が聞ける人間などいなかった。
グレンなどはもう、なるようになれ、といった心境で。

「・・・グレン」
「あ?」
「もっとちゃんと教育しろ。こんな欲望まみれじゃ鬼呪なんか使いこなせないぞ」
「知るかよ。何で俺が」
「これは命令だ」
「クソが」

意地で言ってみたものの、さすがに睨み付ける気力はなかった。
というより、すべての原因は深夜だ。あとでお仕置きだな・・・・・・などと考えつつ、

「とにかく、任務の話しろよ」
「わかった。場所を移そう」

暮人以下皆は、気絶した深夜を放り出してリビングへと向かったのだった。





...to be continued ?








まさか本編にまで暮人様がおしかけてくるとは正直思いませんでした!(笑)
あ、なんか知らんうちに暮深になってますねごめんなさいw
そして公開処刑wwwww





Update:2015/04/21/TUE by BLUE

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