腐れ縁の2人。



「隣、空いてる?」

面倒な奴に声を掛けられた、と思った。
普段、食事といえば、佐官用に宛がわれている宿舎での自炊や、時雨や小百合がいれば
彼女らが作るものばかり食べていたから、こうして官舎の大食堂に顔を見せるのは久しぶりである。
元々あまり食べることに興味がなく、何を食べるか考えるのすら面倒以外の何物でもなかったから、
当初、自室のキッチンはほとんど使わないだろうと思っていたのだが。
五月蠅いくらいに世話を焼きたがる2人の従者は、『何を出されるかわかったもんじゃありませんから!!』の
一点張りで、断固としてグレンが大食堂を利用するのを良しとしなかった。
結果、暇さえあれば、2人はメイドよろしくグレンの部屋に入り浸るのが普通になっていたのだが。

「空いてない。だからどっかいけ」

顔も向けず、ひらひらと手を振って去るように促すが、
相手も慣れっこなのか、意に介さない。それどころか肩を竦めて、持ってきたトレーをテーブルに置いてしまう。
柊深夜。
今更ではあるが、日本帝鬼軍の中で、柊家の名を知らぬ者はいない。
柊の名を持つほとんどが、上層部に名を連ね、将官以上の地位を持っているのだ。
グレンの態度は、他の士官以下の軍人にとっては、目を疑うレベルのものだったが―――、
幸い、丁度夕時で食堂はごった返していたため、気づいたものはいなかった。

「またまたー。折角来てあげたんだから座らせてよ」

そう言って、勝手に隣に陣取る男を無視して、嘆息する。
すっかり忘れていた。ここは軍官舎にある、共同の大食堂であり、設備に余裕のない今の帝鬼軍では
階級ごとに細かく食堂まで分かれているわけではないのだ。
だからこそ、面倒臭い付き合いに巻き込まれるのを避けるためにも、最近は近づいていなかったというのに。
ましてや最近、彼が都市開放任務から帰ってきた、という情報が入っていたのも失念していた。
内心で舌打ちしながら、それでも、

「将官用の三ツ星ミシュランがあるだろうが」

うんざりと言ってみる。
支配階級である柊や、その忠実な従家である三宮、五士などのエリート将官たちは、
そもそも出動時以外はめったに顔を出さない。
彼らには、名家の家柄ではない、大半の軍人達にとって想像もつかない、金のかかった高級食堂や訓練所、
それこそスイートルームと言ってもいいレベルの居室があるのだ。
わざわざこんな場所に顔を出す必要など、本来はないはずなのだが。

「あー。あそこねぇ。
 ―――味はまぁまぁいいんだけど、やっぱ大勢で食べたほう楽しいじゃん?」

まぁまぁどころか、きっと現在の日本では、最高級の料理が出てくる場所だろう。
いかにも、自分たち以外は、ただの捨て駒レベルだにしか思っていないお偉い柊様らしい格差だとは思うが、
こいつは出会った当時から、妙に馴れ馴れしい奴だった。

「ねぇグレン。ちょっと楽しい話があるから、今夜寄るよ」
「ちっ・・・めんどくせぇな。今言えよ」
「えー。こんなとこで機密事項洩らしたら僕、暮人兄さんに今度こそ殺されちゃうんだけど」

いっそ死ね、と視線で言ってみるが、心を読ませないポーカーフェイスの深夜は構わず料理を口に運んでいる。
こうしてわざわざ大食堂に出向いてみたり、さりげなく自分と接触を持っている時点で
既に柊家の長男である暮人中将にとっては信用度ゼロなのだ。
高校時代から、そのせいで何度も痛い目を見ているというのに
こいつは相も変わらず、自分に付きまとうのをやめない。
面倒な相手だとは思うが、利用価値がないわけではなかったから、グレンはそれ以上何も言わず黙々と食事を済ませた。
長居すれば、自然と視線は集まってしまう。
何せ“あの”柊家様と、“クズの”一瀬なのだ。
露骨に見る者はいなくても、聞き耳を立てているのは明白で。

「早っ!ちゃんと噛んで食べてんの?!」
「余計なお世話だ」

そもそも、最近あの子供たちに感けていたせいで、あがっている報告書の処理が全く終わっていない。
そのせいで、自室に帰って食事を取る余裕がなかったからここに来たのだ、
こんな場所で時間を浪費するのは、まったくの無駄に思えた。
ガタリ、と音を立てて立ち上がると、グレンは無言で男に背を向けた。

「・・・0時くらいに、顔出すから」

空になったトレーを持って去ろうとする彼にだけ伝わるように
深夜は幻術を使って空気を震わせる。
それが聞こえたのか聞こえなかったのか、グレンは全く表情を変えずに食堂を後にした。














結局、その後デスクワークが夜中まで終わらなかった。
明日行われる幹部会議までに目を通さなければならない書類が山ほどあったのだ。
その中でも特に目を引いたのが、東京の主要都市の奪還要請。
今現在、確実に防備が堅く安全と言われるのが、この渋谷エリアのみというのだから情けない話だ。
もっとも、現在は地方の主要都市との連絡網が途絶えているため、他の都市のことはわからないが、
おそらくは大半が、吸血鬼に支配されながら、小さな集落を作り暮らしているのだろう。
人間は、自ら欲望を増幅させて世界を滅ぼした。この崩壊は自滅だった。
重々承知しているが、それでも生き残った人間たちにも足掻く権利はある。

「原宿ねぇ・・・」

おそらくは明日の会議で、月鬼ノ組への出動要請が下るだろう。
問題は、誰を向かわせるか、だが、いかんせんこの書類上のデータだけでは情報が足りない。
集落の規模、吸血鬼の数、貴族の有無。それどころか、一度は奪い返した新宿を、また吸血鬼共が狙う―――などという風の噂すらある。
現時点での主戦力は、派遣することは難しいだろう。
となると、さて、誰を動かそうか?

「・・・ま・・・もう少し待ってみるか」

兎にも角にも、明日の会議内容を把握した上でないと正しい命令は下せない。
昨晩も、ほぼ徹夜で雑務をこなしていただけに、襲ってくる眠気に逆らわず大きな欠伸をすると
グレンは自分の執務室を後にした。

深夜は0時を回ってもやってこなかった。
本来、上官が部下に話があるときは、上官の執務室に呼び出すのが当然である。
しかし、グレンはわざわざ足を運ぶなどという面倒なことは真っ平だった。というのも、
彼―――柊深夜少将の一等執務室に行くということは、柊家のお膝元にわざわざ近づくことになる。つまり、非常に目立つのだ。
元々謀反の疑いのある一瀬のクズと、これまた嫌われ者の柊家の養子が
親密な関係にあると疑われるのは避けたいところだった。
しかし、そんなグレンの心を知ってか知らずか、深夜は上からの評価などお構いなしに、自分に纏わりついてくるのである。
全く、迷惑この上ない話ではあるが、今更だ。

戻ってきた自室は、当然のように誰もいなかった。
そもそも、食事と睡眠以外にはほぼ使われることのない部屋である。
ましてや最近は、時雨も小百合も遠出の仕事を任せているし、自分も執務室での仮眠が続いていたから、
室内は見事に2日前、時雨が掃除をしてくれたままの状態だ。
ただの居室にしては無駄に広いリビングをすり抜けて、グレンは一直線に寝室に向かった。
明日は朝っぱらから堅苦しい会議である。
今日こそは、シャワーを浴びてゆっくりと眠りたい・・・と、軍服の上着を脱ぎ捨てたときだった。

「・・・・・・」

ベッドに衣服を放り投げようとした手が、止まる。
いつものように、皺一つなく、丁寧に設えられたはずのベッドは、しかし今、なだらかな山が出来ていた。
枕元には、珍しい銀の髪。顔は見えなかったが、こんな馬鹿なことをするのは1人しかいない。
グレンは再び顔面を引きつらせ、深々と溜息をつく羽目になってしまった。
それでなくとも、とうに夜中の1時を過ぎているのである。
これからこんな面倒臭い相手に構っていては、また今夜もまともに眠れなくなるのは必至で。
だからグレンは、勝手に他人のベッドを我が物顔で占領している男―――柊深夜に無言で近づくと、
一気に布団を引きはがした。と同時に、懐から呪符を数枚取り出す。
目を覚ますかと思いきや、深夜は軍服姿のまま、無防備に惰眠を貪っていて、グレンはこれ幸いと両手足に呪符を張り付け、
小さく呟いて呪詛を発動させた。
一瞬にして、侵入者の手足は拘束呪によって身動きが取れない状態と化してしまう。
更にグレンは、眠ったままの深夜を情け容赦なくベッドから壁側に蹴り落としてしまった。さすがに目を覚ましたのか
床のほうから蛙が潰れたようなうめき声が聞こえてくるが、当然、無視だ。

「・・・ちょっと、さすがに非道くない?コレ」
「黙れ」

今度こそ衣服を脱ぎ捨て、寝室に隣接するシャワー室へと向かった。
背後で、鬼、だの悪魔、だのと喚く声が聞こえてきたが、一向に構わずコックを捻り、熱い湯を頭からかぶる。
ひとたび戦場に出てしまえば、何日も汚れたままで過ごすことも多々あるから、別に潔癖なわけではないのだが、
こうしてゆっくり身を清められるというのは心も落ち着く。
8年前は、想像も出来なかった。
まさか人類がここまで激減し、異形のイキモノが地上を闊歩する世界が訪れるなど。
ヨハネの四騎士も、吸血鬼も、黙示録のラッパも、誰もが現実になるとは思いもしなかっただろうに。
だが今、こうして無防備な姿を晒していられる状況を考えると、
その全てが嘘のようだ。
と、

「まったく勘弁して欲しいよ。君の呪詛を解くのはそれなりに面倒なんだからさぁ」

ガラリとシャワー室の扉が開き、立っていたのは深夜だった。
身には何も着けておらず、それどころか先ほど施した筈の拘束などどこ吹く風で、
グレンの了承も得ずに勝手に入ってくる。
髪を洗おうと泡だらけになっていたグレンは、口をへの字に曲げてうんざりと男を見やった。

「・・・狭い。出ろ」
「んー、やだ。」

こういうときの深夜は、グレンが何を言おうと無駄で、
というより、飄々としていても、自分のしたいことは頑として譲らない彼の性格をグレンは良く知っていたから、
無邪気を装って素裸で抱きついてくる男に溜息をつきながらも、とりあえずしたいようにさせていた。
繊細な絹糸のような銀髪が、水に濡れてしっとりと肌に張り付く様を、
目を細めて見つめる。特に感想は何もないのだが、

「これでも、寂しかったんだよ?グレンと会えないのは」
「俺は清々したけどな」
「またまた。でも、今回はちょーっとだけ嫉妬したかなぁ。僕がいない間、ずっとあの子たちに構ってたでしょう?」
「何の話だ」

睨みつけると、こちらもまた口元に笑みを浮かべたまま、しかし視線は鋭い。
黒鬼候補の3人のことは、誰にも明かしていない。
もちろん、深夜にも話したことはないのだが、それでも特に優一郎には4年前から世話を焼いているから、
どんなにひた隠しにしていても、この男に隠し通すことが難しいのはわかっていた。
だが、わざわざここに来て、話題に出す理由はなんなのだろう?

「だからね、僕としては、グレンが浮気しないかと心配で心配で」
「浮気ねぇ・・・」

浮気も何も、この男と付き合っているつもりは毛頭ないグレンである。
9年間にも及ぶ、腐れ縁とでも言うべき長い付き合いの中で、成り行きでこういう関係が続いているのは認めざるを得ないが―――、
が、とにかく、この男とそういう噂を立てられるのは非常に不本意なことだった。
故に、公の場では必要以上に馴れ馴れしい態度を取って欲しくないと常々思っているのだが。

「ガキに手ぇ出すかよ」
「そう?それにしては、優ちゃんにはいたくご執心だけど」
「うるさい、死ね」

最後まで言い終わる前に、唐突に唇が重ねられて、グレンは眉を顰めた。
その勢いのまま、体重をかけて背を押され、壁に背を預ける恰好になる。ざぁざぁと足元に流れる水音。
目の前には、瞳を閉じ、眉を震わせながら一心に吐息を貪ろうとする男の姿。
濡れた銀糸に指を絡ませうなじのほうまで撫で上げると、ぶるりと震える。明らかにそれは期待に満ちた雌の表情で、
不覚にも己の情欲が刺激されるのを感じた。
普段、理性的な場面では、己の欲などどうとでも抑え込めるというのに、
こういう無駄にどうでもいい時には、取るに足らないくだらない欲望が頭を擡げてくるのである。
抑え込む必要すらない、それどころか、己の欲望のままに貪ることのできる状況。
ましてや、相手もまたそれを望んでいるのだ。
となれば、することはたった1つである。
唇を重ねたまま、グレンは男の太腿から、尻にかけてを両手で撫で上げた。

「―――っ痛・・・、」

そのまま、双丘の隙間に指先が触れたかと思った瞬間、乱暴に内部へと突き立てられる。
慣らしてもいない狭まった肛内を引き裂かれるような痛みに思わず唇を離してしまった深夜は、
間近にあるグレンの瞳に咎めるような視線を向けた。

「相変わらず、いきなりだよね・・・」
「大好きだろうが」

乱暴にナカをかき回しながら、壁に掛かっていたシャワーヘッドを手に取り、そのまま拡げられたままの後孔に当ててやれば、
熱い湯が容赦なく内部に入り込んできて、深夜はその感触に顔を顰める。
ぐちゅぐちゅと聞くに堪えない濡れた音が狭い室内に響き渡る。外から侵入してくる異物に抵抗しようと
そこは激しく収縮を繰り返すものの、それを遮るように更に指が増やされた。

「っは、もうガバガバじゃねぇか。」
「・・・誰のせいだと・・・っ」
「先に誘ったのは、お前だろ」

グレンの言う通り、最初に求めたのは自分だということは自覚していたから、深夜は仕方なく
目の前の男の肩口に額を押し当てて、熱い吐息を洩らす。
既に、下肢はすっかりと反応を示していて、触れて欲しい、とばかりにグレンの腹に押し付けられているのに、
悪戯な指先は、後孔を嬲り続けるばかりなのだ。
全く、酷な意地悪である。
何度も最奥の、快楽の根源を強く擦られれば、やがて膝がガクガクと震えだす。
まともに立っていらずに、必死に男の首にしがみ付いていると、
グレンはずるりと指先を引き抜き、力の入らない深夜の細腰を抱えて体制を入れ替えた。
肩を乱暴に壁に押し付けて、本人の意思も無関係に身体を屈ませる。
尻を突き出した屈辱的な恰好を男に晒すのは、何度繰り返しても慣れるものではないのだが、
いつになく性急に秘部に押し当てられる熱い感触に、深夜は無意識に爪を立てた。

「ちょ、っと、早すぎ・・・っあ、ああっ・・・!」
「欲しかったんだろ」

これが、と意地の悪い笑みを浮かべて告げるグレンの言葉通り、
柔軟なそこは待っていたとばかりに易々と奥を明け渡し、男の雄を根元までがっちりと銜え込んでしまった。
両腕で彼の身体を支え、抜ける程まで腰を引き、再び一気に内部の襞を擦り上げる。
離したくない、と追いすがるように絡みついてくる狭い場所から受ける感覚は、
直接的な快楽以上に、支配欲という精神的な部分にも強く作用した。

「・・・っひ、あ、あっ・・・!」
「―――もっと、啼け」

耳元で囁かれる低い声音が、深く、腰の奥まで響く様。
今まで一切触れられることのなかった深夜の男の部分に指を絡められ、
いよいよ彼の思考能力は磨滅寸前だ。
どんなに乱暴に扱われても、結局欲しいモノは自分を抱くこの男の全てなのだ。
自分に対して向けられる言葉も、感情も、欲望も、憎しみや殺意といった負の感情でさえも、
全てが心地いいと感じてしまうのだ。我ながら重症だということはわかっている。
震える腕を伸ばして、シャワーの湯と汗と先走りに濡れた己の欲の証に、グレンの手の上から重ね合わせる。
男の指先に己のそれを絡め、そのまま更なる快楽を引き出そうと先端に向かって何度も擦り上げれば、
すぐに限界まで追いつめられる結果になってしまった。

「気持ちよさそうだな?」
「・・・っう、くそ・・・」

自分はこんな状況だというのに、グレンの声音はいまだ余裕が残っていて、
深夜は悔しげに呻いた。
腹いせに、男を受け入れている部分にぐっと力を込めてやるが、
彼は楽しげに笑うばかりだ。少し腰を引かれるだけで、背筋がぞくりと粟立ち、それだけで達してしまいそうになる。
けれど、先に自分が達ってしまえば、辛いのは明らかに自分のほうなのだ。
自ら腰を揺らし、誘うように男の雄に刺激を与えていく。奥を抉るように楔を押し付けられる度に、
内部の湯が溢れ出し、内股を淫らに濡らしていく。
何度も打ち寄せてくる快楽の波に流されまいと、唇を噛み締めて耐える表情がひどく扇情的で、
グレンは銀色の髪に指を絡めて引き寄せ、上向かせた。
忙しなく息を荒げる唇を奪い、口内を蹂躙する。舌を絡ませると、苦しげに眉を寄せたまま、下肢に絡んでいた深夜の手が訴えるように
グレンの腕に爪を立ててくる。
震える手で、それでも血が滲みそうな程の強さで縋り付く深夜に、はは、と笑い声を上げると
今度こそ自身の熱を解放させるべく、抽挿を強めた。
弛緩しきった腰を派手に叩いて抱え直し、何度も自らに引き寄せるように揺らせば、
肌と肌がぶつかり合う音と、いまだ足元で流れ続けているシャワーの音が脳を支配する。
快楽に浮かされたまま、揺れる身体に任せて喘ぎ声を上げ続けていた深夜は、
不意にジワリと身体の奥に熱い飛沫が溢れるのを感じ、ぐったりとして壁に凭れた。

「っあ、ぁ―――・・・っ・・・」

と同時に、もう既に限界を超えていた己の雄も解放され、びくびくと身体を痙攣させて、白濁した精を溢れさせる。
ずるり、と音がするほど生々しく抜けていく男の熱に、再び欲望を煽られながらも、
既に意識ははっきりと戻ってきていた。
正直、中に出されるのはまずかった。明日は、自分だって朝っぱらから上層部会議なのである。
腹を壊すわけにもいかなかったし、寝坊するわけにもいかないし、そもそもここで朝まで過ごすわけにもいかなかった。
とはいえ、もう当初の予定時間から大幅に過ぎているし、
この状況だと朝まで徹夜しても、無理して早起きしても同じかもしれない。
と、ぼんやりと力の抜けた身体を持て余したまま考えていると、

「もう帰れよ。気は済んだだろ」
「・・・・・・」

そういう、相も変わらず釣れない態度を取る男に見下ろされて、深夜はやれやれと肩を竦めた。
今まであれほど濃厚な行為をしていたにも関わらず、グレンは至って普通の、普段の冷静さで水を止め、シャワーヘッドを戻し
外に出ようとしていたから、
手を伸ばし、出て行こうとする彼の腕を掴む。振り払おうとする彼の身体に、再び抱きついて。

「責任取ってよね?」
「はぁ?」
「明日会議なのに徹夜で中に出しまくった責任だよ。腹壊したら、お姫様だっこで医務室に連れてってね」

無邪気に笑って見せるが、その瞳がぎらぎらと光っている。
明らかに挑発している視線で、このまま終わらせるつもりはないのだというのは明白で。
今度は、グレンが深々と溜息をつく番だった。
まったく、面倒な相手に付き纏われていると思う。
最初から、そう、こいつが声を掛けてきたあの瞬間から、今夜のこの運命は決まっていたのだ。

「いっそ会議なんか出られなくしてやろうか?」
「お、いいねぇ。2人してサボっちゃえば気づかれないんじゃない?」
「・・・・・・」

本当に、こいつは柊家とは思えない馬鹿な発言ばかりする奴だと思う。
だが、傍に置いて飽きないのは確かだった。だからといって、居て欲しいかと言われれば大いに疑問を感じるが―――、
高校時代、四面楚歌だったあの状況下で、この男のように無条件で自分に味方する人間など
いなかったのだ。短い間だったが、おかげでそれなりに楽しい学校生活を送れたことは事実だ。

アメニティスペースの棚からバスタオルを1枚取り出すと、グレンは男の頭に放り投げてやった。

「とにかく、きちんと拭いてから出ろ。絨毯汚したら殺す」
「時雨ちゃんに怒られるもんねぇ。あーこわ」

以前、深夜が執務室に遊びに来ていた時、絨毯に零したコーヒーが時雨の逆鱗に触れて以来、
態度には出さないが彼女を怒らせないよう気を使っているグレンだった。
そして、それは深夜も同じである。

「さーて。ベッドで2ラウンド目と行きますか」
「・・・うぜぇ・・・」

2ラウンドどころか、一瞬でKOにしてやろうと心に誓う。
濡れた髪を拭きながら、ちらりと深夜を見やると、ひどく楽しげな様子の視線をこちらに向けていた。
本当に面倒な奴だと思う。
それでも、まぁ自分の下僕でいるうちは、面倒でも付き合ってやろうと思うことにして、
グレンはシャワールームを後にしたのだった。





end.





Update:2014/09/18/WED by BLUE

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