焦がれた理由



その頃の日本帝鬼軍は、人間の陣地を奪還すべく、生き残った子供たちの保護に努めていた。
そもそも数のいない吸血鬼たちは主に関西に拠点を置いていたから、関東周辺の地方都市には
年齢が上の子供たちを中心とした、吸血鬼の目を逃れて生活していたグループが数多くあったのだ。
だから、京都の地下にある吸血鬼の都市から逃れてきた少年を、
秘密裏に保護し、関東地区の出身として、自分の監視下に置くのは容易なことだった。
世界が崩壊してたった4年。
抗ウィルス剤によって生き延びた、帝ノ鬼の、それもある程度の階級をもつ大人たちはほんの一握りだったし、
それ以外は皆一番年上でも16歳。これではとても管理し切れるものではない。
だからグレンは、その少年を、自分の管轄地区にある軍の訓練校にいれ、
そうして、暇があれば彼の元に出向いて、復讐を誓う彼に剣の稽古をつけてやった。
少しでも柊の目につかず、彼を一人前の軍人にするためにはそうするしかなかったのだ。

そうして、今日もまた、夕方の空いた時間に顔を出そうと足を運んだ時だった。

「珍しいな」

中庭で、誰かが打ち合っている音がする。
大抵この時間は、厳しい体術や剣術の授業が終わった子供たちが食堂でわいわいやっている頃である。
入学させた時から、復讐のための力をつけることしか考えていなかった少年は、
誰とも打ち解けることなく、食事の時間も惜しんで1人闇雲に修行をするような子供だったのだが、
今日は1人で素振りなどをしている様子ではない。
となると、意外にも一緒に腕を上げようとするライバルでも現れたか。
と、グレンは興味深げにその様子をのぞいてみたのだが、次の瞬間、彼は思いっきり顔を顰めていた。
銀髪の、細身の青年。軍内部で知らない者はいないが、さすがにここはその末端である。
ましてや私服の恰好であるから、彼の正体に気付くものは誰もいないだろう。

「はは、きみ、強いねぇ。ここの先生は、さぞかし巧いんだろうね」
「ちげーよ。ここの教師もガキ共も全然弱ぇよ!教師は基礎ばっかしか言わねーし、ガキ共はてんで殺気がねぇ。
 あんなんで吸血鬼が殺せるかっての!!」
「へー。吸血鬼が大嫌いなんだ?」
「仇だ!!!」

協調性の欠片もないくせに、いっちょ前に口走る少年に、相対する男は意味ありげに笑う。
相手がそれなりに強い相手だと認めて、全力で打ち込んでくる子供の模擬刀を、自分もまた木製の刀で受け止めていく。
と、そこで男はこちらの気配に気づいたのか、片手で子供をあしらいながら、ひらひらと手を振った。

「っな!?ふざけ・・・」
「や、お父さん。この可愛い子、どうしたの?君の隠し子?」

銀髪の男―――柊深夜のくだらない冗談を無視して近付くと、今度は子供が、自分を指差してあーっと叫ぶ。
相変わらず五月蠅い。面倒なのも無駄なことも騒がしいのも大嫌いなグレンだったが、
さすがにこの年のガキが相手では致し方なかった。
とはいえ、このご時世に、ある程度気概があるということは非常に微笑ましいことである。
家族を失い、絶望から立ち直れない子供も多いからだ。

「来たな、馬鹿グレンっ!!!今日こそは絶対倒してやるから、さっさと軍に入れろよ!!」
「あーうるせぇ。だからお前にゃ向こう100年は無理だって」

デカい声で宣言し、一直線に迫ってくる剣先は、その年齢の子供にすれはかなりの速さではあったが、
無論グレンは相手が子供であっても容赦はしない。
あっさりと受け止め、そのまま無造作に刀を一振りするだけで、少年の身体は簡単に吹っ飛んでしまった。
派手に転んだ少年は、それでも勿論やられているばかりではない。
負けじと跳ね起き、ギラギラと緑がかった瞳を輝かせている。
再びグレンに一太刀浴びせようと切りかかる動きを見ながら、深夜は得心がいったように肩を竦めた。

「ふーん」
「なんだよ」
「そりゃ、グレンが相手してんなら強いわけだ、ってさ」
「はぁ?俺たちが12の時よりクソ弱ぇだろうが」
「そりゃ比べるのが酷ってもんでしょ」

苦笑して、再び必死に相手の剣の動きを追おうとしている少年に目を向ける。
世界崩壊前、強大な呪術組織の主家の養子だった深夜と、分家の跡取りだったグレンは、
その立場は違えど、幼い頃から非常に苛酷な訓練を受けている。
生まれが特殊なだけに、民間人に比べて圧倒的な力を持っているのは当たり前だが
この子供は、少なくとも12歳まではまともな訓練は受けていないのだ。
訓練校に通い始めて1年とはいえ、今では同世代の中では圧倒的な強さを誇っているのは
十分に凄いことだと言えた。

「それよか、お前、なんでここに来た?」

深夜は、柊家の養子で嫌われ者ではあるが、れっきとした帝鬼軍少将の地位をもつ将校である。
この子供の存在を、帝鬼軍の上層部に知られるのは、避けたいところだった。
だからこそ、柊の目の届かない、自分の管轄地域に入れ、あまり目立たぬようにさせてきたはずなのだが―――

「ああ、心配しないでよ。完全なオフだし」
「そうじゃない。なんでここにいるんだ、って話だ」
「だって、グレンの隠し子がいるなら見たいじゃない。どんな子かなーって」

だから、ここ最近付けてたんだよねぇ、と白々しく言う深夜に、嘆息する。
正直気付かなかったのは不覚だが、今更である。そろそろ身体の動きが鈍り、気力だけで刀を振り回す
少年の胸をとんと押し返すだけで、少年はころん、とひっくり返ってしまった。
芝生の上に仰向けに倒れ、はぁはぁと肩で息をする彼を見下ろしてニヤニヤと笑う。

「基本がなってねぇな。闇雲に振り回すだけじゃなく、型ができてなきゃ無駄な動きが増えるだけだぜ?」
「っち、くしょー・・・」

そこで、ぐー、と少年の腹が鳴った。
正直な身体の反応に、みるみる子供の顔が真っ赤になる。グレンは声に出して笑い出した。
となれば、馬鹿にされたと更に血が上るのは、子供ならば仕方のない反応だろう。

「飯も食ってないのかよ。腹が減っては戦も出来ない、ってな」
「っ待てよ!まだ俺は修行ちゅ・・・」
「明日は1日余裕があるからな。相手してやるよ」
「まじかよ!じゃ、グレン!!!明日は逃げんなよ!!!」

びしっと指差して、足早に構内に戻っていく。
ばいばーい、と深夜は手を振って、少年の背中を見送ってやった。

「元気だねぇ」
「で、お前は本当に何の用で来たんだよ」

手にしていた模擬刀は、学校の備品である。中庭と玄関の間にある倉庫にしまいながら、

「別に?僕も今日はもう暇だし、たまには君と遊ぼうかなぁって」
「面倒臭い。もう帰れ」
「えー。そんなに釣れないなら、グレンの秘蔵っ子の話、暮人兄さんにしちゃおうかなー」
「・・・・・・」

無言で、グレンは腰に吊り下げていた本物の刀を引き抜き、目にも止まらぬ疾さで彼の喉元に突きつける。
それは、先ほど子供を相手にしていたスピードとはまるで違う。
軍に所属している者でも、よほどのレベルでなければ動きを追うことはできなかっただろう。
剣呑な目つきで自分を見やるグレンに、深夜は、降参、といった風に両手を上げた。

「冗談冗談。
 ・・・まぁでも、たまには付き合ってくれてもいいでしょう?」
「勝手にしろ」
「じゃー決まりね」

軽い足取りで自分についてくる男を無視するように学校を離れ、復興したばかりの渋谷の街並みを歩く。
大人たちが激減したため、ほとんどの店は休業中になっていたが、
それでも、壁の内側の世界は、多少なりとも落ち着いた平和を取り戻しつつあった。

あの時、禁呪の暴走によって拡がったウィルスは、悉く民間人を犠牲にしていった。
体力の弱い者、抵抗力のない者はほぼ即死。
統率のとれないパニック状態のまま、関東を離れた者が、更なるウィルスを地方にまき散らす、といった
見るも無残な状況だった。
だが、まだウィルスのみの脅威ならば、なんとかなっただろう。
追い打ちをかけるように、地上には、どこからともなくバケモノが現れた。
人を襲い、制裁するだけのバケモノ―――≪ヨハネの四騎士≫の出現に、無論一般人はなすすべもなく、
唯一、対抗策を所持していたのは、『帝ノ鬼』と呼ばれる呪術集団のみ。
だが彼らは、世間的な常識に当てはめるならば、最低な対応だった。
『帝ノ鬼』の信者たちを集め、解呪の技を施す一方で、民間人を見殺しにした。
ウィルスに差別はない。浮浪者だろうとサラリーマンだろうと、政治家や芸能人に至るまで、
全員が罹患した。弱い者から死が訪れた。
というのも、『帝ノ鬼』は、同じ呪術組織のひとつである、『百夜教』との戦争の真っ最中だったのだ。
多大な犠牲の下、生き残ったのは『帝ノ鬼』の者たちだった。
だがその後、壁を築き、息のある者に漸く抗ウィルス剤を与え、やっとのことで守り切れたのはたったの1区画のみ。
そうして、日本の中枢は、帝ノ鬼に牛耳られることとなった。

「でも正直、このままじゃヤバイよねぇ。
 このまま城に立て篭もって生き残っても、肝心の食糧を調達する術がここにはない。
 他国の援助もない今の状況で、何年も続いたらもたないでしょ」
「もちろん、この狭い地区だけでは絶滅するのも時間の問題だろうな。今はまだ電気が通っているが、
 肝心の発電所すら、未だ人間の手に取り戻せてない。―――まさか吸血鬼たちがメンテナンスしてくれるわけでもねぇだろうしな。
 いい加減、人の手を伸ばさないとダメだろうなぁ」

渋谷の街を歩きながら、グレンは遠目に見える、街を囲む壁を見つめた。
この4年間で、あの時甚大な被害を受けた建物はなんとか復興し、多少の活気は戻ってきている。
だがもちろん、この狭い都心部のみが残されたところで、まともに食糧を生産できる場所は限られていたし、
それでなくとも大人たちは少ないのだ。かつてのような経済社会が築けるはずもなかった。

私服の2人が向かった先は、かつての第一渋谷高校の近く。27階建ての、タワーマンション。
よく、あの戦時中壊れなかったものだと思う。
ここはグレンが、あの世界崩壊直前まで過ごしていた家だ。
今現在は、生き残った人々が、仮住まいとして宛がわれている場所のひとつだったが、
それでも、21階以上には、誰も住んでいない。
監視カメラも、盗聴器も、不審人物も誰も足を踏み入れることのできない場所。
このご時世、戸籍も土地の権利証もあってないようなもので、ほとんどが帝鬼軍の管理下となっていたが―――
今でも、ここの所有者は一瀬になっている。
つまり、渋谷で唯一、柊の干渉を受けない場所だった。

「ほとんど足を踏み入れてない割に、相変わらず綺麗だねぇ、ここ」
「ああ。いまだにあいつらが掃除してるみたいだからな」
「ほぼ使ってないのに?」

帝鬼軍の幹部ともなれば、民間人とは違い、一定レベル以上の宿舎が与えられている。
無論、併設して訓練所や研究所、図書館など軍関係者でなければ利用できない施設まであるのだから
わざわざ民間施設に住んでいる物好きな軍関係者はいないだろう。

「確かに、官舎で寝起きするほうが職場も近いし、楽だけどなぁ」
「息が詰まる?」

深夜が、苦笑してグレンの顔を見やる。
柊が牛耳る日本帝鬼軍の中では、一瀬の人間は常に異端だ。
無論今は、『帝ノ鬼』所属の者以外の民間人も軍に所属していたから、かつて四面楚歌だった高校時代よりかは
はるかにマシになってはいるだろうが、それでも、枕を高くして眠ることはできないだろう。
湯が沸いて、用意されていたインスタントコーヒーを煎れ始めると、がらんとしていた空間にようやく生活感が生まれてくる。
かつてここで、下らないゲームではしゃいだ懐かしい記憶を思い出した。
まだ、世界が本気で滅ぶとは思ってもいなかった頃の―――

「あいつらは、昔みたいに一緒に住みたいんだろうさ」
「いい考えだねぇ。僕も一緒に住まわせてよ」

5LDKもあるんだし?と広いリビングを見渡せば、見事に渋谷から新宿までの景色が窓に広がる。
夜景といえば夜景だが、もちろん、かつてのようにきらびやかな光はなく、
足元が申し訳程度にところどころ灯っているだけだ。
深夜は煎れられたコーヒーを受け取ると、更に角砂糖を大量に突っ込んだ。
グレンは顔を顰める。この男の甘党ぶりは今に始まったことではないのだが、たまに目にすると味を想像しただけで吐き気がしそうだ。

「やめとけ」

大真面目に言って、グレンはブラックコーヒーを口元に運んだ。

「柊の奴らは知らないで俺を泳がせてるわけじゃないんだ」
「もちろんわかってるよ。僕がグレンの傍に堂々といられるのも、表向きは監視役って肩書きがあるからだしね」
「へぇ。どんな報告してる?」
「なーんにも。グレンは体力馬並みで朝まで寝かせてくれません、って」
「抜かせ」

そういえば、口を開けば冗談ばかり言う男だったのを、今更ながら思い出す。
表情も、口調も、仕草も、すべてが演技のようなわざとらしさが見える深夜だったが、
この5年間の付き合いで、彼の心は大抵読めるようになってしまっていた。
そうして同時に、おそらくは自分の心も。
お互い様ではあるが、彼に筒抜けというのはいささか気分が悪い。
ますます眉間に皺を寄せて、カップを煽ると、

「まぁでも、ここはきっと大丈夫だよ」

そんなことを、深夜は珍しく真摯な口調で言ってきた。
顔を向けると、意味深な笑顔を向けて、グレンの手の中の、空になったカップを取り上げる。
身長は、少しだけ、深夜のほうが低かった。だから彼は、ちょっとだけ背伸びをして、グレンの首に腕を回す。
顔を顰めたが、グレンは抵抗しなかった。
わざわざこんな場所まで来て、この男とすることなんか1つくらいしかない。

「暮人兄さんはグレンが大好きだからねぇ。君の最後の砦くらいは、守るつもりだろうさ」
「はぁ?」

耳を疑うような発言に間近に迫った男の顔を見やるが、
こちらもとても冗談を言うような表情はしていない。ただ目を細めて、猫のように身体を丸めて男の熱を楽しんでいた。

「こんな場所でしか言えないからね。
 なにせ兄さんの耳は地獄耳だし、それ以上に、彼を取り巻く環境といったら想像もできない位厳しいしね。」
「なんの話だ?」

いぶかしむグレンの目線に、今度こそからかうような表情を浮かべて、
これ以上はお終い、とばかりに指先を目の前の男の唇に置く。自分も簡単に口を割るタイプではないが、
この柊家の養子は、言うつもりのないことは絶対に口に出す人間ではなかった。
お互い、それなりの修羅場を通ってきたつもりである。
早速私服のボタンを外しにかかる深夜の指先にひとつ溜息をついて、
お望み通り、広く大きなベッドがある寝室に雪崩れ込んだ。










「・・・う、ぁっ・・・」

深々と身体の奥を男の楔に抉られ、銀の髪を振り乱す深夜は枕に額を押し付けながら必死に声を噛み殺していた。
衣服は下肢以外、ほとんど剥かれていない。このままでは既に深い皺が刻まれているシーツと同じように、
彼のシャツもぐしゃぐしゃになってしまうだろう。
汗に濡れた肌に布地が張り付いて、非常に気持ちが悪い。一刻も早く脱ぎ捨てたかったのだが、
性急に下肢をつなげて来ようとする男には逆らえず、取り敢えず、といった乱暴さで簡単に組み敷かれてしまっていた。
一方、男はというと、衣服ひとつ乱れていない。
くぐもった喘ぎ声を上げ続ける青年を見下ろす視線は、熱っぽいながらもどこか冷静で、
震える身体を持て余し気味に乱れる様子を観察している。
室内に響くのは、熱い吐息と甘い喘ぎだけ。既に頭がおかしくなりそうだ。
繋げられた下肢からはぐぷぐぷと体液が弾ける音が聞こえてくるし、
耐えがたい羞恥を感じる。
ましてや、四つん這いの上、尻だけを男の目の前に晒し、その奥をいいように嬲られているとあっては、
深夜は今にも身が千切れそうな思いだった。

「っは・・・ちょっと・・・人権無視しすぎでしょ」
「はぁ?」

相手の抵抗を片手であっさりと押さえつけて、屈辱的な恰好を晒され無理矢理内部を犯される。
これを強姦と言わずに何というのか。
咎めるような視線をグレンに向けるが、

「で、男に強姦されて、悦びに震えてんのは、どこのどいつだって?」

身体を繋げたまま、下肢の前に手を伸ばすと、
腹に付きそうな程の男の証。それを思わせぶりに指先で撫でてやるだけで、悲鳴のような嬌声が聞こえてくる。
腰の奥を突き上げる度に、先走りが溢れシーツを汚す様をはは、と鼻で笑ってやれば、
深夜は悔しげにシーツを握り締めた。
触れて欲しい。
彼の雄は、もう既に限界を迎えていて、あと少しの刺激があれば達することができるのに、
己の身体のすべてを支配下に置いているこの意地の悪い男は、
上り詰めようとする度に腰を引いては、欲しいものをちっとも与えてくれないのである。

「イきたいのか?」

耳元で、からかうような口調でそう言われて、しかし
堪え難い快楽の前では、意地を張っていられるのももはや限界に近い。
羞恥を押して、彼の言葉に何度も頷くと、次の瞬間、ぐるりと視界が回った。

「―――っう、ぁあ・・・っ!」

男の楔が内部を抉りながら身体を返されて、洩れる声を抑えきれなかった。
向かい合った状態で、膝下からぐい、と両足を押し上げられる。膝が胸に付くほど背を折り曲げられ、
きつい体制に深夜は苦しげに眉を寄せた。
この格好では、嫌でも卑猥な結合部が視界に入ってしまう。
本来の目的とはまったく違う使い方を強要されているその部分が、
真っ赤に充血し、これ以上ないほど拡げられている現実を改めて認識する。
その途端、一気に身体中の血液が沸騰した気がした。
ぞくり、と背筋が震える。目の奥が真っ白になるような心許ない感覚を、唇を噛み締めて耐える。
―――だが、

「ちょ・・・、服、汚れ・・・っ」

不意に、現実的なことが頭を過り、慌てて男の胸を押し返して衝動に耐えた。
今の自分は、非常に不味い格好をしていた。身体が折れるほど折り曲げられ、このまま達してしまっては
ただでさえくたくたになっているシャツが使い物にならなくなってしまうだろう。
それは非常に不味かった。ここは軍の官舎でもないし、
衣服の替えなど用意がないからだ。
明日の仕事は、いかな彼でもすっぽかすわけにはいかない大事なものだった。
確実に朝までには官舎に戻り、澄ました顔で正装をしていなければならないのだ。
悠長に服を洗っていられる状況ではなかった。
が、勿論、そんな訴えを聞いてやるグレンではない。

「っあ、馬鹿・・・!」
「今更だろ?それとも、そんなニオイの付いた、皺だらけの服で帰るつもりか?」

軽く腰を揺すり、内部を擦り上げるだけで、ぱたぱたと、先走りが衣服にシミを作る。
男の横暴な態度になす術もなく、今度こそ限界まで追い詰められ、
深夜はあっという間に達してしまっていた。ぎゅ、と内部が狭まり、痙攣する。己の吐き出した白濁によって
べっとりと胸元が濡れる。服ばかりか、頬や唇にもその一部が飛んでしまっていて、
確信犯のグレンは可笑しそうに笑った。
肩で荒い息を吐いたまま、放心したように視線の定まらない彼の、
頬についた精液を指先で拭い、そのまま唇をなぞる。半開きのそこから指を差し入れると、
無意識に舌を絡ませてくる。

「で?わざわざ俺を誘った理由は?」
「・・・シたかったから、とかじゃ駄目?」

舌先に感じる己の精の苦味に顔を顰めながらも、なんとか冗談を紡げるようになった青年に、
グレンは胡乱な目を向けた。今だ下肢は捕われたまま、それでも深夜は肩を竦める。
確かに、ただ行為を求めるつもりならば、軍の宿舎で十分だった。
気配を消して、誰にも気づかれずにグレンの部屋に忍び込むことなど、彼にとっては朝飯前なのだ。
だが、今日は特別だった。
わざわざオフの日に、ストーカーまでして自分の後をつけていた。
それどころか、こんな場所まで押しかけてきて、
意味がないはずがない。
それに、今日は普段の彼よりも明らかに余裕がないのも、おかしいと思った理由だった。
必死にしがみ付いていた指先だとか、いつもよりまるで噛み殺せていない喘ぎ声や、枕を濡らした痕。
繋がったままの下肢から伝わる熱も、普段より切羽詰っていて、
なんとなく違和感があったのだ。
だから、意図的に反発を煽るような体位を強要してみたのだが、それでも、健気に身体を合わせてきて。
グレンは目を細め、再び男の雄の根本を掴んだ。じわりと広がる痛みと、再び熱を呼び覚まされる刺激のその狭間。
息が詰まるようだ。身体の奥が隙間なくぎちぎちと男の雄を銜え込んでいるから、尚更。

「―――駄目だね。
 わざわざここに来させるくらいだ、情報があるんだろ」
「・・・はは・・・この状況で、それ聞く?」
「今聞いておかないと、忘れそうだしなぁ」

わざとのんびりした口調で言って、繋がったままの下肢を揺らせば、
不意打ちの動きに、甘い声音が重なる。理性を取り戻しかけていたはずの表情が、一気に快楽に煙る。
先ほどまであまり己の雄に刺激が与えられなかった分、男の掌の熱に包まれた感覚は強烈だった。
男の指先は、弱い部分を的確に押さえている。焦らすように何度も亀頭に触れながら、それでも一番鋭い刺激を与えられるはずの
先端には敢えて触れない。2度目の熱を蓄えようと固い芯を持ち勃ち上がるそれは、
既に先走りの透明な液を零している。ぬめるそれを雄全体に塗り拡げて、形の変わるそれを愉しげに弄ぶ。
どうやって身につけたのか、彼の手練手管は見事なもので、
早く触れて欲しくて、無意識に腰が揺れた。
頭がおかしくなりそうだった。
普段だって、散々啼かされ、喘がされて、意識を飛ばす羽目になるのは自分なのだ。
確かに、このまま過ぎる快楽を与えられ続ければ、自分がどんな醜態を晒すのかは身を以て知っていた。
意識を失えば、きっと、目が覚めたら朝になっているだろう。
深夜にとっても、それだけは避けたい状況だった。

「っ・・・・・・
 ・・・明日は、柊の、極秘会議があるんだ」

初耳だった。無論、普段の、佐官以上のメンバーが顔を合わせる上層部会議以外に、
この帝鬼軍を統べる柊家だけで極秘の情報共有がなされているのは知っていたが、それでも
それがいつ行われているのか、何が決められているのか、
外部に洩れることは一切なかった。

「ほぉ。お偉い柊様だけで、何を決めるって?」

だから、こうして深夜が自分に情報を横流しするのは、彼にとっては重大な裏切りのはずだった。
柊家の養子。だが、世界が崩壊した今となってはもう、その存在意義はまるでなかった。
見つかれば、必ず破門され、口封じに殺されるだろう。
そんな綱渡りをしているのに、彼は一切気にせずに、必要な情報をグレンに流していた。
昔からだ。もう5年も前から、この青年は好き勝手にスパイ役を続けていた。

「・・・渋谷以外の、都市の奪還だよ」
「どこだ?」
「新宿」
「・・・・・・」

グレンは少しだけ思案する表情になった。
これまで、日本帝鬼軍は生き残った子供たちを保護する名目で、
北関東までの比較的足の延ばしやすい地域には、何度か遠征を進めていた。
だが、確実に吸血鬼や<<ヨハネの四騎士>>を排除し、人間達の領土として支配している土地は、
今では渋谷しかなかった。
渋谷しか守りきれなかった、と言ってもいい。
だが、ようやく復興の目処がついてきた、というのだ。
となれば、比較的建物の損壊が少なく、情報戦に有力な都市―――都庁のある、新宿の奪還が領土拡大の足がかりとなるはずだった。

「吸血鬼どもは、陣取ってないのか?」
「そりゃ、いるでしょ。上は、多少の犠牲を払っても、奪還を望んでいる。―――となれば、」
「それなりに腕が立って、だが失敗して死んだとしても対して影響力のない、捨て駒ね」

深夜の言いたいこと、考えていることなら大抵読める。
彼の視線は、痛いほどに自分を見つめている。いつになく真剣なまなざしで、先ほどの快楽の色もかけらもなくて。
グレンは唇を歪ませて、不敵な笑みを浮かべた。
自信家な表情。昔から、弱気な姿など見たことがなかった。気持ちの悪い作ったような弱者の表情の裏で、
常に『帝ノ月』の次期当主として、輝かんばかりのカリスマ性と、実力に見合った重い責任を背負って生きていたのだ。
それに、どうしようもなく、惹かれた。
8歳の頃から、ずっと、かつての婚約者から彼の話ばかり聞かされたせいかもしれないが。
しかし今となっては、こうなった理由など、大した問題ではなかった。

「よーくわかった。
 ―――当分、俺とヤれなくなる。それが寂しいってことだろ」
「・・・っ、馬鹿」

わざと茶化して笑う男に、破顔する。
常に、死を前にして、怯むことがない。それどころか、最後まで生き抜く意志を捨てない彼に、
何度救われたかわからない。だから、きっと今回も大丈夫だと感じる。
腕を伸ばして、彼を頭を引き寄せる。唇が触れ合い、舌が絡む。貪欲に彼を求めながら、今度こそ彼の衣服を脱がし始める。
服など、邪魔以外の何物でもなかった。
素裸の彼に触れて、そして。

「とりあえず、俺を忘れられない身体にしてやるよ。
 ・・・一人で離脱すんなよ?俺がちっとも面白くねぇからな」
「望むところだ」

再び、身体の奥に灯る熱を感じる。
今度こそ、彼の与える愉悦が己の脳髄を支配していくのを感じながら、
深夜は腕を伸ばし、彼の背に縋り付いたのだった。





end.





Update:2014/09/25/WED by BLUE

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