傷だらけの恋心



―――当分、見たくない顔だった。
出来ることなら、1週間―――いや、1ヵ月は顔を合わせたくなかった。
正確には、合わせる顔がなかった、と言うべきか。
ほとぼりが冷めるまで、自室に篭るつもりだった深夜は、
しかし、翌日にかかった緊急幹部召集のため、嫌でもかの男の視線を浴びる羽目になっていた。

「どういうことだ」

夜遅くまで続いた会議が漸くお開きになり、他の将校たちに紛れて早々に戻るつもりだった深夜は、
後ろから聞こえてくる怒気を孕んだ口調に、しかし足を止めることはなかった。
振り向けるはずもない。
会議中では、彼は相変わらずの伝法な口を叩いていて、一見するとまったく変わったところはなかったが、
苛立っていることは明らかで、それも、自分のせいだとわかりきっていたから、尚更。

「何が」

話すことなど、何もなかった。言い訳も、弁解も、どう取り繕っても彼には通じないだろう。
だからといって、真実を伝えるには、それなりの覚悟が必要だった。
自分の弱みを握られるのは、戦いの世界に生きる者にとっては致命傷にも等しい状況だ。
いくら信頼を置ける相手であっても、出来ることなら隠していたいと思う。
それは、自分も、彼だって同じはずで。

「お前、どこで何をしていた?」

いつのことか、などわかり切っている。昨晩の話だ。
昨晩、深夜はこの男――― 一瀬グレンと逢う約束をしていた。それも、切望したのは深夜で、
グレンは相変わらず鬱陶しそうに眉を潜めながらも、ご無沙汰だったこともあってお互いのオフの時間に
軍の目線の届かない、民間の施設で待ち合わせる予定だったのだ。
だが、深夜は、来なかった。
行けなかった、というのが正しいのだが、もし、理由がまともであれば、
その時に連絡を取ることができただろう。通信手段がないわけがないのだから。
だが、昨晩、彼は来なかったのだ。
無理矢理取り付けたくせに、約束を反故にされるなど、根が真面目なグレンが黙っているはずもなく
こうして問い詰めねば気が済まなかった。
会議中に見た深夜の顔は、普段以上に顔面が蒼白で、疲れ切っていて、
明らかにまともに眠っていないとわかる状態で。
これでは、勘ぐられても仕方がない、というものだ。

「・・・すっぽかしたのは、悪かったと思ってるよ」
「はっ。それが、人に謝る態度かよ」
「・・・とにかく、今日はもう、戻る。疲れてるんだ」

いくら2人が仲がいい、という話が周知の事実だとしても、柊と分家の身分の違いは明らかだ。
他人の目線のある場所で、あまり強く出られるはずがないのを良い事に、
深夜はグレンの追及から逃れるように、人だかりに紛れようとする。
だが男は、その、逃げようとする深夜の腕を、乱暴に掴んだ。
ぐい、と有無を言わせぬ力で引き、そのまま帰る場所とは別方向に踵を返す。
深夜は驚いたように男に抗議の視線を向けたが、勿論、グレンは気にしない。まだ廊下には将校たちが
ちらほら残っていて、この状況を見られたら、と思うと更に血の気は引く思いだったが、
そこでようやく、グレンが軽い香が乗った透明な煙を焚いているのに気づく。
幻術だった。
彼が、わざわざ目晦ましの技を使ってまで、自分を連れ去ろうと画策していた事実に、愕然とする。
彼の怒りが相当なものだとわかる。今更逃げられないだろう、と感じて、
深夜は唇を噛み締めた。
諦めの念と共に、屈辱が胸の内に広がるようだった。グレンに対してではない。
昨晩の、思い出すのも忌々しい、あの悪夢のような時間に対して。

「待ってよ。どこに連れてく気?」
「仮眠室」

まったく感情の篭らない声音が、事務的に言葉を紡ぐ。
彼の目的地はそうは遠くなく、軍本部の1階、宿直や警備兵の使う、仮眠用の個室だった。
ここの鍵も予め準備してあったのか、何の躊躇いもなく扉を開け、ベッドくらいしかまともな家具のない部屋に乱暴に放った。
勢いで、ベッドに倒れ込む青年を後目に、グレンはさっさと鍵をかけ、同じようにベッドに乗り上げてくる。
もともと、1人分の体重しか想定していない、パイプのベッドである。
男2人分の体重を受けて、それはギシギシと悲鳴をあげた。

「っ―――やめ・・・!」

ぶちぶちと、ボタンが外れる音が響いた。力任せに制服を剥き、肌を露わにする。
絶対に、彼に見せるわけにはいかないと決意していたのに、抵抗する間もなく組み敷かれて、
深夜は唇を噛み締めた。
白い、肌。透き通るような、滑らかな陶磁のような感触。
そこに、たくさんの青紫色に染まった箇所があった。ところどころ、血を流したような傷と共に、一目でわかる青紫の痣。
男は目を細める。
指先でその箇所を撫でてやると、嫌そうに身を捩り、彼の腕から逃れようと足掻く深夜に、
しかしグレンはそれを許すはずもなく、ぐい、と両手首を引き、頭上に縫い止めた。
軍服に隠されていた手首が、露わになる。その細い部分には、幾重にも絡められた荒縄の痕。
ここまでくれば、誰が見ても、昨晩の彼の身に何があったのかは明白だ。
横を向き、頑なに視線を合わせようとしない深夜の顎を捕え、グレンは強引に自分の方を向けさせた。
触れるほどの距離で、淡いブルーの瞳を覗き込む。

「・・・誰と、ヤったんだ?」
「・・・っは、冗談・・・」

強がる口調を無視し、下肢に手をかけると、下着ごとボトムを一気に引き下ろす。
想像に違わず、下肢に隠された部分にも、容赦のない傷跡が点在している。
誰がやったのか、とグレンが問い詰めてみたものの、そんなもの、わかりきっていた。
この日本帝鬼軍の中で、柊の名を持つ彼に対しこんな強姦めいた行為を強要するのは、柊に刃向かったも同義なのだ。
そもそも、彼ほどの実力者の抵抗を抑えつけて犯せる人間など、軍の中にはいない。
となれば、この男に屈辱的な傷を与えたのは、同等の立場か、もしくは、それ以上の存在、ということになる。

「―――暮人か?」
「・・・・・・っ・・・」

図星を刺されて、表情が歪む。
絶対に、悟られたくもなかったし、知られてはならない話だった。
だが、誤魔化す術も、もっともらしい言い訳も見つからないまま、こうやって組み敷かれれば
必ずバレるだろうとわかっていた。
だから、もう、連れ込まれた時点で諦めてはいたのだ。

「・・・ぁあ、そうだよ。―――昨晩、酒に付き合え、って誘われてね」

疲れたように、吐き捨てる。
実際、ひどく身体が怠かった。昨晩はまともな睡眠は取れていないし、
暮人に与えられたのは、愛情の篭った性的な行為などではなく、拷問めいた屈辱的な行為の強要なのだ。
身体の傷は、それほど問題ではない。
だが、他人に付けられた明らかな行為の痕跡を前にして、グレンが黙っているはずもない。
怒りの矛先が、自分に向けられるのは、火を見るよりも明らかで―――・・・

「で?お前は大人しく、ひーひー啼いてたってわけか」
「・・・・・・」

唇を噛み締める。
逆らえるはずもなかった。自分は柊の養子で、しかも、今となっては用なしも同然の嫌われ者なのだ。
次期当主候補だった柊真昼の婚約者として柊家に迎えられただけの存在が、
彼女がいなくなった今でも消されることなく少将の地位に収まっていられるのは
柊暮人の計らいに他ならない。
そんな相手に、深夜が刃向かうわけにはいかなかった。
深夜は自嘲するように笑った。肩を竦めて、諦めたような疲れた顔で。

「・・・仕方ないだろ。所詮、彼の掌の上で踊らされてる道化だ。―――僕も、君だって」
「ちっ」

彼が言うように、暮人に弱みを握られているのは自分も同じで、けれど、それに甘んじているのは
彼の背後にある強大な組織を敵に回せる程、自分の力が強くないからで、
その事実に、グレンもまた悔しげに顔を歪ませる。
だがそれでも、すべて諦めたようにへらへらと笑う態度が、心底嫌いだった。
何かを吐かせるための拷問でもなく、ただあの男の支配欲を満たすためだけに、強引に身体を拓かされる。
人間としての最低限のプライドもずたずたにされて、
それでも普段は暮人の傍で柊の人間の顔をしているこの男を見ていると、
どうしようもなく苛立つのがわかった。
彼の前で見せただろうみっともない姿以上に、自分の前でめちゃくちゃにしてやりたいと思う。
この傷だらけの身体に、更なる屈辱を与えてみたい。
憔悴しきった顔を更に責め立てて、苦痛に歪ませてみたい。
この欲望が、どういう感情から来ているのか、
グレンにはわからなかった。だが、今更、こんな破滅した世界でそんな感情を追及することに意味はないだろう。
明日にも死ぬかもわからない、常に戦いに身を置いている自分たちには、
考えている余裕などなかった。

「どんな理由にせよ、一晩すっぽかしたんだ。―――今晩は、嫌でも付き合ってもらうぜ」
「いいよ、もう。好きなようにしなよ」

緩んだ拘束から逃れた深夜は、腕を伸ばして男の首に絡みつく。
肩に顔を埋めると、無言で背に回され抱き寄せられる感覚に、安堵の息を吐いて目を閉じた。















なんだかんだ言っても、彼の触れ方は優しかった。
優しいというよりは甘い、というべきか。別に普段から、愛だの恋だのを理由に繋がっているわけでもないのに
投げやりな口調とは裏腹に、深夜が傷つく程の乱暴な扱いはほとんどしたことがない。
それに比べて、あの、血の繋がらない兄の強要する事といったら。
深夜は昨晩のことを思い出して、くすりと笑った。

「・・・何、笑ってんだよ」
「別に?」

先ほどまで青ざめたような表情をしていたというのに、肌を晒されただけで
頬が上気し、瞳が潤んでいる。胸元の痣を指先で辿りながら、ツンと立ち上がった小さな蕾に舌を絡め、
キツめに歯を立ててやれば、小さく悲鳴をあげて全身を震わせる。
昨日の行為の名残のせいか、普段より敏感な身体に目を細めて、片手で焦らすように内股を撫で上げる。
彼の雄は既に熱を蓄えていて、自分を求めているのがはっきりとわかる。
だが、この男が、他の男―――今回は暮人だったが―――の前でも同じように媚びたような態度を取るのだと思うと、
胸の奥が疼くようだった。
決して、自分だけではない。
当たり前だ。付き合ってるわけでは、決してないのだから。
そもそも、カップル奨励などという馬鹿げたスタンスを掲げている帝鬼軍の一員としては、
男同士で何をやっているんだ、と冷静な心の声が聞こえてこなくもない。
自分に真っ当な恋愛などしている余裕はないが、
深夜の場合は可愛い娘には軟派な殺し文句をかけていたはずだ。
別にそれを、グレンは何とも思っていなかった。
だが今回は、とらえどころのない黒い感情が、胸の内に渦巻いている。

「ねぇ、グレン」
「あ?」

顔をあげると、欲望を露わにした深い蒼の瞳と視線が絡んだ。
うっとりとした表情で身を起こし、かわりにグレンの胸を押して、ベッドに背をつかせる。

「舐めてあげるよ」
「・・・・・・熱でもあるのか?」

自分からこうして、男の雄に顔を埋めてくるのは珍しく、
特にこういう時は、オアズケだった期間が長かったり、それでもあまりにグレンが釣れない場合に、
強引に行為に及ぶつもりだったりと、大抵彼の精神状態が著しく悪い時が多い。
そして、今回もまた、暮人に散々犯されて、頭のネジが外れているのか、
深夜は自らグレンの上に四つん這いになると、彼のきちんと身に着けた衣服の下で熱を持ち始めている、
彼自身の楔を解放させた。
舌を絡めて、砲身を筋にそって舐め上げた後、呑み込むように大きく口をあけて男の雄を受け入れる。
彼の口内で、みるみる質量を増すそれに、深夜は顔を顰める。
だが、それでも苦しげに息をしながら、頭を上下に振り楔を扱いたかと思うと、
先端に舌を絡めて、何度も括れの部分を舐め上げる。
夢中になって、男に快楽を与えようとする彼をそのままに、
グレンは深夜の体勢のせいで目の前に晒された彼の尻を、じっくりと眺めた。
両の太腿に、縄で縛られたような痣。尻から背にかけては、何度も叩かれた―――しかも、直線的な傷のでき方からすると、
おそらく手ではなく、乗馬鞭のような棒状のものだろう―――みみず腫れのような痕。
両手で尻を割り裂くと、昨晩の激しい行為を物語るように、
隠された部分が赤く腫れ上がっている。
じっくりと観察すると、裂けたような傷が深く刻まれているのが見て取れた。
おそらくは、かなり出血があっただろう。
これではきっと、今、この後に自分の雄を受け入れる時にも、相当な負担がかかるのは必至で。

「―――い・・・っ」

グレンは、たっぷりと唾液を乗せ、彼の後孔に舌を這わせた。
染みるような鋭い痛みに、深夜の身体が硬直する。それでも、彼が身体の動きを止めたのは一瞬だけで、
再び陶酔したような表情で男の楔をしゃぶりついている。
彼の膝が、震えている。
襲い来る痛みから必死に意識を逸らそうとしているのか、更に喉の奥まで呑み込んで
喘ぐ深夜に、じっくりとナカに舌を絡ませる。
力を失ったように弛緩したそこは、それでも異物に反応するように収縮を始めたが、
それでも、男の侵入を拒むことは不可能だった。
指を差し入れると、彼の奥は蕩けそうな程に熱い。そこがどんなに傷ついていても、グレンを求めているのは明らかで、

「・・・入れて」
「また傷が広がるだろうが」
「いい、よ」

身を起こし、求めるように顔を向ける男の腕を引いて、
己の上に跨らせる。
先ほど見た傷の位置は、おそらく背後からの体位の激しさから出血したものだったから、
騎乗位のほうが少しは負担が軽くなるだろう、という、彼にしては珍しく、相手を気遣うような慎重さ。
深夜は一気に下肢を熱くさせた。中心に触れ、張りつめた己自身を慰めたかったが、
身体の奥が欲しくて堪らないと告げている。
腰を落とすと、グレンの両手が入り口を拡げ、侵入を助けるようにぐっと力が篭められた。
じわりじわりと、熱い内部の襞が男の楔に絡みついていく。
まともに思考が働くなるような、深い快楽。

「痛いか?」
「・・・痛、く、な・・・っ」

強がるように小さく首を振っているが、下肢は震えている。
入り口に添えていた指が、不意に熱く濡れた。出血している。当たり前だ。
昨日の今日なのだ。更に傷が開いてしまうのは当然で、

「・・・深夜」
「っは、ぁあ、―――っく・・・」

窘めるように彼の名を呼ぶが、もう遅い。
激痛を感じながらも、その奥にある快楽を必死に追おうとする腰を動きに、
グレンは目の前の男の楔に指を絡めた。少しでも苦痛を忘れさせようと直接的な部分にあえて強く刺激を与えれば、
胸に両手をついてはぁはぁと喘ぐ男の目の端から、無意識の涙が零れ落ちる。
姿勢を支えていられず、倒れ込みそうになる男の身体を支えながら、間近にある唇に触れれば、
すぐに舌が絡み、ぐっと繋がった箇所が熱くなる。
このまま達してしまえば、深夜に更なる負担を与えることはわかっていたが、
グレンはそのまま彼の背を抱き、唇を噛み締めて己の欲望を解放させた。
内部に当たる男の精の感覚に全身を震わせた深夜もまた、後を追うように熱を吐き出す。
ぐったりとグレンの胸元に力の抜けた身体を預ける深夜を抱いたまま、
慎重に繋げた下肢を抜いた。
いくら傷の治りが普通より早いとはいえ、この傷では薬が必要だろう。
だが、この仮眠室に薬はないし、かといって、この、まともに動ける様子ではない深夜を
連れ出すには、一晩は無理だろう。ましてや、夜間中の出歩きは、一つ間違えば大事になりかねない。
グレンが思案していると、

「グレン」

ほとんど意識を飛ばしていると思っていた深夜が、胸元から聞こえてきた。
まだ、肩で息をしている。
無理するなと、痛々しい背筋の傷をゆっくりと辿ってやると、
不意に、はは、と楽しげな笑いが彼の口から洩れ、グレンは怪訝そうな目を向けた。

「なんだよ」
「・・・暮人兄さんは、僕を犯しながら、君を抱いてるつもりなんだよ」
「・・・・・・は?」

唐突に、何を言うかと思えば。
馬鹿げたことを考えている、と思った。暮人が自分を好きだ、などというふざけた話を深夜はよくするが、
少なくとも自分は全くそうは感じなかった。
確かに、自分の思惑通りに利用しようという時は「気に入っている」だとか「そういうところが好きだ」などと
信者たちが聞けば舞い上がるような気持ちの悪い口説き文句を言ってくることはあるが、
それはただの彼なりの『手段』であって、彼自身の本心ではないのだろう。
彼は、―――柊の次期当主候補は、言葉の扱いに長けている。
柊を背負った自分が、どういう言葉を紡げば、どういう影響を相手に与えるか、
知り尽くしている男だった。

「兄さんが望めば、誰だろうが自室に呼んで夜の相手をさせることができるさ。
 女でも、男でも、どうでもいい民間人でも、部下の誰でもだ。彼のやる事に一切口を挟む奴はいないだろう。
 ―――でもグレン、君だけは駄目だ。一瀬だけは、まずい。
 彼の立場で、君に手を出すことが柊にどれだけ波紋を広げるか―――
 ・・・だから兄さんは、どれほど君に焦がれていても、君をどうしようもできない」
「そりゃよかった。こっちだって願い下げだしな。
 お前みたいにホイホイ付いていく気なんかさらさらないし」

それが彼の事実だった。
例えそれが本当に本当のことだったとしても、今後何があっても、グレンは暮人に媚びるつもりなど一切なかった。
第一、本家を蹴落とそうと野心だけで生きてきた自分が、それを知ったところであの男に対して何を意識しろというのだ。
馬鹿な男だと思った。可哀相な奴だとも。
手近な抵抗できない奴を捕まえて、身代わりの玩具にしようとは。
あのプライドの高さを金繰り捨てて、自分の足元に跪く、というのなら考えてやらんでもないが―――
まぁ、万が一にでも在り得ない話だった。馬鹿げた妄想を一蹴して、
そうして今、腕の中に収めている男を見下ろす。

こいつだって、柊だった。
恋愛に興味などなかったが、男であるという事実以上に、柊の人間という時点で敵でしかなかった。
敵。信用ならない相手。警戒すべき相手。憎むべき相手。
実際今だって、手放しで信頼できる相手ではさらさらなかった。
ただ、都合がいいから、利用しているというだけで―――

「勿論、僕も譲る気はないからね」
「俺はお前のモノじゃねぇ」
「まぁまぁ。僕は君のモノだし、似たようなものでしょ」

馬鹿げたことを馬鹿みたいに無防備な格好で真面目に言ってくる男に、ひとつ溜息。
いつまで、そんなくだらない事を言っていられるのか、
非常に興味があったが、きっと、当分、世界はこのままだろう。
柊に支配されて、日本は瀕死の状態にあって、吸血鬼は我が物顔で人間狩りをする。
この壊れた世界構造が塗り替わるのは、まだまだ先の話だ。
その時、それでも彼は隣にいるだろうか?

「君が望む限り」
「・・・」
「ずっと」

見下ろす視線の意図が伝わったのか、笑顔を向けてそんなことを言ってくる深夜に、
もう黙れ、とばかりに、グレンは彼の唇を塞いでやったのだった。





end.





Update:2014/10/02/WED by BLUE

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