罪な男。



自分が、『どこの』深夜だったのか、もう忘れ去って久しい。
『帝ノ鬼』という宗教組織の末端に名を連ねる、ちっぽけな家だったと思う。
母親も、父親も、当然のように柊に傾倒していたし、家が所属していた支部の長の指示に従い、
幼い頃から呪術の英才教育を受けさせていた。
いや、おそらくは、生まれた時から。
柊真昼と同年代、というだけで、おそらく両親は躍起になっただろう。
柊家に迎えられるチャンスがある。
そしてそのチャンスを掴めば、『帝ノ鬼』の中ではおそらく最高の栄誉な出来事なのだ。
今思えば、そんな両親の元に生まれた、という事実自体が、自分の不幸の始まりだったのだろう。
ただの、どこにでもいる普通の子供ではいられなかった少年時代。
少しだけ人より勝る呪術の才能があったという理由だけで
気付けば命がけの戦いを強いられ、まともな交友関係も築けずに育った子供が
どういう大人になるかなんて、たかが知れている。
本当に、心を許した相手なんていなかった。
常に周りは敵だらけで、柊に迎えられたとはいえ、それは形の上だけのもので、
少しでも隙を見せれば派閥争いに巻き込まれ、そうして足の引っ張り合いだ。
次期当主候補の婚約者とはいえ、
柊家では一番の下っ端でしかなかった。
彼らの顔色を窺って生きるしか、術がなかった。

だからかもしれない。
柊の名前だけで、自分に尊敬の眼差しや色目を使う人間が、深夜は大嫌いだった。
自分のない、ただ盲目的に柊の名を崇める姿は、
まるでかつての自分を見ているようで、反吐が出るほど。
柊など、醜いだけの世界だった。
日本を二分する強大な呪術組織を統べる者、というだけで驕り高ぶった彼らを目の辺りにして
初めて知った。
彼らにとって、信者たちはただの道具でしかなかった。
彼らの手足どころではなく、ただの使い捨ての駒だった。
そうして、自分もまた、
少し力があるというだけで彼らに選ばれた、替えの効く存在の1人でしかなかったのだ。

(・・・でも、)

しかし、それを知ったところで、今の深夜にはどうにもならないのだった。
抗えば捻り潰されるだけの、ちっぽけな生き物だったから。
所詮、強大な柊の前では、1人の力など意味がなかった。
惨めな人生、顔も忘れた親に引かれたレールの上を、一生、逃れることもできずに一生、歩いていくしかないのだと思った。

彼に出会ったのは、
そう諦めていた、その矢先だった。















「お前も大概、暇な奴だな」

情事の後。
月鬼ノ組の官舎の、一瀬グレンの自室で、
柊深夜は他の誰にも見せられないようなしどけない恰好のまま、携帯端末を弄っていた。
先にシャワーを浴び、身を清めてきたグレンは、こちらも濡れた頭にタオルを被せ、腰にタオルを巻いただけの
至って無防備な恰好で、冷蔵庫から出した缶ビールを煽っている。
今では、ある程度の嗜好品も手に入る。といっても、なかなかアルコールを嗜む時間など
普段は取れないのだが。
最近は特に切羽詰まった任務もなく、新たに帝鬼軍の支配下になった土地の
復興作業が主だった。

「何?」
「せっかく、大した任務もなく自由に動ける時期だってのに、俺のトコに来る以外に行くとこないのかよ?」

グレンの手には、もう1本、缶チューハイが握られている。
無言で差し出すと、深夜はベッドの上でうつ伏せのまま、目を輝かせてそれを受け取った。
どちらかというと甘党な彼は、ビールより柑橘系の炭酸割のほうが好みだったから、
今では彼の我が儘のせいで冷蔵庫が半分以上埋まっているのだが
まぁそれは別の話である。
さっぱりとしたそれに喉を鳴らして、深夜は満足げに目を細めた。

「グレンだって同じだろ?」
「俺はお前の10倍忙しいんだ。遊んでる暇なんかあるかよ」

やれやれ、と肩を竦める。
実際、正規の仕事以外に、影でそれなりにやましいことをしている彼としては、
こういうオフの時期にこそいろいろやることがあるのだろうとは思う。
本当は彼の元で悪事の算段に付き合ってやりたいところではあるが、
柊の肩書きというものは時に非常に面倒なものだ。

「これでも、お付き合いする相手を選ぶのはいろいろ大変なんだよ?」
「そうなのか?柊様なら選り取り見取りだろう?」

こないだだって―――、と、グレンは新宿で偶然柊深夜と会った時のことを思い出していた。
周知の通り、人間の絶対数が少ない今、子供を産み、育てることは政治的にも経済的にも非常に重要な施策の一つとなっている。
そのため、軍属だからといって恋愛が禁止されているわけではなかった。
だから、偶然、出くわしたのだ。
官舎の前、気持ち人目の憚られるような柱の影で、
その女性は深夜に何事かを話していて、そうして興奮したように頬を染めていたのだ。
いでたちは、それなりに高い階級のものだった。遠目だったからあまりよく覚えていないが、
少なくとも小百合や時雨よりは高い―――中尉か大尉くらいの士官だろう。
民間人で士官になれるものはそうはいないから、
おそらくはかつての『帝ノ鬼』所属の、それなりの実力者なのかもしれない。
と、遠巻きに眺めていたのに、深夜ときたら、
『ああ、グレン!珍しいねぇ!』
唐突に離れた位置から手を振られて、グレンは愕然としたものだ。
間違っても、あの状況で女の話を打ち切り、同性の知り合い―――それも、一瀬のクズにだ―――に
声を掛けるなど、グレンでも呆れる展開である。
そして、予想通り、女は自分をきっと睨みつけ、一礼して逃げてしまっていた。
別に邪魔するつもりなど更々なかったのに、余計な恨みを買ってしまったじゃないかと、
その時は深夜に文句を言ったものだ。

「お前が行けば、大半の女は黄色い声をあげるだろうに」
「残念ながら、僕自身にじゃないんだよねぇ。
 僕が一番、柊家の人間の中で人懐っこいからじゃないの?」

世界が崩壊したこんな世の中だが、柊家を畏怖し、そして憧れる者は少なくない。
だが、彼らに仕える名家の子女ならともかく、神にも等しかった柊の人間ともなれば、近づくのは容易ではないだろう。
その点、深夜は元々、民間の出だった。
実力を買われて柊に上がった、というのは、傍から見れば羨望と尊敬の対象なのだ。

「まぁ、顔が特別良い訳でもないしなぁ」
「嘘。僕はどこに出しても恥ずかしくないイケメン顔だよ」

はは、と笑ってベッドに腰を下ろしたグレンの首に腕を絡める。
深夜は明日もオフかもしれないが、自分としては朝早くから私用で出なければならない。
本当は遅くまでこの男に付き合って遊んでいる余裕はないのだが。
先ほどまで深夜が見ていた端末を引き寄せて、グレンはアルコールを片手にデータを読み返し始めた。
新宿の地下にある、研究施設の実験データだ。
<<鬼呪>>は、今ではある程度は人間がコントロールできるようになったが、
それでも本来の鬼の力の半分程度である。
これでは、正直なところ、支配階級の吸血鬼の貴族には手も足も出ないレベルで
吸血鬼を倒し、その支配から逃れようとする大目標のためには
力が全く足りなかった。
であるから、多少の非人道的な実験は止むを得ない―――そう、グレンは思っているが、
それでも胸の辺りが痛むのは、まだまだ自分が甘い証拠なのか。

「まぁでも・・・今じゃ、本気で来られても困るっていうか」
「女に気を持たせるような態度を取ってるからだろ。お前が悪い」
「そりゃ、僕は人が良いからね。
 グレンみたいに頭から否定するような乱暴な態度は取れない性質なんだよ」
「わかりやすくていいだろうが。どう逆立ちしても、俺には恋愛ごっこなんかしてる余裕はないんでね」
「僕と付き合ってるのに?」
「あ?」

瞬間、突き刺さるような視線が深夜を射抜いた。
つい先ほどまで、あれほど甘く濃密な時間を過ごしていたとは思えないほどに、
部屋の空気が冷え込む。まるで、刃が首筋に当てられているかのような気配。
だが、それを感じて、深夜は怯えるどころか、興奮のあまり身体をぞくりと震わせていた。
身体の奥が、疼く。
強い意志を感じさせる彼の瞳に、どれほど魅せられたか。
彼がどう思っているかはともかく、自分が彼にどのくらい惹かれているかは、
きちんと自覚しているつもりだ。
口でどんなに嫌がってみても、言葉でどんなに非難したとしても、
一番彼に従順なのは己の心と身体であることを、
深夜は身に沁みて知っていた。
だから本当は、こんな言葉遊びには意味がない。
お互いの反応を愉しむだけの、ただの前戯でしかないのだから。

「・・・まだ、時間あるよね」
「なんだ。まだシ足りないのかよ?」

先ほどまで散々、彼が意識を飛ばすくらいまで享楽的な行為に耽ったというのに、
ましてや自分は既にシャワーで情事の熱を落としているのだ。
面倒くさい、と思ったのは事実だが、それでも、
間近に迫る深夜の瞳に、欲望をそそられた。
あまり動揺することのない、飄々とした理性的に彼の瞳が
快楽の熱に酔い痴れ、泣き濡れたように潤んだそれに自分だけを映す様を、
グレンは知っている。
普段のあの余裕を崩さない彼が、自分の下で淫らに歪み、そうして自ら縋るような表情を向ける瞬間が、
何より己の嗜虐心を刺激した。
ましてや、彼は自分がそんな前後不覚の状況に陥るのを知っていながら、
懲りずに自分の下に身を投げ出してくるのである。
とんだマゾヒストだ。
だからグレンは、彼の望み通り、乱暴に肩口を掴み、再びベッドに深く押し付けると、
片手で缶ビールを煽った。そうしてそのまま、唇を押し付ける。流し込まれるアルコールの味は、
深夜の好まないそれで、不快そうに眉を寄せる。
しかし、重なったままの唇は逃げようとする彼を許さない。
含まされた液体は思いのほか多く、口の端から首筋まで、芳醇なアルコールの香りが伝う。冷たい感触にぞくりと震えるが、

「・・・零すなよ?」

っな、にを・・・と頭が理解する前に、身体が返され、うつ伏せの状態にさせられた。
膝と肘をついた四つん這いの恰好で、何をさせる気なのだ、と不安げに顔を向ける彼にニヤリと笑って、
グレンは、深夜の背の上で、持っていた缶を傾ける。

「っ冷た―――・・・何を・・・っ」

咄嗟に出てしまった言葉だが、無論、深夜にだってこの男が何をしようとしているか一瞬にしてわかってしまっていた。
背筋の窪みを伝い、流れる冷たく濡れた感触。ぞくりと全身が粟立つ。
しかも、体勢のせいで後から後から肩甲骨の辺りや首筋に伝ってくるものだから、もう最悪である。
だが、抗議する間も与えられず、男の舌が残った液体を掬い始めた。
熱い舌のぬめった感触も、唇が音を立てて肌に吸い付くような痛みも、ひどく非常識で、
けれどそれでも、頭が朦朧として何も考えられなくなりそうだ。
それほど酒に弱いわけではないはずなのに、とぼんやりと思ったが、
彼の舌が這い上るだけで、腰の奥が疼くようだ。

「・・・美味いわけ?」
「温すぎて不味い」
「・・・・・・」

おまえ馬鹿だろ、と盛大に非難する視線を向けてみる。
だがグレンは不味い、という割には楽しげだ。
再び尻の高い位置から缶の中身を残らずぶちまけられて、深夜は呆れを通り越して、怒りがこみ上げてきた。
貴重な嗜好品を大事にしろよ、とかそういう問題ではなく、
彼の零したアルコールが、尻の隙間を伝って彼の秘部にまで伝ってきたからである。
間違ってもこんなモノを潤滑油代わりに使われたら、死ぬ。確実に死ぬ。
こんな時代に、アルコール中毒で死ぬとか、絶対に公になんてできない。末代までの恥である。
幸い、直ぐに尻に這わされた舌が、
伝ったそれを舐め取っていった為大事には至らなかったが、
それでも、頭がぐらぐらするのは、少量ながら肌や粘膜から吸収されたアルコールのせいだろう。
シーツにも液体が沁み込んだせいで、寝室は酒臭いことこの上ない。
深夜は顔を顰めたが、それでもグレンの掌が己の中心に触れると、すべてがどうでもよくなってしまった。

「っ、あ、あぁっ」

肌を這い回る生き物のような熱い感触と、無遠慮にナカに突き立てられる指先。そうして、
張りつめた雄を宥める様に、先端を包み込むように触れてくる絶妙な優しさ。
唇を噛み締め、声を洩らすまいと耐えようとする涙ぐましい努力は、
彼の与える快楽の前には、まったくと言っていいほど役に立っていないようだった。
先ほどまで男の雄を銜えていた彼の後孔は、既に柔らかく解れていて、あっけなく3本もの指を受け入れてしまう。
男の長い指先に、奥まった箇所の、彼の弱い部分を何度も擦られてしまい、
文字通り腰が砕けそうな感覚に陥った。
身体を支えていられない。
頭と肩をシーツに押し付け、腰を男に支えられて、やっと膝を立てているような状態だ。
無意識に溢れた涙が、皺だらけのシーツに更なるシミを作る。

「グレ・・・早くっ・・・」
「欲しいのか?」

ニヤニヤと口元を歪めて、既に息も絶え絶えの彼を見下ろすグレンは、
彼の腕を引いて身を起こすと、己の身体を跨らせるように体勢を入れ替えた。
未だ自分の身体を支えきれないでいる深夜は、目の前の男の肩口に顔を埋め、息をつくのに精一杯。
そんな状態のまま、男の両手で己の下肢を拡げられ、隙間に熱い塊を押し当てられれば、
欲望を露わにした彼の内部が求めるように収縮を繰り返す。
ぬめる感触が何度も双丘の隙間を滑り、思わせぶりなその動きが
深夜の熱を一気に昂ぶらせた。

「ぁあっ・・・馬鹿・・・っ」
「欲しいなら、自分で動け」

低い声で、耳元で囁かれるそれがひどく愉しげで、
深夜は悔しげに唇を噛み締めるが、それでも疼く身体は止められない。
両腕をグレンの胸に突っ張り、なんとか上半身を起こした深夜は、
ゆっくりと腰を落とし、硬く勃ち上がった男の楔を内部へと導いていった。

「っ、く・・・」

求めていた男のそれを受け入れた肉襞は、二度と離すまいと執拗に絡みつき、奥へ進むのも一苦労である。
重力の手伝いもあって、じわりと腰を落としていく深夜は、
己の中心を貫く鉄串のようなそれの圧迫感に、喉を逸らして喘いだ。
声が、抑えられない。
吐息と共に嗚咽のような甘い声を洩らしながら、それでも最奥まで呑み込んでゆく。
グレンの指先が、ぱっくりと口を開き、男のそれを受け入れている入り口を撫でるように触れると、
腫れ上がったそれが更にぎゅ、と締め付けをきつくした。

「―――熱いな」
「っは、やめ―――・・・っ、」

狭い内部に更に指を差し入れて、入り口をぐるりとなぞれば、
これ以上ないほど拡げられた痛みと、男にひどく淫らな姿を晒している事実に
頭がおかしくなりそうだ。
だというのに、深夜の最奥は、更なる刺激を求めていて、
彼は膝を使い、腰をゆるゆると動かし始めた。痛みのせいからか、初めから大胆に動かすことはできなかったが、
それでも、己の快感を生み出す箇所を探すかのように、微妙に角度を変えて腰を落としていくものだから
自ら動かずとも、グレンは十分に欲望を満たすことができた。
ましてや、すでに深夜は、過ぎる快楽のせいでもはや獣と化していて、
貪欲に己の愉悦を求めているのだ。
粘膜の擦れるような淫らな音と、そうして肌同士がぶつかる渇いた音。そうして彼の鼻にかかった吐息だけ。
再び、支えの力を失った深夜の腰を両手で支えてやりながら、
グレンもまた無意識に腰を揺らし、彼の最奥を貪っていた。

「っあ、あ、んっ・・・!」
「気持ちいいのか?」

男に犯されてるくせに、とグレンは嗤う。
そんなこと、深夜自身が一番よくわかっている。同性に犯されて、こんな屈辱的な格好を晒して、
それでもこの快楽には逆らえないのは何故なのか。
朦朧とした視界には、こちらも、先ほどまでの無感動な表情とはまったく違った、
野獣めいたきらりと光る瞳をまっすぐに向けているグレンがいる。
それだけで、下肢が震えた。
惑乱する頭のなか、なんとか理性をかき集めて、引きつったような笑みを返してやれば、
内部に収まったままのグレンの雄もまた、欲望に忠実に反応する。
より一層の圧迫感を感じながらも、己の中を激しくかき回す彼の楔が気持ち良すぎて、身体がばらばらになりそうだと本気で思った。
指先も、舌先も痺れている。頭が真っ白になり、不意にぐらりと視界が歪み、そうして

「あ、ああ―――っっ・・・」

びくびくと身体が痙攣した。
奥に広がった、熱い精液の感触に息を止めた深夜は、
己の下肢もまた、熱い飛沫を放っていることに気付かなかった。
身体の力が抜けた彼の身体を抱き留め、グレンはやれやれ、と天を仰ぐ。
部屋に充満したアルコールの匂いと、そして生々しい男の精の匂い。繋がったままの下肢は先ほどよりは弛緩していたものの、
それでも十分に熱を煽る感触のままで、
これではまだまだ足りないと思ってしまうのはむしろ自分のほうだ。
少し、酔っているかもしれない。
だが、今のグレンには、
自分がアルコールに酔っぱらっているのか、それとも、アルコールよりも性質の悪い、
目の前の男の淫らさに酔ってしまっているのか、判別が付かなかった。
グレンは、軽く目を細めた。
腕の中の存在の、瞼に貯まった濡れた光を見下ろしながら、不覚にも可愛いと思ってしまう。
普段であれば、間違っても思わない自分の内心の感想に呆れながらも、
さて、次はどうするか、と自然に口元をにやけさせたのだった。















「・・・本当、柊なんて嫌い」
「あ?」

結局あれから、何度繋がったのかわからない。
わからないが、身体がまともに動かないレベルまで全身のだるさがひどく、
深夜はグレンに抱えられて風呂に浸かる羽目になっていた。
肩口まで深く湯に浸かっているから、その温かさが身に染み入るようだ。
とはいえ、彼自身はぐたりとアームレストに寄りかかったまま、動けないでいるのだが。

「『帝ノ鬼』出身のくせに、柊様の悪口とはねぇ」
「・・・だからこそ、だよ。
 憧れってのは、本当、中身を知らないからこそ言えるものさ。知ってしまったらもう、同じでいられるはずがない」

吐き捨てる深夜に、少しだけ同情した。
自分が柊暮人の部下になった時のことを思い出す。
一瀬のクズだネズミだと罵り、散々苛め抜き、虐げてきた相手に対して、
あの掌の返し様といったら。呆れや軽蔑といった感情が湧くよりも、可哀想な奴らだと思った。
柊は絶対。
そういう教育が染みついているからこそ、
己の保身のために、彼らは常に柊を敵に回すことはできないのだ。
ただ彼の部下になったというだけでその代わりようなのだ、
深夜が8歳の時に経験した、
柊の名前をもらった時の、その周囲の変わりようといったら、想像を絶するものだったに違いない。
無論、その時は名誉なことだと思ったかもしれない。
同年代の子供たちに勝って、勝って、勝ち抜いてきたのだ、多少は誇りもあったかもしれない。
だが、彼の存在は、決して、柊家の皆に歓迎されるような立場でもなかったのである。
彼は孤独だった。
仲の良かったはずの友も、話せば気が合うはずの子供も、
すべて倒してきたのだから。
そういう意味では、自分は常に家族も、仲間も、部下も傍にいた。
柊から与えられる屈辱を、苦痛を、苦しみを、共に味わい、共感してくれる者が傍にいたのだ。
その実力で、柊の名を得て、信者たちの羨望を一身浴びていながら絶望の淵に立っていた彼よりも、
自分ははるかにマシな人生だった。

「いっそ、『帝ノ鬼』のいち信者のままのほうが、兵士として何も考えずにいられたかもな」
「あは。そうかもね。命令をただこなすだけの傀儡でいられたほうが楽だったかも?」

実際、彼の子供時代はそうだったのだから。
けれど。

「・・・まぁでも、そうだったら俺はお前なんか目もくれなかったけどな」

どんなに実力があっても、どんなに優秀でも。
言われた命令だけを淡々とこなす兵士でしかない存在だったなら、きっと、ただの犬に気にも留めなかっただろう。
グレンにとって柊の兵士たちがそうであるように、深夜にとってもまた。
一瀬の人間など、柊に刃向かうクズで、それ以上でもそれ以下でもなかっただろう。
深夜は笑った。

「今初めて、柊深夜になって良かったと思ったよ」
「俺にとってはどっちでもよかったが」
「いやいや、もっと喜んでよ。
 僕みたいに優秀で、優しくて頼りになる片腕がいるからこそ、悪事も捗るってもんでしょ?」

茶目っ気たっぷりにウィンクなどしてくる深夜に、肩を竦める。
まぁ少なくとも、身体の相性は悪くないか―――などとくだらないことを考えながら、
グレンは再び、広い浴槽の中で彼の身体を引き寄せた。





end.





テーマは「意外と庶民的」
・・・結構庶民的ですよね、グレン様は。コーラとカレー好きだしw絶対ワインよりビールが似合う。間違いない。
暮人様はワインだけどね。気取り過ぎもいけません。
ちなみに自分はビールが好きでないです。ですからビールよりチョコレートソースを掛けたいですね。
アツアツの奴をね。(爆)





Update:2014/10/27/MON by BLUE

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