生と死とヒトの熱



世界の崩壊は、容赦なく進んでいた。

当初、呪術研究所の研究員達を襲ったウィルスは、今では一般人にまで被害が及び、
しかし、未だ猛攻を抑えられずにいる。
潜伏期間が長く、普通の人間でも気づくような明らかな症状が表面化する頃には既に末期で、
死を免れることができた者はいないに等しかった。
パニック状態は、更なるウィルスの蔓延を招く。
3ヶ月前、渋谷で始まった<<百夜教>>と『帝ノ鬼』の抗争は、一般人をも巻き込み始めていて
この頃から、日本中にウィルスが水面下で拡がっていたのかもしれない。
だが幸い、<<鬼呪>>を受け入れた人間は、ウィルスに耐性があることがわかっている。
ウィルスに対抗する術が見つかるのも、時間の問題だろう。
だが、それまでに、果たして何%の人間が生き残ることができるのだろうか。

渋谷にある、とある雑居ビルの地下、ライブハウスの片隅で、
グレンは壁に背をつけ、しばしの休息を取っていた。

何日、眠っていないだろう?
致死率の非常に高いウィルスの顕在化、そのパニックに追い打ちをかけるように、
どこからともなく現れ出した<<ヨハネの四騎士>>と呼ばれる異形のイキモノ。
今しがた、自分が斬り殺したそれらを見ながら、グレンはうずくまったまま、血の流れる額を押さえた。

頭が、割れるように痛い。
仲間たちとは、とうの昔にはぐれてしまっていた。
突如地上に現れたそれは、しかし、真っ当な生物とは程遠く、ただ、人間を本能のままに殺しているようだった。
以前、深夜たちと上野で百夜教の実験場と化している動物園を訪れたが、
その時出会ったイキモノよりはるかに強い。
百夜教は、本当にこんな化け物を研究対象にしていたのか。
そう考えると、かの組織がどれほど大きいものかを改めて認識せざるを得ない状況だったが、
無論、今では百夜教の組織は、ほとんど壊滅していると見ていいだろう。
なにせ、<<ヨハネの四騎士>>が、初めに目撃され、人間を惨殺していたのは、百夜教の施設だったから。
そうして、それが終わった後、ごく普通の人間まで襲い始めたのだから。
もう、ここまでくれば、『帝ノ鬼』が敵だから、等と言って協力しないわけにもいかない。
グレンがここにいるのも、そんな力のない人間達を守り、彼らを、
帝ノ鬼が総力を挙げて死守している渋谷の中心部―――帝ノ鬼の総本部に誘導するのが目的だった。
このライブハウスは、地下にあって、巨体の<<ヨハネの四騎士>>が入りにくい場所だったから、
命からがら逃げてきた人間たちが身を寄せ合って助けを求めていた。
だが、路上で次々に襲いかかる奴らを倒し、グレンがここにたどり着いた時には、
3体ものイキモノによって、入り口は破壊され、既に数人、犠牲になってしまっていて。
グレンは、辛うじて生き残っていた人間達を外に逃がし、
幻術を使って逆に内部に<<ヨハネの四騎士>>を誘い、入り口を呪詛で封じた。
そうして、1人、孤独な戦いを始めたのだった。
奴らは、本当に強かった。
下手をすれば、自分だって命がなかったに違いない。
あの3体を相手に、抑制されたままの<<鬼呪>>の力のままでは、致命的な差を感じたグレンは、
また一歩、自分の中の鬼に近付いた。
その手を取るだけで、かつての、いや、『今』の数倍の力が手に入るのだ。
それは、この混乱状態にある戦いの場には絶対的に必要なもので、
己の、ひいては皆の命を守るためには、止むを得ない手段だった。

―――ほら、おいで、グレン。

理性が、侵蝕されていく。

―――僕と君の力で、すべてが救えるよ?

それは嘘だ、と理性が叫ぶ。
人間の感情を捨てて、ただ破壊の力を手に入れて、敵を殺して、すべてを殺して、
その後は?
殺戮の衝動と、醜い欲望のままに刀を振るって、
残るものは何だ?
そもそも、そうやって殺し続けて、だが果たしてそれは本当に、
『すべて』殺さなければならない存在だったのか?

一度許せば、ずるずると欲望が野放しになる感覚を、グレンは知っていた。
抗うことのできない誘惑。血への渇望。破壊衝動。暴走。

戦いは、ものの数分で決着がついた。
一瞬。
たった一瞬、自分の中の鬼に己を譲っただけで、一太刀の威力が跳ね上がった。
両腕で、全力をかけなければ断ち切れなかった四肢が、
たった一振りの剣気だけで真っ二つになるのを見ながら、改めて己の中の『鬼』に恐怖する。
ノ夜は、笑っていた。
また少し、自分が『自分』に近づいたことを、
非常に喜んでいるようだった。
だが。
グレンはまだ、理性を完全に彼に明け渡す気など、毛頭なかった。
割れそうに痛む頭を押さえながら、グレンは己の中のノ夜に、ほとんど無意識に刀を向ける。
横に薙ぐ。
消えろ、と、そう強く念じて、刀を振るえば、

『―――グレン!?』

キンッ、と刀同士がぶつかる金属音がして、
グレンはハッと顔を上げた。
ノ夜はいなかった。
そこは、ほとんど電気も通らず、外から漏れる微かな明かりだけの暗い、血生臭い部屋。
そうして、目の前にいたのは、
深夜だった。

「・・・おまえ、大丈夫か?」
「・・・・・・」

グレンが無意識に振るった刀は、深夜の首を刎ねそうな軌道を描いていた。
間一髪、深夜の刀が彼を軌道を止めたが、それでも、勢いを完全に相殺することは出来なかったらしく、
刃が彼の肉に食い込んでいる。溢れ出る血の色。ただでさえ返り血で汚れた姿だったが、
その色は一段と生々しい。
グレンはじっとその色を見て、深夜の顔を見て、そうして、

「・・・ああ」

刀を置いた。
先ほどよりは、ひどい頭痛はなくなっていた。
ノ夜の声も、聞こえない。
少しばかり、うとうとしていたため、悪夢を見ていたのかもしれないと思う。
頭を振って、再度、周囲の状況を確認した。
<<ヨハネの四騎士>>は、バラバラになって転がっていた。
人間の姿は、数人の死体が散見されるが、それほど多くはない。
入り口を封鎖していた幻術は、まだ効力が残っているようだ。
改めて深夜を見て、グレンは言った。

「―――悪い。寝惚けていた」
「・・・いいよ。このところ、まともに寝てられる状況でもないしねぇ」

首の傷を掌で拭って、深夜も同じように、壁に背を預ける。
本当は、下手をすれば本気で自分の首が刎ねられていたかもしれないし、
かなり危機的な状況だったから、
盛大に文句を言う予定だったのだが。
珍しく、素直に謝ってくるグレンに片眉を跳ねあげて、肩を竦める。
グレンは、ひどく悪い顔色をしていた。
きっと、この場を切り抜けるために、<<鬼呪>>の段階を強めたのだろうと思う。
自分の中の、予め強固な束縛呪を練り込んだままの鬼では、まだ、己の意思で力のコントロールが難しい。
確かに、元々の基礎体力やパワー、スピードは底上げされたのを感じるが、
それでもまだまだ、1対1で<<ヨハネの四騎士>>と戦うのがやっと、というレベルだ。
だがグレンは、1対3のこの状況でも、<<鬼呪>>の力があれば余裕で切り抜けることができるのだ。
恐ろしい力だ、と思う。
人間のもつ理性と感情を犠牲にすれば、きっと、あの吸血鬼にもひけを取らないだろう。

「・・・グレン」
「なんだ?」
「あんまり、『人間』を手放さないほうがいいよ。本気で、戻れなくなる」

こちらも、かなりの数の化け物を相手にしてきたのだろう。
黒く染まった刀身が、化け物の体液に汚れている。それを丁寧に磨きながら、
また、手元に残った呪符の枚数を確かめながら、深夜はそう言う。
無論、今までのように、なんとか戦える相手ばかりなら、まだいい。自分だって、
鬼の誘惑に抗えず、主導権を握られるのはまっぴらだった。
だが、これ以上、強い相手が出てきたら?
このままでは、大量に人間が死ぬ。その時、人間を家畜としかみていないはずの吸血鬼が、
介入してきたら?
果たしてその時、『帝ノ鬼』は、
本当の意味で、<<鬼呪>>を完成させられるのだろうか?

「何度も言うけど、僕に真昼のことを頼まれても困るし、
 ・・・暴走した君と戦うのも、あまり気持ちのいいものじゃないしね」

グレンは疲れたように笑った。
3か月前、自分が鬼を受け入れ、暴走した時の深夜の顔を思い出す。
自分を羽交い絞めにし、自分ごと呪いの練り込まれた鎖に繋がれたまま、自分が目覚めるまで
ずっとそのままでいたのだ。
ノ夜との対話の後、現実に戻ってきた自分が、目の前で見たものは、
いつもの飄々とした笑顔を張り付かせた深夜ではなく、いたって真剣な、祈るような彼の表情。
馬鹿な奴だと思った。
仲間だとか、友達だとか、そんなくだらない事に必死になる、馬鹿の顔。

「婚約者を寝取った男に復讐できるいい機会だろ」
「今更でしょ。
 ・・・結局、彼女の心は、最初から最後まで君だけだった」

今度は、深夜が自嘲する番だった。
思えば、自分はなんて愚かだったのだろう、と思う。
今なら、真昼がなぜ自分じゃなく、グレンを選んだのか、嫌というほどよくわかる。
自分はただ、真似をしていただけだ。
真昼の真似。
真昼が、自分らしく生きる為に柊を見限ったのと同じように、自分も柊を嫌悪しただけ。
本気で、自ら柊を潰したかったわけじゃない。
では、何がしたかったのか?
真昼が好きで、彼女にどうしようもなく惹かれていて、だから彼女についていこうと思ったわけでもない。
ただ、生きる目的が、彼女だけだったから。
彼女の背を追う事しか、自分の道を見つけられなかったからだ。

「・・・自分の道、ね」
「あ?」

全く会話と繋がらない深夜の発言に訝しむグレンに、
深夜は身を寄せた。体重をかけて、彼の肩に頭を預ける。何のつもりだ、と避けようかと思ったが、
それをするには、身体が疲れすぎていた。
否。
自分の中の鬼を忘れる為に、少しだけ、他人の温もりが欲しかっただけだ。

「決めた。・・・やっぱり、僕は君についていくことにしたよ、グレン」
「何の話だ?」
「暮人兄さんがさ。俺を妄信すれば幸せになれるぞ、とか気持ち悪いこと言うから」
「ふむ。さすがエセ宗教団体だな。で?」
「・・・僕も、他人の掌で踊るのはもう嫌なんだよ。利用されるのもごめんだ。だから、今度こそ自分で決める」

グレンが拒まないのをいいことに、深夜の腕が伸びる。
それは、誘惑。
ノ夜と同じだ。触れれば、理性が壊れる。欲望が、暴走する。こんな死体だらけの、
血生臭い気配が漂っている場所で、
何をやっているんだ、とグレンの理性が叫ぶ。それでも、抗えない。
目の前の男を抱きたいと、強くそう思っているわけでは、決してないのだが。
ただ、『人間』を感じたかった。
今や、蝋燭の灯のように吹けば飛ぶような命ばかりが迷走する混沌とした世界で、
生きている『人間』を感じたいと思った。

「・・・俺だって、これからはお前をボロ雑巾になるまで利用するつもりなんだが」
「まぁ、おまえのことは好きだし、なんとかなるでしょ」

にやりと口の端を持ち上げて、不敵に笑って見せる深夜に、
グレンは少しだけ腕を動かして、彼の身体を引き寄せた。そうして、
ゆっくりと口づける。深夜が、目を見開く。
彼からされたことは、あまりなかった。
というより、初めて身体を繋げたのはごく最近のことで、それほど回数もこなしてはいないのだが。
だから、普段から、あまりそういった行為に興味がないように見えるグレンが、
こうして自ら求めるように唇を重ねるのは、不意打ちだった。
ましてや、ただ触れるだけでなく、貪るように舌を這わせ、己の歯列を割ろうとしてくるものだから、
正直、焦った。
吐息が、漏れる。
角度を変えて、すぐに唇が重なってくる。
今度こそ容赦なく、舌が挿し入れられ、自ら舌を絡ませ、そして音を立てて吸われる。

「っ・・・は、」

腰が、砕けそうになった。
馬鹿げた話だ。元々、床に座ったままの体勢なのに、
背筋が震え、腰の奥が疼くようだ。ましてや、ここはどこかというと、
つい先ほどまで、たくさんの人間が<<ヨハネの四騎士>>に襲われていて、
グレンがそれを鬼の力で倒して、暴走しかけて、
そうして、その肉片が今もゴロゴロとそこここに転がっている、そんな状況。
いくらなんでも、こんな場所でセックスなんでしたくない深夜であった。
ましてや、入り口を幻術で塞いでいるだけなのだ。
集中力が緩めば、簡単に崩壊してしまう可能性だってある。
こんな状況を知り合いに見つかったら―――
いや、別に、グレンとそういう関係だということがバレるのは構わないのだが、
こんなところで、こんなことをしていることを知られるのは
いろいろと問題だった。
というより、ものすごく恥ずかしい。

「グレ、ちょ、っと・・・」

なのに、どうしてこいつは、こんなに乗り気なんだ?!
ハァハァと肩で息をしながら、濡れた唇を拭い睨みつけてみるが、
グレンの眼光は更に鋭く、そうして熱っぽかった。
戦い終わった後の、興奮が未だに抜け切れていないのだろうか?
それとも、一瞬とはいえ鬼化したせいで、その欲望を抑えきれていないのか?
理由がぐるぐると頭を回るが、
そんなことを考えている間に、自分の両足が、グレンの太腿を跨ぐように膝立ちになっていることに気付いた。
そうして、腰には男の腕。ぐっと力を籠められれば、もはや逃れる術はない。
首筋の傷痕に舌を這わせながら、グレンの指先が詰襟を緩めてくる。シャツごと肌蹴られて、
ひんやりとした空気が肌を粟立たせる。
室内とはいえ、1月である。外はいつ雪が降ってもおかしくない寒空で、
空調も効いていない。触れてくる彼の指先だって、冷え切っている。ただ、肌を辿る濡れた感触だけが、
熱く、ひどく熱くて、狂わされる。
下半身の熱は、いよいよ抑えきれなくなっていていて、
そんな己の身体の反応に愕然とする。
ましてや、男の、腰に回された掌が、きちんと身に着けていたはずのベルトを緩め、己の衣服の合わせ目から背筋に触れ、
思わせぶりに双丘の奥に隠された箇所に触れてくるものだから、
このままでは、己の欲望を抑えられそうになかった。
一歩外に出れば、果ての見えない戦いが続く。
この部屋の中ですら、命の保証なんてない。死体ばかりだ。錆びた鉄の匂い、バラバラになった化け物の手足が、
頭が、目が、今でも動きそうな気配すらする。間違っても、無防備な姿を晒している場合では、ないのに。

「おまえ・・・っ、利用ってコッチかよ・・・」
「悪いか?さっさと終わらせて欲しかったら、協力しろよ」
「馬鹿・・・っん、・・・!」

肩口を噛むように口づけながら、グレンの指先が彼の秘部を暴いてくる。
当然だが、そこは女のように自然に濡れるわけではないし、ましてやこんな場所だ、
何の用意もないのだ。それでもグレンは強引に内部への侵入を果たし、
深夜は意識して深く息を吐き、力が抜けるよう努めた。
下手に抵抗して、強引に腰が立たないほど犯されてしまったら、それこそ目も当てられない大惨事である。
腹いせに、今だ澄まし顔で己の後孔を嬲る男の中心を、衣服の上から強めに掴んでやれば、
布地ごしでもはっきりと彼の欲望が頭を擡げているのがわかり、
深夜は改めて頭に血を上らせた。

「ったく・・・男抱いて、何が楽しいわけ?」
「じゃあ、おまえは男に抱かれて何が楽しいんだ?」

耳元で囁かれる、意地の悪い言葉。
それと同時に、前に加えられる、強い刺激。グレンの掌がボトムを擦り下げ、
芯を持ち始めている肉茎を撫で上げる。体勢のせいで、グレンの下肢に押し付ける恰好になり、
彼もまた、自ら己自身を解放させた。
熱い。
深夜のそれと、彼自身の雄を触れ合わせ、深夜の手を掴んでそれを握らせる。
ゆるゆると擦り上げるだけで、抗えない快楽が全身を支配する。
そうして、それを拒めるほど深夜はできた人間ではなかった。
男の肩に額を押し付け、震える手で数度扱いてやるだけで、先走りの体液が掌を汚す。
熱い息を吐きながら、夢中で快感を貪ろうとする男をそのままに、
グレンは内部を拡げるようにぐるりと内襞をなぞる。ぎゅ、と無意識に締め付けてくるそこを、
更に挿入する指を増やして最奥へと侵入する。
中指の関節を軽く折り曲げると、男の快楽の根源にあたる感触がある。
ぐりぐりとそこを中心に刺激を強めてやれば、耳元で必死に声を噛み殺す男の姿があった。
何度も言うが、ここは戦場なのだ。
決して、こんな淫らな格好を晒している場合ではない。
グレンは、ポケットの中に入れたままの、
もはや時計変わりくらいしかまともに機能しない携帯を見やり、苦笑した。
連絡が取れなくなったとはいえ、従者たちが自分を必死に探しているであろうことは明白で、
敢えて言うなら、ここは渋谷の中心からそこまで離れていない位置だ。
いくら、幻術と呪法を使って、そう簡単には破れない結界を張ったところで、
あまり悠長にしているわけにはいかなかった。

「・・・おい、深夜」
「なん、だよ・・・・・・?」

耳元で名を呼ばれ、触れ合わされたままの男の雄から手を離させる。
腰を抱え直されて、後孔に熱塊が宛がわれるのを感じた。一気に全身に緊張が走る。
まだ、慣れてなんかいなかった。最後の意地で、口の端で笑みを浮かべようとしたが、失敗した。
彼の黒髪の頭を両腕で抱えて、じわりと己を侵蝕してくる痛みに耐える。

「っ・・く、う・・・」
「力を抜け。お前が苦しいだけだぞ?」
「く、そ・・・」

からかうような声音が、非常に苛立たしい。
そもそも、受け入れる側の辛さを、こいつは本当にわかっているんだろうか。
しかもこんな、何もかもを忘れて快楽に溺れられる環境でもない、この状況で。
緊張するな、というほうが土台無理な話である。
それでも、今更、彼の腕から逃れられる術などない深夜は、
歯を食いしばり、男の楔を受け入れた。
身体の中心を貫かれ、内臓が押し上げられるような、眩暈のするような、感覚。
まるで、結合部が脈打っているようだ。
熱い血潮がその部分から全身へとまわり、毒のように甘い痺れを引き起こす。
―――そう、それはまさに毒だった。
欲望に抗おうとする理性を、冷静な判断力を、すべて失わせる毒。
人間を、快楽の奴隷にさせるような、堕落へと導く―――

「ねぇ、グレン、・・・気持ち、いい?」

上の空で、己の最奥を何度も犯されながら、深夜は壊れたように笑う。
激しい快楽に溺れ、泣き濡れたような瞳で自分を見下ろす彼に、
グレンもまた、額に汗を流しながら、笑った。

「ああ、気持ちいいさ」

強い締め付けは、苦痛と、その何倍もの快感を与えてくる。
蕩けそうな程の熱は身体中の血を沸騰させ、それこそ狂わされそうだ。
自分のことが好きだとか、馬鹿なことを開き直ったように告げてくるこの男の蠱惑的な姿に、
溺れそうになる。
彼の熱に浮かされた表情は、男とは思えないほどに艶めいていて、
グレンは一瞬本気で、この存在が欲しいと思う。

「あ、あっ・・・グレ、激し・・・っ!」

指が食い込む程に、両の掌で彼の尻を掴み、本能のままに揺さぶれば、
肌と肌がぶつかる乾いた音と、下肢への衝撃に合わせて深夜の唇から甘い声音が漏れてくる。
目の前の、肌蹴た胸元の色づいた蕾に口づけ、歯を立ててやれば、
更に彼の中が己を離すまいと絡みついてくる。
どくり、と下肢が疼いた。
己の限界を感じ、グレンは息を詰めた。と同時に、互いの腹の間で今にもはち切れんばかりに熱を持っている、
深夜の雄を掌で包み込み、彼の解放を促すように力を込めてやる。
まさか、こんなところで戦闘服を汚すわけにはいかない。
とはいえ、既に返り血と化け物の体液だらけで、実際のところ、あまりバレないのかもしれないが。
小さく苦笑したところで、深夜の背がぶるりと震えた。
ひときわ高い嬌声があがり、手の中に熱い飛沫を感じる。グレンもまた、
彼の腰を引き寄せ、最奥に己の精を解放する。
内部の熱い感触に茫然とした表情のまま、肩で息をする深夜を腕に抱きながら、
グレンは再びこの、終わりの見えない戦争状態の世界に想いを馳せた。

まさか、こんなことになるとは。
『帝ノ鬼』と<<百夜教>>、敵の組織同士が潰し合うのは願ってもないことだったが、
一般人も巻き込んで、更に常識では考えられないイキモノのせいで、
文字通り世界が崩壊するなんて、つい半年前までは考えられなかったのに。
全く、やってられない、と思った。
この先、本気で自分たちは生き残れるのだろうか?
まともな人間では太刀打ちできない、異形のイキモノや吸血鬼たちを前に、
どれほど足掻いたところで、結果は同じなのかもしれない。
どうせ、破滅が待っているのなら。

「・・・少しくらい、ガキらしく好きなことをやってもいいかねぇ」

しばし、自分の背負っている重い責任を忘れて。
グレンは、漸く自分の意志に忠実に歩き始めたらしい深夜の熱を感じながら、
改めて自分自身の中だけにある欲について考え始めたのだった。





end.






Update:2014/11/11/TUE by BLUE

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