たまには君と。



狭い個室は、熱い吐息と濃厚な行為のせいでぐっと温度が上がっていた。
空調もまともに効いていない、ひんやりとしたそこはどこかというと、官舎の男子トイレである。
今は年末、大晦日の深夜0時も目の前、といったこんな時間になんでこんなところにいるかといえば、
今夜は官舎の食堂で『月鬼ノ組』メンバーの年越しパーティーが行われていたのだ。
当然ながら、こんな世界が崩壊した時代に、大々的なイベントが開催できるわけではない。
けれど、漸く6チーム30人が揃ったばかりの『月鬼ノ組』は、仲間意識が高く
この飲みの席はノリで決まったようなものだった。
勿論、このメンバーの団結力の高さは、
偏にそれを率いる一瀬グレン中佐や、彼のチームメンバー達の面倒見の良さのおかげだろう。
今回も、話題の中心にいたのは五士典人大佐や十条美十大佐で、
こういった五月蝿い場面があまり好きでないグレンは、適当に部下たちをあしらいながら
ちびちびとアルコールを楽しんでいたはずだったのだが。

「・・・ね・・・、グレン、」

はぁ、と熱い息を吐きながら、深夜はなんとか相手の名を口にした。
場所が場所であるから、彼はかなり窮屈な体勢で男の楔を受け入れていた。
座った状態のグレンの上に腰を落とし、そして上体を目の前の壁に両手を付く格好で支えている深夜は、
それでも時折首筋から耳の裏にかけて濡れた舌を這わされると、
背筋をぶるりと震わせて過ぎる快楽を散らそうとしている。
軍服の下から肌に触れてくる悪戯な男の指先がいやらしい。胸元の小さな蕾を捕えては
きつく爪を立てられて、その度に声が漏れてしまいそうだった。

「今・・・何時?」

こんな時でも、自分の一番の目的を忘れていない深夜に、
グレンは苦笑した。自分は正直どうでもいいのだが、
そもそもなぜ男2人でこんな所に収まっているのかといえば、
深夜が『2人で』『年が明ける瞬間を迎えたい』と言ったからだ。
確かに自分は、ああやってバカ騒ぎをしながら年越しを迎えるより静かにその瞬間を迎えたいと思うし、
ここ最近は特に、あの五士の五月蝿さのせいで、気が休まる場面がなかった。
だから、『じゃあいっそ、2人で抜け出しちゃおうか?』などという
深夜の馬鹿な誘いに乗ったのは事実だ。
けれど、いざ抜け出した所で、完全に集まっている仲間を無視して自室に帰るわけにもいかないし、
夜とはいえ、どこに視線があるかわかったものではない。
となると、完全に誰にも見つからずに2人きりでいられるのは、
ムードのないことだがここくらいしかなかった。
グレンは片手でポケットの中の懐中時計を取り出し、ちらりとそれを見やった。

「23時52分。でももういいだろ。たかが日付が変わったくらいでいちいち騒ぎすぎなんだよ」
「っ・・・、馬鹿、1年に1回の一大イベントを無駄に過ごすとか、有り得ないだろ」

震える右腕を伸ばして、グレンの手の中の懐中時計を奪い取る。
軍から支給されている精巧な作りのそれは、秒針まで正確に時を刻んでいて、
それを目にして深夜は少しだけ安堵する。と、乱暴に下肢を突き上げられ、思わず声が出てしまう。
幸い、今はまだ誰もいなかったが、いつ、誰が利用しに来るかわからないトイレの個室で、
男2人で入っていたなど知られるのは部隊を預かる将校としてはさすがにまずい。
であるから、声が筒抜けのこの環境では、深夜は必死に声を噛み殺していたのだが、
それももう、そろそろ限界だった。
声を抑えようとすればするほど、自分を抱いている男の手の動きは大胆になり、
欲望に負け、腹につく程まで勃ち上がっている己自身に絡み付いたまま離れないでいる。

時間は23時56分。あと残り4分を切ってしまい、いよいよその瞬間が迫っている。
霞む視界で手元の秒針を見ながら、今年はいろいろあったなとぼんやり思う。
昨年の暮れに帝鬼軍が発足し、1年経って、漸く少将と呼ばれるのにも慣れてきた。
その分、改めて柊が崩壊した日本をまとめ上げたことを知らしめた事で、
自分がグレンの傍で自由に動ける時間も減ってしまった。
彼は彼で、自分は自分で、率いる部隊がいる。その期待を裏切るわけにもいかないだろう。
もちろんこうやって、オフの時間には彼の傍にいることも出来るのだが、
それでも、少しだけ距離感を感じてしまった。
というより、有り体に言ってしまえば、寂しかった。
グレンはグレンで、別に自分はどうでもいい、といった風に普段の涼しげな表情を崩さないでいるのだから、尚更。
悔しいことに、自分からこうして求めてしまうことが多くなった。
抱かれている時だけは、何もかも忘れて男の熱を感じていられたし、
この時ばかりは、彼も満更でもなさそうに気まぐれな優しさをかけてくれていたから、
自分の人生を捻じ曲げてしまった柊家に従属するのも、
まぁ悪くないかな、と思うこともできた。
少しだけ、深夜は笑った。と、その時、ぐい、と銀の髪に指を差し入れられ、
乱暴に顔を上向かされる。抗議の視線を向ける前に、重なる唇。すぐに差し入れられる舌は熱く濡れていて、

「っは、グレ、ちょっと・・・っ―――」

咎めるように彼の見遣るが、間近に迫った男の顔に、不意に身体の奥がぶるりと震えた。
睫の長い、切れ長の瞼が伏せられている様子がひどく男らしくて、視線が釘付けになる。一気に頭に熱が上り、
そうして容赦なく口内を蹂躙する男の舌に、思わず逃げようとしてしまう己の舌を捕え、絡ませてくるそれに酔わされる。
何も、考えられなくなる。グレンが己の右手を包み込むように掴み、そうしてぐっと力を籠められて、
それと同時に、繋がったままの下肢を抱え上げるように角度を変えて更に最奥まで抉られれば、
ぎゅ、と目を瞑り暗かったはずの視界が、一瞬にして白く染まり、
そうして身体の深い部分で何かが弾けるような感覚。内部に広がる飛沫の熱い感触に、
己の雄の部分もまた、男の掌に促されるように白濁を解放させてしまう。

「っぁ、―――っう・・・」

重ねられたままの口の端から、それでも抑え切れない嬌声が漏れてきて、
グレンは楽しげに肩を揺らした。繋がったままの格好で、力が抜けてぐったりと身を預けてくる男の身体を抱きしめる。
今頃、食堂では忽然と消えた自分を探している者もいるだろうか?
けれど案外、あまり明るいニュースのない今の日本で、たまにハメを外して騒げる場所であるから
皆、自分のことなど忘れているかもしれないが。
それはそれで構わなかった。
一応、自分もそれなりに思い出に残る年越しを過ごせたのだから、と思いかけて、
しかし、自分が今、何の面白みもない狭い空間に、ましてや男2人でいるのを思い出し、グレンは肩を竦めた。
馬鹿なことをしている、と思う。
だがそれでも、まだこの狭い個室から出ようとは思わなかった。
ぐっと腕に力を籠め、そうしてグレンは腕の中の男の耳元で囁いた。

「明けましておめでとう。」
「・・・え・・・?あ、ああ、そうだ、時間・・・・・・っっ」

漸くまともに頭が働くようになった深夜が、慌てて右手の中の懐中時計を確認すると、
時間は既に0時4分。折角、年の変わるその瞬間を、2人きりで神妙に迎える予定だった深夜は、
けれど数分とはいえ、快楽に惑わされてすっかり忘れてしまっていた事実に愕然とする。
したり顔で彼の手から自分の懐中時計を取戻し、さっさと後処理を始めるグレンに、
深夜は盛大に溜息を吐いた。

「マジ最悪・・・しかもトイレの中とかムードのかけらもないし」
「お前が誘ったからだろうが。
 それに、俺は一応確認してたぞ?0時を回ったのは丁度お前がトんだ瞬間だったな」
「く、そ・・・」

羞恥にカッと頬を朱くして、深夜は隅に蹲ってしまった。腰は痛いし、身体の熱は冷めていないし、
このままじゃ当分、あの場には戻れないだろう。
まぁ深夜はもともと『月鬼ノ組』のメンバーではないので、このままバックレてしまっても問題はないのだが。

「どうする?お前はこのまま帰るか?」
「・・・いや、大丈夫だよ。もう少ししたら戻る。グレンこそ、先に戻りなよ。そろそろいなくなったのバレてる頃だろ」
「ま、そうだな。・・・といっても、もうすぐお開きだろ?」
「そりゃわかんないけど」

なんとか羞恥を押し隠して笑う。まだ下肢は濡れていたし、身体の奥から男の体液が滲み出てくるような気さえするが、
とにかく後始末をするにも、男2人で窮屈なままでは何もできない。
早く行け、とグレンの背を押して、外へと促した。
幸い、遅い時間だったのと、食堂から比較的離れた場所にあるトイレだったため、
周囲に人の気配はなかった。
それでも用心して扉を開け、外に出る。その時、
不意にグレンが振り向いた。この状況にしては珍しくクソ真面目な顔で、

「あー、まだ聞いてなかった」
「は?」
「年明けたんなら、言う事あるだろ」
「あー・・・」

今の今まですっかり忘れていた。
そういえば、先ほどグレンも何か、彼が言いそうにない言葉を耳元で口にしてくれていたような気がする。
あの時は、深夜的に色々大変だったため、まったく思い出せないのだが―――
というより、今想像してみて、しかし全く想像できないという事実に驚いた。
これでも、彼と懇意になってから3年は過ぎているはずなのだが。

「言えよ」
「・・・・・・グレンも、も1回言ってみてよ」
「言いたくない」
「はは」

深夜は軽く身支度を整えると、真っ直ぐに男の前に立った。
右手を前に出して、そうして、

「・・・明けましておめでとう。今年も、色々よろしく」
「ああ、よろしくな」

少しだけ、はにかんだような笑みを浮かべて握手を求める深夜に、
こちらも素直に右手で握り返す。
場所的に非常識ではあったが、こうして普通の友人らしいことをしてみるのもたまにはいいだろう。
今年は、一体どのような年になるのか。
このまま順調に復興が進むのか、それとも本格的に吸血鬼との戦争が勃発し、
今度こそ人間が滅びてしまうのか、それはわからなかったが、
それでも、今はこのままでいいと思えた。

「じゃ、先に戻ってる」
「ああ。僕もすぐ戻るよ」

踵を返すグレンの背に、深夜はひらひらと手を振ったのだった。





end.







ひゃ〜〆を死ぬほど悩みました。1月1日の半日くらい使った・・・

なんか深夜様、多いですねぇ騎乗位・・・(・・・まんぐり返しが好みですw)
本当は五士の乱入、誰かに聞かれそうになって慌てふためく深夜もよかったんですが、
あけおめ文なのでこちらで・・・。
あと、懐中時計!鎖が長すぎなのはご愛嬌です。。。
ちょっとビジュアル的に見てみたい構図。素敵です。萌え〜




Update:2015/01/01/THU by BLUE

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