蜜月



「ん・・・」

柊深夜は、肌に触れる熱に促されるようにして目を覚ました。
ゆっくりと視界が開けると、目の前には黒髪の、整った顔立ち。一瀬グレン、その人である。
こうやって彼の傍で目を覚ますのは何度目だろう。それを考える度に、
深夜は未来なんて想像もつかないものだと実感する。
男同士である事、柊家と一瀬家という、深い確執のある立場同士であること、出会った時にはこんな関係になるとは
思いもしなかった。気になる存在であったのは確かだが―――
それでも、あの時世界が崩壊しなければ、未だに自分達は多くのしがらみに捕われていたように思う。
例え身体を繋げるような関係になったとしても、朝まで悠長に眠っていられるような
環境ではなかっただろう。
彼にしては珍しく、自分の目の前で惰眠を貪る男の顔を見つめながら、

「―――可愛い。」

深夜は、彼の顔にかかる前髪をゆっくりと払いながら、
愛おしげに癖のある髪の毛を撫でてやった。
彼は、普段はしかめっ面をしている事が多いし、笑うとしても意地の悪い小馬鹿にしたような表情ばかりだから、
こうやって無防備な表情を晒しているのは珍しい。
自分も彼も、それなりに厳しい修行を積んできた身だ。敵の気配を前に、悠長に寝ているような馬鹿ではなかった。
だから、自分の前でこうやって深い眠りについている彼を見ると、
たまらなく嬉しくなる。
彼が自分を全面的に信頼してくれていることを実感する。

「・・・ホント、長かったよねぇ」

こんな関係になるまで、どれほど長かったかを思うと、深夜は思わず笑みが零れてしまう。
最初の自分のアプローチが、あまりに強引だったのは自覚していたが―――そのせいで彼の不審感を強めてしまったのは否めないが―――、
とにかく四面楚歌な敵の陣地で立ち尽くしている彼は、本当に孤高の狼のようだった。
少なくとも、自分にはそう見えた。
彼がいくらクズの顔を演じ、弱くて情けない文字通りのクズを演じていても、
自分の前で見せる、彼の素の粗暴な態度からは、周囲の敵を畏れているようには全く見えなかったからだ。
そして実際、彼は圧倒的な実力と才能をその身に隠していて。
そんな彼に付いていくと決心し、そしてその孤高の彼の信頼を得るまで、
それなりの努力が必要だったように思う。
彼の野心に、自分の存在などまるで眼中になかったのだから。
だから今、自分が彼の目の前で眠れることが、
本当に奇跡のようだ。
と、

「・・・ん・・・」
「あ、起こした?」

小さくグレンが身動ぎするのを感じて、深夜は思わず髪を弄んでいた指を離す。
だが、彼のあのアメジストの瞳が開かれることはなかった。朝の、少しひんやりとした空気が肌寒いのか、
再び薄手の毛布に包まるように丸くなる。手近な温かさに縋るように、グレンの頭が自分の胸に押し付けられ、

「―――!・・・」

息が、止まるかと思った。
グレンが、こうして自分に甘えてくることなんて今までなかったから。
例え彼の無意識の行動でも、これは深夜にとっては不意打ちすぎた。心臓が早鐘を打ったように鳴り始めて、グレンが目を覚まさないかとソワソワする。
それでも、
間近に迫る彼の気配が愛おしくて。
深夜は目の前の男の、その大きな背を抱き締めた。すぐ傍にある、彼の秀でた額に唇を寄せる。
綺麗だと思った。
真っ直ぐに通った鼻筋も、男らしからぬ長い睫毛も、
今は閉じられているが、あの鋭い輝きを放つ切れ長の美しい瞳も、濡れたような艶やかな黒髪も、
その全てが。
守りたいと、確かにそう思う。
まともに戦っても勝ち目のない相手を守りたいなんて馬鹿げているとは思うが、
それでも、彼には何度も救われてきた。命だけじゃない、彼の存在自体が、何の存在意義も持てない自分の
生きがいだった。救いだったのだ。
そんな彼のために自分が命を懸けたいと思うようになるのは、至極当然だった。
優しすぎる彼は、そんなことを望んでいないかもしれないが―――
そんな彼だからこそ、好きだった。
思わず、抱きしめる腕に力が篭ってしまう。案の定、再び腕の中の存在は小さく身動ぎして、

「・・・深夜?」
「あ・・・おはよ。グレン」

少しだけ、腕を緩めてやる。けれど、深夜は抱きしめたまま離さない。
離してしまうのは惜しかった。文句を言われたら、自分で押し付けてきたくせに、と
笑ってやろう、と思う。からかわれるのに慣れていない彼は、
きっと頬を少しだけ赤らめて、不満そうに顔を歪めるだろうけれども。
しかし、今日ばかりは、深夜の予想とは違っていた。
グレンは、深夜の腕から逃れようとしないばかりか、更に身体を自分のほうに押し付けてきてしまって。

「・・・まだ、寝かせろよ」
「へ?どうしたの、君」

信じられない言葉。幼い頃から、朝早く起きては修行をしていた彼は、
今だに早起きする習慣が抜け切れていないらしく早朝に目を覚ますはずなのに。
こうやって二度寝を決め込む姿はあまり見たことがないから、
深夜は戸惑う。
勿論、腕の中で彼が眠っているなんて、とても貴重な時間だとは思う。
いつ見ても飽きない彼の顔をじっと見つめて、そうして思いついて、ベッドに投げ出されたままの
掌に、己のそれを重ねてみる。指を絡めることなんて、恥ずかしくてしたことなんかなかった。
いつも、シーツに押し付けられるときは、手首を掴まれていた。
その強さだけで、十分、彼の想いは伝わってくると思っていたのに、
こうやって指を交差させると、また違った感情が湧いてくるようだった。
ひとつになりたい、と思う。
彼の存在が欲しくて、ぎゅ、と掌に力を込めると、
夢うつつのグレンもまた、それ以上の力で掌を握り締めてきてくれる。
―――たまらない。
深夜は、少し身体をずらして、そうして、浅い眠りにしがみ付いているグレンの、
その軽く開かれたままの薄い唇に、思わず口づけていた。

「ん・・・」

キスは、好きだった。
なかなか釣れないグレンを誘う時には、決まって唇を重ねてきた。
あのひんやりとしたかれの唇を、舐めるようにして何度も口づけていると、
そのもどかしい感触に痺れを切らしたように、グレンの舌が絡んでくるのが、たまらなく好きだった。
明らかに、快楽に弱いのは自分だと思う。
彼のザラついた舌で己の口内をなぞられると、それだけで背筋がぞくりと震えてしまうのだ。
それを彼に、肩を震わせて笑われると、どうしようもなく欲しくなる。
震える身体を、彼の腕で強く抱かれて、その先を予感してしまう。

「っ・・・ぁ、んんっ・・・ふ・・・、」

そして今もまた、それは例外ではなかった。
唇を重ね、乾いたままのそれを濡らすように舌を這わせていくと、
誘うように唇が開かれる。求めるように侵入すると、待ち構えていたように
グレンの舌に己のそれを絡め取られる。甘噛みされ、ぶるりと背筋が震えてしまう。
彼を抱きしめていたはずなのに、いつの間にかグレンの腕が背に回されていて、戸惑った。
片手で頭を抱えるようにして、深いキスを絡める。
自分もまた、負けじと彼の上に乗り上げるようにして、何度も角度を変えて舌を絡ませた。
含み切れない体液が、グレンの頬を汚していく。時折離される唇と自分のそれの間には、ねっとりとした銀線が糸を引いていて、非常に卑猥だと思う。
絡み合ったままの指が、更に強く絡み合う。
息苦しさに肩で息をする頃、深夜は唇を離し、グレンの顔をじっと見つめた。
伏せられたままだった瞳が、ゆっくりと開いていく。
宝石のような深い色の紫の中に、自分だけが映っているのを認めて、
―――下半身が、疼いた。
どうしようもなく欲しいと思ってしまうのは、きっと彼が、いつもより自分に甘いせいだ。

「・・・はは。シたくなっちゃった」
「まったくお前は・・・」

呆れた口調だが、興奮しているのは、グレンもまた、同じ。
互いの腹の間で息づくそれは、明らかに熱を持っている。昨晩まで散々濃厚な行為に耽ったというのに、
それでも何度だって満たしたいと思ってしまうのは何故なのか。

「・・・眠い」
「グレンは寝てていいよ。今日は僕がやったげるから」

再び、子供をあやすように額に口づけて、そうして頬や唇の端、顎に啄むようにキスをした。
グレンは再び目を閉じる。閉じられた瞼に、舐めるようにキス。
遠慮がちだったそれは、グレンが止めないのを良い事に、次第にエスカレートしていった。耳の裏を何度も舐めて、
濡れた唇は首筋から鎖骨の辺りまで濡れた道を作っていく。
骨ばったそれに愛おしげに口づけて、ふと思いついて、音を立てて吸いあげると、
くっきりと痕が残ってしまう。
と、ゴン、と拳で頭を殴られて、思わず首を竦めてしまった。

「いて」
「てめ、調子に乗んな」
「だって、可愛いんだもん」

寝間着代わりのシャツをはだけさせて、程よく筋肉のついた張りのある胸元にもキス。
勿論、彼にだって、蕾のようなそれは存在している。いつも執拗に愛撫してくるグレンの感触を思い出して、
自分もまた、夢中になって舌を絡ませる。吸い上げるようにしてキスをして、
転がすように小さなそれを舐め続けていると、

「んんっ・・・グレ・・・んっ・・・」

不意に、グレンの両手が自分の太股を割り裂くように、自分の上に抱えた。
グレンの膝が立てられて、深夜は身動きが取れなくなる。下半身には何も着けていなかったから、
もし背後から誰かが見ていたとしたら、恐ろしく卑猥な光景だろう。
両手で双丘を揉みしだかれ、隠れるように息づくそこをひやりとした空気に晒されれば、
明らかに与えられる快感のほうが勝ってしまう。

「な、にやって・・・」
「ちゃんとやれよ。お前がしてくれるんだろ?」
「ん・・・なら、グレンだって大人しく・・・っあ、しろって・・・」

口で抗議してみても、もう遅い。
捕われたままの下肢は、自分ではもうどうすることもできない。抵抗より、彼の指がそこを思わせぶりに撫でていくだけで
身体がぞくぞくと震えてしまう。深夜は目の前の男の胸にしがみ付いて、堪える。
早く、早くナカをかき回して欲しいと思ってしまうのは、数えきれないほど繋がってきた故だ。
身体が、男の愛撫を知っている。あの快感を、貪欲に求めてしまうのだ。
焦らすように触れるだけの男の指が欲しくて、深夜の後孔は無意識にぴくぴくと開閉した。
グレンが肩を震わせて笑う。一気に羞恥心が込み上げる。
それでも、グレンの指が今度こそ侵入を試みようと突き立てられると、異物を拒むどころか、簡単に呑み込んでしまうナカ。
言い逃れができない位、彼に溺れてしまっているのは、承知の上だ。

「―――熱いな」
「んんっ・・・もっと、奥に欲しいよ・・・」

入り口を拡げる様に何度も解されて、いい加減、最奥が疼いて仕方なかった。
深々と長い指で貫かれて、内側の、一番感じる部分に触れて欲しいと思う。もう既に、深夜の雄は中途半端に高められた熱に翻弄されていて、
無意識に腰が揺れてしまう。グレンの雄もまた、まっすぐに天を向いていて、擦り合わせるように快楽を貪っていると、

「ほんとに、淫乱だな」
「だって・・・しょうがないだろ、好きなんだから」
「セックスが?」
「グレンが!」

咄嗟に勢いで恥ずかしいことを行ってしまい、頬に熱を感じる。けれど、もう、今さら。
耳元で男は笑う。どっちもだろ、と囁かれて否定できない。
グレンも好きだが、グレンに与えられる感覚はもはや中毒のようなもので。
常に与えられていないと、禁断症状まで出てきそうになる。
だから、早く満たして欲しかった。もう限界で、涙目のまま、グレンの首を抱きしめて肩口に顔を埋める。
なおざりに中を解しただけの指を引き抜き、先走りに濡れる男の先端が、隙間に宛がわれる。
声が、漏れてしまう。
ぬるぬるした感触でそこを焦らすように擦られて、もう、深夜は本気で泣きそうだ。

「はや・・・っく・・・ひ、ああっ―――!・・・」

グレンの指先が秘部を拡げるように動き、そのまま、ぐっと押し付けられる熱塊。
硬いそれが、ゆっくりと内部を侵していく。それだけで、頭がおかしくなりそうだった。男の一部を受け入れるだけで、
彼の全てを受け止めた気分になる。そうして、彼の熱を感じる度に、彼もまた自分を欲してくれているのだ、と実感する。
今の体勢で、彼の雄の全てを受け入れるのはさすがに無理があったが、
それでも、奥の奥まで呑み込んでしまうと、深夜は己の心を支配する充足感に笑った。
いつも素直じゃない彼が、こうして自分に欲望をぶつけてくる姿は、
それだけ心を開いてくれているのだと嬉しくなるのだ。
愛おしいと思った。
こんな時間を守りたいと、そう強く思う瞬間。

「ねぇ」
「ん?」
「僕のこと好き?」

唇が触れるほどの間近で男を見つめて。
真剣な表情で、そう問いかける。グレンの視線をまっすぐに捕えると、
彼もまた、顔を歪めることもなく、ただ、熱い吐息のままで、

「・・・嫌いじゃない」
「え、この流れだったら『好きだ』って言えよ」
「うるせ」

あれだけ自分に甘えてきたくせに、最後の最後で素直じゃない男に、また笑う。
目の前の男の頭を、胸元で抱えるようにして、抱きしめる。
そうして、繋がったままの下肢から溢れるような快感に、深夜もまた、目を閉じて身を委ねたのだった。





end.





Update:2015/05/08/FRI by BLUE

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