失えないモノ



意識を取り戻すと、視界は白く靄がかかったようで、
少し消毒薬の匂いがした。
固いベッド、自分の部屋のものや、グレンの部屋のベッドですらここまでひどくない。
少し身動きをするだけで、ギシギシと音がした。それに、左肩を中心に、幾重にも包帯が巻かれている。そこで、深夜は今の自分の状況を漸く思い出した。

(あ〜そういえば、)

深夜はつい先日まで、池袋の都市防衛の為、任務にあたっていたのだった。
とはいっても、帝鬼軍を潰すべく、侵攻してきた吸血鬼の一団、というわけではなく、
地下都市の規模の大きな組織ではなく、元々池袋周辺を陣取っていた吸血鬼だ。
なんらかのきっかけで壁を突破し、侵入してきたのだろう。当初はその1匹だけ、という情報で、
そこまで大事になるとは思わなかった。
すぐさま吸血鬼殲滅部隊から派遣された精鋭部隊が吸血鬼を取り囲み、
自分は元々あわよくば捕獲、のつもりで渋谷本隊から派遣された中にいた。
自分も部隊を率いている身とはいえ、狙撃手とは辛いものだ。
部下を連れて前線に出ることができない。もちろん、何故この武器を選んだかといえば、
今更な話だが、一番共に戦いたい彼との連携に必要だからで、
実のところ、今回の戦闘でも、己の部下よりも前線にいるはずのグレンを探してしまっていた。
狙撃手になってよかったことと言えば、格段に目が良くなったことで、
今ではどんな戦場にいても、彼を探し当てることが出来る。
だから、いざとなれば己の部隊など放棄して彼の下に駆けつけることもできたが―――。
もちろん、グレンは強く、己のサポートが本気で必要になる場面など、
そうそうないのだった。
だから今日も、深夜は持ち場から部下に命じた配置を確認しつつ、時折グレンを見下ろす。
交戦する、彼が率いる主力部隊。
彼の剣を振るう動きは、本当に美しいと思う。
よほど訓練した人間でなければ目で追うこともできないような流れるような動き、
一分の隙も無駄もないそれに、深夜はスコープ越しで目を細める。
馬鹿な話だが、見惚れていた。
それが、己の命取りだった。

(・・・ってか、本気で馬鹿だよね)

呆れたように肩を竦める。
深夜は、油断していたのだ。吸血鬼は1匹、出撃したのはグレン達、今回の自分たちは捕獲が目的―――。
それがまさか、他の吸血鬼まで侵入しているとは思わなかった。
気付けば、深夜は囲まれていた。
幸い、相手は一般吸血鬼で、それほど強くはなかったから、己1人でも対処できた。
いや、正確には隙をついて逃げることができたのだが―――
陣取っていた己の持ち場から幻術を使って離れ、そうして別の拠点に場所を移そうとして、
完全に、不意を突かれた。
すんでの所で避ける事が出来ず、肩を剣で貫かれる。全身に走る激痛、もちろん戦場であるから痛みに呻いているわけにもいかない。
幸い、己の部下が散らばっていたから、どうにか協力体制を整え、近接の苦手な自分でもなんとか撃退することはできたが、
それでも、深手を負ったことには変わりない。
深夜はそのまま意識を失った。
逃げ出す時にとっさに鬼呪促進薬を使ったのも原因で、鬼の力を失ってしまえば自分もまたただの人間と同じ。
そうして、目を覚めたら、ここだ。

深夜はゆっくりと上半身を起こした。
点滴の管は繋がっていたが、他はほとんど何も身に着けていない。包帯と、あとはごく普通の病衣だ。
体調もほとんどいつもと変わらなかった。そもそも、傷の治りは普通の人間よりも圧倒的に早いのだ。よほどの致命傷でなければ死ぬこともない。
更に、軍の病院では、病室自体に鬼呪の回復力を増幅する呪術が敷かれている。
深夜は周囲を見渡した。
自分のベッドの隣にはパイプ椅子と背にかけられた上着、そしてサイドテーブルには彼が自分専用に改造した、軍の支給物の懐中時計。熱を冷ますための氷水入りのバットやタオルまで置いてある。
いなくたって、自分の傍についていてくれたのが誰だかわかるから、
深夜はくすりと笑ってしまった。
彼は、どんな顔をして自分の怪我をしたという報告を聞いたのだろう?
少しは、驚いただろうか?心配して、慌てて駆けつけてくれたのなら、とても嬉しいのだけれど。
と、ガチャリとドアが開いて、予想通り彼が戻ってきた。

「おかえり、グレン。・・・コーヒー買ってきたの?」
「目が覚めたのか」

グレンの表情は変わらなかったが、明らかにほっとしているのが深夜にはわかった。
もう何年も何年も、彼のことを見ているのだ。表面上はどんなに変わらなくても、彼が安堵している雰囲気や、逆にいらいらしている空気は本当にはっきりしているのだ。
そもそも、彼が自らこうして自分の傍で看病に付き添っていてくれたのだと思うと、
ひどく嬉しかった。

「心配、してくれたんだ?」
「そりゃなぁ。お前が怪我した、って話を聞いた時、かなり大げさになってたからな。
 吸血鬼に四方を囲まれた上で襲撃を受けたため、相当の深手を負った、ってさ。よくよく確認してみれば、
 ただ肩に一撃食らっただけじゃねーか。全く、心配して損した」

肩を竦めて、グレンはどかりと椅子に座った。
少しばかり照れたようにコーヒーを煽る彼に、深夜はただ微笑む。
こうして彼の姿を見つめていられることが、どれほど幸せか、深夜はよく分かっている。
傍にいて、触れられる位置にいられるのなら、猶更。
彼だけを見ていたいし、自分だけを見ていて欲しい。特に今は2人切りの時間で、おまけに身体も寝起きのせいか欲望に従順だ。
そこで、運がいいのか悪いのか、自分の腹が鳴った。
今の今まで、点滴だけで何も固形物を口にしていないのだから、それも当然か。
深夜は破顔してみせた。

「・・・ちょっと、飢えてるかも」

飢えてる。それは本当だ。腹が減っていて、確かに何か食べたかったのだが。
本当の意味で飢えているのは、そんなものじゃない。
深夜は熱心にグレンを見つめる。欲しいのは、・・・今本当に欲しいものは、食べ物なんかじゃない。

「何が欲しい?」
「・・・ん〜・・・グレン」
「っば、」
「・・・って言いたいところだけど、それっていつもだしねぇ。つまらないな」

一気に、グレンが戸惑ったように顔を歪め、それからふざけるな、というような怒った顔。
こうして自分の言葉で表情をころころ変える所がとても好きだった。そうして、そんな表情を自分に許してくれていることも。
グレンはますます眉間に皺を寄せる。
彼だって、自分を欲しいはずなのに。なのに彼はいつも自分に甘えて、
自分が欲しいと迫ってからでないと、本音を晒さないのだから、ずるいと思う。
だから今日は、もっと違う彼が見たいと思った。
深夜は唇を弧の字に描き、グレンの背を引き寄せていた己の両腕をシーツに落とした。
ただ見上げて、視線を絡める。
不審げな顔をするグレンにも構わずに。

「じゃあ、こうしよう。今日はさ、君から僕を欲しがってよ」
「はぁ?」
「だって、ほとんどいつもじゃん。僕から誘うの。
 僕は君を手に入れるためにすごい努力してきたけど、君って奴は、なんにも興味ない、ってカオしといて、結局僕を好きなだけ食い散らかすじゃないか。それってすんごい、ずるくない?」

そう言いながら、深夜は己の右腕についていた点滴の管を外した。
こんなものは、邪魔だ。これからグレンを思う存分感じるためには、何もかもが邪魔だった。
衣服だって、来ているのももどかしい。布団は既に蹴り飛ばしていて、グレンは顔を顰めながらも
深夜のベッドに乗り上げてくる。
ギシ、と簡易なつくりのベッドが2人分の体重を受けて悲鳴を上げた。
けれど気にしない。
グレンから欲しがって、というわりに、キラキラと輝く蒼い瞳はひどく興奮した色で、
これを誘惑と言わずなんというのだろう?
既に濡れたように紅く染まる唇も。グレンは、深夜の唇に、ゆっくりと丁寧に重ねていく。
キスは、嫌いではなかった。身体を繋げるのとはまた違った、しかし、ひどく官能的な感触。
どちらからともなく舌が絡み合えば、くちゅくちゅと液体の弾ける音がする。口内で絡む体液を、敢えて飲み干さずに共有し合えば、含み切れない唾液が頬を伝う。ずっと寝たきりだったくせに、その姿はいやに卑猥で、
間近に迫る深夜のまつ毛は震えている。
絡む舌は甘い味。グレンもまた、そういえば久しぶりだったことを思い出す。
任務の前からだから、かれこれ・・・1週間にはなるか?
それを意識すると、やはり深夜を欲しいと思うのは事実だった。改めてそれを自覚して、いよいよグレンの下肢も熱くなる。
糸を引くぐらいにねっとりと絡ませてから唇を離すと、上気した頬のままで深夜が笑った。
欲しくて仕方がない、といった表情。
しかし、それは自分も同じ。
腰に腕を回し、そうしてゆっくりとシャツを脱がしていく。

「深夜」
「ん〜どっちかというと、激しいのが希望なんだけど〜」

およそ、自分が今の今まで意識を失い、眠っていたことを覚えていない発言。
けれど、散々深夜とはこんな行為をやってきていて、彼がいかに欲望が激しく、自分を強く求めてくるか知っていたから、
グレンは顔を顰めながらも、彼の背を抱き締めてやった。
強く、そうして腕の中に収めるように。

「・・・病人に、そんなことできるか」
「あっは。じゃあ、確かめてみる?この肩の包帯を外して・・・キス、して。
 そうしたら、キズなんか一発で治っちゃうよ」
「やっぱりお前、馬鹿だな」
「あは」

自覚してる、と全く悪びれない顔の彼に、グレンは溜息をついてしまった。
だが、グレンもまた、溜息などついている場合ではない。彼の身体を抱き締めながら、肩の傷を包帯越しに口づける。
これが本気で、深夜の命にかかわるモノだったら。
そう思うと、自分もまた、足元がなくなったような感覚に陥ってしまう。
失えないのは、自分も同じだった。
深夜の病衣を脱がしながら、首筋を中心に唇を宛がい、強く吸い上げる。白い肌に、紅色の明らかな所有印。


「本当に・・・」
「何?」
「あまり、心配させるな。仕事、何も手につかなくなるだろ」
「・・・!」

それが、彼の本心だったらしい。深夜は息を呑んで、そして途端に愛おしさが増していく。
自分が彼を失えないように、彼もまた、自分を失えないことを知る。
グレンの言葉は、少し低く落とされ、そして真摯で、
心地いいと思った。重ねられる肌が熱い。やはり、衣服なんか邪魔過ぎる。グレンに任せるつもりで、
気付けば深夜もまた腕を伸ばした。グレンのシャツのボタンをはずして肌蹴させれば、いつ見てもかっこいいと思う、
均整のとれた筋肉。自分も鍛えているつもりだが、グレンのそれには叶わない。
それが少し悔しいし、けれど彼の腕の中は、ひどく心地いい。

「グレン」
「・・・お前が生きていて、よかった」
「っ」

どくりと、心臓が早鐘を打ち始めた。どうしようもなく、下半身が欲情する。
熱があがる。血液が下肢に集まる。これ以上自覚したことがない程、己の性欲の昂ぶりを感じた。
グレンの声音だけでだ。
あの低く落とされた声音を耳元で囁かれれば、誰だってきっと堕ちるだろう。

「お前が襲撃されたと聞いて・・・内心、真っ白になった。立ち尽くしたまま、もどれなくなりそうで・・・
 まさか、とは思っていたが、それでも、今の戦乱の世に絶対にない。
 だから、お前が戻って来てくれて・・・本当に、嬉しかったんだ」
「や、めっ・・・」

おかしくなりそうだ。自分から、グレンから欲しがって欲しいと希望したくせに、
グレンのその言葉はひどく自分を狂わせる。
止まらない掌での愛撫と、言葉を投げかけられながらのキスは、深夜を惑乱させた。
無意識に、膝が経ってしまう。シーツを蹴るようにして、逃げるそぶり。違う、本当は、欲しくてたまらないのに。
だが、既に深夜は、グレンの手中。

「・・・傍にいてくれ。あんまり、俺から離れるな。」
「・・・そりゃ、さすがに無理でしょ」
「ならせめて、俺の近くにいない時はもう、二度と危険を冒すな。俺の心臓がもたない」
「・・・グレン、熱でもあるの?」

深夜は額に手のひらを伸ばした。
グレンは少し笑い首を振って払う。そうして、両手で彼の頭の横に手を突っ張り、そうして再びキスを落とされる。
先程までの丁寧なものではなく、がっつくようなキス。
深夜もまた、心臓が破裂してしまいそうだ。縋り付くように、深夜の両腕がグレンの背に回される。
そうして、グレンの手のひらは、深夜の下肢の前へ。
もう既に、深夜は完全に裸だ。グレンは性急に己の雄の部分を晒し、そうして深夜のそれを擦り合わせる。
その気持ちよさに、意識が磨滅しそうだった。
グレンのの大きな掌が、両方の雄を重ねるように包み込み、そうして扱かれれば、
もう絶頂はすぐそこで。

「ぐ、れっ・・・も、僕、イきそうなんだけど・・・っ」
「いいぞ?俺の手の中に出すと良い。もちろん、このままで終わらせるつもりはないから、覚悟しろよ?」
「っ・・・ひど・・・っう―――!!」

甘い声音を吐きながら、ぺろりと耳を舐められて、深夜はぎゅ、と目を瞑り、イってしまった。
自分でも、かなり早いと自覚している。
だが、これも今までかなりお預けを食らっていたせいだ。
自分だって、このまま終わりたいとは思わなかった。
舌を出して喘いでいると、舌が絡み、そうして重ねられる唇。
グレンの上半身もすべて裸で、あとはズボンの前を肌蹴ただけの恰好。ひどく男らしいと思う。

「グレン・・・もっと、欲しいよ」
「っは、馬鹿だな。
 今日は、俺から求めろって言って来たの、どこの誰だっけ?」
「あんっ・・・」

吐き出した精を更に潤滑油として指に絡め、そうして砲身を持って遊ぶようにくちゅくちゅと慣らして。
グレンはそうして、深夜の顔をじっと見つめた。
紅く染まった表情に潤んだ瞳。それをずっと見つめたまま、唇を開く。

「・・・深夜。今夜は寝かせない・・・」
「っ・・・」
「お前のすべてを、オレに見せろ」
「・・・・・・や、ば」

グレンの言葉は、何かの力が篭っているのだろうか?
吹き込まれる音声はいちいち下半身を煽って来ていて、深夜は顔を顰める。
結局、彼に惚れているのは自分で。
どうしようもなかった。
呆れるくらい、自分がグレンが好きなのは、もう自覚している。
願わくば、グレンもまた、そう強く想ってくれれば、と。

「グレン・・・っ、好き」
「ああ。深夜。俺もお前が好きだよ」
「・・・っ」

身体の熱の暴走が止まりそうになかった。
普段、こんなこと言わないグレンが、自分にこうやって囁くなんて、有り得ないと思った。
なのに、こうしていざ、口に出されれば、自分のほうがおかしくなりそうで。
深夜はもはや誰にも見せられない羞恥に染まった顔で、そっぽを向いた。

「・・・やっぱ、も、いいや・・・口説くグレンとかグレンじゃない」
「なんだそれ」

ぎゅ、と掌の中のそれを掴みながらの合わせ技に、もはや悲鳴しか出てこない。
グレンに与えられる快楽に酔わされながら、
深夜は改めて自分の生きている意味を噛み締めていたのだった。





end.






Update:2015/10/04/SUN by BLUE

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