誓いの言葉



一瀬グレンの私室には、落ち着いたジャズが流れていて、
深夜はベッドに寝そべりながら、何となしにその曲を聴いていた。
一度身体を繋げた余韻のせいか、まだまだ皺の刻まれた白いシーツの波間に身体を埋めたまま、深夜は動こうとしない。
ただ、素裸のままぬくぬくと手触りの良いシーツと毛布の温もりを辿る。
時間はまだ21時を過ぎたばかり。少し早めの仕事上がり、軽い食事を2人で取った後に
特に意味もなく情事に耽った。今だ尻にわだかまる男の重い雄の感触と、内部を濡らす男の熱い精。
早く掻き出して綺麗にしてしまわないと、明日の体調に響くのは分かっているのだが、
深夜にとって、グレンのモノが己の中に残っていると感じるのは、ひどく嬉しいものだった。
あの堅物なグレンが、自分に欲情して、こうして己の欲望を露わにした証だから。

「…へへ」

こんなことを考えると、深夜はまた最中のグレンの、切羽詰ったような表情を思い返して
思わずにやけてしまう。あの男らしい顔立ちが、更に眉が顰められて一段と凛々しさと激しさの入り混じった表情と変わり、
自分を求めてきてくれることがこのうえなく嬉しいと思うのだ。
痛みが快楽に変わる瞬間。
与えられる熱に溺れて、縋り付くように彼の背を抱き締めると、
彼もまた、まんざらでもないように己を抱き締めてくれるから、それがひどく嬉しいと思う。
嬉しくて嬉しくて、こちらも夢中になって彼の雄をぎゅうぎゅうと締め付け、彼のそれを絞り出すことに
今の深夜はひどく悦びを感じていた。

ガタリと音がしてひと間続きのリビングを見やると、
グレンがシャワールームから出てきていた。艶やかな濡れ羽色のそれを、タオルを乗せて乾かしながら
身体の水滴を拭くのもそこそこに羽織っているらしいバスローブ。
テーブルのペットボトルの水を立ったまま煽る姿もまたいちいちかっこよくて癪に障る程。
穴が開くほど見つめていると、グレンもまたこちらに気付く。
素裸のまま、今だに毛布に包まっていたままの深夜は、グレンにひらひらと手を振って見せた。
その意味のわからない行動に、グレンは溜息をつきながら深夜のベッドに歩み寄る。

「な〜んかお腹すいた〜」
「お前、さっきも食ったろ」

呆れたように言ってみるが、深夜はベッドで駄々を捏ねるようにゴロゴロ転がるだけだ。
普段は、人好きのする笑顔を浮かべていても、どこか壁を感じる彼の態度だが、
それでもこうして身体を繋げた後にはそんなものは粉々に壊れてしまっていて、
グレンはそんな彼を少しだけ可愛いと思う。
少なくとも、出会った当時のウザったいキャラだけではない、彼自身の“本当”を感じて、グレンは枕を抱えたまま自分を見上げる深夜の頭を少々乱暴にくしゃりと撫でてやった。立ち上がり、キッチンの戸棚を探す。
グレンが持ってきたのは、落ち着いたシックな色合いの小箱だ。
受け取れ、とそう言われて深夜がかぱりと開けると、一口大の可愛らしい形をしたトリュフチョコが入っている。

「あらぁグレン、バレンタイン?にはちょっと早いんじゃないの?」

ふふ、と笑って、それでも満更でもないように深夜は受け取る。
確かに今は12月半ばだった。もうすぐ世界が崩壊して8年が経つ。身を寄せ合って、時にはこうして慰め合って、
支え合ってなんとかこの世界を生きてきた。もちろん今だって完全に平和とは言えない。
グレンも深夜も、目の前に戦を控えている。
グレンは関西より攻めてくる吸血鬼を名古屋の拠点で足止めするという任務、
また、深夜は、渋谷本隊を率いて渋谷で吸血鬼たちを迎え撃つ体勢を整える任務だ。
一つ間違えば、簡単に命が消し飛ぶ世界。
そんな、一見すれば恐怖や不安の溢れる世界で、けれどグレンも深夜も、それについて怯えることはほとんどしない。
互いの力を信じているからだ。
絶対に死なない。何としてでも生き延びる。
それはかつてまだ結ばれたばかりの頃の任務でグレンが仲間に与えた命令で、
彼らは今もそれを忠実に守っている。深夜が細長い形の良い指先で、チョコレートを一つ摘んで口に含む。
甘いチョコレートの味が口中一杯に広がり、甘党の深夜はひどく幸せそうな顔をした。
まるで蕩けるような恍惚とした表情。
それが、グレンにはまるで、最中の快楽に溺れる彼の姿と重なり、
シャワーを浴びたというのにまた下肢の熱がぶり返す。2つ、3つと深夜の手は止まらない。グレンも食べない?と誘うように言われて、少し笑って箱の中の、中央にあった大き目のそれを歯で咥えて、グレンはそのまま深夜に口づけた。
深夜とキスをしているのか、チョコとキスしているのかわからない感覚だが、
これはこれで興奮する。
すぐに蕩けるチョコレート、深夜の口の端がいつもの透明な体液ではなく、チョコレート色に染まる。
頭がジンジンするほど甘い、と思った。根こそぎ思考回路を奪うほどに、
そのチョコは甘かった。次第にキスに夢中になる。深夜がチョコを歯で噛み砕く。―――と、

「んぁ、何これ」

かちり、と歯に硬いモノが当たる音がした。深夜は慌てたように腕でグレンを押しのけ、キスを中断する。
口内にあるそれを指先で摘むと、どうやらそれは環になっている金属らしかった。
まさか、とグレンの顔を見やると、顔を背けているわけではないが、どこか照れたような、赤い顔をしている。あのグレンが。珍しい。
チョコでどろどろの口内から出てきたそれは、見まごうことなく指輪だった。
多少チョコの混じった体液には汚れていたものの、輝きはまったく失われていない。
プラチナの銀の艶やかな色合い、決して女性に送るような華奢なデザインでなく、ある程度幅のある指輪の中央には、
大きめの石が埋め込まれている。
美しい蒼色だった。
南国の透き通る海のような、冬の晴れた日の冴え冴えとした空の蒼のような、

「グレン・・・これ、」
「偶然、見つけたんだよ。こないだ何となしに郊外の廃墟の街を散策してたらさ。
 ―――まるで、お前の瞳の色みたいで、・・・綺麗で」

深夜の指からその指輪をするりと取り上げ、部屋のライトに翳した。綺麗な色合いのそれが光を反射して、
更に美しい輝きを放つ。グレンは目を細めた。
恥ずかしげもなくそう言う彼に、苦笑した。
彼は気付いていないのだろうか?
それは暗に、自分が今愛している男の瞳が綺麗だと、そう告げていることを。
まったく、恥ずかしい奴だと思うが、そういう所も彼の魅力で、
それを指摘すれば、今度こそ素直になれずに否定するかもしれない、と思う。
そして何より、自分にこれを渡すために、
わざわざチョコレートの中に仕込むなどという手間をかけた事実に、深夜は一気に鼓動を跳ねあげる。
穴が開くほどグレンを見つめていると、彼はそれに気づいて、今度こそ照れた様に顔を背けた。
今度はグレンの指からそれを取り上げて、深夜も同じようにライトに翳してみる。

「ほーんと、すごく綺麗。グレンセンスあるじゃん」
「・・・たまたまだ。たまたま」
「でも、指輪のプレゼントって、意味深だと思わない?まるで・・・」

指輪に口づけて、上目使いにの彼を見上げる。対するグレンは真顔で、
深夜が持っている指輪を、彼の掌ごと包み込んで、こちらも掌ごと己の側に引き寄せて、唇を寄せた。
男らしいくっきりとした目鼻立ちや眉グレンの顔が間近にあって、少し照れる。
いつものことだというのに、やはりこうして彼の傍で彼を見つめると、自分がどれほど彼に惹かれているかを実感する。
もう既に何度も身体を繋げた後で、素っ裸の恰好で、グレンと向き合う形になる。
グレンの真剣な瞳を直視できない。

「深夜」
「・・・、ん?」
「・・・この次の戦いが終わったら・・・、結婚しよう」
「へ?」

冗談にしても、笑った。
グレンがこの手の冗談を言う事なんてほとんどなかったが、
けれど本気にしてはあまりにも常識外れで。
第一、男同士なのだから、結婚なんて少なくとも日本にそんな法律はなかった。
だから、当然、これは冗談の話ではあるのだが。

「・・・グレン。それ、めっちゃ死亡フラグ立ってるよ?」
「ん?どういう意味だよ」
「ほら、戦いに出る前に、好きな人に告ったり、帰った後の予定を告げると、必ず死ぬっていう・・・」
「あ〜」

腑に落ちない表情だが、まぁなんとか理解したらしい。
照れた様に頭を掻いて、そっぽを向くグレンに少し笑って、今度は自分が両腕でグレンの首にしがみ付く。
グレンの気持ちは、本当に嬉しかった。
今まで自分は、一生をグレンのために捧げるつもりでいたけれど、
けれど、彼にまで同じ温度を求めたことはなかったから。
だというのに、グレンは、冗談とはいえ、結婚、などという単語で自分を縛ろうというのだ。
愛おしさが込み上げた。
散々吐き出したはずの下肢が、再び欲望を露わにする。
そもそも、グレンの腕の中にあって、自分が興奮しないはずがなかった。
グレンが向かい合う深夜の腰を抱えると、下肢が密着する。我ながら恥ずかしい恰好だったが、
やはりこうしているとひどく落ち着く自分がいた。

「じゃあさ、もう、今、結婚しちゃお?」

深夜もまた、二人の間の指輪にキス。
グレンもまた、満更ではないらしかった。こつんと、額を触れ合わせて。
恋人同士のように密着して、吐息を感じた。
互いの鼓動を意識すると、グレンもまた、緊張しているのかいつもより早く心臓が脈打っている。
静かな音楽と、優しい沈黙が続くベッドの上。
誰にも邪魔されない空間。
神父様も、参列者もいない結婚式。それでも2人にとっては、厳かなチャペルよりも相応しい場所。


「汝、一瀬グレンは、柊深夜を妻とし、
良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、
病める時も健やかなる時も、
死が二人を分かつまで、愛を誓い、
妻を想い、妻のみに添うことを、誓いますか?」

「誓います」

含み笑いが少しだけ入った神父の台詞に、しかしグレンは即答する。
胸が高鳴る。グレンの声音が耳から離れなかった。
ぐっ、と腕に力を込められて、更に頬が熱くなる。
次はグレンの番だ。
真剣な面持ちで、深夜もまたグレンの言葉を待っている。

「汝、柊深夜は、この男、一瀬グレンを夫とし、
良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、
病める時も健やかなる時も、
死が二人を分かつまで、愛を誓い、
夫を想い、夫のみに添うことを、誓いますか?」

「うん。誓うよ。」

にっこりと笑って、そうして、ぎゅ、と指輪を掴んでいた掌に力を込める。
視線が絡み合うと、なんだか本格的に彼が自分の夫になった気がして、どきどきした。
死が二人を分かつまで。
愛を誓い、互いを想い、互いに添い遂げると誓った。
自分はグレンのものであると同時に、グレンは自分のものだった。
自分だけの、彼。


「じゃあ、誓いのキスでもするか」
「も、散々してるけどね・・・っう・・・んっ・・・っはぁ、ぐれ・・・」

上気した頬で、うっとりとキスを受け入れる。
誓いのキスにしては、ひどく濃厚なそれは、容赦なく深夜の口内を味わい始める。
長い舌で、奥の粘膜までゆっくりとなぞられると、含み切れない体液が、再び頬を汚していく。
チョコレートと、男の甘さに酔わされて、深夜はうっとりと表情を緩めた。
角度を変え、何度も何度も舌を絡めとられる。その度に濡れた体液が糸を引く。
はぁはぁと、息があがる頃には、深夜の瞳もまたとろんとしていて、グレンはぐったりと身を寄せる彼の身体を抱き留めてやった。

「っ・・・ちょ、グレン・・・誓いのキスにしちゃ、濃厚すぎでしょ・・・」
「五月蠅いな。
 どうせただのキスじゃ物足りないくせに。舌絡めてる最中、俺に下肢を押し付けて強請っていたくせに、
 今更初心なフリすんなよ」

グレンの片腕が深夜の下肢をぎゅ、と掴んできて、深夜は照れた様に笑った。
もう、既に深夜の身体は興奮を抑えきれないまま。
慰めるようにそれを扱いてやれば、簡単に蜜を零す深夜の雄。
そもそも裸で抱き合っていたから、このままベッドにもつれ込む以外にすることはなかった。
グレンがぐっと体重をかけてきて、深夜は背をシーツの波間に押し付けられる。
指輪を落としそうになり少し力を込めると、グレンは器用に指輪を手に取って、片手で深夜の指にはめ込んだ。
右手で、深夜の左手に。左の、薬指に。
小さ目のそれは、驚くほどするりと通り、指のサイズにピタリとハマった。
まるで運命のように。
銀髪の青年の指で輝く青色に、目を細めて。
深夜はふふ、と笑った。

「これじゃあ、絶対、無事に帰って来ないとね」
「あ?」

顔を再び胸元に埋めていたグレンは顔をあげた。
そのグレンの頭を、深夜は引き寄せる。
抱き合うだけで、何もかも通じ合う気さえした。彼の感情も、自分の感情も融けあって、
一つの人間になるような、そんな感覚。在り得ないと頭ではわかっているのに、忘れたいと思うほど酔わされていた。
2人で1人の人間。
片方が失われたら、もう片方は生きて行けない、比翼の鳥のような。
そんな妄想さえ、現実になるようだ。

「結婚したての新妻を残して死ぬなんて、かっこ悪い以外の何物でもないもんね」
「っはは」

深夜の言葉に、グレンは笑った。
相変わらずお前は馬鹿だな、とそう言って、口づけを再開した。強い刺激は与えていないのに、
深夜の口元からは甘い声音が憚りなく溢れてくる。
グレンもまた、それに狂わされそうだった。
欲しくてたまらないと思った。
何度も何度も身体を繋げて、もう、飽きる程に抱いたというのに。
毎日毎日抱き合っていても満たされないのは何故なのか。
このまま、離れたくなかった。
芽生えるものは独占欲。誰にも渡したくない。今なら、彼が笑みを傾けるすべてのものにすら、嫉妬してしまうかもしれないと思った。
ぐっと力を、意思を込めて抱き締めた。
重なる下肢を、意図的に腰をゆらして刺激していく。

「っ、は、ああ、」
「・・・お前も死ぬな、深夜」
「・・・っあ、たり前じゃん。僕たちは、生きていく。これからも、ずっとだ」

グレンの、美しいタンザナイトの紫を見据えて、深夜もまた強気に笑った。
―――死なせないよ。
そう、深夜は心で誓う。

ずっと迷っていた。
彼についていくか。
中将の兄に言われた通り、渋谷に居座り、渋谷本隊の指揮を取るか、それとも、
感情のままに、愛する男の傍で彼の手助けをするか。
だが今、心は決まった。
絶対に、離れない。危険な任務なら尚更。
自分のいない場所で、死なれるのなんてまっぴらだった。
守りたいと思った。
絶対に。
一緒に帰る。
必ず、勝って、極力犠牲を出さず、任務を終え、新宿に戻る。
それが、今回の自分の一番の仕事だ。

「グレン、もっと欲しいよ」
「ああ、俺ももう、我慢できない」

夜はまだまだこれからだ。
恋人から夫婦という、新たな歩みを始めた2人は、
ひどく濃密な空気に溺れたまま、終わりの見えない夜を噛み締めたのだった。


















―――名古屋での戦いは、混乱を極めていた。

「・・・深夜。お前がここに来たのは、正直誤算だったよ」

戦いの、混乱のさ中。
己の鬼に支配され、瞳を輝くルビー色に爛々と光らせるグレンは、そう言って腕の中の存在に嗤いかけた。
体力を消耗し、気絶したままの腕の中の存在は、土埃に汚れていても、
その顔立ちの美しさは何ら遜色ないままだ。
血の気を失った彼の頬を撫でてやり、そうしてぐっと腕に力を込めて抱え上げる。
彼の左手を掴んで、すこし眉を潜めた。
手袋の下に感じる、硬い感触。あの時の指輪だった。
深夜は、ずっと戦場でもつけていたのだろうか。あの時の、グレンの誓いの言葉を胸に。
少しだけ笑みが零れてしまった。
彼は本当に自分を好きで、愛していて。それは滑稽なほど。
だからこそ、グレンは彼を殺さない。
ただの生贄にするには惜しい存在だった。
何より、自分とて欲している。彼を失うつもりなどなかった。あわよくば、このまま彼は真実を知らぬまま、
大人しく渋谷で待っていてくれればよかったのに。
そうすれば、もうしばらくは、幸せな恋人ごっこを続けていられたかもしれない、と、
今更ながらグレンは思う。

だが、もう、後の祭り。


「大丈夫だ、深夜。俺はお前を失うつもりはない。
 そしてこれからも、一生、俺についてこい。お前が誓ったあの言葉を、忘れるな、深夜」

周囲に構わずグレンは身体を傾け、深夜の顔を覗き込んだ。
意識を失った、青紫色の彼の唇に、グレンは口づけた。ひどく愛おしげに、舌を絡めるほど、濃厚に。
ぐっと力を込めれば、かすかに腕の中の存在がぴくりと反応した気がした。
絶対に離すつもりはなかった。
例え彼が嫌がろうとも。
もう遅い。
離れるなんて認めるつもりはなかった。
彼は既に、自分のものだった。

「・・・グ、レン・・・」
「深夜、愛しているよ。これからもずっと、永遠にだ。俺は誓うぜ」

キスを離して、そうして彼の髪を撫でてやる。
グレンは深夜を抱え上げると、その地で散った犠牲者たちに背を向け、歩き出したのだった。





end.





Update:2016/02/14/MON by BLUE

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