恋するヴァンパイア



吸血鬼が恋をしてはならない。

恋をすれば、その相手の血以外身体が受け付けなくなってしまう。
日々喉の渇きはひどくなり、いつかその相手を殺すまで呑み耽っててしまうのだと。
そして、それでもなお死んだ相手の血しか受け付けないから、最後には自分また死んでしまうのだと。
だから吸血鬼が恋をしてはならないと、
そういう噂は、吸血鬼の間では至極有名で、

・・・けれど、実際はそんな経験、誰もしたことがなかった。
何せ、興味が湧かないのだから。同胞にも、人間にも、自分以外に何の興味も持てない吸血鬼は、
ただただ、血で喉の渇きを潤しながら生き続ける。

人間なんて、ただの家畜。
吸血鬼にとって必要なのは人間の血だけ。
だから人間そのものに執着するなんて馬鹿げている。

そう、皆が皆、口を揃えて言い合うのを、肩を竦めて聞き流して、
深夜はひとり、地上へ向かった。
目指すは東京、新宿。
日本の人間の集落の中でも、一番規模の大きいその街に、
深夜は想い人を捜して舞い降りる。
一瀬グレン。
ウェーブのかかった、烏の濡れ羽色の艶やかな黒髪、鮮やかに輝く宝石のようなアメジストの瞳、
それでいて、自分を見据える色合いはひどく挑戦的で。
一目で惹かれた。
人間に、こんな魅力的な人間がいたなんて。
そう思うだけで、自分の心の奥が、ゴトリと鳴る。
これが、感情、というものなのか。久しく感じていなかった心の動きに、
深夜は楽し気に笑って、
人間たちの本拠地、帝鬼軍の新宿官舎の中階にたどり着く。
逢瀬の時間は決まっている。
1週間に1回、土曜日の深夜、グレンの部屋で。
案の定、グレンは出窓を押し開けて、来訪者を待っていた。彼の纏う穏やかな空気、彼は窓際に椅子を持ってきて、
書物に視線を傾けていた。
嬉しくなる。
彼が今日も待っていてくれたのだと思うと、とても幸せな気分だった。

とん、と出窓に足をついて。
深夜は腰をかがめて、部屋を覗き込んだ。

「やぁ、グレン」
「・・・遅い」

グレンは、少しだけ眉を顰めて、自分の腕をつかんだ。
ぐい、と引き寄せて、そうして窓を閉める。肌寒い空気が途切れ、室内が漸く暖かくなる。
深夜は迷わずグレンにしがみ付いた。
身長は同じ、体重は少しだけ深夜のほうが若干軽いかもしれない。
両腕を彼の首に回して、男を求めると、
グレンもまた、嫌そうな顔をしながらも、彼を押しとどめることはしない。

「相変わらずよく来るな、お前」
「そりゃね?僕はグレンが大好きだから」
「俺の血が、だろ?」
「違うよ〜?君のことが、だよ」

もちろん、君の血だって大好きだけどね?と、唇に指をあてて、深夜は片目を可愛らしく瞑ってみせる。
グレンから立ち上る、甘い血の香り。誘惑される。腕を絡めた首から覗く素肌。
その下には赤い血潮。深夜はごくりと喉を鳴らした。
血。
血だ。
欲しくて溜まらない、と、そう本能が訴える。
深夜の身体は、既に他のどの人間の血も受け付けられる身体ではなくなっていた。
ただ、1人だけ。
グレンの血だけで、今の深夜は生き延びている。

「・・・ん・・・ねぇ、グレン」
「ん」
「欲しいんだけど」
「ああ」

そういわれて、グレンは肩を竦めて、深夜を抱えてベッドに移動した。
主語などなくてもとうにわかっている。
吸血鬼が欲しがるものは、常に血で、本来ならば、彼らは、人間の血を得るためならばどんな手段でも取る。
力だって圧倒的な強さだ。だから、吸血鬼である深夜は、本気を出せばたかが人間のグレンなど簡単に拘束して、
その欲望のままに血をむさぼることだってできるだろう。
けれど、彼はそれをしない。
愛しているからだ。
グレンを。
グレンを愛するが故に、彼の血に縛られている。

「ねぇ、グレン、飲ませて?」
「・・・仕方ねぇな」
「んもぅ、ちゃんとお礼はするよ?えっちなこと、したいんでしょ?」

ぐりぐりと下肢を押し付けてくる深夜に、グレンはぎらりと紅色をにじませた瞳で彼を見やる。
それは、鬼だった。
グレンの中の、鬼。
もし深夜が、初めてグレンと対峙した時、彼の中の鬼と出会わなかったならば、
今、ここで自分たちはこうしていないだろう、と深夜は思う。
欲望に流される、醜い人間。けれど彼の中に内包していた鬼は、清々しい程に自らの欲望に忠実で、
戦えば圧倒的に吸血鬼である自分の勝ちが見えていた戦いを、その鬼が一遍させた。
人間が持ち得ぬ力。自分とも互角に渡り合えるその力で鬼と化したグレンは深夜を圧倒した。
その瞳の色合いに、深夜は惚れたのだ。
まっすぐに刺す瞳の光。
釘づけになった。
それは、永き時を生きる同胞の、誰もが持ちえない輝きで。
この血を味わえば、自分もまた、彼のように人生に絶望せずに生きていけるだろうか?と。
少し考えて、「呑ませて」と懇願した。
お前の血が飲みたい、と。そう告げると、目の前の鬼は口の端を釣り上げ、こう言った。

―――俺の欲望も叶えてくれるというのなら、血などいくらでもくれてやる

「グレンの欲望って、ホント性欲ばっかり〜」
「んなことねぇだろ。・・・俺は、あの柊のくそどもを一掃し、生意気な吸血鬼どもも黙らせ、まともに人間が生きられる世界を創る」
「うんうん、カッコいい。そんなグレンに、僕は惚れちゃったんだなぁ」

冗談めかしに言いながら、深夜はグレンの首筋に歯を立てる。ぶちゅ、と音がして、動脈が弾ける感触。
グレンは、ベッドの上で自分に覆いかぶさるようにして血を吸う男の尻を、両手で揉んでいた。
カタチのよいその感触を愉しみながら、両足で彼の膝を割り割く。
吸血鬼のくせに、深夜の身体は煽情的で、しなやかな身体をしていた。
目を細める。
深夜は無心に血をすすっている。
溢れる大量の血液が深夜の口内に吸い込まれ、ただでさえ赤かった内部が血の鮮やかな紅に染まる。
体温の感じさせない青白い肌が、人間のような生気を取り戻す瞬間。
淡い朱をはいた表情が恍惚の色に染まるのを見つめながら、
グレンもまた、一瞬、己が持っていかれるような陶酔感を覚えた。
まるで、イった時のような、津波に流されるような快感。
ぞくりと背筋に電流が走り、己の下肢が張りつめているのを感じた。思わせぶりに、深夜の身体に押し付ける。
すると、彼の細っそりとした指先が、グレンの砲身に絡みついてきた。
とっても、美味しかった。
そういって唇を離した深夜は、口の端を血の色に汚したまま自分に笑いかけてくる。
その妖艶さと言ったら。
まるで悪魔のようだと思った。淫魔ではないかと思うほど。

「・・・いっつも、グレンの血は甘いね」
「気は済んだか?」
「ん。もう充分。もっと吸ったら、きっとグレン殺しちゃうもん」
「っは。じゃあ、今度はオレの番だな?」

ぐるり、と身体を返して、今度は深夜の身体をベッドに押し付けた。
抵抗はない。グレンをやんわりと抱き締めて、ふふ、と笑う。吸血鬼が、本気で自分の愛撫で感じてくれるのかなんてわからない。
それでも、深夜は嬉しそうに、己の肌に口づけてくる男の頭を撫でている。

「いいよ。僕のカラダも、いっぱい食べて?」
「淫売だな?」
「こんな相手、グレンだけだよ?」

捉えていた彼の雄と、己の力を擡げ始めたそれを擦りあげれば、
甘い声音が深夜の口元から漏れてきた。
その姿があまりに卑猥で、グレンもまた、欲望を煽られる。互いの性器を重ね合わせるようにして何度も擦りながら、
グレンは深夜の唇を貪った。
鉄錆た味に顔を顰めた。それでも、深夜の舌を奪い、そうして深く絡めると、
また、血を吸われた時とは別の陶酔感を感じる。
互いに抱き合いながら、互いの存在を感じる、これほど幸せなことはないだろう。
深夜は血を、グレンは彼自身を。
求めあった結果がこれで、今では2人の至福の時。

「一晩中、君を感じていたい、グレン」
「俺もだ。逃げるなよ、深夜」
「冗談。君こそ途中で根を上げてたりしてね?血吸ったばかりだから、貧血気味だろうしねぇ」
「はっ、そんなにヤワじゃねーよ」

軽口を叩き合いながら抱き合うのも、いつも通り。
深々と更ける夜の帳が降りる頃。
人と鬼と、吸血鬼の交わる秘め事は、終わりが見えないほど永遠に続いていたのだった。





end.





Update:2016/03/14/MON by BLUE

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