静寂の中で



静寂が艦内を包んでいる。

消灯時間もとうに過ぎ、パイロットらが自室で深い眠りについている頃、クルーゼは一人資料室で作業を続けていた。
普段人がいるところではないだけに、暖房などきいていない。
キーを打つ手がかすかに震える頃、ふとカタリと音がして、デスクに温かなカップが置かれた。

「・・・隊長、飲み物をお持ちしました」

「・・・ああ、ありがとう」

キーを打つ手を止め、湯気の立つそれを受け取る。久しく触れていなかった熱さに、クルーゼは目を細めた。
中身を飲もうとして、まだ側に立ったまま動かないアデスを見上げる。

「・・・座らないのか?」
「あ・・・いえ」

資料室に2脚しかない椅子に座らせ、自分は改めて彼の持ってきた褐色の液体に口をつける。
そのままディスプレイの方を見やり、片手でキーを叩いた。
呼び出したデータを正確に読み取り、クルーゼは作業を続けている。
それを見ていたアデスは、ためらいがちに口を開いた。

「・・・隊長、少し・・・お休みになられては・・・・・・」

休息をすすめているわりに、彼が今持ってきたのはコーヒーだ。
間違っても、今から眠ろうとするときに飲むものではない。
クルーゼは苦笑したが、それでも口内に広がるほろ苦さと香気を楽しんでいた。

アデスの配慮が足りないわけではない。
彼は、自分がどんなに休みをすすめても作業をやめないことを知っている。
だからこそ、夜遅くに自分が好んで飲むこのブラックのコーヒーを入れてきてくれたのだろう。
眠りはしなくとも、せめてしばしの休息は取れるように。
目の前で明々と光るディスプレイの電源を小さく落とすと、クルーゼはアデスの方を向いた。
足を組み、椅子の背もたれに深く体を預ける。

「・・・それよりアデス、お前は大丈夫なのか?」

クルーゼが聞き返す。
視線をさまよわせていた彼は、その言葉に顔を上げ、クルーゼを見た。

「私は・・・眠れませんから」

軽く蒼褪めたその表情に、クルーゼは頷く。

「同じだ。・・・私も。特に今は・・・・・・」

顔を上げ、壁のモニタパネルを見やる。
そこには、裕に100を超える敵戦艦が映っていた。
あと数時間もすれば、あれと戦うことになるのだろう。

「・・・今回の作戦、お前はどう見る?」
「・・・正気の沙汰とは思えませんね。上は何を考えているんでしょう」

小型とはいえ、重装備の敵艦100隻を、こちらはたった1戦艦で対することになる。
いくらMSを積んでいるといっても、これでは負けてこいと言われているようなものだ。

「・・・まぁ、よくて相討ち・・・といった所か。随分思い切った手段に出たものだな」

その言葉に、アデスはハッとクルーゼを見た。

「・・・隊長、まさか・・・!」
「おそらく・・・な。いい加減、私は用済みらしい」

マスクの下の口元が、自嘲の笑みを刻む。
このデスラインがクルーゼ隊に任せられたのは、優秀とはいえ所詮MSパイロットでしかなかった彼が指揮官を務めているのを煙たがる議員が少なからずいるからだ。
勝てば勝ったでいい。だが、負ければ単に全てクルーゼのミスとして処理される。
その裏の意図を知っていながら、それでもクルーゼはこの命を受けていた。
しばしの沈黙が2人の間に落ちる。

「・・・勿論、勝てるものなら勝つ。少しでも勝機があるならば、それを逃す手はない。そのために、私はここにいる」

いつになく、強い意志の感じられる声音。
いつもならマスクに隠れて表に出ないはずの彼の感情に戸惑いながらも、アデスは頷いた。

「・・・だが、それがどんなに大変なことかも、私はわかっているつもりだ。・・・アデス、頼みがある」

飲みかけのコーヒーをデスクに置き、アデスをまっすぐに見据える。

「・・・戦局が危うくなったら、アデス、私を残して撤退しろ」
「な・・・!」
「私はお前達を道連れにするつもりはない。犠牲など、私だけで十分だ」

そう言うクルーゼの表情は坦々としている。
しかし、対するアデスは明らかに動揺していた。
膝の上の拳をぎゅっと握り締める。

「ですが、それでは貴方が・・・!」
「私はいいんだよ、アデス。どうせ上の目的は私の死、なのだから」

何でもないことのように、クルーゼは告げる。
けれどそれは、アデスにとってたまらなく苦しいものだった。
どうしてこの上官は、自分の死さえ何とも思わないのだろう。
彼の死を喜ぶ者がどんなにいようと、それ以上に彼の死を悼む者がいるというのに。
そして、アデスもまた、後者のほうであった。

「・・・いくら貴方の命令でも、それだけはきけません。最後まで、貴方と共に戦います。」
「・・・アデス」
「・・・クルーゼ隊は、貴方と共にあってしかるべきです。私も、貴方についていきます」

強い視線を向けてくるアデスに、クルーゼは小さくため息をついた。
ぎしっと椅子を鳴らして、天井を見上げる。

「・・・・・・なぜ、そこまで私に付き合う?」
「それは・・・・・・」

言いかけて、言葉に詰まる。
共に戦ってきたから、今更離れがたい?・・・そんなつまらない理由なんかじゃない。
そもそも、自分は彼―ラウ・ル・クルーゼのことをどう思っていたのか。
確かに考え方の違いから幾度となく苦虫を噛み潰してきたが、
その心の底で、アデスは彼を尊敬していた。
ずっと―彼、もしくは自分が死ぬまで―、共に戦っていたいと願うほどに。
好きとか、愛とかそんな問題ではないけれど、
自分はいつの間にか彼に惹かれていたのだ。
ふっと影が足元に落ち、アデスは顔を上げた。
そうと気付く前に、クルーゼの唇が降りて来る。<・・・・・・もう限界だ・・・書けねぇ・・・byれっちょ
アデスは驚きに目を見開いたが、そのままのしかかってくる体と絡められる指先に抵抗を抑え込まれていた。
ふっと離れたクルーゼの顔に焦点を合わせると、口元には軽い笑み。

「・・・後悔するぞ」

その言葉と共に、彼の手は自分の首筋へと伸びていく。
けれど、アデスは抗わなかった。

「・・・しません。決して・・・・・・」

多分、彼といられるのも、これが最後なのかもしれないから。
この年になって、体の関係に溺れるなど思いもしなかったけれど。
静かに与えられるクルーゼの愛撫に、アデスは目を閉じたのだった。











end.




Update:2002/11/24/SUN by BLUE

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