予感



 明らかに劣勢と考えられるその日の戦闘。
 しかしザフト軍の誰もが勝利を疑わなかった。
 絶望的といわれた数々の戦線をくぐり抜けて来た指揮官に絶対の信頼を寄せるがゆえに。
 冷徹とも言える判断力で先に起こることが見えているかのような的確な指示を下し、また重要な場面では自身もMSを操って危険な役割をやってのけるその姿に彼の隊の若い兵の間では一種の信仰ともいえるものが生じていた。常に仮面で素顔を隠しているという謎めいた部分が、却ってその信仰を高める。
 彼らは疑いもしない。その指揮官の絶対性を。
 その人――ラウ・ル・クルーゼの作戦説明に熱心に聞き入る者達の信奉のまなざしを、ヴェサリウスの艦長アデスは複雑な思いで見ていた。
 開戦から約一年。特別親しく付き合ってきたわけではなかったが、その間ずっと彼の隣で彼の戦いを見てきた。
 最初は若すぎる指揮官に懐疑心を抱き反発を覚えながら。そして、鮮やかに収められてゆく勝利に全面的に相手を認めて。今では確かに指揮官として前線に立つその人を信頼している。尊敬している。その片腕としてここまで戦ってきたことを誇りに思っている。
 彼を神の如く見上げる者の気持ちが分からないでもない。

 だが、違うのだ。
 戦局が追い詰められたとき彼は必ず自らが出て行く。絶望しかけていた兵士たちの眼前で冷静に判断を下しながら次々と地球軍のMAを破壊し、艦を撃ち落としていく。
 余裕ぶって当たり前のように行うその戦いは、実は死の淵に幾度となく己を追い詰めているもの。己の命を賭けたぎりぎりの戦闘だからこそ、これだけの成果が上がっているのだ。
『あっけないものだ』
 けれどそんな時ブリッジに戻ってから、最後の敵艦がジンに落とされる様を眺めながら彼は呆れたように呟くのだ。
 その姿はまるで。まるで―――
「アデス」
 自分の考えに沈んでしまっていた彼は、そのクルーゼの声にはっと我に返った。気がつけば、他の者の姿はそこにない。
「お前が上の空とは珍しいな。」
「はっ。申し訳ありません!」
 どこかからかうような口調に焦って答える。
「何を考えていた?」
「いえ――ただ」
 隊長のことを、とはまさか言えない。
「――――今回の戦いの厳しさを」
 それは嘘ではない。真剣な目でクルーゼを見た。
 ふわり、とやわらかに波打つ金の髪が揺れる。仮面に隠されて、相手の反応が読めないのはいつものことだった。
「そうだな。…だが」
 低い声の返事に体が震えた。
「いつものことだ」

 その姿はまるで死に場所を求めているようだと思ったのだ。





 予想より少々早く戦闘が開始された。
 懸念していた戦艦の姿はそこになく、MAのみの連合軍は奪ったガンダムを使うまでもなく次々にジンに撃墜されてゆく。こちらも被害は受けているがほとんど問題となるようなダメージではない。
 この分なら、予想よりもはるかに楽に片付きそうだ――そう考えたアデスは、隣のクルーゼを見て再び気を引き締めた。口元に笑みを浮かべてはいるが、その視線は前を見つめたまま動かない。
「――――アデス、アスラン達に待機命令を。それと私のシグーを用意」
「はっ」
 静かに告げられた言葉が意味していることは明白だった。これまで追い続けて未だ落とせていない地球連合軍強襲機動特装艦――アークエンジェルの到着。

 この人の勘は外れない。

 唐突にアデスの頭の中に半年以上前の映像が閃いた。
 MAとMSの戦闘でザフト軍は負けるはずがなかった。
 ところが、その日の戦闘では予想外にジンが次々と撃ち落されていったのだ。それもたった一機のMAに。
 通常のメビウスと違ってガンバレルを搭載した赤いMAは、それを自在に操り今まで数機がかりでも落とせなかったMSをあっさり撃墜してゆく。
 焦りと混乱が起こるブリッジに、クルーゼは自ら出撃した。
 しかし彼の操るシグーに対して、やや劣勢とはいえそのMAは互角の戦いを繰り広げたのだ。
 結局そのMAを落とすことは叶わなかったものの、彼がその相手をしたことで戦いとしては勝利をおさめることができた。
 その後ブリッジに戻ってきたクルーゼは、相変わらず笑みを浮かべていた。
 だが。
 アデスの背筋を冷たいものが走った。今まで冷え切っていた彼の余裕の奥――仮面に隠された何かが静かに高熱をもって燃えているように感じたのだ。
 彼はきっと見つけてしまった。求めていたものを。
 それ以後、そのMAパイロットはめきめきと功績を上げ名がザフト軍にまで届くようになった。ムウ・ラ・フラガ――その名をどこか愉しげに呟き、クルーゼは幾度も彼と交戦した。現実にムウ・ラ・フラガのMAに対抗できる者が限られていたため皆気付いていないが、クルーゼは積極的に彼との戦闘を望んでいた。アデスにはそう見えた。
 何か引き合うものがあるかのように。
 連合軍の秘密兵器であったガンダムをヘリオポリスから奪取する際にも、彼は護衛として来ており、それ以後も何度も交戦している。
 二人の間にある何か。それはアデスには分からない。分かるようなものではないのだろうと彼は自分を納得させていた。
 自分では届かない。
「――――――来た」
 誰に聞かせるでもない小さな呟きがアデスの耳に届いた。静かに抑えた声はけれど愉しげな色が隠しきれていない。何かと訊ねるまでもない。その人は動いた。ふわりと軽く席から離れ、アデスの近くへやって来る。
「アデス、艦の指揮は任せる」
「敵艦捕捉!」
 その言葉に同時に管制の声が重なる。
「頼んだぞ」
「はっ」
 一言残して、クルーゼは振り返らずブリッジを出て行った。
 彼と戦うために。
 代わって指示を出しながら、アデスは何となく引っ掛かりを覚えた。如何に連合軍の艦が、残されたガンダムの性能が優れていようと、こちらには四機のガンダムがある。こちらの有利は揺らぐはずがない。クルーゼがフラガとの戦闘を望んでいようとこれまで彼がこんな局面で出て行ったことはない。
 彼のことだから何か考えがあるのだ、とアデスには信じ込むことができなかった。
 今日は何かがおかしい。何かが狂っている。
 そう、例えば昔のことばかり振り返ってしまう自分も。
 じっと凝視すれば見えそうな一つの結論からアデスは必死で目を逸らした。こんな些細な戦局でそんなはずはない。
 そんなはずは。



 これで最期だなどと。




 ストライクガンダムが飛び込んできてイージスと戦闘を開始する。他の三機のガンダムが、鮮やかにMAを破壊してゆく。
 少し遅れて赤いMAが戦闘に参加してきた。そこにシグーが向かう。
 まるで他が目に入らないように、当たり前にMAとシグーは交戦を始めた。
 誰も邪魔できない。二人きりの空間。
『いつものことだ』
 何故アデスがその言葉に震えを感じたのか。いつもなら、笑い返すぐらいの余裕があるのに。
 簡単なことだ。
 普段通りの筈の彼の言葉が普段通りでなかったから。



 彼の勘は外れない。



 シグーのサーベルがMA本体に迫る。同時にMAから銃弾が発射された。
 連合軍もザフト軍も皆が息を飲んだ。
 時が固まったような一瞬。
 アデスは静かにその瞬間を目に焼き付けた。
 あっけなく2機が共に爆発する。
『頼んだぞ』
 出て行く間際、彼はアデスにそう言った。
 自惚れていいのだろうか。その程度には彼に信頼されていると。



 彼の最期はあのMA乗りと共にあるのだとしても。





了 











Update:2002/12/13/FRI by Ms.Souno Kuryou






* * *



久陵想乃さまより、10000HIT記念ということで頂いてしまいました(滝汗)

いやー・・・クルフラ+アデスの片思いだわ〜。
なんか、この2人のやりとりって本当に『何か』を感じてしまいますよ。。。
クルーゼ×フラガとは別の意味でですけど・・・尊敬とも愛とも違うし敬愛・・・うーむ。
でも、そういう悩ませてくれるところが隊長とアデス艦長の関係かなぁとか(笑)
ほんと、味がありますね。
しかも、隊長!こんな戦局で死にに行くのですかーっ!!(泣)
でも、ほんと、死ぬならフラガと一緒がいいなぁ(オイ)
殺し合いは彼らにとって睦言の一つでしかないのかもな。。。素敵です〜。


久陵想乃さま!!
こんな素敵アデス+クルフラ、ありがとうございました〜〜〜!!




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