もがれた翼
初めて出会ったのはいつだったろう。
どんな時でも輝きを失わない強い青の瞳に、激しく惹かれた。
昔、彼の操るメビウスゼロと一騎討ちになった時、
どう見ても劣勢といえる状態だというのに、それでもモニター越しの彼の目の輝きは衰えず。
その色にフッと笑って、クルーゼはとどめを刺さずに帰投してきていた。
それからというもの、
自分の往く先にはいつも彼が立ちはだかり、邪魔だと思いつつもその度に交戦し、その青の色を楽しんでいる。
けれど、その彼が今目の前にいることに、クルーゼは少なからず驚いていた。
今回の戦いの目的は、中立といいながら裏で暗躍しているらしいオーブと地球軍との関係を暴くことにあった。
息のある者は全て捕らえよ、という上からの命のまま捕らえられたパイロット達。
その中に見覚えのある顔を見つけ、クルーゼは彼の捕われている狭い個室に足を踏み入れていた。
壁にもたれて気を失う男は、忘れもしないあのMAのパイロット。
「・・・殺したのか?」
「いえいえ、気絶してるだけですぜ。にしても、ナチュラルってのはこうも弱いものなんですかね」
彼の拷問係だった男の言葉に目を細める。
確かに大尉クラスの彼を拷問にかければ、有力な情報を得られるに違いない。
だが、クルーゼはそんな手を卑怯だと思っていた。苦痛を与え、無理に嘘か本当かもわからない供述をさせるなど、バカげている。
「で・・・、この男は何か吐いたのか?」
「あ・・・いや・・・まだ何も・・・」
次第に弱くなる語尾に、そんなことだろうとマスクの奥であざ笑う。
この男が、あれほど強い瞳の輝きを持つ男が、責め苦などに屈するわけがない。
鞭でつけられたような傷、顔や剥きだしの胸にべったりと貼りつき固まった血糊、そしてよほどきつく縛られていたのだろう真っ赤な両手首を、クルーゼは静かに見下ろした。
「もういい。ご苦労だったな。あとは私がやる」
幾分不満そうな拷問係を押しやり、部屋の鍵を締める。
2人きりの空間を作ったクルーゼは、着ていた上着を脱ぐと、改めて気を失い眠り続けている男を見やった。
「お前が、たかがジンごときにやられるとはな・・・ムウ・ラ・フラガ」
彼の名を呼び、眠る彼の頭を撫でてやる。
疲弊し、憔悴し切った顔や、綺麗なはずの金髪が血と汗に汚れているのを見ながら、クルーゼは彼を起こさないよう慎重に備えつけのシャワールームへと運んだ。
そもそもここは戦艦の中であるから、監禁すると言ってもこういう個室しかない。
けれど、今はそれが都合良かった。
重力装置のついている部屋の壁は厚く、音が漏れることもない。
髪や全身についた汚れを洗い流してやろうと、クルーゼは自分の軍服が濡れるのも気にせずぬるめの湯を彼の頭から流した。
片腕で彼の体を支えてやりながら、傷に刺激を与えないよう弱めの水流で血を洗ってやる。
出血の割に、縫わなければならないほどのひどい傷はない。
殴られたような打撲のあざが白い肌にところどころついていたが、それも裂傷も、きれいに洗って薬でも塗っておけば、軍人なのだしきっとすぐ回復するだろう。
露わになった全身に浮き出た傷をゆっくりと指先でなぞれば、フラガの体がぴくりと動いた。
伏せられていたまぶたが開かれ、現れたのは濁ったような青の瞳。
覗き込むと、彼もまた自分を支える男に気付いたのか目を見開いた。
けれど、弱まった彼の体力では、クルーゼの腕の中から逃げだすことも出来ない。
「・・・あ・・・・・・っっ!」
湯がしみたのか、苦痛に歪む顔。
「じっとしていろ。傷に響く」
いたわりの声をかけ、クルーゼは抱く手を変えてまた彼の体を湯で洗い流していく。
彼の腕の温かさと、先ほどまでの責め苦とのギャップに、フラガは唇を噛んだ。
どちらにしろ、敵方に捕われているのは変わらないのだ。
それなのに、ただ優しく扱ってくれているからといって気を許すことは、彼自身のプライドにかけてもあるまじきことだった。
「・・・恩を売られても・・・こっちの情報は売らねぇぜ」
すっかり調子の戻っている彼に内心ホッとしながら、クルーゼは喉の奥で笑った。
「無論だ。恩を売る気などない。どうせお前はここで捕らわれの身だしな」
そして、どんな手を使ってでも口を割らせるのだろう。
最近の自白剤は強力だ。使った者の人格を崩壊させるまで、自白を強要させる。
拷問だけで口を割る者も少なくはなかったが、クルーゼはその影響で廃人と化した者を何人か見てきていた。
けれど、彼のそんな姿を見たくないという思いが心のどこかにあった。
だからこそ、自分はここに来たのだ。
クルーゼは片方の手で持っていたシャワーヘッドを壁にかけると、フラガの肩を掴みシャワー室の壁に押し付けた。
口元から苦痛の色が漏れる。
「・・・っ!・・・」
肌を流れ落ちていく雫に紛れて、クルーゼの唇が胸元へと下りる。
傷口を舌で舐め上げ、身を竦ませるフラガに笑みを浮かべた。
「テメェ・・・なにがしたいんだ・・・っ!」
拒絶の言葉も気にせず、胸への愛撫を続ける。
投げ出された指を絡め取り、胸の飾りを口に含んでやれば、フラガが息を詰めた。
「・・・お前は苦痛でも恩でも口を割らないようだな。だが・・・・・・これはどうだ?」
途端、握り込まれる彼の雄。
突然の下肢の痛みに、フラガは声にならない声を上げた。
けれど、それは次第に緩まり、暖かい手の優しさだけが残る。
訪れる快楽の波が、彼の体を襲った。
「ああっ・・・・・・やぁ・・・っ!」
喘ぐフラガの唇をクルーゼが塞ぐ。
歯列は割られていたから、熱い舌は易々とフラガの口内へと侵入した。
逃げようとする舌を追い詰め、それを捉える。
その間も下肢への愛撫は続けられ、フラガの意思に反して体は反応を示していた。
勃ち上がるそれは、あんなに傷つけられ体力をそがれたというのに存在を主張している。
先端から溢れる蜜を指先に絡め取り、クルーゼは笑った。
唇はまだ塞がれたままだ。
「ん・・・ふっ・・・あ・・・っ!」
角度を変える度に小さく開く隙間から、フラガは必死に薄い空気を吸い込もうとする。
そうしなくては窒息死してしまいそうなほど、長い長い口付けだった。
「苦しいか?フラガ・・・」
「・・・っ・・・!」
一見優しそうで、それでいてひどく残酷な言葉。
もう完全に張り詰め、あとは解放を待つだけのそれを手放すと、クルーゼはフラガの体を反転させ、壁に彼の胸を押し付けた。
シャワーの湯に流されてわからないが、無理な体勢を強要させられ傷口からは血が滲み出ている。
背後から抱き締められ、首の背骨の上からキスを受けさせられた。
「っ・・・」
それに合わせて、彼の指先が肩から首筋を下り、肩甲骨の内側を憮でていく。
「・・・んはっ・・・・・・!」
ひときわ大きな声を上げたフラガは、背筋を走るぞくりとした感覚に体をのけぞらせた。
クルーゼに体を預ければ、伸びてくるのは彼の右手。
再度勃ち上がったそれを扱かれ、フラガはきゅっと瞳を閉じた。
その様子が、クルーゼの嗜虐心を誘う。
浅く息を吐くフラガの耳朶を甘噛みしながら、クルーゼは彼のそれを激しくも優しく愛憮していた。
「・・・っクルーゼ・・・やめろ・・・!」
限界を感じて、フラガが身を震わせる。
何度も快楽の波が来て、今にも押し流されていきそうだ。
それにも耐え切れず、目の前がスパークした瞬間―。
「・・・っな・・っ!!」
砲身の根元をきつく締め上げられ、イくにイけないままフラガは苦しげな声を上げた。
内部に溜まった熱が吐き出し口を失いフラガの体中を駆け巡る。
達することの出来ないもどかしさに喘ぐ彼は、震える手でクルーゼにしがみついた。
「くっ・・・やぁ・・・っ!クルーゼ・・・!!」
しかし、イかせてくれ、と必死に訴える体も全てを無視して、クルーゼはフラガの耳元で囁く。
一層キツくなる指の戒めに、フラガは眉をしかめた。
「言え、フラガ。お前達地球軍とオーブは・・・何を考えている?!」
クルーゼに聞かれ、フラガはうっすらと目を開けた。
今までどんなに苦痛を与えられても言う気はなかった答えが、今は目の前にチラついている。
熱くして仕方のない熱に翻弄されながら、フラガは確かに心の声を聞いた。
言えば、ラクになれるのだ、と。
わかっていたが、彼は頑なに首を振った。
例え今熱に呑み込まれおかしくなってしまっても、それでもフラガは答えなかった。答えられなかった。
体を縮めて壁にしがみつき、熱の弄流に耐える姿は、痛々しさを通り越して、悲惨ささえかもし出していた。
「フラガ・・・・・・」
さすがのクルーゼも、唇を噛み締める。
元々苦しめに来たわけではなかっただけに、悔しさが込み上げてきた。
自分は彼を説得する術を持ち得ない。
そして、これから彼を見舞う運命から彼を守る術も、また。
せめて今少しでも吐いてくれたなら、逃れさせてやることもできたのに。
「っはっ・・・っく・・・ん・・・!」
「そうか・・・・・・残念だ」
クルーゼはつぶやくと、片手で彼の秘孔を探り当て、そこを自身で貫いた。
「・・・っああああ!」
慣らしてもいないそこが悲鳴を上げる。
けれど、クルーゼは構わずシャワーの湯の滑りだけを借り、彼の奥を犯していった。
あまりの痛みに萎えかけるそれを、今度は緩やかに擦り上げてやる。
苦しげな声が甘さを含んできたのを感じると、フラガの腰を掴み、最奥を求めて幾度も突き上げた。
「クルー、ゼ・・・」
うわの空で自分の名を呟く彼が哀しくて、唇を噛む。
壁に額を付け喘ぐ彼の金の髪を引くと、クルーゼは唇を重ねた。
名残を惜しむように重ねられた深いくちづけは終わることを知らず。
クルーゼもまた自身の限界を感じ、熱いフラガの中に自分の劣情を解き放ったのだった。
弛緩した体が、ずるずると床に落ちてゆく。
意識を飛ばすかのような快楽の訪れに、フラガはもう抗う気力はなかった。
座り込んだ彼を抱き、クルーゼは首筋に痕をつけた。
一生消えないようにと願いを込めて。
「さよなら、フラガ」
今度会うとしたら、それはお前がお前でない時だ。
あの自分が惹かれた青の輝きが、永遠に失われる時。
クルーゼは唇を噛むと、上着を羽織い、一度も振り返ることなくその場を立ち去ったのだった。