狂気の狭間 後



「・・・っあ・・・!」

熱く張り詰めた中心に手を添えられ、フラガは思わず声を洩らした。
ただ触れられただけだというのに、波紋のような快感が全身に広がる。
薬のせいで極限まで追い詰められた体は、男の手で解放されることをひたすらに望んでいた。
ゆっくりと重ね合わされる肌が、熱く・・・、狂おしい。

「・・・っや・・・早く・・・!」
「そう急かすな・・・。私が楽しめないだろう」

首筋を這う濡れた瞳。それが時折白い肌をきつく吸い、赤紫色の痕を刻む。
そのたびに驚くほどの電流が全身を貫き、フラガはびくりと体を震わせた。

「っ・・・だ、だれも楽しませてるつもりなんか・・・っ!」

ないのだ。
それ以前に、目の前の男を感じようとか、欲しいとか意識する前に体が欲に濡れる。
自分自身好きでこんな状態になっているわけではないだけに、フラガにしてみれば楽しんで貰われても困るわけだった。
しかし、そんなフラガに、クルーゼはにやりと笑う。

「・・・お前から誘ったんだろう?『抱いてくれ』とな」

事実を突きつけられ、フラガが眉を寄せる。
情欲が全身を蝕んでいく自分を預けられるのは、悔しいがこの男だけ。
今となっては幼い時からの自分を知る唯一の存在。
拠り所さえ持てないまま、それでも地球軍のエースパイロットとして必死に生きてきた彼が、
本当の自分を曝け出せるのはこの男しかいなかった。
それは、対立し、敵対する立場となった今でも何一つ変わりがなくて。
まさに奇跡と言える偶然の再会は、そんな彼の心をしっかりと捉えていた。
愛撫の手を止められ、フラガは苦しげに顔を顰める。

「・・・っ・・・や、める・・・なっ・・・て!」

早くイキたい、イカせて欲しいと全身で訴えてくる男に目を細めて、傍らに手を伸ばす。
腰にクッションを置かれ、蜜を零す彼自身も双丘の奥で息づく蕾も全てクルーゼの眼前に晒され。
フラガは羞恥に拳をきつく握り締めた。

「・・・っなに・・・やってンだよっ・・・」
「背中・・・痛いだろう?そのままじゃ」

一見優しい言葉に眉を寄せる。確かに、拘束具が背や手首に食い込んで痛いのだが、
本当にそれを心配しているならば、こんなことをする前に解錠くらいしてくれたっていいはずだ。
クルーゼの手によって全てを暴かれたフラガは、それに抗うようにきつい目を向けた。

「・・・っじゃあさっさと外せよっ・・・!」
「暗号もわからないで、今時の手錠がそう簡単に外せるわけもあるまい。それに・・・」

指先で先端に触れる。ひくひくと開閉する割れ目からはひっきりなしに透明な液体が溢れ、クルーゼはそれをなぞってやった。

「私が解くまで・・・お前の『ココ』が待っていられるのか?」
「・・・っ!!」

勝ち誇ったような顔を浮かべるクルーゼの前で、フラガが頬を真っ赤に染める。
今にもイキそうでたまらなかっただけに、フラガは何も言い返せなかった。
砲身の筋目の沿って触れるだけの愛撫に焦らされて、もの欲しそうに腰が揺れてしまう。
そんな姿を全部見られていることが、たまらなく恥ずかしくて、それが一層フラガの熱を高めていた。

「ぁ・・・っクルーゼ・・・!」

懇願するような眼差し。濃いまつげの奥で、青の瞳が揺れている。
それにしばし見とれながら、クルーゼはゆっくりと口内に彼自身を導いた。
生暖かい感触に全身を戦慄かせ、それでもフラガは抵抗せずに大人しくさせるがままになっている。
ぴちゃぴちゃと卑猥な音が次々と下肢から聞こえてきて、彼は必死に目と閉じて考えまいと首を振った。

「・・・っあ・・・!くっ・・・や・・・めっ!」

やめて欲しくないというのに、無意識に洩れてしまう拒絶の声。
けれどそれが、薬によって高められ続ける内部の情欲と、他人の手で上り詰めさせられることへの恐怖心から出ているのだとクルーゼにはわかっていた。
体は反応していても、心がそれについて行かないのだ。
そんな初心なフラガの態度に笑うクルーゼは、彼の下肢から身を起こすと、苦しげに喘ぐ彼を覗き込んだ。

「・・・フラガ」

一瞬だけ視線を合わせて、ハッと目を見開く彼のそれに唇を重ね合わせる。
逃れようと首を振るフラガを執拗に追い掛け、クルーゼは深く舌を絡めた。

「・・・ふ・・・んっ・・・」

そのまま、空いた手はフラガの下肢へと絡みつく。イく寸前だったそれを、クルーゼは根元から先端までを激しく擦り上げた。
気も遠くなるほどの口づけに酔わされたフラガに、もはや反抗する余地はない。
次々と訪れる快楽の波に呑まれ、フラガは体内で燻る欲を解き放った。

「・・・・・・っあああぁ!」

塞がれていた唇から、高い嬌声が上がる。
絶頂を迎えたフラガの体は、今は脱力し、乱れたシーツの上で全裸を晒していた。
けれど、荒い息をつく彼の下肢では、まだ足りない、とすぐに頭をもたげてくる。
それを見て、クルーゼはやれやれと肩を竦めた。

「・・・なんとも世話の焼ける奴だな、お前は」
「お、俺のせいじゃねー!!」

今だ文句を言う気力が残っていたのか、羞恥に頬を染めたフラガがクルーゼに突っかかってくる。
それを軽く受け流して、クルーゼはもう一度フラガの放った精に濡れたままの手を彼自身に這わせた。
唇を噛んで耐えようとするが、今のフラガには何の意味も為さず。
一度上り詰めた体は、またその時の、目も眩むような快感を思い出してすぐに昂っていた。

「・・・っああ・・・!!」

今度は軽く達してしまい、放心したような表情が天井を見上げる。
達した後の絶頂感に身を浸しながら、それでも。
・・・まだ、足りなかった。
体の奥から湧き上がる熱は、今だ冷めそうにない。
全身が、まだ足りないと訴えてくる。
幾度上り詰めても埋まらない空虚感が自分の中に存在していることを、彼は自覚していた。
けれど、だからといってどうすればよいのか。
こんな感覚など味わったこともなかったフラガには、何もわからなかった。
すがるようにクルーゼを見上げれば、意地の悪そうな笑みを浮かべたまま自分を見下ろしていて。

「・・・足りないのか?」
「っ・・・!」

心を見透かされたような台詞。
クルーゼには、自分の中で暴れる欲も熱もすっかり見抜かれてしまっていること。
フラガにとってそれはたまらなく嫌で―・・・・、たまらなく、救いだった。
けれど、そう自覚していても、なかなか素直になれないまま。

「わかってンなら・・・早くどうにかしろ・・・っ!」

搾り出すように、懇願の言葉を紡ぐ。
命令口調のそれが、ふとクルーゼのカンに触った。
ただでさえ、薬に、しかも他人に飲まされた薬に高められる体を抱くなど、興ざめなのだ。
切れ長の目が細められ、ナイフのような視線がフラガに向けられる。
フラガは息を呑んだ。

「・・・それが人に物を頼む態度か?」

冷たい声音。わけのわからぬまま、怒らせてしまった、と頭が理解する。
乱暴に体をひっくり返され、今だ昂る自身をきつく戒められたフラガは、苦痛に顔を歪ませた。
仰け反った耳元に、クルーゼは囁いてくる。

「っ・・・」
「・・・このまま、貴様を置いて去ってもいいんだぞ?」

低い声音。フラガの体が恐怖に震えた。
こんな中途半端で置いていかれるなど、耐えられない。耐えられるはずがない。
痛みに朦朧としたまま、フラガは必死に言葉を紡いだ。

「っ・・・お、ねがい・・・だよ・・・」
「何がオネガイなんだ?言ってみろ」
「・・・っ・・・」

わかっているくせに、わざわざ自分に言わせようとするクルーゼの意地の悪さに、フラガは唇を噛み締める。
できることなら、言いたくなかった。自分から、弱さを曝け出すマネなんかしたくなくて、それでも―。
体は容赦なく彼を追い詰め、フラガはあまりの羞恥に涙を零していた。

「・・・た、すけて・・・っ・・・くれっ!!クルーゼ・・・っ!」

言い終わる前に、秘孔に指が差し入れられていた。
異物感にも似た感覚に、フラガは仰け反る。
だが、それ以上の強い刺激が、次の瞬間彼を襲いかかった。

「っあ・・・!」

クルーゼの長い指。それが、体の奥のとある1点に当たり、フラガは声を上げた。
先ほどまでの直接的で鋭い快感とは違う、深くて重い刺激。
これこそが、自分の中で足りないと叫んでいたものなのかもしれないと思うと、フラガの中の何かが弾けていた。
その感覚を、飢えたように体が欲している。

「ああ・・・っクルーゼ・・・欲しっ・・・!」

伸ばせない手がもどかしい。大きく仰け反らせた背の上で、縛られたままの手がガチャガチャと音を鳴らしていた。
クルーゼは無言で自身を彼のそこに宛がう。
指よりはるかに重量感のあるそれを感じただけで、フラガの体が戦慄いた。
腰に手を添えられ、次の瞬間襲うのは重い衝撃。

「・・・っあああ・・・!」

痛みも忘れ、ただ内部の擦れる熱い感触だけがフラガの全感覚を支配する。
指先まで染み渡る快感に、フラガは陶酔したように甘い声を上げ続けた。
足りないものが満たされる充足感。自分一人では決して到達できない甘美な地獄―。

「クルーゼ・・・・・・」

熱に浮かされたように、自分を抱いてくれる者の名を呼ぶ。
つらい体勢のままそれでも首を曲げると、クルーゼの唇が降って来た。
お互いを確かめるように絡められた舌は、ひどく甘くて。
クルーゼの体温を肌で感じたまま、フラガは真っ白な世界へと意識を委ねたのだった。










あれ、俺・・・・・・。


目が覚めた時、フラガは自分の手が自由になっているのに気付いた。
うつぶせた自分の傍らには、白い敵軍の軍服を纏った男。まだいてくれたことに、フラガは少し安堵していた。
体に残る熱は、先ほどまでの行為の甘い余韻だけ。

「・・・ごめん・・・・・・」
「何がだ?」

なにを謝っているのか、自分でもわからなかった。
それでも、クルーゼには謝らなければいけない気がした。
敵でありながら、結局自分を守ってくれる彼。それが彼にとってどんなに負担か、わからないはずないのに。
それでも、また自分は彼を求めてしまうのだろうか。

「謝るくらいなら、もう少し身の回りに気をつけろ。お前はいつになっても守られていたい存在なのか?」

違う。何かを―誰かを守りたくて、戦いの道に入ったのだから。
フラガは笑った。自嘲と、喜びと、悲しみに満ちた笑いだった。

「俺は、お前を運命から・・・守りたかった」
「だったら・・・強くなれ。もっと、だ」

1つ頷く。クルーゼが小さく笑った気がした。

「そうだな。今度私がお前を抱きに来る時まで、せめて自分くらいは守れるようになっておけ」
「なっ・・・!」

途端、羞恥に頬が染まる。
元はといえば、輪姦されそうになっていた自分を助けてくれたのが始まりだったのだ。
けれど、そもそも彼はなんのためにここに来ていたのだろう?
それを問いただすと、クルーゼは肩を竦めて笑った。
愛しくてたまらない、そんな笑みだった。









「別にいいだろう。とりあえず、お前を抱く為・・・ではなかったがな」












Update:2003/04/06/SUN by BLUE

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