Pain



目の前で泣き崩れる少女にかけてやれる言葉などなくて。
胸に湧いたやるせなさのままに、フラガはシュミレータの壁に拳を打ちつけた。
自分の力の足りなさ故に、2人の少年を危機に陥れた。
それが悔しくてたまらなくて。
どうして守ってやれないんだ、俺は。
幼い少年達が死んでゆくのを、みすみす放っていられるわけが・・・なかった。



探しに行こうとしたらラミアスに諭され。
理性ではわかっていたが、それでも割り切れない感情を持て余して、フラガは自室へと引き上げた。
けれど、こんな気持ちのまま、休息など取れるはずもない。
自分の情けなさに、フラガはもう一度壁を殴りつけた。

(くそっ・・・・・・)

自分の無力さに、怒りさえ込み上げる。
何も出来ない、結局仲間のためには何も出来なかったという自責の念が、今のフラガを支配していた。
誰にも見せられない自分の中の弱さがあふれ出すのを、もはや彼には止められない。
自室の中で、フラガは声を押し殺しながら泣いていた。
瞳から涙が溢れてこないのは、
人の命を奪い、奪われていくのが普通であるこの戦争でいちいち泣いていられない、とかいう言い訳めいた理由ではない。
ただ、枯れていたから。

(・・・っ・・・!)

収まらない感情。殴りつけた拳の痛みが取れないまま、フラガはもう一度その手を振り上げる。
そんなことしか出来ない程、彼の心は悲鳴を上げていた。

(俺は・・・どうしてこんなに弱いんだ・・・・・・誰一人、守ってやれないなんて・・・・・・)

湧き上がるのはただ自分をののしる言葉だけ。
そんなフラガを、いつしか眺める影があった。

「フン・・・くだらんな」

唐突な声に、勢いのまま振り上げたフラガの手が不意に止まった。
何の動揺もない落ち着いた声音が、妙に憎らしい。 本当に久しぶりに会えたというのに、それを素直に喜べる心の余裕が、今のフラガにはなかった。

「・・・・・・全て知ってるんなら、放っておいてくれ」
「ああ。今のお前に、何を言っても聞かんだろうしな」

さらりとフラガの言葉の矛先をかわして、クルーゼはソファにゆったりと座り込む。
何食わぬ顔でモニタを付け、オーブのニュースの受信などしている彼に、部屋の主は殺意さえ覚えた。
つかつかと歩み寄り胸倉を掴めば、薄笑いを浮かべる男の顔。

「何しに来やがった」
「お前に会いに、さ」
「ふざけるな!」

よりきつく首元を締め上げるフラガの手に、クルーゼはやれやれと肩を竦める。
何の造作もなくその手首を捻り上げると、多少の恐怖に彩られて引きつった顔が自分を見つめた。
その瞳は狂気めいた痛みが映るばかりで。クルーゼはあきれたようにフラガを見下ろした。

「・・・・・・全く、あきれるよ。お前のバカさ加減にはな」
「何?!」

睨みつけるフラガの視線を、クルーゼは仮面で跳ね返す。

「バカか、そうでなければただの自惚れ屋だよ、お前は」

クルーゼの冷たい言葉が、剥き出しのままの心に突き刺さる。
氷のようなそれは、心の傷を更に抉っていた。
フラガの手が、無意識に胸を押さえる。
床に膝をついて苦しむ彼に、クルーゼはため息をついた。

「・・・フラガ。ここは戦場だ」
「んなことわかってるよ!!だからこそ・・・っ・・・」

自分の無力さを、痛いほど感じてしまうのだ。
敵を倒せたって、仲間は守れない。そんなこと、間違っている―。
自責の念に駆られるフラガに、しかしクルーゼは冷めた目で彼を見つめていた。
軍人として、殺し、殺されていくことなど当然わかっているはずの彼。それでもまだ割り切れないでいるのは、
優しさか、それとも弱さ故か。

「・・・どちらにせよ、不愉快だな」

クルーゼは足元でうずくまる彼の喉を片手で掴んだ。

「・・・っ・・・クルー・・・ゼ・・・?」

ほんの少し力を込めれば気道は塞がれてしまうだろう。そのくらいの微妙な力で、クルーゼはフラガを引き上げた。
体勢のつらさに、フラガは眉根を寄せる。
そんな彼を、クルーゼは面白そうに眺めていた。

「・・・っ・・・」
「・・・不思議なものだ。昔はそんな優しさもお前の魅力の一つだったが・・・・・・」

力を込める。圧迫された喉が苦しくて、フラガは辛そうに表情を歪めた。
それでも、クルーゼにとっては何の意も介さない。

「・・・その甘さがやがてお前の命取りになると思うと、やるせないな」

軽く腕を振り払う動作。
それだけで、フラガは壁に背を叩きつけられた。
今は地球の重力に従っているから、痛みが直に伝わってくる。
切れた口の端は、血の味がしていた。
不意に影が落ちたのに驚いて顔を上げれば、悲哀に満ちたようなクルーゼの表情。

「ク、ルーゼ・・・?」
「・・・その前に、私が殺して行こうか」

唇をなぞる指先。クルーゼの声と行為に、フラガの中で期待感が鎌首をもたげる。
けれど、今のフラガにはそんな反応など許せるものではなかった。
クルーゼの考え方が、どうしても自分には受け入れられないものだった。
だから、別れたというのに。
それでも身体は反応してしまう。求めてしまう、この男を。
嫌だ、とフラガはぎゅっと目をつぶった。
枯れ切っていたはずの涙が、一筋彼の頬を汚していく。
クルーゼは身体を屈めると、頬で光るそれを指先で掬ってやった。

「・・・本当に、バカな奴だ・・・・・・」

幾分柔らかなクルーゼの声が、耳元で聞こえてくる。
そう思った瞬間、暖かく湿った感触が唇に触れてきて、フラガは思わずクルーゼの服を握り締めた。
今は、何かに縋りたくて。
この男が自分を受け入れてくれるはずがないことはわかっていたのに、それでもフラガはクルーゼの胸に縋っていた。
自然と溢れ出す涙は、もはや止められない。
関を切ったように、フラガは嗚咽を上げていた。

「・・・っ・・・なん、で・・・お前は、平気なんだよっ・・・!」

すぐ近くにある胸板を叩きながら、フラガは泣いた。
自分の無力さと、やりきれなさと。
自分と同じ立場であっても、涙はおろか表情すら崩さないであろう男に対する悔しさと。
せめて自分もこの男のようになれたら、ここまで苦しまなくてもよかったはずなのに。
クルーゼに対して嫉妬めいた感情さえ湧き上がってきて、フラガは唇を噛んだ。
自分は嫌いだったはずだ。
部下を駒のように扱える、この男の非情さが。
だが、実際にこうなってみれば、簡単に切り捨てられるほうがよかった、と思ってしまう。
どうして、どうしてお前はそんな非情になれるんだ。
そんなフラガの心を察したのか。
クルーゼは口の端だけで笑みを浮かべた。しかし、その表情はひどくはかない。

「・・・唯一守りたいと思えるものがない今のお前に、私の心はわからんさ」

聞こえるか聞こえないかの声音で、クルーゼは低く呟いた。
そう、私は―・・・・・・。


「・・・・・・ムウ」

反応がないことを承知で、クルーゼはフラガの名を呼んだ。
甘いことを言うつもりはない。慰めてやる気もなかった。
けれど、ただ、一つだけ。

「・・・ムウ。・・・人は、いざという時にはたった一人しか守れないものだ。こんな時代では特に、な」

淡々と紡がれるクルーゼの言葉。
彼の胸に顔をうずめながら、フラガはその声を聞いていた。

「無論、そのたった一人さえ守りきれずに死んでいく者もいる。仕方ないことだ。人間は全て強いわけではない」

クルーゼの声音はいつもとどこかが違う。フラガは不思議そうに眉を寄せた。
それが腕に抱いた自分のせいだと、彼にはわからない。

「とはいえ、全てが弱いわけでもない。
 力を持つ者は、それ故に弱い他人をも守ろうとしてしまう。お前もそうだ、ムウ。
 だがな、どんなに強い人間であろうと、人は決して1人しか守れない。手に余るものは何も持てやしないんだ。
 ・・・だから、その1人を自分にするか、それとも他の誰かにするか・・・選ぶのはお前だ。わかるな?」

穏やかな声音が、残酷な言葉を紡ぐ。
フラガは唇を噛み締めた。
クルー全員を死なせたくない、守りたい、という想いを否定され、また胸が痛む。
けれど、本当の危機に陥った時、自分の大切な者たち全てを守る術など自分にないことは、フラガ自身わかっていた。
それでも、皆を守りたいと思ってしまうのは、クルーゼの言う自分の甘さ故なのだろうか。
フラガはいつしか自嘲の笑みを浮かべていた。

「だから、ムウ。他には何も考えるな。
 持てもしないものを持ったつもりになって、零れて嘆くほど愚かしいことはないぞ。
 お前は確かに強い。だが、それに溺れないことだ」
「・・・・・・相変わらず手厳しいな、クルーゼ隊長殿は」
「お前のためだ」
「ちっ。わざわざ敵軍に乗り込んで来て説教垂れてる奴なんざ初めて見たぜ」

軽く舌打ちして、濡れた目を袖口でこする。泣いたせいで腫れた目が戻るまでには、結構かかるかもしれない。
何せ、久しく泣いたことなどなかったから。
泣いたせいで滑らかさはなかったが、それでも先ほどよりはしっかりと彼らしい声を出すフラガに、クルーゼは軽く笑った。

「・・・さて。暇はあるのか?フラガ」
「お前らさえ来なけりゃいつだって暇だぜ」
「フン。それもそうだな」

壁にもたれるフラガを抱えて、クルーゼは立ち上がる。
いきなり身体を抱え上げられ、フラガは慌てたように暴れ始めた。

「な、にしてンだよっ!」
「お前の暇に付き合ってやる」
「はぁ?!バカ言ってんじゃねーよ!こんな非常事態に・・・っ」

有無を言わさずベッドに寝かされ、フラガの顔が羞恥に染まる。
すぐさま乗り上げてくる男に、シングルの簡易ベッドがぎしぎしと悲鳴を上げた。
けれど、そんなのお構いなしに、クルーゼはフラガを組み敷く。

「どうせ一人で暇持て余していれば、お前はふりだしに戻るだろうしな。とりあえず、今は全部忘れさせてやる」
「なっ・・・」

文句を言おうとした口を塞がれ、フラガは眉根を寄せる。
歯列を割って激しく口内を蹂躙していく舌の動きに翻弄されて、フラガは身体をびくつかせた。

「オーブに救助を頼んだのだろう?今更お前が気を揉んでも仕方ない。心配するだけ無駄だ」

乱暴に唇を貪るクルーゼの与える感覚が、フラガの思考を麻痺させていく。
下肢に手を這わせれば、もう既に立ち上がりかけている自身があった。

「っ・・・ダメだって・・・何かあったら・・・」
「今度は戦闘の心配か?いちいち五月蝿いヤツだな」

煩そうに髪を掻きあげて仮面を外す。それから先手必勝、とばかりにシャツに手を入れ、上半身では一番感じるソコを指先で嬲ってやった。
フラガは湧き上がる快感に耐えるように眉を顰める。そんな顔が非常にそそった。
どうせ時間は限られているのだ。折角の2人の時間、愉しんだっていいんじゃないか?

「こンの・・・変態ホモ野郎!」
「勝手に言ってろ。ま、そっくりそのままお前に返してやるがな」
「っ!」

性感帯をなぞるだけで、ひくりと震えるその身体。
クルーゼに抱かれて、感じる自分など認めたくなかったけれど。
彼がいることで、本当の自分らしさが取り戻せる気がした。

(結局、)

自分はAAを守りたくて戦うだろう。
クルーゼの言う『たった一人』などいないから。
守りたかった存在が、お前に守られるようなら自分も終わりだ、などと言わんばかりに好き勝手やっているから。
いや、違う。彼を守るには、自分には荷が重過ぎるのだ。
だからせめて・・・と思う自分を、クルーゼはわかっているのだろうか?

「・・・・・・それでも、俺は戦うぜ。皆のために」
「・・・わかっているさ。それがお前だ。だが・・・自分も忘れるなよ」
「それはお前に言いたいね」
「そうだな。お前ほどではないが、私も欲張りでな。お前ついでに自分も拾ってやるさ」

にやりと笑う。
そうだ、こんな男だった。自分が惹かれた相手は。
決して薄情なんかじゃない。非情でもないのだ。
ただ、貫く思いが強いだけ。
そのためにどんなに血の涙を流そうとも、この男は構わないのだろう。
そんな感情が自分に向けられていることを、フラガは改めて感じていた。

「・・・けっ・・・久しぶりだ。好きにしろよ」
「言われなくてもそうするさ」

胸元に顔を埋めた男を受け入れて、ため息一つ。
たかが一人の男に溺れている自分に、フラガは苦笑した。









+ + +


・・・31話のフラガに捧ぐ。

てか、フラガ・・・今回は、切ないとか可哀想以前に、俺の中で株が落ちちゃってね。
ここまで読んでくれた人には言うけどさ、彼、無駄に背負いすぎなんだよ。
別にさぁ、フラガの使命はトールやキラを守ることじゃないわけだし。
ミリィを慰めようとして、それが無駄だとわかって手を引っ込めるフラガはすごくよかったけどさぁ。
その後、「くそっ」と言って殴るシーンははっきり言って見れなかったね。滑稽すぎて。
別にあんたが悔しがっても仕方ないんだよ、少佐殿。
・・・ってことで、今回のクルーゼ隊長のフラガに対する態度と言葉は、そっくりそのまま俺のフラガへの言葉です。

思い上がりも甚だしい!!
全ての人間を守れる気になるなよ!!

と隊長に言わせたかったんですけど、挿し入れる場所がなかったので、ここで言っておきます。




フラガに文句いってすんません。




Update:2003/05/13/TUE by BLUE

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