悪夢の、始まり。



――こんな時に、転属命令だって!?しかも教官?俺が?…そんなガラじゃないっての!

 アークエンジェルの一室の中。フラガは自分の身の回りを整理しながら、どうにもならない気持ちを押さえきれずにいた。多大な犠牲を払いながら、やっとの思いでたどりついた場所。これで一安心できると思っていた。なのに連中ときたら。
「俺も、キラもいなくて、アークエンジェルはどうなるんだよ。あんな不慣れな連中ばっかりでどうにかなるってのか?」
「命令ですから…仕方ないでしょう。彼らを信じるしかありません。」
人事局からの帰り道、愚痴をこぼすフラガに、バジルールはあっさりとそう答えた。彼女のように、きっぱりと割り切るしかないのか。いくら悩んでみても、答えは見つからなかった。それに…悩みの種はもう一つ。

――クルーゼだって、あれぐらいであきらめるようなヤツじゃないし…。またアークエンジェルを襲ってきたら、ひとたまりもない。きっと。

 ずっと気にかかっていたその存在が、なによりも不安を掻き立てる。彼のことは自分が一番良く知っている…と思う。それに、昨夜見た夢が、どうも気にかかっていた。

――『久しぶりだな、ムウ=ラ=フラガ。』

 そう言って笑みを浮かべた彼の口元が、妙に印象深かった。こちらに手を差し伸べていたような気もするが、はっきりとは覚えていない。彼のその言葉だけが、はっきりと頭に残っていた。この夢は、一体何を意味しているのだろう…。
 片付けた荷物を手に考え込んでいたフラガの思考を、バジルールの声がさえぎった。
「少佐、そろそろ時間です。」
「…ああ、分かった。」
そう答えると、荷物を手に、昇降口へと歩き始めた。


「今まで本当に色々と…ありがとうございました。」
「…こっちのほうこそ、な。」
目に涙を浮かべながら敬礼をするラミアスに、表情を悟られないよう帽子を目深に被りながら、フラガは敬礼に答え、背を向けた。クルーたちの敬礼に答えながら、船の搭乗口に向かう。バジルールと握手をして別れ、フレイとともに列に並んだその時も、まだフラガは悩んでいた。

――本当に、これで…いい、のか?いや…。

「…いい訳あるかっての、こんなんで!」
「…え?」
低くつぶやいた声が聞こえたのか、フレイが不思議そうな顔で振り返る。そんなフレイに切符を手渡し、フラガは駆け出した。
「え、ちょっと…少佐!?」
「俺、ちょっと忘れ物!」


 人事局に文句を言いに行くつもりだった。だが、駆け込んだ建物からは、人の気配が消えていた。
「どうなってるんだ、こりゃあ…?」
そこら中探せど人っ子一人いない。まるでもぬけの殻だった。
「誰もいないなんて、一体どこにいっちまったんだ?ここの連中は?」
そう思った瞬間、ドン、という振動と共に、警告音が鳴り響いた。振動はさらに続く。
「まさか…敵襲!?やつら、パナマを狙ってたんじゃ…?」
走り出したその瞬間、突如脳裏に『あの男』の顔が浮かび、フラガは足を止めた。

――どうしてあいつの顔が浮かんじまうんだ?あいつがやった事だとでもいうのか?そんな事わかりゃしないのに。ま、あいつならやりかねないけどな。

「っと、こんな事してる場合じゃなかったぜ。とりあえず状況を確認しないとな。…っ!?」
とその時、背筋をざわっとした感覚が通り抜けた。この感覚は、今までに数え切れないほど感じてきた、『あの男』の感触。
「この感じ…ラウ=ル=クルーゼか!」
間違いない。確かに、近くにいる。今となっては懐かしい、とも言える感覚を頼りに周辺を探索していくと、ある一室から光がもれていた。そして、その光に浮かぶ人影。

――あそこか。こんなところまで入り込んでるとはな。

 慎重に、銃を構えて室内を覗き込む。確かにそこにあったのは、まぎれもなく『あの男』の姿。なにやらモニターを見つめている。とその瞬間、クルーゼが身をひるがえして奥へと姿を消した。同時に銃弾が飛んでくる。とっさにそれをかわし、フラガも室内へと滑り込む。物陰からそっと奥をうかがうと、同じく銃を構えた彼の姿が目に入った。と、その時。

「久しぶりだな、ムウ=ラ=フラガ。」

…夢で見た光景と、同じ表情、同じセリフ。ただ一つ違っていたのは、夢では感じることのなかった、氷のような殺気だけ。一瞬あっけにとられたフラガの耳に、彼の声が聞こえてくる。
「せっかく逢えたのに残念だが、今はお前と遊んでいるひまは無いのでね。だが…。」
「…?」
突如、氷のような殺気が消えるのを感じて奥を覗き込むと、クルーゼは笑みを浮かべたまま銃を下ろし、こちらに向かって手を差し伸べた。
「お前がわたしと来る、というのであれば、お相手してさしあげてもよろしいが?」
「…!バカなこといってんじゃねぇ!俺はお前とは行かない。そう言ったはずだ!」
フラガも思わず物陰から飛び出し、クルーゼをにらみつけた。
「フ…頑固なところは相変わらずのようだな。だが、そう言ったことをそのうち後悔することになるかもしれんぞ。」
「その言葉、そっくりお前に返すぜ。…俺はどうあっても、お前のやり方に納得するわけにはいかない。」
そう言って、しばらくお互いにらみ合ったままだったが、クルーゼが視線を外し、つぶやいた。
「…そうか。」
と言うが早いか、クルーゼは身を翻して姿を消した。

――ったく、あのバカ…。

 しばらくクルーゼの去った方向を見つめていたフラガだったが、ふと我に帰り、彼の見ていたモニターに目を向けた。そこに映るものを見て、愕然とする。
「な、んだよ、こりゃぁ…。まさか…!」
瞬時に『それ』が意味するところを悟り、フラガは部屋を飛び出していった。


――そこから大いなる悪夢が始まりを告げることを、彼らはまだ、知らない。

――END











Update:2003/07/01/TUE by snow

小説リスト

PAGE TOP