代替玩具



「―――ククッ」

朦朧とする意識の中。
狂気を秘めた男の笑い声が耳元で聞こえ、夢の中を彷徨っていたフラガはうっすらと瞳を開けた。
圧し掛かってくる重みは、もはや慣れた男のもの。
それをちらりと確認しただけで目を閉じ、フラガは男の手に身を委ねた。
抵抗する気などない。
抵抗ほど無駄なものはない。
そう、この男には嫌というほど味合わせられた。
ろくに日も当たらないこの狭い世界で長く生きてきた故の、
薄いベールのような肌を辿る指の感触をどこか遠くで感じながら、
フラガは全身の力を抜いた。
途端。

「っあ・・・」

―痛い。
気付けば、白い胸元に真っ赤な筋が刻まれていた。
そうして、次の瞬間すぐに溢れ出してくる鮮やかな朱の色。
薄暗い部屋に白い肌。そして血の赤のコントラストが、妙に綺麗で。
男が傷跡を丁寧に舌でなぞっていくのを感じて、フラガは彼の髪に指を絡ませた。

「・・・美味しい?」

どこか恍惚としたように。
自分の血が、この男を生き永らえさせられるものだと知った時、悦びを感じたことを覚えている。
案の定、男の腐食しかけていた手の細胞がゆっくりと再生していく様を目の当たりにして、
フラガはうっすらと笑みを浮かべた。
ぐい、と顎を取られ。
軽く開いた唇を男のそれで塞がれる。
何のためらいもなく舌を絡ませれば、それをキツく噛まれ、口内に血の味が充満する。
錆びた鉄の味は、部屋に漂う血のニオイと相まって、フラガを快感へと導いた。
快感?
そう、痛みという快楽。
この男にされるのなら、たとえ腕をもがれようと喉を切られようと快感なのだろう。
頬に光るメスを当てられ、すっ、と引かれるだけで、
簡単に血が流れた。
男の指先でその血を掬われ、それを長い舌で舐め取る姿が艶かしい。
傷ついた頬を舌で辿られ、それから耳元に下ろされた唇から、ひどく甘い声が洩れた。

「・・・綺麗だ、ムウ」

息が上がる。
息が詰まるような、そんな声音。
こんな声を囁かれたら、誰だって抵抗すら忘れひざまづくほど。
彼が自分の名を口にする。それだけで―。

「っは・・・」

片手で胸元に血を塗りたくられ、耳から降ろされる唇はゆっくりと皮膚を甘噛みし、首筋へと移動する。
次々と流れ出す赤い液体は止まることを知らず、
ぬめるそれは男の白い服すら汚した。
まっさらなそれを自分の血で汚すことの、不思議な快感。
この男を穢すことができるのは自分だけだと優越感に浸れる瞬間。
俺の血で、あんたも染まって。
フラガは男の手からメスを取り上げると、自ら喉元を切り裂いた。
ぷつ、と皮膚にメスが食い込む。
動脈を掠めて、濃い血の色がそこから溢れ出した。
シーツに瞬く間に吸い込まれていく赤に、勿体無いと男は唇で傷を吸い上げる。
そのたびに感じるフラガは、甘い嬌声を上げながら男の背にしがみ付いた。

「っあ・・・ラウ・・・」

声を発するたびに、どくどくと血が流れ出す。
熱い血潮が自分だけでなく男の顔や肌を汚していく様が、このうえなく興奮する。
血で染まった手でゆっくりと男の頬を撫で、
それからフラガは未だ男が纏う軍服を取り去った。
男が笑う。
衣服の下は、ところどころ腐りかけ、爛れたような傷跡ばかり。
元は美しかっただろうその肌を指先で辿り、
フラガは痛々しいそれに口付けた。
血の癒し。
醜かったそれはみるみるうちに失われていく。

「・・・さぁ」

両腕を伸ばし、男の背を抱く。
再度フラガの胸元に顔を埋めた男は、
そこにある小振りな突起を噛み切るほどにキツく愛撫をしながら、
指先は下腹部のほうへと降ろしていった。
男の手に握られたメスの腹で薄い皮膚を辿れば、
血が流れない程度の細く紅い線が刻まれ。
そのまま血塗れの手が既にくっきりと反応を示していたそれを握ると、
びくんとフラガの全身が跳ねた。
先端から洩れる体液と血液が混ざり合って、これ以上ないほど手のひらは滑る。
激しく擦られる快感がフラガの頭の神経を焼き、一瞬視界がくらんだ。

「っ・・・ラ、ウ」

誘うように両膝を立てて。
彼の頭が下肢に埋まるのを、全身が求めている。
折角の金髪が汚れていくにも関わらず、フラガはその手で彼の頭を掴んだ。
先端に歯を立てられ、それから根元まで深く含まれれば、
口内の温かさが彼の身体を竦ませる。
男は体液と混ざる血の味に満足そうに目を細め、それから空いている方の手でフラガの内股を撫でた。

「・・・っ」

メスが辿る。鋭利なそれが肌を撫でるだけで、快楽と痛みが走る。
ただ、それは優しすぎて。
もどかしさすら覚えるのだ。
震える足を指先で宥める様に擦りながら、男は口内での愛撫をより激しくした。
上り詰める瞬間の、一瞬の空白。

「・・・痛・・・!」

思わず声が洩れてしまった。
痛みなど、慣れてるはずだったというのに。
下肢を見やれば、男が両脚をより大きく開かせ、彼自身を口内に咥えたまま秘孔にメスを挿し入れていた。
切れた内部から溢れ出す血が、周囲を汚す。
中が切り裂かれていく痛みと、冷たい金属の感触がフラガの体内を蹂躙する。
尋常でない激しい痛みに、しかしフラガのそこは自分を傷つけるものをより深く銜え込もうとしていた。
今にも昇天しそうな快楽と、それを許さない強烈な痛み。
フラガの意識がその狭間に揺れる。
痛くて、痛くて、痛いのに、―快感だと。
内部で動かされる刃物が、・・・気持ちイイ。
次々と流れては男の指先に絡め取られる血液が下肢を真っ赤に染め、
そして男の身体もまた血に染まっていた。
血と体液で濡れた唇。
顔を上げた男が目の前でそれを拭うと、それだけで熱が下肢に流れる。

「・・・来て」

切り裂かれたそこに男の楔を受け入れようなんて、正気の沙汰じゃない。
けれど、フラガが求めたのは男に与えられる快楽であり痛みであった。
痛ければ痛いほど。
快感であれば快感であるほど。
自分がこの男のモノだと実感できるから。
自分の内部から取り去られたメスがカラン、と床に投げ捨てられる。
血塗れのそこに宛がわれた男のそれは、想像もつかない硬さと熱を持っていた。
ぐっ、と血液が充満した坩堝へとそれが侵入してくる。
裂かれた壁が今度は熱く焼けたそれに引き裂かれ、フラガは絶叫を上げた。
痛い、と。
脂汗を滲ませる指先が手元のシーツをきつく噛む。
けれど、それとは裏腹に男の腰をしっかりと押さえ込む両脚や内部が、
痛みに喘ぐフラガにより苦痛を味あわせていた。

「ムウ」

錆びた血の色。そしてニオイ。
キツいそれに朦朧としていたフラガの名を、男が呼ぶ。
うっすらと目を開ければ、目の前に美しい男の顔。
もし、死ぬのなら。
このまま死にたいと思った。
下肢を揺すられるたびに、真っ赤な血が舞う。
血塗れの結合部がフラガの目の前に晒され、自然と笑みが零れる。
男が身体を倒し、既に固まっていた首筋の傷跡を舐めた。

「っ・・・」

血―。
フラガは生贄のように毎夜この男のために身体を開き、躊躇いなく血を流す。
本当は、この男は自分の全てが欲しいのだと知っているから。
日々腐れゆくその身体を、
回復させるには自分の身体が必要だとこの男は言っていた。
代替玩具。
この男を生き延びさせるには、自分の身体と取り替えればいいだけの話だ。
壊れたモビルスーツを乗り換えてまた戦場に向かうように。
ただ、この男には自分の身体に未練があったし、フラガもまた自分の身体に未練があった。
そうして、もう一つ。

「愛してる・・・」

血塗れのシーツの上。
自分と同じように白い肌を真っ赤に染める男の声音。
聞けなくなるのが嫌だった。
いい加減、出血が多かったのか、意識がぶれる。
下肢を襲う激痛と、快楽と、ぬめる感触。
真っ赤な唇が自分のそれに重ねられ、フラガはゆっくりと目を閉じた。





相変わらず薄暗い部屋。
日の当たらない地下室はいたく不健康で、鍛えられたフラガの肉体すら痩せ細る。
あの男はいない。もう朝が過ぎ、指揮官の顔を部下に見せているのだろう。
けだるい体を引き摺って、フラガは腹が減った、と食料の置いてある場所へと歩んだ。
どうせ死ぬだけの人間が。
腹が減ったなどと、バカげていることだと思う。
男との行為は、一歩間違えば死すらもたらす。
少しでも彼の神経を逆撫ですれば、簡単に殺されてしまうだろう。
それすら、自分は恍惚となって受け入れてしまうのだろうが。

「ホント、バカだよな」

傷跡に巻かれた包帯を解けば、何もなかったように滑らかな肌が見える。
いつまであの男はこうやって自分を閉じ込めておく気なのだろう、とふと考えてしまうけれど。
多分、一生。
戯れに生死の狭間を泳がせ、真実などと思えない愛の言葉を囁き続けるのだろう。
そう、―世界が果てるまで。

世界を滅ぼすと言った。
そして、自分も果てると言った。
一番絶望的なのは彼の背負う未来であり、想うべきは彼の全て。
誰にも見せない男の苦痛が、痛いと思った。

なぁ、愛してるよ。
男の鳥かごの中で、フラガは呟く。
誰もいなくなった世界で、一人苦しむのは辛いだろう?
だから、俺が傍にいてやるよ。
―ずっと、さ。








Update:2003/08/21/THU by BLUE

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