Desire for Monopoly



―フラガ君―・・・―




酔いは、とっくに醒めていた。







まだ日の昇らない早朝。
フラガは軽く肌寒い空気に襟元を手で押さえ、足早に家へ戻ろうと通りを歩いていた。

(・・・ち、くしょ・・・っ・・・)

昨晩自分は何をしてしまったのか。
それを思い出して、フラガは頭から抜かすように首を振った。


彼を裏切るような、そんな行為してしまった自分が嫌でたまらなくて。






昨晩。
フラガは滅多に行かない上流階級たちの夜の宴に顔を出していた。
無論、裏で行われる集会であり、中身は人身売買や闇オークションのようなもので、
フラガは関わりたくないと背を向けていたのだが。
相変わらず寄せられる名門フラガ家への招待状に、何故か昨晩は足が動いていた。
多分、どうかしていたのだろう。
いつもならこれほど着たくない物はないというほど、かっちりとしたタキシードやら。
それに身を包み、迎えの車に乗り込む。
会場は華やかな中に闇の気配が立ち込めていて、
フラガは渡される鮮やかな色のワインを手に、呆然とそれを眺めていた。
アルコールは、強いわけではない。
彼と飲めばいつも先につぶれるのは自分で、
あちらはしょうがない奴だ、と何も飲んでないような平気な顔をして自分を支えてくれていた。
遠い気がする彼との記憶に身を浸しながら、フラガは枯らすたびに注がれるそれを口元に運んだ。
目の先には、次々と金持ちたちに買われていく絵や、美術品や、果ては美女に至るまで。
そんなものに大金をつぎ込む彼らに、しかしさしたる感情も湧かないまま、
フラガは観客席の隅で一人そんな宴を眺めていた。
そんな時、出会ったのだ。
大物たちの交流もそこそこに孤独を享受していたフラガだ、声を掛けてきたのはあちらのほうだろう。
すらりとした肢体、身を包んだ足先までの長く黒いコート。
男はくすり、と笑うと、ワインを片手にフラガの居るソファへと座り込んできた。


『・・・お一人ですか?』










(・・・っ・・・!)

思い出してしまう。男の、あの声音を。
言葉を一つ一つ区切って話してくる、まるで深部にまで響くような。
彼とは違う。違うけれど、どこか似ているような―。
そう思い、多少なりとも気を許してしまったあの時の自分に、フラガは唇を噛み締めた。
酔いの回った頭で彼と話すことが、どこか気持ちいい気がして。
そう、どうかしてたんだ、オレは。
だから、酔っ払ってつぶれたらしい自分が連れてこられた場所も、そこで何が起こったのかも、
もうほとんど覚えているはずもなく。
ただ、目覚め、視界に入った見知らぬ部屋にひやりとした感覚と、
彼という存在がありながら他人に身体を開いてしまったという罪悪感に、
フラガは逃げるようにしてその部屋を飛び出したのだった。

(・・・っなんてことを・・・、ラウ・・・、俺は・・・!)

恐怖に走るペースを上げ、『彼』の名を呼ぶ。
酔っ払っていたとはいえあまりに淫らな自分の行為に、反吐が出るほどだ。
早く帰って、身を清めたかった。
そんなもので、あの夜の罪悪が薄れるわけではなかったけれど。
フラガはやっと着いた家の前で肩で息を吐くと、
ほっとしたように家のドアを開けた。開けようとした。

(・・・―――――?!)

カードキーを使って開けようとしたフラガは、
しかしその鍵が開いていることに気づき驚きを隠せなかった。
・・・何故?
昨晩家を出る時、閉め忘れたなんてことがあるだろうか。
今までそんな経験はない。というか、オートロックのドアだ、外に出る時にロックされないはずはない。
鍵が開いている―それは、部屋の中に誰かがいることを示している。
―――まさか・・・・・・。
恐怖を抱きつつ中に入ると、案の定人影が見えた。
着ている白いコートが薄暗い部屋によく映える。
フラガが息を呑むと、その人影はゆっくりとこちらを向いた。
いつも、求めていた存在。
けれど、今はそう簡単には逢えない男。

・・・・・―――――『ラウ・ル・クルーゼ』・・・・・・。


「ラウ・・・!」

名を口にすると同時に、フラガの中で警鐘が鳴り響いた。
当たり前だ。こんな、他人との行為のすぐ後に彼と接するなどしたら、
先ほど感じていた恐怖が現実になってしまう。
フラガは心の動揺を隠そう隠そうとして、それでも一瞬軽く身を引いてしまっていた。

「・・・どうした」
「ああ、いや・・・。来てるんなら、そう言えよな。・・・ったく、ビビっちまったぜ」

出来るだけ、いつもの調子で言葉を紡ぐ。
動揺を気取られないよう、フラガはクルーゼに背を向けるようにしてコートを脱ぎ、
何気ない様子で襟元や袖を緩めた。

「突然入った休暇でな。昨晩連絡を入れようと思ったのだが・・・」
「ごめん、いなくて。ちっと用事があってさ・・・。」

どこかよそよそしいフラガの態度に気づいたのかもしれない。
軽く眉根を寄せるクルーゼに、フラガがぎくりと身体を震わせる。
けれど、それを知られてはならないと必死に押し隠して、フラガは汗を流そうとシャワー室へと向かった。
その途端。

「・・・ラウ?」

がしっと掴まれた肩に、それでも出来るだけ普通に声を出す。
すると有無を言わさぬ力で背を抱きしめられ、フラガは抵抗もできないままクルーゼの腕に身を預けた。

「例の集会か?珍しいな」
「う・・・ん。なんでだろーな。ま、丁度休みだったしさ」

軽い口調の裏側で、心臓が激しく脈打っている。
穢れたままの自分。このまま触れられることなどもってのほかだった。
確かに、あの男は紳士的な男で、後始末も全てしておいてくれたけれど。
だからこそ、他人に心を許してしまった、というフラガの罪悪感は増大していた。

「・・・な、シャワー浴びさせてくれよ」
「・・・・・・」

クルーゼは無言だった。
フラガの中で、先ほどの恐怖心が増していく。
思わずクルーゼの腕から逃れようとしたフラガは、しかしクルーゼの力になす術もなく、
そのまま正面を向かされ、気づいたときには唇を重ねられていた。

「っんぅ・・・っ!!」

眉を寄せる。
男に抱かれたそのままの身体を、クルーゼに蹂躙されるなど、間違ってもあってはならないことなのに。
フラガはこのような偶然を呪うと共に、自分の迂闊さをも呪った。
あの、鍵が開いていることに気づいた時点で、なぜ逃げ出さなかったのか。
確かにクルーゼに逢いたかったのは事実だが、今の自分は逢える状態ではなかったのに――・・・。
フラガは必死にクルーゼから離れようと、彼の胸に手を突っ張った。

「っラ、ウ・・・!」
「なぜ逃げる?寂しかったのだろう?」
「・・・っ・・・」

クルーゼの言葉に、あの男の声が重なる。

『・・・寂しいんですね』

そう、あの男は言った。
抱き締められ、その温もりに涙が零れたあの時。
・・・バカバカしい。
酔って朦朧としていた自分には、クルーゼもその男も区別がつかなかったのか、と思う。

(・・・ああ、寂しかったさ)

久しく抱かれていなかったこの身体。
だが、だからといって、クルーゼ以外の男の腕が温かいと、
気持ちイイと思うなんて、どうかしてる。
ますます自分が卑しい人間だと感じ、フラガはぎゅっと目を瞑った。
途端、少しだけ緩んだ抵抗を抑え込み、クルーゼはフラガの腰を抱いてくる。
片手でフラガの身体を支え、もう片方の手はフラガの緩められた襟へと伸びる。
フラガは止めようと手を伸ばしたが、その時にはもう遅かった。
肌蹴られる胸元。
露にされた白い肌に、クルーゼの指先が辿る。
下ろされる爪先がフラガの敏感な部位にあたり、声が洩れた。
すかさずキレイなラインを描く首筋に唇を落とし、そのまま残りの隠れた部分を露にさせて。
ぱさりとシャツが足元に落ち、それと同時にクルーゼは目を細めた。
視線の先には、鮮やかな紅色の刻印。

「・・・ほう。なるほど、そういうことか」
「な・・・っ?」

クルーゼの言葉に、フラガは息を呑んだ。
―――気づかれた・・・?
いや、気づかれて当然だろう、この男のことだ。
自分の全てを掌握するこの男。
身体はおろか、心の一挙一動まで手に取るこの男に、自分が隠し事などできるはずもないのだ。
それでも、この男の前で、そんな行為を認めるわけにはいかなかった。

「淫乱な男だな・・・・・・待っていられなかったのか?お前のそのカラダは」

私というものがありながら、と耳元で囁かれる。
蔑むようなその声音はクルーゼがひどく気分を害していることを告げていて。
恐怖の戦慄を呼び起こすその声に、フラガは震えた。

「っ違・・・!ラウ・・っ」
「別に隠さなくたっていい・・・だが、貴様が誰のモノかどうか・・・もう一度刻み込んでやるよ」
「っ・・・!」

クルーゼはそういうと、フラガの両手首をきつく掴んで捻り上げた。
痛みにフラガが顔を顰める。
その間にクルーゼはフラガを奥の寝台にまで引き摺ると、投げ出すようにフラガをシーツの上に放った。
うつ伏せにされた背の上に圧し掛かってくる男が、今のフラガには恐怖でしかなかった。

「やめ・・・!」
「そんなことを言える立場だと思っているのか?」

感情の薄いそれが、フラガの抵抗を黙らせる。
クルーゼは今だフラガが下肢に纏っていたスラックスを下着ごと乱暴に脱がせると、
腰を高く上げさせ収縮を繰り返すそこを目の前に曝け出させた。
フラガは羞恥に身を捩るが、クルーゼの力で押さえ込まれた身体は身動きすら許されず。
自分の愚かさを一番知られたくなかった存在に暴かれることがたまらなく悲しくて、気づけばフラガは涙を零していた。

「・・・まさか、ココに他人を受け入れさせるとはな。ヨかったか?」

嘲るような言葉と共に、秘孔に指を差し入れられる。
確かに昨夜の行為のせいでしっとりと濡れてはいたが、
それでもキツい内部はクルーゼの細い指すらフラガに苦痛を覚えさせた。

「い、た・・・っ!」

思いやりも何もない挿入。奥深くまで貫いて、そして出入口まで抜かれた時には2本、3本と増やされていく。
無理矢理拡げられた内部は悲鳴を上げ、しかししっかりとクルーゼを捕らえたまま、飢えたように離そうとはしなかった。
ふと、クルーゼの指が折り曲げられた。

「・・・っひ・・・!」

快楽の根源。それを正確に突いてくる指が、たまらなくフラガを煽っていく。
触れられないままのフラガのそれはもはや完全に勃ち上がり、ぱたぱたとシーツに先走りを零していた。
達する限界に、フラガは眉を寄せる。
懇願するようにクルーゼを見上げると、しかしクルーゼは冷ややかな目でフラガを突き刺した。

「・・・他の男はよかったか、と聞いている」
「・・・っ・・・!」

より一層深くまで貫かれ、フラガの身体が仰け反る。
クルーゼの愛撫に慣れた身体は痛みすら快感として受け入れ、中で掻き回される指はこの上ない快楽だった。

「・・・もっ・・・、イか、せて・・・!」

クルーゼの問いになど応える余裕もなく、フラガは頂点を求めた。
自身が触れられもしないことに耐え切れなくなり、自分から下肢へと手を伸ばす。
つらい体勢のまま必死に解放を求めるフラガに、しかしクルーゼはただ目を細めただけだった。
伸ばされた腕すら身体で押さえ込み、フラガの後孔を嬲る反対側の手で根元をきつく戒める。

「ひぃ・・・ぁあ・・!」

尋常でない痛みに、フラガの指がシーツをきつく噛んだ。
今にも限界で昇り詰めそうなそれを妨げられ、熱の奔流が全身を襲う。
身体の中で暴走する欲ときつい戒めから来る痛みの狭間で喘ぐフラガに、クルーゼは口の端を持ち上げた。
内部を蹂躙していた指先を引き抜き、乱暴に慣らしたそこに怒張した己自身を宛がう。
その感触に息を呑むフラガの髪を空いた手で掴み、耳元で囁いた。

「さぁ、お仕置きの時間だ・・・。感じさせてやるよ、望み通りにな!」

余り感情を表さないクルーゼの声音が、今は怒りを露にしていた。
その気配になす術もなく、フラガはただクルーゼを受け入れる。
優しさなどなにもない強烈な衝撃に声も出せないまま、与えられる快楽と痛みに耐え続けた。
もう、とっくに限界を超えている。
解放も許されないまま後ろを攻め立てられ、フラガの目尻からは生理的な涙が零れていた。

「っやめ・・・イかせ・・!」
「まだだ」

一層戒めていた手のひらに力が込められ、フラガの顔が歪む。
今にも意識が途切れそうな快楽と痛みに、しかし解放できないこの状態では失神すら出来ず。
熱に浮かされた頭の中で、フラガはひたすらに解放を求めていた。

「ほら・・・答えろ・・・」

肩を掴まれ、強く後に引かれる。
ベッドから離れたフラガの身体はクルーゼへと預けさせられ、より深くなる挿入感にフラガは声を洩らした。
苦しさに目を瞑る男の答えを促すように、耳腔を舌でくすぐる。
次々と溢れ出す涙を抑えることもできないまま、フラガはついに口を開いた。
けれど。

「・・・あんたのせいだ」

震える声。限界すら超えて、狂気すら孕ませて。

「っあんたのせいだよ!クルーゼっ・・・!全部あんたが・・・っ・・・!」

零れる涙は、留まるところを知らないまま。
自分のしてしまった愚かな行いも何もかもがクルーゼのせいだと、フラガはありったけの力で罵った。
わかっている、悪いのは自分なのだ。
けれど、自分をここまで淫らにしたのはお前だと、
押さえ切れないほどの欲望を自分から引き出したのはお前だと、フラガは思いたかった。
でなければ、自分が許せなくて。
クルーゼは無言だった。
けれど、フラガにはもはやクルーゼを伺う余裕などないに等しく。
両足を抱え込まれ挿入したままの体勢で身体を無理に捻らされ、奥が擦られる感覚より先に痛みが先行した。
大きく開いた足を膝にまでつくほど折り曲げられ、乱暴にベッドに背をつけさせられる。
シーツを掴もうとした手が何故か宙を切り、フラガは息を呑んだ。

「な・・・」

思わず反対側の手でシーツを噛むが、クルーゼに突き上げられ、のけぞった先に頭につくものはなかった。
クルーゼが肩を掴んだ。
力を込められ、身体がぐらりと揺れる。
ベッドの端から落とされそうになっていることに気づき、フラガは恐怖に震えた。
ベッドの端―けれどそれは、いまやフラガの中で高い崖と化していた。
クルーゼに落とされる。それはクルーゼに見捨てられると同じこと。
途端クルーゼの存在がひどく遠く感じ、フラガは必死に手を伸ばした。

「っラウ・・・!!」

―――生きていけない。この男がいなければ。
伸ばした手がクルーゼの首を探し当て、朦朧とした視界のまま必死でそれにしがみ付く。
瞬間、これ以上ないほど強烈な突き上げが彼を襲った。

「っあああ・・・・・・!」

視界が真っ白に染まる。
一緒に身体がぐらりと揺れたが、もはやフラガは気に留めようともしなかった。
倒れる寸前のところで、クルーゼの手が伸ばされる。
散々焦らされ、戒められていたそれは次々と精を吐き出し、フラガは憔悴し切った顔で意識を失っていた。

「・・・・・・ムウ・・・」

・・・愛している。
力の抜けたフラガをきつく抱き締めて。
自分が泣かせた男の涙の跡を舌で辿り、クルーゼは唇を噛み締めた。
クルーゼの耳には先ほどのフラガの言葉。

「・・・そうだな」

聞こえないとわかっているからこその、穏やかな声音。
クルーゼはふ、と自嘲するように小さく笑うと、フラガを残して立ち上がった。
―――我ながらバカなことを考えるものだ・・・
リビングへと歩き、そこに落ちているフラガの服を拾い上げて。
くっくっく、と呆れたような笑いを洩らしながら、クルーゼは気を失ったフラガの代わりに部屋の片付けをし始めたのだった。











未だに目覚めない男を隣に乗せて。
クルーゼはエレカのハンドルを握り締める。
目指すは、今は遠いプラントの自分の家。

この男にとってプラントがどういう場所か、知らないクルーゼではない。
だからこそ、ずっとこうやって離れて生きてきた。

でも、もう、今は。

ふとフラガを見て、苦笑い。
自分が一番望んでいたこと。どうして今までこう出来なかったのだろう。
―お互いが、望んでいたことだったというのに。





・・・望み通りにしてやるよ。


明るい日差しの午後。
キッ、と車を止め、クルーゼは隣で眠るフラガの頬に口付けた。












Update:2003/09/18/THU by BLUE

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