共逝〜たいせつなもの。



雨が、降っていた。
重苦しいような、暗い雨。警備のために外に出ていたムウ・ラ・フラガは微かに眉根を寄せる。
―嫌な、感じがするな。
生まれついて持ち合わせた勘の良さとその実力で部下達を導いてきた彼は、
今回もまた胸の内を過ぎる漠然とした不安を頼りに、警備員たちを配備させていた。
地球軍の所有する、最重要気密である研究所。
関係者以外、その存在を知る者はいない。知った者には、一人残らず"死"が待っている。
一人残らず殺せ―――。それが、今、この場所を警備している己への命令。

(・・・皆殺し、か)

彼の頭の上に広がる空と同じように、フラガはその人好きのする顔を曇らせた。どれほど従いたくない命令でも、
今の自分は、「地球軍」。
一介の軍人でしかないのだ。他に、どんな道が選べるというのだろう?















「ねぇ、あれが?」

窓から見えてくる建物を指差して、少年は明るい声を上げた。
ここに着くまでしばらく森の中を走っていたから、つまらなかったのだろう。ようやく開けてきた視界に子供は目を輝かせる。思わず身を乗り出しそうになるのを、クルーゼは腕を引いて押さえた。

「そうだ。あれが私たちの今回のターゲット―――地球連合軍、大西洋連邦の所有するX-Vだ」
「こんな奥まったトコにあるなんて」
「それだけ、極秘ということだろう。電波も通信も全くきかないようだしな。なかなかのハイテクノロジーだ」

同じように窓の外を見やりながら、クルーゼはそう言う。
隣に座っていた少年は、クルーゼの顔を見上げ、話を聞き、そうしてまた外を見た。そろそろ、森も抜ける。そうすれば、不審者の侵入に気付くことだろう。
キッ、とタイヤの軋む音。予定通りの場所だ。クルーゼは無言で頷いた。
手にした銃を、確認する。少年もまた、同じように手にしたライフルの安全装置を外していた。

「気をつけろ。私たちもできるだけの支援はしたいが、こちらの優先はデータの抽出だ」
「わかっている。それより、範囲外への退避を怠るなよ。巻き込まれて死ぬぞ」
「警備はなかなかのモンだしね。・・・見ろよ、前から後ろまで、ガッチリ、って感じ。さて、どうする?」
「へいきだよ。誰も俺たちには叶わない。心配しないで」
「心配?してねーけどよ!」

メンバー達のやりとりに、軽くクルーゼは口元を歪めた。
今回の作戦は、Blue Eyes―連邦製コーディネイター精鋭部隊―、総力をあげて行われるものだ。
烏合の衆であるナチュラルの中で、Z.A.F.T.軍にとっての最大の脅威。すなわち、コーディネイターと同等、いや、それ以上の力を持ち、我らを脅かす者達。その開発ルートを一掃する、そのための作戦だった。
その中で、一番の砦が、この地球連合軍、大西洋連邦第5研究所―通称、X-V(エックス-ファイブ)―である。強化人間や戦闘用コーディのデータを全て掌握する、文字通りマザーコンピュータのような場所。
どれほど他施設に打撃を与えても、この場所を潰さねば意味がない。
そう結論に達したZAFT軍は、厳重に守られたこの場所を攻める作戦を練り上げたのだった。
もちろん、極秘にである。

「では、後で合流しよう。無事を祈る」
「そちらもな」

クルーゼは、少年を伴って車を飛び降りた。車に乗っていた彼らは、スパイとして正規の研究員に加わっていた。
作戦では、別ルートから攻撃を加えることになっている。

「レイ、おいで」
「はい」

クルーゼは少年を小脇に抱え、地面を蹴った。
森の木々に囲まれたそこは、どれほど周囲に警備兵を配置していても、死角があるのは否めない。
比較的配置の少ない一角に走った彼は、警備兵の背後に手刀を叩き込んだ。戦いの、始まりだ。周囲の兵たちが一斉に銃撃を始めようと身構える。だが、銃声は響かない。
鳴ったのは、消音機のついた銃の、微かにくぐもったような音だけ。
そうして、次の瞬間には、どさり、と重いものが倒れ、周囲の空気を揺らした。
第一撃に気付かなかった者たちは、己が管轄の場で熱心に待機している。まんまと裏口から侵入を果たした二人は、そのまま気付かれる前に、と目標を目指し奥へと進んでいった。
30分後には、外部から本格的な殲滅作戦が開始される。特殊部隊である彼らの仕事は、本隊の攻撃がより有利に運ぶよう、内部支援をすることだ。再び鈍い音がして、人が倒れる。運悪く鉢合わせた、一介の研究員だった。

「研究エリアは構うな。待機中のパイロットを優先に」
「じゃあ、俺は訓練エリアに行くよ。ラウは―――・・・」

だが、少年が言葉を言い終える前に、ぞくり、と背筋に走る違和感。

「―――!!」
「なに・・・?」

そして、その違和感を裏付けるように、一帯に警報が響き渡った。
予想外の展開に、クルーゼは軽く舌打った。これでは、己の描いていた計画がすべて無に帰してしまう。

「ちっ・・・」
「・・・早かったね」
「仕方ない。混乱に乗じてできる限り内部制圧するしかないな。・・・レイ、お前は研究エリアへ向かえ。事情が変わった、クラウド達の援護をしてやれ」
「ラウは?」

少年に瞳を傾けられ、クルーゼは数瞬考え込むように押し黙る。
頭を過ぎる、あの感覚。いまだつづくこれを、果たして無視して構わないものだろうか。

「・・・私は、防衛ラインの司令室を探す。なかなかできた人間がいるようだ。大事になる前に、潰しておくに限るからな」
「わかった。気をつけて」

クルーゼは背を向ける少年を見送ると、己は踵を返し、奥へと走った。
場所を正確に知っていたわけではない、ただの勘だ。だが、それにしてはしっかりとした足取りで、クルーゼは司令室へと向かう。
もう必要のなくなった消音機を無造作に放り、迫る兵士達を容赦なく撃ち抜いていく。
その間にも、クルーゼに訴えてくる重苦しい感覚は、確実に"何か"の存在を捕えていた。"何か"―――"誰か"。ただの人間たちとは違う、何か、大きな―――、"存在"。

―――まさか・・・?

次第に強くなるそれに、クルーゼは眉を顰めた。
覚えのある、感覚。近づくにつれ、それは確信となる。己が向かう先にいる人物―――、それが、誰なのか。
手榴弾のピンを口で抜き、それを投げる。
一瞬ののち、塞いだはずの耳すら劈くような爆発音と共に、所内の人間達の呻き声が響いてきた。
辺り一面、火の海と化したその場所で、しかしなおもあの感覚がなくなっていないことに、
クルーゼは微かに苛立ちを覚えた。
己の攻撃にも倒れない、そのしぶとい生命力に、などではない。
こんな場所にいて、さらに警備などという任に着いているという、その事実にだ。
パキリ、と破片を踏んで、室内を歩く。燃え残った設備の裏側から、なおもしつこい"殺意"。躊躇わず、引き金を引く。苦痛に喘ぐ者、目の前にした恐怖に動けないでいるもの、既に事切れた者達の屍。
警報が鳴ってわずか数分。頭を潰せば残りの手足など取るに足らない。逃げ出す背にすら銃を傾ける。
言葉なく倒れ込むそれに、微かに口元を歪めて。クルーゼは笑みを浮かべた。
恍惚。
人を殺すことに、今更抵抗などない。あるのは、
こんな愚かなはずの施設を、軍命として守り、そして命を落とす、つまらぬ人間達に対する憐みだけ。
不意に、すぐ背後で撃鉄の構える音がした。

「手をあげろ」
「・・・」
「貴様の罪状は明らかだ。大人しく捕まってもらおう。さもなくば・・・」
「さもなくば・・・、なんだって?」
「―――っ!!」

含み笑いを浮かべてそう告げられ、背後の警備兵の顔が怒りに歪む。衝動的に引き金を引こうと力を込めて、だがしかし、それがクルーゼの頭を貫くことはなかった。
天井に響く銃声。手首を乱暴に捕えられ、勢いで身体がバランスを崩す。背から倒れ込んだ衝撃に、彼は思わず呻いてしまっていた。
しかし、痛みに顔を顰めているような余裕はない。すぐに襟元に手を伸ばされ、引き上げられる。
片腕だけで支えられ、締め上げられる喉元に、目の前の彼を苦しげに睨んだ。

「―――っう・・・!!」
「何故、貴様がここにいる、ムウ・ラ・フラガ」

男の怒気をはらんだ声音に、ムウ、と呼ばれた彼は眉根を寄せた。
覗き込んでくるのは、敵軍の特殊部隊。あれほどの包囲網をかいくぐり、既に自軍に多大な被害を与えている男。
だが、本当の事情は、もう少し複雑だ。
いい加減苦しさに、思考が歪む。必死に逃れる術を考えようとしたその時、男の背後から、叫び声が聞こえてきた。生き残っていたらしい兵士の一人だ。だが、これでは―――

「逃げ・・・っ!!」
「フラガ少尉!!・・・っぐあああっ!!!」

しかし、フラガの必死の叫びは、届くことはなく。彼が叫んだ時には、無造作に伸ばされるクルーゼの手が、いとも簡単に引き金を引き、彼の兵士の心臓を撃ち抜いてしまっていた。
狙いは外れない。たった一撃で、あっけなく事切れる己の部下たちを目の前にして、フラガは唇を噛み締める。
炎の熱ときつい血の匂いに、頭がぐらついた。意識ももう、途切れそうで。

「っやめ、クルー、・・・っ!!」

馬鹿みたいに、敵側の人間に懇願してしまっていた。己の、地球軍としてのプライドがあるならば、決してできるはずもないこと。相手に屈服し、従うくらいならば、死を選んだほうがマシというものだというのに。
不意に首を離され、フラガはどさり、と再び男の足元に蹲るように倒れこんだ。一気に入り込んでくる空気に、フラガは苦しげに喘いだ。炎の焼かれた空気は熱く、息が詰まるよう。
だが、なおも咳き込むように背を折り曲げ、苦しむ男に、しかしクルーゼは容赦なかった。

「うぐっ・・・」
「もう一度聞く。なぜ、貴様がここにいる?」

地に這うようにして体を支えていた手の甲を、硬い軍靴が踏みつけていた。
ぐっ、と体重をかけられ、痛みに汗が滲むほどだった。フラガは首を振った。理由など、あるわけがないのだから。
ただ、命令が下ったから、赴いただけ。ここがどういう場所なのか、なぜ重要なのか、
それすらも知らされないまま、ただ任務に着かされた。
理由など、あってないようなもの。軍人でしかない自分に、どれほどの意味があるというのだろう?

「・・・っ、俺は、軍人だ・・・!」

必死で痛みに耐えながら、フラガは掠れた声で、たったそれだけを告げた。
軍人であること。それは、全てにおいて答えだった。己の意思などではない、上からの"命令"がすべて。
なぜならば、
そうやって、今までずっと、生きてきたから。
幼い頃両親を失くし、だが引き取られた先の親戚たちとも折り合いがつかず、
結局12歳という若さで軍に身を預け、それから10年以上がとうに過ぎた。そんな自分にとって、軍は一種家族のようなもの。己が納得いかない命令ごときで離反するなど、考えられない。そもそも、それほどの意思が自分自身になかった。
だが、だからこそ、この目の前の男は己をこうして糾弾するのだ。
よく、わかっている。相手は、「Z.A.F.T.」の人間。己自身の手で己の持つ権利を手に入れようと、そうして立ち上がった組織。己のように、生きる術だけのために軍に入ったのと、根本的に違う。
目的を持って戦いに望む者と、日々の糧のために戦う者。もちろん、強いのは前者だ。
軍人だ、などと言い逃れできるはずもなかった。
かれにとっては、ただのつまらない言い訳でしかないだろう。
そうして、フラガの予想通り、クルーゼはただ冷ややかな目を向けるだけだった。

「よりによって、こんな所の任に着いているとはな。愚かすぎて、反吐が出るよ。・・・お前はここがどういう施設が知っているのか?」

人体改造、薬物強化、精神操作。
地球軍の背後にいるブルーコスモスが、敵であるコーディネイターに対抗するべく行っている、人体実験の場。それがこのエックスナンバーの研究所だった。
もちろん、不幸な生まれのクルーゼにとって、本来の「人間」を下らない欲望のために壊すなど、忌み嫌うものだ。
だが、ここは、クルーゼにはそれだけではない、最も憎むべき理由があった。
この研究所に出資していた者―――名を、アル・ダ・フラガといった。大西洋連邦の大統領の椅子すら揺らがすほどの、巨大財閥、それを統括していた者。彼らについていきさえすれば大丈夫、とまで言われたフラガ家。
ロゴスメンバーでもあったフラガ家は、やはりコーディネイターを嫌う傾向にあった。だから、こんな馬鹿げた研究所になどに出資していたのだろう。
クルーゼは今でも、そんなあの男の影を憎んでいる。
だからこそ―――。
クルーゼには、許せなかったのだ。
あの男の、息子。3歳足らずで既に見限られ、まともな扱いもされてこなかった、可哀想な子供だけれど。
それが、無意識にでも、彼を支持するような行動を取る。
それが、耐えられなかった。
あれほど、愚かで、馬鹿で、欲望の塊でしかなかった男の影の部分になど、
従って欲しくなかった。
もちろん、身勝手な感情だとはわかっているけれど―――

「・・・っ、知るか・・・よっ!!」
「そうだろうな・・・。知ってなお、この地を守るというのなら、私はお前を殺さねばならん」
「っ・・・」

ぐい、と今度こそ引き上げられ、引き摺られる。背後の焼け痕の残る壁に押し付けられ、フラガは眉を顰めた。
周囲は、白煙に包まれ、炎に包まれ、血の匂いが充満している。
辛うじて爆発の際に開いた穴が、か細い空気を供給しているだけ。こんな場所で、
なにを・・・と紡ぐ唇が、
不意に塞がされた。
噛み切るつもりではないのかと思うほど乱暴に押し付けられたそれに、フラガは嫌だ、と首を振る。
だが、片手でその顎を掴まれれば、もはやすべての抵抗を封じられたも同然、
押し付けられた身体のせいで身動きのとれない体制の苦しさと、ただでさえ息苦しい場所で唇を塞がれたことへの嫌悪感に、
フラガはただ耐え続けるしかなかった。
周囲には、苦痛に呻く人間の声音、今すぐ誰が来てもおかしくない、そんな状況。
だというのに、クルーゼはフラガの唇を塞いだまま、何度も角度を変えながらも彼のそれを離さない。
そのまま、深く舌を絡ませ、激しく内部を蹂躙する。
思考すらおかしくなるような快楽がぞくりと背筋を駆け抜けてくる自分自身が恨めしくて、フラガはクルーゼの身体を引き離そうと突っ張っていた手で、彼の肩にきつく爪を立てた。
引き攣れるような痛みに、けれどクルーゼはむしろ笑い声をあげた。
クルーゼにとって、フラガが己に向ける感情は、どんなものであれ心地のいいものなのだ。強引に身体を開かせ、その怒りを買うのも、快楽を煽り、耐え切れない熱に溺れさせて懇願の言葉を吐かせるのも、すべてに置いて自分を悦ばせてくれる。
だからクルーゼは、今、この状況下にあってなお、
彼の身体を貪ろうと衣服を弄り始めた。
時間は、少年と自分がこの施設に突入して10分足らず。だが、そろそろ研究エリアの制圧が終わった頃だろうか?
ぼんやりと考えながらも、意識の大半はフラガの身体に向け、クルーゼは彼のボトムのベルトに手をかける。
前は既に剥かれていた。部屋に残る炎の光が、フラガのその肌を照らす。
薄闇にぼんやりと浮かんだ様な彼の身体は、それだけでクルーゼを喜ばせた。

「あ・・・、やめろっ・・・こんな、・・・っ」
「煩いな・・・」
「んう―――っ・・・」

解放されたはずの唇を再び塞がれ、もはやフラガにはどうすることもできない。
誰かに見られるかもしれないという羞恥と、こんな、戦場にあってなお己を貪ろうとする存在への怒り。
様々な感情がフラガの胸に去来する。周囲には部下達の屍が折り重なっていたからこそ、なおさら。
この男が殺したのだ、すべて。
そう思い返せば、ぎゅ、と力を込められた瞳の端から零れる透明な雫。
過去、たった1年という歳月共にあっただけで、そのすべてに心惹かれてしまったフラガの大切な相手は、
しかし、今はもう、己と肩を並べることはなく、それどころか、
己のすべてを奪っていく。
何故―――、と、何度問いかけたかわからない問いを、フラガは再び脳裏に描いた。
こんな、どうしてこんなことに、なってしまったのだろう!?

「もうっ・・・、やめろ、クルーゼ・・・」
「何故?」

前を寛げた後、手を滑り込ませるようにして背を撫でていく。両手で両の尻を揉みしだかれて、フラガはガクガクと膝を揺らした。
既に快楽に蕩けている青年の身体は、己を支え切れずにクルーゼの身体に支えられるような形になっていた。
きつく爪を立てていたはずの肩に額を預けて、フラガは必死に迫りくる衝動に耐えている。
いっそ、その衝動に身を委ねてしまえばいいのに、とクルーゼは思うが、最後の理性が残るフラガにとって、それはできるはずもないことだ。なぜなら、今は、

「ここはっ・・・、戦場だ・・・っっ!!」
「だから?」
「だ、だから・・・って、お前っ・・・」

いたって冷静に言葉を紡ぐ、クルーゼの声音。
耳元でそれを吹き込まれるフラガは、どうしようもなく感じる自分自身を止められなかった。
こんな場所で、こんな状況で、しかし制御できない己の身体は、
そう自覚すればするほどに、クルーゼの与えてくる感覚に溺れてしまう。
まるで、たった2人きりの部屋で、
静かに睦言を紡ぐように耳に響く彼の"音"に、
フラガは必死に首を振る。
しかし、すぐにパサリ、と地に衣服が落とされる音が飛び込んできた。
そして同時に、己の素肌を包む、ひんやりとした空気。

「あっ・・・、・・・っや・・・!」

その瞬間、襲い来る快感という衝撃と共に、フラガの頭を激しい羞恥が襲った。
視界の隅に、自軍の兵士の姿が映ったからである。
目撃された―――。それはフラガにとって、死んでしまいたいほど耐えられない事実だ。
敵軍の手に捕らえられ、あまつさえ身体を開かれ、そして喘いでいるのだ。どれほど嫌がっていようが、それは言い訳でしかない。己の身体が、一番素直な心を表していると、フラガ自身、よく自覚していたから。
それを、クルーゼのみではなく、他人に知られること。
それだけは、耐えられない。それだけは。
紅潮する頬を、一気に青褪めさせたフラガは、
だがその瞬間、耳が麻痺するような強烈な破裂音を聞いた気がした。
鼻につく、薬莢のニオイ。そして、煙。
フ、と吹く音は、確かにクルーゼから発されるもの。

「お、お前・・・」

震える唇は、もはやそれだけしか紡ぐことはできなかった。
クルーゼは口元を歪めた。

「恥ずかしいというのなら、心配することはない。すべて、私がこの手で消してやるからな・・・」
「―――クルー、ゼ・・・」

ありがたいはずの彼の言葉に、しかしフラガは同調などできない。
再び銃声が響き渡り、室内に次々と断末魔の叫びが発される。クルーゼが相変らずの無表情で、
部屋に倒れ、身動きもできずにいた瀕死の兵士達を殺していた。
ともすれば、助かったかもしれない彼ら。
だが、今となっては既に遅い。己のために、クルーゼは彼らの息の根を止めたのだ。
そうしてその事実は、ただただフラガを苦しめた。
立ち上る、血と、炎と、白煙。
そう、自分は、こんなことをしている場合では、ないはずなのだ。

「もう、やめろ・・・!やめてくれっ・・・!俺はっ!」
「―――聞き飽きたな、その台詞」
「っう・・・!!!」

ぐっ、といきなり自身を握る手に力を込められ、フラガは息を詰めた。
そう、もはや抵抗など不可能なのだった。彼は、既にクルーゼの腕の中に堕ち、それを拒む術をすべて奪われていた。
ゆっくりと、唇がフラガの首筋を這い、そしてその部分に歯を立てた。脈動するその部分は、
動脈。きつく噛んでやれば、フラガは到底人に聞かせられるものではない、ひどく艶めいた声を零した。
ぞくり、とクルーゼもまた、煽られる。甘美なそれに、欲望を掻き立てられる。
理性が―――、崩れ落ちるよう。
胸元に忍ばせていた通信機が、クルーゼを現実に引き戻そうと無機質な音を発していた。
軽く眉を寄せて、片手でボタンを操作する。オープンにしたそれから聞こえてくる、仲間の―――少年の、声音。

『ラウ?大丈夫?』
「―――ああ」

「っ・・・」

周囲の音を拾う設定に切り替えられたそれに、フラガは一気に熱を上らせた。
慌てて、唇を噛み締める。一言も、声を漏らすわけにはいかなかった。誰にも、クルーゼの同志たちにも、気付かれたくはなかった。
そう、『Blue Eyes』のメンバーには、ほとんど面識があるのだ。
通信機の先の彼らに、知られたくはなかった。いや、それ以上に、この場に近づけたくなくて。
懇願するように、クルーゼを見やる。
だが、クルーゼはフラガのことなど気にした風もなく、彼が望むままの愛撫を続けていた。
乱暴といってもいいほど強引に自身を扱かれ、胸元の突起には歯を立てられ。
痛みに近い快楽は、フラガの身体を極限まで高めさせる。洩れてしまうのを止められない口を、フラガは両手で押さえるしかなかった。
もはや、クルーゼや通信機が発する声音など、聞き取れない。
視界だって、熱に歪み、クルーゼの顔すらまともにみえていないのだから。

「んぅ―――・・・」

『こちらの制圧は完了したよ。そっちは?』
「―――殺した」

そうして、クルーゼは。
懇意であるはずの少年にすら、そっけない声を発していた。
それほど、目の前の彼の獲物に夢中だった。何を壊しても、何を失っても、
それ以上に優先すべき事柄。クルーゼにとって、それがこの男―――ムウ・ラ・フラガの存在なのだ。
クルーゼの、普段とは違う空気に気付いたのか、少年は押し黙った。
その間にも、クルーゼはフラガの身体を侵蝕していく。深く、奥の、そのまた奥まで。
感触を確かめていた尻の奥を開くようにその部分を晒して、その望みのままに指先でそこを拓いていった。

「・・・ぁ・・・!」

『・・・ラウ』
「・・・すまない、私は―――・・・」

「・・・っんぅ―――っ!!」

誰に断りを入れたのかもわからぬクルーゼの言葉と共に、下肢を襲う強烈な刺激。
まともに解してもいない奥に、しかしクルーゼは強引に内部へ押し入ろうとしていた。
異物を排除しようと、そこは激しく収縮を見せている。こちらも視界を奪われるほどのキツイ締め付けに、それでもクルーゼは唇を噛み締め、そのまま暴力的なそれを進めていく。
フラガの口元から押さえきれない声音が洩れるのに気付いて、通信機の電源を切る。
もの言わぬそれを、クルーゼは無造作に足元に落とした。

「っ・・・!!あ、ああっ・・・、やめ・・・っ・・・」
「・・・くっ・・・」

滑りの悪い内部を乱暴に拓かせたためか、切れた粘膜からは血の赤があふれ出していた。
だが、クルーゼは構わない。痛みに震える身体を壁に押し付けて、何度も腰を叩き付けるように。流れる血が潤滑油の役目を果たし、キツかったそこはそのうちに滑る。
そうして、抑えることを忘れた唇からは、いつの間にか甲高い嬌声が洩れていた。
フラガが痛みだけではない、深く重い快感を感じていることがわかるそれに、根元まで己のすべてを収めてしまうと、
クルーゼは漸く満足したように深く息をついた。

「ムウ・・・」
「っ・・・、も、いいだろ・・・っ!?」

下肢に収まったそれの熱に翻弄されながら、フラガの腕が弱々しくクルーゼから身を離そうと宙を切った。
両の手の指を絡め、壁に縫い止めたフラガを見下ろす。唇を噛んで、快楽と痛みに耐えていたらしい彼のそれは、血の味がした。痛々しげなそれを、癒すように舌で舐め上げて。
クルーゼは、再び唇を重ねた。
フラガは眉を寄せたが、彼の身体を押し返す気力などなかった。
深く絡められた舌を甘噛みされ、身体が痺れるようだった。下肢に在る"彼"の脈動も、フラガの思考を麻痺させていく。

「―――っう・・・、あっ!」
「・・・漸く、素直になったな」

含み笑いと共にそう投げかけられ、しかしフラガは脱力した身体を男の腕に預けた。
どんなに抵抗しても、したくとも、所詮。
するりと前の昂ぶりに指を絡められ、ぞくりと背筋が震える。一度許してしまえばもうなし崩しになってしまう自分の身体が、フラガは大嫌いだった。

「・・・ムウ」
「・・・、なんっ・・・だ、よっ・・・」

悔しげに見上げる彼の表情は、朱に染まり、甘く歪んで、
それはひどくクルーゼの目を楽しませた。いつも反抗的な目を向けられているだけに、その水を湛えたような蒼の瞳はこの世のものとは思えない美しさだと、クルーゼは本気で思う。
そのままの体制で、クルーゼは手元の時計をチラリと見やった。
爆破予定時刻が迫ってきていた。逃げるなら、もう、そう時間はない。だが、クルーゼは軽くため息をつくだけで、再びフラガの唇に触れる。
久しぶりに腕に収めた身体は、にわかには離し難くて、理性と感情の狭間でクルーゼは揺れていた。
黙ってキスを続けていると、フラガの中がどくりと脈打った気がした。熱い。これほど安堵できる場所は、クルーゼには他にないだろう。
なぜなら、彼は。
クルーゼの、唯一の血縁。すべての始まり、アル・ダ・フラガを父に持つ、己の兄であり、そして息子。
他の誰でも駄目なのだ。己のこの醜い感情を受け止めるのは、この男でなければ。
憎しみ、怒り、嫉み、それらすべての負の感情。原点はここにあるのだ。彼には、嫌でも受け止めてもらわねばなるまい。
再度、腰を突き上げてやれば、揺れる身体に不安を覚え、しがみ付いて来る幼い若者。
耳元に唇を寄せると、クルーゼは静かに囁いた。

「・・・あと、少しで爆破が始まる」
「っ・・・」

驚きに目を見張る彼の身体を、クルーゼはなおも貪り続けた。
まるで、現実から逃げ出そうとするかのように。

「もうすぐで、ここは跡形もなくなる。資料も、データも、関係者も、すべてを呑み込んでな。
 ・・・どうする、ムウ。一緒に逝くか・・・?」
「え・・・」

思いがけないクルーゼのその誘いに、フラガは戸惑う自分を隠せずにいた。

―――何を、言っている・・・?

耳を疑うようなクルーゼのその言葉に、目を見開いて目の前の彼をみやれば、その青の瞳は冴え冴えとした光。いつも嘲笑が張り付いたような彼の瞳は、今はただ、真摯だ。

「一緒に、って、お前・・・」
「―――それとも、お前が来るか?私の元に・・・」
「あ・・・っ・・・、やめ―――・・・!!」

ぐい、と身体を引き寄せられ、その不安定さにフラガは脅える。
両の手で尻を捕えたクルーゼは、そのまま入り口を拡げるようにして更に結合を深めてきた。
先ほどの傷が、再び開かれていくような痛みがフラガを襲うが、
けれど宙に浮かせるようにして己の楔を銜え込ませているクルーゼに、フラガはしがみ付くことしかできない。
再び、腿を伝う赤の色。刺すような痛みと、内臓が押し出されるような圧迫感。

「あ・・!やめ、クルー・・・っ!!」
「お前が、悪い・・・」

何度も腰を落とすようにして奥を突き上げられ、眩暈がした。
裂かれる様な痛みと最奥を貫かれる深い快楽は常に同時で、フラガは身悶えるしかない。
同じように彼の均整のとれた腹部で擦られた前も、涙を零して快感を訴えている。
耐えられない。もう、痛みも、快楽も。
解放されたいと、フラガの全身がそう訴えてくる。

「あ・・・!ラ、もっ・・・―――っ!!」
「・・・っ」

首筋に噛み付くようにして奥を突き上げると、フラガの中が激しく収縮する。
どくり、と全身の血流が沸騰した。気付けば、互いの腹部を濡らす白濁。そうして、自身もまた、彼の奥へと精を吐き出している。
痺れたように動けないままのフラガの腰を支え、己の劣情をすべて放ってしまうと、
クルーゼは男の身体を抱き締めたまま、彼の顔を見やる。
憔悴しきった顔は軽く青褪めて、そうして、既にその瞳は、瞼に閉ざされてしまっていた。
己が示した問いにも答えぬまま、眠りの世界へ旅立ってしまった彼に、
クルーゼは少しだけ寂しそうに笑みを浮かべる。

カウントダウンは、もうそこまで来ていた。
資料も、データも、関係者すら一人残らず消滅させるために、己はここへ来たのだから。
すべきことは、ただひとつだけ。
そう、ただ―――・・・














研究所は、崩壊した。
爆破予定時刻の直前に、陽動部隊が周囲の敵を全滅させ、そして駆けつけた。
逃げ出せた者は、一人としていなかった。
立ち上る煙、周囲の森すら焼き尽くす勢いの炎。すべては、無に帰した。あの、愚かでくだらない、研究の成果もすべてみんな。

「・・・ラウ!!」

炎に崩れ落ちる研究所の内部から、戻ってきたのはクルーゼだった。
その腕に抱えているのは、乱れた地球軍服を身に纏った、薄汚れたような人間。少年は目を見開いた。そして、その後ろに待機していた、Blue Eyesのメンバーたちも、同じように。
クルーゼが先ほどまで身に着けていたコートを羽織らせていたものの、皆が皆、気づいてしまっただろう。
それが、かの、クルーゼが唯一愛していた男だったということに。
敵軍の、兵士。
だが、誰も、何も言えなかった。
誰も、否定できる立場にはいなかった。
クルーゼが、どれほど彼を憎み、そして愛していたか、
知らない者は、ここにはいない。

「・・・連れて行くの?」

少年の問いかけに、クルーゼは今一度、腕の中の存在を見やった。
これほど大切で、愛していた男を、こうして手放してしまった理由は、もちろんある。
過去、短かい間だったが、共に過ごした時間。
そうして時が過ぎ、別れねばならない日、手を伸ばしたのはクルーゼのほう。
だが、結果的には、こうして地球軍と、ザフト軍に分かれ、
今ではもはや、敵対せねばならない立場。
どうしてあのとき無理矢理にでも連れて行かなかったのか、今でもクルーゼはわからない。

「・・・いや」
「どうして。あれほど・・・」

そこで言葉を切って、少年は少しだけ顔を背けた。
あるのは、取るに足らない、馬鹿げた感情。クルーゼが己でもなく、そして普段共に過ごしている紺の髪の青年でもなく、
この唯一の血縁を一番に思っていること。それはとうの昔に知っていることだけれど、
やはり、目の前にするのは、辛い。
いっそ、強引にでも、プラントに連れて行けばよいと思うのに、
どうして、この人はそれほどまで―――・・・

「・・・・・・優しすぎるよ、貴方は」
「レイ」
「欲しいのなら、奪えばいいんだ。どうして、こんな・・・」

ぽふっと頭を撫でられ、少年は言葉を紡ぐのをやめた。
クルーゼは、すべてわかっている、といった風に苦笑する。けれど、少年の言葉に従うことはしなかった。
何故なら、クルーゼは。
欲するより、憎むより、それ以上に彼を大切に思っていたから。
己とは違い、これからも長く長く続くであろう未来の光を、どうして遮ることができるだろう?
それも、自身の欲望のためだけに。

木陰には、横たわる青年の姿。
火の届かないその場所を眺めながら、少年は呟いた。

「・・・罪な人だね。あんたは」





end.








Update:2006/10/24/MON by BLUE

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