刹那の想い



何の為に、
背を向けたのだろう。
互いにそばにいたいのなら、世の中など捨ててもよかったはずなのに。
事実、今となっては出会うのは偶然以外のなにものでもなく、
伸ばす手は触れられず結局宙を切るだけ。
それなのに、
何故か私は、
いつにない喜びを感じているよ。
手のひらから飛び立った鳥のように私の元を去ったお前は、
それでも私から逃げられない証拠に、運命の輪の巡り合いによって私の前に現れ、そして銃を向ける。
それが微かに震えているのを、気付くのは私だけだ。
いいんだよ?
命なんか、たいしたことはない。
お前を抱きしめられないのは心残りだが、
そのかわり、私はお前の心の一部を占めてやる。
私の血を浴びて洗礼を受けたお前は、きっと今以上に美しい。
けれど、



それが出来ないというのなら、
私が、






殺してやろう。




















どんなに先延ばししたって、意味のないことだとわかっている。
戦争が終わるためには、互いのどちらかが死ななければならないし、
それを恐れて日々生きるのは、大変に癪。
恐れるよりは、自分の手で。
戦争を引き起こすのは私。終わらせるのも私。
そんな立場にいたかったから、ザフトに入った。
コーディネーター?ナチュラル?そんなのどうでもいい。
ただ、もしお前がいつか幸せに生きられる場所があるのなら、
それを守るために、私は喜んで悪にもなろう。






そうだ。
私はお前を守る為に上に立ったというのに、
どうして気付けばお前に銃を向けている?!
























互いの銃が、互いの心臓を狙っている。
あと1ミリ指を動かすだけで、先にあるのは死だ。
けれど、フラガだけでなく自分の銃口まで震えていることに気付いたクルーゼは、フッと笑ってホルスターに銃をしまった。
「何のつもりだ?」
極力感情を抑えた声が、目の前で響く。
フラガに歩み寄ろうとしたクルーゼは、しかしカチャリと顔面に向けられた銃に足を止めた。
「・・・やめておけ。お前に私は撃てない」
「・・・っ!」
とっさに指に力を込めようとした腕を素早く掴み、背後の壁に押し付ける。
怯えたような顔を見たのは久しぶりで、クルーゼは口の端を歪ませた。
ガシャン、と足元に拳銃が落とされる。
「・・・よく1人で来たものだな。初めに見つけたのが私じゃなかったから、大変なことになっていたぞ」
「・・・へっ、お前に見つけられたのが、俺の最大の失敗だぜ」
吐き捨てて、横を向く。
身を捩って逃げようとする彼を、クルーゼは体でフラガを壁に縫い止めた。
触れるほどに近づいて、彼の顔を覗き込めば、自分の弱さを曝け出すまいと歯を食いしばる彼の姿。
クルーゼは改めて両腕をしっかりと頭上に押し付けると、フラガの唇を舌でなぞった。
「目的はなんだ?」
軽く重ねられる唇。逃げる度に、しつこくクルーゼのそれが追いかけてくる。
逃げられないことを悟ったフラガは、せめて口内を守るようにきつく唇を噛んだ。
その上を、温かな舌がなぞる。
「・・・っ」
「・・・私か?」
「―――――っ!!」
途端に、羞恥か怒りか、フラガの顔が真っ赤に染まる。
その様子を見ていたクルーゼは、喉の奥で笑った。
「図星のようだな」
「くっ・・・!バカや・・・!」
反論しようと開いた口を、クルーゼに塞がれる。口を開いたためにし歯列を割られ、フラガはクルーゼの舌を受け入れた。
逃げようとしても逃げ切れずに、舌は絡まり、吸われ、甘噛みされていく。
次第の抜けていく力に、フラガは立っていることすらつらくなっていた。
頭上の腕が下ろされ、クルーゼに支えられる格好で口付けを受ける。
不意にクルーゼがフラガの腕を取り、自分の方へと導いた。
手は首筋に触れ、指先は喉へと食い込んでいく。
フラガは目を見開いた。
「お前なら、」
「何を・・・っ!」
「私をすぐ殺せる。・・・どうだ?今すぐ殺すか?」
唇に触れたまま、クルーゼが囁く。指先に血液の脈動を感じて、フラガは咄嗟に手を引いた。
「あ・・・」
その瞬間、悟る。
これは、彼との駆け引きなのだと。
今彼を殺さねば、自分が彼の手中に収められてしまうのだ。
今予感させられている行為の続きを選ぶか、それとも彼の死を望むか。
2択を迫られた時、フラガに道は一つしかなかった。
「・・・・・・殺すのは、後にする」
「フフッ・・・光栄だ」
改めて、フラガの背を抱き直す。
次第に剥されていく衣服に、フラガは目を閉じた。







元々、殺すことは考えていなかった。
ただ、ザフトの艦に潜入し、新型兵器のデータをハッキングしてくる指令が出された時、咄嗟に自分がやる、と申し出てしまっただけのことだ。
ただ一つの失敗は、クルーゼ・・・このザフトの指揮官に見つかってしまった事。
何もなければ、無事にデータを持ち帰ることも出来たはずなのに。
けれど、心の底では、この状況を喜んでいる自分がいた。
認めたくはないけれど、
多分、自分はそんな理由でこの任務を引き受けたのかもしれない。
・・・何故、そんなにこの男に会いたい?
よかれと思って背を向けたはずなのに。
フラガはうっすらと目を開けると、存在すること自体夢のような目の前の男を見上げていた。






「バカだよな・・・俺・・・」
「ああ、バカだ。私から・・・背を向けたお前は・・・本当に・・・・・・」













バカだ。




けれど、本当にバカなのは自分なのかもしれない。
殺さねばばらないことはわかっているのに、結局は先延ばししてばかり。
この分じゃ、戦争も当分は終わらないな。
クルーゼは、フッと自嘲の笑みを浮かべると、フラガを愛するべく首筋に顔を埋めた。
・・・まぁ、今はそんなことはどうでもいい。
今、目の前にフラガがいて、腕の中に抱くことが出来る事実は、確かに掛け替えのないものだから。
肌に触れる彼の熱を感じて、クルーゼもまた秘めやかな行為に身を委ねたのだった。



Update:2002/11/15/FRI by BLUE

小説リスト

PAGE TOP