絡みつく細い鎖を何度千切りたいと思ったかわからない。
束縛なんて嫌いだ。
俺は俺の生きたい様に生きて、死にたいように死ぬ。どうして他人にそれを妨げられなきゃならない。
左手にはナイフ。外れない鎖なら自ら繋がる腕を切り取ってやる。
利き腕ではないほうの手を震わせながら切り落とした手首から先は、ごとり、と重たい音を立てて床にくずれおち。
その次の瞬間、切り口から噴出してくる目も眩むほどの鮮やかな色の赤。
ああ、忘れていたよ。
ここは動脈。命を繋ぐ大事な部分。
次々と溢れ出る真っ赤な血は止まることを知らず、ふいに視界がぐらりと揺れる。
まったく、笑い事だよな。
他人の束縛から逃れる代償は、逃れようのない死。
でも、いつまでも絡めとられているよりはマシなんだろう。
生暖かい血が肌を濡らす様を眺めながら、フラガは瞳を閉じた。















「あー・・・・・・」

ひどく間延びした声がベッドから聞こえてきて、クルーゼは眉を寄せた。
情事の後。達した勢いでなしくずし的に眠っていたはずのフラガが、布団の中から腕を伸ばし目の前に翳す。
近寄っても構わずに自分の手首を見やる男を覗き込んで。
クルーゼは声をかけた。

「どうした」
「んー・・・、ついてるなぁって」
「・・・は?」

わけがわからない。
いまだ天に伸ばしたままのフラガの腕を捕らえて。
そのまま口付ける。男は抵抗を忘れたまま。
抱いた腕がすっと背に回されてくるのに目を細めて、クルーゼはより深いキスを続けた。
情交の後の唇は、しっとりと濡れて。
体内に残る余韻が互いを煽る。
ふと目を開ければ、絡む視線。フラガの色は、どこか危うい。
それがただのけだるさからくるものとは違うことを認めて、クルーゼは彼の身体を片腕で抱いた。

「何がだ?」
「・・・・・・腕。」
「・・・・・・」

もっと分からない言葉を返されてしまい、ますますクルーゼの眉間に皺が寄る。
呆然としたかれに自分の反応は興味がないようだ。構わない。そのまま、男に捕らわれていた腕を見やる。

「夢でも見て呆けたか?」
「夢・・・そう、・・・見たんだ、夢」

何かをそらんじて言うような口調のフラガに質問は諦めて、そのまま滑る肌に唇を寄せ。
先ほど散々やってきた行為だというのに、
しかもシャワーまで浴びて清めた身体をまた情事に溺れさせてしまうことに躊躇いがなかったわけではない。
ただ、互いの熱を煽る行為は決して飽きの来るものではなく、求めては渇き、渇いては求める、そういったものだから。
時間があるときくらい、思うがままに相手を貪っていいはずだった。
そういう自分の思い込みが、相手に無理をさせていることはわかっていても。

「銀の鎖が、さらさらって鳴って・・・キレイだけど、でも、すごく耳障りで。千切ってしまいたかった」

鎖。
動き回るイキモノを繋ぐ道具。
聞き分けのないそれを強引に縛り付けるモノ。
少しだけ、フラガの『夢』に興味が湧いた。そのまま促すように鎖骨に歯を立てる。
フラガはひくりとクルーゼから受ける刺激に震えたが、まだ思考は上の空のようだ。視点の合わない瞳が、まるで何かを追い求めるよう。
天に伸ばした腕を、ただひたすらに見つめて。

「・・・冷たかった。怖かった。逃げ出したかった」
「で、外れたのか?それは」

フラガを縛る鎖。たしかに現実には、物理的なものは何もない。
だが、精神的なものはどうだろう?
フラガをこの場所に縫い止めるのは紛れもなく自分だ。同意の上とはいえ、どちらかといえば相手に無理を強いているのは自分のほう。
心なしか、胸が痛くなる。
クルーゼの言葉少なな問い掛けに、フラガはいいや、と首を振った。

「外した。オレが。自分の腕を、こう・・・・・・」

もう片方の腕を、あげて。
右手首にあてられた指先が、刃物の形をとる。
もう、十分だった。
クルーゼはあげた腕を掴んで動きを封じた。

「・・・もう、いい」

切って、と動く唇が痛かった。鎖から逃れるために、自らの肉体を傷つけようというのか。
漸く、フラガが始めに言っていた言葉が理解できる。
ついてる、とは自分の手首だ。
切ったはずの自分の腕がついていることに、呆けたままのフラガは不思議に思ったのだろう。
バカなことを夢に見る、と思う。
それほどまでに、かれにとってこの現実は不満か?
クルーゼという男にその身体を捕らわれ、蹂躙され、強引に奪われる現実は。
―――お前も好きだと言ってくれたのではなかったのか。

「・・・それほどまでに、束縛されたくないか?」
「いや、されたい」
「・・・・・・」

即答を返してくる男は、矛盾だらけで。
顔を顰めれば、それに気付いたのかくすりと笑って両腕が自分の背に回される。
呆けていた瞳はいつの間にかきらりと光って。誰もを魅了してやまない光がそこにはあった。
青く、青く、どこまでも青く。
深いそらの色のような、澄んだ水のその深きのような。
クルーゼは、いつだってそれに目を奪われ、腕に捕らえたいと思う。
そして、こうして腕に抱いてからも、ただひたすら。
男を求める。奥まで、ずっとずっと届かないような奥までを求めて。
時には、傷つけることもあろう。想いだけが空回りして、上手く伝わらないことなどしょっちゅう。
けれど、今更この熱を、手離すことはないだろう。
―――たとえ、手の中のそれが離してくれと泣いて懇願しようとも。

「束縛されたい。
 ・・・あんたの傍から、オレを離さないでくれ」
「嬉しいことを言う」

でも、本音は違うんだろう?
ふとフラガの腕を見下ろすと、ふらりと眼前に浮かぶ幻覚。
真っ赤な、血。鮮やかなそれは、男の白い肌をうつくしく染め上げ。
そう、綺麗だよ、ムウ。
冷たい鎖、無機質な色、紅い血、透ける素肌。全てがお前を飾るのに相応しい。
赤の溢れ出す傷口に口付ける。
舐め取るように舌を這わせると、フラガはくすぐったそうに身を竦ませて笑った。

「・・・マゾだな」
「そうかも?でも、あんた相手だけだし」

それは、確かにもしクルーゼ以外にもそんな顔を見せているなら、クルーゼは黙っていないだろう。
地球軍のエース。
誰よりも頼られる存在。
理知的な瞳の輝きをもつ彼は、気さくで、人当たりがよくて、優しくて、驕りがない。
それが、クルーゼの前でだけ、娼婦のような艶かしい表情を見せる。
普段見られない男の姿は常にクルーゼを満たし、情欲を煽った。
―――欲しい、と思った。

「・・はっ・・・ん・・・」

仰け反らせた白い喉にすかさず口付けて、肌をまさぐる掌はするりと下肢のほうへ。
フラガが巻きつけていた綿毛布の隙間からてのひらを忍ばせて、クルーゼは彼の素肌を求めた。
すぐに、晒される裸体。慣れたからだは、クルーゼに見られるだけで反応を示す。
クルーゼはすでに立ち上がったそれを掠めるように触れるだけで手を離すと、そんな男に対し戸惑いの表情を見せるフラガに意地の悪い笑みを傾けた。

「欲しいなら、自分でやれ」
「・・・・・・・・・性格悪すぎ」

フラガには、逆らえない。
現実的に、クルーゼはフラガの行動の手綱を握る。それは、繋がれているのと同じこと。
だが、本当は。
クルーゼの言葉に逆らうことなど、簡単なことだったのだ。
誰も、弱みを握られているわけでもなければ、彼の言葉を聞く義務もないのだから。
それなのに、フラガはクルーゼの言葉に逆らえない。
フラガは、自分の意思でクルーゼの鎖に繋がれていた。
―――何故?それは、今でもクルーゼにはわからない。
あんな夢を見るくせに、あんなに縛られるのが嫌なくせに。どうして自分には繋がれているのだろう。
ただ、都合はよかった。
無理に縛らなくてすむならば、それが一番いい。

「んっ・・・ふ、う・・・」

目を閉じて、顔を背けて。
長い指を絡ませて、自分の思うがままに快楽を呼び起こす。
先ほどまでの情交のせいですぐに濡れてくるそれは、よりフラガの手の動きを激しくさせ、近くでそれを眺める男もまた卑猥な光景に目を細めた。
彼の手に、自分の手を添えて。びくり、と瞬間震えた身体は、またもや襲う強烈な快感の波に今にも呑まれてしまいそうだ。
ひっきりなしに洩れる悲鳴にも似た嬌声。それでもフラガの動きは止まらない。
理性を失い、ただ本能のままに快楽を求めるかれは、クルーゼの言葉も聞く余裕もないまま達してしまった。

「はあ、っは、あぁ・・・」

これで、今日は6度目になる。さすがにこの年で、日に6度はつらいか。
クルーゼは胸元に吐き出されたフラガの欲を指先で掬う。
白濁は、明確な情交の証。
掬ったそれをフラガの口元へと運んで、そのままクルーゼはフラガの両足を抱えあげた。

「・・・ぃやだ・・・」
「嘘をつくな」

散々内部に欲を放ったそこは、ひくつくたびに白濁を零す。
濡れそぼったそこにこれ幸いと自身を侵入させたクルーゼは、フラガの微かな抵抗などものともせず下肢を貫いた。
勢いで、含み切れないそれが内部から漏れ出してくる光景はただただ淫猥で、背徳的で。
肌を濡らすそれを指先で掬って、そしてまた内部へと押し込むように指先を侵入させる。男のモノだけでも窮屈でならないその場所は、周囲を指先で撫でられ息を呑む。
指先から感じる内部は今までにないほど熱く、クルーゼはひどく興奮したように渇いた唇を湿らせた。

「イイだろう・・・?ムウ」
「っあ、は・・・っ、い・・・いっ、あぁ・・・」

フラガの素直な返答に気をよくしたクルーゼは、そのままフラガに強烈な律動を与える。
凶暴さえ思えるそれは、もはや6度も達かされ軋むフラガの身体にはすぎた快楽でもあるけれど、
それでもフラガはクルーゼから受けるそれを甘んじて受け入れ、そして彼の欲を受け止めた。
楔を押し込まれた内部から、また白濁が滴る。
ずるり、とクルーゼが離れた時には、またもやフラガの意識はなく。
力なく横たわったそれを、男は抱き締める。
もう一度、フラガの右腕に口付けると、先ほどのような残酷な幻覚は消え、ただ薄闇に浮かぶ白いフラガの肌の色だけがクルーゼの脳裏に焼きついた。










鎖。
束縛の具体。
ざらりと擦れる金属の音は、確かに耳障り。
束縛なんかされたくない。自分の好きなように生きさせて。自由に、気ままに、好きなように。

―――だけど。

束縛、したいんだ。
あんたじゃなくて、オレが。オレが、あんたを縛りたいんだ。
部屋に繋ぎ止められる鎖?冗談じゃないよ。
あんたとオレを繋ぐ鎖をください。
決して取れないモノを。死んでも、どれほど血を流しても取れない鎖をクダサイ。

神様に祈るなんてガラじゃない。
祈りたい神様もいないけど。
ぎゅっと情交の証で濡れるシーツを握り締めて。
フラガは唇を噛み締める。
カミサマ、一生で最初で最後のオネガイです。








・・・彼ト、僕ヲ繋グ鎖ヲクダサイ




end.




Update:2003/10/22/TUE by BLUE

小説リスト

PAGE TOP