幸福の定義 後



「・・・状況はっ?!」

フラガが司令室へと入ってくると、一同はみな少しだけほっとしたように表情を和らげた。
地球軍では、フラガは頼りにされる存在だ。
皆が皆、彼が前線に立てばなんとかなる、と思っているし、思いたいだろう。
フラガがモニタを見上げると、既に敵襲を示す光が映っていた。

「これは・・・!」
「・・・相当な数だ。本気でこちらを潰すつもりか、ザフトめ・・・!」

基地の司令官が、重々しい口調でそう告げる。
十数機といった数のザフト製モビルスーツ、ディンは、まっすぐにこちらに向かってきていた。
1体のMSでさえ苦戦する地球軍のMA部隊に対して、
その数はあまりに多い。
たとえ、その10倍の兵器をこちらが持っていようとも、簡単に対処できるものではなかった。
フラガですら唇を噛んだ。

「戦力を固めて、迎え撃つしかない・・・」

上官の言葉に、フラガはモニタを睨んだ。
確かに、基地には十分な武器はそろっているし、設備も整ってはいる。
だが、あの数を迎え撃つにはいささか甘い考えではないのか?
いや、元々勝ち目はない数。
ならば、援軍が到着するまでに持たせることが重要なのだ。
―――それならば。

「・・・まだ敵方とは距離があります。・・・こちらからMAを出せば・・・・・・」

モニタを指差しながら、フラガは告げる。
せめて、基地にディンが近づく前に、少しでも数を減らせれば。
「少しでもこちらに来る前に落とせるかと思いますが」
地球軍のエースパイロットであるフラガの言葉に、その場にいる一同は頭を悩ませる。
どのみち、どんな作戦を考えたとて援軍が来ないことには対処法すらないのだ。
今は、フラガの能力を信じたい気持ちも、彼等にはあったろう。

「ああ・・・。フラガ大尉、指揮は任せる。少しでも持ちこたえさせてくれ」
「はっ!」

フラガは敬礼をすると、司令室を出た。
前線に出るMAは30機。本当は、そんな数で足りるはずがない。
しかし、基地周囲に配置するものを抜かせば、そのくらいの戦力しかこの基地にはなかった。
だが、ザフトの目的がこの基地ならば、妨害にはなるはずだ。
死を望まない戦い方をするフラガのこの選択は、彼にとってつらいものだった。
(だけど)
基地すべてを潰させるわけにはいかなかった。
ここを壊滅させれば、地球軍は大打撃を受ける。
そうなれば、元々地球を、いや、ナチュラルを快く思わないコーディネイターたちは、
地上を火の海としてしまうかもしれない。
今ですら、ニュートロンジャマーのせいで荒廃してしまった世界。
ならば、守らなくては。
これ以上、ザフトのいいようにはさせない。
フラガはぐっと拳を握り締めると、
カタパルトに準備されたメビウス<ゼロ>に乗り込んだ。



・・・空に出ると、既にザフトの軍勢は目で捉えられるほどに迫っていた。
一足早く情報を得たからよかったものの、ギリギリまで気付かないでいたならどうなっていたことだろう。
朝日を背に、こちらへ向かってくるディンを、フラガは睨んだ。

「・・・っ、敵はたった十ちょっとだ!まずは包囲して、逃げ道を塞いでやれ!」
「了解!!」

フラガの指示に、若者たちの声が重なる。
この基地には、若く士気溢れる兵士達がたくさんいた。
エースパイロット、ムウ・ラ・フラガの存在の影響もあるだろうが、
正義感が強く、死をも恐れず敵の前に身を投げ出すような。
だがそれは、経験が少ない故の憧れ的なものもあったろう。
ただぶつかっていくような戦い方は、フラガ本人はよしとしていなかった。
たとえ殺し合いという現実であろうと、人命第一でいたかったのだ。

「・・・っ、おい!固まるな、散れ!!」

モニタに映る自軍のモビルアーマーに、フラガは声を上げた。
戦闘で、味方同士がかたまって動くのはタブーだ。格好の標的となに、まとめて落とされる可能性があるからだ。
しかし、経験の浅い彼らはそんなことなど頭にない。
目の前の敵を討ち、そして少しでも功績を上げたいという気持ちが最優先。
かくして、フラガの声が彼らの耳に届いたときには、
かれらの視界に閃光が走った。

「・・・な・・・・・・」

フラガは息を呑んだ。
ザフト軍勢との距離は、まだまだ遠いはず。
だというのに、まっすぐに機体を貫いたビーム砲は、そのまま彼らの爆発を誘っていた。
まともに戦闘も始まっていなかったこの状況。
皆の心に恐怖がよぎる。

「ちっ・・・おい、ひと所に留まるな!狙われるぞ!!」

舌打ちをして皆に叫ぶと、やっと正気に戻ったのか皆は陣形に散らばり始めた。
そして、フラガは正面へ。
決して、自身の力を過信しているわけではない。だが、上司としての責任感が彼を押した。
銃撃音が聞こえ、戦いの始まりだ。
部下たちの負担を少しでも減らそうと、フラガはガンバレルを展開させた。

「くらえっ!!」

丁度目の前に迫ったMAを撃とうとしていたディンを、フラガの攻撃が襲った。
体勢を崩したそれは、次の瞬間MA3体の総攻撃を受け大破する。
他のMSがそれに慌て、フラガの背後を取ろうとし、逆にフラガのガンバレルに落とされる。
標準型のモビルアーマー、メビウスだけでは到底崩れるはずのないザフトの陣形は、
このフラガの特殊型がいるだけでこうも簡単に乱せるのだ。
地球連合軍にとって、ムウ・ラ・フラガが貴重な人材であることは間違いなかった。
そして、だからこそフラガは割り切れないのだ。

「ゲイル!後ろに回れ!ライアン、まずは一度退け!!」

自身の攻撃を続けながら、フラガは部下に対して細かな指示を出していた。
フラガの手の回らないところでは落とされた味方機も確かにいたが、
慣れないながらも仲間達との連携プレーによって、なんとかザフト軍の勢いを削ぐことができているようだ。
(よし、この調子でいけば・・・・・・)
フラガは周囲を見渡す。
負傷機を除いても、味方機はあと15機ある。
一方、ディンのほうは5機にまで減っていた。
上手くすれば、この場所で全機を落とすことができるかもしれない。
淡い希望を胸に、フラガは操縦桿を握り締め、機体を反転させた。
だが、その時。

「・・・なんだっ!!?」

背後から、空気すら震わせるような強烈な轟音が耳に響いた。
反射的に、音のした方へ顔を向ける。
フラガたちが見たのは、自分達が守ろうとしていた基地の一角が爆破されている光景。

「なん・・・っ!!」

だが、驚いている暇などなく。

「うわあああ―――――!!!」
「レイダ!!・・・っくそっ!!」

爆発音に気を取られているうちに、自分はどんどんと落とされていく。
フラガは必死に抗戦したが、敵を倒すことが出来ても部下達を守ることまでは出来なかった。
攻撃の合間に基地の方角を見やれば、一角は破壊されたもののこちらも必死に抵抗は続けているようだ。
だが、苦しいことには変わりないだろう。落とされるのも時間の問題だった。
唐突に、基地からの通信が入った。

『フ、フラガ大尉・・・』
「・・・サドル大佐!!ご無事ですか!!?」

フラガは言葉を返す。
モニタに映る内部の状況は凄惨なものだった。
この位置からは確認できなかったが、司令室を完全に狙われていたのだろう。
通信機器すらダメージを受けているのか、雑音がところどころ混じっていた。
フラガは唇を噛んだ。
それでは、自分達が戦っているこの十数機はおとりだったということか。
基地を攻撃しているディンは、その倍もの数で基地を急襲していた。

「大佐・・・」
「フラガ大尉・・・。よく聞いてくれ。そのまま、こちらに戻ってくるな」
「!!??」

上官の言葉に、フラガは息を呑んだ。

「な・・・何故・・・!」
「・・・先ほど、基地を守るMA部隊の最後の一機が落ちた。ここが落ちるのももはや時間の問題だろう。
 だが、ただでは落とさせん。ナチュラルの誇りにかけてな」

サドル大佐の言わんとしていることに気付き、フラガは青ざめた。

「そんな・・・、まだあきらめるのは早い!もう少し持ちこたえれば、援軍も来るはずです!!」

フラガの必死の説得に、しかしサドルは苦笑うように首を振る。

「・・・援軍は来んよ。・・・今、ユーラシアの基地も襲撃を受けている。こちらに回す余裕はなくなった」
「し、しかし・・・!」

渋るフラガの前で、モニタが揺れた。
ザフトからの攻撃で一瞬途絶えた通信は、今度はもはやサドル大佐の途切れ途切れの言葉しか伝えられなかった。

「大佐・・・!」
「・・・・・ガ・・尉・・・、君は、生きて・・・勝利を・・・」

その言葉だけを残して切れる通信に、フラガは拳を震わせた。
勝利?どうやって勝利を勝ち取れというのか。
自分の全てを懸けて戦ったとて、誰一人守れない。
30機もいた部下たちは、今や誰も残っていないのに。
どんなにもてはやされていても、所詮自分は無力だ。
フラガは切れるほどに唇を噛み締めた。
背後に強烈な衝撃が走り、フラガは呻いた。
残った最後の一機を、忘れていた。
基地に気をとられ片翼を失ったメビウス<ゼロ>は、バランスを崩したままそれでも応戦しようと砲身を向ける。
だが、その次の瞬間、視界に強烈な閃光が走り、フラガは動きを止めた。

「・・・大佐―――――っ!!!」

視界を全て奪うほどの激しい光に呑まれて、周囲を固めるザフト軍は一掃されていく。
自爆。どの基地にも、最終手段として敵を道連れにするシステムは用意されている。
そして、ここもまた。

「ち・・・くしょおおおおおっ!!」

フラガは無理な体勢のまま、怒りに任せて敵モビルスーツへと狙いを定めた。
だが、攻撃を受け、計器すら壊れかけた自機では、いくらフラガでも操作などままならず。
放った攻撃を紙一重で交わされ、フラガは目の前に迫るディンのサーベルを確認した。

「・・・―――――っ・・・・・・」

―――――逃げられない。

そう思った瞬間、フラガは死を意識した。
走馬灯のように、今までの出来事が頭を過ぎる。
今まで共に戦ってきた同僚や上官たち、倒してきた敵や戦火に包まれる大地、そして―――・・・

―――――・・・クルーゼ。

フラガは瞳を閉じた。
・・・だが、彼の意識を奪う衝撃は、訪れることはなかった。
ただ、既に高く上がっていた太陽の光が遮られたのが不思議で、フラガは目を開ける。
目の前に、1体のモビルスーツが立ちはだかっていた。
腕や足に、結構な傷を負ったそれは、
先ほど自分がガンバレルで攻撃を浴びせ、落としたはずのディンだ。
その機体から、音声だけの通信が入った。

『何やってる!早く行け!!』
「・・・あ・・・クルーゼ・・・・・・?」

聞き覚えのある声に、思わず名を口にする。
壊れかけたディンでフラガへの攻撃を受け止めたクルーゼは、
そのまま同じようにビームサーベルを取り出すと、フラガを狙おうとしていたディンに応戦し始めた。
(・・・ああ)
周囲は、昨晩までの姿など見る影もない。
敵軍をも巻き込んだ地球軍太平洋基地の自爆行為に、
一面が瓦礫に埋まっている。
フラフラな状態で、かろうじて基地があった場所までたどり着くと、
瓦礫の下に埋まる見知った顔ぶれに、フラガは唇を噛んだ。

「・・・大佐・・・」

元は人であったものも、これではただの血にまみれた肉塊でしかない。
外に出、放心したように歩けば、同僚の中でもひときわ気の合った友人の姿。
破壊されたMAの下に居た彼を見かねて、
フラガは彼の傍に立った。

「・・・・・・・・・・・・・・・コール」

彼の顔は、恐怖に怯えたような引きつった表情ではなく、
むしろ満足げな笑みを浮かべていた。
彼は彼の信念に忠実に戦い、そして死んだのだ。
彼自身は、誇りに思っているかもしれない。
―――だが。

「・・・コール」

震える声で、もう一度名を呼ぶ。
ああ、なんて残酷な世の中だろう。
つい1日前まで、バカなことを言い合って笑っていたのだ。
戦争が終わって、いつか叶えたい夢をキラキラした目で語っていた彼は、もういない。
たった一瞬で、奪われてしまった命。
そして、彼が持っていたはずの、未来への多くの可能性まで。
フラガは震える手で彼の身体を支えた。
だが、力の入らない冷たいそれは、フラガに悲しみを訴えてくるばかり。

「コール・・・コールっ!!目を、開けてくれよ・・・・・・!」

泣きそうになりながら、彼の身体をかき抱く。
だが、二度と動くことのない身体。流れる血が、フラガの軍服を汚していく。
フラガの瞳から零れた涙が、男の頬を濡らしていった。

「なぁ・・・生きて、生きて帰って、今度はまともなパイロットになるって言ってたじゃねぇか・・・
 今度こそ、たくさんの人の夢を乗せて空へ飛び立つんだって・・・忘れたのかよ?!なぁ、コールっ!!」

言わずには居られない衝動に、フラガは嗚咽を漏らした。
どうして、こんな。
たくさんの人たちが、簡単に死んでいかねばならないのだろう。
胸が痛い。
自分の無力さと、人間の生のはかなさと、戦争の愚かさと。
けれど、わかっていても、何も出来ない。
友人1人、守ることすらできない。
周囲に累々と折り重なる、死体の山。
戦いを終えて、クルーゼが乗ったディンがフラガの元に降り立っても、
フラガは友を抱いたまま動こうとはしなかった。
硝煙の匂いと、血の匂いが混じって、ひどく苦しい。
基地は壊滅した。
だというのに、なぜ自分はここにいて、彼らの死を見届けなければならない?
コールだけではない、もっと、もっとたくさんの人が死んでいった。
部下も、上司も、敵も、そしてきっと、無関係でありながら巻き込まれた人々も。
それでも、おそらく戦争は終わらない。
人間が居る限り、争いはなくならないのだ。
どうして、どうしてわからない?!
誰も、こんな苦痛を味わいたくなんてないはずなのに。

「・・・・・・・・・・・なぁ」

瓦礫を踏む音に、フラガはそのままの体勢で声を掛けた。
近づいたクルーゼは、何も言わない。ただ、フラガが痛む様子を見つめているだけだ。

「・・・俺たち、本当に幸せになれるかな」
「・・・・・・さぁな」

戦争終結の先にある、皆が安心して幸せに過ごせる『時』。
見渡す限りの瓦礫と死体の前で、そんなものはただの幻想にしか思えなかった。
だが、それならばなぜ戦っているのだろう。
きっと、この戦いが終われば苦しまなくてすむ時代が来ると信じていたのに。
クルーゼの言葉に、フラガは唇を噛んだ。

「・・・っ」

友人の肩に顔を埋める。
クルーゼはそんなフラガを見つめながら、かすかにため息を吐いた。
そう、きっと、幸せになんてなれない。
戦争がいつか終わったとしても、
皆が皆安心して幸福に過ごせる時代など、きっと来ないだろう。
戦争が終われば、また新たな火種が起こる。
そのたびに人々は怯え、そして死んでいくことだろう。
そんな時代の合間の平和など、それこそ偽りなのだと、クルーゼは思っていた。
出来ることならば、フラガに言ってやりたかった。
幸せに、定義などないのだと。
皆が笑って、不安もなく、安心して過ごせる平和な時が本当の幸せだなどと、
どうして決められるだろう。
世の中が平和に見えても、見えないところでまた誰かが傷つき、苦痛に喘いでいるというのに。
ならば、こんな戦争時であろうと、自分なりの幸福の場所を見つけられればいいのだ。
誰も、永遠に続く幸せなど望めないのだ。
それならば、ひとときであっても、幸せだと思える時を作れるならばそれでいいではないか。
だが、今のフラガには言ってもわからないだろう。
かれは、優しすぎる。

「・・・ムウ」
「触るな」

肩を抱くクルーゼから逃れようと、フラガは腕を突っ張った。
だが、吹きすさぶ風は冷たく、男の胸は対照的に暖かい。
それは、フラガにとって忌み嫌うものであり、そして、一番求めているものでもあった。
だから、振りほどけなかった。
男の腕から、逃れられなかった。

「世界が幸せになる必要なんかない。私は、お前といられるだけで幸せだよ」

クルーゼの優しい言葉に、胸が痛む。
フラガは唇を噛み締めたまま、自分を抱く男の胸に脱力した身体を委ねた。






end.


Update:2004/06/01/TUE by BLUE

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