パシオン



通信機の光が揺れている。
すっかり日も暮れた時間、暗い我が家に帰ってきたフラガは、
己の留守中に来ていたらしい伝言があることに、微かに眉根を寄せた。
明日は、久しぶりの非番の日。
受信ボタンを無造作に指で押して、カーテンを閉める。朝、自分が慌しく出て行ったままの散らかった部屋を片付けながら、
聞こえてくるのは親友だったり、同僚だったり、自分の明日の予定を知っている者たち。
今夜の飲みに来ないかだとか、明日に遊びに行こうだとか、
軍人のくせにお気楽な皆。もちろん、自分もまた、そのような人間の一人ではあるのだが。
そんな誘いの伝言や、つまらないダイレクトメールなどを背で聞いていたフラガは、
ふとソファのクッションを直す手を止め、部屋に流れる音に意識を向ける。
曇りひとつない、澄んだ男の声。



『今夜、11時に待っている』



「・・・ちっ」

フラガは舌打ちをすると、手にしていたクッションを思わず通信機に投げていた。
見事に命中し、再生される音声はあっけなく途切れる。何度も聞かなくとも、名など名乗らなくても、
それが誰だかわかってしまう自分が、フラガは気に食わなかった。
今は、夜9時。
場所は、いわずもがなのあの場所だ。
もっと遅く帰ってくればよかった、とフラガはぼやく。そうすれば、こんな言葉、気にも留めないというのに。
わけもわからぬまま、急にやる気を失くした青年は、
今だ散らかる部屋をそのままに、
シャワールームへと直行した。帰ってきたばかりで、体がだるい。訓練で掻いた汗も、まだべたついている気がする。

「ん・・・」

無造作に衣服を放り投げて、フラガはシャワーのコックを捻った。キュ、と音がすると同時に、ヘッドから溢れてくる水流。
フラガはその冷たさに微かに顔を顰めたが、そのまま足元に流しっぱなしにしていると、
冷たかったそれは次第に湯へと変わっていく。
頭からそれを浴びれば、漸く肩の荷が下りたかのような気分になり、フラガは安堵のため息をついた。
シャワーヘッドを壁に掛け、己の身体を清めようと動く手は、いつになく丁寧だ。
それに気付くと同時に、耳の奥で聞こえる声。フラガは唇を噛んだが、それは一向に彼の頭を離れてくれそうにない。

―――今夜、11時に・・・―――

「・・・ったく」

全く、本当に困った奴だ、と思う。
何の前触れもないまま、こうしてこちらの都合も考えずに呼び出しをかけてくるくせに、
そんな素っ気ない言葉一つだけ。いや、本当は素っ気ないのではなく、元々無駄なことが嫌いな彼らしい、単刀直入な誘いの言葉ではあるのだが、
それにしてももう少し、何か言い方はないものか。
しかも、これはただ、仲間と誘い合って開く飲み会の誘いでもなければ、遊びの誘いでもない。
純粋にあの男が己自身を所望しているという、考えれば考えるほどに馬鹿げたものなのだ。
せめて、こちらをその気にさせるような言葉を囁いてもいいのではないか。
だがもちろん、そんなことをあの男に訴えるつもりは、フラガにはさらさらない。
別に、愛の言葉を囁いて欲しいなんて思っていないからだ。
これが、もし相手が女性だったなら、
積極的な、自分にとってもそれなりに魅力的な女性だっただろう。そんな相手を無碍に扱うつもりは、フラガにはない。
だが実際は、どこからどう見ても男で、
いや、もちろん外見は一瞬目を奪われてしまうほどに美しく、確かに魅力的ではあるのだが、
当然ながら男になど恋愛対象にないフラガが関係を持つような相手ではない。
だから、フラガは何度も、自問自答する。
どうして、こんなことになってしまったのだろう、と。
どこで間違ってしまったのか、と、意味のない問いかけを、
フラガは彼を思い出すたびに考えていた。今更、なにを考えても無駄なのだけれど。
その証拠に。

「んっ・・・ぁ、・・・」

泡に塗れた己の身体を這う手が、下肢に差し掛かる。無意識に腕の部分が己の中心に座するそれに触れてしまい、フラガは思わず吐息を洩らしてしまっていた。
そして同時に、フラガの眉間に皺が寄る。唇を噛んで羞恥に耐える彼は、
自分の想像していた以上に反応を示していたらしい己の身体に、一気に水流を浴びせる。
別に、あの男の誘いに乗ろうと思ったわけでも、そんな場面のことを考えたわけでもないのに、
既に熱を持ち始めている自分の体が恨めしい。
戒めるように砲身の根元を握り締めて、フラガは鏡に映る自身の顔を睨みつけた。
曇るそれを指先で拭えば、かすかに開いた唇を赤く染め、上気したように頬に紅を散らす濡れた表情。
熱っぽいその瞳を自分で認めて、嫌そうに顔を歪めた彼は、
ガン、と思わず鏡の中の自分を叩いてしまう。
認めたくなどなかった。
自分が、男に愛されて、それに悦びの声を上げている、などと。
だというのに、フラガの理性に反して暴走するこの身体は、無意識のうちに彼を欲して熱を帯びてしまう。
いよいよ収まらなくなった熱は、彼の手の中で堅さを増し、快感を求めてしまっている。

「ち、くしょ・・・。なんでっ、俺が・・・」

どうにかして己の身体の熱を収めたいと思うのに、制御の利かないこの身体が憎らしいほど。
誰も、彼の誘いになど乗るつもりなどない。そんなつもりで、シャワー室に入ったわけではないのだ。
だというのに、あの男に慣らされた体は、彼とその瞬間を待ち望んで震えてしまう。

「っ・・・ん、うっ・・・」

まったく、本当に、
どこで間違ってしまったのだろう。
これでは、まるで女のようではないか。己の恋心に戸惑い、それでいて男の誘いに悦ぶ自分を止められない。
きっと自分もまた、散々抵抗しながらも、最後には彼の行為に流されてしまうのだろう。
だがもちろん、まだフラガは、そんな己を認めていない。
シャワールームの壁に身を預け、熱を帯びたそれを手で慰めながら、
彼の理性はなおも否定するように首を振る。
けれど、己に湧く熱に支配された彼の脳裏を横切るのは、あの男のことばかりで、
更に彼の身体を熱くするだけ。

「・・・っ・・・、・・・あ、はあっ・・・」

唇を噛んで声を抑えようとしながらも、時折洩れてしまうそれが、狭い室内に響く。
耳に飛び込む己の声にすら煽られ、フラガは諦めたように己の砲身を扱き上げた。
背筋をぞくりと這い上がる快楽に身を委ねれば、手の中のそれが堅く張り詰め、あっけなく頂点に達してしまう。
室内の角に蹲るようにして脱力した体を預け、
手に放った白濁を漠然と見やれば、不意にこみ上げてくる笑い声。


「っ・はは、はははっ・・・」

―――何をやっているんだ、俺は。

いまだザァザァと湯水の流れるシャワー室で、フラガは放心したように動けないままだった。















「―――遅いな」

顔を上げた先に漸く望む男の姿を認めて、クルーゼは10本目になる煙草を足元に落とした。
より掛かっていた車の傍に溜まる吸い殻を靴底で踏みつけて、瞳を隠すサングラスの下から少しだけ恨みがましい視線を投げ付けてやれば、
しかし当の本人は全く気にしていないような顔で、むしろ面倒臭そうに顔を歪めている。
相手の都合も聞かず、身勝手に呼び出したのは自分の方なのだから仕方ない、とも思うのだが、
それでもフラガのそんな態度が気に入らないクルーゼは、
のろのろと歩くその男の手を引き、エンジンをかけっ放しの車の助手席に放り投げた。

「・・・っと!何すんの」
「お前こそなんだ。これほど遅刻しておいて余裕な奴だ」
「・・・悪かったな」

先ほどまで仕事だったんだ、文句あるか、と不満そうに告げられる言葉を聞き流し、
さっさと車に閉じ込め、夜の街を発進してしまえば、
逃げ出そうとしていたフラガも流石に大人しくなり、その代わり、といったように無言で唇を尖らせる。
つけっ放しにしていたたしいカーラジオからは流行りの甘い恋歌が流れていて、
それがますますフラガの機嫌を損ねていた。

「・・・で、どこに行くんだよ」
「ホテル」
「・・・・・・」

自分の隣で、澄ました顔でハンドルを握る男の、恐ろしく即物的な発言に、
フラガは怒りと呆れの入り混じったような複雑な気持ちになり、彼から顔を背けるように窓のほうを向いてしまう。
微かに頬が熱い。デリカシーのないこの男に反発しているくせに、
こうして先のことを想像し、あまつさえ顔を赤らめてしまう自分に、フラガはため息をつく。
先ほど吐き出した己の下肢が、また暴走を始めてしまう気がした。それが嫌で、極力考えまい、と外を眺める。
窓に肘をつき、頬を冷やすように手を当てながら、
フラガは夜の世界に光るネオンサインをただただ見上げていた。
そんな彼に、フッと笑ったのはクルーゼのほう。

「安心しろ。今日はお前が好きそうな場所を選んでやった」
「・・・は?なんだそりゃ・・・」

何が安心しろ、なんだかよくわからない。
けれど、だからといって抵抗も反論もしない。強引極まりないクルーゼには、もう慣れた。いや、抵抗しても無駄だということを、身に染みてわかっているからか、なんなのか。
着いたぞ、とこれまた素っ気ない声がして、漸く気付いたように顔をあげると、
既に止まっていたらしい車から降りていたクルーゼが、無造作にドアを開け、フラガの手を強く引く。まったく、相手の状態を何も考えていないらしい男。ただ、身勝手で、他人を振り回して。

「―――オイ」
「・・・・・・―――っ」

薄暗い駐車場とはいえ、誰が見ているかもわからない場所。
そんなところで唐突に腕を引かれて、フラガはよろめいた自分を受け止める男の顔を睨んでやった。
夜でも外すことのないサングラスに、薄い色素の金の髪。口元だけが、楽しそうに歪んでいる。

「・・・やめろ、このバカ・・・っ」
「―――イイ香りだな」

からかうようにそう言われ、フラガの顔がみるみるうちに赤く染まってゆく。
ここに来る前、すなわちクルーゼに会う前に、前もってシャワーを浴びたことを指摘するその発言は、
フラガに先ほどの己の行為を思い出させ、彼は憂鬱な気分になる。
もし、彼の前で、身体も態度もなにも興味はない、といった風な演技ができたなら、
きっとクルーゼは自分から離れていたと思う。
こうして、口では反発を見せていながらも、彼の声や言葉に煽られ、身体は嘘をつかない、とでも言うかのように反応を示してしまうから、駄目なのだ。
また今夜も、そんな矛盾した己の反応に気をよくしたらしいクルーゼは、
掠めるように唇を重ねて、そうしてサングラスの下からフラガと視線を絡ませる。
慌てて視線を逸らそうにも、もはや手遅れだった。
腰に回された腕に、力が篭る。

「ちょ―――。やめっ・・・」
「・・・ああ。お楽しみは後、だしな」
「っ・・・」

軽く胸を押され、漸く身体を離されたフラガは、ふぅ、と安堵のため息をついた。
部屋ならともかく、こんな場所でされたら、
彼のなけなしのプライドがずたずたになってしまう。
ただでさえ彼にはほとんどの己をむき出しにされているというのに、これ以上はさすがに御免だ。
触れられた唇を拭って、フラガは大人しくクルーゼについていった。
ふと、かすかな煙草の匂い。
普段殆ど吸うことがないのは、自分もクルーゼも同じはずだというのに、
珍しいこともあるものだという心の言葉を敢えて言わず、

「・・・あんた、煙草臭い」
「それは失礼」

そもそも、10本になるまで待たせるお前が悪い、と責められて、
フラガは何も返せずに黙り込む。
そう、抵抗するだけ無駄なのだった。
自分は彼を糾弾することもできなければ、彼に何かを求めることもできない。
それほど、彼の前でだけは素直になれない自分を、
フラガはよくわかっている。
好きも、嫌いも、愛しているも、憎んでいるも、すべての対象に当てはまる男のことを、
自分はどう形容すればいいだろう。
引かれる手が、ひどく恥ずかしくて、それでいて離すこともできなくて。
フラガはただ俯いて、彼の背を追った。
かなり先から予約しておいたらしいクルーゼは、慣れた風にボーイにチップを渡し、一言二言ですぐに下がらせる。
彼の手際はいつだって滑らかで、隙がない。そんな彼を呆然と見ながら、
着いたのは最上階のスィートルーム。
広いリビングの、これまた壁全体が窓であるかのように広いウィンドウを示され、
フラガは漸く先ほどのクルーゼの言葉に合点がいったのだった。
そういえば以前、街を一望できる場所に行きたい、とか言ったような気もする。
それは自分すら忘れるほどの過去のものだったが、この男が覚えてくれていたのだろうか?

「クル―――っ・・・ぅん・・・」
「どうだ?初めて見る景色は」
「っ・・・、なら、もっとゆっくり見せてくれたっていいだろっ・・・」
「私は、お前のほうに数百倍興味があるからな・・・」

くすり、と笑う男の気配に、ぞくりと背筋が震える。
先ほど自分の部屋で感じた感覚よりも明らかに違うそれに、フラガは無意識に唇を噛んで耐えていた。
するりと衣服の中に滑り込んでくる手は、淫らで、いやらしくて、
ひどく己の熱を煽られる。もっと見ていたい夜の街の景色は、視界にまだ映ってはいるのだが、
もうそろそろそちらに意識を向けようとするのも限界だ。
がくがくと膝が震えて、フラガは思わずクルーゼの肩に縋っていた。
普段はあっけなく己の腕の中に落ちてくるフラガに、クルーゼは珍しいこともあるものだ、と少しだけ驚いたような顔を見せたが、
それ以上に湧き起こる嬉々とした笑みのほうが勝ってしまっている。
少しくらいは己を律して、彼が喜ぶであろう景色のほうを見せていてやりたかったのだが、
どうやらそんな余裕はないようだ。
ただでさえ、予定時刻より長々と待たされ、
しかもその遅れた理由というのが自分との関係に備えて身を清めていたから、となれば、
もちろんクルーゼが黙っていられるわけもない。
鼻をくすぐるグリーンノートの香りは、フラガの愛用のシャンプーのそれで、
クルーゼはさらりとした金糸に指を絡め、心地よく香る彼のうなじに唇を寄せる。
ゆったりとしたそんな愛撫に焦らされるフラガは、
簡単に流されてしまう自分を嫌だと頭の隅で思うものの、もちろんそれ以上に快楽を求める情欲のほうが今の彼にはひどく強く、
当然ながら身体もそれを反映して淫らに濡れてしまっていた。
もう、視界に映る景色など気にも留めていない。
ただ、クルーゼの誘いを受けたときから彼を待ち望んでいた身体が言うことを聞かず、
それを支えるのだけで精一杯。
必死に抵抗することだけを考えていたはずのフラガは、
結局はこうしてこの男に溺れていることを思い、彼の背に回す手をきつく握り締めた。

「っ・・・、あっ」
「どうした・・・お前らしくないな」

普段激しく反発するフラガを相手にしているだけに、クルーゼはからかうように言葉を紡ぐ。
そんな声音にもちろんフラガはカッと顔を赤らめるものの、
既に窮屈そうに下着の前を濡らしているそれが、フラガの今の状態を物語っている。
クルーゼは楽しげに声を上げて笑った。
服越しにその部分を触れ合わせると、もどかしい感覚にフラガの唇が震えた。甘い声が、躊躇いなく零れ落ちていく。

「あっ・・・あ、やっ・・・!」
「ムウ・・・そんなに煽らないでくれ・・・」
「・・・っう―――・・・」

再び唇を重ねられ、クルーゼは今度こそ深く口内を蹂躙した。
さすがに、自ら舌を差し出してくれるほど積極的ではなかったが、それでも腕を突っ張られ、必死に押し戻そうとされるよりは気分がいい。
何度も角度を変えて、舌を絡ませ、溢れる体液を吸っては吸い込ませる。唇を離せば、銀糸が二人を繋げる。
瞳を閉じたフラガの表情はひどく扇情的で、意図的に誘っているのではないかと思えるほど。
普段は全くそうとは思えないような目元も、その口元も、
熱に浮かされればこれほどの媚態を見せるのか、とクルーゼは見入られたように彼を見つめる。
フラガは、クルーゼにとって、ただ一つ、欲しいもの。
その想いは、もちろんそれなりに真っ当な人生を歩むことができたフラガにとっては当然受け入れられないもので、
クルーゼはそれもよくわかっている。わかっていてなお、彼にこうして付きまとうのだが、
さすがに己と同じ執着じみた愛情を向けられたいとは思っていなかった。
向けられるなど思ってもいない。だからこそ、こうしてたまに見せる、フラガの艶やかな表情に、
クルーゼは弱い。
それが、かれの意図的なのか、それとも無意識なのかはわからなくとも、
この金髪の、己の片割れともいうべき存在に引き摺られる自分を、クルーゼは自覚していた。
理性が、跡形もなく崩れ去ってしまうような。
人間としての証であるそれをすべて失って、ただ獣じみた欲望をぶつけるだけの生き物になってしまう。
だが、そうなることで被害を受けるのは自分よりむしろフラガなのだ。
己の熱に浮かされ、頭がぐらりと揺れるほどの感覚を、クルーゼは笑みと共に受け入れた。
もたらすのは、目の前のこの男なのだから。
身を委ねて当然、というものだろう。

「ムウ・・・自業自得、だからな」
「え・・・、や、ああっ」

性急に下肢を纏うものだけを取り去られ、フラガは一瞬我に返ったようにクルーゼのほうを見た。
煙るような蒼の瞳と、クルーゼの澄んだ青がかち合う。視線を逸らしたのは、もちろんフラガのほうだ。
クルーゼはそっぽを向いた彼の、滑らかな頬にキスを落とすと、むき出しの彼自身を手で包み込んだ。
フラガはクルーゼの肩口に額を押し当てて顔を赤らめたが、
先ほどから煽られ続けていたフラガのそれは、今更隠しようもなく、
クルーゼの手のひらは嬉々としてそれを扱き続けている。簡単に天を向いてしまったフラガ自身は、クルーゼが着ていたハイネックのセーターを汚す。
フラガはそれを嫌がり彼の身体を離そうとしたが、もちろんクルーゼが彼を解放するはずもない。
クルーゼの指先に先端を割られるように擦られて、指先まで痺れるような感覚がフラガを襲う。
淫らに作り変えられた己の身体は、
もうすぐ達する直前まで高められていて、フラガは必死にクルーゼにしがみ付く。

「っ・・・、やめろ・・・、このままじゃ、俺っ・・・」
「ああ、構わないぞ。―――1回で終わらせるつもりもないしな」
「・・・ぁっ」

クルーゼの言いようは、毎回毎回フラガの気に障るようなものばかりで、
フラガはそれを聞くたびに、自分を素直じゃなくしているのは、この男のせいだと思う。
いつもからかってばかりで、ちっとも優しくないのだ、この男は。
それは、クルーゼなりの、捻じ曲がった愛情表現であったり、フラガだけに見せる彼の幼心のひとつでもあったりするのだが、
そんな災難を受けるフラガ当人にしてみればたまってものではなく、
せめてもう少し優しくて、包容力のある大人であってくれれば、と思うのだが。
・・・いや、きっと、そんなクルーゼは気持ちが悪い・・・
フラガば少しだけ冷静になった頭で、ぼんやりとそんなことを考えた。

だが、からかうような言葉に反発する心に対し、
身体はどうやら違うらしい。
羞恥を煽られれば煽られるほど、意地の悪い言葉をかけられればかけられるほど、
その感度を増してしまうのだから、全くこまったものだ。
しかも、そんな色欲に溺れた、淫らな自分の身体を作り上げたのは、他でもない、クルーゼ自身なのだ。
他の男の手ならともかく、彼の手で煽られないはずもないフラガの熱は、
クルーゼが彼の舌を噛んだその瞬間、砲身から欲望を吐き出させていたのだった。

「あっ・・・、は、あ、んっ・・・」
「―――淫らだな・・・」

首を振って快感を露わにするフラガを眺めて、クルーゼはうっとりと呟く。
その表情は、思いのほか余裕がなく、うっすらと開かれたフラガの瞳には、獲物を前にした獣のような印象を与えた。
だが、それも当然。
渇いた唇を舌で濡らすクルーゼは、力がまともに入らないフラガを抱えたまま張り詰めた己自身の前を寛げる。
片足を抱え上げられ、フラガは脅えた。
このまま、慣らされもしないで彼を受け入れるのは、さすがに無理がある。

「・・・ちょ・・・、クルーゼっ、無・・・」
「わかっている」
「・・・っ」

本当に分かっているのか怪しい目の前の男に、フラガは不信も露な視線を向けたが、
クルーゼは小さく口元だけで笑い、先ほどの精に濡れた手をフラガの下肢に這わせていく。
フラガは息を詰めた。
濡れた指が、ずるり、と何の躊躇いもなく侵入してきたからである。

「・・・ぁ・・・」
「ムウ・・・」

耳元で名を囁かれると同時に、片手を取られ、互いの腹に向かわせられる。触れた先には、クルーゼ自身。フラガは目を見開き、そうして恥ずかしそうに首を振る。そうしている間に、クルーゼの手はフラガに自身のみならず、フラガのそれも包み込ませていた。
互いの雄同士を触れ合わせるという、ひどく背徳的な行為が、
だがそれ以上にフラガの理性を狂わせ、快楽を煽っていく。
恐る恐る握り締めるフラガの手をそのままに、クルーゼは彼の奥を解していった。
ガクガクと震えるフラガの身体を、抱き締める。

「・・・俺・・・、こんなっ・・・」
「お前の・・・、好きなようにしていい」
「あ・・・無理っ・・・」

ただでさえ、奥をかき回されるように愛撫されて、やっと立っている状態だというのに。
内部を犯される感覚とは対照的な、鋭い快楽の根源を己の手に包み込まされて、自由にしていいといわれても、
フラガにはそれを扱えるほどの余裕はない。首を振る彼に、
クルーゼはただ、唇を重ねる。先ほどから何度も重ねられるそれに、
すでにフラガの唇は腫れ、まるで紅を塗ったように赤く充血していた。それにすら煽られて、
また歯列を割り、彼の味をゆっくりと味わう。
口内を執拗に愛撫され、頭の奥がくらりとする。フラガは、再び快楽の虜となり、ただ身体が求めるままに快楽を追ってしまう自分を自覚する。

「っあ・・・んっ」

フラがの双丘を撫でるクルーゼの手で、軽く腰を揺すられれば、
前で重なる二人の雄が擦られ、ますます熱を持ち、先走りの液を零していて、
それを包むフラガの手は淫らに濡れていく。
漸く、彼の手が己の欲望に従って動き出した。始めてしまえば、もう止めることが出来ない、それが快楽への欲望。
フラガの手と、フラガ自身に煽られるクルーゼ自身も、もうそろそろ限界に近い。
クルーゼは、微かに目を眇めて、さて、どうしようかと考えた。
己が今、指を差し込んでいる部分も、とっくに甘く蕩けて己を受け入れられるほどになっている。
だが、フラガの手で煽られる今の状態も、捨てがたい。
しばしの間考えていたクルーゼは、
不意に笑いがこみ上げてきて、それに逆らわず肩を震わせた。
どうせ、まだまだ長い夜なのだ。
やりたいことなら、すべて行える時間的余裕がある以上、悩むというのも野暮なものだろう。

「―――ムウ」
「あ・・・、な、にっ・・・」

熱に浮かされたままのフラガの唇を舐めてやり、耳元で囁く。

「そろそろ、達かせてくれないか」
「っ・・・おい・・・それって・・・」

あまりに直接的な言葉に頬を赤らめるフラガは、クルーゼの言わんとすることにさらに頬を赤くする。
途端、手の中のクルーゼが熱を増したことにフラガが気付いた瞬間、
恐ろしいほどの快楽の波がフラガの全身を駆け抜けた。
クルーゼの長い指が、フラガの奥の、快楽の根源を擦るように刺激したのだと頭で理解すると同時に、
激しい羞恥と、それでいてもっと欲しいという思いがフラガの頭を支配する。
手の中の己自身もまた、二度目の精を放てそうなほどに張り詰めていることを自覚して、
フラガはどうすればいいのか、と戸惑いを隠せない瞳でクルーゼを見上げた。
水に濡れたような、今にも雫が零れてしまいそうな、蒼。
クルーゼは無意識に唾を飲んでしまった。
あまりに、妖艶なそれは、彼に選ばせようと思っていた思考すら吹っ飛んでしまったようだ。

「っ・・・お前って奴は・・・」
「んっ・・・あ、クルー・・・ゼっ・・・!」

クルーゼの手が、二人の砲身を包み込むフラガの手をその上から包み込み、激しく扱き上げていた。

「あ・・・!」
「ムウっ・・・・・・」

流石に無理な体勢に、クルーゼはすぐ後ろの窓に、フラガの背を預けさせる。
フラガはひやり、とした感覚に背筋を振るわせたが、
すぐに浮かされる熱に惑わされ、淫らな様を見せた。汗に濡れた髪が、与えられる快楽を嫌がるように首を振る。
構わずクルーゼが二人の雄を擦り合わせるように動かせば、
強張るようにびくりと肩を震わせるフラガの身体。痙攣するように震えたその瞬間、

「っ、・・・」

前触れもなく、クルーゼの欲がフラガの腹に放たれていた。クルーゼは眉を顰める。
あまりに淫蕩な表情を見せたフラガに、彼の理性が耐えられなかったらしい。
濡れたままの手で彼の砲身もまた扱いてやれば、あっけなくフラガもまた二度目の精を放ってしまっていた。
クルーゼは満足げに笑みを洩らした。
もちろん、こんなもので解放してやるほど、クルーゼは甘い人間ではなかったのだが。

「はっ・・・あ、あっ・・・」
「・・・ムウ」

耳元で囁いて、その次の瞬間には、彼の身体は反転させられ、窓ガラスに手をつかされていた。
息も意識も絶え絶えのフラガは、しかしその冷たさにハッと目を覚まし、
そうしてガラス越しに見える景色を瞳に映す。己の裸をそんな場所で晒していることに今更ながら気付いたフラガは、
先ほどまで真っ赤にしていた顔を一気に青褪めさせた。

「ちょ・・・、待・・・」
「待てない」
「・・・やめ・・・!っあああ!!」

やめてくれ、とクルーゼに訴えようにも、
もはや聞く耳を持たない男は、そのまま柔らかく蕩けた内部に己自身を埋めてしまっていた。
あまりに激しい圧迫感に、フラガは一瞬息を止める。だが、散々慣らされ、焦らされていたせいか、
痛みはなかった。ただ、激しい快感だけが、フラガの頭の奥を狂わせている。
だが、その一方で、裸の胸を窓ガラスに押し付けられ、フラガは激しい羞恥を覚えていた。
もちろん、ここは高層ビルの最上階で、誰も見ているとは思えない場所ではあるのだが、
下を見れば、なおもネオンが輝く町並み、深夜になってなお走る車の列。
ガラスに押し付けられた砲身が擦れ、先走りで汚してしまうそれにも、フラガは羞恥を煽られた。
そして、それ以上に、冷たいガラスが己の砲身を擦る刺激が、脳髄を灼くようで。
フラガは、キリキリと爪でガラスを引っかいた。下肢からは、これ以上ないほど容量を増したクルーゼを受け入れた、その衝撃。熱くて、熱すぎて、その場所から身体が蕩けてしまいそうな快感だった。
―――いっそ、すべて蕩け切ってしまえたら。
フラガの頭の片隅に、そんな言葉が浮かんでは、消える。
すべての理性を奪われて、フラガという人格すら奪われて、あるのはただ、クルーゼから与えられる快楽に溺れる、欲深い肉体。
身も世もなく喘ぐ己は、己であって己ではない。
なぜなら、この姿は自分が認めたくない、と頑なに思っていた、まさにその姿なのだから。
だが、今のフラガは、それが全てで、他のものは何も意味を成さない。日常も、友も、仕事も、任務も、部下も、彼をとりまき枷となっていた環境のすべてが、彼と切り離され、自由になる瞬間。
そうなってしまえば、フラガの理性がクルーゼに抵抗を示すことなどあるはずもなく、
ただ感情のままに、彼を求め、そうして快楽を求めてしまう。
そうして、それこそが、
クルーゼが本当に望むフラガの姿だった。

「あっ、あっ・・・!!・・・クルー、・・・」
「・・・ムウっ・・・」

唇を噛み締め、汗が滴るのも構わず、クルーゼは彼の下肢を激しく貪る。
熱に浮かされ、乱れたフラガの姿は、ひどく美しくて、蟲惑的で、どうしようもなく煽られる自分がいる。
どれほど期待していなくとも、こうしてときたまにでも見せてくれるフラガの己を欲する姿は、
クルーゼの心をひどく満たしていった。
フラガの3度目の絶頂は、簡単に訪れていた。
べっとりと精で濡らした窓ガラスを眺めながら、クルーゼは放心したようなフラガを腕に抱き締める。
まだまだ、離したくないと願う腕の中で、
フラガがうっすらと笑みを浮かべた気がした。















「ん・・・」

目が覚めたのは、ザァザァというシャワーの音を感じたからだった。
傍に、クルーゼはいない。シャワー室から聞こえる音は、きっと彼が入っているせいだ。
何度達したかわからないほどに欲を吐き出したフラガの身体は、
動こうにも動けず、ただシーツに包まり、そうしてクルーゼを待っているしかない。
明け方まで続いた情交のせいで、まともに眠れていないため、瞼が重い。
仕方なく、そんな消耗した身体を少しでも回復させようと、
フラガは再び瞳を閉じ、ベッドに身を預けた。
カチャリ、と音がして、室内に入ってくる人の気配。
もちろん、クルーゼだと分かっているのだが、
わざわざこの重たい体を押して、彼におきていることを伝えるのも面倒でならない。
そうしているうちに、クルーゼが傍らに腰掛け、髪を梳いている感覚を覚えた。
まったく、この男は、まだ・・・
反発する言葉はいくらでも浮かぶのに、身体がどうしても、言うことを聞かない。
だが、流石に唇を寄せられて、フラガは重い瞼を開けざるを得なかった。
今日は、・・・そう、確か、友人に誘われていた。
何も、断りも入れていない。すっぽかすわけにもいかないだろう。フラガはだるい身体をようやっと起こした。

「ムウ」
「離せよ・・・。今日は、予定があるんだよ・・・」

力の入らない腕でクルーゼから逃れるように手を振って、
フラガは立ち上がろうと身体を傾けた。
しかし、あれほど激しい情事を続けた後の身体が、まともに動けるはずもなく、
それに加えて頭もガンガンするものだから、
フラガはひどく顔を顰めた。

「行かなければいい」
「・・・そういうわけには行かねーよ」

背後から抱き締めてくるクルーゼの腕に、不覚にも心地いいと感じながらも、
フラガはさすがに夜の空気を断ち切ろうと首を振る。
ひとたび狂ってしまえば身も世もなく喘いでしまうこの身体も、朝がくればまた、日常に飲み込まれる。
それは、事実だ。今更、変えようもない。変えようとも、思わない。
だが、本当は―――

「私が、行かせない。それでいいだろう」
「・・・っ」

クルーゼの言葉に、フラガはハッと目を見開いた。
それは、彼が気付かなかったこと。本当の、己の望み。
日常に囚われ続けるよりも、今、この胸に燻る熱のままに生きられたなら、
どれほど幸せだろう。
けれど。

「お前は私を責めればいい。私のせいで、行けなかったと。・・・私のせいでおかしくなったのだと。それが、一番気楽だろう?」
「・・・・・・」



ああ、気楽だよ。
そういうんだったら、さぁ。
どうせだから、俺のすべて、奪ってくれない?
だって、俺は。
長いこと軍人で、地球軍やってきて、部下もいて、慕ってくれる若者達もいて、
仲の良い友もいて、好意を寄せてくれる女性だっているんだよ。
あんたは素直じゃないっていうけど、どうやればあんたへの想いのまま、すべてを捨てられる?
漸く手に入れた、ごくごく真っ当な人生を、どうやれば抜け出せるってんだ。
今だって、あんたに抱かれてるなんて認めたくないし、男を愛してるなんて考えたくもないってのに。
あんたへの想いは俺の、一生の汚点。
だから、俺はあんたが手を伸ばしてくれても、きっとそれを取れないんだろうな。
まったく、胸が痛いよ。
どうすれば、この苦しみから抜け出せるだろう?
それとも、恋なんてそんなもんだって?

「・・・ムウ?」

まったく、俺の心も望みもすべて分かっているような顔をして、
肝心なところで気付かない、変な奴。
なんで、こういうところで強引じゃないんだろう。
あんたが、俺の気持ちなんか何も考えないで、本当に自分勝手に俺を振り回していたなら、
きっと俺はあんたを憎むだけで、それでよかったろうに。
憎むほうが気楽だってこと、あんたならよくわかってんだろ?

「・・・・・・・・・馬鹿」

ねぇ、俺を本当に好きだってんなら、断ち切って見せてよ。
俺を縛る、日常という鎖を。
あんたが俺を連れ去ってくれたなら、俺は。
今度こそ、素直に、
あんたを愛せるのに―――・・・





end.




Update:2004/11/17/THU by BLUE

小説リスト

PAGE TOP