水溜りに反射するモノクロな僕の顔

02:崩壊する家族




「母さん、ただいま!」

「ジョン、ジョンなの?! おかえり、ジュリアンは?!」

「兄貴は俺と違って、レギュラーだから、明日からリーグ開幕に向けての合宿が始まるんで、その打ち合わせ」

「あぁ、そうだったわね」

「母さん、何か最近おかしいよ。兄貴が明日から1週間いなくなるって、前から言ってたじゃん」

「ごめんね。そうそう、あなたにも迷惑かけるけど、今日の晩、母さんは、父さんの職場に泊まり込むから、
 ジュリアンと2人で、ちゃんと過ごしてね。サンドイッチとフライドチキンが冷蔵庫にあるから、食べといてね」

「何それ?!もう、父さんも1週間仕事から帰ってきてないのに、今度は母さんまで、行くの?!
 母さん、もう、とっくの昔にラボ、辞めてたじゃん」

「今ね、大きなトラブルがあって、人が足りないのよ。母さんもできる限り、父さんに協力したいから」

「まぁ、夫婦仲がいいのはいいけどね。じゃ、俺が明日の朝、兄貴を見送るよ」

「そうね、たぶん、まにあわないから、ジョン、ジュリアンを遅刻させないよう、ちゃんとバスに乗せてね」

「はーい」

「あっ、ねぇ、ジョン、ちょっと待って。ジュリアン、何か、普段と変わったところなかった?!」

「別に、今日も取り巻きのチア・リーダーのおネエ様方の視線を一身に浴び、兄貴は輝いておりましたよ!」

「そういうことじゃなくて、何か、よそよそしいって感じじゃなかった?!」

「えーっ、それって、母さんの子離れへの不安じゃないの?!兄貴は俺より、母さんとはしゃべんないのは昔からだろ」

「まぁ、それならいいわ、じゃ、母さんは出かけるから」

「はーい、いってらっしゃい!父さんにヨロシクね」


と、ごくありふれた家族の一場面。
そりゃ、家族内にタブーがないわけではないけれど(例えば、俺は内緒で、エロ・ビデオを隠してるとか)、
俺は、この平穏な日々が永遠に続くと思っていたし、アメリカに住む18歳の高校生にしては、
ちょっと物足りないかなぁってぐらいが、地球とプラントとの不穏な状況とかニュースで見ると、
これぐらいの平凡が、人生は上々だってもんだろうと納得していた。

そして、母さんが家を出てから、さらに1時間ほどして、兄貴が帰ってきた。

兄貴と俺は、18歳になった今も、顔と体型は、よく似ていたが、
シンプルで、わりときっちりした服装を好み、短めの金髪が、いかにもスポーツマンというのが兄貴で、
母さんが買ってあった服なら、別に何でもいいよと、ぼさぼさ頭で、ちょっと寝癖が付いているのが俺……
って、同じ顔と体格でも、こんなに雰囲気が違うんなら、
双子といっても、かえって信じてもらえないというのが現在の実情でもある。

で、兄貴は、なんか、いろんな荷物をしこたま抱えているので、
合宿の準備なんだろうなぁと俺は、その時は、さして、気にもとめなかった。

「兄貴、今日、母さん、父さんの職場に泊まりこみなんだって。だから、適当に食っといてだってさ」

と、俺が声をかけると、兄貴がつかつかと俺のそばにより、耳元で囁いた。

「ジョン、大切な話がある。ぶどう畑の脇にあるウェンディの洞窟に行って、俺を待っててくれ」

と言うなり、いきなり、右手で俺の口をふさぎ、
もう片方の手で「シーッ」と、俺に声を出さないようサインを送った。
確かに、俺はもう少しで、「あの、小学生の時、見つけた、秘密基地のことぉ?!」と、
大声で叫びそうになっていたけど。


そして、俺は兄貴に言われた場所に、もう、7年ぶりぐらいに、行ってみた。
そこは、家から10分ほどの小高い丘にある洞穴で、近所の森を探検中にたまたま発見したんだけど、
たぶん、人工的に作ったもんだとは思う。
でも、もう、何十年も人の気配を感じられないような、誰にも知られていない場所だったので、
俺と兄貴は、勝手に「ウェンディの洞窟」と名付けて、僕ら二人だけの秘密基地にしていた。
この場所は、両親も含め、悪ガキ仲間にも、誰にも教えないというのが、僕ら双子の約束で、
基地を作って最初の頃は、俺も兄貴も懐中電灯をぶら下げた中で、お菓子を食べたり、
端末ボードを持って行ってはゲームをしたり、それなりに快適に過ごしていた。
しかし、ジュニア・ハイスクールに通う頃になると、お互い部活が忙しく、自然に忘れられた場所になっていた。

だから、あそこに今さら行って、何をするのだろうかと、いぶかしくも思ったが、
行って、中に入って見ると、ドヒャァーと、腰が抜けそうになった。
兄貴はここで戦争でもしているのかと思うほど、ここは何かい?!前線基地かい?!
あまりにも充実した電脳機器の類が並んでいるので、俺は兄貴の隠れた一面を見たというか、
俺とおつむの出来の違いがこうまで、明らかなのかと……だって、俺はこんなもの使いこなせないよ。
と、しばらく、口あんぐりと呆けてしまった。

そんな呆然としている俺の後ろから、兄貴は大きなバッグを、いくつか持って現れた。

「ジョン、時間がないので、手短に話すが、驚かないで、ちゃんと聞いてくれよ」

「えっ、ジュリアン、秘密基地のこの変貌ぶりを見ただけでも、充分、驚いているよ」

「家には、盗聴器が仕掛けられていて、この話をするのにふさわしくないからな」

と、前置きをしながら、兄貴はモニターをオンにした。
そこから、あるニュースが流れてきた。

「人類史上初のコーディネーターであり、木星を資源として活用し、プラント建設への初めの一歩を築いた
 ジョージ・グレン氏が、本日、午後2時30分、何者かの襲撃を受け、暗殺されました。
 グレン氏を暗殺した者は「ブルー・コスモス」という団体名を使っていますが、詳しいことは、まだ調査中です」

そして、次の瞬間、俺はニュースの音声よりも、
そこに映し出された、彼の業績を振り返るシーンに出てきた若かりし頃の彼の顔に、目が釘付けになった。

ハイズマン・トロフィー(全米大学フットボール最優秀選手賞)を、
右手で高々と掲げるジョージ・グレンの顔は、俺の顔だった。
もっと、正確に言うならば、ジュリアン&ジョン・グリーンの双子の顔にそっくりだった。

「えっ、えっ、兄貴、これ、何なの?!」

「口で説明するよりも、見てもらったほうが早いと思ってな」

と、兄貴は顔色一つ変えずに、淡々と言葉を進めた。

「俺たち双子の遺伝子上の親だ。いや、親という表現よりも、
 俺たちが彼のクローンだと言うほうが、より、正確だろうな」

「クローンって、あの、クローン?!」

「そうだ、ジュリアン・グリーンとジョン・グリーンはジョージ・グレンのクローン人間として誕生したんだ」

「ジョージ・グレンって言ったら、俺でも知識としては分かるけど、
 もう、昔、2世代ぐらい前に死んだ、初めてコーディネーターっていう遺伝子操作を受けた人だろ?!
 そんな人のクローンとして誕生したのが俺と兄さんだなんて、馬鹿げてるよ。
 たまたま、顔が似てるってだけの話じゃないの?!
 だって、俺たちには父さんと母さんだっているし」

「父さんも母さんも、実験参加スタッフさ。確かに、育ての親ではあるが、遺伝子上の親ではない。
 俺たちは、父さんが勤めるラボで人為的に誕生させられたんだ」

「何のために?!」

「金さ。今でも人類の歴史の中で、彼が残した功績ほど大きいものは生み出されていない。
 なんたって、実在したスーパーマンだからな。
 その彼を、現代に蘇らせ、多大な貢献を再びしてもらう、特にプラントと地球間の雲行きが怪しい中で、
 原点に返って、人類の意思を統一する……といっても、それは綺麗ごとで、
 コーディネーター側にしろ、ナチュラル側にしろ、
 俺の存在に対しては、軍事目的として金を払うんだろうけどな」

「軍事って?!」

「ジョージ・グレンというカリスマは平和にも多大な影響をもたらすであろうが、
 全く逆の方向で利用すれば、戦争においても、活用できる。
 コーディネーターにとっては、ナチュラルに対する反発の宣伝塔であり、起爆剤。
 ナチュラルにとっては、コーディネーターへの怒りを一身に集めるスケープ・ゴート。
 戦争なんて、1人のスーパーマンが現場で戦果を上げられたとしても、たかがしれてる。
 いかに多くの人々をマインド・コントロールできるかということのほうが重要なんだよ。
 だから、ジョージ・グレンのクローンは、高い金で売れるのさ」

「でも、兄さん、俺、コーディネーターじゃないよ。俺は、逆立ちしたってナチュラルだよ。
 ジョージ・グレンのクローンにしては、違うんじゃないの」

「そうだ、おまえはナチュラルで、俺がコーディネーターだ」

「えっ、ジュリアン兄さんはコーディネーターなの?!」

「あぁ、おまえには隠していたが、俺とおまえは違う。
 俺は、コーディネーターだが、目立たないよう、わざとおまえと同じレベルになるよう演じていただけさ」

「えっ、兄さん、じゃぁ、俺の存在は何なんだよ?!」

「おまえは、ジョージ・グレンの受精卵が、遺伝子操作を受ける前の段階でのクローンだ。
 だから、ナチュラルなんだ。
 もともと、ジョージ・グレンは実験として作られたものだったから、
 彼の受精卵は、サンプルとして様々な段階のものが保管されていたんだよ。」

「分かったよ。まだ、イマイチうまく飲みこめないけど、
 ジョージ・グレンの遺伝子操作を受ける前の段階でのクローンが俺だというのは、認めたとするね。
 だから、俺はナチュラルだとする。
 でも、なんでそんなものを作らなきゃなんないのさ?!
 ジョージ・グレンがカリスマなのは、コーディネーターだからだろ?!」

「ジョン、おまえの存在意義は、さっきも言ったが、俺のカモフラージュのためさ。
 ジョージ・グレンのクローンが商品として価値を持つのは、18歳以降だ。
 あの、さっき、モニターで見た顔ぐらいに成長しなければ意味がないんだ。
 でも、それまでの間、どうやって育てる?!
 それも、コーディネーターとして目立つと暗殺されかねないし、
 1人では、成長過程で精神衛生上良くないというので、おまえが一緒に作られたんだよ。
 コーディネーターが2人でも、俺は別にそれでも良かったと思うんだが、
 ただ1人だからこそ、商品としての価値があるというふうにラボでは考えたんだろうな。
 で、おまえは、おれがナチュラルのふりをする時に参考にさせていただくモデルだったというのが、
 最大の存在理由だ」

「えーっ、何じゃそりゃ?! なんか、俺、いてもいなくても、どうでもいいようなクローンじゃん。
 俺は、俺は、こんなデタラメ、信じないからなぁっ!!!」

と、俺は叫んだが、兄貴は、そんな俺の反応も、すでに折込済みというように、黙って、資料を差し出した。
そこには、確かに、父さんの会社の極秘資料という文字と一緒に、
ジョージ・グレンとかクローンとか書かれてあり、
そして、フットボールのヘルメットをはずす、爽やかな短髪の兄貴の写真が、掲載されていた。
そう、何枚かの資料に目を通したり、モニターを見たり、
兄貴がハッキングしたと思われるデータにも、
確かに、兄貴がさっき俺に語ったことを裏付けることしか書かれていないようだったが、
どこを見ても、兄貴の名前や写真しかなく、本当に俺は全く無視されていた。
なんか、衝撃的な出生の秘密というのに驚いたというよりも、
俺って……それなりに頑張って生きてきたつもりだったんだけど、
本当に、価値がないんだなぁという落胆のほうが、正直、大きくて……、
俺は、泣きそうになってしまった。

そんな俺を見た兄貴は、

「ジョン、こんな仕組まれた自分の人生に嫌気がさすのは、もっともだと思うんだが、
 もう、時間がないんだよ。
 これから、俺が言うことをよく聞いて、ちゃんと行動してくれ」

「えっ、兄貴、もう、ここまでで、俺、頭ん中混乱してグチャグチャだよ。
 さらに、まだ、なんか聞かなきゃいけないのぅ?!
 他に、まだ、あんのかよぅ!
 勘弁してくれよ・・…」

「ジョン、しっかりしてくれ、これからが本題なんだよ。
 ここまでは、前置き、もう、時間がないんだ。
 俺も、こんなに早く奴らが動き出すなんて思ってみなかったから、
 おまえの潜伏先まで用意できなかったんだ」

「えっ?! 何?! 今、潜伏先?!って言った?!」

「ラボが、ジョージ・グレンのクローンを製作してるって情報がブルー・コスモスに知れてしまい、
 もう、俺たちの存在は、ばれてしまっているんだ。
 これから、俺とおまえは逃げなきゃならないんだが、俺はコーディネーターだから、プラントに渡る」

「兄貴、プラントって、そんなとこ、どうやって行くんだよ?!」

「ザフトに連絡は取れてある」

「ザフトって、あのザフト?!
 コーディネーターのレジスタンス組織って奴?!
 で、俺は、俺は、どうなるの?!
 兄貴と一緒に行っていいんだろ?!
 俺たち双子じゃん。離れちゃいけないよね」

「すまない、ジョン、おまえはナチュラルだから、ザフトからの援助は受けられない」

「兄ちゃんの近親者って言ってもダメなの?!」

「俺と離れたほうが、おまえの生存確率は上がるんだぞ!
 ブルー・コスモスのターゲットは俺であって、ナチュラルのおまえじゃないんだ。
 だから、ほとぼりが冷めるまで、しばらく、どこかに隠れ、その後、おまえは自由に生きればいい」

「じゃぁ、父さんと母さんは、ナチュラルだろ?!俺と一緒にいてもいいよね?!」

「いや、父さんと母さんも、俺たちとは離れて行動したほうがいいだろう。
 俺にこの機材を提供してくれたり、ザフトの存在を教えたりもしてくれたのは、両親で、
 父さんと母さんは、ラボを裏切ったことになるんだ。
 それで、おまえといっしょに行動したりしたら、余計、怪しまれることになる。
 俺とおまえは勝手に逃げたというほうが、両親のためさ」

「もしかして、ブルー・コスモスとやらに情報を提供したのも、父さんと母さんなのか?!」

「さぁ、それは俺は知らないな。
 ただ、ハッキングしていたら、ブルー・コスモスがそういう動きをしているって分かっただけで、
 でも、本当に時間がないんだ」

「俺、どうしたらいいんだよ、兄ちゃん」

「すまない、ここにいくらかの金がある、それで、後は自分で考えて逃げてくれ」

「兄ちゃん、イヤだよ。父さんや母さんとも離れたくないし、兄貴が遠くに行くのは、もっと、いやだよ!
 家族が離れ離れになるなんて!
 例え、遺伝的には繋がってなくたって、家族は家族だろ?!」

「ジョン、俺だって、おまえが大切なんだよ。
 俺のかけがえのない片割れだと思ってる。
 だからこそ、おまえは巻き込みたくないんだ。
 例え、俺が殺されても、おまえは俺の希望だから、おまえには生きていて欲しいんだよ」

「もう、わけわかんねぇ!悪い夢だ、ウソだ、信じないぞぉ!」

と、俺が叫んだ時、兄ちゃんは、ホイと紙袋を差し出した。
その中には、母さんが出かける前に言っていたサンドイッチが入っていた。

「俺の分は、さっき、おまえが資料に目を通している間に食べといたから、残りは全部、おまえのな」

こんな緊迫した状況にもかかわらず、俺なんか、心臓バクバクいってんのに、
マイ・ペースに飯は食っている兄貴の天然さが、いかにも、いつものジュリアンという感じで、
かえって、拍子抜けしてしまった。
そして、俺も確かに腹は減っていたので、サンドイッチを食べることにした。

「兄ちゃん、ジュースはないの?!」

と、言うと、兄貴は自分の飲みかけのコーラを俺に渡しながら、

「サンドイッチ食べた後で言いから、その袋の中、ちゃんと見といてな」

と、付け加えた。

そこには、サンドイッチの横に、ちょっと分厚い封筒と、1枚のメモが同封されていた。
俺は、食べながら、メモを読んでみた。



親愛なる ジュリアン、そして、ジョン、

あなた方と過ごせた18年間は、私たちにとって、幸せな時間でした。
もう、会えることはないでしょう。
でも、私たちは、ずっと(天国からでも)、2人の未来を応援しています。
ここに、いくらかのお金を用意しました。
逃げなさい。早く、遠くへ。
そして、あなた方が離れ離れになっても、2人は双子の兄弟には変わりありません。
戦争に利用されないで、平和のために、2人がこの世に生まれてきたんだということを、
2人で人類に証明してください。
マーク&メアリー・グリーン



「ウッ、ウッ……」

俺はサンドイッチを片手に握ったまま、泣いてしまった。
そんな俺の背後から、優しく兄貴が俺をハグした。

「何も知らなかったのは、ノー天気に生きていたのは、俺1人だけ?!
 父さんも、母さんも、兄さんも、みんな、こんな日が来ることを知ってたんじゃないか?!」

「ジョン、黙っていたのは悪かったと思う。
 でもな、こんな宿命を背負った俺たち家族の中で、おまえのその明るさだけが救いだったんだ。
 おまえは、生まれてきた意味がないというふうに、さっき、言っていたけど、
 家族の中では、おまえはアイドルで、おまえがそこにいてくれるだけで、それだけで、良かったんだ。
 だから、かえって、おまえにこの真実を告げるのが遅くなってしまったことは、
 父さんと、母さんと俺のエゴだったと思う。すまない」

「分かったよ、兄ちゃん、なんか、まだよく状況が飲み込めないんだけど、
 逃げたらいいんだね。
 どこか、遠くへ」

「おまえの敵は、ブルー・コスモスと、ラボと、
 たぶん今回の騒ぎで動き出すことになるであろう地球連合軍の諜報部だ。
 どの団体にしたって、おまえそのものというよりは、
 俺を捕獲するためのエサとして、おまえが必要とされると予想される。
 だから、俺からはおまえに、連絡は入れないし、おまえも俺を探すなよ。
 それが、おまえにとって、最良の選択なんだからな」

「ウン、分かったよ、ジュリアン」

「そして、父さんと母さんのことも忘れろ。
 たぶん、2人は殺される。
 おまえが救出しようと思っても無理だし、かえって、父さんと母さんを悲しませることになる。
 父さんと母さんのことを、本当の親だと思うなら、
 おまえは、なんとしても生きて、平和のために、その存在を示すんだ。
 俺も、そのために、これからザフトに行くのだから……」

「ウン、まだ、実感がないから、俺には父さんと母さんが死ぬっていうふうに思えないんだけど、
 分かったよ、兄ちゃん。
 これが、兄ちゃんと過ごせる、最後の夜なんだね。
 兄ちゃんは、もう、遠くに行ってしまうんだね」

俺は、なんか、騙されているのか、悪い夢でも見ているんじゃないかとか、
いろいろ思ってはみたのだが、兄貴が手早く、この洞窟の中の機材を撤収してゆく姿を見て、
それも、基盤をはずしてんだぜ、
そこまでして、何かから身を守らなくちゃいけないんだっていう緊迫感は、
さすがの俺でも、本当にヤバイ状況なんだなぁと感じずにはいられなかった。


俺が、洞窟に敷いてあるシートに座って、サンドイッチとフライドチキンを食べている横で、
兄貴はサッサと荷物をまとめていた。
持っていかないものは、トンカチで叩いたり、水をかけたり……、
やっぱ、コーディネーターはやることが徹底的で違うなぁ、いいかげんな俺はナチュラルなんだなぁとか、
もう、炭酸が抜けた、甘くぬるいコーラを口にしながら、俺はボーッと、兄貴の優雅な動きを眺めていた。


一通り、準備が整ったのだろう、兄貴の動きが止まった。

そして、突然、シートに座っている俺のほうを向き、
兄貴の右手が、ガラス細工を光にかざすように、俺の左手をとり、薬指に、優しく、口付けをした。

洞窟の中の空気がフッと和らいだ。
兄貴は黙って明かりを消し、一つだけ残しておいたモニターのリモコンを操作した。
俺が、訳のわからないという顔をしていると、
そこには、キラキラと揺らめく青い光と水が映し出され、洞穴の中に水と光のざわめきが広がった。
海の中、イルカがゆったりと泳ぎ、優しく水と戯れる映像……それが、永遠に続くかのように流れていた。
そして、兄貴の両手が俺の頬を包むように近づき、あと、もう少しで触れるというところで動きが止まった。

「ジョン、俺達は小さい頃、姿形がそっくりで見分けがつかないからって、よく二人一緒に JJ って、
 近所のおばさん達には呼ばれたな。
 俺は、おまえが俺と同質ではないとは本能的に知っていたが、それでも、おまえと一つになりたかったんだよ」

兄貴は、耳元で呟くように、いや、自分自身に言い聞かせるような力を込めて、囁いた。

俺は、この時点で、兄貴に勝てないと思った。

いや、これ以前の段階で、とっくに、勉強もスポーツも兄貴には負けてはいたし、
女の子達からも、ジュリアンを結婚相手に選んだら、
経済的には困らないけど、ちょっと気持ち的に寂しいかなぁって思うぶん、
話し相手は弟のジョンになってもらったらいいとか、好き勝手言われていた。

でも、俺自身は、俺のことを理解していない兄貴よりも、兄貴のことを理解している俺のほうが、
双子の片割れとしては、けっこう、いい奴なんじゃないかなって、これまでは自負していた。
でも、今日、分かった。
兄貴は俺のことを誰よりも(俺自身よりも)、
大切に思っていていてくれていたんだと、認めざるをえなくなった。


そう、俺は兄貴には勝てない。

そして、俺も兄貴と一つになりたかったんだと、声に出されて、やっと気がついた……


それは、たぶん、2人とも、同性愛というよりは、自己愛に近い感情だったんだろう。
同じ人間のクローンとして、コーディネーターとナチュラルという違いはあっても、
父さんを愛する、母さんを愛する、異性を愛する、
いつか抱く日が来るかもしれないと思っていた自分の子どもを愛する
(それは、たぶんこんな作為的に生まれてきた自分には、到底無理なんだろうけど)、
それよりも強く、激しい、防衛本能とも似ている自分への愛情。
ナルシズムを究極の形で満たしてくれる機会を俺達は与えられてしまったのだ。

兄貴が優しく俺の左手の薬指に口付けする姿を眺めながら、
あぁ、これはセレモニーなんだなぁ……と、俺は俺なりに理解した。

これは、ニ人が一つになるためのセレモニー、
そして、この後は別れてしまう旅立ちへのセレモニー。

兄貴は、黙って俺をシートに押し倒した。
俺も、それに黙って従った。
そして、兄貴は俺に覆い被さり、唇にかすかなキスをした。

「ジョン、かえろうな」

「エッ、どこへ」

「もと、あった場所にだよ」

兄貴の手が俺のシャツの下に潜り込み、ゆっくり、たくし上げる。
右手は胸の突起をつまみ遊ぶようにコロコロ転がし、口ではもう片方の突起を、歯を立てつつ刺激していた。
俺は、そんな自分の胸の上で揺れる兄貴のきれいな金髪を左手の薬指に絡めながら……感じていた。

「痛っ!」

顔を下に移動させようとした兄貴が、俺の左手の薬指に纏わりつかせていた髪に引っ張られて、声をあげた。
そして、兄貴は俺の指から髪をはずし、顔を上げ、まじまじと俺の上半身に目をやった。

「ジョン、俺よりも身体の線が見た目よりも細いし、ナチュラルは筋肉のつき方がアンバランスなんだな。
 それとも、ただ、鍛えそこなっているだけなのか?!
 もう、おまえを保護する温かい家や、家族はいないんだから、
 おまえも自分自身を守るために、少しは身体も逞しくしとけよ」


そう言うと、兄貴は激しく俺の口腔をむさぼりはじめた。
もちろん、俺からも求めて。
お互い、ときどき、情熱を追いかけすぎて、舌が空回りすることもあったけど、
でも、口の中でのそんな駆け引きさえも、
相手に自分を知ってほしい、
どんなに一緒になりたいかが、ちゃんと伝わってほしいというメッセージの一部でしかなかった。
俺は、その頃、SEXというものは、女性を抱くことしか知らなかったので、
抱かれるという立場では、まったく想像すらしたことがなく、
はたして、こんなので、兄貴は納得してくれているのだろうかとか、不安も横切ったりもしたが、
兄貴の熱く昂ぶった塊を太ももに感じることができ、
また、俺自身のそれも兄貴に負けないほど熱を帯び立ちあがっていたので、
まぁ、これでいいんだろうなぁとか、ぼんやり流されていた。

そして、次の瞬間、双子って怖い!って思った。
以心伝心というか、俺が兄貴のそれに口付けしたいと思い、身体を離そうと動くのと同時に、
兄貴のほうが少しだけ早く、身体を下に動かし、俺のそれを口に含んでいた。
もう、俺は、それだけで、イッてしまった。
兄貴の口の傍から、白い液体が滴り落ちる。
兄貴のきれいな顔、それは俺とそっくりではあるんだけど、
その美しい顔が、ちょっと呆けたような、そんな無垢な可愛らしさを伴って、俺のものを飲み込んでくれた……。
俺は、そんな兄貴の姿にゾクッとして、これじゃ、どっちがどっちかわかんないよって思ったりもしたが、
また俺のそれは反応をし始めた。

「おまえって、本当に元気だな」

兄貴の顔からは、もう、あの可愛さのかけらは失われ、
どちらかというと、俺が見慣れた勝者(征服者?!)の眼差しに変貌を遂げていた。
俺の身体にまとわりついていた衣類を全部脱がし、

「なぁ、俺のは、おまえの中で、ここで受け入れてもらってもいいか?!」

と、兄貴は俺自身触れたこともない場所を指で軽く弾いた。
その少しサディスティックな行為が、いかにも兄貴らしいと、なんか俺は自虐的だけど嬉しくなって、

「いいよ、兄さんが欲しい」

と、素直に答えてしまった。
でも、そう、声に出してから、俺は、そんなとこで受け入れるのは初めてだったので、
本当は内心、恐い!痛いんだろうなぁ……、血が出ちゃってシートが汚れるのはイヤだなぁとか、
頭の中はグルグルよそごとでいっぱいになりそうにもなった。
そんな俺の心の微妙な変化を、兄貴も敏感に察したらしく(さすが双子!)

「無理することはない。身体をつなげることだけが愛情の表現でもないだろ。
 おまえが望まないことは、しないよ」

と、さっきの強気の攻めがウソみたいに、優しい言葉を囁いた。
そう、SEXなんて、本当は身体の交わりよりも、
心のキャッチボールのほうが、よっぽど刺激が強いし、思い出に残るものなんだろうなって、ふと、思った。
ほんと、今日は、いろんなことが起こりすぎる。
俺の平凡な18年の人生が、一変で吹っ飛んじまうようなことが、次から次へと起きている……
兄貴とSEXするなんて、想像したこともなかったけど、
最初で最後の、俺たちの旅立ちへのセレモニーが、こういう形でのSEXなら、
俺は、自分の身体の欲望にも忠実に、俺は俺の全てを捧げよう。
心残りがないように……、明日からの自分が強く生きていけるように。

「ジュリアン、あなたが望むように、俺を抱いて。
 それが、俺にも真実だから」


ゆらゆら、ゆらゆら、暗い部屋の中で、青い光が兄貴の白い肌の上できらめいていた。
これから、自分の身を貫くであろう痛みを思うと、どうしても、身体が強張ってしまうのだが、
青く、いたわるような海の光と、ときおりイルカが跳ねる音が、俺の気持ちに寄り添ってくれていた。
なんだか、緊張と麻痺、抱擁と孤独、自己と他者、主体と客体……相反するものが、ごちゃ混ぜになり、
なんだかなぁ……流されちゃいけないような、
でも、抱かれるのなら、それも、初めての時は、
ちゃんと愛して、自分を理解してくれる人がいいよなぁとか、ボーッと考えていた。

「あっ、」

俺自身も触れたことのない秘所に、何かが塗られていた。
兄貴の手の感触だと思うのだが、そんなところで感じたことはなかったから、
何が起こっているのか、サッパリ分からなかった。
でも、両足を大きく開かされ、そこに人の視線があるのかと思うと、
実際に身体で感じる違和感(まだ、痛くないのは、何か塗られているおかげ?!)よりも、
頭で想像して沸き起こる羞恥心のほうが、よっぽど、自分にとって淫らだなぁとか……、
あっ、兄貴は俺と同じ顔のくせに、どんな表情をしてっ、

「ヒッ、痛っ」

俺の顔のすぐ上には、いつも鏡で見慣れている俺の顔によく似ているけれども、
多少上気したものが、覆い被さってきて、それは確かにオスの表情だった。
で、俺は自分の両膝がこれでもかと開かされた痛みに、思わず声をあげてしまった。
でも、兄貴は俺のそんな悲鳴を気にもせず、大きく、太く立ち上がった自分のものの先端を、
俺の中に入れようとしているようだった。
あぁ、俺は俺のナニがどんな太さになるかは知っているから、
あんなものが、あんな狭そうな場所に収まるのかなぁとか……

「アーッ、イテェ」

俺は、反射的に大声をあげてしまった。

「すまない、初めてのおまえが気持ち良くなるのは、まずは、無理だと思ってくれ。
 悪いが、もう、時間がない。今日は俺の自己満足につきあうと思って、あきらめてくれ」

と、言われた時には、もう、俺は歯を食い縛って痛みを絶えることしか、考えられなくなっていた。
それまでは頭の中でファンタジーと戯れることはできたけれども、
いざ、本番が始まって見ると、もう、現実は甘くない、甘くなーい!!!
兄貴が腰を動かし始めてからというもの、
もう、もう、頭の中は暗黒の宇宙を赤・青・黄の原色が弾けて飛ぶは、
(本当に星は飛ぶんだということを体験として初めて知った)
息ができないから、俺から漏れる声はというと、

「ヒッ、ヒッ、フゥー、ヒッ、ヒェッ、ヒッ、フー」

と、色気もナニもあったもんじゃなかった。

そして、だんだん、ドバァーッと出た脳内ホルモン(出てるなぁという感覚はあった)が、痛み止めに効いたのか、
痛いのは痛いんだけれど、徐々に痺れるような浮遊感に俺は襲われ、
人間の身体は、なんて素晴らしく適応力があるんだ!
あっ、でも、これが癖になったら、マゾになっちゃうのかなぁとか、妙な学習までする余裕が出てきた。

そしてそれまでは目を閉じていたが、ゆっくりあけて兄貴の顔を覗き込むと、
俺と同じ顔は、目をつぶり、眉間にしわを寄せて、口は軽く開いたまま、
いかにも気持ちいいんですぅというような、特定のリズムでもって揺れていた。

あぁ、よかった、兄ちゃん!
俺は気持ちいいというよりは、何なんだこれはという驚きのほうが強くて、
今は、まだ、快楽なんだとまでは認識できないんだけど、
兄ちゃんがいいんなら、オイラもいいんだよ!
どんなに遠く離れていたって、俺は兄ちゃんの幸せを願っているからねって、
俺と同じ顔が気持ち良さそうなのを見ていると、その時は、俺も嬉しくなって、そう思った。
で、だんだん、兄貴の身体が刻むリズムが早く、勢いが強くなり、
俺もその時は、

「アッ、アッ、アッ」

と、兄貴のリズムにあわせて声をかけられるようになっていた。
正直、俺はイケなかったけど、
兄貴は俺の中でイケたみたいだったので、
(兄貴の動きがフィニッシュという力強さで弾けて、兄貴が俺の上に突っ伏したから)
これで良かったんだなぁと安心しながら、

「兄貴、どう、良かった」

と、念のために、俺も艶っぽい声で聞いてみたら、

「あぁ、良かったよ。サイコーだった。ごめんな、おまえ、辛かっただろ」

と、優しく俺の髪を撫でてくれた。
あぁ、同じ顔が2つ並び、こういう会話をしているということ自体が、
究極のナルシズムなんだろうなぁと、俺は思いながら、
もう、その晩はいろんなことがありすぎて、疲れちゃったので、そのまま、眠りに落ちてしまった。
もう、2度と会えないというのであれば、
もっと、ちゃんと今後の立ち振る舞いとか、聞いておけば良かったのに……とか、考える前に、意識が落ちてしまった。

そして、薄れゆく意識の中で、イルカがポシャンと波間で跳ねる音と、
兄貴が左手の薬指を優しく甘噛みしてくれるのが、
それが、その日、いろんなことが起こりすぎた1日の、1番の俺のご褒美(快楽)だった……。




あぁ、うるさいなぁ、目覚まし、どこ?! どこ?! どこよぉ?!

という気分で、右手をバタバタさせても、目覚ましは、どこにもなかったので、
その時、初めて、あっ、ここは俺の部屋じゃないんだって気がつき、
俺は、目を真ん丸くして(たぶん、鼻の穴も真ん丸になって)、興奮しながら、飛び起きた。

そう、やっぱり、昨日の出来事は夢じゃなかったんだって、秘密基地の中で、溜息をついた。
兄貴の姿は予想通りなく、俺は裸に毛布を被せられたままの状態で朝を迎えていた。
ちょっとジンジンする下半身を、意識しないよう努めながら(照れちゃうし、オイオイ)、
兄貴が枕元にたたんでおいてくれた服に着替えた。
そうそう、俺が目覚ましだと思ったのは、なんかサイレンのような、やかましい音がしたからで……
と、俺は、歩くとちょっと痛むケツに顔をしかめながら、洞窟を出ると、
俺の家がある方向から、モウモウと煙が立っているのが目に飛び込み、
確かにサイレンの音が鳴り響いていた。

「アァッ!」

と、俺は、直感的に全てを理解した。
近くに行って確かめるのは、絶対危険だから、
その時点では、憶測でしかなかったが、
たぶん、100%、あれは、俺の家が燃えているんだろうなぁと確信した。
ブルー・コスモスか、ラボなのか、誰が仕組んだことかは分からないけど、
昨夜、兄貴が言ったことは、やっぱり真実だったんだなぁと、
改めて、俺は、事の重大さに愕然として、全身が震えるのを止めることが出来なかった。

でも、こうなった以上は、出来るだけ速やかに、この場から逃げるしかないと、
俺は、パニクル頭を抱えながら、洞窟の中で、戦略を立てることにした。

まず、兄貴はザフトに接触したんだろうし、
父さんと母さんも、家が燃えている以上、
運が良くても、異変に気が付いたラボで拘束されているんだろうから、
(運が悪かったら、家と一緒に燃えているのかもしれないし)
もう、家族のことは、俺には、どうしようもない。
たぶん、家族の中で、1番、バカで、力もないのは俺だ。
泣いても、わめいても、俺には、どうしようもない……。

あぁ、まず、自分のことだけでも、何とかしなければ……

両親と兄貴が用意してくれたお金は、かなりある。
そして、俺はここには自主的には何も持ってこなかったけど、
兄貴が俺の荷物も用意してくれていたらしく、
洞窟の中には、俺が愛用している大きなボストン・バッグとナップサックが転がっていた。
兄貴のことだから、中身を確認しなくても、俺に必要なものは入っているんだろう。
じゃぁ、これを持って、どこへ行く?!
公共の交通機関を使うのは、危険だろうなぁ……。


さぁ、出掛けよう。


丘を降り、自転車を盗んで、ハイ・ウェイのパーキング・エリアのすぐ下まで、行った。
そして、金網をよじ登って、エリアに侵入し、俺は、フロリダ・ナンバーの車を探して回った。

ここカリフォルニアから、どこに行こうかと迷ったが、
ニュー・ヨークというのも、いかにもって感じだし、シカゴは寒いし、
しばらくホーム・レスで様子を見るとしたら、やっぱ、暖かいところだよね。
マイアミのプロ・フットボールチームは、ドルフィンズだし、
昨晩、兄貴が洞窟で流したモニターの残像が、まだ、俺の中では寄り添ってくれていた。
そう、これは、やっぱり、兄貴のお導き、フロリダ、マイアミに行こう!

俺は、パーキング・エリアで、フロリダ・ナンバーの車を見つけては、
人が良さそうなドライバーなら、有り金を見せて、交渉を続けた。
こういう時は、ヒッチ・ハイクが1番安全だと、何かの映画で見たことがあったから。




「ヘィ、兄ちゃん、おまえ、家出かい?!」

「まぁ、似たようなもんさ。でも、俺、18歳だから、家出って言う歳でもないけどね」

「ワシには、孫娘がおってなぁ、可愛いさかりなんじゃ。早く、タンパにいる娘夫婦に会いたいものさ。
 オマエサンも、ワシの歳ぐらいになったら、家族のありがたみが、よーく分かるってもんよ」

「そうだね、でも、俺の家族も、あんたの家族に負けないぐらい、素敵な家族だったんだぜ。
 父さんは、ブラック・バスの釣によく連れて行ってくれたし、
 母さんは、ブルーベリー・パイを焼くのが得意でさぁ、昨日の晩はサンドイッチを作ってくれたんだ。
 兄貴は、俺は、兄貴が1番大好きだったんだけど、
 兄貴は、ハイ・スクールのフットボール・チームの花形QBでさぁ、
 いつも、チア・リーダーの女の子達を何人もはべらして、校内を闊歩してたんだぜ」

そう、言いながら、俺の頬を涙が、次から次へと滴り落ちるので、
俺の隣で運転していた爺さんは、俺を気遣ってか、黙り込んでしまった。
そして、沈黙への気まずさからか、爺さんがスイッチを入れたラジオから、ニュースが流れていた。

「昨夜、カリフォルニア州サン・フランシスコ郊外で、バイオ・テクノロジーの最先端企業、
 ヒューマン・ヘルス・ラボラテリィ社の工場が爆発し炎上しました。
 多数の死者が出た模様です。
 会社側は事故との見解を発表し、周辺住民への汚染の不安はないとのことですが、
 地下組織ブルー・コスモスが、工場爆破に対しての関与を公表しています」

俺は、車の窓にもたれ、膝を抱えた。
身体を動かすと、チョットだけ鈍い痛みを感じるけれども、
それさえも今の俺には、消えてしまいそうな家族の、
いや、兄貴への唯一のつながりのような気がして、切なく、愛しかった。
昨日の今頃は、まだ、ハイ・スクールの図書館で、昼寝してたのになぁ……
1日で、これまで積み上げてきたものが、全部、崩れてしまうことってあるもんなんだなぁ。

遠くの山々を眺めながら、呟いた。

「俺の家族、さようなら。
 父さん、母さん、そして、ジュリアン兄さん。
 どうか、家族で1番頼りない僕が、何とか一人でも逃げ切れますよう、
 3人は見守っていてください」



俺を乗せたワゴン車は、フロリダへと向かって疾走して行った。









03:それぞれの居場所




Update:2004/03/21/FRI by CHIYOKO MURAKAMI

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