水溜りに反射するモノクロな僕の顔

04:彼と僕の境界線・前




人の手垢さえも芸術的に思えるほど赤茶けて古びた街並みと、
生物を寄せつけない乾いた白い最新テクノロジーの建造物が、
絶妙なバランスで混在しているのが、ボストンの印象だった。
まだタクシーから降りてないんで、ガラス越しでしか分からないんだけど、
街の臭いや空の青さは、きっと、西海岸とも、フロリダとも違うんだろうなぁって、
ここは、海がないからイルカが似合わないし……
正直、あまり、この街は好きになれそうにないって、

「ハァッ」

と、大きな溜め息を俺がついたのを、横に座っていたキースは気にかけてくれて、

「あそこに流れてる川、あれが、チャールズ川って言うんだ。
 ここボストンは、アメリカでも最も古い街の1つで、最初の移民達が築いたんだそうだ。
 独立戦争は、歴史で習っただろ?
 あのボストン茶会事件をはじめ、歴史上重要な役割を担ってきたんだよ」

なんて、授業を始められても、おバカな俺には、
アメリカで最も古い移民の街に似つかわしくない、
最先端のクローン技術で産まれた俺が、
どうして、こんなとこで、軟禁生活を送らにゃーならんのよって、
心の中で皮肉ををぶつけていた。

「ムウ、おまえが住むのは俺のマンションがあるボストン市だが、
 MIT(マサチューセッツ工科大学)があるのは、川を挟んだ北側のケンブリッジ市だからな」

「へぇ、MITって、ケンブリッジ大学の傍にあるんですか?!」

と、俺が、数少ない知識を駆使して話しを合わせてみたら、
もう、キースが、すっごくニコニコしながら俺を見て、こう、おっしゃった。

「ムウ、ケンブリッジ大学はイギリスにあって、ボストンにあるのは、ハーバード!」

こんな、三流コメディアンのお決まりのセリフのような俺たちの会話を、
否応無しに聞かされていたタクシーの運ちゃんは、

「フフッン」

と鼻で笑ってくれたので、そう、いかにも地元民という余裕の対応。
だから俺はこの街を前にも増して、嫌いになりそうになった。



そして長い時間かけて、やっと到着した俺は、
この男、キース・マクマーンが所有しているマンションの一室で、
ソファに腰掛けながら、ペット・ボトルのミネラル・ウォーターを飲んでいる。
キースは、マクマーンっていうんだから、アイリッシュ系だと思うんだけど、
スポーツやってますぅみたいなゴツイ身体と、回転の速い頭脳を持った、
典型的なエージェントっていう感じのオヤジだった。
俺が軍の施設に収容された際の、この男への第1印象は、最悪だったんだけど、
俺のこと、身体売って汚らわしいとか、散々イヤミを言われたし……、
でも、こうやって、いっしょに旅をしてみると、
自分の気配を殺すのが上手ないいオヤジだった。

「ムウ、このマンションは、俺の本拠地ではあるんだが、
 こういう仕事柄、世界中を飛びまわっているんで、
 ここで生活することは、俺はほとんどない。
 だから、マンションも車も、俺が所有しているものは、
 おまえが自由に使ってくれていいからな。
 エーッと、おまえ、車の免許は持っていたよな?」

「はい、カリフォルニアでは16歳から、免許は取れますから」

「でな、ムウ、おまえに状況を説明しておくな。
 おまえに用意したムウ・ラ・フラガのストーリーとしては、
 きみはカリフォルニアの片田舎にある孤児院で育った身寄りのない青年で、
 成績は優秀なのでMITに学長推薦で入学し、学費も免除してもらえるのだが、
 生活費が足りないため、1年目は休学して、バイトに精を出し、
 2年目から普通の学生生活を送るっていうシナリオになってるんだよ」

「ハァ……」

「で、きみには、今、人選中なんだが、家庭教師を専属で付けるから、
 この1年間は、受験勉強だと思って、
 MITの要求するSAT(大学入学資格試験)のレベルまで、学力を引き上げてほしい。
いくら、学長推薦で入学できたとしても、単位を取得しないことには卒業は出来ないからね。
 がんばってくれよ、フラガくん!」

「ハァ……、じゃ、やっぱり、軍の施設で受けた検査で、
 俺にジョージ・グレンの才能を引き継ぐべき適正があったっていうのは、捏造だったんですね……」

「そんなことはないよ、そこまで卑下することないじゃないか。
 きみは、確かに、学力としては、そんなに高いほうじゃなかったが、
 可能性はいくらでも秘めているぞ!
 正直言ってな、俺は、おまえをエージェントとして教育したかったんだよ。
 おまえのクルーゼを逃がすためにとったこの1年の行動は、完璧だった。
 兄貴のためなら身体売るなんて、そうそうできることじゃない。
 ほんと、おまえはSEXで人をたらし込めるテクニックはあるだろうし、
 とっさの判断力も優れているから、あと少し語学を増やして、
 武器の扱いを覚え、端末を操作できるようになったら、
 優秀なエージェントになれるって俺は期待していたんだよ。
 なのになぁ、どこでどう聞きつけたのか、MITの学長がおまえを欲しいって言い出してな、
 まぁ、学長には明日、おまえも挨拶には伺うから、ヨロシク言っとけよ、
 でな、どうも奴は、おまえがジョージ・グレンのナチュラル版だと知っていて、
 手元において教育したいって感じだぞ。
 まぁ、今のおまえじゃ、ナチュラルであっても、クルーゼの弟としては見劣りするが、
 可能性としては未知数なんだから、やれるだけのことは、やってみな!
 おまえが頑張れば、自然にジョージ・グレンとしての遺伝子も発動して、
 クルーゼにふさわしい弟にもなれるって!」

「ハァ……、そんなに俺に可能性があるって思えないんすけどね」

と、クルーゼ、クルーゼ、クルーゼ、クルーゼ言うなっ!
って、内心、そんなにお兄ちゃんと比べないでよぉと、
慰められているのだろうけど、
かえって、俺の傷口を、こいつはエグっとるんとちゃうんかい?!
って、俺は、さらに、自虐の螺旋階段を落ちてゆくような、奇妙な感覚に捕らわれてしまった。
でも、すぐに現実に引き戻された。

「あと、お金のことなんだが、実は、おまえに軍がつけた予算は……、
 諜報部のほうで管理することになっていて、
 おまえの個人資産が無くなってからの話ってことになっているんだな」

「何ですか、それ?」

「ここに、おまえが身体を売って稼いだ金の残高があるんだが、
 売春宿のマネージャーが、好意的でなぁ、
 おまえの稼ぎのピンはね率が低かったんだよ。
 おまけに、おまえがボストンで学生生活を送るって言っといたら、
 きみの顧客達が入学祝という名目で、かなりの寄付をしてくれたらしい。
 で、そんなこんなで、きみの1年間の収入がこんなに巨額になっていたんだよ!」

「ウッヘェー、これ、なんですか?!
 家が1軒建っちゃうじゃないですか?!」

「だろ?!
 だからさぁ、自分の生活費ぐらいは、5年間は、賄えるんじゃないかなぁって、
 すまないなぁ、ムウ。
 こっちも予算不足でさぁ、おまえに付いた金は、横流しして、
 俺たちの諜報活動に、有効に使わせてもらうから!」

「エーッ、それって、俺、ただ単に予算獲得のために、
 利用されているってだけじゃないんすか?
 まぁ、俺がどうこう言ったところで、何も変わりはしないんでしょうけど……。
 でも、俺の売春代をコツコツ貯めてくださったマネージャーには、御礼を言いたいんで、
 メールの宛先、教えてくださいね」

「ムウ、偉い!!!
 本当に、おまえの両親はいい教育をした!」

と、キースは、俺の肩をポンポン叩きながら、ペットボトルを飲み干した。

それからというもの、俺は湿ったカビ臭い室内の清掃に取りかかり、
(なんか、俺って、どこに行っても、はじめは掃除ばかりさせられている……)
キースは、俺に見られたくないものをダンボール箱に詰めているようだった。
そしてその晩は、ピザの宅配を頼み、寝ることになったのだが、
キースは、自分の書斎においてあるベッドを使えと、
彼自身は居間のソファに毛布を持って行って、サッサと寝転がってしまった。
まぁ、俺を穢れてるって言うんだから、奴に襲われる心配はないんだろうけど、
独り書斎に取り残されて、いくらシーツもカバーも取り替えたからって、
なんか、本人がいるのに、ベッドを使うのも気が引けてしまった。

ほんと、居場所がないなぁって、ボストンに着いてから、さらに強く感じるようになった。
もう、自分の身体が自分のものでないような離人感というか……。
でも、この部屋で1番俺が、まだ居てもいいかなぁって思える場所を探したら、
やっぱり、書斎のデスクの下だったんで……。
だってさぁ、ベッドの下は、入り込めるスペースがなかったんだもん、埃がたまってそうだし。
だから、椅子をどけて、大きなデスクの下に無理やり毛布ごと潜り込んで、
まぁ、多少は身体がはみ出るのは仕方ないけど、
捨てられた猫のような気分を味わいながら、丸まって寝た。
こういう格好を胎児のようだって、
以前はこの格好をすると、母体に包まれているような安心感があったのに、
クローンだって自覚したら、俺ってラボの水槽に浮遊してたんじゃないかって思えて、
さらに孤独感が増してくるようになってしまった。
でも、しかたない、それでも、まだ、このほうが、ましなんだから。



翌日、俺とキースは、MITの校門を潜った。
キースは学長秘書にさくさくと連絡をとり、俺たちは応接室に案内された。
しばらく待たされた後、小柄な老人が部屋に入ってきた。
俺たちは慌ててソファから立ち上がって、その老人を見つめた。

「ようこそ、MITへ」
と言うなり、キースと握手を交わしたその老人は、素人の俺が見ても、溢れんばかりのオーラを発していて、
プロのキースでさえ、気後れしているようだった。
そんな学長は、俺を見るなり、少し遠い目をして、
俺自身というよりも、俺の背後にいる誰かと対話をしているような雰囲気だった。
あぁ、彼は本物のジョージ・グレンと会ったことがあるのかぁ……と、俺は彼の態度で、すぐに察した。
そんな彼は俺に向かって、ゆっくりと両手を掲げ、
握手の代わりだろうか、俺の顔を両手で包み込んだ。
俺はビックリするというよりも、そういう行為には慣れていたから……
売春宿では、品定めをする時、頬を両手で包んで、商品の価値を決めたりするので、
はじめは、この老人もそういう意味合いで俺を確認しているのかと思ったが、
その後、俺の頬をつねったり、引っ張ったりし始めたので、

「もう、始まっているんですか?」
と、俺は、初対面の人に、それも目上の学長に、いきなり、質問してしまった。
彼は、そんな俺の不躾な言葉にも、気分を害することもなく、

「いや、きみは、まだ、大丈夫だ」

と、返事をしてくれた。
俺たちのやりとりを見ていたキースは、わけわかんないって顔をしていたけど、
この言葉には、俺はかなり救われた。
この一瞬だけだったが、あぁ、ボストンくんだりまで来たかいがあったとまで、思った。
その後、一通りのタテマエ的な挨拶をすませ、
もう、ほんの10分ぐらいの面会時間で、俺たちは応接室をあとにした。
学長からは、「チャンスは与えたんだから、頑張ってくれたまえ」みたいな話しだった。

で、キースは部屋を出るなり、俺と学長の不思議な会話について質問してきた。

「ムウ、学長の、あのはじめの態度はなんだったんだ?!
 俺にも分かるように、説明してくれよ!」

「キース、あの学長さんの専門分野って、何だったんだい?」

「人の質問に答える前に、先に質問するのか?
 まぁ、いいだろう。
 あの爺さんは、バイテク(バイオ・テクノロジー)が専門だって聞いたことがあるけどな」

「やっぱり、そうか。
 あの人は、俺がクローンで、寿命が一般人よりも短いって知ってたから、
 俺の頬をつねったりして、すでに老化が始まっていないかどうか、チェックしてたんだよ。
 大丈夫って言われたから、まだ、老化は進行していないんだろうね」

「フーン、おまえって、ほんと、本番に強いっていうか、そういう直感は鋭いんだな。
 そういうおまえの閃き(ヒラメキ)が、自分の身を助けてくれることもあるんだろうけど、
 そういう能力は、隠しておいたほうがいいぞ。
 おまえを見ていると、俺は時々ヒヤヒヤしてしまう。
 ほんと、おまえは誰かに利用されやすいから、っていうか、もう、俺も利用者の1人だが、
 自分の能力は、自分のためだけに使うように、心がけたほうがいいぞ」

と、なんか、誉められているのか、けなされているのか、
イマイチ中途半端なキースの言い分に、なんか、スッキリしなかったんだけど、
ただ彼が俺のことを心配してくれているというのは伝わってきたから、
ちょっと、嬉しくなったりもした。


そして、2人でMITのキャンパスの中庭でベンチに座り、
また、ミネラル・ウォーター入りのペットボトルを飲んでいると、
キースの携帯がなり、彼は足早に誰もいない校舎の影へと、そそくさと行ってしまった。
まぁ、イルカはいないけど、こういうキャンパスの一角というのも、
カリフォルニアでの古きよき時代を思い起こさせて(っていうのは大袈裟?!)、
俺を癒してくれているなぁって、目をつぶって深呼吸をしていたら、
キースの声が聞こえてきた。

「すまない、ムウ、明日の朝には、俺は仕事でここを離れなければならない。
 さっそくだが、今すぐ、ボストン市内を案内するから、図書館や郵便局など、
 これからの生活に必要な場所は覚えておいてくれ」

とのことで、まだ、今日を入れたら6日間は、キースと一緒にいられると安心しきっていた俺は、
寝耳に水な展開に、かなり、動揺してしまった。



「ムウ、じゃぁな。
 おまえが寝て起きた時には、俺は家を出た後だから、
 1人で知らない街に取り残されるのは心細いだろうけど、
 家庭教師の件やらで、俺も随時連絡は入れるから、がんばれよ!」

と言って、キースは、明日の旅路の仕度を始めてしまった。
彼の部屋であった場所は、俺の部屋になるそうだけど、
ここで視線を一周させてみて、どこをどうとっても、
ここは俺の部屋じゃなく、これから出ていこうとする男のものだった。



      ナゼ、キミハ、ココニイル?!
      ココハ、キミノ、居場所ジャナイ!!
      ヒトリハ、イヤダト、ナゼ、イワナイ!!!



そう、俺は、急に、世界が色を失うんだという感覚に襲われた。
全てが……キースのブラウンの髪も、花を模したモダン・アートな壁掛けも、
全てが一瞬でセピア色に変わり、徐々にモノクロになってしまった。
付けっぱなしのTVの画面も白黒になり、音声すらも遠ざかっていく。
俺は自分の頬に手をあててみる。
今まで触ると髭でザラザラしていたのに、それすらも感触がない……。

世界は急激に俺を取り残して、去って行った。





「ムウ、ムウなのか?!
 それとも、ジョンなのか?!
 誰だ、おまえは、名前はあるのか。
 おまえは、誰なんだ?!」

えっ、誰かって?!
決まってるじゃん、ジョンじゃなく……
今は、ムウ・ラ・フラガだっけ、俺……。

「ムウ・ラ・フラガ……」

俺は、弱々しい声で呟いた。

「ムウ、ムウなのか、戻ってきたのか?!
 おまえ、何が起こったのか、分かってんのか?!」

「えっ、どうかしました?!」

「おまえ、手首を見てみろ」

ぼんやり両手首に視線を落とすと、左腕には白い包帯が巻かれていた。
そう、白い包帯には鮮やかな赤い染みがついており、世界に色は戻ってきていたが、
痛みは感じられなかったので、まだ、自分の身に何が起きたのか、
誰がこんなことをしたのか、俺は、ただ、ぼんやりしていた。

「ムウ、おまえ、大丈夫か?!
 自分でリストカットしたんだぞ。
 覚えてないんだろ?!
 おまえ、解離してたもんなぁ。
 おれは、こういう仕事柄、そういう奴をたくさん見てきたから、
 はぁ、おまえも、ついに多重人格への扉を開けちまったのかって、心配したよ。
 とりあえず、オリジナルが戻ってきたんで、一安心か」

「多重人格?!」

「俺も専門じゃないから、よくは知らないんだが、
 虐待などを受けた時にな、こんなイジワルされる自分は自分じゃないって、
 人格がスプリット(割れる)するんだそうだ、自分を守るために。
 その時、解離っていう現象が起こって、
 別の人格が生まれ、そいつに肉体を明渡してしまう……って、
 今、おまえに、そんなこと言っても、わかんないだろ?!」

彼の言葉に反応したのだろうか?
急に俺は、パッと意識が覚醒した。

「痛い、痛い!」

急に、手首の傷が、痛みをガンガン脳天に響かせてきたため、俺は慌てて、左手首を庇った。
そして、上目遣いにキースを眺めて、こう言った。

「オ……オレ、俺、虐待なんか受けてません。
 そりゃ、意にそぐわない場所に来てはいますが、
 俺がバカだから、兄貴のように、うまく動けないから、
 こんなふうに、なってしまったんだし、
 リストカットまでして、あなたの部屋、汚したたんじゃないんですか?
 掃除は、俺がやりますから、それに、傷の手当てしていただいて、
 どうもありがとうございます。
 俺のことはいいですから、あなたは明日の出発の準備してください。
 もう、大丈夫ですから」

「ムウ、おまえ、大丈夫じゃないだろ?!
 そんなに手首の傷は深くはなかったが、
 これは、おまえの身体が示したサインなんだよ。
 おまえが、無理やり現実に過剰適応して頑張りすぎたんで、
 心がついていけないんだよ。
 フロリダでの生活も、俺から見れば、
 性的虐待を1年に渡って受けていたとしか思えないし、
 おまえさぁ、心が血を流して瀕死状態なんだって、
 自分じゃまったく、気がついてないんだね」

「そりゃ、苦しいですよ、好きでもない相手とSEXするのも嫌でしたよ!
 なんで、俺が、こんな目にあわなきゃいけないんだって、
 ずっと、何度も、心の中で繰り返し自問しましたよ。
 小説じゃない!
 現実ですから!!
 でも、しょうがないじゃないですか?
 俺には力もないし、知恵もないし、生まれてこなきゃ良かったのに……」

「ムウ、おまえは俺が、何とかするから、
 ゆっくりでいいから、自分を、もっと大切にしてくれよな。
 俺も、できる限りの手助けをするから……」

そのキースの、同情にも似た優しさに、
俺は本能的に拒否反応を示し、急にムカツイテしまった。
なんか、こういう、人が弱っているとき、その場だけ安心させるために、
俺のことを、真剣に引き受ける気もないくせに、優しい言葉を吐くなんて……、
偽善者、偽善者、おまえは偽善者なんだろって気持ちを込めて、俺は大声で叫んだ!

「そんなこと言ったって、あんたは俺を見捨てるんだ!
 独りぼっちにして、俺を置き去りにするんだ!!
 俺の傍にいてよ、守ってよ、もう、俺、ぜんぜんダメなんだよぉ……」

最後は涙声になり、自分でも何を口走っているのか分からなくなったが、
キースは、そんな俺をハグしてくれた。

「フラガ、やっと言えたな。
 それが、きみの本当の気持ちだよ……」

台所の片隅で、図体のでかい男同士が、泣きながら抱きあっているのも、変な構図だったけど、
キースは俺と一緒に泣いてくれたから、仕事が忙しいのは、キースのせいじゃないし、
俺は、この人は偽善者ではないんだと、俺の味方なんだと、
そう、思った。

また、もし、ここで、
「もう、どうしておまえは、俺が出て行くという前日に、こんなことをしてくれるんだ」
って、もしキースに責められていたら、
たぶん、俺の人格は、きれいに裂けて、多重人格へと着実に歩み出していただろう。
こういうのを、危機介入っていうそうだけど、
危機介入時に周囲がどういう対応をするかで、その後の人生が大きく左右されるって、
俺、聞いたことがあったから、ほんと、キースがいい人でヨカッタって、
そう、思った。

そして、あぁ、無意識に俺はキースを試したんだなって、
この人はどこまで俺を受け入れてくれるか、リストカットして試したんだなって、
そうも、思った。

で、俺がキースにハグされながら、ぐるぐる考えていると、キースのほうから、俺の身体を離した。

「実はな、ムウ、こういうこともあるだろうって、俺は予想していたんだよ。
 俺もな、こういう商売やってるから、どんな時に人が落ちるか、
 傾向と対策は、たてられるようになってしまってなぁ……。
 まぁ、尋問とかも、これに似たようなもんだしね。
 でな、もう、俺の友人であるカウンセラーに、おまえの資料は渡してあって、
 こっちに来てくれるように、
 まぁ、彼女は女性だから、一緒に住むわけにはいかないだろうけど、
 近所にアパートでも借りてくれるよう交渉していたんだ」

「エッ、家庭教師じゃなくて、カウンセラーなんですか?!」

「おい、話しがごっちゃになってるぞ!
 家庭教師とカウンセラーは別の人物だ。
 まだな、おまえの様子を見てからと思って、正式にはオファーしてなかったんだが、
 今から連絡して、明日中におまえに会いにボストンに来てくれるよう依頼してみるな。
 俺も、彼女とおまえが会うまでは、ボストンにいるようにするから、
 ムウ、おまえを一人ぼっちにはしないからな。
 今日は、安心して……机の下じゃなくて、
 そうだなぁ、俺が居間のソファで寝るから、おまえは寝袋でその下にでも転がるか?!」


そして、痛み止めを飲んで、俺は寝袋に身体を預けた。

寝袋には、思い出がある。
兄貴といっしょにカリフォルニアの牧場で、寝袋に入って流れ星を眺めていた。
あの時間が懐かしいなぁと、左手首を庇うように寝返りをうった。
俺と兄貴は、何かの宗教のコピーだろうか、「世界人類が、みんな平和でありますように」
と、たくさんの流れ星が落ちた日は、自分の願掛けが終わってしまうと、
じゃぁ、世界平和でも願ってみるかと、よく、口にしていた。

今の俺には、寝袋に入っても、兄貴もいなければ、星も見えない。
兄貴は世界平和の実現に向けて、プラントで頑張っているのだろうか?
俺は……。
考えても、考えても、いったい自分は何者で、どこに向かっているのか、
明日のことさえ、分からなかった。



待合室には、次々と発着する飛行機の時刻と便名が告示されていた。
キースと俺は、そんな空港の待合室で、彼女の到着を待っていた。

午前中、キースは俺を伴って、彼女が住むのに最適なアパートを探しに、
不動産屋巡りをして、今、彼の手元には物件を載せた資料が握られていた。
彼の一押しは、俺が1人暮らしをするマンションから、徒歩1分の場所にある小洒落たアパートだった。
俺も、そこならいいのに、寂しくないのにって、思っていた。

「ムウ、彼女が乗っている便が到着するぞ」

キースは、急に椅子から立ち上がり、部屋を出て行ったので、俺もパタパタと後を追った。
そして、しばらくして、昇降口から現れた1人の中年の女性が、

「キース、お久しぶりね、元気だったみたいで、私も嬉しいわ!」

と、にこやかに、キースの頬にキスをした。
そして、一通りの再会の挨拶が終わった後、俺の方を見て、

「じゃ、こちらが、ムウ・ラ・フラガくんね。
 はじめまして、私はジェシカ・エマーソン、あなたの隣人になる者よ。
 よろしくね!」

と、愛くるしい笑顔で、俺に右手を差し出した。



そのまま、キースと空港で別れた俺たちは、ジェシカの運転で、
ボストンの街を物件の確認をしたり、ホテルにチェックインしたり、あちこち移動した。

ジェシカによると、キースとは幼馴染で、2人ともボストンで成長したため、
この街のことは、40年前から、よーく、知っているんだそうだ。
ジェシカは、栗毛色の巻き髪が肩で揺さぶられている、
典型的なおばさんって感じの、だっておばさん体型だし、
なんか、お母さんってとこかなぁ。

「ムウ、住むところは、やっぱり近いところがいいでしょ」

と、住居は俺の第一希望に、すんなり決まった。

「でね、ムウ、昨晩になって、急にボストンで生活することを決めたから、
 まだ、前の場所での仕事の引継ぎや、引越しの準備ができてないの。
 だから、1週間ほど、向こうに帰って、あれやこれや片付けなきゃならないんだけど、
 あなたも一緒につれてゆくから、安心してね」

「あのぅ、その前に、俺のために、無理やりボストンまで来ていただいて、
 それで、いいんですか?!
 あちらでの生活も軌道に乗っていらっしゃったんでしょ?!
 俺がジェシカに迷惑をかけているかと思うと、申し訳なくって」

「あぁ、ムウ、それはいいのよ!
 私にとっては、ここはホーム・タウンで、3年前までは、ずっと住んでいたのよ。
 でもね、チョットした事件があって、この街を離れたくなったの。
 でも、それでも、やっぱり、この街は好きだし、
 何かいい、戻って来れるきっかけを探していたら、キースが呼んでくれたのよ。
 だから、私はあなたのためじゃなく、自分のために帰ってきたんだから、
 あなたは、そんなふうに、自分が重荷になっているなんて、思わないでね」

「はい、すみません」

「でね、あなたが明日、私と一緒に行く場所がどこか、興味ないの?」

「俺、今、独りにはなりたくないんで、どこでも行きますよ!」

「もう、あのね、私が昨日まで暮らしていたのはね、
 あなたの故郷のサンフランシスコなのよ!」

「エーッ、カリフォルニアに、サンフランシスコに、俺、帰れるんですか?!」

「1日は、あなたのためだけに時間を取るから、
 いっしょに、あなたのホーム・タウンのポータ・ヴァレェでしたっけ、
 サンフランシスコから車で2時間ほどの街に、あなたが住んでいたんでしょ。
 そこにも行ってみましょうね!」

「俺、ポータ・ヴァレェはいやです、サンフランシスコまででいいです。
 もう、たぶん、家も焼けたし、両親もいないし、見たって、つらくなるだけです」

「ムウ、これは、カウンセラーとして言わせてもらうけど、
 物事には、はじまりと終わりがあって、
 そこには父なるものと、母なるものが出てくるの。
 このことは、とても重要でね、
 あなたは今を生きているけど、1人で生まれて成長してきたわけでもないし、
 過去から現在、未来へと続く時の流れの中に、あなたは存在しているの。
 あなたが迷ったり、苦しんでいる時は、原点を見つめてみたら?
 あなたが意識として感じることよりも、
 もっと多くのことを、あなたの無意識や身体は、受けとめてくれるでしょう。
 1人で行くのは、つらいって、私があなたの立場でも、そう思うわ。
 だから、私もいっしょに行くから、大丈夫、ちゃんと、そこに立ってみようね!」

「はい、ジェシカ、なんとなく、ジェシカの言うこと、その通りだと思います。
 1人じゃ恐いから、いっしょに、僕が生まれて育った街についてきてください」


そして、この晩は、ジェシカがホテルでツインをとってくれたから、
まぁ、手首の白い包帯を見たら、そのほうがいいんだろうと、俺でも思ったし。
俺とジェシカは、出会ったばかりだというのに、一緒の部屋で寝てました、はい。
ほんと、ただ、睡眠をとっただけです、はーい!
なんか、テンション、高い?!
だって、あぁ、夢のカリフォルニア!
あのキラキラした日差しに、浜の風を思い出すと、
もう、それだけで、じんわり目頭が熱くなってしまう、単純な俺だった。



サンフランシスコに来てから、俺はジェシカが住むアパートに、居候していた。
この殺風景な部屋、女性の1人暮らしとは思えない、
ただ起きて、寝るだけの部屋を見ていたら、フロリダでの売春宿の俺の寝場所を思い出させた。
あぁ、ジェシカは、ボストンに帰ったほうがいいんだと、
ここは、寂しい者が孤独をさらに増長させる部屋だから、
俺のためじゃなく、自分のためにボストンに帰るというジェシカの話しが、
その通りなんだろうなって、俺は自分を責めなくていいと判断した。

ジェシカは、こっちの病院でCP(Clinical Psychologst、臨床心理士)
として働いていたため、担当していたクライアントの引継ぎなどで、
連日、遅くまで帰ってこなかったけど、俺はちっとも寂しくなかった。
サンフランシスコは、よく、遊びに来ていたんで、お気に入りのショップでたくさん買い物した。
こういう時は、お金がたくさんあるって、すごく楽しいことだなぁって思ったし、
ブランドものを買うために、身体を売るようになると、
もう、きっと、ショッピングも売春も、両方、辞められなくなっちゃうよなぁってね。
その気持ちはよく分かるけど、でもなぁ、手首の白い包帯を見ると、
そのために失ったものの大きさも、侮れないよなぁって、
あぁ、俺は、もう身体は絶対売りたくないって、決意するには、
無意識のリストカットは十分な理由になった。

そして、映画を見たり、
観光客みたいに、ゴールデン・ゲート・ブリッジの下を、
アルカトラス島近くまで、遊覧船で通ってみたり、
あぁ、やっぱり、サンフランシスコはいいなぁ!
フロリダよりも、もちろんボストンなんかよりも、
俺には地中海性気候のウエスト・コーストが、1番、居心地が良かった!

でも、久しぶりに満喫した解放感も、あっという間に過ぎ去り、
いよいよ、明日の朝には、カリフォルニアを離れ、
本格的にボストンでの生活が始まるという日が訪れた。
そう、ジェシカと約束していた例の1日だ。
ジェシカは俺を乗せ、レンタカーでハイウェイをぶっ飛ばし、
昼前には、俺と兄貴が住んでいた街、ポータ・ヴァレェに、たどり着いた。

本音を言えば、この街は見たくなかったのだけど……

今の自分は、MITで学生をやりますって言っても、
そこに相応しい能力を持っているわけでもないし(裏口入学だもんな)、
この1年で、運良くお金はたまったかもしれないが、
俺はずいぶん、浪費され、くたびれてしまった……。
身体はやりまくってたんで、ボロボロ、おまけに、手首に包帯だし。
精神的にも、ついに来るとこまで来て、オカシクなっちまった。
もう、これ以上、堕ちろと言われても、堕ちるところがないって言うぐらい、完璧にノックアウト状態の俺。
そんな俺に、この18年暮らしてきた街は、何を語りかけてくれるんだろうか?!

ジェシカから運転を代わってもらい、俺はハンドルを握った。
もう、ここまで来たら覚悟を決めて、正攻法!
俺たち家族が住んでいた家に向けてコースをとった。
もう、胸がドキドキして、張り裂けそうで、吐きそうで、
心の中でヒーヒー悲鳴を上げながら、車は俺が学校に通っていた道をひた走った。
そして、ついに、俺は車を止めた。

「ジェシカ、ここが俺の家だった場所なんだけど……」

「ムウ、見事なまでに、何もないわね……FOR SALEの看板以外」

そう、俺の家や庭があった場所は、完全に新地となり、雑草が生い茂っていた。
売り地という看板以外は、何もない、ただの土地だった。

「ハァ……」

俺は、車から出ることもないまま、さっさと次の目的地へと進路を変えた。
もう、あそこを見ても、父さんや母さんの姿も思い浮かばないし、
なんか、この街の人に、俺たち一家は排除されたんだっていう屈辱感が、
込み上げてきて、とても悔しかった!!!

「ジェシカ、やっぱり、来るんじゃなかった!
 俺や、俺たち家族は、この街から抹消されているんだよ。
 変な騒ぎが起きて迷惑しているって、そういうことだろ、この仕打ちは?」

「ムウ、そこまで、皮肉に解釈しなくてもいいと思うのよ。
 あなたの家は、例の火事で焼失したって、記録にあるわ。
 そのまま焼け跡で放置されるよりは、こうやって整備されているほうが、
 よっぽど、前向きな処置だと思うんだけど、そうじゃない?!」

あぁ、やっぱり、火事で燃えちゃってたんだ、合掌。

それから、車で、俺は幼稚園、小学校、中学校、ハイスクールと、順番に回っていった。

兄貴が落とし穴を作って、保育士さんにいじわるした幼稚園では、
あの時と同じ場所にウサギ小屋があり、俺が車の窓から眺めていたら、
園児たちが、ウサギ小屋の掃除を始めていた。

幼稚園は俺の家の近所だったんで、日曜日も、俺はひそかにフェンスを乗り越えて、
ウサギのウースケ(日本人が引っ越すからと置いていったので、日本名だった)に、
親にも内緒で、家庭菜園で作ったレタスをあげたり、水を替えたりしていた。
兄貴はそういうことに興味がなく、好きだねぇという目で、そんな俺を眺めていた。
で、例の卒業式事件よ!
俺と兄貴は、スペルの関係で、俺が先に幼稚園の卒業証書をもらったんだけど、
兄貴が段上で証書をもらって、一礼したら、
兄貴に落とし穴にはめられて、怪我をさせられた保育士さんが、さっとステージに上がり、

「ジュリアン・グリーンくんは、休みの日も、ウサギのウースケにエサをあげたり、
 水を替えたり、お世話してくださっていたんですよ!
 ジュリアンに、ありがとうの感謝を込めて、みんなで拍手をおくりましょう!」

と、俺が自分の席に座ろうとした瞬間、のたまわったのだ!!!
エーッ、ちょっと待ってよぉ!!
それは、兄貴じゃなくて、オレ、オレ、ジョンのほうだよぉ!
と、叫ぼうかと思ったが、きっと、兄貴が訂正してくれるだろうと、兄貴を見ると、
黙って、頭を下げているではないか、おい、おい、おまえはいいとこどりすんのかぁ!
ひでぇよぉ、兄ちゃぁん……。
もう、あまりの出来事に、茫然自失になってしまった俺。
その後の、お別れの言葉を、卒園児全員で声をあわせて発表するのも、
俺だけタイミングがずれて、あれだけ練習したのにボロボロの最悪の結果!
その後、卒業する園児全員の恨みをかい、
小学校を卒業する時も、中学を卒業する時も、延々と語り継がれた俺の卒業式伝説。
あぁ、高校は失踪したんで卒業式には出れなかったけど(ホッ!)、
きっと、誰かが、俺の伝説を口にしていたんだろうなぁ、あぁ、トラウマ……。

なんて、行く先々で、兄貴と過ごした思い出が鮮やかに甦ってきた。
それは、なんか、今の自分を憂いで悲しむというよりは、
あの頃の自分にバカだったなぁとか、楽しかったなぁとか、
18年間積み上げてきた俺自身の足取りが、
一生懸命生きてきたじゃないかって、まだまだ、だいじょうだって、
俺に、元気を与えてくれるものだった。

で、街を一周してみて、一息ついた頃、ジェシカが俺に声をかけた。

「ムウ、あのね、あなたには、まだ伝えてないってキースから聞いたんだけど、
 あなたのお父さんのお墓が、この辺りにあるんだけど、行ってみる?!」

「エーッ、そうだ、そうだよ、父さんは、この街の出身だったから、
 ここに父さんの親類の墓もあるって聞いたことがある。
 どうして、気がつかなかったんだろう?!」

「じゃぁ、私、花でも買ってくるから、一緒に、御墓参りして、
 それから、サンフランシスコに帰ろうか」

というわけで、俺たちは墓地に来ていた。
ジェシカと俺は、片っ端から、名前を調べていこうかと話しをしていたその時、

「ジョン、あなた、ジョンでしょ?!」

という年老いた女性の声が聞こえてきた。
俺は、この街で姿を見られてはいけないと思っていたので、
声のほうを振り返ることもなく、まず、逃げなければと、走り出そうとした瞬間、

「爺さんと婆さんだよ、ジョン。
 マークの、父さんの墓参りに来てくれたんだろう」

と、そう、父さんの父さん、俺のおじいちゃんの声だったので……、
俺は、金縛りにあったかのように、動けなくなってしまった。
そんな俺の様子をみたジェシカが、2人に話しかけていた。

「あのぅ、私、マークさんの昔の友人なんですが、
 あなた方は、マークさんの御両親なんでしょうか?」

「はい、私たち老夫婦は、息子の墓に花を供えるのが日課でして、
 妻や子供たちが行方不明のままでは、私たちぐらいしか、
 息子の墓を守ってやれないと……。
 あの、後ろを向いたままの金髪の青年は、マークの息子のジョンでしょ。
 双子のジュリアンは、また違った雰囲気なのでね、分かりますよ、孫ですから。
 ジョン、ジョン、こっちに顔を見せておくれ、
 おまえが生きていることを、そのことだけを毎日祈りながら、
 私も婆さんも、息子を失ったことは悲しい事実ではあるけれども、
 孫のおまえが元気でいてくれることだけが、心の支えで、生きてきたんだよ……」

「ねぇ、ジョン、聞いたでしょ?!
 お爺さんとお婆さんは、どんな時も、あなたの味方よ。
 ちゃんと、元気な姿を見せておあげなさいよ、だいじょうぶ!」

と、ジェシカが言ってくれたので、俺は、やっと、振り返ることができた。

「じいちゃん、ばあちゃん、心配かけて、ごめんね。
 本当に、ごめんね。
 詳しいことは話せないし、父さんの墓参りがすんだら、
 すぐに、この街を離れなければならないんだけど、
 俺、元気だから、じいちゃんも、ばあちゃんも元気でいてね」

「ジョン、生きていてくれたんだね、元気なんだね、それだけで、私たちには十分だよ」

と、俺たち家族3人は、しばらくの間、無言で、抱き合いながら、泣いていた。
あまりにも衝撃的な事件、そして、空白の1年。
俺も、じいちゃんも、ばあちゃんも、3人とも、この異常な事態に遭遇し、
何も言えないし、何も聞けないというのが、正直なところだった。
だって、まだ、何も終わってはいないんだから……。

そして、じいちゃんとばあちゃんに、父さんのお墓の場所を教えてもらい、
俺とジェシカも、父さんのお墓に花を添えた。
俺は心の中で、父さんに話しかけた。

「父さん、俺、知ったよ、俺と兄貴の出生の秘密。
 父さん、血はつながってはいないけど、
 俺にとっての父さんは、ジョージ・グレンじゃない。
 父さん、だけだよ。
 俺には、俺たちをかばって、俺たちを生かすために、
 父さんが犠牲になって死んでしまったとしか思えないから、
 俺たちのせいで、父さんがこんなことになってしまって、本当に、ごめんなさい。
 けどね、父さんが守ってくれたから、
 俺も元気だし、兄貴もザフトの一員としてプラントで元気にやってるよ!
 母さんも、生まれ故郷のスイスにいるって話しを聞いた。
 父さん、俺さぁ、もう、父さんに言ったら、殴られそうなこと、たくさんしてきたんだけど、
 MITの学生になったから、がんばるよ!
 兄貴に世界平和は託せても、俺じゃ、無理だと思うんだけど、
 でも、やれるだけやってみるから、
 もう、これ以上は堕ちる場所がないというほど、堕ちたから、
 今度は、ゆっくりでも、這い上がってみるね、見守っていてください」


そして、本当に、兄貴のことすらも何も言わず、
俺は、じいちゃんとばあちゃんに、その場で別れを告げ、車に乗った。
バックミラーに、いつまでも、手を振っている二人の姿が映し出され、
俺の頬に涙が流れ落ちるのを見たジェシカは、
俺の頭を優しく撫でてくれた……。

そして、俺は、ジェシカに、最後にもう一ヶ所だけ行きたい場所があるからと、山道を走った。

そう、ウェンディの洞窟だ。

ジェシカに、すぐ戻るから、車で待っていてくれるよう頼み、俺は、例の秘密基地の中に入った。
そこは、そこだけは、1年前と何も変わっていなかった。
俺と兄貴が初めて結ばれた場所。
その名残のまんま、この場所は風化していた……。
兄貴が残していった壊れた基盤や、コーラのペットボトルも、そのまんま、転がっていた。

「アーァ!」

と、俺は大声で、頭を抱えながら叫んだ!
そのまま目をつぶっていると、あの晩の、
俺と兄貴の愛し合ったときの感情が、煌き(きらめき)となって俺を貫いた。
      せつなさ、苦しさ、痛み、喜び、快楽
この洞窟で兄貴と交わった一晩が、そう、たった一晩だけだったけれども、
俺には、永遠だった。
身体も心も、自分が1番大切だと信じる人に、愛された記憶。
あぁ、あの晩のジョン・グリーンが、俺の中にいる限り、
俺は、生きてゆける、ムウ・ラ・フラガになっても……。
あぁ、まだ、だいじょうぶ、なんとかなるよ!
だいじょうぶ、だいじょうぶ……。



カリフォルニアは、俺に、優しかった。
そして、ボストンでの、生活が、いよいよ始まった。



カリフォルニアで過ごした1週間を境に、何かが俺の中で変わった。
特に、父さんの墓参りと、じいちゃん、ばあちゃんに会えたことが、
自分は、この世界にいてもいいんじゃないか?!
俺のことを、信じて見守ってくれている人もいるじゃないかと、
足元が、根底が、グラグラ揺れていた俺にとって、
ちゃんと踏ん張って地面から立ちあがろうと、元気をもらえた。
また、ウェンディの洞窟で、俺は兄貴への愛を再確認でき、迷いは吹っ切れた。



そして、あれから1ヶ月。

ジェシカはもともとボストンで、CP(臨床心理士)として開業していたそうで、
その当時のクライアントが来てくださったり、
知り合いの医療関係者などから紹介状を渡された方々が、
引っ切り無しにジェシカの住むアパートを訪れ、カウンセリングを受けていた。
もう、軌道に乗っているというか、もともとあるべき場所に帰ってきたという感じで、
ジェシカは生き生きと日々を送っていた。

で、俺のほうはというと、キースが住んでいたマンションで、1人暮らしをしている。
自分専用のパイプ・ベッドを買ってきて、
4部屋あるうちの1部屋を俺の居場所として、使わせてもらっている。
サンフランシスコで買い物した衣類や雑貨も置き、
東のボストンよりはねぇ、西のカリフォルニアよぉ!
と、個人的には自己主張した部屋になったので、
あれからは、手首の傷も増えることもなく、落ちついた生活である。

っていうか、もう、ただ、ひたすら、お勉強の毎日なのだ。
SEX漬けの1年が終了したら、今度は、受験勉強に追われる1年。
どうして、こんなに、極端に偏った過ごし方をしなければならないのかと、
己の運命を呪いそうにはなるんだが、
この1年は努力して、なんとかMITレベルまで、基礎学力をつけたら、
来年の秋からは、普通の大学生になって、
バランスのいい生活を送りたいなぁなんて思って、がんばっとります、はい。

で、朝9時から夕方5時まで、会社員のように我が家に出勤してくるのが、
今、俺の横に座って、俺が入れたコーヒーを飲んでいる家庭教師のマリアさん。
マリアは、キースが探してくれたんだけど、ハーバード大学の院生さんで、
今年は、週に2日だけ大学の研究室に行き、あとは、家で論文書きなのだそうだ。
もう、外見は、パンク姉ちゃんというか、
ピアスが顔にいくつあるの?!って、クイズにできそうなほど、過激なファッションに身を包み、
おまけに、時々編みタイツにレザーまで履いてくるし、
あんたは、俺の家庭教師なんかよりも、
俺がいた売春宿みたいな怪しいところで女王様している方が、よっぽど金になるんじゃないの?!
とか、思ってしまうのだが、
いや、もしかして、彼女は俺の家庭教師ではなく、SMの調教に来ているのか?!
ウーン、俺が問題を間違えた時、嬉しそうに赤ペンで、俺の頭を小突くもんなぁ。
それに、俺、確かに乱交パーティとかではMだったし……。
もともと自虐的だからって言うか、
兄貴がSだから、18年間横にいたら、俺はMとして仕込まれちゃったよなぁ……。
キースはそういう情報も仕入れていたのかぁ、はぁ。
でも、人は外見で決めてはいけません!!
なんてったって、マリアは世界のハーバードだし、
といっても、何年も前から、コーディネーターは入学を許可されなくなったので、
ナチュラルONLYの中での話しなんだけど、
めちゃくちゃマリアは頭いいんで、おばかな俺にも、分かりやすく教えてくれるんだよ。
家庭教師にも、ちゃんと、マリアはむいとります。


で、今日も、高校1年の参考書で、化学を教えてもらっていたんだけど、
もう、スイヘーリーベーボクノフネ、ナーマガールシップスクラークカすら、忘れてて、
マリアは御機嫌斜めなんで、おれは、いそいそと、コーヒーを入れに行った。

「フラガ、あんた、やる気あんの?!
 それとも、もとが良くないの?!
 遺伝と環境、どっちの要因が大きくて、あんたはそんなにバカなのか、
 あたしに、ちゃんと説明してほしいわね!」

と、コーヒーをカップに注ぐ俺の背後から、罵声が飛んできた。
そりゃ、環境でしょうよ!
遺伝って言ったら、ジョージにゃ申し訳ないし……。
でも、そんなこと、絶対、言えないから、

「やっぱ、俺、捨て子だったのは、両親がバカだったからだよ」

と、マリアには嘘をついた。

でも、そっちがそこまで言うなら、こっちも言わせてもらおうと、
コーヒーを飲みのみ、俺にしては珍しく反撃に出た!

「ねぇ、マリア、ジャケットを脱ぐのはやめてくんない。
 ノーブラで白いTシャツは、逆セクハラだよ!」

と言うと、マリアの顔は急に真っ赤になり、ブチッとキレル音が俺にも聞こえてきた。

「フラガ、あんたゲイなんでしょ、女に興味ないんなら、ほっといてちょうだい!」

今度は、俺の顔が真っ赤になった。
誰から、そう言うことを聞いたんだよぉ、キースのおしゃべり!!!

「言っときますけど、俺はゲイっていうよりはバイ……」

だからね、と続けるつもりだったが、マリアの泣きそうな顔を見て、俺は瞬時に、

「バイじゃありません、はい、ゲイです! ゲイなんですぅ」

と、言い替えてしまった。
あぁ、俺って人の顔色を伺うクセ、直したいのに直せないなぁと、自己嫌悪。
でも、安心したようなマリアの顔を見て、
まぁ、そういうことにしましょうと、自分で納得した。

「良かった、あんたがゲイだっていうから、この仕事を受諾したのに。
 だって、ほとんど1日中、それも、毎日、こんな狭い部屋に2人で閉じ込められて、
 襲ってくださいっていうか、少なくとも、恋愛感情が芽生えやすい状況でしょ。
 あたしは、そういうのが大の苦手なのよ、分かる?
 ゲイなら、あたしに興味持たないだろうし、
 恋愛対象にならないからいいかって、O.K.したのに、
 ここで、女も愛せますなんて言わないでよ、絶対だからね!!!」

「ねぇ、マリア、俺がゲイだって言ったのは、やっぱりキース?!」

「そうよ、私は1度断ったのに、彼はゲイだからだいじょうぶ、
 フラガには、女性が家庭教師につかないと、きっと、フラガのことだから、
 すぐに、男の前で股を広げて、勉強にならないって言われたのよ」

ヒェー、何それ?!
人を年中サカリのついた、ケダモノ(受け)のように言わないでほしいよ!

「キースはね、こういう、家庭教師と生徒のような関係は、上下関係だから、
 フラガは、そういうのに弱いから、逆らえないって言ってたわよ」

「うん、確かに、俺、そういうのは弱いよねぇ。
 おまえに勉強を教える代わりに、やらせろって言われたら、
 お願い、おバカな俺を見捨てないで!って、やっぱり、やらせちゃうよなぁ」

あぁ、キース、俺のことよく分かってたんだぁ、ハァ。
キースのおっしゃる通りですよ、ハイ。
俺は、完敗という気分で、コーヒーを飲み干し、化学の勉強に再び戻った。

「あたしも、あんたみたいに、白い肌で、金髪で、しかも男だったらよかったのになぁ……」

いつもは、勉強中は無駄口を言わないマリアが、今日は話しかけてきた。
マリアは肌の色は明るい褐色で、髪はブラック、性別は女。
マリア・サンチェスっていう名前が示す通り、ヒスパニッシュ系。

「そうかなぁ、マリアのように賢くて、ハーバードの院生っていうのは、
 もう、それだけで、人生勝ち組だって、俺のほうが羨ましいけどね」

「自分で努力して獲得したものと、生まれつきくっついてきたものを、
 ごちゃ混ぜにしないでほしいわ!
 私は、有色人種で、女っていうだけで、ヒエラルキー(階層)の下にいるのよ!
 あんたは、孤児でゲイかもしんないけど、そんなの見かけじゃわかんないし、
 ホワイトで、ブロンドで、男って世間は見てくれるじゃない!
 あぁ、私にあんたの外見があったら、ロケット作って、木星まで飛んで行くのに!」

ヒェー、ジョージ・グレンかい?!

「何で、ロケットで木星なの?!」

「それだけ、頑張っちゃうっていうモノの例え!」

あー、ビックリした!!!
まぁねぇ、ジョージ・グレンを製作した研究者たちは、
人類の最上級の証しを彼に求めたんだろうし、それが、こういう外見なんだから、
確かに、マリアの言うことは当たってるんだけど、
俺にしてみれば、ただ生まれたらついてきたっていうものよりも、
自分で頑張って努力して築いたもののほうが、よっぽど価値はあるのになぁ。
でも、これって、やっぱ、ヒエラルキーの上にいるから、そう思うのかな?!

俺は、黙り込んでしまったが、マリアはそれでも、話しをやめなかった。

「まぁ、こんなことを言ったって、持って生まれたものは仕方ないんだろうけど、
 コーディネーターだって、自分で選んで、コーディネーターに生まれたわけじゃないし、
 ナチュラルだって同じ。
 人種差別も、性差別も、コーディネーター差別も、
 なんか、みんな、そういうのって、根本は同じだと思うのね。
 本人が選べたもんじゃない、生まれつきなんだから、
 そこでとやかく言ったって、はじまらないのよ。
 でも、実際には、すごーく、影響してるでしょ。
 うちなんか、アラバマ州で、父さん、母さん、兄弟5人で暮らしてたの」

あっ、初めて聞くマリアの身の上話し!

「父さんはトウモロコシ畑の雇われ農夫、母さんは兵器工場でライン作業。
 典型的なヒスパニッシュのブルーワーカーの家族だった。
 それが、父さんがリストラされてから……、
 父さんは、人種差別が根底にあるって言うんだけど、
 仕事がなくなった父さんは、昼から飲んで、母さんを殴るようになったの。
 それで母さんは、父さんに殴られる身代わりを探して、
 なんとブルー・コスモスに入るよう父さんに勧めたのよ。
 コーディネーターなんて、金持ちの特権階級の子息しかなれないじゃない。
 父さんが常日頃感じていた劣等感をぶつける、絶好の場所だったのよ、ブルー・コスモスは」

ウーン、こんなところでブルー・コスモスの話を聞くなんて!
あぁ、レジスタンスって言ったって、みんな、日常の中から生まれて来るんだなぁ。

「ねっ、こんな田舎の一家族にだって、
 人種差別、性差別、コーディネーター差別が、こんなに影響してんのよ!
 本来、マイノリティ(少数派)は、マイノリティ同士、助け合えればいいのに、
 どうして、互いに潰しあわなきゃいけないの?!
 それこそ、あんたのような、階級の上層にいるものの思うツボじゃない!!!
 もう、私は、そんな弱いモノいじめの連鎖の中で生きてゆくのに疲れて、
 あの家から出るために、一生懸命勉強して、この街に来たの。
 ねぇ、フラガ、あんたは、何のために、勉強してんの?
 キースに言われたから、仕方なくやってるの?
 そういう自覚のないまま、目的意識がないまま、
ダラダラ勉強したって、頭に入るわけないでしょ!!
 こんな調子でやってたら、いつまでたっても、
 MITのSATの合格基準なんて、クリアできるわけないわ!
 今日は、もう、勉強終わり、私、帰る。
 そりゃ、お金のために、家庭教師として、あんたにつきあうつもりだったけど、
 これじゃ、私の時間とエネルギーの無駄よ。
 本当に、自分がいったい何をしたいのか、1度、よーく、考えなさい!
 じゃぁね、明日は、あんたがどうするのか、どうしたいのか、それだけ聞きにくるから」

と言った後、マリアはパッと立ち上がり、さっさとジャケットを羽織って出て行ってしまった。

フラガは、白人の男でいいなぁっていう話から、
どうして、最後はマリアが家庭教師を辞めるって話になったのか、
イマイチ、話の流れはよく理解できなかったけど、
ただ、こんな調子で勉強しても、来年の秋までに、学力が向上するわけないというのは、
俺自身も、よーく、分かっていたので、本当に自分が何をしたいのか考えてみることにした。

でも、一人で答えを決めるべきことだとは分かるのだが、
ぐるぐるでダメダメの循環系否定思考回路の俺が、1人で悩んでも、
やっぱり、これといって、こうだ!というものも思い浮かばないので、
俺はカウンセラーのジェシカに電話して、今晩、相談にのってくれるよう頼んだ。



「ねぇ、ムウ、MITで学問する以前に、自分が何をしたいのかって悩んでるのね」

「そうだよ、俺さぁ、今まで、人が敷いたレールの上を何も考えず走ってきたし、
 まぁ、ウリ(売)やってたのは自己選択だけど、あれだって、他に選択肢はなかったよね。
 たぶん、今回のMIT入学の件だって、俺が賢かったら、そのまま言われた通り勉強して、
 こんなに悩むことなかったんだけど、俺がバカでやる気がないから、
 ほんと、どうしようかなぁ、本当は何がしたいのかなぁって、悩むことになったんだよぉ」

「フフフッ、いいことじゃない!
 1度、ちゃんと、そういうことは考えたほうがいいわよ!」

「でもさぁ、俺を取り巻く状況が、あまりにも非現実的なほど、複雑になっちゃったから、
 自分でも、何がしたいのかって言われても、どこまでだったら許されるのかとかさぁ、
 俺がじいちゃん、ばあちゃんと一緒にポータ・ヴァレェで暮らしたいって言っても、
 それは、結果的にじいちゃんとばあちゃんを巻き込み、
 へたしたら命を落としかねないじゃない?」

「まぁねぇ、たぶん、そういうことになるんでしょうね。
 じゃぁ、あなたとしては、誰と一緒に暮らせるとしたら、暮らしたいの?」

「そりゃ、決まってるよ、兄貴だよ!
 キースはね、俺のことゲイだって、マリアに言ったそうだけど、
 俺、ゲイじゃないし、バイでもないし、ノーマルというよりは、兄貴だけが好きなんだもん。
 兄貴のためなら、ウリもやったし、身代わりで死にそうにもなったけど、
 俺、そこまで、頑張れるんだぁ」

「じゃぁ、ザフトに頼んでプラントまで、えーと、今はクルーゼでしたっけ?
 クルーゼの居場所まで連れて行ってもらっても、いいんじゃないの?!
 そこまで、愛しているんなら」

「でもなぁ、例え危険を犯して、プラントに渡ったとしても、
 結局は、今の俺じゃ兄貴の足手まといになるだけだしなぁ。
 俺は、ジョージ・グレンのクローンといっても、ナチュラルだし、バカだし、
 生きてても、あまり価値はないけど、
 兄貴だったら、なんか、でかいことやってくれそうじゃない?!
 まぁ、それが世界平和につながれば、1番いいんだけど。
 だからさぁ、俺、いっそのこと、兄貴の必勝祈願で、
 人柱になって死んでもいいんじゃないかなぁとか思っちゃうの。
 それってロマンチックだし、もう、疲れちゃった。
 MITレベルの学力をつけろとかさぁ、
 等身大の自分に、ぜんぜん、あってないことをするのもねぇ」

と、俺はジョークのつもりで言ったのだが、
ジェシカの目に涙がジワジワ浮かんできたんで、シマッタァ!と、慌てて、

「嘘だよ、嘘、俺、死ぬ気ないから、だいじょうぶだよ、ジェシカ!」

と、訂正した。

「もう、ムウ、気楽に死んでもいいなんて、言わないでよ。
 自分から死んでいい人なんて、この世には存在しないのよ。
 生きていることには、必ず、意味があるの。
 あなたが自殺したら、あなたはそうは思っていないかもしれないけど、
 私は、すごく悲しんで、どうしてあなたの力になれなかったのかって、とても後悔するわ。
 それは、カウンセラーとしてではなく、友人として、隣人としてよ!
 だから、そんなに容易に、死という言葉で遊ばないで」

「ごめんよ、ジェシカ、俺のこと、マジに大切に思ってくれていたんだね。
 なんかさぁ、俺って、誉められて育ったことないから、
 っていうか、皆は俺のことをそれなりには誉めてくれていたのかもしれないけど、
 横に、何でも、あっさりと完璧にこなしてしまう兄貴がいたから、
 なんか誉められても、同情のようにしか受け止められなくて、すごーく、自己評価が低いんだぁ。
 だから、すぐ自虐的に、うそぶいちゃう。
 ごめんよぉ、ジェシカァ、俺、もう、こういう自虐的なユーモアは口にしないようにするよ」

「そうよ、言葉って恐ろしいものでね、
 本人はジョークや謙遜のつもりで、自虐的に話したとしても、
 言葉として口にした時点で、言葉は一人歩きし、
 自分の記憶の中に、ちゃんと俺はダメな奴なんだって居場所を作ってしまうの。
 だから、軽い気持ちで、自己否定的な言葉は使うもんじゃないのよ」

「はい、以後気をつけます、ありがとう、ジェシカ!」

「でね、本題に戻るけど、あなたはいったい何がしたいの、ムウ?!
 そりゃ、今のあなたの立場では、制限付きにはなるんでしょうが、
 私もいっしょにキースに交渉してみるから、
 できるだけ、自分が望む方向に近い未来を選択しましょうよ!」

「だからぁ、それが、わかんないんだよ!!!
 自分が何をしたいのかがわかんないんだ。
 いつも、ここも俺の居場所じゃない、あそこもダメだっていう、
 現実に違和感はあるのだけど、
 自分にしっくりくる場所がどこにあるのかもわかんないし、
 何がそうなのかも、もう、サッパリ、サッパリ、わかんないんだよ!
 だから、本当はそれを探すために大学生になるんだろうけど、
 俺の場合、MITに行けなんて、あまりにも自分の頭のレベルにあってないから、
 自棄になってるの、分かる、ジェシカ?」

「うん、何となく見えてきたけど、あなたはMITではなく、
 他の大学、もう少しレベルの低い大学で、学生生活を送りたいのね」

「そう、それができればベストなんだけど……。
 自分探しの時間が稼げるじゃない!」

「じゃ、そういうふうに、キースに話してみたら?
 俺は、MITは行きたくないです、もう少しレベルを下げてくださいって」

「そうだよねぇ、それができればベストなんだけど……」

「どうしたの、ムウ、浮かない顔をして」

「でも、なんかね、予感っていうか、運命っていうか、
 俺がMITに入ったとしたら、兄貴に近づけるような気がするんだ。
 これで、3流私立の文化系大学なんかに通うようになったら、
 俺は永久に兄貴には接点がない、ただのナチュラルになっちまう。
 それはそれで、すごく恐いし、寂しい。
 兄貴を追っかけるには、MITが1番だというのは、分かる。
 俺だって、宇宙(そら)に行きたいもん!」

「ねぇ、ムウ、あんた、本当は、こう言ってほしいんじゃないの?!
 1度、ちゃんと、真面目に勉強してごらんなさい!
 それでダメなら、能力がないんだから、あきらめるし、
 ねっ、グズグズいじけていても、時間の無駄よ、
 結果はともかく、まずは自分を信じて、
 ジョージ・グレンの遺伝子を信じて、やるしかないのよ、今は!」

「そうだよね、やっぱり、兄貴が好きなのなら、
 兄貴を追っかけて、どこまでも、チャレンジするしかないよね!」

「まぁねぇ、さっきのセリフは、
 その気にさせるためのテクニックで言ったんだけど、
 私の本音を言わせてもらえばね、
 もう、あなたに、お兄さんと離れて、
 ジュリアンの弟のジョンではなく、クルーゼの弟のフラガでもなく、
 ただのナチュラルとして、平凡な人生を送れるのなら、それはそれでいいと思うのよ。
 私は、平凡な人生の中で、ささやかな幸せに喜びを感じることが、
 人間として、とても自然な姿なんじゃないかと思ってるの。
 人と違って自分は特別であるという選民意識や、
 今の私は仮の姿であって、本当の自分は、何でも出来るんだという万能感は、
 それは幻想(ファンタジー)であって、現実じゃない。
 だって、現実は、平凡な自分、何もできない自分だもん。
 そんなただのナチュラルであっても、私はいいと思うし、
 そんなに頑張らなくても、いいんじゃないの?!」

「ねぇ、もう、訳がわかんなくなってきたけど、
 ジェシカは俺を応援してくれてるの、それとも混乱させてんの?」

「どっちもよ!
 私はアドバイザーとして、いろんな選択肢があるという提示をしているだけ。
 選んで実行するのは、あなたよ。
 だから、私にどう思われるとか、キースがどうとか、クルーゼがどうとか、
 そういう他人の視点で自分を評価するのではなく、
 何が心地良くて、何が苦しいのか、自分の気持ちに正直に向き合ってみたら?!」

「ウーン、だから、それがわかんないんだって!
 今まで、自分の感覚をおろそかにして、
 他人にどう思われるかばかり気にして生きてきたから、
 いまさら、自分に向き合えって言われても、自分がないんだもん!
 俺、ハリボテで、中身、空っぽなんだもん!
 だから、19年間生きてきた自分が、唯一心を奪われていたのは兄貴だから、
 結局、俺には兄貴しかないんだよ。
 だからぁ、兄貴に逢いたいから、愛してるから、抱かれたいから、
 俺はMITに行く!
 兄に相応しい弟になって、兄貴の傍で、兄貴の1番の使徒になるんだぁ!!!」

「はぁ、そうね、今のセリフは、
 軍の諜報部に所属しているキースにはオフレコにしとかなきゃね。
 まぁ、抱かれたいんなら、しょうがないわねぇ、SEXも重要な本能だし。
 はぁ、あんまり、クローン同士が愛し合うというのも、
 まぁ、イメージとしては自己愛の延長で、よくある話しではあるけど、
 ムウ、愛を貫くのもイバラの道ねぇ。
 まぁ、そう決めたのなら……。
 ねぇ、ムウは自分がないのね、やっぱり、お兄ちゃんなのね。
 今のあなたが、それを望むのであれば、私は否定も肯定もしないから、
 自分の選んだ道を進めるよう、がんばって、勉強するしかないわね。
 答えは出たわ。
 ジョージ・グレンの遺伝子を信じ、ラウ・ル・クルーゼを愛し、
 ムウ・ラ・フラガはMITを目指すってことで、いいのね?!」

「うん、兄貴が1番だもん!」

「じゃね、最後に、このことを話しておくわ。
私が、どうして、ここ、ボストンに来たのか。
 以前も言ったけど、あなたはキッカケであって、すべてじゃない。
 あなたのために来たわけじゃないので、そのことは誤解しないでね」

「はい、ジェシカ」

「キースがね、あなたはいずれ、ナチュラルの象徴として、表舞台に立つだろうって言ってたわ。
 まだ、あなたには知らせていないって聞いたけど、
 フロリダの軍の施設で様々な検査を受けたでしょ?
 あなたの成績はね、知能は人並みだったそうだけど、
 あなたの平衡感覚などのパイロット・センスは、ナチュラルとしては飛び抜けていたそうよ。
 さすが、ジョージ・グレンのクローンだって、上層部は、すぐにあなたを空軍に召集しようとしたの。
 でも、キースは反対したのね。
 あなたには、軍の使い捨ての兵器になってほしくない、
 ちゃんと自分で考え、最悪の場合は……、
 ナチュラルとコーディネーターの平和共存のために、軍を利用して裏切ってもいいって」

俺は、これまで、そんな話しは聞いたことがなかったので、
自分のことというよりは、まるで、他人に起こったことかのように、聞きいってしまった。

「キースが言うにはね、軍の上層部の暴走ぶりを見ていたら、
 いずれ近いうちに、ナチュラルとコーディネーターの間で一戦交えることになるだろうって。
 その時、きっと、ムウ・ラ・フラガとラウ・ル・クルーゼの双子のクローンは、
 敵と味方に分かれ、互いに殺し合いを始めるだろう。
 キースはね、クルーゼっていうあなたのお兄さんが、ザフトの中で特異な立場にあるから、
 彼がこの戦局の鍵を握るんじゃないかって言ってたわ。
 例えば、地球に隕石をぶつけて、ナチュラルが住めないような死の星にしてしまうとか……。
 または、土壇場でザフトから寝返って、あなたのためにナチュラルの味方をするとか。
 なんか、突拍子もないことを、クルーゼならやりかねないってね」

「ウン、俺は長年一緒にいたから分かるけど、
 兄貴はヘッド・コーチがRB(ランニング・バック)に任せろってサインを出しても、
 勝手に自分でディフェンスラインに突っ込んで、TD(タッチダウン)しちゃうもんなぁ」

「その時、あなた自身は、どういう行動を取るべきなのか、
 誰かの指示で動くのではなく、自分の頭で考え、適切な行動を取れるように、
 今は、フラガは軍を離れたほうがいいって。
 一般人としての常識を身につけ、
 エリートではない庶民の暮らしから、彼らが求める平和な社会が何かを分かってほしいって。
 そういうことをキースが考えていた時に、MITの学長からの誘いがあり、今のあなたに至るわけ」

「うわぁ、でもさぁ、そんな駆け引きが、俺の知らない場所では行われていたんだぁ」

「そうよ、あなたは、自分が思っている以上に、重要な役割を担わされているのよ!
 だから、キースは私にあなたの傍にいてやってほしいって頼んだの、分かる?!
 あなたが、優秀なお兄さんの横にいて、いじけて、卑屈になっていた態度、
 あの状況は、コーディネーターに対するナチュラルの態度そのものなのね。
 あなた個人の問題ではあるけれど、ナチュラル全体の課題でもあるのよ。
 でも、あなたはお兄さんがコーディネーターだと知った後も、
 お兄さんを排除することなく、かえって、自分が犠牲になってまで、守ろうとしてきた!
 こういう気持ちを、ナチュラル全体で共有できれば……、
 互いの友好関係も築けるんじゃないかって、
 キースは、あなたとお兄さんの関係に、人類の未来を託して、期待しているのよ!
 まぁ、あなたは、そんな大袈裟なこと言われても、
 自分はただお兄さんと寝たいだけ……とか、すごく狭い範囲で考えているんでしょうけどね」

「はぁ、そうですよぉ、俺、そんな、ただの近親相姦野郎ですからぁ……」

「だから、そういう、自己否定的な言い方をやめなさいって、何度も言ってるでしょ!
 キースが、私をあなたの傍に置いときたかったのは、
 こういう重要な役割を担っているあなたが、
 個人的なトラウマに流されて、間違った判断をして、人類全体が変な方向に流されないよう、
 あなた自身がフラットな状態になってほしいって、考えたからよ!」

「フラットな状態?!」

「つまり、心の歪みのない平らな状態、バランスがいいってことよ。
 ほんと、これって、けっこう重要なのよ。
 20世紀のはじめに、ヒットラーという独裁者が現れ、ユダヤ人の大虐殺を行ったのだけど、
 この大量殺戮の元々のキッカケは、
 ヒットラーが幼少期から体験した、自分の周囲にいたユダヤ人に対する、
 個人的な劣等感だったって言われてるの。
 個人のトラウマのために、社会全体がおかしくなり、大勢の人の命が失われる。
 そういうことが起こらないよう、
 私はあなたの心の成長を見守るために、ここに来たんだから……」

「ふぇー、そんなに俺って、価値があるの?!
 それって、俺って、特別ってことじゃない?!
 あぁ、ジェシカ、それなら最初に、そう言ってくれたらよかったのにぃ!
 そういう大義名分があれば、空っぽの俺は平和貢献っていう肩書きに満たされ、
 その気になって、MITで頑張りますぅ!って、すぐに宣言できたんだよ!、
 なんで、兄貴に抱かれたいから、勉強しますなんて言わされにゃーならんのよぉ!!
 もう、恥ずかしいぃ!勘弁してよねぇ!」

ほんと、最後の最後に、ジェシカが出したカードはジョーカーだった!
俺はマジに赤面しちゃって、机に顔を突っ伏してしまった……。

「フラガくん、きみはカウンセリングを誤解しているようだけど、
 カウンセリングとは、自分の心の中の整理整頓であって、
 本来なら、最後に私が言ったような核心的な情報は出てこないものよ。
 それにね、もし、あなたが、MITを目指さずに、ランクを落として普通の大学に行きたい、
 クルーゼのことも忘れて、平凡な人生を送りたいって言っていたら、
 私は、さっきの話はしないつもりだったのよ。
 キースに、あの子じゃ荷が重いようだから、期待してはかわいそうって報告してたわ。
 でも、まぁ、動機が不純でも、あなたはMITで、クルーゼに会うために頑張るって言うし、
 それなら、まぁねぇ、キースや私が、あなたに託してるものもあるって、
 分かってもらってもいいんじゃないかって判断したのよ。
 どうする、ムウ、愛があるなら、前進あるのみ!
 お兄ちゃんのために、ナチュラルとコーディネーターの共存のために、
 そして、自分のためにも、頑張ってお勉強してちょうだいね!」

「はぁ、なんか、生まれてこなきゃよかった……」

「また、そんな自己否定してる。
 しょうがないじゃない、そういう定めなんだから!
 みんなであなたをサポートするから、ねっ、前向きに頑張って行こうね!」

「はぁ……。」

「じゃぁ、そうと決まれば、帰ってお勉強したほうがいいんじゃないの?!」


というわけで、その晩に俺が見た夢は、川で溺れる子羊の夢!
嵐の後の濁った水に、小枝や丸太と一緒に流されてゆく可哀相な子羊が、
水面の上下でアップアップしているものだった。
あまりにも象徴的過ぎて、ジェシカに夢分析を頼む気力さえ起こりゃしない!
ケダルイ朝。
ドラッグを使って、乱交パーティでやりまくった翌朝よりも、もっともっと、ケダルイ朝だった。


でも、マリアが普段通り部屋に訪れた時は、もう、俺は気持ちを切り替えていた。


やりましょう、頑張りましょう!
兄貴と比較しイジケテ、何1つまともに取り組んでこなかった俺の人生だけど、
ここは勝負と思って、自分のために(実は兄貴に会うためだけど)、MITに行きましょう!!!


俺はとりあえず、マリアの機嫌をとらなければいけないと、
昨日は夜遅くまで、自主的に参考書を解き、分からなかった問題をピック・アップした。
そういう俺の態度で察してくれたマリアは、それから、2度と家庭教師を辞めるとは言わなかった。
俺も気合を入れて、初めて、ほんと、人生において生まれて初めて、まじめに勉強し続けた。
それから、ジョージ・グレンの遺伝子が本来の力を発揮し始めたおかげか(種はじけてるぜぇ!)、
確実に俺の基礎学力は向上し(額から、火花散ってるぜぇ!)、
翌年の8月には、なんとか、MITのSATレベルまでは、クリアすることが出来たのであった!!!
マリア、お疲れ様ですぅと、俺は感謝の気持ちを込めて、お別れの日には、頬にキスをした。
マリアは、ムッとした顔を瞬間的には見せたが、最後は自らハグしてくれて、
俺たちは、今後も良き友人として、
ボストンの街で出会ったときは声を掛け合おうと約束したのだった。




高校2年の春から、約2年ぶりに、俺は教室に戻ってきた!
嬉しい!!!
もう、20歳になってしまったが、20歳のモラトリアム青年の居場所といったら、
やっぱ、大学でしょ?!
なんか、やっと、ここにたどり着いたという感慨が深すぎて、
初日の講義はサッパリ頭に入らなかったけど、
生協に行くと、俺の大好きなサンドイッチ、BLT(ベーコン・レタス・トォメェイトゥ)があり、
ミネラル・ウォーター片手に、中庭のベンチに座って食べていると、

「新入生かぃ?」

と、何人かが寄って来て、
どの講義が面白いかとか、単位が取れやすいとか、サボってもだいじょうぶとか、
先輩方からの情報収集に明け暮れた。


そして、オリエンテーションも終わり、履修登録も済ませ、
いよいよ大学生活も本格的に始まるぞぉ、という時、
ロボット工学講師というネームカードをぶら下げた、30代の男性に声をかけられた。

「ムウ・ラ・フラガ君だね、きみには将来的に、うちの研究室に入ってもらうから、
 そのつもりでいてくれなっ。
 まぁ、この1年は、基礎科目をみっちり勉強しておくのでかまわないが、
 来年の履修登録の前には、私に相談に来なさい。
 学長からも、きみの件では、私が全責任を負っているから、
 何か困った時は、私の研究室に顔を出すんだよ」

と、いきなり研究室の鍵だというIDカードをいただいてしまった。
御丁寧に、俺の写真まで貼ってある……。
ウーン、よく分からないんだけど、やっぱ、ジョージ・グレン絡みなんだろうね。
まぁ、この1年は、幅広く基礎を学べればと思って、講義を登録したのだが、
そうかぁ、俺、専門分野がロボットになるのかぁ……。
だったら、早くそう言ってくれればよかったのに、ねぇ!



で、まぁ、1年目は、実験や研究よりも、与えられた課題を持ちかえり、
レポートを作成し、講義で発表するということの繰り返しだったので、
図書室や家で過ごすことが多かった。
それでも、何人か、気のあう仲間も見つかり、週末になると、俺の住むマンションに集まって、
みんなで、ビールを飲みながら、ワイワイたわいもないおしゃべりをしていた。
あぁ、やっと、普通の青春ですぅ!


そんなある日、飲み仲間の1人から、急に用事が入って行けなくなったから、
自分の代わりに、ボランティアをしてくれと頼まれ、
俺は、まぁ、バイトもしてないし、金銭的にも、時間的にも余裕があったので、
指示された通り、ちょっとした丘の中腹にある老人ホームに行った。

「何をやればいいんですか?!」

と、ヘルパーさんに聞くと、

「あなた、芝刈り機使える、そう、じゃ、この裏の庭の芝を刈っといてちょうだい」

と、倉庫の鍵を渡された。

まぁ、それが縁で、俺はその日の帰りには、自分もボランティア登録して、
空いている時間は、ちょくちょく、その老人ホームに出向くようになった。
おむつたたみや、廊下のモップがけ、庭の掃除と、肉体労働も多かったけど、
車椅子を押しての散歩や、食事の介助など、直接、お年寄りと接することもあり、
彼や彼女たちの笑顔と感謝の言葉が、俺には嬉しかった!

きっと、自分は、カリフォルニアにいるじいちゃん、ばあちゃんが介護を必要としても、
もう、こんな軍の管理下に置かれている身では、何の手助けも出来ないんだろうから、
せめて、今、身近に接することができるお年寄りの方々だけでも、
自分のじいちゃん、ばあちゃんだと思って、何か役に立てればと思って、ボランティアしている。
でも、自分自身はクローンだし、老化が急速に肉体に訪れ、
きっと、ここにいる皆さんと同じような状況に、
もう10年もすればなってしまうのではないかと、危惧している。
こればかりはね、考えても仕方ないんだけどさぁ、
生まれたからには、必ず死も訪れるわけで、
父さんみたいに、事故で若くして死んじゃう人もいれば、
ブルー・コスモスの自爆テロみたいに、望んで死を求める人もいる。
俺は、死に大義名分はいらなくて、自然に、自然に、
それこそナチュラルに、土に返り、海に返れればいいなぁって思うんだけど、
もともと生まれがラボだし、所属は地球連合軍だから、
俺は軍人になるんだろうし、家や病院で、安らかには死ねないんだろうね、きっと。


また、老人ホームでのボランティアが縁で、
MITのボランティア・サークルにも入会することになった。
身体障害者施設でイベントがあるときにお手伝いしたり、
例えば、施設の運動会では、屋台でタコスを作って販売するテキヤさんをした。
他にも、知的障害者施設で、夜間の宿直のバイトをしたり、
精神障害者の授産施設では、いっしょにレストランの下請け作業で、
バーベキューの串に肉や野菜を突き刺したりもした。

もちろん、勉強の合間をぬってだから、それほど、役には立てていないと思うのだけど、
ハンディを背負っていても、一生懸命日々を過ごしている皆の姿や、
また、彼らをサポートしようとするスタッフの献身な働きぶりを見ていると、
自分もその輪の中に入って、何かできることはないのだろうかと、自然に身体が動いてしまう。
そして、そういう場所に出向き、身体を動かすと、そこで初めて分かる自分の心の動きがあり、
複雑な出生の秘密を持つ俺には、それは、かなりの生きるヒントになった。



まず、みんなが口にしていたのは、
今やコーディネーターという、遺伝子操作ができる時代になり、
地球上の人が全員、コーディネーターになったのなら、
本来、障害者は生まれてこないという事実である。
足を事故で失ったとか、中途障害者はいるとしてもね。
でも、実際は、コーディネーターという操作を子どもに行うには、
かなりのお金が必要だし、それを用意できない人や、望まない人は、
従来の生殖活動から子どもを授かるので、確率の問題だが、
IQ300の天才児も生まれれば、知的にハンディを負った子どもも生まれる。

で、コーディネーターが現れる前は、
授かったものは社会全体で育てようという福祉の理念が発展し、
ノーマライゼイション(ハンディの有無に関わらず、普通に生活しよう!)とかね。
しかし、こうも、あからさまに、同じ人間から生まれたとしても、
ナチュラルとコーディネーターでは、あまりにも能力の差が大きく、
コーディネーターの前では、
ナチュラルであること自体が、ハンディを背負っているのも同然であり、
さらに障害者となると、たいへん肩身の狭い存在になってしまった。
それゆえに、障害を持つ捨て子も増えたし、
一部の地域では、優生保護という名目で、
障害があると分かれば、殺戮さえ行われているという噂である。

しかし、本来のコーディネーターとは、その名の通り「調整者」だ。

人類が地球の資源を消費し尽くした時、
本来なら、そこで人類という種が滅ぶのが原則である。
それなのに、原則を歪め、人類の生存のために、遺伝子を操作し、
より環境に強い種として産み出されたのが、コーディネーター。
そして、消費され、生物を養う培地としてのを意味を失った地球を離れ、
他の惑星からエネルギー資源や、食料資源を調達できたのも、彼らのおかげである。
そう、本来のコーディネーターは、
宇宙という過酷な環境に対応できない、
そういうハンディを背負った人類全体を救うために現れた、支援者であり、
それは福祉の精神と同じであったはずなのだ。

だから、コーディネーターに援助を受けた人類は、より快適に暮らせ、
その中には、子どもや、老人、障害者など、社会的弱者も含まれており、
みんなが、より良い社会生活を送れるはずだったのだ……。
理論上は……。

うん、たぶん、ジョージ・グレンが生み出された背景は、そういうことだったのだと思う。
俺は、社会的弱者と言われる人々や、彼らの援助者と話していて、
どうして、この本質が、こんなに歪められてしまったのかと、悲しくなった。

人類全体のユートピア(理想郷)を目指したはずなのに、
今では、コーディネーターは排除の対象とされ、プラントに追いやられ、
でも、惑星からの資源の調達という仕事は従来通りにやらされている。
また、俺がボランティア活動をしている中で出会ったハンディを抱える人々も、
自分たちの存在そのものが否定され、いつ抹殺されるかと、怯えながら暮らしている。

では、誰がこんな人類の階級闘争の勝利者になるのか?!
ナチュラルとしては、コーディネーターが増殖し、自分たちが排除される前に、
彼らを打ちのめすべきだという風潮になってきている。
そう、彼らに助けてもらっておきながら、感謝の気持ちを伝えることすらせずに、
人類(ナチュラル)全体の脅威と捉え、攻撃し、奴隷として利用しようというのだ。
そして、ナチュラルの中でも、障害者差別はもちろん、人種差別や、性差別もあり、
やっぱり、最終的には、俺の家庭教師だったマリアが言うように、
白人男性、アングロサクソン系のプロテスタントの男性が、実権を握るのだろうか?
ウーン、彼らも実はマリオネットで、裏で糸を操っているのはユダヤ系だとか、
そういう見方もあるそうだけど……。


どうして、人類は、いつまでたっても、平和に暮らせないのだろうか?


コーディネーターのおかげで、資源が枯渇する心配はなくなったのに、
彼らの裏切りに怯え、やられる前にやれと言う。
そんなメジャー(多数派)という権力を持つ少数の指導者の、自分勝手な理論でさえも、
恐怖を煽り立てれば、みんなが流され、巻き込まれてしまう。

今はそう言う時代の幕開けなのだ。

たぶん、俺が、クローンなんかではなく、普通にカリフォルニアで暮らしていたら、
こんなことを考える必要もなかったし、楽しくおかしく自分の小さな日常の中で、
コーディネーターも別世界、社会的弱者も興味ない、
そんなただの白人男性として、ある意味、勝利者の側で生活していただろう。

靴を踏まれたものは、その痛みを感じても、
靴を踏むものは、踏んでいるという意識もないのが現実で、
靴を踏んでいることを感覚として知っておきながら、
それを無視する確信犯すら、この世には存在している。

でも、俺はジョージ・グレンのクローンだけど、ナチュラルだ。
この微妙な立ち居地が、俺を混乱させたけど、だからこそ、見えてきた真実もある。
コーディネーターの兄貴と暮らした18年間、
そこで俺が日々味わった嫉妬や屈辱や悲しみが、
たぶん、キースやジェシカの言う通り、ナチュラル全体を覆っているのだろう。

また、ナチュラルと一括りにしても、その中には、
女性や同性愛者、老人、子ども、障害者、有色人種、その他いろいろ存在し、
彼らや彼女たちも、権力と縁がないという意味では、マイノリティで、
今の世の中が住みやすいとは思ってはいない。
これが、全てとは思わないけど、
こういう人類の進化の多様性にまつわる、マイノリティの痛みすらも、
本来、コーディネーターは、調整できたはずなのだ。

ナチュラルの俺は、確かに、コーディネーターの兄貴にジェラシーを覚え、
辛酸も舐め自虐的になり、哀しくもなったが、それでも、兄貴が大好きだった!!!
兄貴に全てを捧げ、そう、身体も心も投げ出し、抱かれるほど、大好きだった!!!
だって、俺にできないことも、兄貴はできるなんて、やっぱり、素敵なことだよ!
そして、困っている時に助けてくれる、守ってくれるなんて、感謝すべきことだろ!
裏切られるかどうか心配して、先に裏切るよりも、
信じて裏切られるほうが、よほど健全だし、
それこそが、人類が自滅を免れ、
進化していくために、必要不可欠な思想ではないだろうか?
他者の立場を尊重し、慈しみ、そして自分のことも理解してもらう。
互いの歩み寄れるポイントを探す努力を怠って、
すぐに、否定や排除に突き動かされるなんて、そんなの、もう、終わりにしようよ!
ユートピアは目の前なのに……ね。



あぁ、どうして、この感覚をナチュラル全体として共有できないのだろうか?!

それとも、闘争本能は、永遠に階級争いを行うよう人類にインプットされてあり、
そう、猿山の猿たちの権力争いのようにね。
それは、資源や食料が豊富に調達できたとしても、
人類の本能だから、自滅へと進まざるを得ないというのが、宿命なのだろうか?!



俺は、なんか、熱っぽく語っちゃったけど、そういう気持ちに、なったんです、はい。



というわけで、俺の学生生活1年目は、
学業とボランティア活動の両立で、あっという間に過ぎてしまった。



そして、2年目に突入した時、俺は1年前の約束を思い出し、
ロボット工学の講師いるの研究室に顔を出した。
先生は、俺が来るのを待っていたかのように、
俺が今年登録すべき講義のリストを用意してくださっていたので、
何も考えることもなく、その通り指示に従った。
本来なら、先生の研究室は院生専用で、俺のような学部生、
それも、まだ基礎科目しか単位が取れていないような学生は、
とてもじゃないけど、近寄れないような場所だったのに、
俺は、院生のアドバイザーまで紹介されちまって、
ロボット工学については、エリート教育を受けさせられる羽目になった。

あんまり、理系の科目、それもロボットのためのプログラム作成なんかは、
正直、大の苦手であったし、
実際、OSの開発を手がける先輩がたを見ていても、俺にはチンプンカンプンだった。
でも、なぜか、そこにいる皆は俺に優しくて、
俺は、こういう、自分が歓迎され、癒される空間にいた経験がほとんどなかったので、
捨て犬が餌付けをされてしまったかのごとく、
講義や実験の合間に、ちょっと空き時間が出来たりしたら、
俺は、この研究室に遊びに行き、勝手にコーヒーを入れて、飲んでたりした。


この研究室は、もともとDARP(ダーパ)という、
国防総省防衛先端技術研究局の資金援助を受け、災害対応ロボットの開発をしてきた。
まぁ、地震やテロなんかで、建物がつぶれた瓦礫の下にも、人ではなくロボットであったら、
迅速な救援活動ができるであろうというのが、もともとの始まりだった。
それが、人が宇宙へと活動の場を広げた時、
生物としてはコーディネーターが、宇宙という苛酷な環境に対応してきたが、
それを機械であるロボットで対応できれば、宇宙からの資源調達において、
かなりコストも押さえられ、尊い人命を失うこともなくなるであろう……というのが、
現在の、うちの研究室が目指しているものである。
ここは、世界各国から、最先端の人材も派遣され、
ロボット開発では、軍事よりも、産業として発展させてきた日本からは、
HRP(ヒューマノイド・ロボット・プロジェクト)のヤマシタさんが先頭に立ち、
人型ロボットの製作に取りかかっていた。
なぜなら、人型であれば、
今、コーディネーターが操縦しているシャトルやスペース・シップを、
そのままの形で、引き継ぐことができ、
ロボットのために新たに周辺機器も改良するという手間が省けるからだ。

でも、この研究の1番の問題点は、
コーディネーターにはできて、ロボットにはできないという多様性への対応で、
つまり、人工知能の開発である。
ヒトがヒトになり、サルで止まらなかったのは、
高等生物の進化において、結局、脳の進化がヒトがサルより優れたからである。
これと同じことがロボットの進化にも当てはまり、
結局は、人工知能の開発、
つまり人の脳にとって代われるだけのコンピュータのOSの開発ができない限りは、
前に進まないのである……。
これが、けっこう、たいへんなようで……、生物の柔軟性の偉大さというのを、
脳のシナプスの働きの素晴らしさを、改めて、思い知らされたわけなのだった!



そして、そんなある日のこと、講師が取り寄せたピザを、俺も一緒につまんでいたら、

「フラガくん、うちとロボットのOS開発を共同で手がける民間の研究所から、
 1人臨時のスタッフが派遣されてくるんだが、彼が車椅子が必要でねぇ、
 きみのマンションは、空き部屋もあって、バリア・フリーだったよな」

「はい、そうですが」

「彼がうちに来る3日間は、きみ、彼の専属のヘルパーさんになって、
 きみのマンションに泊めてやってもらえないかなぁ」

「いいですよ!
 俺、ボランティアやってるんで、介護とか得意ですし、
 ときどき、車椅子の友人も家に遊びに来てますんで、
 うちの家でよかったら、ぜひ泊まっていってください!」

「そうか、それは安心したよ!
 来月には、来られると思うから、詳しい日程が決まったら、知らせるね」

「はい、分かりました!」



というわけで、今、その彼がうちの研究室でOSの開発のために、
コンピュータのキーボードを叩いている。

車椅子に乗り、ちょっと背中を丸め、ハゲ頭に眼鏡をかけた小太りのオヤジは、
外見的には、なんかの事故で中途障害者になり、
車椅子生活を送る肉体労働者という風情だったのだが、
彼の優雅なキーボードのさばき方とOSを書く的確さは、
俺でも、彼がナチュラルではない、すなわちコーディネーターなのだと、すぐに分かった。
コーディネーターは遺伝子を操作し、環境に強い種として誕生したが、
それでも銃で撃たれれば死ぬし、彼のようにハンディを持つという人がいても、
まぁ、おかしくはなかった。
でも、なんか、車椅子生活のコーディネーターというのも、俺には何か不思議な感じはしたが。

で、講師やヤマシタさんや、うちの研究室の重鎮スタッフは、
コーディネーターである彼の周りで、いろいろOSに関して質問していたが、
俺には、難しすぎて、サッパリついて行けない世界だったので、
コーヒーを入れたり、お菓子を出したり、彼らの姿を遠巻きに眺めていた。
でも、ほんと、ナチュラルとコーディネーターの能力の差というのは、
どうしようもないほど埋め難いものだというのを、俺は、再確認した。
これまで、うちの研究室のスタッフが2年以上かけて取り組んできた課題を、
あの車椅子のコーディネーターは、いとも簡単にクリアしてゆくのである。
たぶん、我々ナチュラルが持つ宇宙空間における基礎データと、
コーディネーターが経験として培ってきたデータは、
ぜんぜん、意味が違うものなんだろうなぁと、俺には映った。

うちの研究室には、仮想空間として、
スペースシップのコックピットの一部を再現し、そこにヒト型のロボットを配置して、
様々な条件で、人間のパイロットにとって代われるようなロボットの動きを研究してきた。
全てが計算通りなら、人間ではなく、オートプログラムのロボットだけで、
木星でもどこでも行って帰れるのだが、
実際には、宇宙には隕石もあれば、予想外のアクシデントもつきものである。
そういう、計算外の事態が起こったときに、
今のロボットでは、対応ができないというのが、人工知能の限界であった。

しかし、車椅子のコーディネーターの彼がOSに手を加えると、
緊急事態を知らせるランプがコックピットに点灯したとしても、
これまでは、そこで、動作がフリーズしてしまったロボットが、
ちゃんと原因追求のために優先順位を決めて、次々とトラブルを解決してゆくのである!

あぁ、コーディネーターに技術協力を最初から申し込んでおけば、良かったのにぃ!
でも、ここにコーディネーターがいるということがばれたら、
講師もクビだろうし、この研究室も閉鎖されるんだろうなぁと、
俺は世の中の矛盾に、大きく溜め息をついてしまった。



そして、その晩は、俺は車椅子を押してキャンパスを出て、介護用タクシーを呼び、
彼をうちのマンションまで連れて帰った。
俺が車椅子を押している姿は、わりとキャンパスではよく見られる光景だったので、
誰も不信がることがなかったのが、救いだった。
もう、誰も直接俺には、何も言わなかったが、
彼をまた明日、ちゃんと研究室までつれてゆくことが、とても重要なことなんだぞという雰囲気は、
さすがの俺にも、伝わっていた。

家に帰ってからも、彼は、ずっと端末に向かっていた。
俺は、食べやすいようサンドイッチを作り、彼に差し入れをしたが、
ほとんど何もしゃべらない彼は、ときどきコーヒーは飲んでいたが、ひたすら作業に没頭していた。
風呂とか入らなくていいのかなぁとか、考えたりもしたのだが、
2泊3日という限られた時間内で、できるだけのことをしたいという彼の気持ちも、
我々ナチュラルにとっては、たいへん、ありがたかったので、俺は黙って見守っていた。
そして、気がつくと、俺のほうが先に寝ていて、朝が来ていた。
彼は、寝ていないのだろうか?!
俺が眠りこける前と同じ姿勢で、何かのプログラムを作成していた。

そして、朝が来たので、
俺は、できるだけ自然に振舞いながら、車椅子を押し、また、彼を研究室へと案内した。
その日は、俺は、夕方まで講義があり、終了後に迎えに行きますと伝え、部屋を出た。
俺が夕方に研究室を覗くと、もう、彼の作業は完成していた。
講師やヤマシタさんが、口々に彼に感謝の言葉をかけ、喜びあっていた。
俺にはよく分からないが、彼らが目指したものが成果をあげたのであろう。
翌日からはどうするのか分からなかったが、
とりあえず、皆が早く彼をうちまでつれて帰ってくれと言うので、その通りにした。


で、今、車椅子の彼は、うちのマンションに帰ってすぐに風呂に入りたいというので、
俺は浴室に案内した。
介護が必要であれば、手伝いますよと声をかけたが、

「必要な時に、お呼びします」

と、小さな声で呟いたので、まぁ、どうせ、明日には帰るんだから、
2日間ぐらい風呂に入れなくても、どうってことないし、
まぁ、コーディネーターのすることはよう分からんから、
彼にまかせようと、俺は台所で、晩御飯の準備にとりかかっていた。
でも、1時間たっても浴室から出てこないし、シャワーの音も聞こえてくるし、
何がどうなってんのか分からなかったが、生きてるならいいかって、
俺は、彼の奇妙な行動に、それほど興味を持ってはいなかった。


そして、浴室のドアが開く音が聞こえた。
俺は、フライパンで野菜炒めを作っていたので、そのままの格好で振りかえると、

「ジョン、久しぶりだなぁ!」

と、ジュリアン兄ちゃんが、白いバスローブを羽織って、
濡れた金髪をタオルで拭きながら出てきた。
俺は、もう、何が起こったのか、さっぱり、分からなくて、
ショックのあまり、フライパンを落としそうになった!

「兄ちゃん、何でこんなとこにいるの?!」

「その言い方は、傷つくなぁ。
 おまえに会いたくて、わざわざ、休暇を使ってボストンまでやってきたのに、
 おまえは、俺と再会したかったんじゃないのか?!」

「兄ちゃぁん!」

俺は、大声で叫んで、ジュリアン兄ちゃんに抱きついた!!!

風呂上りの兄貴の身体は、少し火照ったように白い肌がピンク色に上気し、
濡れた金色の髪が頬に貼りついていた。
また、俺が普段まとわりつけているソープの香りが鼻腔にツンときて、
俺と同じ容姿の彼が、俺と同じ臭いを発している……彼は俺で、俺は彼で……。
なんか、そういう自己愛という知性と、
動物のマーキングに似た本能がごちゃ混ぜになって、
だって知性に支配されている大脳新皮質ではナルシズムを感じ、
本能が全ての大脳古皮質においても、俺と同じ臭いという野生の部分に直撃を受けると、
もう、俺の身体にはダブルでスイッチが入ってしまう!

そう、俺たち2人は、抱きあうと同時に、いきなり深い口付けを交わし始めてしまった!
それは、戦場から帰ってきた恋人を、ずっと待ち焦がれていたがゆえに、
言葉よりも、もっと強く、もっと激しく、この気持ちを伝えたい……それゆえの行為だった。

俺は、兄貴と舌を絡めながら、バスローブをほどき、
まだ、軽く湿っている広い背中を両腕でしっかり抱きしめた。
兄貴は、俺の舌をチョット前歯で噛みながら、俺のベルトを外し、
トランクスの中に手を入れ、俺のモノを握り締めた。

「アァ、」

直接の強い刺激に首を仰け反ると、
すかさず、兄貴がその首筋に顔を埋め、俺の弱いところ、
そう、耳の裏側に軽く、生温かい息を吹きかけた。

「アァ、」

俺のモノは、もう、それだけで、すっかり勃ち上がってしまい、
兄貴の手に、先走りの液さえ滴らせていた。
だって、しかたがない……。
俺は、兄貴にフロリダで抱かれて以来、誰とも肌を重ねてはこなかったので、
もう、3年ぶりの強い刺激に、身体は、身体の記憶を取り戻し、
あの頃と同じように、バックまで、もっと、もっと欲しいって、疼き始めてしまった。

そして、バックが疼き、前もドクンドクンと熱い鼓動を響かせ始めた頃、
俺の全身の力が、フーッゥと抜け、膝がガクガクして、
もう、兄貴に支えられないと、俺はその場にへたり込んでしまいそうになり、
俺は兄貴の背中に回していた指に、ついグッと力を入れ、チョット爪を立ててしまった。
その俺のサインを見逃さなかった兄貴は、
俺のモノを掴んでいた手をトランクスから出し、俺の膝の後に腕を回し入れ、
俺を軽々と抱き上げ、リビングの大きめのソファに連れて行った。


でも、お姫様抱っこで兄貴に身を任せていた俺は、
その後に待ち受けていた兄貴の勘違いの一端が、
もう、このとき既に始まっていたというのを、全く気づいていなかったのであった……。



ソファに横たえられた俺は、もう色付き始めた胸の突起から、
ちょっとゴツゴツしているわき腹、ツルツルすべすべの太ももの内側まで、
俺の感じる場所を1つ1つ丁寧に、兄貴の繊細な指と滑った舌でなぞられ、
ゆっくり、そして艶やかに素肌を曝け出して行った。

そして兄貴は、俺がチョット残虐なほうがいいって、
昔、売春宿で、あの最中にお願いしたのを覚えていたのだろうか?!
今までの兄貴とは違って、柔らかで優しい愛撫の途中で、
いきなり、鎖骨のあたりをキッと噛まれ、歯型をつけられたり、
胸の突起の下あたりを爪でギュッと摘まれたり……。

「アァッ、アゥ!」

その度に、俺は、あられもない嬌声をあげてしまい、
自分の出した、痛みも含める艶めかしい声に、
さらに、よけい、俺のモノは、直接何かをされているわけではないのに、
もう、先走りの液が、タラタラと秘腔のほうまで、滴り落ちていた。

俺は、自分から兄貴の手を唇へと導き、兄貴の右手の人差し指と中指に、
まず接吻を与え、それから口の中へと咥え込んだ。
兄貴のモノをしゃぶる自分の姿を想像しながら、
俺は兄貴の奇麗で長い指を喉の奥深くまで押し込み、
グチョグチョに濡らし、糸を引くのを、薄く目を開けて確認してから、
俺の秘腔へと、自ら足をゆっくり大きく広げ誘導した。
そして、兄貴は、その液を塗り込むように、
まずは人差し指で、俺の狭い場所の入り口をネチャネチャと、
卑猥な音をたてながら、ゆっくりほぐし、
次に中指も添えて、指2本で、俺のいいところ、いわゆる前立腺のある場所を、
強く押したり、えぐるようになぞったりして刺激し始めた。
もう、俺は、耐えられなくなり、イかせて欲しいとせがむように、
兄貴の背中に、また軽く爪を立てたのだが、
このサインは、ちゃんと伝わっていたのに、
今度は故意にイジワルされてしまった!
兄貴はあいているほうの左手で、俺の前のモノの根元を、ギュッと握り締めたのだ。
そして、潤んだ瞳で訴える俺の顔を覗き込みながら、

「ジョン、おまえの白い肌が、どんどんピンクに色付いてゆくよ。
 ところどころ赤く鬱血して、あぁ、本当におまえは俺のものなんだな。
 俺に染まってゆくんだなって、嬉しいよ」

と、兄貴は、俺のバックから指を抜き、微笑を浮べて、俺に囁いた。

「兄ちゃん、もう……」

と、俺が薄っすらと涙を浮べて、兄貴の青い青い瞳に問いかけると、
兄貴は右手で俺の髪をかきあげながら、再び、深い口付けを与えると同時に、
左手は、ゆっくり力を抜き、あそこの拘束はほころんでいった。
もう、それだけで、俺は……。
声をあげたくても、兄貴の口でふさがれているし、
イヤイヤと、首を左右に振ろうとしても、髪をかきあげる兄貴の右手に邪魔され、
俺は両目から涙を零しながら、俺の精を放ってしまった!

そして、俺が兄貴の下で、肩を揺らしながら大きく息をついていると、

「ジョン、フロリダでは、おまえの期待に応えられなくて、
 申し訳ないって後悔してたんだ。
 おまえは、売春宿で身体は仕込まれて、百戦錬磨だもんなぁ」

一瞬、兄貴が何を言い始めたのかと、
俺は、解放感の甘い余韻に浸りながら、キョトンとした顔で、兄貴を下から見つめた。

「だから、俺も、次回おまえに会う時は、
 おまえに相応しい兄貴になれるよう特訓してきたよ!」

エッ、この俺の上に跨っている男は、いったい、何が言いたいんだろう?!
俺は、なんか、すごーく、嫌な予感がしてきて……。
小さい頃から、負けず嫌いのジュリアン兄ちゃん。
小学校高学年の時、お裁縫は不得意だった兄ちゃんは、
ミシン掛けで真っ直ぐ縫えずに、クラスの女子に学校でバカにされたからって、
毎晩、毎晩、深夜まで、家族が眠れずに迷惑だっていうのに、
それでも、ミシンを掛け続け(雑巾の山)、
直線縫いができるよう、陰で努力していた、
プライドはチョモランマよりも高いジュリアン兄ちゃん。
あぁ、嫌な予感が……。

「ジョン、俺はな、コーディネーターの俺にしかできない、
 ナチュラルどもにはできない技を編み出してきたよ!!
 これなら、おまえも、今まで味わったことがない快楽を得られると思うぞ!」

「兄ちゃ……」

ん、俺さぁ、あれから3年間、誰とも寝てないし、いわゆるセカンド・ヴァージン状態だから、
(まぁ、あれだけやるだけやって、いまさら、ヴァージンという単語を使うのもなんだけど)
もう、ほんと、普通の、ありきたりのSEXで、愛があるなら十分なんだよ。

と、続けて言いたかったのに、
俺の口から出てきた言葉は、

「オゥ、ノー!」

だって、いきなり、俺、逆さにされてんだもん。
ソファに寝ていた俺の両足首をそれぞれの手で掴んだ兄貴は、
そのままソファの上に立ち、俺は、逆さ吊りにされていた……。
もう、頭に血が昇って、吐きそうになってんだけど、これって、拷問?!

「アァ、ヒィー、ギャーァ!!!」

もう、俺は嬌声ではなく、助けを求める悲鳴をあげ続けていたんだけど、
兄貴は、そんなこたぁ、お構いなしだった……。

そこから先は、ところどころ、記憶が飛ぶんだけど、
次に気がついた時は、
俺は逆さまのまんま、兄貴に、犯されていた。

ウン、これは、兄貴の太い楔を俺の狭い秘腔に打ち込まれ……というよりは、
ほんと、犯されていた、という表現が、ピッタリだろう。
兄貴がどういう体勢をとっているのか、そこまで分からなかったが、俺は逆さまだった。
俺の視野は、兄貴に揺さぶられるまま、上に下に激しく移動し、
何か掴まるものはないかと、兄貴の足でも握ろうとしたが、もう、指に力が入らない……。
それでも、両手で床に踏ん張ろうとしたが、なんか、身体が宙に浮いていて、
兄貴、椅子の上にでも乗ってんだろうか?!

あぁ、コーディネーターが体力あるっていうのは分かるし、
こんな、体位はしたことないよ、ナチュラルには絶対無理だもん。
でも、これって、俺、気持ち悪ぃ……。

まじ、死にそう!
殺されるかも……

という時点から、記憶がありません。

でも、兄貴は、俺が、失神するほど良かったんだと、勘違いしてます。
俺は、イッてないと思うんですけど、兄貴はイッてたと、証言しとります。
俺が気がついた時は、ソファに寝かされ、
身体は綺麗に拭いてもらっていたので、
イケたか、イケてないかの真偽は分かりません。
もう、そういうのは、この際、どうでもいいです。
また、あんな無理やり重力に逆らうようなことやっても、
兄貴は気持ち良かったそうで、ちゃんとイケたそうです。

テメェは、肉体的な刺激が良かったんじゃなくて、
俺が、逆さ吊りにされて、ヒーヒー断末魔の悲鳴をあげていたのが、
精神的に、グッときたんだろ?!
このぉ、鬼畜野郎!

こんなバカな兄貴に、愛される俺って、幸せなんでしょうか?!


というわけで、その夜は、俺は気分が悪くなって、
自分が途中まで作っていた晩御飯も食べられず、
ソファに寝転んだまま、久しぶりに家庭でくつろぐ兄貴の姿を眺めていた。
兄貴は、俺が寝ているのは、昨晩、ほとんど寝ていないからだよと、
自分が俺にしたことは棚上げしているようだった。
あぁ、1晩ぐらい寝なくたって、たいしたことじゃないコーディネーターには分かるまい。
ナチュラルの繊細さなんて。
でも、それでも、俺は、4年ぶりに、兄貴と家で一緒に過ごすという時間に、
夢のようだと、やっぱり、幸せを噛み締めていた。
明日の夕方には、兄貴は迎えが来るそうだけど、
こんなに、ゆったり、2人で過ごせるなんて、神様、ありがとう!

その晩は、兄貴と一緒に、キースの書斎の部屋にあるベッドで寝た。
兄貴も俺も、裸で抱きあって寝た。
SEXなしで、こうやって、2人抱きあって寝られるのもいいなぁってね。
ウン、やっぱり、兄貴も疲れていたらしく、その日はわりと早く、
2人そろって、深い眠りに落ちてしまった。



そして朝が来た!
俺が目を開けると、俺とそっくりの兄貴の寝顔が傍にあり、
また、兄貴が俺に腕枕をしてくれていたことが分かり、
なんか、すごーく、嬉しくなって、このまま起きてしまうのがもったいなくて、
再びまぶたを閉じて、寝たふりをした。

あぁ、この幸せな時間が、永遠に続けばいいのに……。

昔、たまたま、フロリダの図書館で読んだんだけど、
19世紀だか、20世紀だかのヨーロッパの詩人のランボーっていう人が、
夕陽が海に沈む時、その一瞬の水のキラメキこそが、永遠だっていう詩を書いてたんだ。
なんか、一瞬こそが永遠っていうのいいよね!
その言葉を知ってから、俺、ちょっと、人生に肯定的になれたもん。
いつも、失うもの、無くしたもの、手に入らないものばかりを思い、
そう、今は幸せでも、これは続くもんじゃないって否定的になっていたけど、
その詩を知ってから、失ってもいい、無くしてもいい、
この一瞬でも手に入ったのだから、俺の中では永遠なんだって居場所を作れるようになった。
そう、兄貴の安らかな寝顔は、俺の中で、いつでも出会える。
カリフォルニアでの父さんや母さんと過ごした18年間という思い出と一緒に……。


でも、いつまでも、寝てるわけにはいかないので、
俺は、兄貴の頬にキスをしたら、兄貴も実は起きていて、
なーんだ、2人とも、タヌキ寝入りだったんだって、
2人で顔を見合わせて、クスクス笑ってしまった!

そして、2人で一緒に朝ごはんを作って食べたのだが、
昨日ほとんどできなかった……。
だって、車椅子の中年オヤジのコーディネーターが、兄貴だって分かってすぐに、
言葉も交わさず、本能のままにヤッチャタので(あぁ、バカな双子)、
昨日するはずであったのに、約半日遅れで、
俺たちは、やっとまともに話しをすることができた。

「兄ちゃん、どうしてあんなハゲオヤジの変装なんかして、しかも車椅子にまで乗って、
 うちの研究室に来たりしたんだい?!」

「それは、おまえをビックリさせてやろうって思ったからさ!」

「そんな、茶化さないで、マジに答えてよ!」

「実はな、俺が今回MITに行ったことは、ザフトの中でも、誰も知らないんだ。
 今、オーブに来ててな、モルゲンレーテの上層部と接触していたんだが、
 交渉が一息ついたんで、個人的な休暇をもらって、ここに来たんだよ。
 だから、地球軍側にも、ザフト側にも、おまえにも、ばれたくなかったんで、
 チョット手のこんだ変装が必要になっちゃったのさ」

「フーン、でも、今日の夕方には迎えが来るんだろ?」

「あぁ、そりゃ、ザフトの中にも何人かは今回協力してもらってるからな」

「そうなんだ!」

「あぁ、ザフトの中でも、今回の俺の計画に賛成してくれている奴はけっこういるんだ。
 ナチュラルが、俺たちコーディネーターを目の敵にしているのは、
 自分たちで、資源を宇宙から調達できないことが、最大の要因だろ。
 自分たちの弱みを握られているから、俺たちに逆らわれては困るって。
 だから、コーディネーターの代わりに、ロボットがそれをやってくれたら、
 ナチュラルとコーディネータの諍いも、違った局面になるんじゃないかってね」

「兄ちゃん、それは、俺も、その通りだと思うよ。
 でもね、兄ちゃんも協力して、ロボットのOSを開発し、人工知能を強化すれば、
 いずれ、ロボットが知性や感情を持って、反乱とか起こすんじゃないの?!
 コーディネーターの代わりに」

「ジョン、いいところに気がついているじゃないか!
 そうだよ、俺が狙っているのは、ロボットの逆襲さ!
 ここで、ロボットが悪役になって、ナチュラルを襲ってくれれば、
 コーディネーターは正義の味方として、ナチュラルを助けてやればいい!
 最高のシナリオじゃないか!
 人類のスケープゴートが、コーディネーターから、ロボットに変わるんだ!」

「はぁ、やっぱり、どこかに必ず悪役が必要で、
 人間は永遠に抗争を続けるのが本能なんだろうかねぇ、はぁ。
 でもさぁ、兄ちゃん、俺がここにいるって、誰から聞いたの?!
 そして、ここでOSの開発をしてほしいって、誰から依頼があったの?!
 やっぱり、MITの学長?」

「あぁ、彼だよ。
 ほら、父さんが勤めていたラボ、あそこの生き残りのスタッフは、
 今、大半がオーブかプラントに渡っていて、
 MITの学長は、ラボの上層部にコネがあるらしいんだ。
 おまえがMITにいるから、手伝ってもらえないかって、
 ザフトを通さず、俺に直接話しが来てさぁ、
 まぁ、今、おまえをプラントに連れてゆく準備もしているんで、
 その下見も兼ねて、ちょっと、リスキーだったけど、
 ジョン、おまえに、会いたかったんだよ!」

「兄ちゃん、俺、今度こそは本当に、兄貴の傍にいてもいいの?!」

「あぁ、そのつもりでいてくれな。
 近いうちに、おまえを迎えに行くから!
 今なぁ、おまえは、地球連合軍の監視下にあって、迂闊に手は出せないんだ。
 失敗は許されないから、俺も、準備は周到にしてる、だいじょうぶだって!
 フロリダでは、おまえのおかげで、俺は逃げることができた!
 今度こそ、おまえを連れてゆくよ!」

「兄ちゃぁん!」

あぁ、今度こそ、俺は兄貴と一緒になれる!
そばにずっと居られるようになる!
もう少しの辛抱だ!

俺は、朝食の後片付けをしながら、笑みがこぼれるのを止めようがなかった!
だって、本当に嬉しかったんだから……。


そして、兄貴の迎えが来るまでの間、
ねぇ、外出して、ボストンの街を案内したかったんだけど、
やっぱり、無茶はしないほうがいいだろうって、
俺たちは、家でひっそり、おしゃべりをしていた。

兄貴からは、ザフトでの生活ぶりを。
現在、大学は卒業間近で、もう、スペース・シップの操縦免許は取得できたけど、
大気圏の突入はしたことがないという話を聞かされた。
また、俺からは、2年前に、カリフォルニアに行き父さんの墓参りをしたり、
じいちゃんとばあちゃんが、俺たちのことを毎日祈ってくれているという話をした。
やっぱり、兄貴も父さんの墓参りはしたかったらしく、何度も行こうかと思ったそうだけど、
やっぱり、そういうのが1番罠を張られやすい部分でもあるし、
あきらめざるをえなかったということだった。
でね、俺は、ポータ・ヴァレェの街に帰った時の様子を話したんだけど、
兄貴に、幼稚園時代の日曜日のウサギの餌やりのことや、卒園式での出来事を、
それとな〜く、聞いてみたんだ。
でも、ほんと、すっかり、兄貴は忘れていて、
やっぱり、靴を踏んでる人は、踏んでるってこと自体、気がつかないもんなんだって、
俺のトラウマは、兄貴に謝罪されて癒されるということはなかったんだけど、
まぁ、もう、カリフォルニアも離れてしまったし、懐かしい記憶かぁって、
俺はしみじみ、思えば遠くへ来たもんだと、改めて月日の流れを感じてしまった。



そして、4年間のブランクも何のその!
俺と兄貴は、ランチを挟んでも、ひたすら、ウダウダおしゃべりをしていた。
それも、実は俺たち双子は、かなりシニカルな兄弟で……。
昔から、俺たちを知っている奴は、俺たちのことを「毒舌キングギドラ」と、
実は、陰であだ名をつけられ恐れられていた。
だから、ザフトの評議会議員の女癖の悪さや、地球連合軍諜報部の金のどケチぶりや、
人のファッションセンスに、映画のこと、はたまた芸能情報まで、
もう、切って切って切りまくる!!!
普段、周囲の人には聞かせられないブラックな会話を延々としていた。
(それは、まるで、お○ぎとピ○コ、いえいえ、せ○こ○でしょう!)


そんな会話の最中に、

「ピンポン」

と、チャイムが鳴った。

俺は、兄貴がここに居るのにって、ビビって、あたふた動揺していたら、
兄貴は冷静に一言、

「今日のゲストだよ、3時に来るって聞いてたから」

と、おっしゃった。

オイオイ、そういう大事なことは、毒舌キングギドラ首1号君、最初に言わんかい!
と、首2号は、ちょっと、ムッとしながら、ゲストを迎えに、玄関まで行った。

ドアを開ける前に、覗き穴から顔を確認して、俺は、心底ビックリしてしまった!!!
そこには、俺が、ボストンに最初に来た日の翌日、
10分だけ面会を許された、あの学長が1人で立っていたからだ!
俺は、急いでドアを開け、

「むさくるしいところですが、どうぞ!」

と、リビングのソファ(昨日はそこでヤッてたけど)に、案内した。
兄貴は、学長を見て、

「今回は、私をMITに招いてくださり、本当にありがとうございました。
 弟も元気にやっていると分かり、すべては、あなたのおかげと感謝しております。
 今後とも、協力できることはさせていただきますので、
 弟をよろしくお願いいたします」

と、まるで、俺の保護者のように御礼を述べた後、深々と学長にお辞儀をした。
だから、俺も、慌てて、一緒にお辞儀をした。

「いやいや、私のほうこそ、クルーゼ君には、助けられとるよ!
 ナチュラルだけでの開発では、何世紀たっても進まないからねぇ。
 ロボット工学の彼らも、これで、10年は研究が進んだと、大いに喜んでおったよ!
 それに、私が、きみの弟の世話をするのは、君たちが生まれる前から、
 彼に頼まれて決まっていたことだ」

「ジョージ・グレンですか?!」

と、俺は、学長の会話に、口を挟んだ。

「そうだ、本当に、こうやって2人並ぶと、きみたち双子はジョージにそっくりだよ!
 あの、爽やかで、誰にでも好かれた、ナイスガイのジョージが、
 時を越えて、こうやって、また私の前に現れてくれたというのが、
 残りの人生の少ない私には、1番のご褒美だよ。
 あの世に行って、ジョージに、約束は果たしたと報告できそうでねぇ」

「約束っていうのは、何か、あったんでしょうか?!」

と、今度は兄貴が口を挟む。

「あぁ、ジョージは、いずれ、自分のクローンが製作されるだろうと予期していた。
 そして、その頃には、自分は消されているであろうということも同時に悟っていた。
 だから、彼は、自分の子供たち、そう君たちが、
 いずれ争いごとに巻き込まれたり、誰かに利用されたりすることがないよう、
 私に見守ってやってほしいと言い残していたんだ。
 私なら、ジョージのクローンの製作情報を得られる立場にいたからね。
 まぁ、それでも、力のない私にできたのは、これぐらいのものだ。
 ジョージは、自分の子供たちに、
 自分と同じく世界平和を推進してくれるよう望んでいたが、
 今、クルーゼ君は、コーディネーターとしてザフトに。
 フラガ君は、ナチュラルとして地球連合軍に、
 お互い別々の場所で権力に利用されようとしている。
 このまま、ジョージの遺伝子を継ぐ2人が、別々の場所で、意思を疎通することもできず、
 ナチュラルとコーディネーターの紛争に巻き込まれるのは、
 ジョージがもっとも恐れていたことだ。
 自分は生まれてこなければ良かったんだと、時々ジョージは、私には愚痴を言っていたよ」

あの、ジョージ・グレンでさえも、
生まれてこなければなんて、思ったことがあったんだぁ。

「だから、クルーゼ君、フラガ君、
 2人には、過酷な運命だとは思うが、ジョージの気持ちも心の隅において、
 どうか、君たちは、平和のために、その存在をアピールしてほしい!
 これは、ジョージの遺言でもあり、私の希望でもあるからね」

「はい、お2人の我々双子に対する、思いは受け止めました。
 その時が訪れたなら、必ず、コーディネーターとナチュラル、
 その双方の架け橋となるべく、我々は己の道を進みましょう。
 なっ、フラガ」

「はっ、はい、クルーゼさん」

と、なんか、兄貴、こういうの昔から、得意だったよねぇ。
やっぱ、こういうシリアスな場面で、ちゃんと受け答えができる兄貴ってカッコイイ!

「そうか、それを聞いて、安心したよ。
 私が天に召されても、ジョージにちゃんと報告ができる、ありがとう!」

と、学長自ら、手を差し出し、兄貴と俺と3人で握手を交わした。

そして、学長は1人で歩いて、帰って行った。
まぁ、ここからMITまでは、歩いても30分はかからないから、
年寄りは健康のためにも、歩いたほうがいいんだろうと、
俺と兄貴は玄関で、彼を見送った!


さて、あと1時間ほどで、
兄貴を迎えるための車が、このマンションの下まで来るそうだ。
兄貴は、サッサと、帰る準備をすませていた。
変装の道具は、証拠を残さないためにも、
昨晩のうちに、ゴミとしてゴミ収集車に持って行ってもらったが、
さすがに、車椅子は大きいので、俺がもらって、どこかの施設に寄付することにした。
指紋も拭き取り、処分すべきものは、とりあえず、俺の部屋の物置にしまった。

そして、一通りの帰り仕度が出来た頃、兄貴は俺の方を見て、

「最後に、ナチュラルでは出来ない技、もう1つやってもいい?!」

と、俺に上目遣いで、誘うように聞いてきた。

「やっぱり、学長が来るまでは、なんか、その気になれなくってなぁ。
 俺は、サッサと着替えて帰るけど、おまえは、そのまま寝ていたらいいから、
 なぁ、やろうよ!」

はぁ、なんか、俺、昨日が昨日だから、まだ筋肉痛が残ってるし、
またあんな、アクロバティックな技をかけられるんなら、嫌だよねぇ。
と、無言のまま、やり過ごしていたら、

「さぁ、行こう、行こう!」

と、今度はお姫さま抱っこではなく、
死体が入った袋を担ぎ上げるように、軽々と俺は持ち上げられてしまった。

「いやだぁ、もう、あんな、拷問はやめてくれぇ!
 兄貴、俺に何の恨みがあるんだぁ!」

と、叫びながら、両手でジタバタ兄貴の背中を叩いたが、
全く無視され、俺は、ポンと、キースのベッドの上に落とされた。
「だいじょうぶ、昨日は、ちょっと、やり過ぎたって、俺も反省してるから、
 今日は、あんな酷いことはしないよ」

「兄ちゃん、俺、ナチュラルだから、くどいようだけど、ナチュラルだから、
その点を考慮した扱いをしておくれよねぇ、お願いだからさぁ……」

と、俺は、マジに必至で懇願していた。

俺の身体は、昨晩だけで、愛撫の余韻の唇の跡だけでなく、
歯型や打撲痕、足首なんかは兄貴の指の形がはっきり分かるほどの痕跡が残され、
もう、赤い染みや青い痣が、全身に散らばり、
浴室で鏡を見たら、ペインティングを施された1種の芸術作品のような姿になっていた。
正直、売春宿では、これでも商品だったから、ここまで酷い仕打ちは受けなかったのに、
今になって、兄貴から、こんな扱いを受けるなんて……、
自分が蒔いた種とはいえ、
あぁ、兄貴はよっぽど、俺に「松葉崩し」って言われて、
知らなかったのがショックだったんだなぁ。
(第2章:それぞれの居場所、終盤を参照)
でも、神様、あまりにも、俺って、かわいそうじゃありません?!

で、俺がそんなことを考えていたら、
兄貴は時間がないというように、サッサと自分は服を脱いでスッポンポンになっていた。
俺にも自分で脱ぐように促したので、俺もあきらめて、裸になった。
そして、俺は、先手必勝とばかりに、先にベッドに横になった。
もう、立ったままで、しかも逆さまでやるようなことは、勘弁してほしいからねぇ。

「ジョン、優しくするよ」

と、兄貴は、俺の耳元で囁き、耳の中に息を吹きかけた。
もう、俺はあきらめて、兄貴に自分からキスを求めて、両腕を兄貴の首に絡めていった。

長く激しいキスの応酬。
互いの舌が、互いの口の中を追い駆けまわし、絡みあう。
俺は、両手で兄貴の髪をかきあげ、
ときどき、兄貴の耳の中に指を入れてみたりして、刺激を加える!
そして、兄貴は、俺の胸の突起を右手で捏ね繰り回しながら、
左手は俺の頭を撫でてくれる。
そして、だんだん下半身まで、お互い熱くなってきて、
兄貴のが俺の太ももに硬くなって当たるのが、心地良くなってきた。
俺は、兄貴の唇から舌を引き出し、糸を引いたまま、
兄貴の上体を少し持ち上げ、下に潜り込んで、兄貴の雄々しいモノを口に咥えた。

「アァ、イイ」

と、兄貴は俺の口腔を、バックの秘腔のような気持ちになったのか、
少し、腰を振って揺らし始めた。
あぁ、兄貴も感じてくれているんだと、俺は嬉しくなって、
もっと、もっとと、喉の奥深くまで呑み込み、
歯を軽く立てたり、吸い込んでみたり、兄貴のリズムに合わせて舌も動かした。

「ウッウ、アァ!!」

と、兄貴が、俺の中に放出していた。

そのチョット苦く、酸味の効いた液体を飲み干すのは、久しぶりだったけど、
兄貴のなら、違和感はなかった。

「ジョン、良かったよ、ありがとう!
 今度は、ジョンの番だね」

と言うと、兄貴は、俺を四つん這いにさせて、俺の秘腔を舐めながら、
右手は、俺のモノを掴んで扱き始めた。

俺は、もう、セカンド・ヴァージンだったはずなのに、
昨日の激しいSEXで、すっかり、元の淫乱な身体に戻ってしまったようで、

「兄ちゃぁん、もぉう、入れてぇ、欲しいよぉ、太くて長いのがイイよぉ!」

って、やっぱり、自分からおねだりしてしまった。
あぁ、節操がないねぇ。

兄貴は、俺のお願いを聞いて、バックから、ゆっくり挿入してきた。

「あぁ、いい、いいよぉ」

ゆっくり、優しく、兄貴が俺の中で抜き差しするのが、気持ち良すぎて、
俺は、だんだん力が抜けてきて……四つん這いだった身体が、
肘や膝に力が入らず、徐々につぶれていきそうになるところを、
兄貴に抱えられ、支えられながら、なんとか、姿勢を維持していた。

「あぁ、いい!
 もう、俺、イキそう……」

と俺が、兄貴に伝えた瞬間、

「ピンポン」

と、チャイムが鳴った。

俺は、ビクッとして、兄貴のを後ろに受け入れたまま、硬直してしまった!

「ジョン、今、すごく、おまえの中、ウゥって締まって、最高だよ!
 たぶん集金か、宅配便かなんかだろ、ほっといて、続きやろう」

と言って、兄貴は、そのまま、最後まで続けようとしたところ、
玄関の扉がが締まるような、バタンという大きな音が聞こえてきた。

「ムウ、いるんだろ?!」

と、大声で叫ぶのはキースだった。

「キースだ、帰ってきたんだ、どうしよう」

「おい、キースって、ここの家主で、地球連合軍諜報部のキース・マクマーンかい?!」

「そうだよ、兄貴、ヤバイよ、早く、窓からでも出て行ったほうがいいよ」

と、俺が兄貴から身体を離そうと、腰を引くと、

「フーン、おまえ、見られてるほうが感じるんだろ?」

「何、バカなこと言ってんだよ、兄貴、もう、奴が来るよ」

「フン、俺がナチュラルごときに、やられると思うのかい?!
 俺は、入ってきたところから、玄関から帰るからな!」

と言って、兄貴はやっと、俺の中から出て行ってくれた。
俺は恐怖で引きつりながら、兄貴の顔を見ると、兄貴は不敵な笑いを浮かべ、俺の頭を優しく撫でた。




  彼と僕の境界線(前編 終わり) 次回、後編へと続く!









05:彼と僕の境界線・後




Update:2004/05/07/WED by CHIYOKO MURAKAMI

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