水溜りに反射するモノクロな僕の顔

07:外伝





少し砂埃が舞うこの路地を通ると、異国のスパイスの香りが鼻につく。
臭いような、苦いような、白人の俺には、あまり好きになれない類のものだ。
そう、この通りの奥には、ヒスパニッシュ系のダウンタウンがある。
昔、俺の家庭教師をしてくれたマリアが、自分では嫌だと言いながらも、
この臭いを、どことなく身にまとっていたことを思い出す。



せっかくの休日だというのに、俺は、ロスの裏通りを1人でぶらぶらしていた。
地球連合軍(O.M.N.I.ENFORCER)に正式に所属して、もう1年が経った。
大学を卒業後、MITの院に残ることを、現場の研究スタッフからは勧められたが、
俺の希望もあったし、軍もザフトとの衝突を睨み、空軍への入隊は、すんなり決まった。
最初の半年、ボストン郊外の仕官学校で、軍人としての基礎訓練を受け、
そして、今は、カリフォルニアに戻ってきた。

ロスの海岸線近くに、大規模な基地があり、
そこで、パイロット養成クラスに所属している。
座学と実戦の繰り返しで、毎日、本当にヘトヘトには、なっていた。
座学のペーパー試験、実戦での飛行試験、これらを1つずつパスしないと、
即座に、パイロットとしての適性能力に欠けるということで、
他の部門に回されてしまう。
俺が、半年前に、このクラスに入った時は、訓練生が25人いたが、
今では15人と、もう4割の仲間が、ここを去っていった。
そりゃ、戦闘機となると、モノスゴイ金額が支払われて完成し、
維持費も、かなりかかるのだから、
不適格なパイロットにつぶされるよりは……と思うのが、賢明な選択だと俺も思う。
だから、いつも張り詰めた空気の中で、生活しているから、
せっかくの休みぐらいは、俺は仲間と離れ、自分の時間を大切にしていた。


このヒスパニッシュ系住民が暮らすダウンタウンは、
俺の苦手な臭いが充満しているのに、ここに来ると落ち着いてしまう。
っていうか、ちょっと、感傷的になるっていうほうが、正しいかな?!




俺は、ここでは、ムウ・ラ・フラガから、解放される……。
そう、ジョンに戻れる。




もう、何年も前から空家になっているかのような、建物が並び、
赤茶けた砂埃が舞う、この街は、
ヒスパニッシュ系住民が、かつて市場を開いていた裏通りだった。
戦争が始まるという危機感から、
そう、この街の向こうに、俺たちが訓練を受けている軍の大規模な施設があり、
1番にザフトの標的になるだろうと噂されていたから、
核兵器が、いつ落とされても、おかしくはない街だった。
だから、避難する住民も多く、特に、ロスから南に行けば、
ヒスパニッシュ系の街はたくさんある。
家族や親戚を頼って、みんな離れて行ったんだろう。
今は、露天も少なく、屋台も減り、かつての街の活気は半減していた。


でも、俺には大切な場所だった。


ここに立ち、目を細めると、
17歳のジュリアンとジョンの囁きあう声が、聞こえてくる……。





「兄貴、どうして、こんなところに連れてきたんだよ!!
 俺、ディズニーランドのほうがいいよぉ!
 あんな嘘をついてまで、ここに来る価値あんのかよぉ?!」

俺は、セリフ的には威勢のいいことを言っていたが、
実は、兄貴の耳の側で小声で囁いていた。
だって、この街の空気が、いくら鈍感な俺にだって、
俺たち2人は、ここでは場違いだって教えてくれる。
汗で張りついた黒い髪、しわの中にまで土埃が埋まっているような茶褐色の肌。
そして、俺たちを、射るような視線で睨む多数の黒い瞳。
典型的なWASP(白人・アングロサクソン系・新教徒)の俺たちは、
ここでは、非常に、目立つ浮いた存在だった。

あぁ、わざわざバスと飛行機に乗って、
ポータ・ヴァレェからロスまで、フットボールの親善試合に来たんだよ。
俺なんか、兄貴と違ってレギュラーじゃないから、
自分の小遣いで、切符を買って、
試合の翌日の、ディズニーランドを楽しみにしていたんだよ。
それなのに、兄貴が、
親戚のおじさんと待ち合わせしてるから、別行動しますって、
宣言しちゃうんだもん。
そして、父さんまで、コーチに別行動をお願いしますって、
伝えてあったって言うんだもん。
いつも、家族の中でも、知らされていないのは、俺だけだもんなぁ……。
で、兄貴は、おまえはみんなとミッキーに会いに行けって言うけど、
そんなことできるわけないじゃん!
兄貴1人を、こんな大都会で、放っぽり出せるわけないじゃん!
だから、だから、俺、兄貴についてきちゃったんだけど……。
こんな街に、親戚のおじさんなんて、いそうにないんだけど……。

「ジョン、あそこに見えてるだろ?!
 あの宝石店で、俺は、ある人と待ち合わせしているから、
 おまえ、どうする?!
 いっしょに行く?!」

「ジュリアン兄ちゃん、こんな怖いところに1人で置いていかないでよぉ!
 俺、心臓、バクバクいってるよ!」

「分かった、じゃ、いっしょに行こう」

俺と兄貴は、その怪しい宝石店、
どう見ても、おもちゃにしか見えないような、
赤や青や碧の石が付いたリングがゴロゴロと、
ショーケースに転がっている店に入って行った。

でも、入ってすぐに、俺は1人で店を出た。
その店のオーナーらしき人物が、兄貴に一人で来るようにと、
訛りの強い英語で、兄貴に指示を出したから。
兄貴は、俺も一緒に連れてゆくと交渉するつもりだったのだろうが、
俺は、自ら、店を出た。
兄貴の、足手まといにはなりたくなかった。
兄貴がそこで、何をするのかは知らないし、
きっと、俺には理解できないことなんだろう。
とにかく、この街を離れるまでは、余計なことは口に出さないほうがいいと、
そのことだけは、本能的に俺にも分かっていた。

で、俺は、店のドアにもたれ、1人で立っていた。
ここから動くのは、危険過ぎる!
大勢の視線が、俺に注がれているのは、痛いほど感じる。
ハイ・ティーンの金髪で白い肌の男の子が、
ジーンズにTシャツというスタイルで、この街角に立つということ自体、
狼の中に放り込まれた羊、そのものだった。
俺は、身動き一つできず、
でも、ここで目を伏せると、本当に襲われそうなので、
青い瞳だけは、キツク、キツク、周囲を睨み返していた。

そんな俺のほうへ、ゆっくり、近づいてくる大柄の中年の男がいた。
皆は、彼の姿を目で追いながら、ニヤニヤしている。
俺は、恐かったけど、ここで怯んだら、
本当に、どこかに連れ去られてしまいそうだったから、
奴から視線を逸らさず、ただ、ひたすら、青い目で睨み続けていた。

そして、奴は俺の目の前に来た。
ヒューヒュー!という、野次や歓声が、響いてきた。
奴の手がゆっくり、俺の顎にかけられ、上に向かされた。
俺は、奴の目の中を覗き込まされる。
それは、俺が17年間生きてきて、
今まで、見たこともないような……獣の目だった。
黄疸があるのか、黄色がかった白目に、赤い線が血走り、
黒い瞳は、空洞のようでいて、残酷な光が感じられる。
あぁ、彼は、人を殺めたことがあるんだ……。
俺は、瞬時に理解した。
そして、

「オォォォオゥォォォオ!!!」

と、俺は、足を踏ん張り、腹に力を入れ、
身体を前かがみにして、一気に叫んだ!!!

これは、小学校の時から、毎年1度、自分の身の守り方というのを、
民間の児童虐待防止サークルが、各クラスを回って、伝授していったものだ。
劇を通して、どういうものが虐待なのかを教えてくれたり、
そういう場面に出くわした時は、どのように逃げるのか、具体的な方法を学んだり、
また、不幸にも身に起きてしまった場合、誰に話せば安全に救済されるのか。
そういうものを、俺は、毎年、当たり前のように訓練として受けてきたが、
まさか、本当に、男の俺が使う日が来るなんて、思ってもみなかった。

そして、次に顔を上げた時には、もう、その大男は道に突っ伏し、
俺は、腕を掴まれ、路地を疾走していた。
もちろん、奴をのしたのは兄貴で、俺を引っ張って走るのも兄貴だ。
でも、あと、もう少しで、このストリートから、出られるという時、
俺たちの目の前に、何人かの男が壁として立ちふさがった。
で、兄貴は、俺の腕を放し、いきなり大乱闘を始めた!!
もう、俺は、何が何やら、サッパリ分からなかったが、
兄貴の腕っ節の強さは、
以前、ハイ・スクールの上級生に袋叩きに合いそうになった時、
逆に、メタメタに返り討ちをしてしまったのを、この目で見たことあったから、
そんなに、心配はしていなかったけど、

やっぱ、俺?!

俺が捕まったら、ヤバイよねぇ、と思ったのと同時に、
俺は後ろから首を羽交い締めにされていた。

「オイ、こいつが、どうなってもいいのかい?!」

あぁ、やっぱり、俺かぁ……。
俺が兄貴の足を引っ張るっていう昔ながらの構図が、
ここでも、当然、繰り返されたかぁ……。
もう、お決まりの展開だわな!
悲しい。

「いいぜっ」

と、兄貴が言った瞬間、俺は、ガシャン!!という大音響とともに、
地面に叩きつけられていた……。

痛ってぇ! 
マジ、イテェ!

もう、何がどうなったのか分からず、砂埃が舞う中、起き上がろうとすると、
俺は、俺を拘束していた男の下敷きになっていた。
で、そこから這いずって出ると、
兄貴が、自分の靴を拾って、履き直していた。
そして、俺の目の前には、とある露天商の骨組が崩れ、
売り物のガラス細工が、道中に散乱していた。
ガラスでできた、たくさんの小動物、熊や、犬や、猫や、イルカが、
砕けたり、砂まみれになって、キラキラと太陽の光を反射していた。

「兄ちゃん……」

「ちょっと、靴を投げたら、当たり所が悪かったんだよ」

と、口では、悪かったと言っていたが、
顔は、当然の報いだとばかり、ジュリアン兄ちゃんは鬼畜に輝いていた……。

もう、俺たちを襲った連中の内、逃げられる者は逃げていたので、

「この店は、ここで寝てる男に、弁償してもらってくださいね。
 俺たちは、あんたらの町の法則に、巻き込まれただけですから」

と、兄貴は露天商の年老いた女主人に言い、
俺の腕を掴んで、ここから、去って行こうとした。
でも、俺は、なんか、ちょっと、彼女が気の毒に思えて、
だって、彼女も巻き込まれただけで、
彼女が俺たちに何か酷いことしたわけじゃないんだし……。
俺は、自分の財布から、帰りの旅費を除き、
いくらかのお金を、女主人に握らせた。

「すみません、お騒がせして」

兄貴は、そんな俺の行為を、冷めた目で眺めていた。

すると、老女は、道に落ちていた1つのガラス細工を俺に差し出した。

「持って行きなさい」

それは、ユニコーンだった。

手の平にのるような、小さな、ガラスでできた角の生えた馬。
よく、まぁ、こんな細い足が、あの衝撃に耐えて折れなかったもんだと、
ちょっと、感動しながら、老女から受け取った。

「ありがとうございます」

すると、兄貴も自分の財布の中から、いくらかのお札を取り出し、老女に渡した。

「生意気言って、すみませんでした。
 全て弁償するわけにはいきませんが、これ、使ってください」

そして、自分で、俺がもらったユニコーンと同じ物を、道から拾ってポケットに入れた。

俺と兄貴は、赤茶けて独特の臭いがこもった、あの裏通りを後にした。




「ねぇ、兄貴、俺の部屋にあったICチップ、見たんでしょ?!
 俺がネットから録画した、かなり昔のSF映画、見たんだよね?!」

俺は、宿泊先のホテルに向かうタクシーの中で、
ガラスでできたユニコーンを光にかざして眺めながら、
兄貴に聞いてみた。

「あぁ、ブレードランナーだろ、見たよ」

「あの映画のラストって、このユニコーンの置物、出てきたよね!
 映画では、折り紙のユニコーンだったけど、
 逃避行するレプリカント・ハンターの主人公と、レプリカントの彼女への、
 明るい未来の象徴って感じだったよね、ジュリアン兄ちゃん!」

「そうかなぁ、なんか、あの2人は、幸せにはなれないって気がするよ。
 おまえ、アレしか見てないんだね。
 まぁ、あの映画が描いていたような未来、
 酸性雨が降りしきるほど環境汚染がひどく、
 レプリカントと呼ばれるアンドロイドと人間が対立するという、
 あそこまで暗い未来ではないけど、
 今だって、似たようなもんじゃないのか?!
 コーディネーターへの差別は、
 映画に描かれてたレプリカントへの弾圧と同じだよ」

「ふーん、兄ちゃん、コーディネーターとか、興味あるんだぁ?!
 俺、そんな人たち、身近に知らないから、何とも言えんわぁ。
 でさぁ、なんで、あんな街に用事があったの?」

「あぁ、ちょっと、父さんに頼まれて、
 ラボで研究している素材を手に入れたかったのさ。
 なんか、合法的には手に入らないもんなんだって!」

「息子をこんな危ない目に合わせる親なんて、変だよ!!!」

「まぁ、いいじゃん、ロスに寄ったついでだよ、ついで」

「ふーん」

「父さんが行ったほうが、目立つって!」

「ふぅーん」

俺は、なんか、イマイチ納得できなかったけど、
キラキラ輝くユニコーンのガラス細工に出会えたから、まぁ、いいかと、
置き物をポケットにしまった。





というのが、17歳のある夏の日の出来事だった。

あれから、7年の歳月がたち、
また、兄貴とオーブで別れてから、約2年がたった。
もう、兄貴とは連絡はとっていない。
ラウ・ル・クルーゼが、ムウ・ラ・フラガの兄であるという事実は、
ここ、ロスの基地でも、知っている奴はいないだろう。
キースの尽力もあって、最重要機密扱いにしてもらってる。
俺は、まだ、パイロット候補生だから、兄貴の噂も聞ける立場じゃないが、
いつか、宇宙(そら)で会えたら、きっと、兄貴を感じることができるだろう。
それが、実は唯一の楽しみで、俺は過酷な訓練にも頑張っているのだから。


今になって、あの夏の出来事を思えば、兄貴はザフトに接触していたのだと思う。
あの時、兄貴が怪しい宝石店で受け取ったと思われる袋を、
ウェンディの洞窟で見かけたから、まぁ、そういうことだったんだろう。
ザフトとの接触は、ラボにも内密に、
父さんと母さんが独自に行っていたものだったしね。


あぁ、ここに立つと思い出す。
あの、俺を襲おうとした大男の目。
あの目は、人を殺めたことのある人間の目だと、
俺の中で、今でも鮮烈に記憶に残っている獣の目だった。
あれから、俺は、母さんを殺したけど、
俺の青い目の中にも、あの男と同じ獣が、住みついてしまったことだろう。
でも、戦争を始めるのだから、
職業として、人殺しを選んだのだから、
遅かれ早かれ、あの獣は俺の中で飼われ、
いつか、俺を食い破って出て行くかもしれない。
もう、後戻りはできない。

でも、いい、一人じゃないから、
ジュリアン兄ちゃんも、同じ罪人だから……。
できれば一緒がいいんだけど、時間差があったとしても、
俺と兄貴は、堕ちる場所は同じだから、また、そこで会えばいい。
父さんと母さんと、みんなで、そこで、会えばいい。

その日が来るまでは、
俺は、もう、2度とここを一緒に歩くことはないとは、わかっているけれども、
今の兄貴の姿を、この街で想像する。



俺と一緒に歩く、24歳の兄貴の姿……。



兄貴は、プラントに持って行ったんだろうなぁ……あのガラス細工のユニコーン。


ウェンディの洞窟で、兄貴がまとめてくれた俺の荷物の中に、
ちゃんと、あのユニコーンは、1体だけ、
俺のシャツに包まれて放り込まれていた。
でもね、俺が、拉致されたり、拘束されたりを繰り返していたあの頃、
ユニコーンのガラス細工は、右の前足が折れてしまった。
そう、ボロボロの俺と一緒に、奴も傷ものになってしまった。
捨てちまえ!と、何度も感情的に思ったりもしたが、
でも、やっぱり、捨てられなかったよ……。
今でも、折れた前足といっしょに、ティッシュに包んで、小さな木の箱に入れてある。

俺の大事な……
何も知らされていなかった俺が、兄貴と過ごした無垢な一夏の思い出。

あぁ、兄貴に会いたいよ。
あの頃に、戻りたいよ。
でも、足が折れたユニコーンが、2度と立てないように、
俺たちは、もう、戻ることはできない。


ここにいると、感傷的になりすぎるな……。


俺は、明日からの実戦訓練の飛行コースを頭に描きながら、この街を後にした。






    「アンドロイドは電気羊の夢を見るか ・ おわり」












モノクロシリーズが終了し、もう、ジョンとジュリアンの話は書かないつもりでしたが、
葉紅龍さまが、本当に素敵にカッコイイ2人のイラストを描いてくださったので、
すぐに、イメージが沸いてしまい、外伝を書いてしまいました……。
葉紅龍さま、心より、感謝しております。ありがとうございます!!!
タイトルの「アンドロイド〜」は、P.K.ディックのSF小説のタイトルで、
映画、ブレードランナーの原作本です。
葉紅龍さまが、SF小説好きだと伺い、このような感じに仕上げてみました!
ブレードランナーは、ラスト・シーンが違うものが複数あり、
ジョンは最初に公開されたものしか見てないんですが、
ジュリアンは、ディレクターズ・カット版を見てたんですねぇという設定です。













ここで、宣伝ですが、このサイトの管理人のれっちょさまと、ざぜりんさまのお2人が、
「せきこや同盟」というサイトを運営しておりまして、
むらかみは、そちらに新作を連載する予定です。
「ふえはうたう:関先生と子安先生」というタイトルで、序章のSSが掲載されています!
クルフラの、クルーゼ役の声優、関俊彦さんと、
フラガ役の声優、子安武人さんをモデルにした、
読者参加型の、小学校を舞台にしたパラレル・ワールドです!
キャラクターのクルフラだけでなく、声優さんにも興味のある方は、
覗いて、参加してみてください!
よろしくお願いいたします!





                                  むらかみちよこ















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Update:2004/05/28/WED by CHIYOKO MURAKAMI

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