Episode U〜見逃した過ち〜



ふわりと降りてくる白い影。
信じられない光景に、フラガはしばし言葉を失った。
物心ついた時から傍にいて、1年前別れを告げた存在が、今目の前にいる。
顔の上半分を仮面で隠してはいたが、最後に会った時と変わらない笑みが口元に刻まれていた。
口の端だけを歪ませた・・・皮肉げな、全てのものを哀れむような、冷めた笑み。
彼は無言で手にした銃をカチャリと向けた。

「なっ・・・」
「私は、1年前最大のミスを犯したよ」

どこかおぞましさを感じさせる、低い声音。
胸にあてられた銃に思わずあとずさると、そのままクルーゼに気圧されてフラガは背を壁につけた。
息を飲むフラガに構わず、銃口を更に胸へ押し付ける。

「お前をのさばらせておくとどうなるか・・・わかっていたはずなのにな」

くすりと笑って、銃を持っていないほうの手で顎を掴む。
怯えを滲ませ微かに開くその唇を、クルーゼは乱暴に貪った。
眉を寄せ、フラガがクルーゼの肩に手を突っ張るが、結局は抵抗しきれずにそのくちづけを受け入れた。
以前は毎日、といっていいほど交わしていた口付け。
けれど、今はそれが冷たい。
胸に向けられた銃に一つの揺らぎがないのを感じて、フラガは死を意識した。

「クルー、ゼ・・・」

角度を変えて重ねられるそれの合間に、フラガは男の名を呼ぶ。
わけがわからなかった。
ただ、殺されようとしていることだけしか。
唇を離したクルーゼは、そのままで哀れむような顔を向けた。

「・・・あの時、殺していけばよかった」

顎にかけられていた指先が、喉元へと降りていく。
愛おしむようにそこを撫でて、そのまま首を掴む手に力が込められる。
尋常でない力の入れように、フラガは息を詰めた。

「・・・っ・・・くあ・・・っ!」

かすれた声だけが、フラガの口元から洩れてくる。
それに小さく笑みを浮かべて、クルーゼは更に力を込めた。

「なん、で・・・」

頭がガンガンと痛み、視界が霞む。
それでも、フラガは薄目を開けてクルーゼを見つめた。
いつもいつも突然の行動。何年も傍にいたというのに、今でもまだ彼の心は読めない。
答えを求めるように、フラガの手が男の腕にすがっていた。
けれど、クルーゼは全く動じる風もない。

「・・・私の弱点を知る唯一の存在・・・お前さえ殺せば、こんなに戦争も長引かなかったのにな」

何かをそらんじるように言うクルーゼの言葉は、もはやフラガには聞こえない。
息の限界もとうにすぎ、視界が真っ暗になる頃になって、
やっとクルーゼは手を離した。
途端床に崩れ落ち、激しく咳き込む彼を冷徹な表情で見下ろす。
手にしていた銃を床に置くと、なおも苦しげに息をつくフラガを覗き込んだ。
どこか上の空のような、そんな表情が彼の目の前にある。

「クルー、ゼ・・・」
「さぁ、最期だ、ムウ・ラ・フラガ。夢を見させてやるよ」

放心している彼の耳元で、甘く囁く。
クルーゼの声が聞こえたのか聞こえなかったのか、密着する彼の背に腕が回された。
今のフラガなら、確かに殺されたいと願ったかもしれない。








唐突に降ってきた白い死神。
けれど彼のもたらしたものは、期限のない執行猶予と、甘く冷たい行為。
自分のアキレス腱をいつまで放っておくつもりなのだろう。
またこうやって殺すと称して抱きに来てくれることを、フラガは切に願った。









Heaven or Hell ?




Update:2003/02/04/TUE by BLUE

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