Episode W〜何気ない日常〜



「・・・あんた、神にでもなりたいの?」
「なんだ、いきなり」

休暇中だというのに、部屋のモニタは戦場の話題ばかり。
その中で、『英雄』ラウ・ル・クルーゼの話題を見つけて、フラガは呟いた。
軍の窮地になると必ず現れ、鬼神のごとく敵機を落とす、ザフト一のトップガン。
その名は地球にまでとどろき、今ではクルーゼの名だけで敵は逃げ出すという。
クルーゼは今では、ザフトの守護神的存在だった。

「まるでザフトの顔のように振舞ってるくせに、腹の内では何考えてるのかすらわからない。
 だというのに、口元だけで伺える美貌の上に、仮面で隠される故の神秘性がコーディネイターたちの心をがっちりと掴んでいる。
 どういうつもり?」
「何のことだ」

フラガの視線をかわして、クルーゼは何気なくワインを取る。美しい、ロゼのワイン。
悠々とくつろぐクルーゼに、フラガはやれやれとため息をついた。
本当に、何考えているのかわからない。
ソファに寝そべったままクッションを引き寄せて、フラガはクルーゼを見やった。


2人は、もはや恋人ではなかった。
昔は、確かにそんな甘い関係だった時もある。甘い言葉を交わして、深く体を交わらせたことだってあった。
けれど、所詮ははかない春の夢のようなもので。
現実はそう甘くないのだと、2人の関係は体現していた。
同じ屋根の下にいながら、決して空気の色は一つに染まらない。
けれど今は、それはそれでよい気がした。
ふっと、クルーゼの空気が動いた。

「・・・神になったつもりなのはお前の方だろう?いつも戦死者の名を聞いて、心を痛めてる。
 神は自分が生み出した一人一人に痛みを感じるそうじゃないか。ご苦労なことだ」
「・・・もう、慣れたよ。俺達は戦争をしてるんだ」

フラガの応えにふ、と笑ってクルーゼが立ち上がる。
寝そべるフラガの脇に腰を下ろして、柔らかな髪に指を絡めた。

「・・・何のつもり?」
「久しぶりに、お前が欲しくなった」
「けっ。バカ言え」

吐き捨てる。台詞に相応しくない、クルーゼの冷ややかな空気。
体を交わらせることがなくなったのは、そんな甘い空気が失われたからだと2人は知っていた。
いつからだろう。いつからこうなった。
フラガは身を起こすと、同じソファに座るクルーゼを見据えた。

「都合のいいことばかり抜かすんじゃねーよ。そもそもテメェが俺を捨てたんだろーが」
「私が気まぐれなのは知っていたと思うが」
「ふざけろよ?あんたの気まぐれに付き合うきなんざこれっぽっちもねーの」

内心は全然違うのに、呆れたような口調で言い返す。
クルーゼはただ笑って、フラガに手を伸ばしてきた。
纏った空気と同じように冷たい手。クルーゼのそれにはもう慣れた。けれど。

「・・・大体、あんたって口説くの下手だろ。もう少し、甘い雰囲気くらい作ってから迫ってくんない?
 ただでさえ戦時中で気分乗らないんだからさぁ・・・・・・」
「お前が素直じゃないから甘くならないだけだろう」
「うるせ。男相手に誘ってどーすんの」

うんざりしたようにソファの背に寄りかかれば、
仰向けた顔の上に降って来るのは言わずもがなのクルーゼの唇。
フラガは抵抗する気力すらなく為すがままになっている。
クルーゼは確信犯の笑みをフラガに向けると、手を突っ張って軽い抵抗を示す彼を見下ろした。

「唇が荒れているな。もう少し手入れに気を付けたほうがいい」
「冗談。俺がいつ身売りで金稼ぐようになったって?」
「情報欲しさに私に近づいたお前が、今更何を言われても仕方在るまい」

その言葉は、否定できない事実なのだが。フラガは不満そうに唇を尖らせた。
別に、ザフトの情報が欲しくて近づいたわけではなかった。
ただ、この見るからに謎な男にほんの少し興味が湧いただけ。
だから、一緒に寝てしまったのもアクシデント以外の何物でもなかったし、
それ以来なんとなく傍にいたのも、気まぐれ以外の何でもなかった。
見てみたかったのは、この仮面の下。
フラガは手の届く位置に置いてあったクルーゼの仮面を手に取ると、すっと彼の顔に仮面を合わせてみた。

「・・・改めて見ると、結構印象変わるんだな・・・」
「変わってくれなくては困る。着ける意味がないだろう」

フラガの手から仮面を取り上げて。
また現れるのは類い稀な美貌。
この美しい顔が過去に何をしてきたか、
今の世界にどれほどの影響を与えるのか、
フラガには想像すらつかなかった。
多分、聞けば応えてくれるのかもしれないけど。
何を隠す必要もないはずの自分さえ過去を掘り起こされるのは御免被りたかったから、
多分この男も、嫌に決まっているだろう。
自分から言わないことを、わざわざ問い詰める必要もない。
そう思っていたから、何も聞けなかった。
具体的なことは、何も。
でも、気になることは確か。戦争が始まっても、戦いが日常茶飯事になっても、
彼のことは未だに伺い知れない。
だからこそ、こうやって付きまとっているのかと聞かれれば、多分そうなのだろう。

「なぁ・・・何を隠してるんだ?」

その仮面の下に。
その読めない表情の下に。
何を、考えてる?

「・・・何も隠してないさ。お前には何も、な」

含みを持った声音。
遠回しに聞けばいつでもこの応えが返って来る。
相変わらず進歩のない会話にため息をつきながら、フラガはクルーゼの背に腕を回した。
少なくとも。
仮面の下が見れただけでも、よしとするか。
そんな理由も、出会った時と何一つ変わらなくて。
結局自分達の関係すらあの時と変わらない事に、
フラガは今更ながら苦笑いを洩らしていた。



Heaven or Hell ?




Update:2003/07/07/MON by BLUE

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