Episode Z〜Bad Tasts〜



逢うたびに、キスを強請った気がする。
素直になれず、反発し、散々悪態をついてきた割に、
深く舌を絡ませ、頭がくらくらとするような甘いキスは好きだった。
それは、言葉を交わすよりも、視線を交わすよりも、
クルーゼという男の優しさを感じられる気がしたからに他ならない。
身体を繋げることより、なによりも。
彼の本音に、触れられる気がしたから。



敵軍のあの指揮官は、容赦がないことで有名だった。
対峙すれば、必ずといっていいほど全部隊を全滅させられる。
何人の兵士達が、彼を落とそうとして落とされてきたか知れない。
疫病神、いや、死神か。
彼を見たものは必ず死ぬ、とまで言われているのだから困ったものだ。
そんな男と、自分は一つ屋根の下にいる。
お互い、任務から離れ、ひとりの人間として接してはいるものの、
一つ呼び出しがかかればその関係は瞬時に敵へと変わる。
敵。倒さなくてはならない相手。決して情けは許されない。ましてや多くの同僚達の仇。
どうすればいい、なんて考えれば考えるほどにドツボにはまる。
ふと見やった自分の愛する男は、
何もないような顔をして水の滴る薄い金の髪をタオルで渇かしていて、
フラガにはなんともそれが現実離れしているように思えた。
なぜなら、目の前のモニタに映る戦争の醜い傷痕は。
この男がつけたものだ。

「・・・あーあ、やってるぜ。部隊30万、一気に全滅だとよ。相変わらず容赦ねーな、オイ」
「半分は私の管轄じゃない。わかってるくせに突っ掛かって楽しいか?」
「別に?俺はあん中に知り合いいたなーって思っただけ。」
「フン。だったらどうする?仇でも取るか?」
「取りてーよ」
「じゃあなぜ取らない?簡単なものだろう、お前にとっては」

余裕で近づく男が憎らしい。
きっと睨みつける。
このまま死ぬ気もないだろうに、本気で自分が殺そうとしたらどんな顔をするのだろう。
見て見たい気もするが、どのみち自分にそんな勇気はない。
寄せられる唇。濡れた感触。
舌でぺろりと舐められて、それだけで力が抜ける。
ソファに押し倒され、息が上がる。
・・・情けない。
そう思いつつ、男の腕を振り解けない。
唇が頬を辿り、フラガの唇を捕らえた。舌が絡む。フラガは目を閉じる。

「んっ・・・・」

蕩けるようなキスの気持ちよさに、フラガは手を伸ばし、クルーゼの背に回した。
腹いせに、衣服の上から爪を立てる。
最近の忙しさにかまけて手入れなどすることなどなかったそれは、
クルーゼの背に強く食い込み彼の眉を顰めさせた。

「・・・殺すんじゃなかったのか?」
「うるせー」

しがみつく力が強くなる。矛盾した態度。でもそれももう慣れた。
相反した感情をどれほど持とうと、結局好きなのだから仕方がないのだ。
殺せるわけがない。これほど好きなのに。
誰が死んでも、誰が殺されても死んで欲しくない。
かれの代わりに自分の命を失ってもいいくらい。
愛している。めったに口にすることのない、心の奥の本音。
だが、それが本当の心だというなら、それこそが馬鹿げている。
沈み込む身体。圧し掛かる男の体重。
長いキスが苦しくて息継ぎをする拍子に、口の端から体液が溢れ、
フラガは眉を顰めた。
手で拭おうとして、手首を掴まれる。クルーゼの舌で舐め取られる。

「・・・・・・酒」

掠れた声に驚いた。まだ何もしていないというのに、かすかに頬が朱に染まる。
テーブルに無造作に置かれた数々のボトル。
半分もあけていないそれに手を伸ばす。追うようにクルーゼがそれを捕らえる。

「・・・足りないんだよ」

視線をすっと泳がせて。そう、全然足りない。
酔わなければやってられない。恋も、人殺しも、戦争も。
こんな時代に生きていること自体、辛くて仕方がないのに。
誰も、死にたくない。殺したくだってないはずだ。
それなのに、なぜ軍などにいて、当然のように人を殺すのか。反吐が出る。

「・・・っ」
「終わってからな」
「馬鹿か」

けっ、と毒づく。
いつだって終わったときは息も絶え絶えで、酒なんて楽しむ余裕などどこにもない。
それどころか、意識のあるまま終わらせてくれるかすらあやしいのだ。
首筋に吸いつく男の髪に指を絡める。
強めに引っ張り、顔をあげさせ男を睨む。

「じゃあアンタが酔わせろ。」

強く視線を絡ませて。
ああ、やはりどこか頭がイカれてる。
それとも、もう酔ってる?
誘いめいた言葉を挑戦的な目で投げかける。それだけ飢えていたのはフラガの方だ。
クルーゼは軽く驚いたように目を見開き、そして口の端で笑った。

「覚悟しろよ?」

散々重ねた唇を、また触れ合わせる。
柔らかな肉の感触に、目を閉じる。一番好きなのはこれだ。
言葉よりも、愛撫よりも。
甘くて、くらくらする。クルーゼという男に酔わされる。
いつまでも感じていたい。馬鹿な願いだが、素直にそんな気持ちが溢れてくるのもこんな時だからこそ。
ふと目の前の男を見やる。
蒼い瞳。冬空のような、冴え冴えとした色に捕らわれる。
仇だなんて事すら忘れてしまう。愛しい男は、常に支配者の顔をして自分を見下ろす。
ああ、本当に、馬鹿げてる。
けれど、もうそれも今更。





「っとに・・・俺って趣味悪ィ・・・」

ああまったく。
こんな男さえ好きにならなければ、苦しい思いをせずに済んだのに。





end.












Update:2004/08/22/MON by BLUE

小説リスト

PAGE TOP