EverLastingBlue 02



クルーゼがフラガを助けたのは、気まぐれ以外の何ものでもなかった。
全てを焼き尽くすつもりで研究所に火を放った。それは、自分すら例外ではない。
人間以外の異形の存在。実験に使われた哀れな人間達。
苦痛のままに生きながらえることを、誰が望むだろう。
だというのに、クルーゼはフラガを助けた。
純粋に人間として生まれながら、足を鎖に繋がれたまま壊れた瞳を向ける幼い少年に、
その時のクルーゼが何を思ったかわからない。
けれど、
本当は憎んで憎んで余りあるはずのその存在を腕に抱いたその時、
背後の研究所が大破する。
爆風に飛ばされたクルーゼが次に見たのは、
胸の中の少年を庇うようにして回された自分の腕と、
そんな自分にしがみ付く蒼灰色の瞳のムウ・ラ・フラガだった。



どうして助けてしまったのか、今でもクルーゼにはわからない。














「・・・キレイ」

窓際に無造作に置かれていた輝きを手に取って、フラガが呟いた。
小さな手にも収まるくらいのそれは、いびつな形をしたうすい青の石。
光にかざすと、澄んだ色のそれに混じって白く濁った色が見える。
不思議に思って石をくるくると回すと、光が反射して虹色の輝きを見せ、フラガは歓声を上げた。
幼く無邪気な声音が、明るい室内に響き渡る。

「ねぇ、ラウ・・・これ」
「ああ」
「これ・・・キレイだね」

ソファに座るクルーゼに歩み寄って。
石を差し出すと、クルーゼは軽く顔を顰めてフラガを自分の横に座らせた。
手の中のそれは、光に反射して確かに美しい。だが、クルーゼはフラガの手からそれを取り上げた。
先ほどのフラガと同じように、光に透かして。

「ああ、綺麗だ。だけど、本物はもっと綺麗だよ」
「ホンモノ?」

フラガは目を丸くする。クルーゼは頷いて、透かしたそれをくるりと回した。

「これは・・・出来損ないだからな」

そう、出来損ない。
人間達が好む規格から外れ、価値すら見出されなくなった哀れな石。
フラガの興味を持った青色のもの以外にも窓際に数多く積まれたそれは、
実はクルーゼの旧くからの友人がくれたものだった。
何やら裏の稼業に足を突っ込んでいるらしい彼は、そこで手に入れた"石"の出来損ないを自分の元に来る度に置いていく。
『似てるだろ?俺たちに』
嫌味な友人のその言葉を思い出して、クルーゼはかすかに目を細めた。

そう、似ていた。
完璧な美しさを求める人間達のおメガネに適わなかった石の出来損ないと、
より完全な生命体を求めた研究者達によって造られ、そして失敗し捨てられた自分達は。
必要とされなかった存在。
それは、おのずと処分される運命にあるということ。

「こんなにキレイなのに」
「色が薄くて、濁っているものほど価値なんてつかないさ」

人間は不純物を嫌う。それは、集団の中で浮く存在がいつしか仲間はずれにされているのと同じこと。
それでは、どうしてそのはずの人間がこんな実験を行ったのだろう。
そして、それによって生み出された『人間』の規格から外れた我々は、どうあっても社会に溶け込めるはずもなく。

「・・・じゃあ、同じだね」

ぽつりと呟くフラガに、クルーゼは現実に引き戻された。
フラガは、再び自分の手の中に石を収めて、それを眺めている。

「同じ?何と?」
「僕と」
「・・・・・・」

予想だにしなかった少年の言葉に、思わず彼の身体を掻き抱く。
少年の身体は冷たく、微かに震えていた。
どう、して。

「どうして、そんな事を」
「・・・パパが。言ってたから」

フラガの声音がどこか虚ろで、クルーゼは腕に力を込める。
そうだ、この子供は。
本当の父親がありながら、息子として扱われた記憶のない少年だ。

「オマエはデキソコナイだ、って」
「・・・ムウ」
「何の役にも立たないムダメシグイだって。ムダメシグイってなに?」
「ムウ!」

子供の言葉を遮るようにして、クルーゼは少年を名を呼ぶ。
強く抱き締めると、何が悲しいのかすら分からないだろうにフラガの瞳から涙が溢れた。
可哀想な少年。
美しかったはずの蒼い瞳は、今は壊れたような灰色に濁って。
―――そう、まるで先ほどのいびつな石のような。

「無駄飯食いなんかじゃない。お前は出来損ないなんかじゃない、本当の人間だ」

本来ならば、誰もに愛されて幸せな時を過ごして。
成長して、大人になって、誰かに愛されて、誰かを愛して。
そんな普通と言える人生を、本当は送れたはずだ。
あの、欲の塊だった少年の父親さえいなければ。

「本当?」
「ああ」

強く頷く。
少なくとも、この少年にあれ以上苦痛の日々を歩ませたくはなかった。
自分たちが感じてきた絶望的な運命から、かれはまだ逃れられる位置にいる。

「私は、お前を必要としているよ、ムウ・・・」

肩を濡らす少年に囁きながら、自分は本当にどうかしているとクルーゼは思った。
必要なんて、するはずがない。
自分を造った、アル・ダ・フラガ。
そして、この少年はその息子。
いつだって、その事実を反芻してため息をつく。
昔は、玩具であろうと父親の傍にいられたムウに、嫉妬すら抱いたこともあった。
常に、自分に向けられる視線は血の繋がった人間としてのそれではなく、
ただ彼の願望を満たすためだけに生み出された道具を試すようなもの。
玩具と道具では似たようなものかもしれないが、とクルーゼは内心苦笑するが、
それでも人間扱いされず、それどころか欠陥品と分かれば目もくれずに捨てられる自分の立場は、
クルーゼにとって苦痛でしかなかった。
そうだ、だからこそ。
同じように父親に必要とされなかったこの少年に、想いを寄せてしまうのだ。
喜びも、悲しみも、怒りも、憎しみも。

「ラウ・・・」

手を伸ばしてくる少年を、抱き留める。

「好きだよ」

耳元で囁いて、宥めるように背を撫でる。
ああ、まただ。
こんな子供に何を馬鹿な、と思う自分は確かに存在するのに。
背に腕を回され、しがみ付かれると、理性が止まる。
キスを強請る少年に、唇を重ねて。
小さな身体を腕に収めて、クルーゼは熱い吐息を吐いた。





そう、愛している。
お前が出来損ないだろうが、必要とされなかった子供だろうが、構わない。
可哀想なお前。
だけど、私をこんな風にしたのはお前だから。
離さないよ。お前には沢山の償いをしてもらわないと。
手始めに、私を欲情させた罪を贖ってもらおうか。














行為の後も、フラガは光にかざした石を見つめていた。
少年の瞳のような、蒼く灰色に濁ったそれを、虚ろな瞳で眺めている。
出来損ないのそれは、少年の心を強く捕らえたか。

「おや、気に入ったかい」

ベッドに寝そべる子供の金髪を撫でながら、クルーゼはくすりと笑った。

「あげるよ、お前に」

石に口付け、それから小さな手にそれを収める。
出来損ない同士の傷の舐め合いは、これからも続くのだろう。
そう、恐らくは。
永遠に。



手の中の光を見つめながら、哀れな子供は笑みを零した。












Update:2004/05/13/THU by BLUE

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