まどろみの朝
「こんな所で、ボヤボヤしてる暇はないと思うけどな」
そう言って皆に背を向けたフラガは、壊れた自機を整備するために、メビウス<ゼロ>へと向かった。
「シグー」のサーベルに壊された後翼を見ながら、想い人のことを考える。
互いが接触したのは3ヶ月ぶりだっただけに、フラガはあれだけで去ってしまった彼を寂しく思っていた。
(クルーゼ・・・・・・)
今は敵であっても、過去の記憶は拭えない。
互いが互いの意志で決裂したわけではなかったから、なおさら。
自分はナチュラルで、彼はコーディネーターで。
ただそれだけの隔たりが、2人の間をここまで裂いていた。
だから、より激しく、
互いに惹かれ合うのかもしれない、とフラガは思う。
そうでもなければ、この気持ちに説明がつかなかった。
不意に物陰から腕が伸びてきて、フラガを引き込んだ。
目の前に現れた思いも寄らない男の姿に、目が見開かれる。
「クルーゼ・・・!!」
あわててフラガは口元を押さえた。他の皆に知られたらどうなるかわかったものではない。
「どうして、こんなトコに・・・・・・帰ったんじゃなかったのか?」
「・・・私がお前と接触して、何もせずに帰ると思うか?」
フラガを真正面に見据えたまま、囁く。顔はマスクに隠れて見えなかったが、声は優しかった。
その言葉に、フラガは照れたように下を向き、上目遣いで見上げた。
「そりゃ・・・、・・・そうだけど」
わかっているのだが、いつもいつも突然だよな、とフラガは思う。
コロニーに開いた穴から、あのまま離脱したとばかり思っていたのに。
フラガはそんなクルーゼに咎めるような表情を見せたが、クルーゼはさらりと交わしてフラガに口付けた。
掠めるだけのキスだというのに、それだけで胸の奥が熱くなる。
すっと触れたクルーゼの手が、頬を朱く染めていった。
「久しぶりに・・・お前が欲しいな」
耳元で囁かれ、体が震える。
フラガは恐る恐る、目の前で次の行為に入ろうとするクルーゼに尋ねた。
「今・・・ここで?」
抵抗する・・・というほどではないが、自分の手を無意識に避けようとするフラガに笑みを浮かべる。
誰にも見られたくない、・・・否、邪魔されたくないと思う気持ちは、自分だって同じだ。
クルーゼは上を向くと、視線の先にあるものを指差した。
「あそこならよかろう。」
クルーゼが指した先は、メビウス<ゼロ>のコクピット。
フラガは顔を赤らめたが、やがて小さく頷いた。
コクピット内のシートは、後ろに倒せるとはいってもたかが知れている。
それにフラガの体を預けさせ、クルーゼは目を細めて彼を見下ろした。
密室状態のコクピットは、これから秘めやかな行為を行おうとする2人には最高の環境だ。
クルーゼは組み敷いた存在に改めて口付けると、軽い抵抗を見せる腕ごと、彼の背を抱き締めた。
「クルー、ゼ・・・・・・」
キスの合い間に、瞳をうっすらと開けるフラガが自分を抱く存在の名を呼ぶ。
それに誘われるように何度も唇を重ね、今だ布地に包まれた体もまた重ね合わせた。
互いの熱を放つものが布ごしに触れ、それが早くも誇張していることをクルーゼに知られたフラガは、全身を襲う羞恥に必死に耐えた。
クルーゼの袖を引き、自分の方に向かせる。
「・・・アストロスーツ・・・・・・汚すなよ・・・」
小さく訴えるそれは、裏を返せば脱がせてくれと言っているようなものだ。
そんな普段の彼からは想像出来ない甘えに、クルーゼは喉の奥で笑った。
「服ぐらい・・・自分で脱いだらどうだ?」
「・・・っ!」
途端に頬を紅潮させるフラガが愛しい。
「お、お前が組み敷いてて、どうやって脱げるんだよ?!」
照れ隠しか怒気のはらんだ声が上から降って来る。
けれど、構わず肩に顔を埋め、形の良い耳殻を愛憮し出した。
背に回した手は、ゆっくりと首筋までを憮で上げ、それから窮屈そうに閉まっているファスナーを焦らすようにして降ろしていく。
「ぁ・・・・・・」
思わず、といった風に声を上げる。
クルーゼの舌が蛇のごとく耳孔にするりと入っていく感覚に、フラガは体を竦ませた。
濡れた音が、直接脳髄を刺激する。
その上、アストロスーツを脱がされた上半身にまとっているタートルネックのトレーナーの中に入り込む手がいやに暖かくて、フラガは陶然となっていた。
いつもは死んでいるかのように冷たい手だというのに、
自分にこうして触れる時だけ熱を持つ彼の手は、離れていても自分を見てくれているのだと安心出来るに足りるもので。
だから、たまにこうして交わるだけで耐えていられるのだと思う。
でも、本心は、
欲しい。
ただそれだけの思いが、今は体中を渦巻いていた。
「フラガ・・・・・・」
その声に呼ばれてもの思いから帰ってきた彼は、既にアストロスーツが下着と共に脱がされ、コクピットの後ろに放られているのを知った。
首筋に濡れた感触をもたらす唇と、胸元に触れてくる手のひら。
急にクルーゼの顔が見たくなって、フラガは両腕をクルーゼの首に回した。
柔らかく波打つ金髪に指を差し入れ、仮面の留め具を外させる。
けれど、もう少しという所でクルーゼに手を押さえられ、フラガは不満そうな目を向けた。
「俺にくらい、見せたっていいんじゃねぇ?」
昔はいつも見ていただろ、と暗に告げる。
けれど、クルーゼは何も言わず、たくし上げたトレーナーの下から覗く朱い飾りに顔を埋めた。
「・・・まだ、戦争は終わっていないだろう?」
「・・・っ」
舌と吐息が、淡い愛憮をフラガに与えている。
指先が腹筋をたどり、一番敏感な部位に辿りつく様に、フラガは体をこわばらせた。
あくまで優しさを失わない指が示すものは、多分、彼の本当の心。
ザフトの指揮官として、情け容赦なく敵であったり一般人であったりを殺せるのは、もしかしたらその仮面故なのかもしれない、とフラガは思う。
自分の弱さも、優しさも、全てを隠して、
自分の感情を押さえて・・・・・・・・・・。
そうでもしなくては、戦いなど出来なかったのかもしれない。
そして、悔しくもその残酷な戦争は、まだまだ終わる気配はなかった。
「・・・っあ・・・・・・」
温かな指先が、下肢で息づくそれを捉えた。
震える雄を、なだめるように扱き、先端から溢れた蜜は指先でまた砲身に絡める。
張りつめたそれは、久しぶりなせいかあっけなく頂点に達し、白濁した液をクルーゼの服と自分の腹、そしてシートに散らしていった。
「あ・・・ごめっ・・・・・・」
乱れてさえいないクルーゼの仕官服を汚してしまったのを見て、フラガは顔を朱らめる。
そんな彼にフッと笑みを浮かべて、クルーゼもまた服を手早く脱いだ。
さすがに全裸とはいかないが、前開きの上着から覗く肌に、フラガは息を飲む。
その胸に抱かれたいという欲望を抑え切れなくなって、フラガは自身の胸を彼のそれに触れ合わせた。
「クルーゼ・・・・・・」
数々の想いを込めて、自分を抱く男の名を呼ぶ。
優しさも、痛みも、快楽も、
彼の与える全てが欲しかった。
クルーゼは、電源の切れた操作パネルにフラガの両足を乗せ、奥まった場所を露わにさせた。
羞恥に横を向くフラガの頬に口付けて、下肢にあった手は先ほど放った精を塗り込めるような動きを見せる。
締まったそこを押し広げるようにして侵入してくる指の感覚に、フラガは身を捩じらせた。
心では欲しい欲しいと思うのに、体は意思に反して逃げを打つのだ。
過去には毎日というほどやっていた行為だというのに、いつまでも慣れないようなその仕草がおかしくて、追い詰めずにはいられない。
クルーゼは奥に到達した指で内部を掻き回し、フラガは耐え切れずに声を上げた。
「くっ・・・あ・・・っ・・・」
自分が漏らした声に羞恥心をより刺激されたのか、唇を噛んで必死に耐える。
それでも止まらない指は2本、3本と増やされ、もはや自分の意思で高まる体を止めることなど出来なかった。
深い穴に堕ちていくような恐怖に、クルーゼの首にしがみつく。
堕ちてしまえば、自分が自分でなくなってしまう気がした。
だから、唯一自分の全てを知っている彼に身を預けてしまう。
これから訪れる、息もつけないほどの快感を想像して、フラガは瞳を閉じた。
「フラガ・・・・・・」
名を呼ぶクルーゼの手のひらが、自分の内股に添えられる。
足をより大きく広げられたと思った瞬間、焼けるような楔が後孔にあてがわれる。
その熱さに目を見開いた途端、フラガは引き裂かれるような痛みと圧迫感に襲われ、声を上げた。
「ああーっ!!」
「・・・っ」
体が強張り、侵入してくるクルーゼをきつく締めつけてしまう。
「力、抜け・・・・・・」
「・・・ンな事言われても・・・・・・っ!」
痛みに耐えるのが精一杯のフラガには、そんな余裕はない。
クルーゼは足を抱えていた手をフラガの下肢に伸ばし、痛みに萎えかけていたそれを刺激した。
上下に扱く度に一瞬緩むそこを犯し、最奥へと到達する。
フラガの弱い所が彼の先端に攻撃され、フラガは体をびくびくと痙攣させた。
「・・・ん、くっ・・・あ、はっ・・・・・・」
途切れ途切れの呼気が、小さく開いた口元から漏れる。
甘い吐息を耳元で感じながら、クルーゼは腰をすすめた。
最奥を突いては抜けそうなほどまで引き、そしてまた奥へと。
そうして幾度も貫くうちに、フラガの中からは淫猥な音が聞こえ、周囲にはどちらともつかない体液が飛び散った。
けれど、もはや2人の頭には、互いを感じることしかない。
何々月も離れていた故の欲が、体中を支配していた。
貫きたい、貫かれたい。
抱きたい、抱かれたい。
ただそれだけの想いが、2人を突き動かす。
それは、常に死を感じているが故のものでもあったかもしれない。
互いに、殺し合う立場で。
もはや退けない線の上に立って、睨み合って。
そんなのは耐え切れない、と訴える心が、確かに胸の内にあった。
だからこそ、
クルーゼは言った。
「投降・・・する気はないのか?」
うわの空で聞いていたフラガは、ゆっくりとクルーゼの方を見た。
苦笑いをするように口元を歪める。
「バカ・・・出来るんだったら、とっくにしてるっての」
首筋に腕を巻きつける。
その子供の頃から変わらない甘えるような仕草に、クルーゼは目を細めた。
「なんだ、お前らしくもない・・・・・・今さら、投降も何もないだろう?」
わかっている。わかってはいたが、それでもクルーゼはフラガに言った。
言わずにはいられなかった。
「私は、いつでもお前を待っているよ、フラガ・・・・・・」
「クルーゼ・・・・・・」
剥き出しの背を抱かれ、フラガもまたクルーゼを抱き締めた。
重ねられる唇。絡め取られる舌の熱さが下肢にまで刺激を与えていく。
高まる熱そのままに声を上げるフラガは、クルーゼのそれにひときわ強く貫かれるのに促され、2度目の精を解き放ったのだった。
フラガが気付いた時、もう既に朝だった。
傍には誰もいない。
服もきちんと着せられていたし、昨日の情事を思い起こさせるものは何もなかった。
(夢・・・だったのか・・・)
軽く首を振り、整備の途中で眠りこけていたのかとシートから身を起こす。
けれど、ふと横を向いたフラガは、サイドパネルの上に何かが置かれているのを知った。
シャルル・ド・ゴール―紫色のバラだ。
宇宙にいても長い間腐らないようにと加工の施されたそれは、確実に想い人がここにいたことを示していて、
フラガはそれを手に取った。
(クルーゼ・・・・・・)
いつからこの花が想い人の象徴になったのかはわからない。
けれど、枕元に置かれる度に、幸せな気持ちになれたのは何故だろう。
フラガはその花を見ながら、ひとときの間夢の続きに身を委ねたのだった。