Seeet Love vol.1



(あーあ、どうしよっかなーコレ・・・)

フラガは帰路の途中、やれやれと手に持っていた紙袋を目の前に掲げた。
中には、女の子たちからもらった沢山のチョコレートの山。
そう、今日は年に一度の恋の宴。つまりバレンタインデーなのであった。
規律の厳しい軍隊に色恋なんて無関係と思われがちだが、案外若い女性兵士も多く、
通信兵や事務にいたってはそのほとんどが女性である。
そんな彼女らが、軍に在籍するカッコイイ・・・もとい可愛い男の子に目をつけないはずがない。
そこでこの日、フラガへの突撃ラブビームが軍では飛び交っていた。
フラガは、年下や下士官の世話をよく見る、非常によく出来た少尉である。
したがって、軍の中の人気はピカ一。女性にも優しく、よく気がつく頼りになる兄貴分。
となると・・・当然。軍のミーハーな女どもが群がらないはずがない。
フラガの気持ちも構わず、チョコレート攻撃の嵐。
押しの今ひとつ弱いフラガが拒まないのをいいことに、プレゼントやお菓子を渡しまくる。
おかげでその日の帰りには同僚達に妬まれるどころか呆れられるくらいの量のそれらを抱えて帰るほどになってしまっていた。

(・・・ったく・・・帰ったらあいつもいるのにさぁ・・・)

あいつ、とは、フラガの家で待ついわば同居人のことだ。
まぁ、同居・・・と言っても、そうそう家にはいられない男なのだが。
フラガはその男が嫌いではない。別に、同居も成り行きでそうなったわけではなく、
ちゃんと話あった結果でもある。
ただ・・・話合ったというより、強引に押し切られた感も無きにしもあらずだが。
その男―――名をラウ・ル・クルーゼというのだが―――は、
何気なく出会った時からフラガの飄々とした雰囲気をいたく気に入ったのか度々フラガにちょっかいをかけてきて、
フラガのほうはというと、そんな彼に嫌そうな顔を向けながらも、
どこか謎めいた、それでいて案外自分の前では何も隠すところのなさそうなクルーゼという男の不思議な魅力・・・(というのかはわからないが)に惹かれ、
こうして適当に寝食を共にする仲となってしまっている。
一時期他人と同居していることで彼女だろうと噂され、男だと分かれば怪しい関係だと噂されたものだが(まぁ事実ではあるのだが)、
それでも結局態度の変わらないフラガへの人気が押したのか、今では何も言われなくなっている。
ただの同居人―――・・・それも、あまりいることはない、たまに顔をあわせるだけの存在。
そんな彼が、今家に帰ればいるのだろう。
その理由はというと、ぶっちゃけて言えば・・・バレンタインデーだからだ。
別に、クルーゼにやるものなんて買っていない。当たり前だ。男がバレンタインデーに何を買おうというのだ。
そんな女々しいことをするつもりもなかった。
ただ・・・クルーゼには強引になにかを奪われそうな気もするが。
その『何か』がすぐに想像つく自分にはぁ、とため息をついて、
フラガは暗くなった街を歩いた。
遠くに見える家には、赤く灯った光。
1人暮らしでは感じられなかった暖かさだ。自然と笑みが零れて来る。
フラガは安堵のため息をつくと、家へと足を踏み入れた。

「ただいまー」
「ああ、帰ったのか」

クルーゼが顔を見せた。なんとも間抜けな格好。この男を知るだれもが奴のこんな姿を知らないのではないか。
ラフなシャツの上にエプロンをつけ、足はスリッパ。
これではまるで専業主・・・いや、やめておこう。いつ上履きが飛んでくるかわからない。

「ほう・・・今年もまた大盛りだな」

クルーゼの視線が自分の手にある紙袋に気付いた。
フラガが軍の中で人気があることはとうに知っている。それについては何も言わない。
それは、フラガが自分以外の他の女にも男にも靡かないと思っているのか、
それほどの自分への自信を持っているのかよくわからないが、
まぁフラガにとってはそれがありがたかった。
基本的に追求されるのが嫌いな男だ。クルーゼとの噂が流れていても、一切何も関わらなかった。
うわさも七十五日とはよくいったものだ。

「ったくさ・・・。実はオレがチョコ嫌いだって知ったらみんな悲しむだろうなあぁ〜」

肩を竦めて、フラガはそう言った。
フラガは、実は珍しくチョコレート嫌いだ。
甘いものが嫌い、といったわけではない。この男がかなりの甘党なことを、クルーゼは目の前で見て知っている。
けれど、チョコレートだけは、特に加工したものではなくそのままの板だったり固めたものだったりすると、フラガは絶対食べることはない。
一度だけ理由を聞いたことがあるが、それはまだ幼い子供の頃大量のチョコレートをクラスメートからもらい、
それを処理しようと一気に食べたところ鼻血が止まらなくなったというなんとも情けない理由である。
それ以来、フラガはチョコレートが苦手らしい。
今大量に食べたところで鼻血を出すとは思えないのだが、まぁトラウマというのはそんなものだ。
くすりと笑ってクルーゼはフラガからその紙袋を受け取ると、
台所へと運んでいった。
妙に嬉しそうなクルーゼに、フラガは不審がる。
どこか足取りが軽い。そんなキャラではないだろうに。

「何やってんだ?」
「決まってる。ケーキ作り」
「はぁ?!」

台所を覗き込むと、確かに焼いている最中らしいオーブンが稼動し、クルーゼは手にボウルを抱えたまま中身をかき回していた。
ハンドミキサーなどではない。プロ並にきちんと手でやっている。
へぇ・・・と見ている間に、クルーゼは鍋に火をかけると、先ほどもらったチョコレートの山を全て鍋に放り込んでいく。
フラガのものだというのに、なんとも勝手な男だ。

「おいおい!なにやってんだよ」
「どうせ食わないなら、もったいないだろう」

そういう間にも、固まっていた板チョコやらなにやらは鍋の中で溶けていき、とろりとした液状になってしまう。
フラガがあーあ、と不満そうな声をあげた。

「せめて形くらい楽しめばよかったよなぁーーーー」

最近のチョコは見た目まで工夫を凝らしているものが多い。
そうでなければ、手作りのものもあったかもしれない。
世の女の子たちが気持ちを込めて大切な人に贈る物だというのに、こんな手荒な扱いをしていいものかとも思うのだが、
クルーゼに言わせればどうせ食えば同じ、ということらしく、
まぁ彼なりの気遣いなのだろう、ケーキならいくつ食べても飽きないほど好きなフラガのために、それを使ってチョコレートケーキを作ってくれてやろうというのだ。
やれやれ、と呆れたように肩を竦ませながらも、フラガはクルーゼの手馴れたそれを眺めていた。

クルーゼは、驚くほど料理が上手い。
それに対して全くといっていいほど料理ができないフラガは、ふとクルーゼにその実力の理由を尋ねてみたりもする。
けれど、クルーゼはただ本の通りにつくれば誰でも上手くできるに決まってるといい続け、
その本の通りというのができないフラガは唇を尖らせた。
要は、器用か不器用かの違いだろうか。
けれど、仲間内では器用なほうだと言われているフラガである。
当然のごとく、フラガは悔しいと思っていた。
ただ、それを言うとクルーゼの美味な手料理を食べ専でいられなくなるかもしれないから、フラガは何も言わずに口を閉じる。
チョコレートを入れた生クリームをひとくち指を使って掬い上げて、フラガは舌で舐め取った。

「ん。美味い」
「それはよかった」

猫のように真っ赤な舌で指を舐める姿がひどく扇情的だ。クルーゼはまだ夜更けでもないのにあらぬことを考える。
ふいと目を逸らしてまたボウルをかき回しながら、フラガを顎でしゃくった。

「ほら、着替えてこい。もうすぐ夕食なんだからな」
「あー。わーってるって。んじゃ、よろしく♪」

先ほどのクルーゼ以上に足取りが軽くなった気がするフラガに、クルーゼは笑う。
今夜は長いバレンタインの夜。
街の雰囲気とは一風変わった男たちの聖夜に、部屋の温度が一段と上がった気がした。





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どっかで聞いたことあるやりとりしてますねぇ、お2人。。。(滝汗)
そして、上履きが飛んできた、うわバキッとか言ったお人は、どこの誰だったでしょうねぇ・・・(にやにや)



Update:2004/02/14/SAT by BLUE

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