Green Memory 序章



戦争は終わった。
というより、終わらせた・・・というのが早いか。
確かに、私の思惑と結末は違ったが―――。
結果的には納得できたのだから、それでいいと思えた。





今となってはあの惨い戦争を顧みるものはいない。
あの戦争で苦くも生き残れた若者達は、
互いに傷つけ合い、憎しみ合って、自らの歩むべき道を見出した。
大人たちの罪を、前の世代の人間達の過ちを繰り返さぬような道を。
そして今時代は彼らの手の内にある。
それならそれでいい。
もう、彼ら若者たちの時代なのだから。





あの戦争で私が消し去りたかったのは過去。
人間たちが道を踏み外したそもそもの原因を作った者達、そしてその世代。
消されるべきはそもそも私であり、私を造ったすべてでもあった。
だから私に課された死は喜び以外の何物でもなくて、
そしてそんな私だからこそこの罪を背負う気にもなれた。
あの戦争で死んだ者たちへ、今こそ告げよう。
全ては私の咎であり、若者達には何の罪もない。
彼らならば、これから共存の道も開いてゆけるだろう。
バカだった大人たちよりは、ずっと。
そして、そんな世界に私達の居場所はない。
そうだろう?ムウ。
過去の過ちの過程をその身に残す自分たちが、そんな時代にいること自体。
おかしなことだと思わないか?
だから、全てを知ったお前が私の前に立ちはだかったとき、躊躇いなく剣を奮った。
確かに心の中では、
私が死んでお前は生き続けてくれればいいのにだなんて、矛盾したことを思ったものだけれど―――


「・・・ラウ?」

呆けたように物思いに浸っていたクルーゼは、下から見上げてくるフラガに気づいて金の髪に手をやった。
指に絡まない、しなやかな髪。
もう一度こんな風に腕に抱けるなんて思っても見なかった。
引かれるように素肌の胸に預けられる温もりが心地いい。

「・・・なんだ・・・まだ寝てなかったのか?」
「・・・いや。ただ目が覚めただけ」

あんたの起きてる気配がしたから、とは言わない。
多少ずり下がった掛け布団を頭まで引き上げてやれば、
その暖かさに安堵したようにフラガは瞳をゆっくりと閉じた。
聞こえてくるのは、クルーゼの確かな鼓動。

「朝までは少し間がある。まだ寝ていろ。ただでさえ今日は忙しいんだからな」
「物資が届く日だったっけ。ったく、仕分けが大変ったらありゃしない・・・・・・」

軽くぼやくような口調。それから、クルーゼのさらりとした素肌に口付ける。
均整のとれたそれを唇で辿っていくと、
布団越しにクルーゼの手がフラガの頭を捉えた。

「どうした・・・もう夜明けだぞ・・・?」
「ん・・・わかってる・・・ケドさ」

ちょっと自分の方に意識を向けさせたい、なんて。
フラガは身を起こすと、窓の外を眺めるクルーゼに唇を重ねた。
少し乾いた唇。それを潤すように。
薄いそれに触れるだけのキスを施すと、苦笑と一緒に腕で頭を捉えられ。
ふっと離れた瞬間今度は深く口内を蹂躙される。
フラガが仕掛けたのとは比較にならないほど深く甘い口付けを交わせば、
含み切れない体液がフラガの口の端から洩れてきて。
その頃には、2人の体勢も入れ替わり、
クルーゼがしっかりとフラガを組み敷いていた。

「・・・昨日あれほどヌいてやっただろうに・・・まだ足りないのか?」
「・・・っさいな!イイだろっ・・・別に・・・」

次第に弱くなる語尾にくすりと笑って、もう一度キス。
唇を塞いだままパジャマの襟に指を絡ませ、そのまま唇を胸元まで這わせていった。
ひくりと反応する身体が、自分を焦がれていることを告げている。
布越しに下肢を辿って確かめたそれは、昨夜さんざん抱かれたというのにもう鎌首をもたげていた。

「フン・・相変わらずの・・・淫乱ぶりだな、ムウ」
「・・・だから!それを言うなっての!!」

急に赤面して抵抗しだすこの男がクルーゼには可笑しくて。
じたばたと暴れだすフラガを身体全体で抑え込み、クルーゼは今だ纏ったままの布団も服も全て取り去ってしまっていた。
白い肌。まだ薄暗い部屋によく映える。
改めてフラガの体を見渡すと、クルーゼは中断していた愛撫を再開した。
あの戦争の名残を残す傷跡に一つ一つ丁寧に舌を這わせていけば。
フラガは耐えるように眉を顰め、どこか心許ないもどかしい感覚にクルーゼの腕を掴んだ。

「・・・ラウ・・・」
「・・・ん?」

ただ口走ったのではない、問うような声音に顔を上げると、どこか切なそうな瞳が自分を見ていた。
覗き込むと、羞恥からか軽く瞳を逸らす。

「昔のこと・・・考えてた?」
「・・・まぁな」
「そっか」

ちょっと泣きそうな目。
何でなのかなんて、考えなくてもわかる。
可愛いヤツだ、とクルーゼは苦笑した。
下肢で啼くそれに指を絡ませて。
焦らすように緩い刺激を与えると、フラガはハッとしたように身を竦ませた。
今も、昔も、そのまた昔も変わらない反応。
クルーゼだけがそれを知っている。
繋いだ手のひらに力を込めて、クルーゼはフラガに囁いた。

「安心しろ。昔のお前より今の方が数段魅力的だ」
「・・・本当に?」

どこか不安げに。いや、実際不安だった。
過去を思い出すクルーゼに、物思いに耽るクルーゼの瞳に、
過去の自分の姿は映っていないか?
その瞳は、自分を見る時より想いが篭っていないか?
いつも、いつも不安で。
記憶を持たない自分より、過去に死んだことになったフラガの方が、クルーゼには大切なんじゃないかって。


多分、馬鹿げてる。
彼の記憶の中にしかない男に嫉妬するなんて。
しかも、それが過去の自分と来た。
バカなことだと哂ってみる。そう、本当に、バカなことだ。
けれど、自分の知らないことは、いつの時代も不安を掻き立てるだけ。
俺とお前の間にどんなことがあった?
昔の俺にどんな顔を向けていた?
今となっては、昔の俺は今の俺じゃなくて、
昔クルーゼに愛されていた彼と、今愛されてる自分は違くて。
だから、・・・クルーゼが少し懐かしむような顔を見せると、胸が締め付けられる。
どうして、今の俺は昔の俺じゃないんだろう、ってさ。
フラガが自嘲の笑みを浮かべると、下肢に顔を埋めていたクルーゼの髪を握り締めた。

「全く・・・お前は本当に馬鹿だな」

昔っから全く変わらないよ、と言いかけて、言葉を呑み込む。
昨晩さんざん愛し合った奥はまだしっとりと濡れていて、難なくクルーゼを受け入れた。
肉体的な繋がりというよりは精神的繋がりを。
求めたくて、しっかりと握られた手のひら。
洩れる吐息は気付けば甘い嬌声へと変わり、
それは当然のごとくクルーゼの熱をひどく煽った。
始めから強く奥まで貫いてやれば、そのたびに神経が白く焼き切れるような快楽の波。
こんな時だけ、全て忘れられた。
自分の失った過去とか、クルーゼの懐かしいだろう過去の幻影とか、全部。
そして、今こうやって愛されていられるのは自分だけだと、少しだけ優越感に浸って。
確かめるように目を開けると、こちらも限界そうに眉を寄せるクルーゼと目が合った。
重ねられるキス。
何度交わしても、何十回繰り返しても飽き足らない行為。
そうやって、乾くたびに潤して。
俺が、ぽっかりと開いた心の空洞に落ちそうになって、
その穴から吹き抜ける風が俺の心を枯らすたびに、ずっと。

「お前はお前だ。過去を全て失おうと、誰を忘れようと、私の愛したムウ・ラ・フラガだ」

だから、こんな隠居生活を送ってても、名前はそのままにしてるんだ、って。
いつか言ってた気がする。
ザフトの指揮官で、有名だったというラウ。
最後の最後で裏切って、制裁を下す神のように剣を奮ったラウ。
死んだはずのこの男が生きていたなんて知れたら、大変なことになるだろうに。
それなのに、今も名乗れば変わらずラウ・ル・クルーゼだと言う。
気に入っているからかと聞いたら、それが『私』だからだと言っていた。
そして、だからお前もムウでいいんだ、と。
過去がごっそり抜け落ちた自分には、
自分がムウだという確証なんてないけれど。
この男が言うのなら、なぜか本当だと思えたし、
何の不安もなかった。





助けられて、このベッドで目覚めて。
抜け落ちた記憶に途方にくれる俺を、黙って抱きしめてくれた彼。
愛してるとか愛してないとかの前に、
俺にはこいつしかいなかった。

ラウ・ル・クルーゼ。

こいつと俺の間に、何があったのかなんて知らない。
知りたい気もするけど、この男は何も話さない。
けれど、他人から自分のことを聞いたって、実感の湧かないものは所詮他人事でしかなかったから。
むしろ、話さないでいてくれてありがたかった。
そして、そんな思いやりが、また今も自分をこの男の傍に引き付けていた。
多分、昔の俺も、こいつのそんなところに惹かれたんだろうな。
予想しかできないけど。





広い背中に腕を回して、安堵のため息。
その途端、ひときわ強く貫かれた下肢がびくんと跳ねた。
そうして、達した証の放たれた精。
自らとクルーゼの胸元を派手に汚したまま放心する彼に、クルーゼもまた軽く眉を顰めて絶頂を迎える。
荒く息を吐いたままフラガの横に身体を預け、ふと窓を見やった。
カーテンの隙間からは、陽気な日差し。

「・・・やれやれ。もう起きなきゃならない時間なのだがな。」

サイドテーブルの時計を確認して。
クルーゼはくすりと笑う。
けれど、安堵に満ちた顔で眠りに落ちたフラガを起こすのは忍び
ないから。
もう少し待っててやろう。
クルーゼはフラガの髪に手をやると、ゆっくりと梳いた。
起こさないように、優しく。
そうしてクルーゼもまた背もたれに身を預けると、つかの間の眠りに落ちていったのだった。





記憶を持たない青年。
全てを知り、そして全てを語らない男。
これは、そんな2人の物語――。




...to be continued.




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Update:2004/06/04/SAT by BLUE

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