Green Memory



昨晩の甘い余韻が、今だ身体を支配する。
いつになく激しく抱かれた記憶は永遠で、
そしてひどくはかない夢のような気もした。
不思議だと思う。
こうやって、毎夜毎夜、傍にいてくれて、愛してくれる彼。
信じてないわけじゃない。
信じたいのは山々だったが、抜けた記憶がそれを許さなかった。
だから、キスをして。
抱いて、愛して、忘れさせて。
そして一瞬でいいから、あんたも全て忘れて、オレだけ、見てて。
そんな気持ちで、快楽に溺れていた。





そう、昨晩は―――・・・。





「ほら、もっと舌使え」
「・・・っう・・・」
「今日はお前がシてくれるんだろう?ちゃんと奉仕しないと勃たんぞ」

からかいの声が振ってきて、
しなやかな指先が自分の髪に絡みつく。
欲望のまま動かされる手に導かれて、フラガはクルーゼのそれをより深く銜え込んだ。
欲の顕われて来た先端が喉の奥に当たり、苦しくてたまらない。
だというのに、クルーゼは一向に許してくれず、そればかりかより深いところまで挿れてこようとする勢いに、フラガは眉を寄せた。

「っ・・・んぅ・・・ふっ・・・」

せめて、早く解放されたいと必死に舌を動かす。
拙い舌技で自分を奉仕するフラガに煽られ、クルーゼは下肢をより張り詰めさせた。
顰められた眉。そのキレイなラインが見たくて、フラガの前髪を掻きあげる。
自分のモノに指と舌を絡ませ見上げてくる彼は、本当にそそられるほどに綺麗だった。

(ふっ・・・上等だ)

自分が見たいがために外させた口を、またより大きくなった楔が犯していく。

「っあぅ・・・ふ・・・っ・・・!」

男の下肢に顔を埋め、根元まで銜え込んで。
クルーゼの身体を絶頂に導くべく、口内の柔らかな部分で茎を刺激してやる。
そのたびに大きさを増すそれは、確実に頂点へと登りかけていた。
髪に絡ませていた指先に、一際力がこもった。

「っうぁ・・・っ・・・!」

喉の奥に叩き付けられる精。ひどく苦味のあるそれは到底飲めるようなものではないけれど。
男とはどうしても飲ませたいものだと相場は決まっている。
口の端から飲み切れなかった体液が毀れる様に、クルーゼは声を上げて笑った。

「・・・っ・・・ラウ・・・っ・・・!」

咎めるようにクルーゼを見やれば、クルーゼはフラガの口の端から洩れる自分の体液を舌で掬って目の前でにやりと笑う。
それに呆れるしかないフラガは、笑って押し倒してくる男に、今度こそ身を委ねた。

「・・・なかなか上手かったぞ。なんなら、毎日やるか?」
「っヤダ!今日はトクベツだ・・・って言っただろ?!」
「相変わらず素直じゃないやつだ」

喉の奥で笑って、今だ自分の体液で汚れた口内を舌で蹂躙してやる。
綺麗にしてやるようにゆっくりと口内を辿れば、
そのたびにフラガの身体がびくりと跳ねた。
歯茎の柔らかなところを辿れば、身体を竦ませて。
舌を甘噛みしてやれば、堕ちたくないとでもいうように首に回された腕にきゅっと力がこもる。
そんな彼が愛しくて、クルーゼは耳の裏に落とした唇で白い肌に痕を刻んでいった。
いつになく丁寧に肌を辿る唇が、もどかしいようで、ひどく刺激的で。
胸元の突起に歯を立てられ、それから癒すように舌が這えば、もはや声を抑える余裕などフラガにはなかった。

「っああ・・・っ・・・」

刺激が痛みに変わる絶妙な力で甘噛みされ、片方は長い指先で転がすように愛撫され。
しつこく乳首を弄ばれるのに耐え切れず、フラガは身を捩じらせた。

「・・・っし、つこい・・・っての!」

今だ胸元に埋まるクルーゼの髪を掴んで引っ張ってみるが、思った以上に力が入らないのか、抵抗にすらならない。
ないような抵抗など半ば無視してひたすらそれに執着していたクルーゼは、フラガの声が甘く蕩け、抵抗の言葉すら紡げなくなってから初めて、フラガの下肢へと意識を向けた。

「ふ・・・可愛いな・・・お前」
「っ・・・んなコト・・・やぁ・・・っ・・・」

臍の辺りを焦らすように撫で上げて、びくりと震えたところで下肢を捕らえる。
もう既に涙を流していたそれを、クルーゼは包み込むようにして優しく扱いた。
先端のぬめりを指先に絡め取り、砲身に擦り付ける。
滑りのよくなった手がより激しく自身を弄れば、フラガはもはやいやいやするように首を振るしかなかった。
反射的に閉じようとしてしまう足は自分の足と手で押さえつけて。
汗を飛び散らせて淫らに喘ぐフラガは本当に魅力的だ。
クルーゼは自分の下肢がまた反応し出しているのを、はっきりと感じていた。
張り詰めた砲身を手のひらで包み込みながら、倒した体はフラガの足の間に。
太ももの辺りから付け根までを焦らすように唇で撫で上げてやれば、手の中のそれがまたぶるりと震えた気がした。

「っ・・・クルーゼ・・・オレ・・・もっ・・・!」
「いいぞ、イっても」

一段と激しさを増した手のひらの動きに、もう少しで押し流されてしまいそうだ。
クルーゼの許可の声と、砲身の先端の割れ目に立てられた爪での強烈な刺激に煽られ、フラガは一気に己の欲望を解放させた。

「っあああ・・・!」
「ムウ・・・」

名を呼べば、潤んだ瞳が自分を見つめる。
その懇願する様が何か逆らえない魔力を秘めているようで、
思わず息を呑んでしまう。
抑えきれない欲望に自分すら焦らされながら、クルーゼはフラガの下肢の奥に指を這わせた。
途端、ひくりと収縮し、自分の指すら飲み込もうと動く熱いそこ。
ゆっくりと挿しいれなくとも1本2本などすぐに飲み込んだ内部を、クルーゼは焦らすように掻き回した。

「ひぁ・・・っ・・・ああ・・・」

声に酔い痴れたくなるほど、甘い喘ぎ声。
恍惚となっているのは、むしろ自分のほうなのかもしれない。
長い指先が前立腺の裏側に当たるたびに嬌声を上げる彼に舌を巻いて、
クルーゼは指を引き抜いた。
先ほど放った精で濡れたそこは糸を引くほどだ。
濡れた指をフラガの目の前で見せ付けるように舌で舐め取り、クルーゼはフラガの両足を抱え込んだ。

「ほら・・・欲しいだろう?」

こちらも先走りの体液で濡れた先端を、フラガの後孔に宛がう。
散々焦らされた上にまた周囲を濡れた先端でなぞるように動かれて、フラガの身体がもどかしさに震えた。
手を伸ばして、クルーゼを求める。

「じ、焦らすな・・・!っああ、ラウ・・・欲しっ・・・!」

言い終わらぬ前に容赦なく進入してくるクルーゼのそれを、フラガは歓喜と共に受け入れた。
痛みなど、当の昔に失っている。
あるのはただ快楽のスポットを正確に突いて来るクルーゼの確かな律動に感じることだけ。
ベッドごと揺らすような勢いで貫いてくるクルーゼの動きに翻弄されながら、フラガはもはや抑えきれない快楽を悦ぶ声を上げ続けていたのだった。





そのまま、意識が遠のいたり、戻ったり。
クルーゼの腕の中で、ひたすら乱れてたってだけ、記憶にある。
朝も、なんか誘ってしまった気もするけど。
もう忘れた。
まぁ、いいさ。
オレはクルーゼに愛されていれば、それでいいから。










「おい、いい加減起きるぞ」

クルーゼの開けるカーテンから入ってくる明るい日差しに、
フラガは眠い目を擦りながら身を起こした。
時計を見れば、確かにいつもより2時間も遅い時間。

「ん・・・おはよ、ラウ」

半分寝ぼけたままなのか、両手を前に突き出してくる。
それを抱き止めて、クルーゼはフラガの頬にはおはようのキスを落としてやった。
すっと掠めて、ぽんぽんとフラガの頭を叩く。

「ほら。あと1時間少々で広場へ行く時間だぞ。早く仕度しろ」
「んー・・・なーんかだるいー・・・ったく、朝っぱらから体力消耗したからなー。」
「お前のせいだろう?全く・・・。朝食はもうすぐだからな、さっさと来い」
「はーい」

今だ寝ぼけ眼で素直に返事をするフラガに呆れ顔で肩を竦めて、クルーゼは朝食を手際よく作り始めた。
少ない物資の中だ、マトモなものを並べられないのが残念だが、
よく焼けたトーストと、卵と、そして紅茶。
それらを小奇麗にテーブルに並べ、ダイニングに紅茶葉のいい香りが充満してくれば、
やっとフラガが身支度を整えてやってきた。

「ん〜イイ香り。てか、よく毎朝切れないよねぇ、紅茶」

「これは物資じゃないからな。私がここに来る時持ってきた。結構買い込んでたのに、結局飲む機会などなかったからな・・・」
「ふーん。どっちかってーと、コーヒーっぽいよな、あんた」

・・・前はコーヒー飲んでると似合わない、とか言ってたのにな、とはクルーゼの胸の内。
けれどそれを口に出せば、多分この男はまた傷つくのだろう。
記憶を失った彼の前で、過去の話などタブーだ。
わかっているのに、ふと出てしまう自分が恨めしい。
配慮の足りない自分を心の中で戒めながら、クルーゼはトポトポと紅茶を注ぎ、フラガの前に置いた。

甘党のこの男は、かなりの量の砂糖を紅茶に入れる。
ただでさえ少ない砂糖、それで彼になど任せておけず、まぁ以前はよく揉めたものだ。
けれど、そのお陰か今は軽くスプーン2杯でやめておいてくれるようになったのだから、進歩したものだ。
今日もまた、ティースプーンに軽く2杯の砂糖を入れて嬉しそうにかき混ぜるこの男が、
クルーゼは本当に好きだった。

「いただきまーすv」
「・・・いただきます」

明るい声と共に響くサクッとしたトーストの音が、朝食の始まりの合図。
相変わらず朝はストレートの紅茶だけのクルーゼが、今では唯一の情報源であるレトロなラジオをつけると、
早速今日のニュースが流れてきた。
プラント最高評議会議長のラクス・クラインと、地球連合国代表、カガリ・ユラ・アスハ。
それぞれに思うところがないわけではなかったが、
彼女らの交流は文字通りナチュラルとコーディネイターの未来の姿であったはずだし、
それが一番今の世界には必要なことだ。
クルーゼは紅茶の湯気に隠れて、ふっとあのときの若者達の瞳を思い出していた。

「戦争・・・ってどのくらいだったんだっけ」
「・・・対立はかなり昔からあった。本格的に戦争、ということなら・・・1年くらいか。去年の2月に勃発したんだからな」
「1年ねぇ。案外早期終結だった、ってわけだ」
「そうだな。運が見方してくれたのだろう。誰に見方だったのか・・・はわからんが」

苦笑して、また紅茶を一口。
フラガはふーん、とだけ言って、また手元の卵を掻き込んだ。

フラガには、その運と自分が激戦を繰り広げたことは告げていなかった。
そして、無論、フラガが彼と同じ立場で戦っていたことも。
なぜなら、もう、今となっては自分たちには関係のない過去だ。
彼らの認識では、自分らは死んでいるのだから。
これ以上関係すべきではなかったし、してはいけないだろう。
まぁ、どちらにせよ、今のクルーゼにそんなことをする気は毛頭なかった。
折角やっと2人水入らずの生活が出来るのだ。
こんな時代を、何年待ち続けたかなど誰も知るまい。

「ごちそうさまー!マジ、もたもたしてらんないな!もうすぐヘリが来ちまう!」

ガタッと音を立ててイスから立ち上がり、ばたばたと本格的に動き出す男に笑いがこみ上げる。
すっかり用意の出来上がっているクルーゼは、
先ほどのラジオを何気なく鳴らしたままフラガの後片付けと適当な掃除を済ませていた。
ここは、戦争で被害の大きかった場所のひとつ。
けれど、生き残った者達は以外と多く、復興地としてボランティアからの物資が週一度届いていた。
みんなで復興作業を続けているのだから、昔以上に地域の連帯感というものは深まったと思う。
ナチュラルとコーディネイター、分け隔てなく協力しあえる今の時代は、
確かに間違ってなどいないのだろう。


しかし、やはり・・・というか当然というか、
遺伝子操作技術の研究は、真っ先にきつい法制がかけられた。
確かに、コーディネイターの出生率を上げる技術は急いでいるものの、
それ以外の、新たな種の育成、人間のゲノム研究、その他生物の発生に関する研究は全て。
はっきり言って結局ナチュラルが一番、という意識が抜けていないのだろうが、
まぁ、コーディネイターは所詮先の短い種族だ。
だからこそ、これ以上そんな被害を受ける子供たちを作りたくない、ということで、ナチュラルの出生率は上がっていた。
コーディネイター同士の子供たちでも、2世代までは組み換えない、とか。
結局、人類が道を踏み外したことで起こったひずみは、
人間達が元の道に戻ることで解消されるのだろう。
クルーゼは皮肉げに笑った。
そう、だから。
私達は今の時代にいてはいけないのだよ、ムウ・ラ・フラガ。
ばたばたと用意を続けている男に、クルーゼは心の中でそう言った。
記憶を失くした男。その身体に刻まれた、本人すら知らない過去の遺産。
守らなければ、と思った。彼には何の罪もない。
自分は確信犯で手を汚してきた。罪がないなど言えるわけもないが―。
フラガだけは、何としてでも。
やっと外に出られる格好をして、フラガが玄関にやってくる。
クルーゼは目を細めて、彼をずっと見つめていた。






広場に出ると、もうすでに子供たちやその親だちがたくさん集まってきていた。
数機のヘリが、次々に物資を降ろしていく。
いつものように仕分けを手伝おうと人ごみに紛れていくフラガに、クルーゼは一足遅れてついていった。
世話好きなフラガは、率先して子供たちを誘い、手際よく各家庭へと仕分けていく。
そんな微笑ましい光景を見ながら、自分もまた仕事を始めようとして、
途端唐突に腕をぱしりと掴まれた。

「・・・なんでしょう」

敢えておかしな反応もせず、クルーゼはさらりと応じる。
だが、ただのナチュラルではない。
クルーゼの直感が告げていた。
物資搬入ボランティアの作業服に紛れて、本当の身分を示す胸元のバッジ。
それを確認して、クルーゼは微かに眉を顰めた。
自分が裏で入手している情報が頭をよぎる。
それは、異常研究者たちの集まりであるとあるグループが、世界中の廃止された研究所を巡り、放っておかれた遺産とも言うべき研究を掘り起こそうとしている、というものだった。
遺伝子研究。過去の悪魔じみた人間たちの遺産。
クルーゼの心の中で、過去最大級の警鐘が鳴っていた。
クルーゼには、自分らを実験台として使い、バイオハザードまで起こしたバカな研究者を全て葬ってきたという過去がある。
だから、もし今動き出しているマッドサイエンティストの集団がもしその流れを汲む者ならば、
自分も黙ってはいられないだろう。
そして、見覚えのあるバッジは、その所属組織のマークが刻まれていた。

「・・・手を離してください」
「一緒に来てもらおう。ここで騒ぎを起こしたくないだろう?」

無言で男を睨み付ける。
その言葉は、どんな強行手段を使ってでも自分を連れて行くという意味のつもりなのか。
しばし睨み合いを続け、それからふぅ、とため息をつくと、
クルーゼは遠くのフラガに声を掛けた。

「ムウ!急用が出来た。あとは頼む」
「・・・へ?急用?!オイ、ちょっと待・・・」

人の溢れかえる広場。
クルーゼを目で追うことすらままならないこの状況では、
すたすたと歩いて森の中へと入っていってしまうクルーゼを追いかけることなどできるはずもなく。
フラガの追って来れないことを確認して、クルーゼは心の中で安堵した。
彼を巻き込むわけには、いかなかったから。
広場が全く見えなくなってしまってからクルーゼは立ち止まると、改めて男を睨み付けた。

「・・・用があるなら、早めに話したらどうだ?」
「おやおや。どうやらこっちのことはお見通しらしい」

男がそう言うと同時に、ガチャリと森の影から数十の銃口が向けられる。
クルーゼは動じた風もなく肩を竦めた。

「・・・今の時代に相応しくない旧き者達め。私がお前たちに話すことは何もないぞ」

途端、狙いすまされる銃口に哂いがこみあげる。
男はそれを手で制すると、クルーゼの目を見て言った。

「まぁそう言わずに。取引しませんか?ラウ・ル・クルーゼ」
「取引だと?」

軽々しく名を呼び捨てされ、ますます眉間に皺を寄せる。
だがそんな態度など気にした風もなく、男は言葉をつむいだ。

「我々は、あなたに何の危害も加えるつもりはないんですよ。ただ、ここの研究所のデータが欲しいだけでね」
「・・・それで?」

クルーゼが戦後の生活にこの場所を選んだ理由。
それが、地球では最大であり極秘の研究所の存在だった。
深い森の中にひっそりと存在し、けれど世で言う最先端とはかけ離れた遺伝子研究を続ける場所。
クルーゼは何十年も前に廃止されたここを守るために、この場所に来ていたのだった。
守る―・・・そうでなくては、自分が生き長らえられないから。
それを、この者たちは知っているというのか。
この研究所のカギを・・・自分が握っているということを。

「ですから、あなたは我々にあの研究所の秘密を提供する。その代わり、我々はあなた方・・・そう、ムウ君と貴方の平穏な生活を保障する。悪くない取引だと思いませんかね」
「断る」

即答で返して、クルーゼは男から背を向けた。
感じる銃口。けれど、そんなものはクルーゼの足を止める手段になどなり得ない。

「なぜです?」
「生憎・・・、守られる義務もなければ、壊される義務もないのでな」

その返答に、男は大げさにため息をつくと、今度は男自らクルーゼの背に銃口を向けた。

「そうですか・・・残念ですね。では、貴方でなくムウ君に聞いてみるとしますか」

躊躇いなく引き金を引くカチリとした音と、クルーゼが動いたのはほぼ同時だった。
響く銃声。銃弾はクルーゼの髪を掠めただけで、その身を捉えることはできず。
はっと男が顔を上げたときには、クルーゼが胸元に飛び込んできていた。
尋常でない速さ。いかなコーディネイターとてこうは行かない。
なぜなら、それは人間の持ち得る能力以上のものだったから。
コーディネイターであり、相応の訓練を受けたはずの男でさえ捉え切れぬ速さで、
クルーゼは男の腹に拳をめり込ませていた。
一瞬の出来事に、草陰の男たちは息を呑む。
そのスキに彼らに近づいたクルーゼは、
恐怖に怯え発砲されるそれを躊躇いなく掴み、その銃身を握りつぶした。

「・・・くだらん」

そもそも、ナチュラルごときが自分を力押しで止められるはずなどないのだ。
その後3秒で10数名の男たちをなぎ倒して、クルーゼは立ち上がった。
殺す必要はない。どうせ今の銃声に驚いた皆がここに来るはずだ。
素性が知られれば、当然社会から抹殺される。
クルーゼは倒れて気絶する男たちを鼻で笑うと、背を向けて歩き出した。
街とは反対の方向へ。

「・・・っ痛・・・」

微かに痛む二の腕を押さえれば、滲む血の色。
先ほどの男たちにやられたのだろう。
多人数相手とはいえかすり傷を追ってしまった自分がバカらしい。

「やれやれ・・・私も鈍ったものだな」

呆れたように笑って、肩を竦める。
要は、平和ボケしているのだ。
怪我などしていては、このまま帰ったらフラガに怪しまれるのに。
くっくっく、と笑いを零し、クルーゼは歩き続けた。
とりあえず、騒ぎが収まるまでは街に帰れない。
けれど、・・・丁度いい機会でもある。
クルーゼは腕を押さえながら、山奥へと入っていった。
禁忌とされる山の・・・そのまた奥へ。










銃声が響いたのは、クルーゼが行ってから数分後のことで。
フラガは驚いて体を奮わせた。
音がしたのはクルーゼの見えなくなった方向ではないのか?
彼が撃たれるなど考えたこともなかったが、
離れていては、不安が募るばかりで。
皆と共に銃声のした方へと急げば、フラガは銃身の折れ曲がった銃を目にした。

―――こんなことを出来るヤツなど、『アイツ』しかいない。

ざわざわとどよめく皆を置いて、フラガは山奥へと続く道を駆ける。

「っちくしょ・・・ラウ・・・!」

確かに、あんなことをして、軽々しく帰ってこられるはずもない。
だから、彼に会うにはこの道しかないと直感した。
ここは30年前から禁忌の山だと、この地域のとある老人が言っていたから、
入ったことなどなかったけれど。
自分の中の何かが『クルーゼはここにいる』と告げていた。
勘を頼りに息が切れるほどの全力で走れば、
やがて見えてきたのはこじんまりとした建物。
なにやら研究所のようなそれに、フラガは息を呑んだ。

「・・・っこんなところに・・・」

研究所なんてあったのか、と思う。
もしかして誰も知らないのでは、と思われるところにひっそりとたたずむそれは、
どこか軽い既視感をフラガに覚えさせた。
失った記憶の溝を引っ掻くような。
なら、クルーゼは知っていたのだろうか。
この存在を。
この建物のどこかにクルーゼはいるのだろうと半ば確信して、
フラガはキィ、とたてつけの悪いドアを開け放った。
薄暗い部屋。
寝室や台所などがあることからして、居住区付きの研究施設だったのか。
今となっては幽霊屋敷にしか見えないほどほこりを被り、蜘蛛の巣の張った部屋を見渡しながら、
フラガは奥へと進んだ。
何故か、自分の鼓動がはっきりと聞こえる気がする。
それは、多分関わりたくなかった過去の自分と交叉するようだからなのかもしれない。
この施設は、十中八九自分の過去と関わりがある、とか。
自分の心のどこかが告げていたから。
一歩進むたびに不安が募る。
クルーゼがここにいるということは、おそらく過去を噛み締めているだろうから。
そしてその瞳には、過去の自分が映っているだろうから。
けれど、クルーゼに逢いたい気持ちの方が勝っていたのか、
一向に足は歩みを止めず、やがて行き止まりのような場所にあったドアを開けていた。

「・・・地下・・・?」

長い階段の下は、明かりが灯り。
ここにクルーゼがいることを、フラガは確信した。

「ラウ・・・」

こんなところで何をやっているのかなんて。
怖くて聞けない気がした。
たまに自分の元を離れることのあるクルーゼ。
巧妙な口実で、上手く騙されてきただけで、本当はここにいたのかもしれない。
フラガの中の不安は邪推を呼び、邪推は不審を掻き立てた。
記憶を失った自分と、クルーゼとの溝。
普通に生活していれば、考えることもあまりないし、考えなくてもすむ。
けれど、
たまに物思いに耽るクルーゼを見たり、
たとえたかが1日であろうと自分の元を離れる時の切なそうな顔を見るたびに、
どこか不安で。
その溝が、いつか自分たちを引き離してしまうような、
クルーゼを取っていってしまうような。
そして、その溝は紛れもなく、「過去の自分」だった。

過去の自分が憎い。
クルーゼの心を捕らえて離さない男の存在が痛い。
努力したって、同化なんて出来ない。
アイツはアイツで、俺は俺。
クルーゼはどちらも同じお前だ、ムウ・ラ・フラガだと言ってくれるけれど。
違う。違うんだ、ラウ。
俺は、アイツじゃない。
だって、アイツの何もわからない。
俺は俺でしかない。
なくなった記憶の上に紡いだあんたとの記憶しかない俺が、
それ以上長い時間を過ごしたアイツに勝てるわけないじゃないか!
こんなに・・・愛してるってのに・・・・・・
ラウ・・・・・!

「ムウ」

階段の壁に凭れ、掠れた声で泣いていたフラガを、クルーゼは抱き締めた。
はっと顔を上げるフラガに、苦笑する。
それから、腕で頭を抱き込むと、フラガが胸元に身を預け、溢れ出す涙はクルーゼのシャツを濡らしていた。
こんなとき、言葉は意味を成さない。
フラガは何も言えなかったし、クルーゼもまた何も言えなかった。
お互い、隠していたい愚かな感情とか。
そして、皮肉にもそれはお互いが一番よくわかっているのだ。
それをクルーゼもフラガも知っていたからこそ。
触れ合うだけで、心が通じた。
クルーゼは少し落ち着いた嗚咽を上げるフラガを引き上げて、耳元で囁いた。

「よく、ここがわかったな」
「・・・あんたの気配・・・感じたから」

麓の復興コミュニティからはかなりの距離。
それを追ってきたフラガに、愛しさがこみ上げる。
クルーゼはフラガを抱き直すと、軽く唇を重ねた。
渇いた唇を、しっとりと、潤すように。
クルーゼのキスに応じてフラガもまた深く舌を絡めてきた。

「・・・んっ・・・」

どちらのものともわからない吐息と声が、洩れ聞こえてくる。
何度ヤっても懲りない自分らに、2人は視線を絡ませてくすりと笑った。

「そろそろ・・・騒ぎも収まった頃か」
「そうそう!一体何があったんだ?」

ばっと顔を上げて、心配そうな顔を向けてくるフラガに破顔してしまう。
クルーゼは立ち上がると、しゃがみこんだままのフラガを引き上げてやった。

「たいしたことじゃないさ。いつもの、ブルコスの残党だろう。ったく、あの頃の私は死んだというのにな」

敢えて真実は言わない。
言えば、また過去の記憶を漁らねばならなくなるし、
不安を掻き立てるだけだから。
ありがたいことに、フラガはふーん、と頷いて、クルーゼの隣に立ち、研究室を見渡した。
はっきりいって、何もない。
全て撤去され、もぬけの殻、という状態だった。
こんなところで、クルーゼが何かできるはずもない。
フラガは広い空洞といえる部屋を見ながら、何気なくクルーゼに疑問を投げかけた。

「・・・しっかし、こんなところに研究所なんてあったんだ」
「わかりにくいだろう?地球連合の最高機密施設だった。無論、今タブーの研究のためにな」
「・・・俺たちも、関係してたりする?」

あくまで軽いフラガの口調。
ともすれば重くなりがちな空気に眉を顰めて、クルーゼもまた部屋を見渡した。
記憶は鮮明に残っている。
自分と、フラガと、そして研究員たちと。
なぜならば、こここそが彼らを専門に扱っていた場所だったから。
けれど、もう過ぎたことだ。
クルーゼはふわりと笑った。

「少しだけ、な」
「・・・そっか」

覚えていない記憶の上に、知識を重ねてみる。
全てを背負い、全ての過去を知るこの男と、
同じ運命を歩みながら、そして最後の最後で忘れてしまった自分では、
ただ単に自分は弱かっただけなのだろう。
自分が重みに耐えられなかったほどの過去を、
クルーゼは背負ってきた。
それがどんなにつらいことかなんて、わかったふりしてみたってわかるはずもなく。
強い男だと思った。昔も、今も。

「・・・さて。そろそろ帰るか」
「そうだな」

左の腕にがしっとしがみついてくるフラガに苦笑する。
腕の痛みと、フラガの甘さ。
これを心地いいと思うのは、自分がバカだからだ。
だから、これから先も、
フラガに真実など明かせないだろう。
自分がここに来る理由とか、追われる理由とか。
たまにフラガを見る瞳に悲しみを滲ませてしまう理由とか。
自分がもうすぐ死ぬからなんて、フラガには言えるはずもなかった。
それが、全てを知る自分のフラガに対する想い。
死にたがりだった自分が死ねなくなったのは、記憶を失くしたこの男のせいだと、
誰が知っているだろう?
とっくに寿命は切れてる。
それでも今なお生きていられるのは、フラガへの執着とも言える想いのせいだ。
ずっと、傍にいて、守っていてやりたいから。





懐には、ついさっきまで自分が調合していたいつものクスリ。
飲んで、効かなくなる日が一日でも遅くなりますように。
 クルーゼはいるとも知れない神に祈った。




end.




Update:2004/06/04/SAT by BLUE

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