Boy meets Girl



ただ、すれ違うようにして出会い、
そうして、
すれ違うようにして別れた。
それは夢のようで、今となっては現実とも知れない。
ただ、手元にある1枚の写真だけ、
それが事実であると告げていた。
そう、確かに、俺たちはあの場所で笑っていたはずなんだ。










転入生。その単語に俺たちはざわめいた。
地球軍大西洋連邦本部が管轄する正規の軍士官学校。その中でも、ここはエリート中のエリートが集まる特別クラス。
皆、ナチュラルではあったがずば抜けた能力の持ち主だった。
少しだけ人より上の成績と、どう足掻いても逃れることのできない家柄のせいで、
こんな場所に入学させられた自分にはどう頑張っても中の下にしかいられないようなこのクラスに、
転入生が来たことは誰もが驚く事実だった。
転入試験がどれほど難しいか、知らない者はいない。

「ラウ・ル・クルーゼです」

よく通る声が耳を打った。
名前の響きが、どこか自分の名と似ていて、
かれのこの言葉はのちのちにまで耳に焼き付いた。
薄い色素の金髪、整った容貌。名前のみならずなにか既視感を感じ、教壇の横に立つ彼に目を奪われる。
そのとき、唐突に絡み合った視線に、どくんと心臓が鳴った。
席も後ろのほうで、他のクラスメイトの影にすらなる位置にいる自分を、
彼の澄んだ蒼の瞳が見据える。
転入生が軽く口元を持ち上げたような気がした。
その表情に、釘付けになった。
ずっと見据えられているような気分が、それからもしばらくは抜けなかった。
どうしてだろう、彼と視線が合ったのは、ほんの一瞬なのに。

彼は、反対側の、窓際の一番後ろの席につくことになった。
自分のこの位置では、彼をちらりと視線で追うことすらできない。



彼が、声を発している。
転入生は、たちまちに人気者になっていた。
群がる男女を、席に座って見るともなしに見ていた。
元々オーブ国籍だったらしい彼は、宇宙に浮かぶコロニー、ヘリオポリスから来たらしかった。
地球を出たことがないクラスメイトたちは、彼の宇宙の話を聞きたがった。
そうして、いつか空に、宇宙に出る日を夢見た。
転入生は、そう気さくなほうではなかったし、言葉も淡々と語るほうが多かった。
だというのに、彼がすぐにクラスに受け入れられたのは、
その類まれな能力と、他に何か人を惹きつけるものがあったのか。
いや、きっと、
彼の纏っていた空気がとても自然で、
つい先ほど転入してきたとは思えないほどクラスに溶け込んでいたからだろう。
溶け込めていないのはむしろ、
自分のほうだった。
フラガ家の、生き残り。
フラガ家の悲惨な没落模様は、憐れみと共に受け止められていた。
だがもう一つ、相反する感情が渦巻いているのを、フラガ当人は知っていた。
身勝手なあの男を憎む、クラスメイト達の親もいるだろう。
腫れ物扱いをされるような感覚。
特に気にせず、明るい態度を取っていると、少しはその感覚も薄れたけれど、
彼らに根付く心を取り去ることは不可能だった。
自分がフラガ家の血筋だから、とここに入れられ、しかも奨学金までもらっている事実は、
純粋に実力でのし上がってきた彼らによく受け入れられることはなかった。
だからこそ、
その、不思議な空気を纏った転入生。
一瞬だけこちらを見た、印象的なその表情。
それが、いつまでも頭から離れなかった。だというのに、彼に声をかけることもできなかった。
彼の周囲を囲っていた者達の中には、
一番自分を煙たく思う少年もいたことが、その原因のひとつ。

一瞬合った瞳の印象だけをフラガに残して、
その日転入生は二度とフラガの方を見やることはなかった。

外は、曇り空。
たかが一瞬目が合っただけで、何を気にしているんだか。
軽く首を振って、彼の声がするクラスを後にする。

軍事訓練はいい。
耳が利かなくなるほどの銃声に、上の空だった意識が引き締まる。
これがいつか、自分の手で人を殺す道具になるとしても、
恐怖ではなかった。
何かを壊すために武器を取るのではない。
大切な何かを守るために武器を取るのだ。だから躊躇うなと、散々教育されてきた。
得意なものは、フライトシミュレーションだった。
それだけは、人に負けない自信はあった。
手足のようにモビルアーマーを動かして、颯爽と敵を倒すのが夢だった。
子供じみた、けれどそれだけは幼いころからの夢だった。










「・・・ちっ」

帰り際、もう日も落ちた時間。
曇り空だった天気は、すっかり雨模様になっていた。
ザァザァと降る雨。それは、地球という自然な場所に居る証。
けれど、今はひどく迷惑なものでしかなかった。
周りにちらほらと見かける学生たちは、用意周到なのかきちんと傘を差していた。
そういえば、夜は雨だとか予報してたっけ。
ぽりぽりと頭を掻く。どうしようもないから、足を踏み出す。
寮まではそう長くない距離だが、このままでは確実に身体が冷えてしまう。
水分を吸った衣服が気持ち悪かった。
軽く、足を早めた。
すっと気配がして、それから、雨が、・・・止んだ。

「・・・―――君、は」
「風邪を引く。入れてやるよ」

そっけない声がして、雨が止んだ。
傘一つ、肩を並べて歩く存在に、驚いた。あの転入生だった。
金髪の、整った顔立ちの、自分に似た名前の。

「ラウ・ル・クルーゼ」
「・・・そう。覚えてくれていたのだな」

転入生は、少し驚いたような表情を浮かべた。
なぜかそれが嬉しかった。

「そりゃね。ここじゃ、転入生なんてほとんどいないし」

不思議だった。彼が今自分の隣にいることが、
あの、クラスメイトたちの輪の中で人気を博していた彼がここにいることが、
不思議で、それでいてなぜか違和感を感じなかった。
どうしてだろう。
隣の彼を見る。視線を前に向けたままの彼は、はじめて言葉を交わしたにもかかわらず、
はじめての気がしなかった。
まるで、今までもずっとこうして肩を並べ、
友人として言葉を交わしていたような。
フラガは、その感覚が校内で感じていた彼の印象と同じことに気付いた。
しんしんと、雨が降る音だけが聞こえている空間の、
先に沈黙を破ったのはフラガのほうだった。

「・・・さっき、君が転入挨拶したとき、さ」
「ああ」
「俺のほう、見なかった?」

転入生は、肩眉だけあげてフラガのほうに顔を向けた。
フラガもまた、彼を見た。高さの同じ視線が軽く絡んだ。肩を竦め、視線を外したのはクルーゼのほうだった。

「・・・それは」

くすり、と笑う気配。

「自意識過剰・・・とかいうやつか?」
「っ、ちげーよ!!」

一気に頭に血がのぼり、フラガは顔を赤くした。
雨降りの、こんな時間だから、その顔を見られることはなかったが、
フラガはそっぽを向いて視線を反らした。
はは、と笑われますます気にいらない。
初対面の相手の揚げ足を取る奴なんか、はじめてだ。もう、サイテー。このまま走り去ってしまいたいくらい。
けれど、その口調にあの時遠く感じた彼の一端を見れた気がして、
フラガの内心はなかなかにフクザツだった。

「冗談だ。そう怒るな」

ぽん、と肩を叩かれ、わけもなくどきりとした。
なんてことはない、ただの軽いスキンシップだったが、彼に叩かれた感触を、彼の肩はよく覚えていた。
隣にいる彼は、本当に不思議な存在だった。
そもそも、どうして傘を貸してくれたのかとか、ありがとうすら言えないまま、
二人は雨の道を歩いた。
短い距離を、ただ踏みしめて歩いた。
互いに歩みが遅かったのは、ただ雨のせいではなかった。

「・・・なぁ」
「ん?」

やがて寮の前に着き、
フラガは立ち止まった。声をかけた存在と向き合うと、彼は静かな瞳を向けてきた。
なにか、一大決心をするような気分だった。
こうして、真面目に同年代と向かい合って話すことなどそうなかったから。
フラガは後ろ手に拳を握り締めた。

「明日も、・・・声、かけていいか?」

遠い存在だと思っていた。
クラスメイト達にちやほやされ、自分とは合わないと無意識に否定していた。
けれど、こうして傘を貸してくれた彼と、
もう少し近づきたいという気持ちが湧いてきていた。
はじめてだった。本当の意味で他人という存在に興味を抱いたのは。

クルーゼは、口の端を持ち上げて、小さく笑みを浮かべた。
持っていた傘を、フラガに手渡し背を向ける。
あ・・・、と顔をあげると、既に遠いクルーゼの手がさよならの合図。
気がつけばフラガは、
寮の入り口で彼の傘を手に呆然と立ち尽くしていた。
ありがとうも、さよならも、また明日、も何も言えなかった。いや、言わせてくれなかったというのが正しいか。
16歳の少年には珍しい、隙のなさ。
けれど、不思議と嫌ではなかった。彼の纏う空気が心地よかったことに、
フラガはそのとき気付いた。

「・・・・・・会ったこと、あんのかな」

もうとっくに見えなくなった彼の方を見ながら、フラガはぽつりと呟いた。
けれど、答えはない。彼の声音すら、雨の音がかき消していく。



静かな、・・・本当に静かな、夜だった。






...to be continued.




Update:2005/10/18/MON by BLUE

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