言えない一言



クルーゼが来る時は、大体予想がつく。
地球軍で知らぬ者などいないクルーゼ隊―――彼らが戦果をあげ、こちらが多大な被害を被った時、
しばらくすると彼は何食わぬ顔で自分の元に戻ってきて、
勝手知ったる顔で自分の腰を引き寄せる。
こちらの都合などお構いなし。こちらに仕事があろうと、なかろうと、
自分の家に足を踏み入れ、ソファで足を組み、モニタに映る戦況速報に皮肉げな笑みを浮かべ。
そんなクルーゼが、フラガには複雑だった。

「―――ムウ。今日は仕事はないのか?」

いつもなら仕事でいないはずの夕方。その時間にフラガがいたことに、クルーゼは何気なく問い掛ける。
ひどく自然な声。言葉。いつもそこにいるような、―――いつも傍にいるような。
・・・違和感を感じた。
どうして、そんな顔で、オレを見る?
会えないのが当たり前。だから、オレはあんたを見るたびに焦がれたような胸の痛みを感じるのに。
あんたは、いつも余裕の表情を浮かべて。
・・・悔しい。

「・・・ムウ?」
「・・・ああ。明日もないぜ」

こういう時こそ、仕事でこんな奴との時間を過ごせなければいいのに、とフラガは思う。
そうすれば、自分もクルーゼをあきらめ切れる。
だというのに、することがない自分に、クルーゼの腕を払い除けられるはずもなく、
今もまた男から伸ばされた強引な腕に引き寄せられ、フラガは眉を寄せた。

「・・・っクルーゼ」
「明日が休みなら、構わないだろう」

たしなめるように彼の名を呼ぶが、男は一向に聞く耳を持たず、腕の中の存在に唇を寄せる。
んっ、と苦しげに眉を寄せて、フラガは抵抗できない男の愛撫に溺れていった。
クルーゼには、伝わっているのだろうか。
自分の中の、焦がれた魂と、求める心と、そしてそれ以上に存在する『不安』という名の闇を。


なぁ、クルーゼ。
なんのために、わざわざこんなところに来るんだよ?
いつだって素っ気無い反応。彼の興味を引こうとしてしまうのは自分がクルーゼのそれに耐えられないからだ。
暇とわかれば、こっちの気持ちも考えずに抱きにかかるくせに、
どうしてあんたはオレを見ない。
身体が目的?
それなら、もっと他を当たればいいだろう?
どうして、こんなに傷つける。
オレには、もうあんたなんかいらないんだ。もう、いっそのこと、いなくていい。それなのに。

「・・・気が乗らないのか?」

耳元で囁かれて、フラガは我に返る。
いつもの冷徹な声ではなかった。深く、心の底にまで染み入るような、そんな声音。
久しぶりに聞いたそれが自分の身体を熱くする様を、いつでもフラガは嫌だと思うのだが、
慣らされた身体は正直に反応を示してくる。
クルーゼに見透かされそうな自分を嫌がって、フラガはクルーゼの背に腕を回した。

「別に・・・そんなこと、ない」

ぴったりと触れた胸元から伝わる鼓動。理性ではどう思っていようと、早まるそれを止められない。
クルーゼが肩口に唇を落としてきて、フラガは喉を仰け反らせた。
服が彼の指先に捲られる。こうして素肌を曝されることが、さらに胸の高鳴りを助長する。
ソファの背に押し付けられ、狭い場所での行為を強いられる。
するり、と腕から来ていたシャツを脱がされ、フラガは息を呑んだ。

「あ・・・っ」

首筋に埋められていたクルーゼの頭が、鎖骨を辿って胸の突起に触れる。
いきなり歯を立てて引っ張るように刺激され、フラガは身体の奥に走る電流に身を震わせた。
既に立ち上がっていたそれは、寒さのせいか、それとも感じているからか。
執拗に舌でその部分を刺激するクルーゼの頭を、フラガは両手で掴んだ。
金の、柔らかな髪だ。いつでも触れていたいと思う。
けれど、本来はここにいてはいけないもの。敵。相容れない存在。受け入れることのできないはずの存在。
わかっている。わかっているのに、フラガはあえてその事実を問わない。
問えば、その先に待っているものくらいフラガにもわかっていた。
それが、怖かった。


自分たちにあるのは、現実離れした想いと、現実そのものである歪んだ憎悪。
そんなに憎い相手に、どうしてクルーゼが心を動かしたかなどわからない。
だが、現実的に昔は同棲と呼べる関係を続けていたし、クルーゼから向けられる感情に自分もまた同意した。
あの時は、まだ知らなかったのだ。
クルーゼが自分を憎み、そして世界を憎んで今まで生きてきたことなど。
戦争。軍の上の者達が何を考えて戦いを強いているのか、フラガにはわからない。
多分、くだらない理由。けれど、それを知ったとてクルーゼのように哂うことなどできないだろう。
もう、ここまで来てしまったのだ。
フラガにはもはや後戻りすらできない環境が出来上がっていた。
クルーゼはそれを壊し続けてここまで来た。
根本的に生き方が違った自分たちが、今こうして交わっていることに、フラガは運命を感じてしまう。
ふと、クルーゼを見やる。無表情の上に微かに上気した頬。
クルーゼもまた感じているのだと、フラガの全感覚が訴えてくる。
せめて、彼が純粋に自分を憎んでくれるなら、自分はこんなに苦しまなくてもよかったのに。
バカ野郎、と低く呟く声に何を思ったのか、
クルーゼは口の端を持ち上げてフラガの唇に自分のそれを重ねていった。









傍にいて欲しいとその一言が言えなかった。
言えば、もしかしたらこんな敵同士にならずにすんだのかもしれない、フラガはいつでもそう思う。
けれど、あの時の自分は怖かったのだ。
クルーゼに、それを拒否されることが。
そして、今もまた。

「・・・クルーゼ・・・っ・・・」

言いたいことは1つだけ。なのに言えない。胸が苦しい。
それを紛らわそうと、フラガはクルーゼの背に回す腕の力を一層強める。
せめて、この痛みが伝わればいいと。
口には出さなくとも、感じて欲しいと。
下肢が触れ合う。ひとときの熱を分かち合う行為に、心が軋む。
フラガは唇を噛み締めて、クルーゼから与えられる痛い快楽に溺れていたのだった。





end.




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Update:2003/01/22/WED by BLUE

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