やきもち



フラガが手を引かれて行った先の店は、『Blue Eyes』といった。
クルーゼが言うには、地球連合国の重鎮の息のかかった店らしい。そういう意味では、ブルコスも手が出せない場所、と言えるだろう。
だが、初めてのフラガが見た印象は、ザフトを敵視する、といった地球軍らしさは見受けられず、
ただのダイニングバーにしか見えなかった。
かなり路地裏の、外見は場末の酒場、といった体だが、
特にガラの悪い人間もいそうにない。
何より、料理が美味かったのがよかった。始め、クルーゼはフラガに席を勧めると自分はすぐに席を立ち、
独り置き去りにされたフラガは多少の不安が胸を過ぎったが、
すぐに運ばれてきたそれに舌鼓を打っている間に、忘れた。
雰囲気は悪くなかった。
初めての店だが、居心地は悪くないといっていいだろう。

「新顔だね」

声をかけられ顔を上げると、
片手に食べかけの皿を持ち、さらに指でワイン瓶の口を挟んだ男が立っていた。
いや、男、というよりも少年か。フラガは自分たちとそう違わない年齢だろうと推測する。
おさまりのつかない金の髪。四方に跳ねているそれは天然なのか、わざとなのか。
少年はニッと笑うとフラガの隣のイスをがたりと引いた。

「隣、いいよな?」
「あ、ああ。」

フラガの座っていたテーブルは4人用だ。
先ほどクルーゼが座っていたのはフラガの正面。少年は隣に座ると、ワイングラスを2つ頼んだ。
持ってきたワインをグラスに注ぐ。キレイな色のロゼだ。
未成年なのに、とフラガが思う間に、自分の分まで注がれて、フラガは複雑な気分でそれを受け取った。

「で、あんたは誰の紹介で来たって?」

何気なく聞いてくる少年に、フラガは焦った。
紹介者を聞いてくるほどに、この店は閉鎖的であるということなのだろうか。
確かに、近くに住んでいた自分も、この店の存在は知らなかった。情報誌ですら見たことがない。
ここまで料理が美味ければ、口コミで広まったっておかしくはないはずなのに。

「え・・・あ・・・い、一応、クルーゼって奴に連れられて」
「へぇ!あんたアイツの連れね・・・どうりで」
「?」

少年の意味深な言葉に首を傾げたが、少年ははぐらかすように笑うばかり。
それからフラガの手を取ってグラスを持たせると、チン、と音を鳴らして一気に煽る。
食べかけのそれを平らげはじめた少年に、
フラガは先ほどの違和感も聞くに聞けずに自分もまた食事を再開し始めた。
少年に合わせて、仕方なくグラスを傾ける。
飲んだことがないわけではなかったが、別にアルコールなど好きなものでもなかった。第一、自分はまだ未成年だ。
そんなものを好きになる年齢でもないといったほうが正しいだろう。

「・・・それにしてもさ・・・」
「?」

ふと顔をあげると、
黙々と食べているとばかり思っていた少年が、いつの間にか自分の顔を覗き込んでいた。

「なぁ、あんな奴の、どこがいいんだ?」
「っえ?!」

危うく、口に含んだ液体を吹き出しそうになり、フラガはあわてて口元を押さえた。

「ど、どこがいいとか、そんなんじゃ・・・」
「だって、あんたアイツのコレなんだろ?」

小指を立てられ、頭に血が上るのを止められなかった。
そうして、自分がクルーゼにそういう意味で惹かれていたからこそであろうその反応に、
自分すら驚いてしまう。
ぶんぶんと首を振って、フラガは少年というよりもむしろ自分に言い聞かせるように否定した。

「っ、なわけな・・・」

だというのに、少年は一向に聞く耳を持とうとしない。
それどころか、更にずい、と距離を縮められ、フラガは瞬間的に身を引いてしまった。

「アイツ、ああ見えても実はすっげー性格の悪りぃ奴なんだぜ。今からでも遅くない。俺に乗り換えてみねぇ?」
「は・・・何、をっ」

フラガはあまりの展開に言葉もでない。
その隙に、少年はするりとフラガの腰に腕を伸ばし、その身体を引き寄せてきた。
フラガの背は奇しくも壁だった。逃げ場はない。

「俺は優しいぜー。毎晩傍にいてやるし、昼寝ももちろん俺の超ウルトラC級のテク付き。毎日ガッコに送ってやるし、迎えもデートも大歓迎だ。休みだって行きたい所に連れてってやるし、んー、もうなんでもござれだ。料理も勿論作ってやるし」
「や、め・・・!」

少年の言葉はひどく軽々しいものだったが、
見つめられる冴え冴えとした蒼の瞳はなかなかに真剣だ。
ぞくりとした恐怖が背筋を駆け抜け、フラガは焦った。
少年の指先が、顎にかけられる。顔を近づけられ、無意識に逃げようと顔を背け、身を捩る。
パニックに陥ったフラガが内心でクルーゼに助けを求めた、まさにその時。

ひゅ、と風を切る音がした。

「おっ、と」

その次の瞬間、腰に回されていた腕が外れ、フラガは瞬間の出来事に息を止めた。
自分の顔と、自分を覗き込む少年の横に、ディナーナイフが飛んできていた。
それを、少年の指が挟み、その動きを止めたのだ。
一歩間違えば彼の頭を掠めていたかもしれない、そんな軌道を描いて飛んできたそれに、
だが、目の前の少年の動きはごくごく自然のもので、別に驚いているわけでもないようだった。
少年は肩を竦め、それから後ろを見た。

「あぶないなぁ。間違って刺さったらどうすんの」
「他人で遊ぶのもそれくらいにしておけ」

カツカツと靴音を鳴らして、クルーゼが2人に近づいてきた。
心外だなぁ、とおどける少年の手から自分の投げたナイフを取り、そうして壁に背を張り付かせ固まったままのフラガを助け出す。
ひどく不機嫌そうにクルーゼは少年をひと睨みすると、
それからフラガを元の椅子に座らせ、自分は少年の座っていた椅子へと場所を移した。

「大丈夫か、ムウ」
「・・・な、なんとか・・・」

おそるおそる少年の方を見ると、少年はすぐに気付いてニッと笑いかけてくる。
先ほど感じた悪寒をもう一度思い出して、フラガは慌てて心持ちクルーゼの影に隠れた。

「あれ、嫌われちゃったよ」
「当たり前だ。まったく、いい加減その誰彼構わず絡むクセを直したらどうだ」

ぎろりと睨みを効かされ、少年は再度肩を竦める。

「おーこわ。ま、冗談だって。アンタのモンに手ぇ出すほど命知らずじゃないからさー」

クルーゼの肩をぽんぽんと叩き、そうして腕を回す。肩を組んでくる少年にクルーゼは眉を顰めたが、
それを振り払おうとはしなかった。

初めて見る、気がした。
あまり、愛想のよくなさそうな表情。それでいて、決して感情を前に出していないわけではない。
むしろ、不機嫌そうな顔や、からかわれ、軽くあしらう彼のほうが、
学校で見ていた皆に囲まれていた彼よりも彼らしい気がした。
今のクルーゼには、あの、誰彼にも見せる愛想のよい、だが作ったような笑みはない。
そうして、いつも彼が自分に向けてくれるような、
ストレートな彼の中身そのままのクルーゼがそこにいた。
フラガはそう考えて、なぜか胸が痛んだ。
どうしてだろう。
ふと顔をあげれば、迷惑そうなクルーゼに、それでもわざととばかりに酒を酌み交わす少年の姿。
・・・初めて、見た。
自分以外で、クルーゼがこんな表情を見せるところを。

「ってことで、改めましてー・・・」

ひとしきりクルーゼに絡んだ後、少年は今度はフラガの前に座ってきた。

「・・・俺、クラウドってんだ。あんたンとこのクルーゼさんとはかれこれ長い付き合いでねぇ・・・何度コイツの尻拭いをさせられたか・・・ひぃ、ふぅ、みぃ・・・」

瞬間、ぼかりと容赦のない殴打音。

「貴様の尻拭いを幾度となくさせられているのは私だ!話を変えるな!!」
「あれ、そうだったっけー。んー、オレも年かなぁー」

漫才めいたやりとりを続けられて、フラガは思わず吹き出した。
こういう空気は、嫌いではなかった。
いや、それだけではない。クルーゼが傍にいるから。
傍にいたからこそ、自分もこの空気に馴染める気がする。

ふとクルーゼを見やれば、くすりと軽く笑みを向けられて。
もしかしたら、先ほどまでの複雑な自分の感情を、見抜かれてた?
恥ずかしくはあったけれど、もうどうでもよかった。彼には何も、隠すことなどできないから。
クルーゼにグラスを掲げられ、フラガは頷いた。


「オレは・・・ムウ・ラ・フラガだ」
「ムウ君、だね。よーし、今日から君も、俺たちの一員だ。歓迎するよ。・・・ようこそ、『Blue Eyes』へ」





...to be continued.




Update:2005/12/27/MON by BLUE

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