君には秘密



クラスに戻れば、フラガは孤独だった。
いや、実際は違う。フラガだとてごく一部のクラスメイト達には好かれていたし、
親友と呼べる者だっていた。話相手に困ったことはない。けれど。
フラガは独りだった。
友人と他愛のない話をしながら、意識は違うほうに向いていた。
違うほう、とはもちろん窓側の一番後ろの席。
クルーゼは、クラスでフラガに声をかけることはなかった。
囲ったクラスメイト達の中心で、
あの水面のような静かな声音を紡いでいた。
フラガがその輪の中に入ってくれば、クルーゼは普通に話してくれていたかもしれないけれど。
フラガにその勇気はなかった。
彼と2人で肩を並べて歩いていたことすら、今では危うい。
それくらい、教室の空気は2人を隔てていた。

友人と言葉を交わしながら、フラガはクルーゼのことを考える。
耳の奥で、先ほどの声が響いていた。
真摯な。とても真摯な声音だった。
あの淡々とした滑らかな口調が、強い意志を持った瞬間。
どうして自分にあんなことを言ったのか、フラガにはわからない。
わからないが、彼は嬉しかった。
普段の彼とはまったく違った一面を見せられた。
自分だけに向けられたその表情が嬉しかった。彼にとって、自分が特別なのだと自惚れることもできた。
そして、もう一つ。
彼が自分の名を口にしてくれたことが、何よりの喜びだった。
きっと、ああして囲んでいる者達の、
誰もが彼の声に名を紡いでもらったことがないに違いない。
そんな優越感が、かろうじて孤独なフラガの心を慰めていた。
なおも会話は続いていた。

クルーゼは授業に積極的なほうではなかった。
たまに当てられれば、ソツなく答える程度。
上昇志向の強い者は少しでもいい評価を得ようと躍起になっていたが、
そんな姿をフラガは見たことはなかった。
そうして、自分もまた、そんな人間だった。

たまに当てられ、彼が答える解答は、
教員達すら唸らせるほどの美しさを持っていた。
特に、彼本人が専門だと言うだけあって、彼の練り上げる戦略構成は素晴らしかった。
教員の求める正攻法の戦術などではない。
その先の先を見据えた、奥の深い解答だった。一見全く効率的でないように見える配置も、彼の解説の前では鮮やかなほど効率的で。
フラガはその理解しがたい彼の組んだタクティクスを必死に学んでいった。
あの、彼に与えられた100の課題を解く鍵を、彼に探した。
新しい着眼点に、世界が開けた気がした。クラスメイト達にはなかった才能。
フラガにとって彼はまさに道が開ける鍵だった。
彼の答えから見出した解答を試しに、訓練場へ行こうと立ち上がる。
彼の書き換えたデータカードを手に、フラガは歩いた。





一番落ち着ける場所。
それを言うなら、フラガにとってはこの偽コクピットの中だろう。
クルーゼには負けてしまったが、一番自分が手足のように動かせるものがこれだからだ。
幾台も並んだシミュレーション機器の中の、影になった場所。
少し冷たい空気の、静かなこの場所が、フラガのお気に入りだった。
何もかもを忘れて、目の前のことに打ち込める瞬間。
すっと心が落ち着く。
操縦桿を握れば、もう意識には目の前の、敵機しかなかった。
クルーゼとの、あのシミュレートバトル。
戦闘は、長く長く続いた。
負けるたびに、また戦った。本当だったら何度死んだかわからないくらいに。
反則のような数の敵MSは、今日彼から学んだアプローチで戦うと少しだけ相手になる気がした。
脳裏に焼きついた講義での彼の言葉を思い出し、
何度も何度も戦い続けた。
周囲に人が集まり、そして去っていった。長い長い、時間だった。

「・・・・・・っ!よっしゃ、倒せた!!」

思わずフラガは声をあげていた。
全身で喜びを表す。あとになって後悔することしきりだったが、ガッツポーズをしてしまうほど嬉しかった。
あのずば抜けた才能の、一端に近づけたかもしれないのだ。
100のなかのたった1つ。けれどフラガには大きな1つだった。

「もう、1つ見つけたのか。さすがだな」
「・・・?!
 く、クルーゼ?!!」

喜びに浸るフラガの後ろで声がした。
気付かなかった。いつからこうしていたのだろう。
シートの上に肘をつき。見下ろす彼は、紛れもなくあの転入生。
どう、して。
クラスメイト達はいいのか、と聞きかけて、
その時自分がかなり遅くまで訓練場に居座っていたことに気付いた。
外はもう既に真っ暗だった。周囲にも人など見当たらない。

「い、いつから居たんだよ・・・」
「そうだな・・・」

クルーゼはくすりと笑った。
あの喜びようを見られて羞恥しまくるフラガは、
からかうような彼の笑みに咎めるような視線を向けることしかできない。
結局その答えも口にしないまま、クルーゼは肩を竦める。
それから勝手にフラガのデータカードを取り出すと、そのまま身を翻してしまっていた。

「もう遅い。・・・帰らないのか?」
「っ・・・たく・・・帰る。帰るよ!おい待て!」

ひらひらとデータカードを振るクルーゼを追いかける。
なんだか振り回されているようだった。気に食わない。だけど嫌ではなかった。
むしろ心臓がどくどくと鳴っていた。
まったく、自分はどうかしている。

「ったく・・・なんなんだよ・・・」

ぼそりと呟くフラガに、クルーゼはただ笑う。
少年の手の中から自分のカードを取り返す。まったく、と睨みつけると、はは、と声まで出して笑われた。
こんなに癪なのに、彼の声音が心地いいとか思うなんて間違ってる。
フラガは深々とため息をついた。

半歩先を歩く、金髪を肩まで下ろした少年。
類まれなる能力を持て余し、すべてにおいて自分の先で自分を振り回す存在。
しかし、どうして、彼はこんなにも自分を見てくれているのか。
それを考えると、フラガは不思議でたまらない。
嬉しかった。彼に群がるクラスメイト達より彼の近くにいられた事実は、確かにフラガを喜ばせた。
けれど、あまりにも他の人間とは違う雰囲気。
自分は彼らの輪に加わらない、彼からしてみればまったく自分に興味ないと言える―――・・・このフラガという少年の、
どこに彼は興味を抱いたのか。
どうしてわざわざこうして声を掛けてくれるのか、全くもってわからない。

「・・・なぁ、あんた」

だからフラガは、さすがに焦れて直接クルーゼに聞いてみた。
彼の好意は嬉しかったが、その理由がわからないのはなかなかに気持ちが悪い。
しかも、この知り合いのような慣れた感覚。
彼の自分に対する態度が自然なのも、また不思議な感覚の一端になっている気がする。

「どうしてさぁ・・・俺のこと」
「ああ」

フラガの言葉を遮って、クルーゼは頷いた。

「嫌なのか?」

ストレートに聞かれて逆にフラガは戸惑った。
嫌なわけがない。・・・だけど、素直にそういえるものでもない。

「そ、んなことはない・・・けど」
「ならいいだろう。私もお前のことは嫌いじゃない」
「・・・っ」

好きだ、と言われたわけでもないのに、顔が赤くなった。
何考えてるんだろう、自分は。馬鹿げてる。アホらしい。穴があったら入りたいくらい。
まったく、どうしてこんなにものをストレートに言葉をぶつけてくるのだろう、この少年は。
しかも自分にだけ。
クラスで聞くともなしに聞いていた彼の言葉に、
こんな意志の込められた言葉はない。

「でも、・・・わかんねーよ。なんで、俺なんか・・・他にいっぱいいるだろうに・・・」

我ながら弱気な発言だと思いつつ、
フラガはクルーゼにたずねる。
クルーゼは肩を竦めて、後ろを振り向いた。フラガはどきりと肩を揺らした。
その瞳が、ひどく深い色をしていたから。

「他の・・・奴らだって」
「そうだな。確かにただ友を作るだけなら、誰だっていいだろうな」
「っ。じゃあ、なんでだよ?」

フラガの言葉に、クルーゼはひたすらフラガの目を見据えた。
フラガは戸惑いつつも、その瞳から目が離せなかった。足を止め、薄暗い夜道で2人、向き合う。
クルーゼは再び笑った。
それは先ほどのようなからかうようなものではなかった。
フラガは見惚れた。息を呑む。
クルーゼは静かに告げる。

「あいつらは―――。表面に囚われ、真を見ることのできない奴らだ。そんなものに私は興味ない。―――だがお前は」
「・・・く、」
「・・・原石だ。必ず強くなる。だから私は」

息が止まるような、そんな瞬間。

「原石だから、磨きたいって?」
「磨かれたいのか?」

少年の口元が悪魔のそれに変わる。
一瞬背筋に震えが走った。反射的に身を引こうとして、ぐいと手首を掴まれ、引き寄せられる。
間近に迫ったクルーゼの顔に驚いた。顔を覗き込まれ、羞恥に頬を染める。
手を伸ばし、肩を押した。
状況が理解できないまま、それでもフラガは逃れたがった。
クルーゼの髪が頬に触れ、かすかな感触を残して離れた。
心臓の鼓動が早鐘を打っている。

「な・・・」
「冗談だ」

くっくっと笑われ、正気を取り戻したフラガの中にふつふつと怒りが湧き上がる。
けれど、赤く染まった顔で少年を睨んでも、彼はただ笑うだけでなんの効果もない。
くそっと内心舌打って。
そのまままた歩き出したクルーゼの後に続く。
フラガはやれやれとため息をついた。
どうやら、彼の本音を引き出すのは、自分にはひどくむずかしいらしい。

「・・・変な奴」
「聞こえてるぞ。悪口は他でやるんだな」

楽しげな少年の口調にますます苛立たしかった。
クルーゼはもう一度フラガを見、そして言葉を紡いだ。

「そう気にするな。今は・・・まだ、その時じゃないさ」

意味不明の言葉に、顔を顰めた。

「今は?」
「そう・・・今は。」

クルーゼは空を見上げた。スモッグにかき消され、星はほとんど見えなかった。
けれど、気配だけは感じた。
いつか飛び立つ宇宙。来るべき未来は、すぐそこに。

「とりあえず、お前がその100の解答を見つけるまでは、オアズケだ」
「っな!いつまでかかると思ってんだよ!!?」

フラガは喚いたが、気付けば寮の前で。
背を向けるクルーゼに、罵声を浴びせた。けれど、クルーゼは肩を震わせて笑うだけ。
本当に本当に、とらえどころのない奴。

やれやれ、とため息をついて、
仕方なくフラガは踵を返し、家路についた。





...to be continued.




Update:2005/10/25/MON by BLUE

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