ゆびさき。



相変わらず、考え込む時は決まって指を噛んでいた。

「竜崎」
「はい?」

モニタを真剣に眺めていたのを中断されて、いささか不機嫌になった竜崎は、
しかし月が示した右手の親指を噛むような仕草を見、漸く気付いたかのように自分の右手を唇から離した。

「その癖。やめろと言っただろう?」

椅子を立ち、噛んでいた指を月が捕らえる。
指先を見ると、折角伸びてきていた先がギザギザになってしまった爪。
はぁ、と溜息をつくと、月は部屋の棚から爪切りを探してきて、やすりでその先をキレイに丸めてやった。
ついでに、他の指も切り揃えてやる。竜崎は大人しくしていたが、
その顔はどこか不満そうだ。唇を尖らせ、今にも文句でも出てきそう。

「ほら、出来た」

漸く手を解放されて、竜崎は指先をもう一度見やる。
付いていた歯型はすっかり磨かれて、短いながらも綺麗に整えられていたそれは、
今まで噛みっ放しだった己の指とは思えない程。
何故なら、
今まで、誰にも注意されたことなどなかったのだから。

「・・・月くんも、変な人ですねぇ。他人の指なんてどうでもいいでしょうに」

しかも男の指、ですよ?と不思議そうに首を傾げる竜崎に、
しかし月は、いいからもう噛むなよ、とだけ念を押してその場を離れた。

竜崎の言うことも、もっともだ。
月自身、どうしてこんなに気になるのかわからない。
そもそも、彼のあの癖は、ここ2、3年でついたものではないだろう。どれほど注意していたって、
無意識に指は口に言ってしまうだろうし、ましてや注意しているのは自分なのだ。
彼のことを1割も知らない、ほとんど赤の他人のような自分にそんなことを言われても、
大した抑止力を持たないだろう。
実際、竜崎が指を噛むのをやめたことはなかった。
だというのに、何故。
自分は、こんなに彼のことを気にしてしまうのだろう。
爪切りを元に戻し、竜崎の隣に戻ってきた月は、
やはり捜査に戻ると口に指を当ててしまう竜崎を目にし、ため息をついた。

(全く・・・)

「・・・っ・・・」

背後から、ぐっと手首を掴まれ、竜崎は思わず息を詰めた。

「何すっ・・・っう―――・・・」

竜崎の咎めるような視線をあえて無視し、顔を上げたのをいいことにキスを仕掛ける。
幸い、今は昼休み中で、捜査にあたっている者も誰も部屋にはいない。
あと数分後には失われてしまうであろう2人切りの時間を、有意義に過ごすのも悪くはない。
月は唇を離すと、椅子を回し、竜崎を自分の方に向けさせた。
竜崎の目元が赤い。たったこれだけで熱を帯びてしまったのか、涙目の瞳が訴えるような色を見せている。

「・・・っ・・・、ここが何処か、わかっているんですか、月くん・・・」
「キラ事件の捜査本部、モニタールーム。よーくわかってるよ竜崎。それに、あと30分は誰も来ない、って事もね」
「・・・そこまでわかってるのなら、あまり煽らないでください・・・」
「あれ?煽られてたんだ?」

からかうような声音。してやられたことに、竜崎はまたもや月を睨む。
月は、はは、と笑うと、再び唇を重ね、そのままの格好でマザーコンピュータの端末へと腕を伸ばした。
ボタンを押す。ブラックアウトしていた画面が立ち上がり、
数秒後画面に映し出されたのは、この階のフロアの監視モニタ。
本部の者がいる間は使われていないはずのそれを起動させて、月はくすりと笑う。

「こうしておけば、安心だろ?」
「・・・・・・呆れてものが言えませんね」

はぁ、と溜息をつく竜崎は、
しかし大胆に伸ばされる月の腕をもはや退けようとはしなかった。
絡められる指先。大きな手にぐっと力を込められれば、
こんな誰が来てもおかしくない部屋ですら、来たる快楽に期待を覚えそうになる己の身体。
もちろん、竜崎はそれを月だけには知られたくないと思っている。
当然だ。
この関係は、純粋に愛情といった部分で繋がっているわけではなかったから。
まったくキラであったことを覚えていないかのように、いや、キラですらなかったかのように振舞う
夜神月は、確かにそれだけ見れば信頼に値する人間だろう。
正義感溢れる言動や犯罪者を憎みなんとしても捕まえようと努力を惜しまない態度。
だが、竜崎は思うのだ。
騙されてはいけない、と。
情に流されそうになるたびに、竜崎は思い出していた。
あの、初めて彼を見たときの、あの、なんとも言えない感覚を。

「竜崎・・・」
「・・・ん・・・」

油断してはいけない。
たとえ一時、身を委ねたとしても、心までは奪われない。奪わせない。
今、どれほど自分に甘やかな声音を囁いていたとしても、こいつは―――

「・・・っあ、・・・―――っ・・・」

キラ、なのだ。

「時間がないから・・・、少し性急にいくよ・・・」
「っ・・・まったく・・・」

時間は、刻々と迫ってきていた。それでなくとも、何時までは絶対に来ない、という保証もない。
下手をすれば、ここぞというところでお預けになる可能性もあるのだ。
協力してくれ、と言わんばかりに直ぐに下肢に触れてくる月に、
竜崎も仕方なく付き合ってやることにした。
唇をなぞる月の指先を、竜崎は口内に招き入れた。

「んっ・・・ふ、っあ・・・」

舌をつかい、1本1本を丁寧に舐め上げる。気をよくした月が指を2本、3本と増やしてやると、
顔を顰めながらもその全てに唾液を絡ませていく。
頭の中で、これは己の苦痛を和らげるために必要な行為なのだ、と繰り返しながら
必死に指を舐め続ける竜崎に、
月はくすりと笑って、こちらも竜崎の下肢の熱を高めようと
握り込んだそれをゆっくりと扱き始めた。

「っ・・・あ、い・・・、やだっ・・・」
「嘘はいけないな、竜崎」

くぐもった声が、指先の間から洩れ聞こえてくるのが可笑しくて、
そして可愛いと思う。溢れる唾液を指先で掬ってやる。
そうして、再び口内へ。糸を引く程にまで濡れた指先は、艶やかに光り、竜崎自身を興奮させた。
指の形を辿るように、舌を這わせれば、
綺麗に整えられた爪先。長く均整の取れた指も、己を包み込む大きな手も、
すべて、魅入られるほど。思わず竜崎はぼうっと月の手を見つめる。
舌の動きが緩慢になったことと、憑かれたような視線に気付いた月は、
潤んだ色を宿す竜崎の瞳を覗き込んだ。

「竜崎?」
「・・・、いえ・・・」

けれど、我に返った竜崎は、何もなかったように首を振って、
それから両腕を月の首に巻きつけた。
ここ最近、捜査に追われてゆっくりと愛し合う時間もなかったため、
肌寂しかったのは月だけではなかったらしい。
竜崎の素直なそれに、月は頬にキスを落してやると、そのまま散々濡らさせた左の指を下肢の奥に這わせた。
目を閉じた竜崎の瞼が震える。
何度行為を重ねても、これだけは慣れることのできない、
羞恥を伴う快感。

「・・・綺麗、ですね・・・」
「?」
「ゆびさき。」

ぬめりに助けられて、奥へと侵入していく月の指先。
椅子の背もたれをデスクで支え、竜崎の足を更に持ち上げるような体勢は、
なかなか危険だ。万一こんな状況を見られたら、どれほど気まずくなることか。
けれど、竜崎のその衣服を下肢の一部だけずらさせた格好は、
月の興奮をより煽った。
両の指先を、しっかりと絡ませて。

「・・・竜崎だって・・・」

ほっそりとした指を引き寄せて、その先にキス。
指を噛んでしまうせいで深爪になってしまっている以外は美しい造形に、
だからこそあの癖をやめて欲しかったのだと月は今更ながら思う。
月は笑った。なんて、くだらない理由だろう。

「噛まなければ、綺麗なのに」
「・・・余計なお世話です」

それに、これをしなければ推理力40%減です、と平然と告げる竜崎。
まったく、我侭というか、なんというか・・・
だが、そんな子供のような彼だからこそ、惹かれるのだ。

「いくよ・・・」
「・・・んっ・・・」

時計の秒針の音が、やけに耳に響いていた。
理性を手放し、我を忘れてしまえば、きっとここがどこであるかさえわからなくなってしまうかもしれない。
見つかるかもしれない、というスリルめいたこの状態と背徳感に、
竜崎は普段よりも声を荒げていた。
ぐっ、と侵入を果たす月の雄。衣服をほとんど乱さないまま、深く繋がる快感。
2人分の体重に、ギシリ、と椅子が鳴った。
不安定さが怖くて、背後のデスクに両腕をつく。胸に膝がつくような格好にさせられ、
身体の柔らかい竜崎も、さすがにキツさを感じた。
けれど、それ以上に。
下肢から湧き起こる快感が強くて。

「あっ・・・は、んっ・・・」
「声、抑えないでいいよ。―――大丈夫、僕がちゃんと見てるから」
「んっ・・・ああっ・・・、っ・・・!」

心の片隅で燻る不安からか、なかなか快感に身を委ね切れないでいる竜崎に、キス。
舌を絡ませると、竜崎は目を閉じて、夢中で月のそれを貪った。
彼の背に腕を回して、引き寄せる。深まる結合に、月は吐息を漏らした。
竜崎の内部が、熱い。収縮を繰り返すそこを己自身で擦ってやれば、
悲鳴を上げるかのように喉が鳴る。
あわせた唇から、くぐもったような声音が洩れ聞こえてくることに、
月は己の限界を感じ、また竜崎の解放をも促すように彼自身を扱いてやった。

「あ・・・んっ・・・、く・・・!」
「竜崎・・・イっていいよ・・・」

辛そうな彼に、許すように耳元で囁いてやれば、
それにすら感じるように身を震わせて、
竜崎は月の衣服の肩にしがみ付く。月もまた、強く下肢の奥を貫いてやれば、
その瞬間、互いの視界が弾けた。
どくどくと溢れる情欲の証のそれに、とっさに衣服を汚さぬよう、月の手が竜崎のそれを包み込む。
べったりと白濁に汚れた月の手を目の前に見せ付けられて、
竜崎は目を逸らした。

「・・・・・・すいません・・・」
「大丈夫だよ」

デスクの上のティッシュで自分の手を拭き、
そうして月は次に竜崎の内部を処理しようと男の下肢に手を伸ばした。
竜崎は恥ずかしげに身を捩った。だが、しかし―――

ピーッ

「!?」

人物の存在を感知するセンサーの音に、2人はびくりと肩を震わせた。
モニタを見やれば、雑談をしつつこちらの部屋に向かう捜査本部の面子。ヤバイ、と月と竜崎は顔を見合わせ、
そして青ざめた。
部屋に着くまで、ほんの数秒だ。
まさか、すべての処理をそれだけで終わらせるはずもない。

「っ・・・と、トイレに、行ってきます!!」
「ちょ・・・、わかった、僕も行くから、・・・おい、引っ張るな!!」

あまりの羞恥に顔を真っ赤にして、今にも逃げ出したいとばかりに鎖も忘れてトイレに走る竜崎に、
月は引っ張られるようにして彼を追いかけたのだった。

間一髪、それは誰にも見られることはなかったが、
その数秒後、部屋へ戻ってきた者たちに、
数分でもモニタールームを無人にしてしまったことを咎められたのは、
またのちのお話。





end.




[月×Lさんに8のお題] by 真月(まき) 様
Update:2006/06/07/WED by BLUE

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