ルームサービス。



竜崎の具合が悪い、という話を聞いたのは、
大学に姿を現さなくなって3日が過ぎた頃だった。
キラ捜査の手伝いをする、という話はしていたが、まだ月は自由に本部に出入りできるわけではない。
そのため、姿を現さなくなった彼の状態を知る術もなく、
こうして竜崎本人に本部に呼ばれるまで気付かずにいた自分に、
月は唇を噛んだ。
普段、張り付いてばかりだった竜崎から解放され、少し気が抜けていた。
「友達」を心配するのは当たり前のことだというのに。

「大丈夫か、竜崎」
「ああ・・・。よく来てくれました、月くん」

絶対安静、と医者にも言われているらしい竜崎のプライベートルームに足を踏み入れた月は、
思いのほか具合の悪そうな竜崎に驚かされてしまった。
聞くと、どうやらただの風邪らしい。どこからどう見ても風邪を引くようなタイプには見えないだけに、
月が意外に思うのも致し方ないだろう。
額に冷たいタオルを当て、ベッドに埋もれている竜崎に、月は笑った。

「それにしても、大事にならなくてよかったな、竜崎」
「既に思いっ切り大事です。」

折角あなたの監視のために外に出たのに台無しです、と怒ったように告げられ、
月は逆に閉口する。八つ当たりにも度が過ぎるというものだ。
だが、相手は病人。くだらない事で口論するのも気が引けた。
竜崎の文句を適当に聞き流しながら、
月は備え付けの簡易キッチンに向かい、コーヒーを煎れ始めた。ついでに棚からグラスを取り出す。

「喉、渇かないか?何か冷たいものでも」
「・・・そうですね・・・。ああ、ついでに何か食べませんか」

月がコーヒーと、竜崎の為のグラスを持ってベッドサイドに戻ると、
早速テーブルに手を伸ばし、食い入るようにメニューを眺めている竜崎の姿。
先ほどの具合の悪さはどこへやら、平気でベッドから身を起こし、何を注文しようかと頭を悩ませている彼に、
月は正直呆れてしまった。具合が悪い、というのも、
実は自分を油断させる為の演技なのではないだろうか。
じっと手の中のそれを見つめる竜崎に、思わず月は手を伸ばした。

「・・・、何するんですか」

竜崎は不審げに見下ろす月を睨みつけた。
先ほどまでタオルを乗せていた額に触れてみると、確かに感じる温度。
月は意外そうに眉を上げる。

「・・・やっぱり、熱あるんだな・・・」
「当たり前でしょう。私が仮病だとでも言うんですか」
「・・・いや、別に」

こんな風に過剰反応する方が、ますます怪しいと思うのだが、
とりあえず月は見逃してやることにした。ベッドに座り、自分もまた彼の持つそれを覗き込む。
さすがに、竜崎が拠点とするくらいの高級ホテルだ。
ルームサービスにしては、考えられない量のメニューに月は驚いた。

「へぇ。いろんなメニューがあるんだな」
「そうなんですよ。このホテルにはあと1日しかいられないのに、ショックです」
「は?」

何がショックなのかよくわからない月をそのままに、
竜崎は指を口に当て、考え込む。そうして数秒後、月の方を見、そして言った。

「・・・月くん、ここからここまで、注文お願いします」
「はあっ!?」

月は目を疑った。
竜崎が示したのは、当然のごとくデザート欄だ。そこまではいい。月も彼の嗜好を今ではよくわかっている。
だが、その数、実に10・・・いや、20近くあるではないか。
からかっているのか、と竜崎を見やると、
しかし竜崎は何食わぬ顔で、月の持ってきたオレンジジュースを飲み干している。

「明日には発たなくてはなりませんからね。この際、2人で前メニュー制覇しちゃいましょう」
「僕は、食べる気はな・・・!」
「遠慮しなくていいですよ、月くん。私が払いますから」

月の話など全く聞いていない竜崎は、
もう既に食べる気満々で、待ちきれない、とばかりにテーブルの角砂糖を口に放り始めている。
全く、つくづく非常識な男だ。
仕方ないな、と月はインターホンを手に取った。
電話の先の驚きの声に内心でまったくだ、と頷きつつ、
竜崎に示されたデザート、合計17個をたて続けに頼んでいく。
竜崎は満足したように再び布団へと戻っていった。
全く本当に、自分勝手な存在。

「・・・なんか、話があって呼んだんじゃないのか?これじゃあただの世話係だ」

このまま、竜崎のペースに乗せられてたまるか、と、
月は自分から本題を切り出した。当然それは、キラであることを隠し演技を続けている月にとって危険を伴うものではあるが、
このまま先送りにしていても埒が明かない。
竜崎は、んー・・・と唸った後、月をじっと見つめた。
大きな瞳にまっすぐに捕らえられて、月は心持ち引いてしまう。

「・・・なんだ?」
「これで、いいんですよ。」
「は?」

先ほどから、わけのわからない言葉ばかり紡ぐ竜崎にはついていけないと、
月は顔をしかめた。
元々、理解に苦しむ男ではあったが、今日はそれに輪をかけておかしくなっているようだ。
竜崎はというと、本当に先ほどの具合の悪そうな顔はどこへ行ったのか、
ベッドの上で足を抱え込み、待ち遠しげに両手でゲラスを傾けている。

「どういうことだ、竜崎」
「・・・つまりですね・・・・・・」

竜崎は飲み干したゲラスをテーブルに置き、月を見上げた。

「私は今回、あなたと接触するために大学へ行ったわけですよ。そこで日常的に貴方がキラであるかどうかを見極めようと思っていたんですが・・・、そのおかげで、この様です。これは一重に、月くんに責任があります」
「・・・なぜそうなる・・・」

澄ましてそう告げる竜崎の目元が、笑っている。
彼流のからかい方をされ、月はムッと顔を歪めた。
なんて、非常識な男なのだろう。

「というわけで月くん。君には、私か大学に出られるようになるまで、私の世話係になってもらいます」
「っはあ!?冗談じゃない。なんで僕が」
「そうでないと、私は貴方を監視できません」

あまりのことに、月は声も出せない。
怒りに震える拳を、相手は病人だと言い聞かせ、必死に理性で抑えなければ
今にも竜崎を殴ってしまいそうだ。
竜埼はニッ、と笑った。無邪気そうでいて、明らかに小悪魔の顔。
月は脱力した。

「・・・・・・素直に言ったらどうだ、傍にいてほしい、って」
「はい。月くん、傍にいて下さい。」

ああ言えばこう言う。しかもこれがまんざら嘘でもないからやりにくい。
別の意味で、竜崎は自分を目の届く場所に置いておきたいのだ。
夜神月を、キラと断定できる証拠を上げるためにも。
月は少し考え、そして低く笑った。
そっちがその気なら、付き合ってやるよ。ただし、こちらも容赦しない。
1対1を望むなら1対1、全力で臨んでやろうじゃないか。
月はベッドの背もたれに身体を預けている竜崎の手首を掴み、シーツに押し付けた。
顔を覗き込めば、相手は気丈にも自分を見上げ、
そうして笑みさえ浮かべてくる。

「・・・決まり、ですね」
「傍にいれば、いいんだな?」
「はい」

躊躇いもなく呟く竜崎に、月は口の端を持ち上げて、
そして不意打ちのように唇を重ねた。
乱暴に、貪るように。激しいそれに竜崎は顔をしかめたが、
それ以上の抵抗はなかった。月の肩口に手をかけ、しがみ付くように力を込めてくる。
月は再び笑った。
唇を離し、下肢に手を伸ばす。思わせぶりに毛布の上からそれに触れ、
そうして抵抗のない彼をいいことに、服を脱がせようとしたその時―――・・・

「その前に、お仕事ですよ、月くん」
「・・・?」

すっかりその気の月に、竜崎が事も無げにそう告げる。
その瞬間、部屋に響く呼び出し音。

『すみません、フロントの者ですが・・・、ご注文の品、お持ち致しました』
「・・・・・・」

月は固まってしまった。
目の前の竜崎は、悪意の全くない澄ました顔でほら、と月を促している。
だがきっと、いや絶対に、心の中は笑っているに違いない。
月は苦虫を噛み潰したような表情をつくった。
ゆっくりと息を吐いて、熱を収める。そうして、竜崎の上から降り、ドアへと向かう。

「続きは、2人でデザートを片付けてからですね。」

(・・・覚えてろよ・・・)

絶対に、今夜は眠らせない。弱音を吐くまで、責め立ててやる・・・!
相手が病人だということも忘れ、悪意の篭った表情をその背で隠しながら、
月は拳を握り締め、そう誓ったのだった。





end.




[月×Lさんに8のお題] by 真月(まき) 様
Update:2006/06/14/WED by BLUE

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