Light & Darkness 03



外から断絶された状態であることを除けば、
部屋は至って快適だった。
夜神月の飼い犬になることを条件に、与えられたのは高層ビル最上階の一室。
眼下の景色は美しく、何時間見ていても飽きることがなかったし、
眠ろうと思えば柔らかなベッド。
腹が減れば、菓子だって食事だってそれなりのものは冷蔵庫にある。
自由を奪っていた手首の鎖だって、
今は、ない。

ひとつ溜息をついて、
竜崎は取り出したチョコレートを口に放り始めた。

流れてくるのは、
淡々と今日の日を振り返るニュースキャスターの声。
それは、今ではほとんどが"キラ"と"L"の攻防戦の話ばかりで、
竜崎は皮肉げに哂う。
本当の"L"は、もういないのに。
すべては、たった1人の自作自演なのだ、馬鹿馬鹿しくて反吐が出る。
よく似せてはいるが、
生温すぎる"L"の次の案に、
竜崎は乾いたような笑い声を上げた。

嫌な、世界だ。
このままこうして、世界は本当に"キラ"の手に堕ちてしまうのだろうか。

「竜崎。そんなくだらないモノを見ていたのか」

声がして、振り向いた。
滞った部屋の空気を動かせるのは、たった1人しかいない。

「・・・月、くん」

自殺したら困るからね、と鍵をかけられていた窓が開け放たれる。
涼しい風が頬を叩いた。それは、
今の竜崎にとってひどく癒されるもの。
なぜなら、
"彼"がいなければ、
自分はここに"閉じ込められた"ままなのだから。
竜崎は期待するように瞳を上げた。

彼の存在を待ち望むようになったのは、一体いつからだろう。
ぺたりと床に座り込んだ自分と、
それを見下ろし、何の裏もなく微笑みかけてくる男。
―――己の生きる術を根こそぎ奪い、ここに閉じ込めた男。
だが、もはや恨む気も失せた。
もう誰も、"死"んでしまった自分などを必要としてはいないのだから。
そう、自分にあるのは、たった1つ。

「ただいま。」
「・・・おかえり、なさい」

目の前で、自分の為に抱えていたケーキ箱を開けてくれる、
"優しい"男だけ。

「限定30コ―――"究極のザッハトルテ"、漸く手に入りましたか」
「朝から並べたからね。結構苦労したよ、今回は」

四角い箱の中には、チョコレートが艶やかにコーティングされたケーキが鎮座している。
"元祖"として有名な店の作で、しかもこれは期間限定品なのだそうだ。
よくわからないが、竜崎はしきりに食べたいと言っていたのを思い出して、
月はくすりと笑った。
情報は発信できないかわりに、
雑誌やテレビの情報収集は禁じられていない竜崎である。
些細な嫌がらせのつもりなのか、ここに閉じ込めて以来竜崎は、
無理な注文をよくつけていた。
欲しいものがあれば、どんな高価なものでも買わせたし、
全国各地の銘菓、有名店の限定品、果ては輸入品に至るまで。
けれど、"竜崎"には甘い月は、
文句ひとつ言わずに、全てのものを彼に買い与えた。甘やかすのが大好きな男だった。
そうして、竜崎は。
いつしか、男の本当の姿も忘れ、
彼の存在を求めるようになる。
手を絡め、指を絡め、密度の濃い空気と甘い香りが立ち昇る。
それは、決して逃れることのできない呪縛。
起毛の絨毯に手足を押し付けられた竜崎は、
重く鈍ったような己の四肢に、微かに顔を顰めた。

「それで・・・、今日はなにをすればいいんですか」

彼の買ってきてくれたケーキを横目に、
強請るように月を見上げる。
たまに顔を見せると、月は決まって竜崎に"何か"を要求してきたから、
今回もそうだと思った。諦めたように、少しだけ瞳を伏せて。
もう、慣れたパターンだ。
月は耳元に口付け、小さく笑った。

「そうだな・・・」

吹き込まれる、吐息。そうして、それが紡ぐ声音。
周囲には聞こえない程に小さく呟かれたたった一言に、
竜崎の頬が染まる。そうして、早鐘のように打ち始める心臓。
彼の要求は、いつも自分の羞恥を煽るものだったから、
今回も覚悟を決めていた。そのはずなのに、

「・・・っ・・・」

塞がれる唇。吸うようにしてキスをされれば、
紅を塗ったように艶やかな色を見せる竜崎のそれ。

「・・・―――さぁ」

放心したように床に背を預けたままの竜崎に、
月は手を差し伸べた。
両手を取り、子供を立ち上がらせる時のように引き上げる。
促された先には、

等身大の、姿見。

くたびれたトレーナーとジーンズを着ている自分の全てを映しているそれを、
竜崎は悔しそうに睨み付けた。











欲しいものが確実に手の中にあるという安堵感に、
夜神月は満足げに息をつき、ソファの背に身を預けた。
漸く、此処まで来た。
紆余曲折はあったが、とりあえずは落ち着いた。世界は、己のものになりつつある。
そして―――

この男も、また。

ばさりと音がして、衣服が床に落とされるのを、
月は黙って見つめた。瞳に映るのは、髪の黒と、肌の白と、それだけ。
美しい。月はいつだってそう思う。
争いの果てに得た戦利品のような、言葉で表すならそんな感覚。
誰にも見せたくない、
己の目の前に飾り、ただ眺めていたいと、
そう思う。
鏡越しに映る月のその視線に、
「戦利品」は恥ずかしげに肌を染め、白磁が淡い紅色に色づいた。
だが、「彼」の心など関係なく、男はさらに熱っぽい視線を竜崎に向けた。
もう、あれは己の所有物なのだ。
こちらの意に沿わないかれの意思など、あってないようなもの。
散々教育してきた。
苦痛を与え、屈辱を与え、絶望を与えた。
それでも、なおも人間らしい光をその瞳に宿すならば、逆に褒めてやってもいい。
竜崎の瞳は、既に昏く濁り切っていた。
輝きを失くしたその色は、
けれど、月にとってはひどく優越を感じるもの。

「竜崎」

上身を晒した姿で身動きを止める彼を促すように、
月はじっと彼を見据え、そうして顎をしゃくってやった。
壁に備え付けられた姿見の前で立ち尽くしていた竜崎は、
月のその動きを鏡越しに見やる。
無言のそれは、しかし明らかな命令。
抵抗しようと思えば、簡単に出来た。彼の言うことなど、聞かなければいい。
だが、彼がルールのこの狭い世界で、一体何の意味があるだろう?
つまらない意地すら、彼にとっては興をもたらすものでしかないのだ。
抵抗したからといって、何が変わるわけでもない。
みじめになるだけだ。
月の視線を極力感じまいと、竜崎は瞳を伏せた。
ズボンの合わせ目に、手をかける。微かに響く、金属の音。そうして、ばさりと床に落とされるジーンズ。
ただでさえ、華奢だった竜崎の身体は、ここ一週間で更に痩せたようだ。
ひと回り小さくなった肩は、それだけで抱き締めてやりたい衝動に駆られたが、
あえて月は何も言わず、彼―――否、彼らを見つめた。
そう、月の瞳に映るのは、"竜崎"だけではない。
もう1人の竜崎―――己が与えた羞恥に頬を染め、それでも目の前の存在すら誘惑するかのように
濡れた瞳で見つめている"彼"が―――。

「綺麗だろう?」
「・・・っ・・・」

言葉も出せず、ただ"互い"を見つめ合う2人に、
月はからかうように声をかけた。
背に投げ掛けられる言葉は、常に羞恥を煽るもので、いちいち反応していては身が持たない。
意識的にそれを無視した竜崎は、
諦めたように息をついて、目の前の存在に手を伸ばす。
白く不健康な肌に、艶のない黒髪。死んだように光のない、瞳。
こんな人間を捕らえて、あの男は何が楽しいのだろう。
生きる意味すら失った。彼が来なければ、1週間と経たないうちに死体になっているであろう"彼"が、
竜崎にはひどく哀れに思えた。
それは、自己愛ともとれる感情。
だが、今の竜崎にはほとんど他人事のようにしか思えなかった。
ここにいるのは、哀れで、ちっぽけな青年。
不意に、瞳が揺れた。助けを求めるような、すがるような、そんな弱々しい色。
鏡越しに触れ合った指先を絡ませるように、2人は距離を近づけた。
ずっと見つめていると、引き込まれてしまう―――そんな魔力を、
竜崎は感じる。
唇が触れ合うと、ひやりとした感触が全身に走った。
けれど、竜崎は唇を離さない。
瞳を閉じ、濡れた感触を味わう。無機質なそれは、彼のキスと吐息によって
次第に熱を持っていった。
自分でも、何をしているのだろう、と思う。
だが、もう、どうしようもない。
いつからか、自分の中で何かが壊れてしまった。
自分は、彼の操り人形でしかない。彼の望む通りに、手足を動かし、彼を悦ばせるだけの玩具なのだ。
それを今では、よく自覚している。
一生消えないであろう、深く刻まれた傷痕と共に。
竜崎は薄い舌を絡ませるように冷たい金属を舐め上げた。うっすらと瞳を開ければ、
鏡越しに映る、男の姿。
一瞬絡み合った視線に、月は口の端を持ち上げる。
月は、何も言わない。だが、その視線からは決して逃れることはできないのだ。
再び目を閉じると、竜崎は男に見せ付けるように、
自身を鏡に押し付けた。
昔の自分には、考えられない行為。
だが、今は―――。

「・・・っ・・・ぁ、・・・」
「声、出して」
「・・・・・・っ」

思わず洩れてしまった声を抑えようとして、すかさず投げ掛けられる言葉。
抵抗が無駄なことぐらいわかっていたが、
それでも竜崎は唇を噛み締めて、そうして濡れ始めている己におそるおそる手を伸ばす。
自慰行為など、名ばかり。
これほど自らの手で己を貶める行為はないのではないか。
ましてや、そんな姿を他人に晒しているのだ。
死んでしまえるものなら、このまま死んでしまいたい。
だが、男は相変わらずの熱っぽい瞳で自分を見つめていて、
それを意識するだけでぞくりと感じてしまうこの身体が忌々しくて仕方がなかった。
死にも値するような屈辱を与えられているにも関わらず、
それでもまだ彼の偽りの優しさにすがろうとしている自分もまた、
嫌だった。
けれど、身体が動かないのだ。
彼を前にすると、何も出来ない自分がそこにいた。
どうしようもないではないか。
すべてを奪われた自分にとって、この狭い世界の甘美な誘惑以外に、逃げ道などないのだから。

「竜崎」

気がつくと、目の前の"自分"が涙を零していた。
感情のうすい表情を彩るそれに、更に己の中の哀しみが増幅される気がした。
竜崎は顔を鏡に押し付けた。

「・・・っ、ぁ、はぁっ・・・」

淫らな姿。理性を保てないでいる竜崎に、
月はただ笑う。
軽蔑でも、憐憫でもない、それはただただ純粋な、悦び。
此処にいる限り、何も考える必要はないのだ。
自分が誰で、どういう立場であるかとか、
相手がどういう存在なのかとか、そういったくだらない体裁など。
それは、"竜崎"を愛している彼にとって、
非常に喜ばしいことだった。

少しの我侭くらい、許してやるよ、竜崎。
お前が、ここから逃げ出そうとしない限りはね。

自身を握り込んだまま、鏡に寄り添い泣き崩れる2人に、
月は腰かけていたソファーを立った。

「・・・っ・・・!」
「全然出来てないけど、可愛かったから許してやるよ。・・・力、抜いて」

耳に吹き込まれる声音に、竜崎は瞳を閉じた。
崩れ落ちかけていた身体を抱え、そうして片足を膝裏から持ち上げられる。
月の目の前に晒される、中途半端に高められた熱。
強烈な羞恥が竜崎の全身を襲うが、
だが無論、逃げ出す術は、ない。
竜崎は、羞恥を誘う己自身の身体から目を逸らした。
男の手が、伸びる。長い指先が、ねっとりと絡みつけば、
ぞくりと震える肌。どうしようもなく高鳴る鼓動。

「可愛いだろう?・・・ほら」
「んっ・・・」

耳元で囁かれる声音と共に、ぐい、と顎を掴まれ顔を銃に向けさせられる。
見ろ、という意思表示だ。仕方なく竜崎は瞳を開ける。
淫らな存在が目に入った。泣き腫らした瞳で、それと同じように真っ赤に腫れ上がった己の雄。
残酷な現実に枯れてしまった涙とは裏腹に、
快感を求めて蜜を零す愚かな自身。
羞恥を感じる前に、情けないと思った。これほどまでに、己の身体は自分の意志に従わないものなのか。
だが、それを考えるたびに、竜崎は己を捕らえる男のことを思うのだった。
これが、もし"彼"ではなくて、全く知らない男だったら?
それでも自分は、真実のない虚構の快楽に浸ってしまうのだろうか。
―――きっと答えは、否―――、だ。

「あっ・・・あ、はぁっ・・・」

強く締め付けられるような刺激に、声が漏れた。
痛い―――そのはずなのに、じわりと襲い来る快楽が確かに下肢に存在している。
そうして、それは月の手が動くたびに増幅していくようだった。
過去、何度も味わった感覚。目の奥が熱くなり、思考すら奪われるような強烈な快感。
それは、感じてしまえばしまうほど己を絶望へと突き落とすくせに、
そんな絶望すら幸福だと思わされてしまうのだから手に負えない。
竜崎の心から、抵抗の意志が失われていく。
強請るような瞳の色に、
月は満足げに口の端を持ち上げた。
重ねられた唇は、己を満足させてくれた飼い犬へのささやかなご褒美。
抱きかかえた身体を、そのまま鏡に押し付ける。
既に先ほどの竜崎の行為で曇っていたそれが、更に淫らさを増していった。
挟まれるように押し付けられた自身が、悲鳴をあげる。
汗ばんだ胸元は、無機質な冷たさに肌を粟立たせている。
これに熱い吐息まで加わっているのだ、欲情しないほうがおかしい。
竜崎の不安定な体を己の身体で支えたまま、
月はベルトに手をかけた。
ジッパーの下ろされる音に、竜崎はごくりと喉を鳴らす。
ぬめりを帯びた熱固まりが、拓かされた奥に宛がわれれば、
あとはもう、取り込んだ熱に狂わされるほかないのだ。
竜崎は鏡に爪を立てた。目の前に映る存在と、指を絡ませようとでもするかのように。

「っ・・・あ、・・・」
「・・・自分で、やるんだ」

しかし、一向に動く気配のない男に、竜崎が不安そうに瞳を向ければ、
月は涼しげな顔でそう告げる。
欲しいのなら、自分で動け、と。

―――冗談じゃない。

こうして犯されること自体、強制されたものなのだ。
抵抗しこそすれ、自分から欲するなんて出来るはずがない―――
そう思うのは、しかし竜崎の心の中だけで、
月の傀儡でしかない肉体は、既に彼自身を飲み込もうと収縮を繰り返している。
静止した月の腕に支えられたまま、
自らの―――否、勝手な意思で卑猥に揺れる己のそこに、
竜崎は耐え難い苦痛を覚えた。
どうして、こうなるのか。
腰を突き出すと、ゆっくりと肛内に入り込んでくる灼熱のそれ。
手を使わず、下肢の収縮だけで己を呑み込もうとする竜崎の、その部分を見下ろして、
月は笑った。やりやすいように、腰に手を添えてやる。
すると、力も込めていないのに濡れた音が響き、
それに合わせるようにして彼の中に消えていく己の雄。
それは、月をひどく悦ばせた。
抱えていた膝を、下ろす。そうして、両手で竜崎の双丘をぐっと掴めば、
現れる結合部。未だ中途半端に己を埋め込んだままで、
けれど一番大きく口を開け、必死に男の雄を受け入れようとしている健気な彼の秘孔。
たまらなくなって、月は円を描くように腰を揺らした。

「うあっ・・・ぁ、ああ・・・!」

熱を持った内襞が、外部からの刺激に反応し、ひくついている。
絡みつくような内部に月は満足げに吐息を洩らしたが、
けれど、奥まではまだまだだ。苦しげに眉を寄せる竜崎は、
ラクになりたい一心で、無意識のうちに腰を寄せていく。
今すぐにでも、奥を激しく貪ってやりたい衝動に月は駆られたが、
あえて唇を噛み締めて、じわり、じわりと奥に取り込まれていく感触を追った。
イイ身体だ、と思う。
こんな上物をみすみす殺させるわけがない―――。
初めて抱いた時から、己のモノにすることだけを月は考えていた。
そうして、今。
彼を知る誰もが彼の死を疑わなくなった今こそ、
月の望みが本当に叶ったといえるのではないだろうか。

「っ・・・く、ぁ、はっ・・・」
「よくできた」

仰け反らせた白い喉に、口づける。
鮮やかに色づいた所有印を撫で上げて、月は背後から男の身体を抱き締める。
繋がった箇所がより深みの度合いを増したことに、
竜崎の口元からはか細い、けれどひどく艶やかな声が洩れた。
しばらく触れられることのなかった竜崎の中心部は、
にもかかわらず、奥深く貫かれた刺激に感じ、蜜を零している。
先走りが鏡や床を汚していることに気付き、
竜崎は目を逸らした。
もう、何も考えたくない。
つまらないプライドにしがみついていたって、何の役にも立たないのだ。
男の望む通り、快楽に流されてさえいれば、何不自由ない生活が送れるというのに、
どうしてそれを否定する理由があるだろう?

「あ・・・、はっ・・・い、・・・!」

深く呑み込んだ男の楔が、えぐるように内部を犯していることに、
竜崎は悦びの声を上げた。鏡に頬を寄せ、切なそうに眉を寄せる。理性などとうに失った存在。
今にも崩れ落ちそうな竜崎の身体を支え、
月は思うが侭に彼の存在を貪った。
自分だけのモノ―――それを己の手で壊すのは、
下肢を襲う直接的な刺激以上に、強烈な精神的快楽を伴う。

気高く、誰にも染まらない魅力を放っていたはずの竜埼。
世界の頂点に立っていたと言っても過言ではない彼が、一瞬にして堕ちてしまったその先は、
人間としての生すら許されない狭い檻の中。
無理矢理押し込んだ手負いの獣は、
けれど今では男に向ける牙さえ失い、単調な色の瞳を、己を支配する男に向けるのみ。
それは、さながら精巧に作られた人形だ。
だが、月はそれで十分だった。
彼の地位が妬ましかったわけでもなければ、
世界の頂点に立つ彼が欲しかったわけでもない。
欲しかったのは、この男の存在、それだけだ。たとえ心を閉ざしてしまおうと、
かつての竜崎の面影を失うほどに壊れてしまおうと、
構わなかった。

「・・・ね、竜崎」
「・・・っあ、・・・く、っう―――・・・」
「もっと・・・、壊れてみせてよ。僕の腕の中で―――」
「・・・あ、ああっ・・・、やめっ・・・!」

耳殻を歯を立てて甘噛みされれば、さらなる快楽が竜崎の全身に襲いかかる。
その上、同時に手のひらで雄を弄ばれるものだから耐え切れない。
竜崎の膝ががくがくと揺れた。
もうほとんど自力では立っていられない男の胸を押し付け、
下から突き上げるように激しく貫いてやれば、
もはや力を失った竜崎の身体は揺らされるままに淫らな様相を晒す。
頬を染め、淫蕩な表情を向ける男に、
月は唇を落としてやった。
ますます締まりをきつくする内部に、眉を寄せる。さすがにそろそろ、彼自身も限界を訴えていた。
息も絶え絶えの様子の竜崎を、更に追い詰めるように下肢を抉ってやれば、
脳天まで貫かれるような衝撃と、そうして次の瞬間真っ白な世界が意識を染める。
現実と解離したような空気の中で、
けれど竜崎は己に注がれる確かな熱を感じていた。

「っあ、はっ・・・ぁ・・・」

身体が、重い。
ずるりと音を立てて、己の内部から楔を抜かれ、
支えを失った竜崎の身体は今度こそ床に崩れ落ちる。
腕1本、指1本動かすことが出来なかった。
唇が震え、言葉を紡ぐことすらままならなかった。全身が雷に打たれたように痺れている。
辛うじて動く瞼を薄っすらと持ち上げると、
見下ろしていた男の顔が、近づく。
慈しむような優しい手がすっと頬に触れてきて、
竜崎は目を閉じた。
優しさ?―――否、だ。
これは、玩具としての役割を果たした自分に対する、ただの気紛れだ。
こんなものに惑わされたくなかった。けれど、今更抵抗する力も、気力もない。
ただ、この行為が終わったのだと、それだけを考えた。
これで、やっと解放される。快楽と絶望を共に与えられるこの情交は、
自分にとっては苦痛以外の何ものでもないはずだ。
けれど―――

「―――今夜は泊まっていってやるよ。明日は久しふりに休日だからね」
「・・・―――」

暗澹たる気持ちになる。
恋人にかけるような甘い言葉。
傍から見れば少々度の過きた恋人同士に見えるかもしれないが、
実際は全く違う。
どんな1日がこの先やってくるのか―――竜崎は脅えるように瞳を揺らした。
だが、残酷なことに、それを悦ぶ自分が、
確かに己の中に存在しているのだ。
相反する心。裏腹な肉体。果たして、自分の真の望みは何なのだろう?
わからなかった。
今だ自由にならない身体を、竜崎は抱き締めた。
鏡に映った自分は、
どこまでもちっぽけで、哀れだった。





...to be continued ?






Update:2006/09/29/FRI by BLUE

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