PHASE-05 ノベライズ

――「状況が厳しいのは分かっています。でも、投降は出来ません。」
――「あの艦は、どうあっても逃すわけにはいかん。」
――「目標はかなりの高速で移動。横軸で本艦を追い抜きます。」
――「ちっ、読まれてるんだ。先回りしてこっちの頭を押さえるつもりだぞ。」
――「エンジン始動、同時に特装砲発射、目標、前方ナスカ級!」
――「今この艦を守れるのは、俺とお前だけなんだぜ。」
…様々な人々の思惑を背に、キラは虚空へと飛び立つ。
「キラ・ヤマト、ガンダムいきます!」




PHASE-05 フェイズシフト・ダウン




 ガモフより、三機のモビルスーツが飛び立ち、アークエンジェルへと向かっている。アークエンジェルでもそれを察知し、警告音が鳴り響く。
「後方より接近する熱源三、距離六七、モビルスーツです!」
「…来たわね。」
オペレータからの報告に、緊張した面持ちでラミアスがつぶやく。
「対モビルスーツ戦闘、用意。ミサイル発射管一三番から二四番、コリントス装填。リニアカノン<バリアント>両舷起動、目標データ入力、急げ!」
戦闘管制であるバジルールの指示が次々と飛ぶ。ブリッジ内は一気に緊張が高まった。だが、次の報告で、クルーたちは皆一斉に息を飲んだ。
「機種特定。これは…Xナンバー、デュエル、バスター、ブリッツです!」
「――!」
「奪った『G』をすべて投入してきたというの…?」
唖然としてラミアスはつぶやく。バジルールも、驚愕に言葉を失った。

 アークエンジェルの前方から接近するモビルスーツ、イージスの中。アスランは接近する機体の存在を確認している。一方、キラのほうも、鳴り響く警告音にモニターを見つめた。
「っ…一機!」
<とにかく、艦と自分を守ることだけを考えるんだぞ。>
そのフラガの言葉に、どうしたらいいのか分からずキラは悩んでいた。
(守るっていったって…。)
そうこうしている間に二機の距離は接近し、お互いの機種を確認できるところまで来ていた。
「キラ…!」
「あのモビルスーツ…アスラン!?」
二人は互いに親友の存在を感じていた。

 一方、後方より接近している三機のモビルスーツ。奪った機体で戦闘をするのはこれが最初であるにも関わらず、とまどっている様子は一切無かった。
「ヴェザリウスからはもうアスランが出ている。遅れをとるなよ!」
デュエルのパイロット、イザークはアスランを意識しているのか、他の二人にそう呼びかける。
「フン、あんな奴!」
「…。」
バスターのパイロットであるディアッカはそう答えたが、ブリッツのパイロット、ニコルは無言でその通信を聞いていた。その言葉が終わるや否や、三機は行動を開始した。
「モビルスーツ群、散開!」
「迎撃開始!…CIC、何をしてるの!」
呆然としていたバジルールはその声にハッと我に帰った。あわてて指示を出す。
「レーザー照準、いいか?」
「はい!」
「ミサイル発射管、一三番から十八番、撃て!」
…それを合図とするように、戦闘は始まった。次々とバジルールの命令が飛ぶ。
「七番から十二番、スレッチハンマー装填。十九番から二四番、コリントス、撃て!」
その声にあわせて、次々とミサイルが発射されていった。
 アークエンジェルの前方では、ストライクとイージスが互いにビームサーベルを抜きあう。イージスがストライクのすぐ横を通り過ぎた直後、キラの耳に、親友の声が響いた。
「キラ!」
「…アスラン!?」
目の前のモニターには、乱れる画像の中、アスランの姿が見える。
「やめろ、剣を引け、キラ!」
そう訴えかけるアスランの声は必死だった。
「僕たちは敵じゃない。そうだろう?何故僕たちが戦わなくちゃならない?」
「アスラン…。」
「同じコーディネイターのお前が、何故僕たちと戦わなくちゃならないんだ!」
「…くっ…。」
アスランのその言葉に、キラは苦しんでいた。

 その頃、三機のガンダムはアークエンジェルに攻撃を開始していた。イザークはミサイルを迎撃しつつ他の二機に通信を入れる。
「ディアッカとニコルは艦を。俺はアスランとモビルスーツをやる。」
「分かりました。」
こちらもミサイルを落としながらニコルはそう答えた。だがディアッカは不満の声をあげた。
「えぇ〜!?」
「文句は無しだ、ディアッカ。デカい獲物だろ?」
イザークの言葉にちっ、と舌打ちをしながらも、ディアッカもニコルと共にアークエンジェルに攻撃を開始した。アークエンジェルもそれに応戦する。
「バリアント、撃て!」
バジルールの号令と共に、バリアントの光が二機のガンダムを襲った。二人は予想外の武装に意外な苦戦を強いられつつあった。その光景を見たキラは、艦の援護に向かおうとする。が、それを妨げるイージスから、またもアスランの声が聞こえてきた。
「やめろ、キラ!」
「アスラン!」
少し苛立ったような口調で、アスランはキラに呼びかける。
「お前が何故地球軍にいる!?何故ナチュラルの味方をするんだ!」
「…僕は地球軍じゃない!」
キラのその言葉に、アスランはハッと顔を上げた。そんなアスランに、キラは必死に訴える。
「でもあの艦には仲間が、友達が乗ってるんだ!」
二機は距離を保ったまま、互いを牽制しあっている。今度はキラがアスランに問い掛けた。
「キミこそなんでザフトになんか…なんで戦争したりするんだ!」
「…!」
アスランは驚愕に目を見開いた。それは、分かっていながら、心の奥底に封印していた思い。キラの口から発せられたその言葉が、胸に突き刺さる。
「戦争なんか嫌だって、キミだって言ってたじゃないか。そのキミがどうしてヘリオポリスを!?」
「…状況も分からぬナチュラルどもが、こんなものを造るから…。」
口ごもったアスランに、キラは怒りをあらわにして言った。
「ヘリオポリスは中立だ!僕だって…なのに…っ!」
その時、唐突に警告音がキラの耳に入ってきた。突然の攻撃に、とっさにストライクはビームを回避した。そこに現れたのは、デュエルを駆るイザークだった。
「何をモタモタしている、アスラン!」
「イザークか!?」
突然のことに困惑しながら、アスランはデュエルの姿を確認した。ストライクのコクピットでは、敵機の機種がモニターに表示されていた。
「X−102、デュエル…じゃあこれも!」
奪われたガンダムの姿に驚きながらも、攻撃してくるデュエルにキラは応戦を始めた。

 残る二機のガンダムの攻撃に、アークエンジェルの必死の応戦は続いていた。
「回避行動を取りつつ、加速最大!」
「アンチビーム爆雷、発射!」
ラミアス、バジルール、それぞれの指示がブリッジに響く。戦闘に不慣れなクルーたちも、必死にその命令に答えていた。
「イーゲルシュテルン、敵を艦に近づけるな。ヘルダートは自動発射にセットしろ!」
立て続けの攻撃に、ミサイルを受けたニコルは苦しい表情を浮かべる。フェイズシフト装甲のため実体弾は効かないが、その衝撃は小さくなかった。ディアッカの放ったビームも、アンチビーム爆雷によって弾かれる。が、そのうちの一撃が艦に当たってしまった。その振動に、艦内の非戦闘員から悲鳴が上がる。その中の一人、フレイ・アルスターも恐怖に駆られ叫んだ。
「何よ、これ…何よ、これ!」
幸い致命的な損害にはならず、すぐにそれは収まった。
 一方、デュエルの攻撃を避け続けるストライクに、イザークは苛立っていた。
「ちぃ、ちょこまかと、逃げの一手かよ!」
その声に、キラが反応する。もとは同じ側の機体であるためか、先程イージスと繋がっていた通信回線にデュエルの通信も入ってくるようであった。それに答えるかのように、キラはビームライフルをかまえ、反撃を開始した。
「くそっ、なかなかの武装じゃないか。取り付けない。」
アークエンジェルの予想外の抵抗に、ディアッカは唸った。事実、モビルスーツ二機の猛攻を、ことごとく退けていた。そこに、ニコルから通信が入る。
「艦底部から仕掛けます。援護を!」
「分かった!」
バスターが援護しつつ、ブリッツが艦底部へと回りこむ。その動きは、アークエンジェルでも察知していた。
「敵モビルスーツ、艦底部へ展開!」
「底部イーゲルシュテルン、迎撃開始!」
艦底部に配備されたバルカン砲が、敵機への応戦を始める。ラミアスはそれを見て指示を出した。
「ゴットフリートを使う。左ロール角三十、取舵二十!」
「左ロール角三十、取舵二十!」
ノイマン曹長の復唱とともに艦が移動し、攻撃を開始する。その衝撃に、またもフレイたち民間人は悲鳴を上げていた。戦闘は、いまだ終わる気配は無い。

 先行していたザフトのナスカ級、ヴェザリウスも、アークエンジェルへと接近しつつあった。
「敵戦艦、距離七四〇に接近。」
「ガモフより入電。”本艦においても確認される敵戦力はモビルスーツ一機のみ”とのことです。」
「あのモビルアーマーはまだ出られん、ということか。」
オペレーターの報告に、クルーゼはつぶやく。彼は地球軍の赤いモビルアーマーの存在が気にかかっていたが、どうやら出撃していないらしい。アデスもそれに答えた。
「そう考えて良いのでは?」
だが何かが引っかかるのか、クルーゼは顔に手を当て、考えるようにつぶやいた。
「…フン…。」

 ガンダム同士の戦いが、なお続いている。
「くそっ、くそっ!」
キラはビームライフルを連射しデュエルを狙うが、ことごとくかわされていた。エネルギー残量が刻一刻と減ってきているのを、キラは気付いてはいない。一方、イザークの方は幾分か余裕を残しているようであった。
「そんな戦い方で!」
未熟な敵をあざ笑うかのように、今度はすばやくビームサーベルを抜きストライクに切りかかっていく。キラはシールドでそれを防ぎ、またライフルでデュエルを狙う。そんな二機のやりとりを見ながら、アスランは苦悩していた…。
 その頃、隠密潜航しているフラガは、なかなか見えない敵艦に業を煮やしていた。
「…まだか…。」
そうこうしている間に、ヴェザリウスはアークエンジェルをその射程に捕らえようとしていた。
「敵戦艦、距離六三〇に接近。まもなく、本艦の有効射程距離圏内に入ります!」
「こちらからも攻撃開始だ。」
クルーゼの言葉に、アデスは驚きの声を上げる。
「モビルスーツが展開中です。主砲の発射は…。」
「友軍の艦砲に当たるような間抜けはいないさ。向こうは撃ってくるぞ。」
アデスは憮然とした表情を見せたが、それを飲み込み指示を下した。
「主砲発射準備。照準、敵戦艦!」

 デュエルの猛攻は、いまだストライクを襲っていた。攻撃をかわしつつも、着実に減っていくエネルギーにキラは焦りを隠せないでいた。
「イザーク!」
とそこにバスターを駆るディアッカが攻撃を加えてくる。
「くっ!」
二対一。キラは苦戦を強いられていた。一方、フラガはようやく敵戦艦をレーダーに捕らえていた。
「…捕まえた!」
「前方、ナスカ級よりレーザー照射感あり。本艦に照準、ロックされます!」
「艦長!」
その報告にバジルールは声を上げた。だが、ラミアスは黙ったまま悩んでいる。それを見かねたバジルールは返事を待たずに指示を飛ばした。
「ローエングリン、発射準備!」
その声に、ラミアスは驚いたように顔を上げCICを振り返った。
「待って!大尉の<ゼロ>が接近中です。回避行動を!」
「危険です。撃たなければ撃たれる!」
「後方ローラシア級、急速接近!」
警報が鳴り響く中、方法を見出せないままラミアスは決断を強いられていた。
「何やってるんだ、アスラン、イザーク!頭を押さえる!」
いつまでもストライクを落とせないでいる二機に業を煮やしたのか、ディアッカもストライクに攻撃を仕掛ける。
「ディアッカ!」「くっ…。」「アスラン!」
驚くアスランに、ニコルの声が重なる。キラは絶体絶命の危機に追い込まれていた。

「―――!」
唐突に、クルーゼは覚えのある気配を感じた。この感じは、あの男以外には有り得ない。それに呼応するかのように、フラガの<ゼロ>がエンジンを噴射し、ヴェザリウスへと急速接近していく。己を鼓舞するかのようにフラガは叫んだ。

「うおりゃぁー!」


「機関最大、艦首下げ、ヒッチ角六〇!」
「はっ…?」
突然叫んだクルーゼにアデスは首をかしげたが、次に重なった報告にその意味を理解した。
「本艦底部より接近する熱源。モビルアーマーです!」
すぐさまアデスは指令を復唱し、ヴェザリウスは回避行動を取ったが、<ゼロ>の奇襲攻撃を避けきれず艦体に被弾してしまった。それを確認したフラガは、
「いよっしゃぁー!」
とコクピットの中で歓喜の雄叫びを上げた。そして、ワイヤーを戦艦に打ち込み、その反動を利用して反転、離脱していった。ヴェザリウスの艦内では、あわただしい声が飛び交う。
「機関損傷大。艦の推力低下!」
「敵モビルアーマー離脱!」
「撃ち落とせぇ!」
怒りをあらわにして叫ぶアデスのそばに、クルーゼは立ち上がり近寄っていく。その間にも被弾の報告は続いていた。
「第五ナトリウム兵器損傷、火災発生。ダメージコントロール、隔壁閉鎖!」
次々と報告される被害に、クルーゼは心の中で悔しさを噛み殺した。
(ムウめ…!)
そして苛立った声と共にクルーゼは叫んだ。
「離脱する!アデス、ガモフに打電!」

「フラガ大尉より入電。作戦成功、これより帰投する。」
トノムラ軍曹のその報告に、ブリッジに喜びの声が上がる。ほっと安堵の息を漏らしたラミアスは、すかさず攻撃の指示を出した。
「機を逃さず、前方ナスカ級を撃ちます!」
「ローエングリン一番、二番。斉射用意!」
CICからバジルールの声が響く。
「フラガ大尉に空域離脱を打電。ストライクにも射線上から離れるよう言って!」
「陽電子バンクチェンバー展開。発射口、開放!」
ローエングリンの発射口が開く。三機のガンダムの猛攻に耐えているキラの目に、通信が入る。アスランとニコルにも、その光景が目に入っていた。とその時、ザフト軍のガンダムに電文が入ってきた。その内容に彼らは驚きを隠せなかった。
「ヴェザリウスが被弾!?」
「なぜ?」
「俺たちにも撤退命令!?」
イザーク、ニコル、ディアッカ、三者三様の反応を見せたが、それによって出来た一瞬の隙をついてストライクは射線上から離脱した。イザークがそれを見てつぶやく。
「しまった!」
それと同時に、ローエングリンの光が戦場を貫いた。
「うひょ〜!」
その光景を横目に見ながら、戦闘中とは思えないほどのんきな声を上げるフラガであった。ヴェザリウスでは、正反対に緊迫した空気が漂っている。
「熱源接近。方位、ゼロ、ゼロ、ゼロ。着弾まで三秒!」
オペレータの叫びに、クルーゼは叫ぶ。
「右舷スラスター最大、かわせ!」
全力で回避行動をとったが、完全にかわすことは出来ず、またも被弾を免れなかった。艦内では混乱が起こる。
「ええぃ…!」
クルーゼは怒りに震える声で言った。アークエンジェルもそれを見逃さなかった。
「ナスカ級、本艦進路上より離脱!」
「ストライクに帰還信号を。アークエンジェルはこのまま最大旋速でアルテミスへ向かいます!」
ラミアスの指示により信号弾が打ち出される。それを見たイザークは舌打ちした。
「帰還信号!?させるかよ、こいつだけでも!」
「イザーク、撤退命令だぞ!」
飛び出したイザークに、アスランは制止をかける。が、イザークは聞く耳をもたない。
「うるさい、腰抜け!」
「…くっ!」
三機に囲まれているキラは、抜け出すことが出来ず焦っていた。
「くそっ、これじゃあ…。」
アスランはその光景に、いまだ苦しい表情を浮かべていた。アークエンジェルでも、焦りの色が見えていた。
「キラ!」
ミリアリアが必死な声で呼びかける。
「囲まれてます。これでは…。」
「援護して!」
ラミアスの声にバジルールは抗議の声を上げる。
「この混戦では無理です!」
「ストライクとの距離、開きます!」
「キラ…。」
オペレータの報告に、トールも不安そうな声でつぶやいた。
「ストライクのパワー残量が心配です。」
バジルールの声にラミアスは少し苛立ったような口調で答える。
「分かってるわ。…フラガ大尉は?」
…その頃フラガは、いまだ帰還の途についていた。アークエンジェルからの通信に舌打ちする。
「戻れない!?…ちっ、あのバカ!」
<ゼロ>の速度を上げ、フラガは帰路を急いだ。

 キラは三機に囲まれたまま、猛攻を受けていた。バスターのビームをシールドで防ぐと、今度はデュエルが両手にビームサーベルを持ち突っ込んでくる。応戦しようとしたとき、ストライクに異変が起こった。ライフルが発射されない。警告と共にモニターに表示されたそれは…。
「パワー切れ!?しまった、装甲が!」
みるみるうちにストライクは色を失い、灰色と化していった。
「もらった!」
それを見たイザークはここぞとばかりに突進していく。キラは絶体絶命だった。そんな状況の中、アスランは一つの決断を下した。モビルアーマー形態に変形し、ストライクに向かっていく。
「っ…?」
落とされる、そう思い歯をくいしばっていたキラは、なにか違う衝撃に気付いて恐る恐る目を開けた。そこに見たものは、ストライクを抱え込んだイージスの姿。
「キラ!」
「捕獲された…ストライク、イージスに捕獲されました!」
叫ぶミリアリアの声に重なった報告に、クルーたちは皆息を飲んだ。イージスが、巨大な四本の爪でストライクを捕獲している。異様な光景だった。
「何をする、アスラン!」
「この機体、捕獲する。」
「なんだと!?」
アスランの言葉に、イザークは怒りをあらわにする。ディアッカも抗議した。
「命令は撃破だぞ、勝手な真似をするな!」
「捕獲できるならその方がいい。帰艦する。」
「アスランー!」
…ガンダムのパイロットたちのやりとりに、キラはただ唖然とする。状況が飲み込めないまま、アスランによって連れて行かれようとしていた。イザークはコクピットの中で歯噛みした。
「くそっ、あいつ…。」
その間にも、ガモフはアークエンジェルに接近しつつあった。
「ローラシア級、距離二八〇に接近。」
「艦長!」
「キラ、キラ、応答して!」
バジルールの声に、ミリアリアの悲痛な叫びが重なる。苦悩するラミアスの耳に、通信を告げる声が聞こえ、はっと顔を上げる。
「フラガ大尉より入電!」
…フラガより入ってきた電文には、意外な内容が表示されていた。トノムラも首をかしげる。
「ランチャーストライカー、カタパルト射出、準備せよ…?」
「なに…?」「…!」
バジルール、ラミアス共に驚きの表情を浮かべていた。一方のフラガは、愛機を全速で飛ばしつつ、祈るようにつぶやいた。
「間に合えよ…坊主!」

「アスラン、どういうつもりだ!?」
イージスに捕獲されたストライクの中で、キラは抗議の声を上げた。
「このままガモフへ連行する。」
「ふざけるな!僕はザフトの船になんか行かない!」
キラは脱出を試みるが、羽交い絞めにされていてびくともしない。
「お前はコーディネイターだ。僕たちの仲間なんだ。」
「違う!僕はザフトなんかじゃ…。」
反論を続けるキラに、アスランは怒りをあらわにして言った。
「いいかげんにしろ、キラ!」
「…!」
「このまま来るんだ。でないと僕は、お前を討たなきゃならなくなるんだぞ!」
震える手で操縦桿を握り締めたままのアスランに、キラも言葉を失う。説得できなければ討つ、そうクルーゼに約束してきてしまったのだから。そして、次のアスランの言葉にキラは驚いた。
「…血のバレンタインで母も死んだ。僕は…っ!」
そう言いかけたアスランの目に、赤い光が飛び込んできた。敵機の襲来を告げる警告。それと同時に、遠い光を背に赤いモビルアーマーがすさまじい勢いで攻撃を仕掛けてきた。突然の事に、アスランも避けきれず一撃食らってしまう。
「坊主!」
「フラガ大尉!?」
それがフラガだということを確認し、キラは驚いた。別行動を取っていた彼が戻ってきたのだ。唐突に現れた敵に、他のザフトのパイロットたちも動揺した。
「モビルアーマー!?」
「アスラン!」
その間にも<ゼロ>のガンバレルがイージスを狙い打ち、一発、二発と攻撃を命中させる。さすがに耐えかねたアスランは、ストライクを開放しモビルスーツ形態へと変形した。キラがほっとしたのもつかの間、フラガからの通信が入る。
「離脱しろ!アークエンジェルがランチャーを射出する。」
「えっ!?」
「後ろにもまだデカいのがいるんだぞ。早く装備の換装を!」
自身はイージスとの戦闘を繰り広げながら、フラガが叫んだ。キラは<ゼロ>と撃ち合うイージスの姿を見たが、脳裏をよぎった友人たちの姿に、覚悟を決めた。
「…分かりました。」
その言葉と共に、ストライクをアークエンジェルへと向ける。
「キラ!」
叫ぶアスランの声は、もうキラには届かなかった。ストライクの姿を見て、イザークとディアッカが舌打ちする。 「あいつ!」「あのバカ!」
二人はそう叫び、ストライクへと向かっていった。アークエンジェルは、それを阻止するため必死の応戦を始める。
「ストライクに近づけさせるな!」
「マードック軍曹、準備は?」
ランチャーストライカーの射出準備をしていたマードックは、ラミアスからの通信に、いつでも、と答えた。
「しっかし、無茶ですぜ、こんなのは。途中で落とされちまったら…。」
「無茶は承知よ。やるしかないの!」
ラミアスの剣幕に、うへぇ、と肩をすくめるマードックであった。電話を切ったラミアスはバジルールを振り返り指示を出す。
「バジルール少尉、タイミングはまかせます。」
「了解。艦のコントロールこちらへ!レーザーレンジデータ、オンライン。ストライクとの相対速度合わせ。カタパルトの射出モーメント制御を、ランチャーストライカーのコンピュータに渡せ。」
バジルールの指示が次々と飛び、射出準備は着々と進んでいった。ストライクも、アークエンジェルに近づきつつある。
「おおっと、俺がやられちゃ話になんねぇ!」
イージスとブリッツ、二機のガンダムを相手に、フラガは互角に渡り合っていた。だが、さすがにつらい。フラガは回避に回ることにした。その頃、ストライクを追っていた二機だったが、艦に攻撃を仕掛けるディアッカの横をすり抜け、イザークは一直線にストライクに向かっていった。
「イザーク!」
「させるかよ!」
「デュエル接近!」
アークエンジェルでは、警告が鳴り響く中、皆が息を飲んでそれを見守っていた。そして…。
「ストライク、軸線上に乗りました!」
「カタパルト…射出!」
ストライクがカタパルトの軸線上に来たのを確認し、バジルールは叫んだ。その声と共にカタパルトが始動を始めた。GOサインが出て、ランチャーは虚空へと飛び出していく。
「来た!」
キラはそれを確認し、エールストライカーを切り離して換装の態勢を整えた。ランチャーの装着が始まる。だがそれを、デュエルのライフルの銃口が狙いを定めようとしていた。にやりと笑ったイザークの目の前で、モニターがロックオンを告げる。
「…ロックされた!?」
ストライクもそれを察知し、キラは換装を急いだ。間に合うかどうかの瀬戸際だった。
「キラ!」
叫んだトールの声に、アークエンジェルのブリッジでも緊張が走る。換装が終わったかと思われた瞬間、銃弾はストライクに直撃し、光が辺り一帯を支配した。その光を、立ち上がったラミアスは呆然と見やる。戦闘中だったアスランとフラガも、その方向を振り向いた。
「やったか!」
一瞬勝ち誇った表情を見せたイザークだったが、光の中から放たれた別の光に、驚愕の声を上げた。
「なにぃ!?」
その光…ランチャーのビームにデュエルの右腕は消し飛ばされ、換装を終えたストライクが反撃を開始した。
「うわあぁっ!」
叫びと共にキラはランチャーを連射し、ガンダムたちを狙い打つ。バスターも反撃を試みるが、戻ってきたフラガに阻止された。
「退け、イザーク、ディアッカ。これ以上の追撃は無理だ!」
「なに!?」
「アスランの言うとおりです。このままだと、今度はこっちのパワーが危ない!」
アスランとニコルの制止に、イザークは悔しげにモニターに映るストライクを拳でたたいたが、ディアッカに支えられてその場を撤退していった。
「敵モビルスーツ群、離脱しました!」
その報告に、立ち上がっていたラミアスは、指揮座に座り込みほっと肩をなでおろした。

 ガモフでは、撤退したガンダムのパイロットたちが、控え室に戻っていた。
「貴様、どういうつもりだ!お前があそこで余計な真似をしなければ!」
イザークが、アスランに食って掛かり首筋を締め上げている。かなりの屈辱だったのであろう、イザークの怒りは半端ではなかった。
「とんだ失態だよね。あんたの命令無視のおかげで。」
ディアッカも、激昂するわけではないが皮肉と怒りをこめた声でアスランを非難した。とそこへ遅れて入ってきたニコルが、イザークを制止する。
「何やってるんですか、やめてください、こんなところで!」
「四機でかかったんだぞ。それで仕留められなかった。こんな屈辱があるか!」
いまだアスランを締め上げたままで、イザークは叫んだ。
「だからといって、ここでアスランを責めても仕方ないでしょう。」
冷静に言うニコルの視線に、イザークはアスランを突き飛ばし部屋を出て行った。ディアッカもそれに続く。幾分か表情を和らげて、ニコルはアスランに話しかけた。
「アスラン、貴方らしくない、とは僕も思います。でも…」
「…今は放っておいてくれないか、ニコル。」
ニコルの言葉を遮り、アスランも部屋を出て行った。壁に拳を叩きつけ、苦悩の声を上げる。
「キラ…。」

「おおーい、こら坊主!」
一方、アークエンジェルの格納庫では、整備員たちがなす術もなくストライクを見つめている。その様子を見たフラガは、困った様子のマードックに問い掛けた。
「ん…どうした?」
「いやぁ、なかなか坊主が出てこねぇんで…。」
「おやおや…。」
とつぶやきながら、フラガが外部のスイッチでコクピットを開ける。
「おい、何やってるんだ、こら、キラ・ヤマト!」
そう言いながらコクピットの中を覗き込んだフラガは、キラの様子に驚いた表情を見せた。…激しく肩を上下させ、息を継いでいる。手は操縦桿を握り締めたまま、キラは緊張のあまり動けないでいた。その様子に、フラガは表情を和らげ、キラに語りかけた。
「もう、終わったんだ。ほら、もう…とっとと出てこいよ。お前も俺も死ななかった。艦も無事だ。」
固まったままの手を外してやりながら、キラの顔を覗き込んで、フラガは笑顔を見せた。
「…上出来だったぜ。」
「…っ!」
その声にようやくキラは覚醒し、震える手を見つめながら自分が生きているのだという事を実感した。その頃居住区では、様子を見に行ったサイに、フレイが泣きながら飛びついていた。
「サイのバカ、バカバカバカ!怖かった、すごく怖かったのよ、あたし!船がすごく揺れるし、あたし一人で…!」
そう言って泣きつくフレイを、サイは困惑の表情で見つめていた。
「アルテミス、本艦の受入要請を了承。臨検官を送る、とのことです。」
「分かったわ。ありがとう。」
ようやくアルテミスとの接触に成功し、受け入れてもらえるということでラミアスはほっと安堵の息をついた。
 一方、被弾し修理のため離脱したヴェザリウスでは。
「クルーゼ隊長へ、本国からであります。」
電文を受け取ったクルーゼは、無言でそれをアデスに手渡した。それを見たアデスは驚く。
「評議会からの出頭命令ですか。そんな、あれをここまで追い詰めておきながら…。」
「ヘリオポリス崩壊の件で、議会は今頃てんやわんやといった所だろう。まあ仕方ない。…あれはガモフを残して、引き続き追わせよう。」
そう言ったクルーゼに、アデスもはっ、と返事をした。
「アスランを帰投させろ。修理が終わり次第、ヴェザリウスは本国へと向かう。」

 その頃、アークエンジェルにアルテミスからの臨検官が到着していた。沈んだ表情のまま戻ってきたキラは、通路で待っていた人物を見て立ち止まる。
「ちょっと、言い忘れてた。」
「あ、はい。」
そういいながらキラの肩を引き寄せたのは、フラガであった。すこし悪戯っぽい笑みを浮かべていたが、急に小声になりキラに耳打ちした。
「ストライクの起動プログラムをロックしておくんだ。キミ以外、誰も動かすことが出来ないようにな。」
「えっ?」
キラはフラガの言った意味が分からず不思議な顔をしたが、言われたとおりに格納庫へと向かっていった。
「ご苦労様です。本艦の要請受領を感謝いたします。」
臨検官二名と対面したラミアスは、敬礼をほどこしつつそう言った。アークエンジェルはアルテミスへと入港すべく、方向転換を行っている。その艦内で、サイとフレイがその光景を見つめていた。
「うわぁ…。」
「光波防御帯って言うんだって。別名『アルテミスの傘』。レーザーも通さない、絶対防御兵器なんだってさ。」
「よかったぁ。これでもうあたしたち、助かったのね。」
「ああ。」
安堵の声を上げるフレイであったが、事態は別の局面へと進みつつあった。アルテミスへと入港したアークエンジェルを迎えたのは…無数の銃口。ラミアスたちは言葉を失う。
「艦長!」
「なんだよ、これは!?」
バジルールとトールはそれぞれに抗議の声を上げる。ラミアスも驚き臨検官に詰め寄る。
「少佐殿!」
「…お静かに願いたい、艦長殿?」
「…っ!」
無数の銃口を向けられ、アークエンジェルのクルーたちはなす術も無かった…。






〜次回予告〜

 宇宙に輝く美しき光、『アルテミスの傘』。が、その裏側にひしめくのは、身勝手な思惑と欲望。望まぬ戦いを繰り返してまで求めた場所で、戦争の実態を、子どもたちは改めて知る。動き始めた運命の針は、止めようも無く、キラをどこへ向かわせようというのか。
次回、機動戦士ガンダムSEED「消えるガンダム」、
見えない未来に、立ち向かえ、ガンダム!






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