28CP検証論



・・・こんなの、個人の好みでしょ、という方はお読みにならないほう無難です。
フラ×クル/クル×フラ/リバシ 検証論。(2003/01/22〜)





最近、クルフラがフラクルにめちゃくちゃ押されて来た気がしたので、・・・危機感を感じる僕です。
でも、井の中の蛙のようにクルフラ訴えてても大人気ないので、一辺きちんと検証してみたいと思います。
勿論、クルフラな主観は出来るだけ抜かして・・・。

本当は、イラストにしろ小説にしろ、二次創作ものは、必ずその作者の考えに基づいて書かれたり描かれたりするもので、本編原作とは違ったキャラの味を出さねばなりません。
本編そのままもしくはあまりに似かよったイラストや文章表現は、確実に著作権の侵害になりますからね。
しかし、あえて今回は原作キャラに沿って、2人の関係を論じてみたいと思います。
それは、読み手の方が自分の中の2人の像を作り上げるには、まずはTVの2人からであることに変わりがないからです。
原作を通して、私たちは隊長を受けだと思ったり攻めだと考えたり、フラガは受けだと感じたり攻めだと判断したりするのが全ての始まりだからです。

『真実』の彼らはどんな人物か、そしてもし愛とは言えないまでも何らかのそれに近い繋がりがあるのならば、2人はどういう関係にあるのか。
それをここで確認することで、改めて2人の関係を考えて見て欲しいと思います。
この文を読んで、今までの2人の認識を変えてくだされば幸いです。
クルフラさんがフラクルになってもいいんです。フラクルさんがクルフラになってもいいのです。
もう1度、改めて考え直してみてください。
・・・こんなこと言ってる僕も、書いてるうちにフラクルに近づくのではと多少怖くなっても参りましたが、あえて僕はこの問題?に立ち向かってみたいと思います。


なお、長くなりますので、ぼちぼちUPしていきたいと思います・・・(汗)





@同い年であること。
まず、どちらも28歳であること―これが重要ポイントでしょう。
「受け」「攻め」は年齢、すなわち人生経験によっても左右されます。
その点で、やはり基本は「年上攻め」。兄貴が可愛い弟を襲うのは基本中の基本でしょう。
ですが、それはあくまでセオリー通りであって、年下のほうが人生経験が豊富なこともある。
この場合、不器用な兄貴を無理矢理開かせたり、年上のくせに妙にコドモな所がそそられたり、と下克上が起こります。年下×年上です。
だいたい、こういう時の年上は、年上のわりに子供じみたところがあったり、練れてなかったり、性的経験が浅かったり、今まで苦労してこなかった坊ちゃんだったりします。

では、本題に。フラガとクルーゼはどうでしょう。

はっきり言って、同年代であり、28であるだけあって、2人はそれなりに地に足がついた大人のようです。
フラガが妙に子供っぽくて可愛い・・・と感じるのは主観的なので論点にはしません。2人は立派に上に立つものとして存在していると思います。
性的経験も、どちらが浅い・・・などとはいえないでしょう。
そこで、出てくるのがナチュラルであること、コーディネイターであること、その上での生き様の相違です。
この点は、次の項目で検証してみたいと思います。


A生き様の相違点。
30年近く生きてくれば、当然ながら挫折も栄光の日々もいろいろと経験してきたわけで。
その内容によっても、「攻め」「受け」は決められると思います。

まず、2人は血縁であれ他人であれ、ナチュラルであるとかコーディネイターであるという問題により隔てられています。
今後、実は2人ともナチュラルだったとかコーディネイターであったとか言われる可能性もありますが、
今のところはクルーゼはコーディネイター、フラガがナチュラル、ということにしておきましょう。

1)フラガ編
で、ナチュラルとして生きる者の場合。
ナチュラルはコーディネイターの高い能力に嫉妬することはあるものの、精神的には批判する側ですから、優位に立っていると思われます。
とすれば、もしこの2人が血縁であった場合、必然的にコーディネイターとして批判に晒される兄弟を守らねばと思うでしょう。
それを見ていながら、なおもコーディネイターの能力をうらやむとは思えません。
これだと、フラガ×クルーゼ・・・が妥当でしょうか。
全くの赤の他人であった場合―これは、嫉妬の面もあるかもしれません。
けれど、ただの嫉妬が彼ら個人を繋げるはずもなく、例えばコーディネイターであるクルーゼに屈辱を与えられた、などのきっかけが不可欠です。
この点では、ナチュラルであるフラガにクルーゼを陵辱する機会などそうないと思いますので、クルーゼ×フラガ、と考えるのが妥当でしょうね。

↓は、ちょっとどこにも入れられなくなりそうだったのでここに入れときます。

フラガは、何かと頼りにされる存在です。
コーディネイターとも対等に戦え得る能力の持ち主。それ故に頼られることも多くなるでしょう。
そして、強さを求められる。どんな時でも。
誰も、彼の弱さを知らない。今更、それを曝け出すことはフラガ自身のプライドが許さない。
この時、始まりが強姦だとしましょう。見える壁、見えない壁全てを越えて、自分の中の弱い部分、隠したかった面を目の前に引きずり出されて。
『私の前ではもはや何を取り繕っても無駄だ』といわんばかりの笑みを刻まれる。
屈辱だったと思います。フラガにとって。
でも、垣根を取り去られることは、反面必ず自分の中に安堵をもたらすのではないでしょうか。
まぁ、そう思えてくるのは、憎しみ抜いたその後なのでしょうがね。


2)クルーゼ編
クルーゼがコーディネイターである場合。
コーディネイターは、概して批判される側です。たとえナチュラルに対して優越感を持っていようとも、批判される立場にあるというのはつらいものです。
確かに、能力を持った者―としての優越感があるのは事実にしろ、果たしてその思いは続くのでしょうか?
これはコーディネイター論にも繋がる話ですが、コーディネイターは、そもそも『能力値の高い者』として絶対的能力を持たされて生まれてきた者です。
ナチュラルの"欲望"であり、"望み"であり、"夢"を現実化した者達です。
それは、目的化された人間を生み出すことと同義であり、少なくとも能力値の低いコーディネイターは欠陥品に他なりません。

このような状況下で、クルーゼはどのように生きてきたのでしょうか。
自分に向けられる異質のまなざし、嫉妬の念、嫉み、憎しみ・・・そんな人間の黒い感情は、彼をどんな人間にさせたのでしょうか。
世の中に渦巻く暗い感情は、確実に感受性の高い若者を荒ませるに違いありません。
それ故に、彼が絶望を感じ、死にたいと思うほどに弱い人間になってしまったのか、それとも荒みきった世界や自分を冷めた目で見やる人間になったのか・・・・・・
それは、クルーゼという存在の"現在-いま-"を見れば、おのずとわかってくるでしょう。
普通、前者ならば受け、後者ならば攻め・・・・になるでしょうね。

ここで、フラガとの関係を見てみれば、ナチュラルである彼への憎しみは募るでしょう。ナチュラルの彼はなんといっても誰からも愛される対象のはずです。
ですが、クルーゼが前者ならば、先ほどフラガ編でいったように、人間らしく生きられる彼―が愛してくれるのなら、クルーゼも心を開く気がします。
フラクル決定。(ここちょっと内容薄いですね・・・あとで足します)
そして、後者の場合、ナチュラルに対する感情は、軽蔑に他ならない。それは、フラガに対しても同じことです。
彼を自分の中の暗い感情のはけ口にする可能性も無視できません。
けれど、それとは反面、彼のナチュラルとしての資質に、愛すべきものを見出すこともあるかもしれません。
これは、フラガのクルーゼに対する態度によるかもしれませんが、
一種の、同じ人間としての憧れ故に、彼を愛し、そして荒んだ心を癒す場所として彼を認められることもあるでしょう。血縁であるなら、なおさらのことです。
たとえコーディネイターたちが団結したとて、孤独は孤独。その中で、フラガは冷たく渇いた彼の心を和ませる力があると思います。
フラクル・・・クルフラ・・・これはどっちもありですね。
まぁ、彼の純粋な人間らしさが癒しの水ならば、クルフラがより適当でしょう。



B心の強さ・弱さ、想いの強さ・弱さ
Aの生き様の話でも結構触れてしまいましたが、大概心の弱い者は「受け」です。比較的強い方が「攻め」。
愛や想いの強さも同様です。芯が強い人間ほど攻めっぽいというか。
全体的に見て、動揺しやすい、ヒステリック、感情が態度や瞳に出やすい・・・など、感情の起伏が激しいタイプが受けでしょう。
この観点でいくと、フラガとクルーゼ、どちらがより強く、そしてより弱いのでしょうか。

クルーゼの仮面を、自分の弱さを押し隠すため、とも取れるでしょう。
そもそも隠すという行為は、人に知られたくない一面や弱みを握られたくない、という感情が基にあるわけで、
それは裏を返せば自分には弱みがある、ということをあからさまに表しているようなものです。
下手に壁を作る者は、自分に自信がない、自分という存在が確立していない・・・ところがあるでしょう。
そして、フラガ。彼の明るさも、一種の仮面のような役割を果たしている気がします。
強がること、明るく振舞うこと、屈託のない笑顔、それら全ては自分の表面だけに意識を向けさせる手段でもあり、内面を悟らせない行動でもあります。
隠したい一面・・・それはなんなのでしょう。
こう考えてくると、結局どちらも弱い一面がある、しかし、上に立つものとして、強くあらねばならない・・・という意識が、彼らを突き動かしている気がします。
多分、本人の心の中では、自分の弱さをあざ笑うような自分が存在しているのでしょう。しかし、その弱さを認められることも、強さの一つです。
結局のところ、精神面ではどちらもリバなんでしょうかね・・・(すいません、逃げですね、これは)

また、執着心が強いのも、一つの攻めの特徴ですね。
それは、愛という形でなくとも、憎しみでもありうることですが、そもそもそうでなければ男を抱こうなんて考えませんよね(苦笑)
で、14話を見てみると、とりあえず隊長はフラガに対する執着心が見え見えでしたからね。
今のところ、この点ではクルーゼ攻めが優勢でしょう。彼はあの仮面に自分の中の憎しみや狂気を全て押し隠しているのかもしれません。
そんな彼の前では、いかなフラガでも屈することしかできないでしょう。



C身体的特徴での判断
客観的に見て、フラガのほうがゴツイと見るのが一般的なんでしょう。(自分はそうは思わないのでどうも・・・)
確かに、隊長の方が華奢と言えば華奢なのかも・・・あのしなやかな豹のような体つき、何気にそそります(すいません)。
でも、はっきり言って地上で生まれた者が宇宙で生活することは、肉体的にはかなり負担・・・というかむしろラク過ぎ?なので、無重力空間では絶対体力を削がれます。
これは現実でも当然そうですよね。
現実の話でいうと、毎日2h以上まんべんなく筋トレしていないと、地上で重力に逆らって生活している通常時よりどんどん筋力・体力が落ちていくらしいです。

さて、この2人に合わせていくと、
やはり宇宙戦艦や無重力空間にいるほうが多いのではないかな、と思います。
この状況で、フラガの方が筋骨隆々としている・・・とは言えないでしょう。筋トレにも限界があります。
そして、2人が同じ体形と見た場合、・・・・本当はこういう理由で「攻め」「受け」決めるのは嫌なんですが、コーディネイターの方が力は上かな、と。
やはり、無理にフラガを組み敷けるのはクルーゼらコーディネイターだけであって、フラガが嫌がるというか暴れるクルーゼを組み敷けるハズもないのでは?
まぁ。ここの差は、精神的要因にひどく左右されるでしょうが、重要なことは、フラガ個人がクルーゼを強姦することは、体力的にもできるはずがない、ということです。
精神的弱さ>肉体的弱さ・・・、受けを決める要因は、少なくともどちらかにはあるのでしょうね。


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