sute CD 3

「こんにちは、ラクス=クラインですわ。」
「初めまして。アスラン=ザラです。」

――婚約者として彼女に会うように、と父から言われたのは、ほんの一週間前のことだった。
こんやくしゃ、コンヤクシャ…?…婚約者ぁ!?そんな、勝手に、横暴な!…とも思ったが、それよりなにより、その相手がラクス=クラインであるという事に驚き――
「どうぞ。」
と、ラクスがアスランの前にカップを置く。
「う、す、すみません。」
――呆然としている間に時は過ぎ、あっという間に訪問の約束の日となって。
これまで画像の中でしか見たことの無かった、プラントで人気NO.1の歌姫が今こうして目の前にいる、という事態になってしまった。
そりゃあ、俺だって彼女の歌は嫌いじゃない。彼女自身もとてもかわいいし、優しげで…。しかし、いきなり婚約者と言われても、彼女だって戸惑っているに違いないし――

「アスランの髪は蒼ですのね。では、わたくしたちの子供は紫の髪になるのでしょうか?」
「っ…!」
「あら…。」
唐突にそう言ったラクスの言葉に、アスランは思わず飲みかけていたお茶を吹き出してしまった。むせる彼に、ラクスは困ったような表情を浮かべた。
「す、すみません。」
「いいえ。こちらこそごめんなさい。お嫌いでしたか?ミントティー。」
「い、いえ…そういうことでは…。」
何かずれているようなラクスの言葉に、少し呆れたように答えるアスランであった。
「では、ローズティーにしましょうか。それともカモミール?う〜ん、…オカピー!」
ラクスが何やら奇妙な名前を呼ぶと、ガシャガシャと機械の歩くような音が聞こえてきた。
現れたのは、犬のような感じのロボットで、よく見ると背中に物を乗せられるようになっている。
「アリスさんにコーヒーをお願いって。」
ラクスの声に答えるように電子音が響き、そのロボットは去っていった。アスランも思わずため息をついてしまう。
(これはわざとなんだろうか?それとも、彼女は本当にこういう人なのか?)

「ところで…。」
「あ、は、はい?」
考え込んでいたアスランは、声を掛けられ思考を戻した。が…。
「わたくしたちはいつ結婚しますの?」
「っ…!」
(って…ちょっと待ってくれよ、おい…。)
そう言った彼女の言葉に、またもやアスランは絶句した。
「アスランもわたくしもまだ14歳でしょう?ちょっと早いような気もするのですけれど…。」
「いえ、あの…その前にですねぇ…。」
「はい?」
「えっと、ですから、つまり…。貴方はそれで、ええと…。」
「はい。」
アスランはしどろもどろになりながら必死で言葉を探していた。ラクスは不思議そうにそんな彼をみているだけだったが。
「つまり、僕と…結婚する、ということで本当によろしいんですか?」
「えっ?」
(って、どうしてそこで驚くんだろう…。)
心の中で呆れているアスランに気付いているのかいないのか、おっとりとした調子でラクスは言う。
「でも、そう言われましてもわたくし、貴方のことよく存じ上げませんし。」
(そうですよね、そうでしょう。そうなんですってば!だからね…。)
だがアスランの期待をよそに、ラクスははっきりと言った。
「ですから、いいか悪いかなんて、よく分かりません。」
「はぁ…。そですね。」
こりゃダメだ。というように脱力してしまったアスランに、今度はラクスが問い掛けた。
「あなたは?」
「えっ?」
「そう言うアスランはいかがですの?わたくしと結婚する、ということでよろしいんですか?」
逆にそう問い返されると、アスランも困ってしまった。
「い、いや、あの、だから、それは…。」
「あら…お嫌ですの?」
「え?い…いいえ!そんなことは…。」
「では、よろしいのですか?」
ラクスにそう言われ、アスランは何と答えたらよいのか分からなくなってしまった。思わず言葉に詰まる。
「うう、あうぅ…。」
「『うう、あうぅ』?というのは、どういう意味なのですか?」

(はぁ、俺、帰りたい…。)
アスランが心の中でそうつぶやいたその時、ラクスの慌てたような声が耳に入ってきた。
「まあ、オカピー!?」
「ん?」
声のする方を見ると、慌てるラクスと、奇妙な音を立てているさっきのロボットが目に入った。故障でもしたんだろうか?
「どうしましたか、オカピー?しっかりなさい!」
(って、機械にそう言ったって…。)
ラクスの奇妙な行動にも幾分か慣れてきたのか、それでもアスランは立ち上がり、彼女のそばに歩いていき、そのロボットを覗き込んだ。
「調子が悪いようですね。」
「ええ…。先日わたくしが乗りましてから、どうもよくないみたいで…。」
その言葉に、アスランは一瞬、耳を疑った。
「は?乗ったんですか?これに、あなたが?」
「はい。一緒にお散歩をしていたのですけど、オカピーは足が遅いのでわたくしつまらなくなってしまって。
で、小さい頃のようにオカピーの背中に乗せてもらったら楽しいかな、と…。」
(はぁ…。どう見ても耐荷重10kgのこれに…。)
もう呆れるしかないアスランであった。
「昔はわたくしを乗せてもトコトコ歩きましたのに。」
(そりゃねぇ…。)
「一時はギッチョンギッチョン言うだけで動かなくなってしまったのですけれど、アリスさんが診てくださって…。
でも、まだ時々こうなってしまいますの。小さいときからのお友達なので、早く良くなってもらいたいのですが…。」
(って言ったって、ほっといて機械は直りませんってば…。)
彼女は、まるで生き物のようにロボットを扱っているらしい。仕方ないな、と言うように、アスランはラクスに申し出る。
「良かったら僕が診てみましょうか?」
「え?」
「機械いじりは好きなほうなので、工具をお貸しいただければ。」
アスランの言葉に、ラクスの表情が明るくなっていく。
「まぁ…。ありがとうございます!」

 アスランは、工具を借りて修理を始めた。その隣で、ラクスが興味津々といった様子で覗き込んでいる。
「だいぶ磨耗しているパーツが多いですけど、そう複雑な機構でもありませんし、ちゃんとメンテナンスしてやればまだ動きますよ。
あまり重い…じゃあなくて、その、人が乗ったりしてはダメですけど。」
そう言ったとき、電子音が響いて、ロボットが立ち上がった。ラクスが歓声を上げる。
「まぁ、直りましたの?」
「ええ、まあ。とりあえず。」
「ああ…。ありがとうございます、アスラン!すごいですわ!」
「いやぁ、そこまで感動されるほどの事では…。」
目を輝かせて感動しているラクスに、少し照れくささを感じていた。
「いいえ。赤ちゃんの時から一緒のお友達ですもの。本当に嬉しいですわ!よかったこと、オカピー!」
「だったら早く修理に出せばいいのに…。」
「…?何か?」
「い、いえ!」
思わず声に出してつぶやいていたらしい。慌てたように何でもない、と手を振った。そんな事は気にも留めず、ラクスは思い切りはしゃいでいる。
「きゃぁ、すてきすてき!お散歩しましょう、オカピー!」
はしゃぎながら遠ざかっていく彼女を見ながら、アスランは思った。

(ピンクの妖精、なんて言われる彼女だけど、確かに人間離れしてる気がする。でも、まあ…。)
アスランは、自分の中に心境の変化を感じていた…――

「ハロ、元気!」
「まあ…。」
何やら丸い物体がしゃべっている。その様子を面白そうに眺めているラクスがいた。あれから数日後、再びアスランがクライン邸を訪れたときのことである。
「この子はなんですの?」
「えっと、ハロです。」
アスランが持ってきた丸いロボット、ハロが飛び跳ねながらハロ、ハロ、としゃべっている。ラクスの髪の色に合わせたような、ピンク色だった。
「あ〜そ〜ぼ〜?」
「え、わたくしと?」
「簡単な単語を登録してあるんです。まだ増やすこともできますよ。」
「ハロ、ラクス〜?」
ハロの言葉に、ラクスも驚いたような表情でアスランを見やった。
「まぁ、わたくしを呼びましたわ!」
「ええ、まあ。登録してあるので…。」
ラクスは驚きを隠せない、といった感じであった。
「アスランがお作りになったのですか?」
「もしかして、こういった物お好きかなぁ、と思いまして…。」
「すごくかわいいですわ。まぁ、どうしましょう!?」
「いや、そこまで言われるほどのものでは…。」
相変わらずのラクスの喜びように、恐縮しきりのアスランであった。
「ハロ、元気!」
「はい、ラクスも元気ですわ!」
「あ〜そ〜ぼ〜?」
「はい!遊びましょう!」
とても嬉しそうに、ラクスはハロと話している。
「ハロ、ハロ!」
「わたくしはラクスですわ。ラ・ク・ス。ハロはお散歩好きですか?」
「ハロハロ。」
「まあ、そうですか!それは良かったですわ。」
そんな感じではしゃいでいるラクスを見ながら、アスランは軽くため息をつく。
「はぁ…。ますます人間離れしてしまったような気もする。でもまぁ…いっか。」
と、戻ってきたラクスが、にこやかに言った。
「この子が婚約の贈り物ですのね?アスラン。」
「…ええ!?」
「あら…違いますの?」
「え、いや、あの…その件に関しましては、またのちほど…。」
困ったような表情のアスランに、ラクスはくすりと笑った。
「…?」
「そうですわね。まだちょっと早すぎますものね、わたくしたち。色々と。」
「え?」
「これからゆっくりとお話していきましょう。ね?ハロちゃんも。」
「ハロ、元気!」
そう言って微笑んだラクスに、アスランもまた微笑んで言った。
「…そうですね。」

――END――






コンテンツ

PAGE TOP