sute CD 4

ピ、ピと規則的に電子音が響く。それを操作している男は画面から目を離さずに言う。
「…アスラン・ザラ。」
「はっ。」
「…ニコル・アマルフィ。」
「はっ。」
男の目の前に立つ二人の少年が、それぞれに返事を返す。そしてようやく、男は画面から目を離し、二人を興味深そうに見つめて言った。
「はぁ〜、二人とも『赤』なんだ。」
「はぁ…?」
二人の少年、アスランとニコルは、その言葉の意味を図りかねて首を傾げる。そんな二人には構わず、男は続ける。
「いやいやいやいや、優秀なルーキーが来てくれて、俺も嬉しいですよ。俺はミゲル・アイマン。お前らの二期上だ。」
「はっ。」
「よろしくお願いします。」
その男、ミゲルの言葉に、アスランとニコルがそれぞれに答えた。
「けど…今回の配属は五人、って聞いてたんだけどなぁ。はい、こっちこっち。」
ミゲルは二人を促し部屋の外へと出て行く。二人もそれに従った。歩きながらミゲルは考えるように二人に話し掛ける。
「あとの三人は?え〜と、イザーク・ジュールとディアッカ・エルスマン、ええとそれから…ラスティ・マッケンジー。」
「入営は明日までにと言うことでしたから、彼らは明日になるのではないでしょうか?」
アスランがそう言うと、ミゲルは不思議そうな顔で言った。
「んじゃあ、なんでお前らも明日来ないの。」
「…え?」
「あと三人が明日なら、多数決で明日だろうが、普通。なぁ?」
きっぱりと言ってのけたミゲルに、アスランとニコルは困ったような表情を浮かべる。
「多数決、ですか…。」
「早いほうがいいと思ったんですけど…。」
二人の困惑振りに気付いているのかいないのか、マイペースな調子でミゲルは話を続ける。
「まぁ、遅れるよりはそりゃ早いほうがいいさ。けどそれじゃあ、俺は明日もまたルーキーどもに話をしなくちゃならないだろうが。」
「はぁ…。」
そうこうしているうちに、とある部屋へとたどり着いた。入ってみると、ベッドやテーブルが並んでいる。ここが彼らの部屋なのだろう。
「部屋はここな。そっちのベッド、二つ空いてるだろ?」
「あ、はい。」
そう言って二人はベッドの上に荷物を置く。ミゲルは別のベッドに座りながら言った。
「おっと、ちなみにここ、俺ね。上がオロール。オロール・クーデンブルー。俺と同期のやつだ。」
「は、はい。」
「よろしくお願いします。」
まだ硬い様子のアスランとニコルはそれぞれにそう答えた。ようやっと腰を落ち着けたミゲルは、二人に話し掛ける。
「ふう。…アカデミーはどうだった。ナイフのフレッドはまだ元気かい?」
「あ…はい、とても元気ですよ。」
聞き慣れた名前を耳にして、ニコルも少し緊張を解いてそう答えた。アスランも同様のようで、表情をゆるめて言った。
「アイマン先輩もフレッド教官に?」
「ミゲルでいいよ。そりゃあもう、あいつにはメタメタ絞られたさ。『これからお前らどこ行こうってんだ?戦場か、それともダンスクラブか?』ってよ。」
本当にまいった、という表情で肩をすくめてみせたミゲルの様子に、ニコルも自然と笑う。
「あははは。僕らも散々言われました。『負けはただの負けじゃねえ。死ぬんだぞ、戦場では。』って。」
「けっ、ずっと同じセリフかよ。あのヤロー。」
「でも、アスランは勝ったんですよ。最後の一対一のナイフ戦。」
ニコルのその言葉に、ミゲルは驚いた様子でアスランをしげしげと見つめた。
「えっ!?じゃあ何、お前トップ?ナイフ戦。あいつ一番のやつとしか戦わないだろう?」
「え、ええ、まあ…。そうですね。」
アスランは、触れられたくないと言う風な苦笑いを浮かべている。だが隣のニコルは自慢げにいろいろと語っていた。
「イザークが二番で、ぼくは三番でした。」
「ふう〜ん…。」
じぃっと見つめるミゲルの視線に、たじろいだような様子のアスランであった。
「あ、はぁ…。」
「けどまあ、今はモビルスーツ戦が主だしな、俺たちは。重要なのはそっちだよ、うん。」
「ミゲル先輩は、もう、実戦の経験、あるんですよね?」
おずおずと問い掛けたニコルに、胸をはってミゲルは答えた。
「ハッ、あったりまえだろ?」
「じゃあもう、敵機の撃墜も!?」
ニコルのその言葉に、ミゲルはがっくりと肩を落としてしまう。
「…おまえなぁ、俺をなめてんのか?」
「い、いえ、そんなことは…。」
「…まあ、敵機っつったって、地球軍の主力はあいも変わらずのMAメビウスだ。厄介なのは、数が多いってことぐらいかなぁ。」
「うわぁ…。」
うんざり、といった表情を見せたアスランを横目に見ながら、ミゲルは続ける。
「シミュレーションで散々やったと思うが、宇宙戦はとにかく全方位だ。モビルスーツのほうが圧倒的に機動性は高いが…。
アリも群れりゃあカブトムシを倒す。本物の敵はそうそうプログラムパターンのようには動いちゃくれないぜ。そこんとこ、忘れんなよ。」
「はいっ!」
「ありがとうございます!」
先輩としての顔でそう言ったミゲルに、ニコルとアスランは姿勢を正した。
「…んでお前、モビルスーツ戦は?」
「え?」
不意に話題が変わってしまい、きょとんとしたアスランだったが、すかさずニコルが答える。
「モビルスーツ戦もアスランがトップでした。イザークが二番で僕は三番です。」
「え…。」
「あ、いや、まあ…そう、ですね。」
「ふぅ〜ん…。」
まじまじと見つめられて、アスランは引きつった笑顔を浮かべる。
「あの…。」
「いやいやいやいや、実に優秀なルーキーが来てくれて、俺も嬉しいですよ。ん〜、射撃は?」
「いえ、あの…。」
言葉に詰まるアスランを尻目に、ミゲルとニコルの会話は続く。
「射撃は僅差でイザークでしたね。爆薬処理は僕で、アスランはどっちも二番でした。」
「ふぅ〜〜〜ん…。」
(おい!ニコル…。)
何やら自慢げに色々と話すニコルに、業を煮やしたかのように耳打ちするアスランだったが、お構い無しにニコルは話し続ける。
「情報処理はやっぱりアスランがトップで、イザークが二番で僕は三番でした。」
「あ、いや、それはただ…。」
「…お前、そのイザーク、ってのと仲いい?」
「え?」
突然そう聞かれて返答に困っていると、横から意地の悪そうな笑みを浮かべてニコルが言った。
「よくはないですよね?」
「ふっ、だろうな。」
にやり、と笑ったミゲルを見ながら、アスランは必死で言葉を探していた。
「あ、でも、それはあくまで訓練でのことであって、実戦とは違いますから…。」
「うん、そう。まあ、そこんとこ分かってんなら、よろしい。」
「はぁ…。」
「はい。」
うんうん、と頷きながらそう言ったミゲルに、アスランは小さくため息をつき、ニコルは笑顔で答えた。
「お前らも知ってることと思うが、我が『クルーゼ隊』は非常に作戦成功率が高く、かつ、損害は少ない。」
「はい!」
ようやく実質的な話に入ったようで、二人は居ずまいを正した。それを見てミゲルは続ける。
「これは、なにも偶然そうなったという訳ではない。情報収集から立案、隊長の指揮、現場の判断全てがうまく連動して初めて、効率よく任務の遂行が出来るんだ。」
「はっ。」「はい!」
「明日、あとのルーキーの配属が終われば、そう遠からず出撃命令が出ると思うが、お前らもがんばれよ。出ちまったらもうそこは…実戦だ。」
「はい!」
そこまで言って、ミゲルは考え込むようにあごに手をあてて言った。
「う〜ん、あと、お前らの方から聞いておきたいってこと、ないか?」
「へっ?」
「ま、アカデミートップテンの『赤』を着ているお前らだ。そうそう分からん事はないと思うが…。」
顔を見合わせ、首を傾げるアスランとニコルに構わず、ミゲルは話し続けていた。
「ほら、例えば…『何で隊長はあんなマスクをしてるんですか?』とか。」
何やら女の子の口調を真似するかのような声音で言うミゲルに、二人は苦笑いを浮かべる。
「え?」
「いや、べつに…。」
「『あのマスクって、本当に全然外さないんですか?』とか。」
ちらちらと二人を見ながら話すミゲルを見て、アスランとニコルはその意図を察し小声で話す。
(アスラン!)
(お前聞けよ、ニコル。)
(ええ!?)
(俺、別にどうでもいいし…。)
(僕だって…。)
そんな二人を見て見ぬ振りで、ミゲルは続ける。
「ふぅん、本当に全然無いかなぁ。聞いておきたいこと。」
(ほら、はやく!)
(もう、しょうがないなぁ…。)
アスランに急かされ、仕方なくニコルは話を切り出した。
「あの…ミゲル先輩。」
「おう!なんだ?」
「…クルーゼ隊長って、何であのようなマスクをされてるんですか?」
神妙な顔でそう言ったニコルだったが、返ってきたのは、長い沈黙。そして…。
「…そいつは、聞いちゃいけないことになってる。」
至極真剣な顔でそう答えたミゲルだった。当然二人はがっくりしてしまう。
「はぁ…。」
「なんなんだよ、もう…。」
二人のそんな様子には構わず、真剣な表情と口調のまま話は続く。
「隊長のマスクの下はマジ秘密なんだ。未だ誰も見たものはいない。」
「あ、そ、そうなんですか?」
自然とニコルも神妙になってしまっている。アスランは呆れかえっていたが。
「以前、俺の一期上の先輩で、何とかして見てやろうとしたヤツがいたが…。」
怖い話でもするかのようなミゲルの口調につられ、ニコルだけでなく、アスランも驚いた様子でミゲルの言葉を待っていた。
「いたが?」
「…!?」
「…月戦線で、戦死した。」
「ええっ!?」
声を上げ、驚く二人。だが、ふとアスランは思い当たり首をかしげた。
「?何か、関係ない気が…?」
「ま、隊長のマスクのことは詮索しない、と。それがクルーゼ隊唯一の、特別ルールだな、うん。」
「…はぁい。」
呆れてものも言えない、といった様子のアスランであった。
「なんか僕、今まで気にならなかったんですけど、お話聞いたら気になってきちゃいました。」
「アホか、お前は。気にするなっつってんのに。」
「いや、でも…。」
「はぁ…。」
そんな二人の様子に思わずため息をついたアスランだったが、ミゲルはふと振り返って時計を見た。
「お!もうこんな時間か。じゃあお前ら、荷物ほどいたら昼飯にしな。俺、ランドリー寄ってからいくから。」
「あ、はい。」
「ありがとうございました。」
ニコルとアスランがそれぞれにそう言って、部屋を出ようとしたその時。
「お前ら。」
「え?」
「はい?」
不意に呼び止められて振り向いた二人は、ミゲルの真剣な表情に首を傾げる。
そんな二人を見て、ミゲルは姿勢を正し、微笑んだ。
「…死ぬなよ。」
「…はいっ!」
アスランとニコルもその言葉に敬礼を返し、また笑顔を浮かべた。

――END



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