共犯者の恋



深夜12時も回った静寂に満ちた夜、暮人は自身の執務室でゆったりと椅子に深く身体を預けた。
漸く1人きりになれたことに、ほうっと一息。
柊暮人中将の部屋には、常に入れ替わり立ち変わり誰かがいて、何事かを興奮した様子で語り、そうして去っていく。
自分の持つ、帝鬼軍の二番目の権力に媚びる者は後を絶たないからだ。
面倒だとは思うが、
これが自分の仕事であり、いざという時に駒を思い通りに動かすための作業だと思えば
仕方のないことではある。だから漸く喧噪が過ぎ去ると、改めて暮人はぐるりと部屋を見渡した。
殺風景に見えるが、広い部屋をぐるりと囲む本棚には、若い頃の愛読書が並べられていて、
暇が出来ると従者を去らせ、1人その本の世界に浸るのが、密かな彼の息抜きの一つだった。
そして今日もまた、漸く長い1日が終わり、暮人は席を立つとガラス扉の本棚の前で少しだけ表情を緩ませた。
最近の気に入りは、S・スマイルズの『自助論』。
今でも語り継がれている程の明治時代の名著であり、自分も初読の時はそれなりに感銘を受けたものだ。
今読み直すと、それこそこれだけ天地が引っくり返ったように崩壊した世の中で
生きる糧がなんなのか、生き抜く術を教えてくれているようでまた新たな発見がある。
本を手に取って、席につくよりもまず中を開いてしまうのは自分の悪い癖だ。
立ったままで読み始めてしまうと、知らず知らずの間に1、2時間が経っているのなんてざらだった。
それでも今もまた、ついつい開いてしまい、そのまま内容に没頭する。
静寂に満ちた夜の帳、室内の明かりも絞っているから、目にも悪いというのに、わかっていても止まらない。
ましてや、一度目を通したことのある文章だというのに。
そう思いつつも、目を離せなかった。夢中でページを捲っていると、
不意に、

「いたくご執心だな?」

背後から、人をからかうような声音が投げかけられて、
暮人はハッと顔を上げた。
睨みつける。部屋の主に気付かれずに侵入してきた男は、
窓ガラスに背を凭れ、両腕を組んだまま口元を歪めて笑った。
ウェーブがかった黒髪、男らしく整った顔立ち。
闇に溶ける様に存在する男の、そのキラリと光る瞳は、宝石をはめ込んだようなルビー。

「気付かないなんて、お前にしてはどうかしてるな、暮人」
「・・・どうやって入った?」
「別に?普通にドアから入ったけどな。気配も消したつもりもない。お前が気づかなかったのは、単純にお前の落ち度だな」

鼻で笑って、侵入者―――、一瀬グレンは軽い足取りで近づいてきた。
返す言葉もなく不機嫌そうな表情の暮人に、目の前で、はは、と笑う。片腕が伸びてきて、
暮人の肩を抱く。
グレンの身長は暮人よりは低いが、そこまで差があるわけでもない。
何がおかしいのか、肩を組んだままグレンは声を上げて嗤っている。ついていけない、と呆れたように首を振るが、
そんなものでグレンの態度が変わるはずもない。
それどころか、にやにやと顔を近づけてきた男は、下卑たような表情を見せつけてきた。

「・・・わざわざ逢いに来てやったのに、感謝のひとつもないのかよ?」
「誰が来て欲しいなどと言った?」

逃れるように腕で彼の身体を押し返す。
彼が知るグレンという男は、間違ってもわざわざ自分の執務室に通うような人間ではない。だというのに、
一度鬼が目覚めると、彼は嬉々として自分の執務室に足を運んできていた。
それも今のように強引に。
そうしておそらく、目的はただ一つ。
暮人は嫌悪感を込めて彼を睨みつけた。だが目の前の男は、それすらも興を引いたのか、
ますます愉しげに眼光を強めて己を貫いてくる。

「嘘をつくなよ、暮人。
―――待ってたんだろ。俺が目を覚ますのを。・・・だって、間違っても普段の俺に抱いて欲しいなんて言えないもんなぁ?」

まったく、言葉を選ばない、下品で他人を侮辱するそれが暮人の心を容赦なく突いてくる。暮人は下らない挑発に表情を変えるつもりはなかったが、少しだけ失敗した。
一瞬だけ瞳が揺らぐのを、グレンは見逃さない。

「なんだよその顔。天下の暮人様が台無しだぜ。まぁ、男に抱かれて悦んでるなんてバレちゃ、信者に顔向けできなもんなぁ?」
「・・・殺すぞ」
「はは。誰が誰を殺すって?」

すぅ、と目が細められ、そうして口の端が更に愉しげに弧を描く。
それはまさに悪魔の様で。敢えてゆっくりと腕が伸ばされ、首を掴まれ、掌でその部分を引き絞られた。
気道を圧迫され、苦しくなる一歩手前。いくら鍛えている身体でも、今の彼の鬼の力ならば、あっさりと暮人の首を折ることができるだろう。
並の人間や、少し訓練したくらいでは、この恐怖に打ち克つことはできない。目の前にあるのは、確実な死なのだ。
ましてや相手は鬼で。彼の機嫌を損ねれば、人間の首など容赦なくへし折られてしまうだろう。

「わかってんだろ。お前1人じゃ、俺には勝てない」
「やってみるか?」
「いいねぇそのカオ。プライドを失わない、どこまでも気高い柊様。・・・だから俺はお前が好きなんだ、暮人」

グレンは、うっとりと暮人の顎を辿り、そうして口を開かせる。
中からちらりと見える舌の粘膜の色が、欲望を煽った。
少しの抵抗と、それ以上の欲望。どんなに繕おうと、暮人が彼を待っていたのは事実だった。彼のいない間、己の欲望を収める為にどれほど苦労したことか、けれど暮人は、それを彼に訴えるつもりはなかった。
ただ、重ねられる唇を貪った。舌を絡められるねっとりとした熱さに、無意識に身体が震える。
認めたくはないが、彼に開発された身体は、彼を拒むことはできなかった。
快楽の予感に、微かに己の顔が熱を帯びる。
ガタリと音を立ててガラス扉に背を押し付けられ、更に深い箇所まで蹂躙される。
身体の力が抜け、先程まであれほど没頭していたはずの分厚い本を足元に取り落としてしまう。それに少し意識を逸らされ視線を揺らすと、目の前の男は少しムッとしたように更に性急に身体を押し付けてくる。
快楽に翻弄されそうになる身体を、暮人は必死に耐えた。綺麗な木目のそれに、キリキリと爪を立てて。
他人に流されそうになる自分なんて昔の自分には全く考えられなかったことだ。
交渉術としての他人の感情を推し量ることは得意だったが、共感や理解、同情と言ったものとは無縁だったかつての自分。
勿論今だって、自分の感情を正確に把握するのは難しい。
柊の世界の重要な歯車の1つとしての生き方しか強いられてこなかった彼に、
自身の感情、というものは不要だったから。
どんな場面でも合理的に、他人の情に流されることなく、
常に柊にとって正しい道を選び取るように教育されてきた。
だから今、暮人は己の神であったはずの柊の幹部たちを、自らの意志で潰そうと考えているのは、
奇跡に近かった。
そして、そんな『本当の自我』を目覚めさせてくれたのは、他ならぬ、己を抱こうとするグレン自身で、
しかし、正直それが自分にとって良かったのか悪かったのか、暮人は今でも計りかねている。
だが、それでも、ただの駒として与えられた立場と役目のみをこなす日々よりは、少しだけ愉しいと思えた。
理性的に考えればイレギュラーなことなど何一つ起こらない機械のような人生よりは、
今のほうが断然生きている、という実感がある。そしてそれは、彼にとっては毎日が新鮮に思えたのだった。

「なんだ、抵抗はもう終わりか?」

にやにやとカオを覗き込まれ、つい見られたくなくて暮人は横を向いた。
唯一、自分が思い通りにならない相手―――一瀬グレンは、
けれど大抵、言わなくても自分の望み通りに動いてくれていたから、これがまた更に厄介だった。もし、自分に反発するだけなら、支配のし様もある。
彼が大切にする従者も部下も、すべて人質を取って強引に従わせればいい。
どうせ敵視され反発されるのならば、どんな手段だって取ることができる。
だが、彼は、立場は違えど同志だった。
柊を潰そうとする彼と、柊の世界を牛耳る幹部たちを失脚させようとする自分とは、
やはり目的は似ていて―――、もちろん、実際そうなったときに、
柊の名を遺すのか、それとも柊の権威を解体してしまうかは意見の対立があるかもしれないが、
それでも暮人は、今は別に、柊に執着するつもりはなかった。
血筋が権力に直結するから、内部で醜い争い事が起きるのだ。
ただ純粋な力関係の上に成り立っている百夜教のほうが、
そういう意味では個人の自発的な成長を促し、組織の発展に繋がっていたように思える。
些か行き過ぎた感はあるが、それでも、支配階級のみが強い力を牛耳る今の帝鬼軍の体質は、
いずれ破綻し、進化を止めてしまうだろう。それは、少なくとも、暮人が描く未来の姿ではなかった。
そうして、その目的を果たすためには、柊に屈しない、他者の力が不可欠だった。
一瀬グレン―――自身だけならばともかく、家族や仲間を柊に虐げられ、幼い頃から柊を潰す野心だけを育んで生きてきた男。
彼にとって、所詮自分も柊であり、彼の敵だった。ましてや次期当主となれば、争いは避けられない。
どちらも一族の代表として、先陣を切らねばならない立場。だが、だからこそ、暮人はグレンを傍に置きたがった。

「っは・・・、暮人、お前、今日はいつになく従順じゃないか?」

グレンの手のひらが、するりと腰に巻き付き、そうして布越しから張りつめた筋肉に覆われた尻の感触を愉しむ。
そうして、片方の手のひらでは暮人の前を容赦なく掌でがしりと掴む。
掌に掴まれた性器は、既に欲を覚えて形を変えているのが、軍服越しからでもすぐにわかる。
更に言えば、暮人が好んで着用する軍服の、裾が長いながら前が開いているデザインは、
暮人自身の姿をくっきりと見せ付けている。
指先でその形をなぞった後、強く、激しく揉みしだいてやれば、
早くも聞こえてくる、暮人の喉の奥から漏れ出てしまう声音。
グレンの手のひらの乱暴さと、己の声が漏れてしまうこの状況に耐えきれず、
暮人は思わず眉を寄せた。グレンの二の腕を掴んで動きを止めようとしたが、グレンは嬉々として刺激を与えてくる。
そもそも、こんな関係になったきっかけといえば、
彼にとって、自分が敵ではなくむしろ同じ意志を持っているのだと自分の意志で伝えたいと思ったことで、
しかし他人に命令や指示を与えるのならともかく、協力を仰いだり懇願したりといった状況は今まで皆無だったから、
その意図は彼に完全に伝わったのか、どうか。
それでも、己の身一つを代償に買った彼は、これまで口では文句を言いつつも、自分にとって期待以上の働きを見せてくれていたから、
後悔はしていない。だがそれでも抵抗を覚えてしまうのは、
きっと彼が、あの時の彼とは厳密には違うからだ。
暮人は密かに苦笑してしまった。
パンドラの箱を開けてしまった彼が、
まさか、これほど欲望に忠実で、貪欲に自分の身体を求めてくるとは正直思わなかった。
何が楽しいのかと問うと、彼はストレートにお前の歪んだカオが見たい、と征服欲丸だしの発言をしてきて、
きっとこいつは馬鹿なのだと認識する。
だから暮人は、そう簡単には堕ちてやらない。あくまでこれは代償的な行為であって、何の目的も意図もない、ただの即物的な快楽や肉体的な欲求に溺れるつもりはなかった。
理性を失えば、それは人間ではない。ただの鬼だ。
彼が鬼と同化してしまった理由は後戻りの出来ない絶望的なものだったかもしれないが、
今ここで、自分までが堕ちてしまっては、ただでさえ鬼呪などという人の道に外れた力を手にした人間たちを正しく率いる者がいなくなってしまう。
それでは駄目だ。人間を率いるのは、あくまで人間の自分の使命であり、存在意義でもあった。

「何を考えてる?」
「・・・昔のことだ」

それは嘘ではない。暮人はその深紅の瞳越しに、あのアメジストの瞳をした黒髪の男の存在を透かしてみる。
他人の情に流されやすい、甘い男。理性的で、自分と同じように正しい道を選び取れるはずなのに、それが出来ない。
優しさと言えば聞こえはいいが、結局の所それでは何も為すことは出来ないだろう。
彼のように大きな野心を抱いていれば、理想と現実の狭間で揺れ動くのも当然の話だった。
ましてや、無防備に鬼に触れた彼は、今思えば、こうなるのも時間の問題だったように思う。

「・・・っは、なんだよ・・・俺じゃ不満か?」
「そうじゃない。別にお前が何者だろうと、俺の目的の為に動いてくれるのなら何だって構わないからな」

強がってみる。本当は、目の前の彼が素肌に触れた部分から、吐き気がした。
快楽に溺れてしまえば、そんなもの、きっと気にならなくなってしまうのだろうが。それでもどうしても、
つい普段の彼の面影を追ってしまっていた。
目の前の男は、ひどく酷薄な表情を浮かべ、乱暴に暮人の首を上向かせた。
片手だけできっちりと留めてある首元の金具を器用に外し、くっきりと浮き出た鎖骨の部分までを晒す。
歯を立てるようにして、その太い動脈の流れるその部分に噛み付く。
身体を押し付け、膝で暮人の足を割る。逃れることはできなかった。
夜の静寂に満ちた空間に、微かな息遣いと、ぴちゃぴちゃと肌を濡らす音、軍服が鳴らす衣擦れの音。
こんな時、暮人は、背徳的な快楽を求める心が、己の中に澱のように存在していることを、実感させられる。
普段はまったく、意識なんてしなくても生きていけるというのに。
グレンと傍にいると、嫌でも己の心の奥を覗きこまれるような、自分の中の深淵を覗き込むような恐怖を感じるのだった。
自分の知らない、己の部分を晒されるような恐怖。
だがそれでも、彼に暴かれること自体には抵抗はなかった。
大人しく腕の中に納まる男に、グレンは嗤う。

「・・・最高だぜ、お前。このまま俺に殺されたらどうする?」
「お前には、出来ないさ」
「何故?」

グレンの瞳がすっと細まり、剣呑な光を帯びる。
爪先が先程まで口づけされていた部分に宛がわれる。強く押し込めば、きっと彼の血管は切れ、血が噴き出すだろう。
背筋を襲う、鬼の彼の明確な殺意。欲望に忠実な生き方をしている鬼ならば、衝動に任せて自分を殺してしまう可能性もないことはなかった。
だがそれでも、暮人は確信していた。まだ、彼が自分を殺す理由はない。
こちらも挑発するように男の顔を見遣る。

「・・・お前は鬼だが、頭は悪くない。今ここで俺を殺したところで、メリットは何もない。まだ何の準備も整っていない状態で反旗を翻すことに意味がない。それくらい、わかるだろう?」

睨み付ける。けれどグレンは、さほど意に介さなかったようだ。
肩を竦めて、今度は片手で首筋に爪を立てたまま、軍服の前を一気に開いていく。慣れた指先は器用に男の素肌を晒し、胸元の張りのある筋肉を辿り、そうして一番敏感な場所を指先で触れるだけの刺激を与える。
暮人は無意識に息を詰めてしまった。まさかこんな場所が自分の弱い部分だとは思わなかった。
男に何度も何度も刺激を与えられ、開発させられたその部分は、今では腫れ上がったように大きく目立ってしまっていて、
今では普段でも勃起しているようにすら見える。他人の前ではシャツ1枚で素肌を晒すことはないからまだよかったが、
グレンにはシャツ越しにその部分を指先で抓まれ、弱音を吐くまで散々喘がされることも少なくなかった。

「さぁな?少なくとも俺は、お前ら人間が囚われてるそういうしがらみには興味ない。お前を殺した方が俺が愉しいと思ったら、そうする。・・・抵抗してもいいぜ?そのほうが燃えるからな」
「っア、・・・っ」

ピン、と指でその部分を弾かれ、身体が反応する。ぎゅ、と力が入り、そうしてこの先に起こることを意識した。
柔らかな黒髪が肌をくすぐったかと思えば、グレンは暮人の胸元に顔を埋めてきた。
喉元に爪を立てていた右手が外れ、敏感なそこをぐりぐりと指先で転がす様に。そうしてもう片方の蕾は、ねっとりと舌で舐められる。
熱い感触、れろれろと舌を這わされ、狂わずにはいられない。
逃れようとグレンの肩口に手を突っぱねるが、力は入っていなかった。頭をガラス戸に押し付け、はぁはぁと熱を逃がす。
快楽をため込んでいれば、声が漏れてしまう。それが暮人がグレンに抱かれて学んだことの1つだった。
自分の声は、死んでも聞きたくなかった。男に翻弄されていることを、嫌でも実感してしまう。
グレンは執拗に、暮人の弱い部分への刺激を続けていた。下肢に走る痺れ、それは確実に、下半身の奥、快楽の根源に直接響いている。
グレンの左手が己の前に宛がわれていることに、恐怖した。
このままでは、自分が感じてしまっていることが、はっきりとバレてしまう。

「っ・・・く、・・・っふ、」
「っは、はは・・・暮人ォ。本当に乱れた身体になったな。普段の澄ました顔の下で、こんな欲に塗れた己を隠しているとはね・・・」
「・・・っ」

熱を増して形を変えていく男の雄を、グレンの指がなぞっていく。
布越しからのもどかしい刺激だったが、直接的な刺激を与えられる予感に身体が震える。
焦らされる感覚、早く強い刺激が欲しいと訴えたいけれど、暮人のプライドがそれを許さない。
命令口調で従わせることは簡単だが、そもそも己の欲望を満たすために誰かを求めたことがなかった。
だがグレンは、こういう時くらいは自身の欲に心を委ねろ、と言う。
初めの頃は強引に汚泥のようなそれを直視させられるようで苦痛を伴ったが、
今では彼の前で取り繕うことはできなかった。
なおも乳首は弄られたまま、背を仰け反らせるようにして身を捩りながら、快楽に耐える。
苦しい。いまだにベルトもボトムスも脱がされないまま、その奥で、一番快楽に従順なそこが早く解放されたいと訴えている。
ジッパーの部分を指でなぞるようにしながら、グレンは囁いた。

「言ってみろよ。俺がいないとき、どうやって己の熱を慰めている?プライドの高いお前が、1人でヤってる姿を見てみたい」

唇を離し、ぬらぬらと濡れ光りし、膨張して腫れ上がる乳首を指でぐりぐりと刺激する。
暮人は唇を噛み締めて耐える。それでも、時折びくびくと痙攣の走る身体は止められない。まだ、半裸の状態だったが既に快楽に翻弄されていて、目元は紅く染まっている。
誰にも見せない顔だと思った。自分だけに見せる、熱に浮かされた顔。

「・・・そんなもの、した覚えはないな」
「へぇ?」

掌で、ぐりぐりと勃起した男の雄を強く刺激する。
息を詰める男の胸元に再び顔を埋めて。濃い色合いに染まったそれをきつく歯で噛むように刺激し、
そうして強引に射精感を煽る。暮人は軍服すら身に着けたまま強引に絶頂に向かう己をひどく恥じたが、
当然、グレンの愛撫に抗う術はない。ましてや、
直接的ではない、こんなもどかしい刺激のままでイかされるなど、屈辱以外の何物でもないのに。
暮人は瞳を閉じ、そうして必死に、与えられる強制的な快楽に耐える。

「っく・・・は、イ・・・っ!」
「はは」

完全に姿を隠せずにいた暮人の性器が、あっけなく己の欲望を吐き出した。
文字通りこらえ性のないそれは、彼がこの年になっても性的な行為にあまり慣れていないからだ。慣れていないくせに、その状態で感度を極限まで高めるような開発の仕方をされたのだ。
だから暮人は、もはや惑乱するしかない。
快楽を拒む方法も知らず、ただ与えられる感覚に酔うだけの自分。
どうしてこうなってしまったのか、けれど今の暮人には、そんなことを考えていられる余裕は残っていなかった。
軍服も下着も身につけた状態で、中でイってしまったこの状況は、誰にも言い逃れできるものではない。
放心したまま本棚に凭れる暮人のベルトとボトムの前を緩ませ、そうしてどろどろになってしまっているそこに手を差し入れる。
ねっとりとした粘液を指先に絡ませ、ローション代わりに男性器やその後ろの袋の部分、門渡りにぬるぬると塗り拡げる。
思わせぶりに、尻の間の秘部に指を這わせ、びくりと身体が震えるのを見逃さなかった。
少しだけ指を埋めてやると、暮人の男らしい眉が顰められる。それは明らかに快楽に耐える表情で。

「・・・して欲しいんだろ?」
「っ離、せ」
「っは、この期に及んで意地張る気かよ。そんなエロい顔で言っても、全然効果ないぜ、暮人様」

グレンは嗤って、暮人の雄を掴んだまま、ぐるりと体勢を入れ替えたガラスを挟むようにして手をつかせ、背を押して屈ませる。
思いがけずガラスに映る自分の姿を認めてしまい、暮人はぎゅ、と目を瞑って頭を押し付けた。
ガラスには、再び勃起してだらだらと先走りを零す男のペニスと、
ボトムを下ろされ素肌を晒した太腿、はぁはぁと淫らな表情を隠せずにいる男の表情の全てが映っている。

「いい眺め・・・」
「っひ、・・・や、め、」

彼の上着を捲り上げ、ぐっと力を込めて男の尻の間を割り裂くように。
目の前に晒された紅い襞を舐めるように見つめて、そのまま親指を中に差し入れた。
太いほうの指、けれど長さがないため、それは入口を淫らに広げるだけだ。
ぬるぬると精液を塗りたくりながら、緩み始めた一瞬、両手の親指まで差し入れてしまう。
ぐい、と両側に開かせるようにして、ナカを晒す。
暮人は震える程の羞恥に怯えた。木枠を掴む指で、きつく噛み締めて耐えるが、唇を噛み締めた傍から解けてしまう。
断続的な声音を漏らし始めてしまい、恥ずかしいのに、止めることができない。唇が震えて、まともな言葉すら紡げない。

「すっげ、ナカの粘膜真っ赤」
「み、見るな・・・っ」

首を振って辞めて欲しいと訴えるが、勿論、グレンがそんなものを聞き入れるはずもない。
ぱっくりと開かされたソコに宛がわれる雄の感触に、暮人は息を詰めた。熱すぎて、触れ合った箇所が灼けそうな程。
けれどそれでも、散々欲望を呼び覚まされ、内部は満たされたいと訴えている。
だから、暮人の身体は歓喜するように肌を粟立たせ、男の鉄串を受け入れた。
グレンのそれは、ひどく大きかった。
触れられないままの自身の性器から先走りが伝い、慰めようと片手を伸ばす。だがグレンはその掌を掴み、ガラス扉に押し付ける。
そうして、じわりと男の雄が侵入を果たした。

「っふ―――・・・あ、ああっ・・・く、!」
「もっと締めろ。俺のモノが千切れるくらいに強く・・・、そうだ」

パンッと尻を掌で叩かれる容赦のない音。
暮人のそこは決して緩いわけではなかったが、こうすると屈辱に顔をゆがませ、内部が酷く熱くなるのをグレンは知っている。
狭い内部を強引に擦り上げると、我慢強いはずの暮人が悲鳴を上げるのが、
グレンの楽しみでもあった。抜け出るほどまで腰を引くと、めくれ上がった粘膜の卑猥さにこちらも乾いた唇を舐めてしまう。そうして、それを押し込むように、強引に奥まで。

「っく・・・あ、あ、あぁ、」
「暮人・・・お前のナカ、すごくいいぜ」
「っあああ・・・言う、なっ・・・」

暮人の奥を抉るように刺激しながら、彼の弱い、項の部分をぺろりと舐め上げる。
ぎゅ、と締まる内部。再び強引に擦り上げて、そうして強く奥を貫けば、暮人は簡単に脱落した。

「っあ・・・もっ・・・くそ、ああああ―――っっ!!」

触れられてもいないのに、固く勃起している暮人の性器から、
飛び散る程の勢いで半透明の液が吐き出された。
膝がガクガクと揺れ、身体が支えていられないほど。
断続的に吐き出される大量の液体、射精というよりは、おそらく潮だ。
暮人の身体は、既に奥を犯されるだけでも潮を吹くまでに開発され尽くしていた。
射精とはまた違った、身体が痙攣するほどの長い快楽。
思考もまともに残っていなかったが、ふと、大事な本が詰まっている、ダークブラウンのアンティークの本棚に、己の体液が激しく飛び散っていることに気付いてしまう。
暮人ははぁはぁと息を付きながら、その状況に絶望した。
これは、すぐに拭いても、シミが残ってしまうのではないかと。
それ以前に、すぐに拭くことすらできなかったのだが。
グレンは、背後で厭らしい声で笑っている。
いまだに繋がったままの下肢を揺らされ、暮人は今にも失神してしまいそうだった。
だが苦痛は彼を現実逃避させてはくれない。
ガツガツと尻の奥を貪られて、更に下肢が熱を持つ。
今度こそ指を絡められて、後ろの動きとシンクロするように亀頭を擦りあげられる。

「っひ、も、やめろっ・・・おかし、くなるっ・・・」
「まだまだ、付き合ってくれよ?俺はまだ1度目だからな・・・っ」
「っく、くそっ・・・」

暮人の悪態と同時に、グレンの呻き声と、そうしてどくどくと吐き出される体液を感じた。
中が熱い精液に満たされる感覚、暮人はそれに悦びと絶望を感じてしまう。男に犯されて、快楽を感じる自分に、絶望する。
こんなはずではなかった。あくまで彼が望むから、取引のつもりで身体を売り渡しただけだ。
だというのに、今ではこんな行為自体が逢う目的となってしまっていることに、絶望する。
そうして、何より愕然としたのは、こんな時ばかりは、自分の使命や目的、野心、そういったものが、
自分の中で何の意味もなくなってしまうことだった。
男の与える快楽にばかり酔い、それを求めて何もかもを失ってもいいと思えるほどに求めてしまう―――そういう、理性の崩壊。
暮人にとって、理性は人間が人間たる所以だ。
その理性を失うことを覚え、それに快楽を覚え始めてしまえば、その先は破滅でしかなかったから。

「・・・っは・・・もう、充分だろう・・・」
「充分か決めるのは、お前じゃない。俺だ」

勝ち誇った口調、この時ばかりは、彼に全身を支配されていることを実感する。
己の意志の全く効かない身体を、グレンは嬉々として抱きしめる。
いまだに繋がった箇所を、意識した。

「・・・さ、ベッドに行こうか」
「誰か来たら、どうする」

何かあれば、自分の従者である葵は、時間に関わらず自分の私室にも執務室にも平気でやって来る可能性があった。
ましてや、今は近々攻めてくると噂の吸血鬼への対策のため、鬼呪の研究を急がせていた。
何か結果が出れば、すぐにでも報告に来るだろう。
だから、あまり長く執務室でこうした行為を続けるのは、抵抗があった。
とはいえ、今だってあまりに乱れた格好で、誰にも見せられない状況ではあるのだが。

「俺はどうでもいいんだけどな。
まぁいい。お楽しみはまた後にするさ。・・・なら先に、見せてもらいモノがある」
「なんだ?」
「実験体だよ。俺が提供した・・・どうなってる?」
「ああ」

暮人は頷いた。
終わりのセラフの実験体―――それは、鬼の彼が横流しした貴重な実験サンプルだった。
だが実際には、まだまだ解明すらできておらず、かといって強引に研究を進めるには、個体数が少なすぎた。
故に、今は、吸血鬼の家畜として飼われていた人間たちを帝鬼軍の街に受け入れる一方で、
溢れた人間は密かに人体実験の材料に使っていた。
狩って来たのは、むろんこの鬼の彼だ。
目を細める。元々の彼からすれば絶対に選ばないであろう、研究材料。
暮人自身だって、そこまで強引な行動はとらないだろう。
流石にこれでも、何も知らない人間を利用しようとは思わない。
だから、本当に彼は、別人格なのだろう。
感情に流され、優しく、甘い、仲間を切り捨てられない弱い彼と、
目的のためならば、手段など選ばない、残酷な彼と。
暮人は密かに苦笑した。
自分がどちらのほうが好きかなど、答えはもう決まっている。

「わかった。俺の部屋に行く前に、案内してやる」
「はは。楽しみだ。まぁどうせ、オレがいないと大して研究なんて進んでないんだろうが」
「走りすぎは、身を滅ぼすぞ」
「っはは。今更だろ。もたもたしてたら、一気に世界は終わるぞ。世界を救いたいんだろうが、柊暮人中将?」

愉しげに笑って、繋げたままだった腰を引いてやる。
力が抜け、ずるりと本棚に背を預けたまま床に蹲る彼を見下ろした後、グレンは窓を見遣る。
窓際に歩み寄り、カーテンを開ければ、暗闇の中、復興の兆しを見せている眼下の街並み。にやりと笑う。
そう、決戦はもうすぐだ。
吸血鬼も滅ぼし、役に立たない老害共を殺し、新たな世界を手に入れる。
そう、この男と決意して、既に数年。
準備は着々と進んでいる。そうして、運命の時は、もう間近に迫っている。

「そう、もうすぐだ、暮人。俺達の望む世界が」
「・・・グレン」
「裏切るなよ暮人。俺ならお前を簡単に殺せる。お前に従ってやってるのは、お前が俺の道にいるからだ。人間のくせに、情に流されることのない、冷徹で、合理主義なお前に期待してるよ」
「・・・ああ」

振り向いた彼の、その表情から普段の彼の面影を探そうとして、失敗する。
再び窓の外を見遣る彼の背を眺めながら、
暮人はひそかに、沸き起こる嫌悪感に堪えるように唇を噛み締めたのだった。





end.





Update:2014/10/10/SAT by BLUE

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