背徳の果実 vol.1



愛してる、愛してる、愛してる。




あふれ出てくる感情は止める術などなくて、
それでもエドワードは胸元を握り締めてそれを抑えた。
人を好きになることは自分にとって罪だった。
誰かに惹かれてしまうことは、弟への裏切りだと思っていた。
自分が失わせてしまった存在。やっとのところで魂だけは食い止められたものの、
その身体を失わせてしまった自分を、エドワードは許せない。
後悔の念から彼の身体を取り戻すことを誓い、
そして彼と共に長い旅を続けてきた。ずっと弟のことを思って生きてきた。
自分を1つも責めることなく慕ってくれる彼。
そんな弟を忘れて、他の誰かに想いを寄せ、恋愛に走ることができるわけもない。
極力無関係な人間達との関わりを避けていたのは、そんな理由もあった。
国家錬金術師というだけで人を集める存在なのだ。
そんな中に、自分に想いを寄せてくる者がいたこともあった。
無論、エドワードはそれを受け入れるはずがない。
第一は弟であって、恋などで遊んでいる暇はないのだ。自分たちの歩く道には目的がある。
弟をあのままで、わき道に逸れるようなことはしたくなかった。
けれど―――。
我ながらバカな奴だ、とエドワードは自嘲に顔を歪める。
他人の交際の申し入れは全て断れる自信がある。
けれど、自分が向けてしまった想いは?
ずっと、無視し続けてきた感情。いや、違う。自分は無意識に、そういう他人に向ける感情を捨てていた。
誰かを好きだとか、愛しているとか、そんな感情。
弟さえいればよかった。自分には。
そう言い聞かせて、誰も必要以上傍に近づけることはしなかった。
けれど、一度気付いてしまった感情は、今更無視しようとしてもできるはずもなく、
無視しようと意識すればするほど彼の存在のことを意識することになり、
エドワードの心を苦しませた。

好きな人が、いる。
それは、紛れもない事実だ。
彼が目の前にいれば、自分は確実に正気を失う。
少しのことで腹が立ったり、些細なことが嬉しいと思ったり、挙句の果てにはただ彼を見つめてぼーっとしていたことすらある。
弟以外の誰かを見つめてはいけないはずの自分の、ひどく背徳的な行為。
誰にも言うつもりはなかった。せめて、この心の内だけで終わらせられればいいと願った。
でも、もう遅い。
止まらない。止められない。
抑えようとすればするほど膨らんでいく想いは、このちっぽけな人間の器では収めきれない。
そして、このひたすら増幅を続けるバカげた感情が実はこの目の前にいる男のせいだと分かるだけに、
なおさらエドワードは胸を痛めた。
触れたいさえと思う。過去に何度かあった、偶然に触れた肌は男には似合わず滑らかだった。
傍にいてほしいと思う。その温もりが欲しいと思う。
けれど、人として当然の欲求を抑えられない自分が、エドワードには苦痛だった。
触れること、温もりを感じること。
それはすべて、自分が弟から奪ったもの。
そう知っていながら、右腕と左足を奪われたものの肉体を失うことがなかった自分が、
それを享受し、感じたいと思うほうが間違っている。
わかっている。そう、全てわかっているのに。
エドワードは震える手で目の前の男のさらりとした黒髪に触れた。

エドワードが彼の元を訪ねたのはただ単に読みかけの本を残してきたからだった。
なんだかんだ言いながら何かと目をかけてくれるこの後見人は、
自分の書斎をエドワードの目的のために明け渡してくれている。
おかげでロイ・マスタングの家の出入りはフリーパスとなり、
エドワードも暇さえあれば一通り目を通してしまった図書館よりも有益な本の並ぶ彼の書斎に入り浸っていた。
そして、今日もまた、何も変わらない昼下がり。
いつものように顔パスで家にあがり、彼の書斎へと歩む。
そこで、エドワードは見てしまった。
テーブルに書類を投げ出したまま、ソファに凭れて眠る男の姿を。

「・・・大佐・・・」

一度寝入れば睡眠は深いほうである彼は、エドワードの呟きにも目覚める気配はない。
本当は警戒心の強い男だと知っている。寝ていても、不審な者が現れたならば目を覚ますだろう。
けれど、今自分に見せる表情には何の警戒も浮かんでいない。
それどころか薄っすらと笑っているような気すらする。
要は、自分を信頼に足る者だと思ってくれているのだとエドワードは軽く苦笑した。

「ち、くしょ」

彼の髪を弄びながら、エドワードは毒づく。
目の前にいる男は、いつもならば自分に嫌味ったらしい表情を向けてくる存在だ。
それなのに今は、普段は感じさせない端麗な顔立ちが、窓の外から入り込む陽気な日差しに照らされている。
罪だ、と思った。特に今は。

「・・・なぁ、起きろよ・・・」

せめて、今すぐ目を覚ましてくれれば、からかって反発して言い合いになってそれですむのに。
だが、そう心では思うのに、身体は彼を叩き起こすことなどできるはずもなく、
ただ自分が惹かれた男の顔を見つめる。
引き込まれそうになる自分を感じて、エドワードは唇を噛み締めた。
ロイ・マスタング。軍でも1、2を争う力のある国家錬金術師で、地位は大佐。
自分の後見人であり、上官でもある彼は今年で30歳になる。
知り合って5年。追いかけてきたその背は、それでも何も変わらず目の前に存在する。
禁忌を犯したあの時、自分の道筋をつけてくれた彼に、エドワードは無意識に想いを寄せていた。
彼の背を、自分に向けさせたいと思う。
けれど、エドワードには向いてくれた彼を真正面に向き合うことができないだろう。
自分の目的は、遂げていない。
腕も、足も、弟も、まだ変わらない無機質なままだ。
そんな状態で、彼を自分に向けさせたいと思うのはただの子供のワガママのようで、
自分を見てくれない保護者に当たるバカなコドモのようで、
エドワードは顔を顰めた。
いや、本当は違うのだ。
ロイが自分を見てくれていないはずがない。
口を開けば嫌味だろうが、こうして自分の傍に置いてくれるし、彼の権限でいろいろとエドワードはラクをさせてもらってもいる。
そもそも、自分の後見人を申し出たのはロイのほうであった。そのほうが何かと都合がいいとはいえ、
誰よりも自分は目をかけてもらっているというのに。
それでもまだ寂しいと、見て欲しいと思う自分のほうがおかしいのだとエドワードは何度も言い聞かせながら、
その感情を払拭などできなかった。
だから、極力無視していた。
旅の途中は考えないようにした。
意識しないようにした。彼と会っても顔を真正面から見据えることはしなかった。
・・・それなのに。

「・・・・・・ん・・・」
「・・・たい、さ・・・・・・」

息をつくために軽く開かれた薄い唇。エドワードはひたすら見つめる。
すっと細められる瞳。その距離が触れるほど近くなるのに、さほど時間はかからなかった。
ギシリ、とロイの顔の横で支えていた機械鎧が鳴った。

「・・・っふ・・・う・・・」

唇を触れさせてから、エドワードは驚きに目を見開いた。

(・・・っ、俺・・・)

な、にを。してるんだろう。
この男が好きだった。けれど、それは叶わない願いのはずだった。
それは、同性だからという理由もあれば、彼が女性との付き合いが噂通り激しいから、という理由もある。
たとえ自分が好きだという想いを告げたとて、笑われこそすれ、真面目に受け止めてくれないだろう。
彼にとって、自分は被後見者なのだ。目をかけるべき子供であって、
それ以下でもそれ以上でもない。
それが、悔しかった。
・・・悔しくて、仕方なかった。

「・・・大佐」

唇を離して、強い瞳で彼を見据えた。
それから、乱暴に肩を掴んで、今度こそ激しく吐息を奪う。
衝撃に、ロイの眉が顰められるのを、エドワードは確認した。

「っ・・・くる、しっ・・・何・・・」

寝ぼけたままの視界ではまだ自分を捕らえていないのか。エドワードは構わずキスを続ける。
苦しさに歪んだ顔を見ながら、もう後には引けないことを自覚していた。
自分の前で、無防備に寝こけていた大佐が悪いんだ。
大佐が・・・

「っあ、やめ、ろっ・・・う・・・!」

口付けを続けたまま、エドワードはロイの下肢に手を伸ばした。
いい加減意識もはっきりしてきたロイの手が、抵抗しようとその部分に伸ばされる。
けれど、エドワードよりも一歩遅かったために、簡単に前を肌蹴させられ、ロイは思わず息を呑んだ。

「っ・・・冗談はやめろっ・・・よせ・・・!」
「嫌だ・・・」

キスをしたまま、口の中でだけでエドワードは呟く。
躊躇いなく触れたロイのそれはまだ熱を帯びていず、当然だと思いながらも悔しくてたまらなかった。
まるで、自分など対象外だとでも言うような反応。
当然だ。子供に反応する男などただの変態だとしか思えない。
だというのに、理性の声とは相反する感情に支配されたエドワードには、
そんな些細なことが些細でなかった。
感じさせてみたい。このいつも余裕を浮かべた表情を歪ませてみたい。
自分の歪んだ感情から生まれた激情は少年とは思えない感情の動きを見せる。
胸元に突っ張られた腕が邪魔で、エドワードはロイのボトムからベルトを引き抜くと、彼の両腕を頭の上に持ち上げ、ベルトでがっちりと拘束してしまった。

「っ・・・エ、ド・・・っう―――・・・!」

ロイと目が合った。
一瞬、エドワードの意識が正気に戻る。何を、やっているんだろう、自分は。
けれど、止まらない感情はあふれ出すばかり。再度エドワードはロイの唇を奪う。
どうせ、自分よりよっぽど遊んでいる彼のこと、今更減るもんでもないだろう、とエドワードは思う。
そして、そんなロイのことを考えれば考えるほど女ではない自分にコンプレックスを感じてしまうのだった。
ロイの恋愛対象になど到底なり得ない自分。
彼を愛して、それすら受け止められることないこの感情は、
報われないままどこへ向かおうというのだろう。
愛は時として狂気と変わる。それを、今自分は実行しているというのか。
いや、違う。
自分は、ただ、・・・
ただ、駄々を捏ねてるだけなんだ・・・・・・

「っ・・・!」

こみ上げる涙を唇を噛むことでたえて、エドワードは行為を続ける。
手の中で漸く反応を示してきたそれを、彼は必死の思いで解放に導いたのだった。





to be continude.




Update:2004/02/28/SAT by BLUE

小説リスト

PAGE TOP