赤きエリクシルの悪魔



まったく、とんだ事件に巻き込まれたものだ。
何かに取り憑かれてでもいるのだろうか、と本気で思えてくるぐらいに。

始まりは、リオールの街だったかな。そこのレト教とかいうやつの教主様が『奇跡の業』を使うらしいという話を聞いて、確かめに行ったんだ。人の話を聞く限りでは、それは錬金術のようだったから。実際目にしてみれば、案の定それは錬金術で…でも何故か法則を無視している。錬金術の基本、『等価交換』を。
ビンゴだ、と思ったんだ。それなのに…結局ニセモノだった。教主がリバウンドを起こしやがったから見てみれば、完全な物質のはずの「それ」は壊れてしまっていて。
それよりも、神殿の中で逢ったきれいな女の人。俺に変な指輪を渡して、
「助けて…あの人を…」
そう言って忽然と消えた。あの時は何が何だか分からなくて、彼女の意図を汲むことが出来なかった。今思えば、必死だったんだろうな…あの時も。
変な真っ黒い怪物にも出くわして、何にもいい事は無かったな。ロゼは今頃どうしているだろう?ちゃんと生きているだろうか。

 あの後、大佐に東方司令部に来るように言われて行ってみれば、今度はテロ騒ぎ。
怪しい奴を追っかけてったら、いろんな奴にからまれるし臭い下水道を通んなきゃなんないしでやんなっちまうよな、ほんとに。
 やっとのことで奴を(バルドっていったっけ)追い詰めて、ボコボコに叩きのめしてやった。これで大佐に恩を売れると思ったんだけど、しぶとく襲い掛かってきたそいつを吹き飛ばしたのは…当の大佐だった。例によってあの嫌味な口調で、
「久しぶりだな、鋼の。司令部へ来るよう言ってあった筈だが、こんなところで油を売っているとはな。」
…誰のせいだと思ってんだ、まったく。ちゃんと取り締まっとけっての。
 何の用で呼ばれたのかと思ったら、最近頻発している失踪事件の心当たりが無いかってことだった。何でも、人が地面に吸い込まれたっていう目撃証言があるらしい。怪物を見たって言う人もいるそうで、馬鹿馬鹿しいと大佐は言ったが。
「兄さん…。」
アルも同じ事を考えたらしい。そう、そのどちらも俺たちは見ていた。
「大佐…俺たち、リオールで怪物に襲われたんだ。」
「何?」
「それと、コーネロは死んだよ。地面に吸い込まれてったんだ。」
「近くに変な女の人がいて、その人の仕業だと思うんですけど、その人も地面に溶けるように消えちゃったんです。」
大佐はそれを聞いて、その線で調査をしてみると言っていた。これで一つ大佐に貸しが出来たから、市内に住む生体練成に詳しい国家錬金術師を紹介してもらった。ところが…。

 その人、タッカーさんの家には誰もいなかった。何だか様子がおかしいから入って調べてたら…それはもう怪しいのなんの。書斎の研究資料を見てたら、何だか不気味になってきて。その中には、赤い石「エリクシル」のことも書いてあった。それを使ったら今まで出来なかったことが出来るようになったって。だからって、あんな事、しなくたって…。後で知ったことだけど、彼は娘を使って人語を解すキメラを造ったらしい…。そいつとタッカーさんを殺害した奴を追ってたら、あいつに出くわしたんだ。
中央から来ていたヒューズ中佐が言っていた、『傷の男』。
っとに、反則だぜ、あの強さは。今度ばかりは死を覚悟したけど、駆けつけてくれた大佐とホークアイ中尉のおかげで助かったぜ。雨だったから中尉に「無能」って言われてヘコんでた大佐は見ものだったな。
 機械鎧の修理に行ったリゼンブールでも怪物騒ぎが起こって大変だったなぁ。またあの女の人に逢って、「あの人を助けて」ってまた言われたけど、やっぱりよく分かんなくて。でも…あんな悲しそうな顔見たら、何とかしてやりたいとは思ったんだけどな。
洞窟の謎を解いて奥に入ってみたら、妙な練成陣があって。悩んでたらリオールで見た謎の女が現れていきなり襲ってきやがった。人間だか怪物だか分からないけど、強かった。やっとの思いでやっつけたと思ったら、これまたいきなり変な男が現れて、そいつの怪我を治しちまった。あん時は驚いたな…奴は錬成陣無しで錬金術を使ってた。それは、つまりそういうことで。俺たちと同じだったんだ、あいつも。
 …そういや、リゼンブールでアームストロング少佐と手合わせしたっけ。あの時は本気で死ぬかと思った。まったく、どうにかして欲しいぜ、あのおっさん…。

 報告をしに東方司令部に行ったら、またなんかあったらしく中尉が慌てて入ってきた。何でも先の失踪事件の調査に向かったハボック少尉との連絡がとれないらしい。大げさには動けないからと、ホークアイ中尉と俺たちで助けに行くことになった。
ボードワン。そこはまさに死の村と化していた。家は壊され、村人の姿も無くて。
辺りを見て回ってたら、いきなり怪物たちが大量に現れて襲ってきやがった。どうにかそれをかわしながら進んでいったら、怪物の咆哮と銃声が響いた。
「生存者がいるわ。急ぎましょう!」
やっとのことで銃声が響いた場所までたどり着くと、ばかでかい怪物がハボック少尉を狙ってた。そいつをやっつけて一息つくと、少尉ともう一人いることに気付いた。アーレンっていう変なじーさんだった。考古学者だというそのじーさんに、話を聞こうとしたその時、突如俺の背後にリゼンブールで見た謎の男が現れたんだ。
「わたしと同じ目をしている…。」
その男はそう言った。その時、じーさんが奴を見て驚いたように叫んだ。
「クロウリー…お前は、クロウリーなのか!?その姿は…?」
だが、そいつは知らないと言って溶けるように消えていった。一体何がどうなってる?

 奴の名はジャック・クロウリー。じーさんの友人だったらしい。なのに何故あいつは若いんだ?じーさんはもう70くらいなのに。じーさんにもそれは分からないと言っていた。
 それから俺たちはいろいろな事を聞いた。あの真っ黒な怪物はゴーレムという、動く人形なのだという事。古代のレビスという文明の、秘術を使って造られるという事。秘術というのは、錬金術だという事。レビス文明は、ゴーレムの暴走により一夜にして滅んだ事、そしてその原因は…時のレビス王が、禁忌を犯し王妃を蘇らせようとしたからだという事。そして気付いた。俺たちを襲ってきたゴーレムたちを誰かがレビスの秘術で造り出しているということ。その誰かとはクロウリーに間違いない。俺たちはじーさんの案内でレビスの遺跡、シャムシッドに行くことにした。
 砂漠のただなかに位置するシャムシッドの街。今では遺跡しかないというじーさんの言葉とは裏腹に、街は活気に満ち溢れていた。驚く俺たちの前に、再びあの女の人が現れて、「あの人」が街の奥にそびえる塔にいるという。そして、「あの人を止めて」と。姿を消したその人を追って、移動用の練成陣を進んでいった。あの練成陣…移動する度にすっげえ気持ち悪かったっけ…研究してみたいと思ったけど、あれじゃ体がもたないや。
途中、立ち寄った神殿で、クロウリーとあの女の人、エルマの関係を聞いた。彼らは恋人同士だったそうだ。死んだ恋人を生き返らせようとして、クロウリーは人体練成を試み、失敗した。レビスのことを知ってから研究を続け、その時アーレンと出会い意気投合。彼らは秘術の謎を解き明かし、エルマを蘇らせたのだという。だが、半年ともたず彼女の体は泥に還ってしまう。そのため、クロウリーは完全なエルマを造ろうとして今に至っているらしい。過去のレビス王と同じく。
現れた巨大なゴーレムをやっつけたとき、またエルマさんが現れて、今度は「私を殺して」と言った。じーさんは悪くない、自分がいるからいけないのだと。
その時、俺たちのまわりをゴーレムたちが取り囲んだ。あまりの数に苦戦していると、大佐とアームストロング少佐が現れて奴らを吹き飛ばしていった。
「これで貸しが出来たな、鋼の。」
そう言いながら俺の背後のゴーレムを吹き飛ばしやがるから、下敷きになっちまって。これで貸しは二つだ、と笑いやがった。…いつか、ぶっとばしてやる。
二人と合流して、俺たちはレビスの塔へと向かった。命の保証は無い、と大佐は言い、渋るじーさんを無理やり留めていった。最初にエルマさんにもらった指輪がこの塔に入る鍵だったらしい。内部に入ると、広い場所に移動用の練成陣が3つ。大佐と少佐、それにホークアイ中尉が乗ってみるが反応が無い。不思議に思って俺も近づいていったら、急に指輪が光りだして、3人が消えちまったんだ。またこれが鍵だったなんてな。
 仕方ないので、大佐を追っかけてみることにした。移動した先にちゃんと大佐はいたけど、せっかく追っかけてやったのに、
「いつ私が君に『追ってきてくれ』と言った?…まあ、来てしまったものはしょうがない。せいぜい私の足を引っ張らないように気をつけてくれたまえよ、鋼の。」
だってさ。別の人を追っかけりゃよかったぜ、まったく。ま、今さら言ってもしょうがないから、協力して奥を目指すことにした。一応国家錬金術師だけあって、強いのは強いけどもう少し手加減して焔を出してくれよなぁ。何度も巻き込まれそうになって大変だったんだ。でも…あん時の大佐の言葉は痛かったな。クロウリーを、人間を殺すことになるのかもしれない、そう言った俺に、
「これしきの事で立ち止まっていてどうする。目的のためならばどんな事でもする。そう言ったのは他ならぬ君自身だろう?」
「『これしき』かよ…。」
「今は生き残ることだけを考えろ。でなければ君自身の命を落とすことにもなりかねん。」
「…。」
「今までどおり信じた道を進め。もし君たちがクロウリーのように道を踏み外そうとした時は…私が、責任を持って君たちを止めてやる。」
「大佐…。」
「…行くぞ、“鋼の錬金術師”。」
何だか照れくさいけど、大佐なりに心配してくれたんだろうな。
こん時ばかりは、感謝してやってもいいかな、と思った。あくまでこん時だけだぞ。
 その後、追っかけてきたじーさんに行き止まりの部屋の仕掛けを解読してもらったのは良かったんだけど、転移した先には3人しかいなくて。どうやら大佐を置き去りにしてきちまったらしい。後で散々怒られたんだ、勝手に行動するなって。
その先の「王妃の間」で、またあの謎の女と戦う羽目になった。相変わらず強くって苦労したけど、なんとか倒すことが出来た。それまでは良かったけど、その女が…実はエルマさんだったなんて。謎の女は、エルマさんがゴーレム化した姿だった。
「石を壊して…大きな、赤い、石を…。」
駆け寄ったじーさんにそう訴えてから、エルマさんは俺を見て言ったんだ。
「…ありが、とう。今度は、あの人を…。」
頷いた俺たちに微笑んで、エルマさんは消えていった。一人にしてくれというじーさんを置いて部屋の扉を出たとき、じーさんの嗚咽が聞こえてきて…どうしたらいいのか分からなくなった。でも、出来る事はただ一つ、クロウリーを倒すこと。エルマさんの最後の望みを叶えることだけ。覚悟を決めて俺たちは先へと進んだ。
 今度は地下に転送されて進んでいくと、「王の間」に奴はいた。
「お前とわたしは同じだ、幼き錬金術師よ。」
「違う…違う!」
そうだ、俺はこいつのようにはならない。止めて見せる、絶対に。
 倒したと思ったその時、奴の身体が奇妙に変化していって。何事かと思って見ていたら、その姿はゴーレムへと変化していた。そう、奴もゴーレムだった。
死ぬわけにはいかない、エルマと永遠の愛を誓ったのだからと。自身の魂をゴーレムへと移植していたのだ。それゆえ若いときのままの姿だったんだ。戦いは熾烈を極めた。
 やっとのことで奴は沈黙した。が、再び起き上がりさらに巨大化していく。追いついてきた大佐たちも援護してくれたが、どうにもならない。石を、エルマさんの言ってた赤い石を壊さないと終わらない。それに気付いてアルと一緒に階上へと向かった。
 そこに、血のように紅い巨大な石があった。壊そうと手を触れた瞬間、目の前が真っ白になって。その時、過去のレビス王の記憶と、クロウリーの記憶が流れ込んできた。愛しいものを失い、それを取り戻そうとした男たちの悲劇が。
「…さん、兄さん、兄さん!」
アルの声で我に帰ると、追いついてきたじーさんが、石を壊す方法が書いてある古代文字を解読してくれた。練成陣の周りにある柱を元に戻せばいいらしい。俺は柱を元に戻し、台座の練成陣に手を触れた。瞬間、石は割れ、赤い欠片が部屋中に降り注いだ。それと同時にゴーレムたちも土に帰り、シャムシッドの街も元の遺跡へと戻っていた。秘術によって造られていた街は、あるべき姿へと還っていった。

イーストシティの駅。列車の中には俺とアル、そしてアームストロング少佐が乗り込んでいた。少佐の話では、じーさんはまたシャムシッドの街へ行ったらしい。余生をそこで過ごすのだと言って聞かなかったそうだ。
「兄さん、ボクたちもクロウリーさんと同じだったのかもしれない。一歩間違えれば、ボクたちもクロウリーさんになって…。」
「俺たちは間違えない。その一歩だけは、絶対に踏み外さない。自分の望みのために他人の命を犠牲にするなんて、そんなの等価交換じゃない。」
「兄さん…。」
「だから俺たちは自分の道を…。」
そこまで言った時、少佐が妙な顔をしてこっちを見てるのに気付いてぎょっとした。
「なんだよ、少佐。」
「今回の一件で、大きく成長したようだな、エドワード・エルリック。」
「え、俺大きく成長したって!?」
いやぁと照れながら、走り出した車窓の外を向いた時、駅のホームにこちらに向かって手を振るクロウリーとエルマさんの姿を見たような気がしたが、雑踏の中にそれは消えていった。今頃は二人仲良く過ごしているのだろう。そのはずだと信じよう。
 さらば愛しき人よ。願わくばその魂に安らぎが訪れん事を。

…この後、さらなる事件に巻き込まれることを、俺たちはまだ知る由も無かった…。
――END





Update:2004/10/19/TUE by SNOW

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