光の射す処。vol.2



ダイニングには、香ばしいコーヒーの香りが立ち込めていた。
テーブルには既に朝食の準備が出来上がっている。庶民にはとても考えられないような豪華な皿が、
それも何枚も。まさに朝のフルコースと言うべきだろうか。
だが、国軍大佐を務めるこの家の主を考えれば、それも当然のことだった。
静かな朝のひととき。ロイはコーヒーを片手に、ニュースペーパーを広げている。
同じテーブルには、鎧姿の男が座り、はぁ、と待ちくたびれたようなため息を洩らしていた。

アルフォンス・エルリック。
現在自室で燻っている少年の弟である。
つまり、屈強な鎧姿の彼は、実はその見た目とは相対して実年齢はひどく幼いものだった。
もちろん、その理由をこの家の主はわかっている。
やたらと公言するものでもないが、この家では主だけでなく仕える者のほとんどが彼の存在を認めていた。
階段からばたばたと音がして、アルフォンスは顔を上げた。

「兄さん、遅いよ!」
「いやぁ、スマンスマン。寝坊しちゃってさー」

適当な言い訳でごまかして、エドワードは勝手知ったる顔で席につく。
目の前ではオレンジジュースが冷えている。自分のコップにそれを注いで、エドワードは嬉しそうに口をつけた。

「・・・兄さん。大佐にも謝りなよ」

弟が兄の無礼をたしなめるが、エドワードはちらりとロイの方を見ただけで顔を背けて、
手元の新鮮な果汁に舌鼓を打つ。
もう一度アルフォンスが兄さん、と呆れた声を出すと、エドワードははぁ、と肩を竦めた。

「いーんだよ。大佐には」
「・・・それは聞き捨てならないな」

ガサリ、と音を立ててロイが広げていた新聞を畳む。表情は呆れた顔だ。
あれから1時間も経つというのに一向に姿を現さないエドワードに、彼も待ちくたびれていたのだろう。
深いため息をついて、テーブルに肩肘をつけて彼は嘆いた。

「・・・まったく、呆れた奴だ。それが居候先の主に対する態度かい」

その言葉に、エドワードは眉根を寄せる。
さも自分が悪いといった風な顔でカップを口に運ぶ男が恨めしい。
そもそも、人の睡眠を妨げ、挙句の果てには朝っぱらから体力を消耗させたのはどこのどいつだ。
けれど、そんな事実など忘れたとばかりにすました顔を浮かべるロイに、エドワードはふんっと顔をあらぬ方向に向けた。

「へん!あんたに言われたかぁないね!そもそも、誰が元凶だよ」
「さぁ?誰だったかな」
「ってめーだよてめー!!」
「あ、あのっ・・・」

ガタンっ!とエドワードが痺れを切らして立ち上がったとき、その背に若い女性の声がかけられた。
その声に、少年は出端を挫かれたように椅子に座り込む。
今更ながらバカなことを口走ってしまった気がして、エドワードは赤くなりそうな頬を必死にこらえた。
それを見てくっくっと笑うのは、他でもない、国軍大佐、ロイ・マスタング。
アルフォンスはそんな兄の姿に、呆れたようにため息をついた。

(・・・まったく、いつまで経っても子供なんだから・・・)

実際まだまだ子供なのだが、弟の目に映る兄は自分以上に大人気ない、と彼は思っていた。

「・・・あのっ、朝食をお持ちしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わないよ。それと、彼にもう一杯オレンジジュースをくれないかい」

さすがロイの家のメイドというべきか、造形の整った顔立ちの娘は羞恥に縮こまるエドのコップを取り、
新たにオレンジ色の液体を注ぐ。
どうぞ、と手渡され、エドワードはしぶしぶとコップを受け取った。

「全く、本当に子供だな。君は」
「っこ、このや・・・!」
「ときに、アルフォンス君。今日の予定は何かあるかね?」

反発を続けるエドワードとの会話をあきらめて、ロイは弟のほうに話題を振った。
アルフォンスはあわてて畏まる。
別に公の場ではないのに、彼はロイの大佐という立場に対して忠実だ。

「いや、僕たちは別に。読みかけの本があるから、終わらせてしまおうかと」
「ふむ。今日は天気もいい。図書館にでも行ってみないかね」
「図書館・・・ですか」

アルフォンスはしばしの間考え込む。
そもそも、今彼らの手元にある本は大半が図書館から借りてきたものだ。
借りてきたのに、わざわざ足を運ぶこともない―――・・・と思っていたのだが。

「今日は、新入荷の本が続々と棚に並べられるぞ。―――君のために、結構な名著が集まっているようだが」

後半は、エドワードに向けられた言葉だった。
不貞腐れたようにガツガツと出された食事を平らげる少年の耳が、ぴくりと動く。
名著と聞けば一刻も早く確認したいのが兄の性格というものだ。
結局、2人は図書館に行くことに決めた。
まぁ、たまにはあの独特な雰囲気で本を読むことも楽しいだろう。

「わかりました。兄と図書館に行ってみます。・・・大佐は?」
「んー・・・私も気になるから行きたいと思うがね。
 司令部にやりかけの仕事が残っているから、終わらせてからそちらに行くよ。なに、昼過ぎには着くさ」
「そうですか」

ロイの言葉に、アルフォンスは頷いた。

「あーー美味しかった!!ごちそうさま!!」

今まで大人しくしていたエドワードが唐突に声を上げた。
威勢のいいその声音に、ロイは彼の機嫌が少し直ったらしいことを知る。
先ほどの新入荷本が気になっているのだろう、行くぞ、アル!と言うなり部屋を飛び出していった。
そんな彼に、ロイはくっくっと口元に拳を当てて笑う。
相変わらずの現金さが、なんとも面白かった。

「・・・さて。私もそろそろ行かなくてはね」

時計を見て、ロイは呟く。
このままぼーっとして、遅刻でもすれば、自分はまたあの有能な補佐官にこっぴどく叱られてしまうのだろう。
自業自得な感があるだけに、どうも彼女にだけはロイは弱い。
部下だというのにどうもやりこめられてしまう自分に、やれやれとため息をついた。
どうせ、今日は仕事もそう大変ではない。
まだ執務室のデスクにある昨日やり残した書類をさっさと片付けて、図書館に向かうか、とロイは腰を上げた。

「お出かけですか」
「ああ。留守の間、よろしく頼む」
「畏まりました。いってらっしゃいませ」

相変わらずの青い軍服に身を包み、ロイは家を出る。
ふと空を見上げると、雲ひとつない晴れ渡ったそれが蒼々とした色を放っていた。





to be continude.




Update:2004/01/21/WED by BLUE

小説リスト

PAGE TOP